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9−迷宮が齎す試練
目が覚めた。ルーン文字の刻印付きベッドのお陰か体調はかなりいい。今日は迷宮でも良い結果を残せるだろう。

顔を洗いいつもの様にリビングに行くと、既に朝食の準備は終わっていた。


「おはようございます。」

「おはよう。ゆっくり眠れたみたいね。」

「えぇ、ロスヴァイセさんのお陰ですね。かなり疲れが吹っ飛んでますよ。」

「わ、私は大した事してませんから・・・本が無ければ私なんて・・・」

「ロスヴァイセさん?謙遜も過ぎると嫌味になるんですよ?例え本があったからとしても、それを使いこなしているのはロスヴァイセさんなんですから。自信持って下さい?」

「はい・・・」


本当に自信を持ってくれればいいんだが、そう簡単にはいきそうにないなこりゃ。


「はいはい、ロスヴァイセちゃんはこれからゆっくり自信を付けて行くとして!ご飯の準備出来たよ!」


ヴェーリルさんの声を合図に朝食の席に着く。今日のメニューは焼き魚と煮物、何と米に味噌汁付きという純和風な朝食が揃った。


「今日はロスヴァイセちゃんの故郷、ヴァナヘイム地方の料理にしてみたわ。」

「ヴァナヘイム地方?」

「わ、私の育った場所の事です。」

「あぁ、ケイ君には話して無かったね。今朝はその話をしましょっか。」


3人でテーブルを囲んでの朝食。話題はこの町、アースガルズ以外の町についてだった。

以前説明された様に、世界にはラグナロクの様な大小様々な迷宮が存在する。その迷宮の中でも、比較的大きな迷宮を主要とした町がアースガルズの様に成り立っている。


ラグナロクを中心としたアースガルズ。

セイズを中心としたヴァナヘイム。

イングナを中心としたアルフヘイム。


この3つの町を中心としてアースガルズ地方、ヴァナヘイム地方、アルフヘイム地方と呼ばれる。

『国』という概念は存在せず、ただ町の運営をするだけだが、その『町』が次第に拡大していっているとの事だ。


「わ、私はヴァナヘイム地方と言っても迷宮はラグナロクの方が近いんです・・なのでアースガルズに来ました。」


色々と事情があるんだな。

しかし、3つの町が拡大し続けているだなんて、その内領土等の問題で戦争が起こらないだろうか?魔物を相手にするならともかく、対人での殺し合いなんてあまりしたくないな。


悩みが顔に出ていたのか、朝から2人に若干心配させてしまった。何でもないと笑って見せたが、俺がここの世界に来た理由や、ラグナロクという名前、そして各町の名前を考えると、かなり確信めいた物を感じてしまった。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「『階層20階』。」


体調万全で挑む迷宮入り。小瓶仕様の聖水も持った。朝の予感からすると、俺は一刻も早く力を身につけなければならない。今日は大きく35階以上が目標だ。


20階に着くと早速レヴァンテインを構えて歩き出す。ここら辺はオークが様々な武器を持って現れる。時々複数で現れるが、武器の組み合わせから考えて、倒しやすい方から攻撃して難を逃れていた。

今日最初に現れたオーク2匹も分かりやすい。鉄球を振り回すオークと棍棒を構えたオーク。大味な攻撃しか出来ない鉄球オークは、視界に入れつつも一先ず放置。先に棍棒オークを相手にする。

基本的に魔物同士が連携する事は無いのか、鉄球オークは味方の棍棒オークごと俺に攻撃してくる。間一髪で俺だけ避けて自滅を図る。横薙ぎに振り回された鉄球を体に喰らい、体勢が大きく崩れた棍棒オークの首をレヴァンテインで叩き斬る。頭を斬り落とす事は出来なかったが、大量の血を流しながらその場に倒れてしまった。

後は鉄球オークをいつもの様に倒すだけだ。大味の攻撃しかしてこない相手など恐くは無い。鉄球を避けながら近寄り、これまた首に一閃。今度はゴトリと頭が地面に落ちた。首から血を噴き出しながら倒れる胴体。そして消えていった。

EXPが流れ込む感覚に酔いしれながら軽く呼吸を整える。それが終わると運よく落ちた精霊珠を拾い、次の階への転送機を探して歩き始めた。


数分歩くと今度は棍棒を持ったオークが2匹現れた。こういう時は先ず武器の破壊が先決だ。1匹目に詰め寄り棍棒を真っ二つに叩き斬る。そして直ぐさまもう1匹の棍棒も破壊する。

武器が使えなくなったオークは棍棒を捨て、素手で攻撃を仕掛けて来る。しかし所詮は膂力に任せた単純な攻撃しかしてこない。殴り掛かってきた腕を斬り落とし、無力化させた所で首をはねる。どんな魔物も首を落とせば死ぬだろう。

