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kiss.02 その笑顔、反則

 突然ですが。
 あたし、時任梨緒ときとうりお、17歳の高校2年生。剣道部所属。これでも中学の時には個人戦で全国大会準優勝、なんて輝かしい成績を収めてたりします。

 そして……。

「おい、時任。お前橘(たちばな)と手合わせしろ」

 身長差が30センチはあると思われる男子と、無謀にも試合をしろとほざいているのが。
 テストの追試に妙なペナルティを課してきた鬼教師・諏訪だ。日本史じゃ万年追試常連のあたしが一発クリアなんて出来ないのを分かってるのに、性悪で、へそ曲がりで、ドS根性丸出しで。

「えぇーっ!?」
「さっさとしろ!」

 ビシッと持っていた竹刀で壁を叩く音が響き渡る。

 ひいいいっ。

 放課後の彼は剣道部(うち)の顧問として、凶器をテキストから竹刀へ持ち替えて日々サディスティックに磨きをかけている。つまりあたしは一日中、諏訪の“バカ”呼ばわりに付き合わされていることになるのデス。

「ホント……ムリだってー」

 諏訪から転入生で新入部員の橘くんと手合わせするよう命ぜられたあたしは、見上げる程の体格差のある彼を目の前にぼやいた。
 竹刀を構える橘くんから感じる威圧感。それは単に体の大きさからのものだけでないのは、あたしの経験値から理解できた。

(―――なるように、なる!)

 半ばヤケ気味であたしはコートへ足を踏み出した。お互いに仕掛け合いながら無効な打ち込みが続く。

「面――!」
「小手ぇー!」

 時間ぎりぎり。互いの竹刀が相手に打ち込んだ激しい音に、いつの間にか見守っていた他の部員からどよめきが上がる。
 ほぼ同時にそれぞれの技が決まったように見えた。

「一本!」

 審判を務める部長の声が響いて、手の上がる方向を確認すると彼の手は、橘くんに軍配を上げた。

「やっぱりムリだったぁー」

 それが当然の結果だと分かっていても。
 無茶な難題を嫌々ながらに課せられたからとしても。
 
 ……負けたら、素直に悔しい。
 
 と思う負けず嫌いなあたしの性格。
 面を取り外してから、指導を仰ぎに行った先の諏訪は腕組みをしながらあたしを見た。

「何度も吹っ飛ばされそうになってたな。基礎トレで下半身を強化しろ、少しはマシになる」
「……そうは言っても、相手があの大男ですから」

 飛ばされても当然じゃありません?
 苦笑して、そんなニュアンスを匂わせながらあたしは言った。

「男女の筋力差は埋められない。……が、経験と技術と知恵があれば試合には勝てる。時任、お前は都合よくその全てを持ち合わせているからな」

 経験と技術と知恵―――。
 あたしがその全てを持ち合わせている?

「知恵はあっても、勉強は出来ないバカだけどな」

 なにをっ。
 人がちょーっと感動して聞き入ってやれば、最後に余計なひと言をっ。
 せっかく忘れかけてたとこなのに、部活にまで持ち込まないで欲しいんですけど。

「今あるものを磨いていけ。お前は強い」

 ……どきっ、なんて。心臓が有り得ない反応をしてしまったのは。
 四角いフレームの眼鏡越し、壁に凭れたままちらり横目で窺いながら笑みを浮かべる、普段見せる冷徹な笑顔じゃない、優しい顔を目にしてしまったからだ。
 細められたアッシュグレイの瞳に、感じでしまった色気。
 
 ……うぅっ。それは……反則技デス、諏訪センセ。

 ***

 普段冷たい人が見せる笑顔って、それだけでもやられちゃうと思うのに。日常的に“バカ”呼ばわりする口から、優しい言葉まで出てきたらさ。
 ギャップにやられてらしくもなく頬を染めて見たりとか、どっきどっきと不規則に心臓が動きを見せてみたりだとか。
 あたしのカラダ的にも良くない、と……思うワケなんだけど……笑顔が罪っていうのも、どうなの?
 そんな罪の笑顔を諏訪が見せるのは、大抵が部活の時。つまりはあたしが認めてもらえるのは剣道しかない、ってこと。 剣道の腕前も見る目も確かな諏訪に褒められると、癪だけど、単純に嬉しい。

 ……それがやっぱり、悔しい。

 複雑な心境で諏訪の言葉を聞いていたあたしの次、横で待機していた橘くんへの指導が始まった。
 去り際に聞き耳を立てていた感じでは、容赦ない辛辣な言葉が飛んでいたようで。

(……哀れ、橘くん)

 心の中で合掌しながら、道場から出てすぐの所にある水道で顔を洗う。
 5月に入っても、まだ水道水は冷たい。見上げる空は晴れやかだ。

「シビアだなー、諏訪先生。さすがのオレも心が折れそう……」

 ブツブツと呟きながら、肩を落とした橘くんがやって来た。上向きにした蛇口から勢いよく出た水を直接顔面に浴びてふるふると顔を横に振るから、隣にいたあたしの方にまで水飛沫が飛んでくる。

「冷たっ」
「あ、ごめん。……ねぇ諏訪先生って、いつもあんな感じ?」

 きゅっと音を立てながら水を止めて橘くんがこちらを窺った。
 タオルで顔を拭きながら溜め息混じりの様子から、相当絞られたのだろうと思う。
「うん、あんな感じで常にドS風味かな」

 応えるあたしにちょっと笑って。

「でもさ。“りお”が男子相手にいい試合する、強過ぎる所にもオレがあれだけ説教受けた原因があると思うんだけど」

 ……は?

 初対面のはずの橘くんが、何故か下の名前で呼び捨てる。っていうか何で名前を知ってるのかも疑問なんだけど。

「ねえ。今あたしのこと呼び捨てにした?」
「え?」
「したよね? “りお”って呼んだ、聞こえた! なんで?」

 思わず橘くんの道着の襟元を掴んで、ぐいぐい引き寄せて問い詰めた。
 
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