第5話 抜き打ち試験(5)
「どうだ、佑? どこまで来てる?」
道路の真ん中に突っ立っていた伊織が隣にいた佑に尋ねてみる。
「そうですねぇ・・・・・・ 大分近づいてきました。オイラ達の前にある十字路右の道まで、後100メートルって
とこですかね」
「じゃあ、もうそろそろ来そうか?」
「いえ、何だかやけに警戒しながら歩いてますからね。こっちに来るまではもうしばらくかかるでしょ。まあ、とりあえず
この場でゆっくり待ちましょう」
相変わらずのマイペースな口調だが、佑は伊織の質問にスラスラと答える。だが何かがおかしい。今佑の視線を辿った
先にあるのは、どう見ても倉庫の列だ。その前を歩く人影なんて1人も見えないし、そもそも彼の答えた「オイラ達の
前にある十字路右の道」は倉庫の陰にあり、隠れて何一つ見えるわけがない。
しかし、佑は平然と伊織の質問に答えていくし、伊織は彼の言う答えを疑いもしなかった。
「人数は見えるか?」
伊織の何気ない質問。その質問に、佑は突然「ニヤリ」薄笑いを浮かべる。これまで倉庫からピクリとも動かさなかった
目線を伊織のほうに戻し、得意げな口調になって「ねえ、旦那」と切り出した。
「旦那の考えはお見通しですよ。これで相手2人以下なら、1人で相手できるって期待してたでしょう?」
言われた方の伊織は表情も変えず、ただ一言
「まあ、な」
と返しただけだった。だが、佑はその返答に何を聞き取ったのか、堪えきれないといった感じでクックッと笑いを抑える。
「旦那も早とちりですねぇ」
こう言っただけで、またも笑いを押し殺しにかかる佑に、伊織は若干急かすような口調になった。
「何だよ? 変にニタニタしてないで教えろよ」
「要するに、旦那はオイラの口車に乗っちまったんです」
伊織の慌てる様子を楽しむように、佑はまたしても良く分からないな表現で済ませる。佑の回答が分かりかねた伊織は、
もう一度急かすような口調で尋ねる。
「ハァ? そりゃ一体・・・・・・」
「旦那、もう一度冷静になって考えてみてください」
混乱して少ししかめ面の伊織に、佑はポケットの中で弄んでいた試験管を突きつけながらまたスラスラとした
説明を始めた。
「さっきオイラはこう言いましたよね、『2人までなら旦那に任せる、それ以上なら、オイラが手伝う』って。
じゃあ質問ですけど、仮に1人、もしくは2人のチームとオイラ達が出会ったとして、どうなります?」
「どうなるって、そりゃもちろん、戦うに決まって・・・・・・」
だがそこまで言って、伊織は文字通り固まった。それが解けたのは数秒後。
「あぁ――――っ!」
大声で叫ぶ伊織に、佑は得意げな表情を見せる。
「やっと気付きましたか? ほら、最初の放送で言ってたじゃないですか。この試験では、合わせて4人以下になる
チーム同士が出会っても、新しいチームになるだけで戦わないんですよ」
「じゃ、じゃあ佑、最初からそれが狙いで・・・・・・」
「ええ。これで約束は約束ですから、オイラも堂々と旦那の手助けが出来るって算段です」
呆然とした伊織に向かって、得意気な表情で笑っている佑。いくら憎らしくても、もはや伊織はその術中にはまって
しまっている。一度言ってしまった事はもはやいくら後悔しようとも撤回できないのが、世の中の厳しいところだ。
その厳しさと、自分の甘さに伊織はこれまであまり変わらなかった表情を緩め、思わず眉間にしわを寄せる。
「ゆ、油断したか」
「ヘヘっ、まあ、どの道結果は変わりませんでしたよ。向こうにいるのは、3人ですからね」
そう言ってから佑は手慰みの試験管をポケットにしまいこんだ。それから眼の色をトルコ石のような乳白した青へと変え、
先ほど見ていた倉庫を、いや、倉庫の向こうにいるという相手の3人を観察し始める。
そんな佑に、伊織はふと思い出したような口調で「そういえば」と切り出した。
「そういえば、佑」
「はい?」
