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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

ホラー小説

いないよ

作者:しまうま
 海の表面が揺れて、宝石のようにキラキラと太陽の光を反射する。
 その眩しさに、思わず目を閉じる私。
 ちょっと手のひらをかざして、日差しを遮って。
 ドラマのワンシーンみたいだ。
 清涼飲料水のCMのほうが、イメージとしては近いかもしれない。
 そんなことを考えて、ポーズをとってみたりする。
 額の汗を拭って、白い歯を見せて。
 透明感のある美少女アイドル気取りだ。
 足りないのはスポーツドリンクのペットボトルくらいだ。
 そこへ不意打ちのように、しょっぱい水しぶきがかかった。
「ひあっ!」
 思わず悲鳴をあげてしまう。
 水の冷たさが、驚きをさらに増加させていた。
 だが、何が起きたのかを把握して、今度は笑みをこぼしてしまった。
「やだあ、やめてよー!」
 水をかけてきたのはリサだ。
 私と同じく学校用の、地味な紺色のスクール水着を着ている。
 いまは臨海学校の自由時間。
 私たちは水着を着て、浜辺へやってきていた。
 ほかにも何人もの生徒たちが、海岸線に散らばっている。
 視線をリサのスクール水着に向けて、胸の膨らみを確認して、私はあらためてニッコリ笑った。
 リサはいい子だ。
 私の友達。
 ショートカットに猫みたいな目が似合う、とても可愛い女の子だ。
 なにより彼女の水着の胸はまっ平らだった。
 それは私と同じ。
 ソウルメイトの証だ。
「スレンダー」という素敵な言葉を心に刻み、「キャッキャ」と声をあげて、私はリサを追いかけた。
 リサも笑っている。
 同じ体型の友達の前なら、ひけめは感じない。
 誰かと比べるなんてことはしなくてすむ。
 ここでは悲しみが生まることはない。
 私たちは通じ合っているのだ。
 争いのない世界だ。
 ピチャピチャと互いに水をかけあって、かわいらしい悲鳴をあげる。
 大切な友達との楽しいひとときだった。
 するとまた水しぶきが顔にかかった。
 今度はミサキが水をかけたようだ。
「もー!」
 ミサキも私の友達だ。
 ゆるふわパーマの似合う、一見ビッチのように見えるビッチだ。
 水をかけてきたミサキのスクール水着の胸の膨らみを確認する。
 ぷるんぷるるん。
 ミサキの胸は不自然なほどに膨らんで、揺れていた。
 軽く捩れていた。
 これは許されざる行為だった。
「ヤダーヤメテヨ!」
 私はそう言って、ミサキの足を払い、水中に引きずり倒した。
「ゴボゴボ、ゴボォ!」
 ミサキが何かを言っているが、聞き取れない。
 そのまま沈める。
 海の中のミサキを見下ろして、「その髪、海草みたいだね」とつぶやいて、私はくすりと笑った。
 そうやってミサキの頭を水面の下へ押し込むことに熱中していると、砂浜のほうから声が聞こえた。
 どうやらもう、自由時間は終わりらしい。
 いつのまにかずいぶん時間がたっていたようだ。
 白い雲が、くっきりと浮かんでいる空。
 浅瀬がどこまでも続く、のどかな海。
 からだを包むように通りすぎる、優しい風。
 それが眩しい日射しで熱くなった皮膚を、ゆっくりと冷ましていく。
 残っているのは、からだの内側にある、ワクワクするような熱を帯びた気持ち。
 どれだけ騒いでも、この自然の中なら、怒られることなんてない。
 周りにいるのは大好きな友達。
 臨海学校が、こんなにも楽しいものだなんて知らなかった。
 まだ二日目。
 五泊六日の臨海学校は、折り返し地点。
 だが、そんな時間もここまでだった。
 私たちの楽しい臨海学校は、ここで突如として終わりを迎える。
 なぜならその日の夜、肝試しをすることになったからだ。
 もちろん「ギョエエエー!」と叫びながら地面をダンダンと踏みつけ、腕を振り回して抵抗したが、どれだけ嫌がっても学校の行事なので、これから逃れることは出来ない。
「大げさだ」と笑われただけだった。
 笑ったやつらはきっと苦しんだのちに地獄へ落ちるはずだ。
 私がそういう呪いをかけた。
 全員の顔も覚えている。
 仕方なしに公正な班分けに参加した結果、私はリサとミサキと同じグループになった。
 学校でもいつも一緒の仲良しグループだ。
