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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

なんで

作者: リック

 私はクラス委員じゃなければと思った。


「ほら、谷口(たにぐち)さん」


 先生に連れられて車に乗り込む。恒例の、病弱なクラスメートのためにクラスの皆のお見舞いを預かって届けるイベント。

 死ぬならさっさっと死んでよ。何でこんな行事に休みを潰されないといけないの。先生もこんなので良いことしてる! みたいに悦らないで。クラス委員だからってだけで偽善行為させられないといけないなんて。中学生になったら、もうちょっとこういうのもドライなるんだろうか。


 憂鬱だけど、ひたすら内申のために我慢してる。


◇◇◇


「先生、谷口さん。何度もありがとう」


 病室でパジャマの内田さんは力なくそう笑った。一度も風邪ひいたことのない私には、それすら無理してますアピールにしか見えない。笑える余裕あるなら学校くれば? それだけで私の時間は増えるんだけど。


「内田さん、早く良くなって、また一緒に遊ぼう」


 実際のところ、グループ違うから一度も一緒に遊んだことないんだけど、こう言っておけば先生がニコニコするから言う。その先生は病室の外で、内田さんのお母さんとなにやら話ごとをしている。私だってこんな陰気な場所よりそっちがいいのに。


「……うん、良くなったら遊ぼう」


 内田さんのその答えにもイライラする。そこは嘘でも「早く良くなるね」 くらい言えよ。何でお前が他人事風なんだ気の利かないやつ。


 ほんと、なんでのうのうと生きてるの。ケッ。


 本心を押さえつつ、あと少しの談笑でノルマ達成と考えて、何か話題になるものはないかと病室を見回す。

 彼女のベッドの下に、人間の赤ちゃんくらいの人形が何個か並んでいた。


「あ、それ? ここにいると長く一人だから寂しくて。うちから連れてきたの」

「ふーん、ずっと一緒なの?」


 人形しかお友達がいないのね。寂しいやつ。だからなのか、その人形はみんな豪華で可愛くて、高そうな物に見えた。


「うん。……私が死ぬ時には、一緒に焼いてって言ってあるの。一人で死んでもそれなら寂しくないから」

「!」


 驚いた。だって、内田さんは何考えてるの? こんな高そうな人形を? エゴイストじゃん。売ればそこそこ金になりそうだし、そうでなくても家に飾れば見栄えが良くなりそうなのに。この人形だって、わざわざ焼かれるなんて嫌に決まってるだろうに。じーっと見ていると、人形が「助けて」 って言ってるような気がした。ようし……。


「あ、ごめん。ベッドの下にシャーペン落としちゃった」

「どこうか?」

「ううん、そのままで大丈夫」


 ペンを取るふりして、クラスのみんなの寄せ書きを入れていたバッグに手近な人形を一つ押し込む。一つくらいならばれないばれない。


「取れたよ、ごめんね」

「ううん」


 そんなことを話していると、看護士さんが入ってきた。後ろには先生と内田さんのお母さんも見える。


内田千草(うちだちぐさ)さん、検温のお時間ですよ」

「さあ、谷口さんも。これ以上はお邪魔になるわ」

「はーい」


 ナイスタイミング。私は先生について行く形で病室をあとにした。あとは先生の車に乗って学校まで戻る。何かと鈍くさい先生は鞄が膨らんでいるのにも気づかなかった。


 その夜、先生から『あのね、内田さんから連絡があって、人形が一つ無くなったそうなの。心当たりはない?』 と電話が来た。


「知りません。どんなお人形ですか?」

『金髪で青い目の、いかにも西洋人形って感じのらしいのよ』

「そんなのあった気がするけど……でも私は知りません」


 電話がくるのを見越して、ボロが出ないようにまだバッグの中を見ていない。だからばれないはずだ。


『でも私達が帰ったあとで無くなったって言っててね、あの』

「先生、まさか私を疑ってるんですか? 酷い……」


 涙声で言えば先生が動揺してるのが電話越しでも分かる。そしてすぐに親バカのお母さんが異変に気づいてすっとんできて電話を奪い取った。


「先生? 何を話しているのですか? ……なるほど。つまり娘を疑っているんですね。分かりました。そのつもりなら私は出るとこ出ますよ。構いませんね? ……最初からそう言えばいいんですよ」


 本当に出られたら困ったけど、気の弱い新人先生は屈したみたい。私の勝ち!