「さっき、一瞬白い布切れみたいなのが飛んできたと思ったら落ちていったけど、あれもお前か?」
伊織の問いかけにも、佑は相変わらず青の目線を逸らさない。ただ、きちんと反応だけを返していく。
「ええ。どうやらこっちの様子を見ていたみたいなんでね、一応魔力を切っておきましたよ」
「こっちを見ていた?」
相変わらず佑の言葉は謎かけのようである。しかも、そのかけ方が上手い。伊織はすぐに佑の思い通りの質問を返す。
「じゃあ、なんだったんだ? あれは」
伊織の質問に、待ってましたと言いたくなるのを抑えながら、佑はサラリと答えた。
「なぁ〜に、ちょっとした『式紙』ですよ」
式紙、という言葉の瞬間、伊織の表情に一瞬だけ力がこもる。式紙? 式紙といえば、伊織の知っているものは
1つしか無かった。
「南御寺の、か?」
「そうですよ。多分、ありゃこっちを偵察するためのものですね」
何の気なしの佑の口調。そんな佑に、伊織は最後の質問をゆっくりと口にした。
「って事は俺達の相手って・・・・・・」
「1人は、南御寺家の御曹司みたいですね」
太陽が眩しくなったのか、それとも向こうの様子をもっとよく見るためか、佑は両目を少し細めた。
「それと、残りの2人も相当やりますぜ。1人はともかく、もし2人同時に戦うとなると南御寺の坊ちゃんより
厄介かも知れません」
伊織は、しばらく反応を返さなかった。だがやがて、無表情な目線をゆっくりと佑に向ける。
「・・・・・・・」
なにやら恨みがましそうな、訝しそうなその目線に、佑は内心でギクリとした。いや、ばれるはずはないでしょう。
そう言い聞かせて不安を振り払い、伊織の言葉に努めていつも通りの余裕で「な、なんです旦那と」応じてはみた。
みた、のだが・・・・・・ 伊織の表情と視線は、更に鋭さを増していた。
「今度は騙されないぞ」
いきなり確信を突く言葉。あまりの勘のよさに、佑は内心で半分諦めてさえいた。
「な、何の事です?」
それでも最後の抵抗を試みる佑。だが、先ほどしてやられていた伊織に茶番を続ける気は無い。さっさと
核心を突く事にした。
「本当は、南御寺1人の方が強いんだろ? でも後の2人の方が強いと言っておけば、俺がそっちの相手をすると
睨んだ。違うか?」
「そ、それは・・・・・・」
余裕も消し飛ばされ、お茶を濁すだけの佑に伊織は自分の正しさを確信していた。そしてとうとう、佑もそれに
屈せざるを得なくなる。
「あちゃ――。バレちまいましたか」
うつむいた額に手を当てる佑の身振りは、いかにも参ったという空気が溢れている。だが、佑はまだあきらめてなど
いなかった。なんとしても、伊織に無理はさせたくない。表面の態度は軽くとも、佑は相当に真剣であった。
「眼」、全てを見通す彼の眼は、こちらへと近づく3人の大まかな魔力や身体能力さえ教えてくれる。今度の相手は、
正直シャレになるレベルを超えていた。魔力の高さから言って、3人全員がこの学校でも上位に入るほどの実力者だろう。
特に南御寺家の御曹司など伊織と佑自身を除けば、この学校で最も強い生徒の部類に入ると思われた。
強敵と戦えば、伊織は自然強力な魔法を使うだろう。本人は「他人にぶっ放すのは使わない」といった様なことを口に
してはいたが、それでも危険な事に変わりは無い。
伊織は、今でこそこの学校の試験にたやすく合格するほどに魔力が使える。でも、以前はそれこそ魔法をかじった者なら
誰でも出来るような些細な魔法でも使えなかった。今も自分の全てを出し切ることは難しいだろう。魔法を使えば、
「あの記憶」が甦る。自分が、あまりに恐ろしくなる。かつて伊織はそう言っていた。
となれば、伊織が自分の持てる魔力を開放すればするほど、再び伊織に恐怖を引き起こさせる危険が増える。強い相手と
戦う中で、いつそれが出てくるかも分からない。それが佑を悩ませる第一のリスク。
そしてもう一つ。伊織には絶対会わせてはいけない人間がいた。