 班分けで決まったこのメンバーで、森を抜けて神社へ向かい、そこにある石を持ってスタート地点に戻る。
 肝試しはそういうルールらしい。
 この三人で行動できるのは嬉しかったのだけれど、気心はしれていても心強くはない。
 全員が怖がりなのだ。
 まったく頼りにならない。
 車座になり、顔を見合わせたとき、リサとミサキの顔色は真っ青だった。
 たぶん私もそうだったのだろう。
「あががが、ヤバイよヤバイよどうしよういまから隕石が落ちてきて肝試しが中止になるかな? 意外にもこれがなるんだよね? テレビで今日の天気予報聞いてきた? 隕石降るよね何パーセント?」
 と私。
「隕石は降らないし落ち着いてゆっくり歩いて脇目も降らず逃げよう肝試しからいますぐ逃げよう邪魔するやつらはなぎ倒して逃げよう」
 とリサ。
「無理だよおおお。バレるよおおお。なんで石持って帰るルールなんだよおおお。石持ってないと逃げたってわかっちゃうよおおお。委員長から粛清されるよおおお。ルール決めた奴は死ねえええヒギイイイ」
 とミサキ。
 三人集まって知恵を絞っても、何の解決策も出てこなかった。
 もはやどうにもならないということを確認しただけだった。
 そうして肝試しが始まる。
 集まっていた生徒たちの群れのなかから、三人から五人の生徒たちのグループが離れ、ある程度の時間をおいて出発していく。
「怖いねえ」などと囁きあいながら笑っている。
 肩をぶつけあって。
 まるでこれから楽しいイベントが始まるかのような雰囲気だった。
 冗談ではない。
 これから始まるのは地獄だ。
 あの森の中で、純粋な恐怖が待ち構えているのだ。
 悪夢のカーニバルの始まりだ。
 笑っている場合ではないのだ。
 しかしそんな風に深刻になっているのは、私たちのグループだけのようだった。
 能天気なほかの生徒たちは、きっと何も考えずに死ぬのだろう。
 ゾンビ映画にたくさん出てくる、主人公以外の役者たちのように。
 あいつらはホームセンターの中へすら入れないのだ。
 私たちの順番が、次第に迫ってきていた。
「フヒヒ」と突然ミサキが笑いだした。
「オバケなんていないからあああ私見ないから肝試しに行ってもオバケいないからあああ怖くないのおおお!」
 いままでで一番説得力のある意見だった。
 とにかく勢いがある。
 思わず同意してしまいそうだった。
 リサもうなずいている。
「でも……」
 と私は言った。
「オバケはいるんだよ」
「いないよ!」
「いるよ」
「いないよ! そんな風に言うからオバケがいるような気がしてくるんだよ! いないよ! オバケはいないんだよおおお!」
 なおも言い返そうとする私の声を遮るように、ミサキが言う。
「オバケはいないよいないいないないないないないない」
 ゆるふわパーマを振り乱して、耳を塞いでいた。
 そうこうしているうちに私たちの番になってしまった。
「きっと大丈夫。神社まで行って石を持って帰るだけなんだから」
 自分に言い聞かせるように私はつぶやいた。
 胸に手を当ててギュッと握って、なんとか気持ちを落ち着かせる。
 神社までのルートは指定されている。
 行きと帰りで、別のルートだ。
 その行きのルート、森を抜けて神社へ向かう道に私たちは入っていった。
 木が生い茂り、枝が頭のうえまで伸びている。
 いまは夜の8時。
 太陽は完全に沈み、かわりに頼りない月が出ている。
 森の中はその月の光さえも遮られて、よけいに暗くなっていた。
 いまにも何かが出てきそうな雰囲気だった。
 ――カサッ。
 周囲は落葉を踏みしめる音が聞こえてくるほどに静かだ。
 唯一聞こえるのは、私の隣からの声だ。
「いないないないないないないないない」
 ミサキがまだぶつぶつつぶやいているのだった。
 これはこれで不気味だ。
 ちょっと黙らせようか、ゆるふわパーマをつかんで引きずりまわせば黙るかな、と私が考えていたとき、
「ねえ、あれ」
 とリサがちいさな声で言った。
「なんだろう。何かあるよね」
 一点を指さしている。
 その指の先、暗やみの中に、たしかに何かが立っていた。
 私にも見えてしまった。
 ぼんやりと浮かびあがる、赤と黄色の物体。
 人間のシルエット。
 その頭部は異様に大きく、まるい。
「アフロだ……。アフロがいるよ」
「いないよ!」
 すぐさまミサキが言った。
 ギュッと目をつぶって。
