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カレー戦線異常あり
作:新開涼


 
 メークインとして生まれた数子は、恐れを抱いた。

 スーパーの入り口近くの特売コーナー。
 6個150円で売られている中のひとつだったのが、ある乱暴なオバサンが売り場を無造作にかき回したため、袋が破けたのだ。
 数子は無情にも、外に放り出された。
 そして色々な客にゴソゴソ売り場をいじくられているうちに、むき出しの数子の体は、傷だらけになった。
 売り場の責任者であったオヤジは、袋の破けている商品に気付いたが、控えのジャガイモからひとつ取ってきて、新しい袋に包んで売ってしまった。
 仲間達がどんどん売れていく中、数子はひとり、かごに取り残された。

 ・・・サービスタイムも終わっちゃったし、閉店の8時半までもう時間もない。何より、傷だらけになった私なんて誰も買ってなんかくれない。きっと私はもう、何の役にも立たないで捨てられちゃうんだわー。


 数子は思い出していた。
 故郷の北海道。見渡す限りのジャガイモ畑。私たちを荷車で運びながら、収穫の恵みを感謝していたおじいさんー。
 その時だった。
 一人の男性の若者が、数子を持ち上げた。
 「お前も、かわいそうなやつだなぁ。オレと似た者同士だ」
 フッと笑みを浮かべて、彼は買い物かごに数子を入れて、また続きの買い物をしだした。
 「大事に使ってやるから、安心しな」
 どうも若者は、数子に意識があると知ってて話しかけているのではないようだ。
 自らの境遇を数子に投影して、独り言を言っているにすぎないようだ。まぁ、もし本気で話しかけていたのなら、それはそれで別の意味で心配なことではあるが。
 「あら、雄基くん。今日は大学、早かったの?」
 顔なじみのレジのおばちゃんは、彼に気さくに声をかけてきた。
 「おばちゃん、このジャガイモさぁ、一個だけはぐれて残ってたんだけど・・・、買ったらいくら?」
 「あらあら。そりゃ他ならぬ雄ちゃんだもの! おまけでつけとくよ」

 かくして数子は、雄基に大事に抱えられて、彼の下宿先であるアパートへと旅立ったのであった。



 深夜2時。

 雄基も熟睡した頃、台所の片隅でうごめく、怪しい影があった。
 「呼びかけに応えてくれたのは、とりあえずこれだけ?」
 数子は見回して言った。
 「まぁ、急だったし。それにこういうことはあまり前例のないことだからなぁ」
 オリバーソースの源さんはぼやいた。

 「みんな、聞いて」
 人間や動物のように、明確な「命」と定義されない物体にしか通じない言語で呼びかける。
 「情報によると、マスター (主人。この場合、雄基のこと)は、明日生まれて初めて彼女ーとは言ってもまだ女友達の段階なんだけど、この下宿に連れて来るみたいなのよ。私のような傷物のじゃがいもでさえ大切に持ち帰ってくれたマスターには、どうしても幸せになってほしい。そこで・・・、是非みんなに協力してほしいの」
 雄基の下宿に存在する『モノ』たちは、神妙な面持ちで数子の演説を聞いていた。
 「・・・って言ってもさぁ、あたいたち具体的になにすりゃいいん?」
 マッキントッシュのキットカット、京ちゃんはそう聞いてきながらも、化粧に余念がない。
 「ひとつ、私に提案があるの」
 モノたちは、ざわめいて身を乗り出した。 「おおっ、それは一体どんな?」
 エヘン、とひとつ咳払いをして数子は自信をもって言った。
 「名づけて、『愛のカレーライス大作戦』! マスターにおいしいカレーを作らせてね、彼女のハートを射止めるわけよ」

 「なるほど」
 それまで黙って話を聞いていた象印の電気ポット、亀吉が口を開いた。
 「でも、ひとつ大きな問題がある。それは・・・、マスターがこと料理に関しては『超のつくどヘタ』だってことだ」
 みな、ウンウン、とうなずいて下を向いた。
 「そこは・・・、みんなの協力にかかっているの! みんなだって、マスターの優しさに触れたことがあるでしょ? 多少のムリはしないといけないかもだけど、マスターは幸せになる資格のある人だよ」

 「その通りや!」
 声のしたほうを向くと、洗剤のジョイ婆さんは、グズグズと涙と鼻水をすすっていた。
 「マスターは残りもんや売れ残りにも優しかったんや・・・」
 「ウチも同感やねん」 PS2のコギャル、まりなちゃんも叫んだ。
 「この前ウチが故障した時あったやろ? あの時マスターな、ウチを捨てたり新しいの買ったりせんとな、お金も時間もかかるのに修理に出してくれてな、ずっとつこうてくれてはるねん。そやからウチ、マスターにぞっこんやねん」
 「でしょでしょ? では、多数決をとります。この計画に賛成のかた?」

 結局、台所用品の一部と清掃用具たちが反対しただけで、賛成多数により数子の計画は実行に移されることになった。



 計画第一段階。

 ケンウッドのミニコンポは、突然午前三時に勝手に電源が入り、音楽を流しだした。
 ヒッキーは、てんで勝手な歌詞を歌いだした。

 ♪食べてみたいよ 君のカレーを

  もう我慢ができない Can you make the Curry Rice ? ♪

 部屋の隅の14型テレビも、勝手に映像と音声を流した。
 だいたひかるは、勝手なラップを独唱しだした。

 ・・・お前のYO カレーがYO 食べたいんだYO- ・・・

 「こりゃ一体なんや?」 シマヤだしの素の賢治くんは、顔をしかめて聞いてきた。
 「いわゆる睡眠学習、ってやつよ。これで明日、マスターはカレーを作る気になるはずよ」
 数子は自信たっぷりに答えた。
 「ほんまかいな・・・」 賢治くんは半信半疑だ。
 「なによ。信じなかったら・・・、地獄に落ちるわよ!」
 数子は、その名前ゆずりの有名人のごとく言い放った。