大した危険も無く2匹のオークを倒しきった。


「パターンを見切ってコツを掴めば、序盤は楽に進めるみたいだな。」


単純な攻撃手段しか持たないのだから、倒し方も楽だ。

その後も何度か戦闘をこなし、比較的楽に転送機に辿り着いた。


「『階層21階』。」


ブゥンと視界が歪み、一瞬にして21階に到着する。ここもまだ基本的にオークの出るフィールドだ。だが注意しなきゃいけないのが次の階層の魔物がたまに現れる事。25階からは壁中に植物の蔦が絡まっており、出現する魔物も植物系だったと、ヴェーリルさんから聞いた事を思い出しながら歩き出す。

歩くにしたがってやはり蔦が目立つ様になってきた。迷宮という特色からすれば、この蔦が生い茂っている方へ進めば転送機があるだろう。


しかしそこに着く前にまたもやオークと遭遇する。今度はハンドアックスと盾を持ったオークだ。正直、今までの魔物の中では1番攻守のバランスが取れた相手だと思う。

振り回されるハンドアックスをかい潜り、盾の防御範囲ではない下半身に剣を振り付ける。ブシュゥッと鮮血が飛び散る。斬り落とす事は出来なかったが、これで移動力は激減だ。周囲をグルグルと回りながら隙を見付けて攻撃を繰り出す。次第に血まみれになっていくオークの下半身。

ガクッと膝が落ちた所で勝負を決める。先ずは死角から盾を持った腕を斬り落とす。次にハンドアックスを弾き、がら空きになった体にレヴァンテインを突き刺す。ズブゥと肉を貫く感触が剣から伝わり、剣を引き抜くと同時に大量の血が溢れ出す。死力を振り絞って繰り出すハンドアックスを避けると、オークはそのままの体勢でドスンッと崩れ落ちた。


「ここら辺までなら油断しない限り問題無いな。さて・・・問題はここからだ。」


気合いを入れて再び歩き始める。目標はこの階を抜けて更に奥だ。こんな所で躓くわけにはいかないのだ。

歩を進めていくと壁を這う蔦が増えていく。蔦が増えるに従って蔦に絡まり白骨の死体も増えていく。ここから先は食虫植物ならぬ、食人植物の巣窟と言った所か。

パリパリパリッ


蔦が壁から剥がれこちらへ向かって伸びてくる。気付かれた様だ。

覆い囲まれる前に1歩でも前へ走り出す。途中で蔦が触手の様に襲い掛かって来るがレヴァンテインで斬り裂きながら先へ進む。こんな触手を何本斬り落とした所で本体を叩かなければ意味が無い事は前回経験した事だ。一刻も早く本体を見付け出す事が先決だ。


暫く走り続けてそれは見付けた。

転送機にも蔦を巻き付けながら咲く、スマトラオオコンニャクもびっくりのサイズの花が3輪。この花がこの階の主である証拠に、夥しい数の蔦と、それに絡まる死体の数。どうやら身動きが取れなくなった所を、触手兼根っこから養分を吸収しているようだ。


早速手近な花から攻撃していく。襲い来る蔦を斬り進みながら茎に斬りつける。

ガリッとかなりの手応えを感じるが、実際に斬れたのは茎の太さの半分にも届かない。このレヴァンテインでも斬れないとはかなりの硬さだ。

そうこうしている間にも蔦はジワジワと足に絡まり出していく。手早く済ませなければ、俺も周りの死体と同様に餌の対象として処分されていくだろう。


「人間舐めんなぁっ!!」


一撃目よりも力を込めて茎の同じ箇所にレヴァンテインを叩き付ける。まるで金属を斬っているかの様な手応えを感じながら1輪目を斬り落とす。

残り2輪。

脚に絡まる蔦を解き、一気に次の花までジャンプし、その勢いごと花に斬り付ける。ギリギリギリと音がなる。花びらまでもがかなりの強度をもっている様だがそれは無視だ。どうせ倒さなきゃ先には進めないのだから。


「うらぁっ!!」


何度も何度も同じ箇所にレヴァンテインを叩き付け、まるでキコリの気分を味わいながら花を斬り落としていく。

2本目が終わると3本目。

十分叩き斬った所で最後の茎を斬り落とす。残ったのはまだまだ動く蔦だけだ。


「さっさと消えちまえっ!」


食人植物の死体が消えるまでの数十秒、巻き付く蔦を剥がしながら何とかやり過ごした。


「22階か・・・」

前回はここまで植物の魔物は出来るだけ無視して素通りした。その理由はかまっていたら体力が無くなるという極めて単純な物だ。


「だが、こうも見事に花咲かせて待たれるとな・・やる気の問題になってくるな。」


先程も倒した食人植物が夥しい程の花を咲き乱れさせているのだ。


「今日は聖水(もどき)もあるし、思いっきり戦ってみるかな?」


軽く伸びをして、既にこちらに蔦を伸ばし始めている植物に向かって飛び込んだ。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「・・・でも、本当に今日は迷宮に入らなくてもいいんですか?」