「……まったく! 最近の先生はなってないんだから。ああ萌香ちゃん、今日は大変だったのね。全く普通の子の足を引っ張るくらいなら専門の学校行けばいいのに」

「本当そうだよね、じゃあ、私はもう寝るね」


◇◇◇


 全部上手くいったことにほくそ笑みながら、バッグの中身を自室で確認する。金髪の巻き毛がくりくりした、青い目で背の高めの可愛い人形がそこにあった。でも……。


「あれ、何か一番服が地味……え、もしかしてこれ」


 違和感のあまり服を脱がすと、ご丁寧に下半身にちゃんと男のしるしがついていた。


「げーキモッ! 何よせっかく助けたのに男だったの? 男じゃ可愛い服だめじゃん。着せ替えも楽しくない! あーあ損したあ」


 ぽいっと放り投げて、足で何度も踏む。明日ゴミの日だからちょうど良かった。


「燃えるゴミでいいよね? 潰して小さくして、袋につめて……」


◇◇◇


「これもお願いしまーす」


 ごみ収集者のおじさん達に、名前の書かれた地域指定のゴミ袋を手渡す。庭の落ち葉でカモフラージュしてるから、あとで何を持っていたか聞かれても大丈夫。


「はいよ、ギリギリ間に合ってよかったね。よっと」


 おじさんは回転しながら潰して奥に詰める収集車に、ぽいと私から受け取ったゴミ袋を放り投げる。そのゴミ袋は回転に巻き込まれて、ギュっギュッと音を立てながら奥へ消えていった。


「ここは終わりだな。じゃあね、お嬢ちゃん」

「はい、お疲れ様でしたー」


 収集車は去った。私は証拠隠滅も完璧すぎて笑いたくなる気分だった。これでもう全ては闇の中。私はスイーツでも食べたい気分だった。



 それから数ヶ月もすればクラスも代わり、数年もすれば中学生。風の噂で、高校生になる直前に内田さんが死んだと聞いた。最後まで人形のことを気にしていたらしいけど、未練がましいっていうかしつこくて、そこまでくると不気味。私みたいにさっぱりすればいいのに。


 私はちょっと不快に感じたくらいで、あとは全部忘れた。――あれが来るまでは。


 あれが私に、過去の清算を強制した。



◇◇◇


 私が高校に入って一月もした頃、突然クラスに留学生とやらがやってきた。


「えー、では留学生を紹介する。ドール・マッディングくんだ。皆、仲良くするように」

「初めまして。よろしくお願いします」


 クラスが色めきたった。特に女子が。金髪の柔らかそうな癖毛。青い目の長身。ドールくんは絵本の王子様のようだった。


「ドールくん、どこから来たの?」

「日本語ずいぶん上手だね? 親戚に日本人でもいるの?」

「ねえねえ、彼女いるの?」


 ドールくんは休み時間には質問攻めだった。それに嫌な顔一つせず彼は答えた。


「うん、生まれは外国。親戚は……そうだね。日本人が多いよ。彼女というか、絶対会わないといけない人はいる。もう会えたけどね」


 女の子に輪に囲まれながらも、彼は私のほうを見て、目が合うとウインクしてきた。それを見た他の女の子はギロッと睨んだり何で、という顔をしてきたけど、そんな性格ブスだからもてないんだと思う。私、これでも顔も成績も自信あるからね。狭い日本よりも広い外国で過ごした人はさすが見る目が違う!


◇◇◇


 帰りは早速デートした。美味しいもの食べたり遊んだり、記念にプリクラも撮ろうとしたけど、「僕、光アレルギーだから」 って断られた。まあ、色素薄いからそういうのもあるのかな?


 ゲーセンでたっぷり遊んだ後、夕暮れの田舎道で、前の方に小学生らしい二人が言い争っているのを見た。


「返して!」

「やだよ、お前新しいの持ってるじゃん」

「だからってお前にあげるとかないよ!」

「はぁ!? お前むかつく!」


 いかにもガキ大将なほうが、ひょろひょろした男の子を殴って、持っていたゲーム機っぽいのをそのまま持って行った。ひょろい男の子は、それを追いかけて消えていった。


「……ねえ、萌香さんは今のどう思う?」


 不意に、ドールくんが聞いてきた。どうも何も……バカで弱くて要領悪い子は見ててイライラするからざまあって感じだったけど、正直に言ったら引かれるよね。


「盗られた男の子可哀相! でも子供の喧嘩に第三者が割り込むのはよくないよね」


 ひょろい男の子に同情しつつ、余計なことはしない方向に促す答えだ。中々いい線いってると我ながら思う。






「可哀相? ……嘘つき。さすが嘘つきは泥棒の始まりを体現する女だ。何か変わったんじゃないかって思ったけど、期待するだけ無駄だった」


 その瞬間、日が完全に落ちて近くの電柱のライトが点く。と同時に、あることに気づいた。彼の、ドールくんの影が、ない。


「え……」

「僕を見ても思い出さなかったね。まあ性根の腐った女だから当然か」

「ちょっと、何その言い方!」


 光の加減でそう見えるに違いない、そう思って、震える足を踏ん張って目の前の男に立ち向かう。こいつ、人を泥棒呼ばわりなんて失礼ね。事実無根なのに、訴えてやる!