「いるよ。ハンバーガー屋さんの前によくいるセンスのおかしい白塗りの赤アフロがいるよ」
「いないよ!」
「あの格好はアメリカ人じゃないと思いつかないよ。どう考えてもまともじゃないよ。あいつらの美的センスはおかしいよ。変な蛍光色のケーキとか作りだすよ」
「言いすぎだよ!」
「テイクアウトする?」
「しないよ!」
 もしかすると、誰かが怖がらせるために置いていたのかもしれない。
 アフロを避けるようにして、私たちは森の中を進んだ。
 ミサキを見ると目をつぶったまま歩いていた。
 こうやって何も見ないつもりらしい。
 これは少しズルいと思った。
 私がお尻を蹴ると、ビクッと反応して、「いないよ……」とつぶやいていた。
 さらに進むと、暗やみの中に牛が繋がれていた。
 鳴くこともなく、おとなしくたたずんでいる。
 ときおり地面の草を食べているようだった。
「ねえ、暗やみの中に、牛がいるよ」
「いないよ!」
「白と黒の模様だから、白い部分だけが目立ってるよ」
「いないよ!」
「大切に育てた牛が売られていくよ」
「いな……それならいなくなるからちょうどいいよ!」
 バサバサッと何かが羽ばたく音がした。
 鳥だ。
 私たちの頭上を飛んでいるようだ。
 生い茂った木々に隠されて、その姿をはっきりと確認することはできない。
「たぶんカラスだよ。カラスの群れだよ」
「いないよ!」
「たくさん飛んでいるよ」
「いないよ! カラスだともう全身黒くて見えないからいてもいなくてもどっちでも一緒だよ!」
「朝5時くらいの歌舞伎町みたいだよ」
「行ったことないよ! そんな時間に行かないよ!」
 鳴き声も聞こえた。
 ヒョーという悲しげな、しかし奇妙な鳴き声だった。
「これは……この鳴き声は……鵺だよ」
「ぬえ?」
「そう。鵺だったよ」
「ピンとこないよ! 鵺とか言われてもなんなのかピンとこないよ!」
「ヒョー……」
「いないよ!」
「先生もいたよ」
「いないよ!」
「先生が私たちを見守っているよ」
「いないよ!」
「もしも事故とかがあったら責任問題になるから隠れて見守っているよ」
「いないよ! そうだとしても不気味だよ! 隠れないでほしいよ!」
 さらに進むと、また別のひとの気配がした。
 前方から、私たちに近づいてきている。
「知らないおじさんがいるよ」
「いないよ!」
「60歳くらいのおじさんだよ」
「いないよ!」
「髪の毛はないよ」
「少しはあるよ!」
「知らないおじさんが微笑んでいるよ」
「微笑んでないよ!」
「知らないおじさんがあいさつをしているよ」
「しないよ!」
「知らないおじさんが『こんな夜になにやっているんだい? ああ、肝試しか。そういえば臨海学校やっているって話だったねえ。気をつけるんだよ。なにしろこの辺りは……本当に出るからねえ。ふふふ』と言ってるよ」
「聞こえてるよ!」
「知らないおじさんが通り過ぎていくよ」
「あのひとは本当に通行人だよ! 事情をよく知っている近所のひとだよ! 牛の世話をしに行くのかもしれないよ!」
 そうして歩くうちに、私たちは広場のようなところへたどり着いた。
 この一帯だけ木が生えていない。
 かわりに背の低い草が、びっしりと芝生のように生えていた。
 月の光が届いて、ほんの少し明るい。
 森の中とは雰囲気の違う場所だ。
 地面には、何かが落ちていた。
 不思議なまるい物体。
 気がついて、見回してみると、そこら中にスイカくらいのまるい石のようなものが落ちていた。
 私は近づいて、それを確認する。
「これは……お地蔵様だよ?」
「いないよ!」
「お地蔵様の頭部だよ?」
「いないよ?」
「お地蔵様の頭だけがゴロゴロ転がってるよ」
「ひいいい、いないよ!」
「ボールみたいだし、これでサッカーができそうだよ」
「祟られるよ!」
「広場の大きさもちょうどいいよ」
「絶対やらないよ!」
「そんなお地蔵様の頭が50個以上はあるよ」
「うわあああ……ないよ!」
 そう言いながら、ミサキが私の手を握ってきた。
 ブルブルと震えている。
 私も同じだった。
 しっかりとミサキの手を握りかえして、私はあることに気づいた。
「リサが……いないよ?」
「いな、えっ?」
 どこにも、リサの姿はない。
 ここにいるのは、手を握りあっている私たちふたりだけ。
 広場のようになっている場所だから、見落とすなんてことはありえない。
 どれだけ探しても、大量のお地蔵様の頭部しか見つからなかった。