ケイ君が家を出てから少しして、アタシとロスヴァイセちゃんも家を出た。

アタシは今日迷宮入りを取り止めて、ロスヴァイセちゃんの商売のお手伝いを申し出たのだ。


「いいのいいの。お金の為にやってるわけじゃないし、ロスヴァイセちゃんの手伝いもしてみたかったしね。」


2人で大荷物を持ちながら中央の広場へと向かう。あそこは場所代も掛からない一番の売り場なのだ。


「・・ありがとうございます。」

「いいからいいから。アタシの好奇心でもあるんだから、ロスヴァイセちゃんがどうこう思う必要は無いのよ。」


何かロスヴァイセちゃんを見ていたら可愛がりたくなる。まるで妹を得たかの様な気分だ。


「さぁ到着っと。お店を広げましょうか。」


適当な場所に荷物を置くと、先ずは簡単なテントを広げる。そして台を取り出しその上に商品を並べていく。商品に刻まれたルーン文字の効果については一通り教えてもらった。後は実際に売ってみるだけだ。


「お、早速来たわね。」


商品を並べていく段階で、商品を手に取り、色々眺め始めるお客さんがいた。


「お客さん、良い事教えてあげましょうか?」

「良い事?お店から良い事と言うんだからこの商品に関する事だろうね?」


手にしていた商品、香水入れぐらいの小瓶をテーブルに置き、アタシに向き直る。この人ならちゃんと話を聞いてくれそうだ。


「ここだけの話ね?ここにある商品はね、全部ルーン文字の刻印付きなんだよ。ウチには腕の良い呪印師が専属で付いてるからね。」

「ルーン文字!?それは本当かっ!?」


声が大きいが、やはり食いついた。お陰で周りの客もちょっとこっちに注目し始めている。ここがチャンスだ。ロスヴァイセちゃんの時に食いつかなかったのは、オドオドしながら話す様が嘘くさく感じてしまったのだろう。後は効果を見せれば売れそうだ。


「ちょっと待っててね。」


アタシは机の下からナイフを1本取り出す。そして腕に一筋の切り傷を作った。


「ここにある小瓶はね、中に入れた水を聖水の様な液体に変える力を持っているんだ。見ててごらん?」


小瓶を1本取り、中の液体を傷口に垂らした。すると傷口からシュワシュワと泡が発生し、泡が流れ落ちると傷は綺麗に消え去っていた。周囲から感嘆の声が聞こえる。


「この様に傷を負った時でも治癒してくれるし、飲めば疲労回復は当たり前、体力魔力共に回復してくれる魔法の小瓶。名付けて『エリクサーの小瓶(ケイ君命名)』、1本1500ソルよっ!」

「買った!!」

「俺も買うぞ!」


実演販売の仕方や商品の名前、そして小瓶に刻んだルーン文字の効果の回数制限と1から10までケイ君の発案だが、これが功を奏したのか、新商品第1弾、エリクサーの小瓶は飛ぶように売れた。


「この小瓶には回数制限があるからね〜!刻まれている文字が黒くなったら持ってきてくれれば、1000ソルでもう1度刻印し直した奴と交換しますからね〜!」


説明しながらも手を動かす。次々と無くなる商品を見てロスヴァイセちゃんも嬉しそうに、少し涙目になりながら販売していた。


「はいはい押さないでー!まだ数はあるからねー!」

「姉ちゃん3本くれっ!」

「こっちは4本です!」

「2本下さぁい!」


まだ開店して間もないが、飛ぶように売れていくエリクサーの小瓶。次々に箱から取り出すが、陳列するとすぐ消えていく。それだけこの販売方法に効果があったのだ。


「すいませーん、これで本日の分は終了になりまーす。まだ買いたい方は明日以降の入荷をお待ち下さーい。」


たった1時間ちょっとだったが、用意した100本以上の小瓶は売切れてしまった。


「お疲れ様です。」

「ロスヴァイセちゃんもお疲れ。どう?自分の商品が飛ぶように売れる光景を目にした感想は?」

「・・・何だか・・夢みたいです・・・ずっと信じて貰えなくて、この商売に自信が無くなりつつあったのに・・・」

「今日はケイ君の考えた方法が的中したんだろうね。明日からは噂を聞いた人や、買い足しする人、今日買えなかった人も来るから、もっと数を用意しておかなきゃね。」

「はいっ!頑張りますっ!」


用意するのは小瓶だけだ。ルーン文字をロスヴァイセちゃんに刻印してもらい、それに水を入れるだけで商品は完成する。とりあえず店仕舞いをすると、小瓶を買いに、工芸品を扱っているお店に向かってアタシ達は歩き出した。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「でぃやぁぁぁっ!!」

ガギィィンッ!