 「さて、今日の夜には郁美が来るし・・・、カレーでも作ってビックリさせてやるか」
 雄基はまず野菜を洗い、一口大に切り出した。
 やはり皆の予想通り、雄基には全く料理のセンスがなかった。
 「亜紀ちゃん、右舷35度!」
 「はいっ」
 呼ばれた西洋人参の亜紀ちゃんは、回転レシーブを決めるメグカナのごとく身をよじる。向かってくる包丁の刃を、ベストな位置で受け止めた。もし、これが普通だったら、野菜たちはきっと恐ろしい大きさに刻まれていたことだろう。
 アク抜きという行為自体を知らない雄基のために、数子はあらかじめ水の中に飛び込んでおいた。

 雄基は、野菜たちを炒めにかかった。
 サラダ油を使わせないために、日清サラダ油のペットボトルは棚の中にへばりつき、イヤイヤをした。
 「あれっ、なんで取れないんだろう?」
 そのタイミングで、『北海道バター』君がゴロリと冷蔵庫から転がる。
 「おおっ、バターか! それもいいかも。・・・てか、こんなもの買ってたっけ?」


 「ターゲットロックオン。ファイア(発射)!」
 練り生姜と練りにんにくのチューブは、雄基の振るフライパンの中めがけて、自身の中身をミサイル状にして射出した。

 ・・・これで、香ばしい仕上がりになるわ。

 合図を受けたガスレンジ『チャオ』は、自ら火力を調整した。
 数子は間髪入れず、フライパン内の玉ネギに叫んだ。
 「ヤバ! マスターは炒めるのを早めに切り上げる気よ! あんたたち、早く炒まりなさい!」
 「・・・そんなこと言ったってぇ、どうすんのよう!」
 玉ネギの知美は、ブーブー文句を言った。
 「何か体が熱くなるようなことでも考えなさい」
 知美は腕組みをしてしばらく考えていたが、やがて 『KA-TUN最高!キャー!』 と叫びだした。
 またたく間に、玉ネギはあめ色にまで炒まった。


 その後も、料理されてしまった総大将の数子に代わって、オリバーソースの源さんが指揮をとり、完璧な工作がなされていった。
 肉を事前に炒めようとしない雄基のために、鍋とお湯が協力し合い、巧みに肉の表面を集中的に加熱し、うまみを閉じ込めた。
 料理が趣味で、スパイスを沢山持っていたお隣さんから、沢山の調味料が駆けつけてくれた。ナツメグ・シナモン・コリアンダー・クローブ・カルダモン・バジル・ディル・アニスー。その他28種類が、必殺の黄金比率で鍋に飛び込んだ。
 「恩にきるよ。ほんまありがとな」 ねぎらう源さんに、彼らはキザな笑顔で答えた。
 「いいってことよ」


 料理に無知な雄基を尻目に、材料たちは次々に飛び込んだ。
 月桂樹の葉・フォンドボーの粉・ブーケガルニ・トマトピューレ・パルメザンチーズ・マンゴーチャッツネ・生クリーム・ヨーグルト・とんかつソース。隠し味にキッコーマンしょうゆとブラックコーヒーまで飛び込んだ。
 味がおかしくならないために、ハウスジャワカレーのルーは、自主的に自らの効力を抑え、他のスパイスたちを引き立たせた。
 また、カレーの構成員全員の力を結集して、『まる一日煮込んで、寝かした』 のと同じ状態をたったの一時間で実現することに成功した。



 「おじゃましまーす! あら、案外きれいに住んでるのねぇ」
 郁美の明るい声が玄関で聞こえた。
 源さんが叫ぶ。
 「オイ、マスターの靴下にファブリーズ、GO!」
 巧みにとびはねたファブリーズの裕三は、二人に気付かれることなく、足元に中身を吹き付けた。
 PS2のまりなちゃんの絶叫が響いた。
 「いやん、マスター鼻毛出てるし! へっこめへっこめぇ!」
 「ガッテンだぁ」 答えた鼻毛は、郁美が帰るまでは形状記憶合金のように丸まっていることにした。


 「おいし〜い! ワタシね、お世辞じゃなくてこんなにおいしいカレー食べたの初めて!」
 郁美は、まるで激盛りのおいしい食事を前にしたギャル曽根のように、世にも幸せな顔をして、次々とカレーライスを口の中に運んでいった。
 メークインの数子は、郁美にかみ砕かれた。
 郁美の体内に吸収された数子は、郁美と同化した。
 「今よ!」
 数子は、雄基を愛するその気持ちを、郁美の心に注ぎ込んだ。消化されて消えてしまう前に、数子として生きた証を残すために。


 カレーの食事が終わり、二人は一緒に音楽を聞きながらしゃべったり、DVDを観たりして過ごした。
 もちろん『モノ』たちが最高の効力を発揮すべく動いたことは、言うまでもない。

 郁美が下宿をあとにする時。
 玄関の狭い空間で、二人の唇が触れ合った。
 計画に参加した全ての 『モノ』 たちは、飛び上がって喜んだ。もちろん、人間の目には静止して見えるだけだが。


 数子は、消えた。
 しかし、郁美という女性の心と共に、ある意味一生生き続けることだろう。

 ・・・よかったな、数子。

 副大将のオリバーソースの源さんをはじめ、すべての残された『モノ』たちは、数子へ敬礼と黙祷を捧げた。


 もし、自分の実力以上になにかの物事がうまくいくような時ー。
 それは『モノ』たちが、あなたを応援しているからなのかもしれませんよ。














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