魔法を力としてしか見ない人間。そして、その力でしか他人を見れない人間。更に言えば、力の、魔法のない
他者を蔑み、侮辱し、傷つけることをためらわない人間。
人間は自分に都合のいい哲学を採用するものだ。魔法がそれなりに使える生徒ならば、そういう思い違いに
至ってしまっているのが少なくない。万が一、そんな連中と伊織が出会ってしまえば・・・・・・
(危ないですね。旦那もそうですが、相手も、ね・・・・・・)
だから、ここは何とか伊織に無理をさせたくなかった。せめて、一番強い南御寺家の1人だけでも自分で請け負えば、
最悪の事態は回避できるだろう。そう思った佑は、作り話半分、本当半分の巧みな話を切り出す。
「でも旦那、今度のは半分本当ですぜ。オイラの『眼』は基本的に1対1でしか使えませんからね。多少強くても、
1人を相手にした方が気楽なんですよ」
「確かに、そう言われればそうか」
「ええ。そういう事で、始まったらよろしくお願いします」
今度は、伊織も佑の申し出に納得した。内心でホッとしながらも、まだ完全に油断は出来ない。万一の事がおきぬよう、
眼を光らせておかねばならないのだ。
「さて、来ますよ」
そんな佑の言葉は、隣にいる伊織と、彼を守るべき自分への警笛。
佑の言葉とほぼ同じくして、コンクリートの影に一瞬誰かの顔が見えた。ほんの一瞬、わずかに顔の半分が覗いたに
過ぎないが、それでも2人が相手の到着を知るには十分であった。
しかしだからと言って、2人は別に何をするでもなく、歩道に棒立ちで並んでいる。わずかに変化した事を
挙げるとすれば、佑が再びポケットに手を突っ込み、今度はなにやら小さなダーツのようなものを抜き出して
手慰みを始めた事、だろうか。
10秒ほど後、今度の変化は大きかった。先ほどと同じ倉庫の影から、3人の人影が飛び出したのである。人影は
そのまま道の真ん中辺りで右に急カーブし、伊織と佑の方に向き直る。1人は、杖を手にしたツインテールの少女。
2人目は、腰まで届くポニーテールに刀身をさらしで巻いた薙刀の少女、そして最後の1人は、和服姿になにやら
白いひらひらとしたものを持った、ストレートヘアの美少女であった。
「ほう、中々隙がないじゃないですか」
佑にそう言わしめるほど、3人の登場は見事だった。2人と3人は、その場でしばし向き合ったまま、動かない。
「あなた方が、相手、なのですか?」
ポニーテールと薙刀の少女であった。その言葉に、佑が笑みを浮かべながら応じる。
「ええ、まあ。オイラ達とあなた方とで、戦うみたいですよ」
「そう、ですか・・・・・・」
ポニーテールの少女が段々と語尾を下げたのは、続く言葉が思いつかずなのか、最後の最後で戦う事になった
自分達の不運を嘆いたのか、それとも戦うという事それ自体が憂鬱だったのか。
「旦那」
佑の言葉が、今度は伊織に向けられた。
「あの和服のが南御寺です。オイラが止めますから、残りの2人をお願いします」
「ああ、分かった」
一瞬、2人は視線を交わす。短い言葉と、一瞬の視線。それでも2人の心は通じ合った。そして最後の言葉は、
杖を構えたツインテールの少女からだった。
「じゃあ、い、行くよ・・・・・・」
アスファルトに映った5人の黒影は、一斉に動き始めた。
第5話、ようやくの更新です。更新が大変遅れ、申し訳ございませんでした。受験生の夏の忙しさ、そして自分の文章力のひどさ、2つを侮っていた作者のミスです・・・・・・
今回の話、当初はバトルシーンまで続く予定でしたが、あまりに長くなったので直前で切ってしまいました。バトルシーンは次回、何とか今回よりは間を開けずに更新いたしますので、お許しください。
最後になってしまいましたが、ご意見、ご感想をいただけた皆さま、心よりありがとうございます。
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