28階。そろそろ体力に限界が訪れ始めている。それでもこの植物共は数を減らさない。蔦を斬り捨てた所で再生する様になってきたし、そもそも蔦の動きが素早くなってきた。チンタラしているとすぐに体中に絡まってくる。


「くそっ!」


無数の蔦に周囲を囲まれて、これでは本体の花まで剣が届かない。このままでは闇雲に体力が消えていくだけだ。どうしたらいいのだろうか?


「うわっ!」


少し考え事をしていた隙に後ろから回り込んで来た蔦に足を絡め取られる。一気に壁にぶつけられ後頭部を強打した。


「――っ!!」


あまりの痛みに声も出ない。このままではここで死んでしまう。それだけは何とかしなければ・・


すると、まるでいきなりビデオが再生されるかの様に、頭の中に先日のジークルーネとの会話が甦った。


「良いか?レヴァンテインの解放は9つ。先ずはレヴァンテインの(ことわり)を解放させるのだ。ただの切れ味の鋭い剣から、ロキ様が振り回していた『レヴァンテイン』へと戻すのじゃな。」


レヴァンテインを解放する9つの言葉。それが頭の中から湧いてくる。


「第1種、理、乖離(かいり)!」


するとレヴァンテインがヴォンと響き、何と言うか、禍々しさが急激に増した。

その状態のまま足に絡んでいた蔦を斬り付けると、今までは金属を斬っているかの様な感触だったのが、まるでバターでも切っているかの様な柔らかい感触へと変わる。


「はぁっ!」


蔦を斬り進みながら一気に本体の花まで到達する。


「おらぁっ!」


一刀両断で斬り捨てる。やっとでEXPが流れ込む感覚に辿り着いた。


「ふぅ・・・」


ついつい肩で息をしてしまう。レヴァンテインの解放で得たのはこの剣の使い方と使い手、ロキが奮った太刀筋の記憶。それが脳内に蓄積されたかの様な感覚だ。体は自然とその動きに近くなるが、それでも神の1柱でもあるロキに
は程遠い。まだまだ意識している動きに体が追いつかず、体自体が悲鳴を上げているのが分かる。


「ここからが正念場かな?」


腰にブラ下げていたエリクサーを1本開けて1口飲む。これである程度は回復したはずだ。転送機に乗り口を開いた。


「『階層29階』へ。」


転送した先も植物が生い茂っている。若干落ちるテンションを何とか押し留め、気合いを入れて歩き出した。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「自分達の事ながら、かなり買い込んだわね・・・」

「私もそう思います・・・」


エリクサーの小瓶が売り切れた後、私とヴェーリルさんとで町の工芸店にあるちょうどいいサイズの小瓶を大量に買い込んだ。

私が店にある分全部と言ってしまったので、あまりにも量が多すぎて自分達だけでは持ち帰る事が出来ず、配達屋に配達してもらったのだ。家に戻り、持ち帰った分に刻印を刻んでいるとその商品は届いた。

その数600本。

持ち帰った200本と合わせると合計800本の小瓶がリビングにある。今日の売り上げの半分を投入して買ったのだが、自分でも多過ぎたと反省している。


「ま、まぁ頑張って明日の準備に取り掛かろうか?」


そう言いながら私の部屋へと運んでくれるヴェーリルさん。私も頑張って刻印をしなければ。気合いを入れて部屋に運び込んだ。


「それじゃあ刻印頑張ってね。」

「は、はい。」


パタンとドアが閉まる。私のお願いでルーン文字を刻印している姿は見せたくないと言ったのだ。その理由は簡単だ。まだ私が本を見ながらでしか刻印が出来ないからだ。実際の呪印師は頭の中に刻み込む文字が全部入っていると言うが、私のはそれとちょっと違うため、まだまだ刻印のカンニングペーパーが必要なのだ。


「え〜っと・・・」


小瓶を1つずつ手に取りながら、そこに回復補助の刻印を刻んでいく。ケイさんが提案してくれた様に回数制限などの条件付けも忘れずに行う。昼食の時間で休憩する以外、私の1日はこれで費えるのだろうと思うと、辛いけど嬉しい悲鳴を上げたくなった。


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