「……お前が今何を考えた分かるよ。一つも自分が悪いなんて思ってない、醜い顔だから」

「あんた何が言いたいのよ!? 人を馬鹿にするのも程があるんじゃない? あんた留学生だから高校に知り合いもいないしねえ?」


 ドールは、冷えた目で萌香を見た。


「僕に人間の策謀は通用しないよ。人間じゃないんだから。こう言えば思い出す? 僕はお前が千草お姉ちゃんの病室から盗んで、男だったからって翌日ゴミ収集者にぶち込んだあの人形だよ」


 萌香の顔が青白くなった。とは言っても、萌香は目の前の男が魔物だとは信じていない。どこかで目撃した人間が、内田千草の死を契機に強請(ゆす)りに来たのだと思っている。


「分かったわよ……いくら払えばいいわけ? この乞食野朗。意地汚いんだから」


 そういいながら、鞄を漁るふりをしてスマホを録音モードにして、あとで警察に持っていこうと思う萌香。人形のことは証拠が無い。こいつが脅しているとこだけ抜いて前科つけて消えてもらえばいい。


 そんな萌香の腹を、ドールは音もなく近寄って勢いよく蹴り飛ばす。


「……!? か、はっ……」


 膝をついて咳き込む萌香とは裏腹に、ドールは無表情で萌香に言い募る。


「君はよく人を批判するけど、自分がどれほどだと思ってるの? 千草お姉ちゃんのことも見下してたみたいだけど、身の程を知れよ。千草お姉ちゃんは、お前が嫌々来ているのを知りながらそれを悟らせなかった。盗まれた犯人を知っていても、自分のせいだと思いこんで追求はしなかった。お前なんかと比べるだけでも失礼な人なんだよ!」


 こいつ、やっぱり内田千草の関係者かと思い、萌香はドールに毒を吐く。


「あんな女! 人形一つにいつまでもぶつくさ言ってキショいだけじゃん! しかも死ぬ時は人形も燃やせとか、人形が普通に可哀相じゃない! 私は助けただけよ!」


 その言葉をこれ以上聞くくらいなら、口を封じたい――そう思ったドールは、迷わず萌香の首を絞めに行った。


「ひ……ぐ……」

「人形が、可哀相? 誰がそう言ったの? 汚れたから捨てる。飽きたから捨てる。新しいのが着たから捨てる。そんな人間ばかりの中で、最後まで一緒にいてくれると仰る(あるじ)というのはどれほど人形にとって名誉なことか。お前は、自分の勝手な考えでそれを踏みにじったんだ。ねえ……」


――なんでのうのうと生きてるの――


 萌香はそれが自分のかつての言葉だと気づかなかった。気づかないまま、必死で助けを探した。どうして周りに誰もいない、誰も通らない。まさか最初の子供達のやり取りもまやかしか何かだったのか――。とにかくこうなると頼みの綱は、皮肉にも殺そうとしている目の前の魔物だけ。呼吸が止まる前に命乞いをする。


「たすけ……おねが……」


 人形は、薄く笑って言った。


「見た目がいい人間だったら態度を変える女の、何を信じろというの?」


 人形は、苦しむ目の前の人間の姿を見て、心底楽しそうだった。それを見た萌香は最後の執念で罵倒する。


「クズ……っ! 私は間違って……ない!」

「そうだね。でもお前が間違ってないなら、僕だって間違ってない。お前と同じことをそっくりやってやるだけなんだから。な? 間違ってないだろう?」


 不意に人形は手を離して、空気を求めて肩で呼吸する萌香を、ボールでも蹴るように死ぬまで蹴り続けた。


◇◇◇


 一仕事を終えたドールは、星空を見上げ、天に向かって呟いた。


「仇は取ったよ……でも、これで僕は千草おねえちゃんとは同じところに行けないけど、悲しく思ったりしないでね。後悔はしていないんだ」


 ドールは夜明けの光が白々と昇ってくると、それに当てられてふらふらになった。万が一の事態を恐れて、発覚を遅らせるためにも、使われていなさそうな近くの物置に逃げ込む。 



◇◇◇



『――ではニュースです。●●県の△△高校の使われていない焼却炉に、人間の足のようなものが見えると生徒から通報があり、警察が調べたところ、若い女性の遺体であることが分かりました。遺体の身元は、遺体の特徴と付近に落ちていた生徒手帳から、この高校の生徒で数日前から行方が分からなくなっている、谷口萌香さんではないかと見て、現在鑑識が調べています。最後の目撃情報で、同じ高校の制服を着た少年と歩いていたとの情報がありましたが、その少年に該当する生徒がいないことから、事件に巻き込まれた可能性が高いと見て、警察は捜査本部を設置。犯人の行方を追っています。では次のニュースです――』


 その高校のすぐ近くに住んでいるある主婦はそのテレビを見て眉を顰めた。この辺りも物騒になったものだ。しかしすぐに思考を切り替える。事件になったからにはテレビカメラも来るだろうし、まだ日も高いから付近を掃除しておこうかしら……。

 そうして学校側にある、普段使わない物置付近を掃除しようとして、主婦は短く悲鳴を上げた。


 バラバラになった人形の残骸が、何故かその一面に落ちていた。

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