 いつからリサがいなかったのかすら、わからない。
「やっぱり、リサがいないよ?」
「……いないよ。リサなんて子はいないよ! 最初からいなかったんだよ!」
 ミサキは目をつぶったまま、グイグイと私の手を引く。
 リサはいなかったことにしてしまうつもりのようだ。
「でも……いないよ?」
「そうだよ! いないよ!」
 ミサキは本当にこのまま進んでしまおうとしている。
 リサはどこに行ってしまったのだろう。
 気になりながら、私も足を進めた。
 もうこの場所にはこれ以上いたくない。
 はやくここを通り過ぎたかった。
 頭部だけのお地蔵様は、いくらなんでも不気味すぎた。
 いまもボールのようにゴロゴロと転がって追いかけてきているような気さえする。
 このまま進むのは、ひどいとは思う。
 けれど、私には余裕がない。
 リサを探してここにとどまるなんて、できそうになかった。
 恐怖で私の心のなかはギリギリ、レッドカードが出る寸前だった。
 どうやってもこれ以上のロスタイムは得られそうにない。
 もうずいぶん前に、試合終了のホイッスルは鳴らされていたのだ。
 ボールがゴールからハズレた瞬間守備位置に戻っていくサイドバックのように、私たちはわき目もふらずに歩いていった。
 そうしてさらに進んでいくと、森の中に巨大な人影のようなものが見えた。
 人間の大きさではなかった。
 何か別のもの。
 月の明かりで、その顔が照らし出される。
「おおお、鬼がいるよ?」
「いないよ!」
「お寺にあったらちょっとした観光名所になりそうなくらいの大きさの鬼がいるよ」
「いないよ!」
「それがじっと見てるよ」
「見てないよ!」
「仏像かもだよ?」
「どっちでもいいよ!」
「運慶作のやつに似てるよ?」
「知らないよ!」
「またアフロがいるよ?」
「もういいよ!」
 さらに進んでいくと、木が生えていた。
 道を塞ぐように根を伸ばしている。
 周囲の木よりも遥かに大きな木だ。
 当然、その幹は太い。
 そこに人影が見えた。
 人形のように、ダラリと足を投げ出して、木の根元にもたれかかって座っている。
「ねえ、ウソ……。リサが……いるよ?」
「えっ?」
「動かなくなったリサがいるよ」
「い、いないよ!」
「血まみれで動かないリサがいるよ」
「いないよ!」
「動かなくなったリサが私たちを見てるよ」
「いないよお」
「私たちを手招きしているよ」
「もう行くよお……」
 ギュッと私の手を握って、ズンズンとミサキは歩いていく。
 血まみれのリサは、すぐに通り過ぎて見えなくなってしまった。
 そこから神社までは無言だった。
 何もしゃべらずに、私たちは進んだ。
 なんとか何事もなかったかのように振る舞おうとしていた。
 確認したくなかったから、振り返ることもなかった。
 私もミサキと同じように、リサはいなかったことにしようとしていたのだ。
 神社につくと、折り畳み式の長机の上に、石が並べて置かれていた。
 かなりの数がある。
 これをひとりひとつずつ、持って帰るということなのだろう。
 ちゃんとここまで来たという証だ。
 石を手に取り、ふと、いままで歩いてきた道を眺めた。
 そこに、何かがいる。
 たくさんの影が動いている。
「ねえ、ミサキ……」
 私の声は震えてしまっていた。
「いるよ……。アフロと牛と鵺と先生と知らないおじさんとお地蔵様の頭部50個と鬼と血まみれのリサが追いかけてきているよ……」
 すぐに「いないよ!」と返事が返ってくるはずだった。
 何度も聞いた台詞。
 もう耳が覚えてしまっている。
 なのに、何も聞こえない。
 辺りは静まりかえっている。
 どうして――と私は思った。
 どうしてミサキは何も言わないのだろう。
 私はミサキがいるはずの方を振り返った。
 そこには何もいない。
 あるのは暗闇だけだった。









「いるよ!」
 ミサキが大声をあげた。
「石を取ってきただけだよ! いるよ! 私はいるよ! ここにいるよ! 逃げるよ!」
 私の手を取り、走り出す。
「で、でも」
 と引きずられながら、私は言う。
「リサは? 血まみれのリサは?」
「いないよ! リサはいないよ!」
「じゃあ牛は?」
「牛は本当にどうでもいいよ! 放っておけば売られていくよ!」
 ふたりで帰りのルートをかけていく。
 来たときのルートよりも明るいが、森の中だ。
 視界が悪いし、地面がデコボコしていて、何度もこけそうになる。
 だが、私たちは立ち止まることはなかった。
 途中3体のアフロとすれ違った。
 アフロはにこやかな表情で森の奥を指し示していたが、当然立ち寄ることもなかった。
 もうすぐゴールだ。
 先に着いた生徒たちの声が聞こえる。
 森の終わりが見える。
 良かった、無事に戻ってくることができた。
 そう思い、私とミサキはうなずきあう。
 森を抜けたところで、私たちは倒れこんだ。
 足がもつれて、もう動かない。
 ずっと走ってきたのだ。
 息をするのもやっとだ。
 立ち上がる体力もない。
 そんな私たちのもとへ、生徒がひとり駆け寄って来たようだ。
「おかえりー」
 ただいま、と言う余裕すらなかった。
 地面を見つめたまま、呼吸を整える。
 ふと、私は気づいた。
 いまの声――と思った。
 どこかで聞いたことのある声だった。
 私は顔をあげる。
「ごめんねえー!」
 目の前にいたのはリサだった。
 条件反射のように、ミサキが石を持った手を振り抜いていた。
「いないよっ!」
「へぶっ!」
 倒れて顔を押さえるリサに私は問いかける。
「なんで、なんでリサがここに……」
「うう、ごめんねえー!」
 なおもこぶしを振り上げようとするミサキを私は制した。
 何かがおかしい。
 リサは顔を押さえたまま泣いている。
「私怖くて途中で帰っちゃって、でもこんなに怒ってるなんて思わなくて、いきなり殴られるなんて……ううっ、ごめんねえー!」
「待って、途中で帰ったの?」
「うん。アフロが怖くて……うっうっ」
「アフロって、一番最初じゃない」
「うん。ごめんねえー!」
「そうだったんだ……」
 なんだか気が抜けてしまった。
 ミサキも呆然としている。
「もう……本当に怖かったんだからね。いきなりリサがいなくなっちゃうし」
「ごめんねえー!」
「あれからもアフロは出てきたんだよ」
「ええー!」
「合計5体いたよ」
「多いよおー」
「それに、途中でリサのオバケみたいなのが出てきたんだよ」
「ええ? 私の?」
「そう。でも無事で良かった」
「えっ、待って。私のオバケって、どんなの?」
「どんなのって……なんか血まみれだったんだよ」
「へえ……血まみれ……それって……」
 そう言いながら、リサが顔をあげる。
 リサはミサキに殴られてから、ずっと顔を手で押さえて泣いていた。
 ゆっくりとその手を離す。
「私に似てたの?」
 そこに現れたのは、血まみれのリサの顔だった。
「ふんっ!」
「へぶっ!」
 私は思わず石を握りしめたこぶしを降り下ろしていた。
「ひいいい、もう殴らないでえー!」
 リサが後ずさりして、離れていく。
 ミサキに殴られ、その後私にも殴られたリサの鼻からは、とめどなく血がながれ続けていた。
 血まみれだったのは最初にミサキに殴られたせいだ。
 鼻血を出していたのだ。
 オバケだからではない。
 私たちはちょうど石を持っていたから、その攻撃力は相当なものだった。
「あ、いや違うの違うの。いま殴ったのは違うの。そういう意味で殴ったんじゃないの」
「いやあああ! もう許してくださいいいい! 近づかないでくださいいいい!」
「本当に違うの。でもいまのはリサも悪いよ……」
 ガタガタと震えるリサにミサキが駆け寄っていく。
 ようやく状況を把握したようだ。
「ねえ、見て見て! リサがいるよ! リサがまだ生きてるよ!」
「いやあああ! 許してえええ! まだ生きてるってどういうことおおお! 殺さないでくださいいいい! 止めをささないでえええ!」
 ふたりはそんなことを言って、騒いでいた。
 リサは生きていた。
 途中で帰っただけだった。
 鼻から血を流しているけれど、無事だった。
 というか鼻血は私とミサキのせいだ。
 なんだ、良かった――と私は思った。
 ここにいるのはいつもの私たちだ。
 普段通り、やたら騒がしい、三人組。
 周りも遠巻きに見ているだけで、止めようとはしない。
 オバケじゃなかったんだ。
 ふうとため息をついて、ミサキと走ってきた道を見つめた。
 どれだけ目を凝らしても、そこにはなにもいなかった。
 きっと怖がりな私が、何もないのにオバケを見たと勘違いしていただけだったのだろう。
 こうして私たちの肝試しは、何事もなく終わったのだった。

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