第4話 抜き打ち試験(4)
「歴史は証明している。人は争い、傷つけあい、追い詰めあう事で、初めて本当の進歩を見ると」
伊織の脳裏に、冷たい記憶が甦ってきた。もう何年も昔のことなのに、ついこの間のことよりも強く脳に焼きついた
冷たく、鋭く、そして無慈悲な男の声。
「魔法もまた、その法則に従っているだけだ。魔法とは、戦いの武器なのだぞ?」
この言葉と、伊織はずっと戦ってきた。男の言葉を否定するために、魔法を磨いてきた。
「魔法を使え。傷つけあい、殺しあうのだ。それがお前の魔法を何よりも強くする」
傷つけあう事。殺しあう事。そんな事で魔法は強くならないと、伊織はそう信じる事を望んだ。そのためには、
自分でそれを証明しなければならない。だが、その方法が分からない。
「・・・・・・な、・・・・・・んな」
その方法を考えて、もう2年以上にもなる。なのに、答えは見つからない。俺は、何をやっているんだ?
「あの男」は言った、3年後、俺を迎えに来ると。その時までに、俺は答えを見つけなきゃいけない。
それなのに、俺が今やっている事はなんだ? 答えが見つからないだけならまだ良い。それどころか、
「いつか証明する時のために」と言い訳をして、「あの男」の言う通り、戦うための魔法を磨いてさえいる。
「旦那! 旦那ってば!」
不意に、伊織は聞きなれた声に自分が呼ばれているのに気付く。その声は思考の中に潜り込んでいた伊織の心を、
再び目の前に広がる世界へと引き戻していった。
「あ、ああ・・・・・・ 佑、お前か」
「『お前か』じゃありませんぜ、旦那。何ボサッとしてたんですか?」
伊織の目の前には、いつも通りの白衣を着てこちらを心配そうに見つめる佑がいた。その顔からいつもの薄笑いが
消えていたことに、伊織は自分が佑を心配させていた事を知る。
「ああ悪い。考え事してたんだ」
まるで寝ぼけたようにたどたどしい伊織の言葉に、佑は心配を通り越して呆れてしまったらしい。その口で思わず
「ハァ――」と深い溜め息をついてから、伊織を咎めだした。
「全く、旦那はマイペースと言うか、何と言うか・・・・・・」
「悪かった。でももう大丈夫だよ。心配かけたか?」
心底申し訳なさそうな伊織の謝罪。それを見て、佑は内心で若干慌てた。少々言い過ぎたかもしれない。ここはひとまず、
何とか話題を別の方に逸らしておこう。
「まあ、旦那がなんでもないなら良しとしましょう。で、取りあえず相手は倒しときました。ちょっと時間は食っちまいましたけどね。
それと試験の残り時間も大分減ってきましたから、このまま行けば購買のタダ券はいただきですよ」
取りあえず、佑は簡単な状況説明から入ることにした。その作戦が功を奏したのか、上の空だった伊織が言葉を返す。
「そうか。悪いな佑。もう4度目だろう?」
「いえいえ。失格になろうとした旦那を無理に付き合わせてるのはオイラですから、当然ですよ」
やれやれ、やっと普段の旦那に戻りましたね。そう思って内心ホッと胸をなでおろした佑の顔には、ようやくいつもの薄笑いが
戻っていた。それにつられて、普段の口八丁ぶりも再び首をもたげ始める。
「まあ、魔法でやりあうのはあれで最後だと思いますよ。それに残り時間だって10分くらいですからね。さすがにもう他の
チームには会わんでしょ」
「ああ。そうなる事を祈っとくよ」
「まっ、万が一他のチームと出くわした所で、その時はまたオイラが何とかしますよ」
相変わらず余裕を崩さない佑の言葉。だが、そんな親友に伊織は罪悪感を抱いていた。
もう2時間近く前の最初の戦いに始まり、これまでの戦いで佑は「あれ」を使って敵の動きを止め、その隙に
相手の機械を奪って失格にさせる、という戦いを続けている。だが、佑の専売特許とも言うべき「あれ」は、
決して楽に使えるものではない。疲労もすれば、精神的にも応える。何より魔力を湯水のようにドブドブと使い続ける。
言葉にも態度にも出してはいないが、佑は間違いなく楽じゃないだろう。
それでも佑が疲れを見せまいとしているのは、自分を気遣ってのことに違いない。だが、それは俺の甘えだ。
遅すぎるかもしれない。だけど自分の甘えに佑をこれ以上つき合わせるのは、申し訳なさ過ぎた。
「佑・・・・・・」
決意を胸にした伊織は隣を歩く親友に声をかけた。その親友は、やはり疲れなど見せないままで答えを返す。
「何です? 旦那」
「もし、もしもだぞ。次に戦いがあれば、だ」
ここで伊織は、最後に残った若干のためらいを打ち消すために一瞬沈黙し、それから再び言葉を吐き出した。
「その時は、俺が、やる。俺が敵と戦う」
伊織がそういった瞬間、それまでニヤついていた佑の顔が凍りつく。それから1秒と経つか経たないかで、佑が血相を変えて
まくし立て始めた。
「だ、旦那!? 本気ですかい!?」
「ああ。冗談じゃこんな事は言わないさ」
「だって旦那は、魔法を使うのが嫌いなんでしょ!?」
「まあ、な。でも最近は、ずいぶん自分の中で整理もついたんだ。最悪、人にぶっ放す魔法じゃなきゃ何とか使えるさ」
先ほどまでのおどけた態度から一転、必死で舌を回す佑。一方の伊織は努めて冷静だ。
「そ、そんなことしなくても、オイラがやりますよ。オイラは旦那の『主治医』ですぜ。そのオイラが、旦那にきつい事を
させちゃまずいでしょ」
「佑、俺だって大分慣れてきたんだ。あれはもう2年も前だしな」
「し、しかしですねぇ・・・・・・」
言葉を濁して、何とかして伊織を止める口実を探そうとする佑。そんな親友に、伊織はきっぱりとした口調で言い放った。
「俺がやる。ダメか?」
力強さと、強い決意のこもったその言葉に佑はとうとう根負けした。
「じゃ、じゃあ少しお願いします、ぜ?」
「ああ。任せてくれ」
「そ、その代わり!」
今度は佑が口調を強め、体ごと伊織に向き直る。
「旦那1人で戦っていいのは2人までです! それ以上になったら、残りの相手とオイラも戦います! それと相手が1人だろうと、
何かあったらすぐ割って入らせてもらいますよ」
その強い口調に、伊織は心の底から感謝した。佑は、決して自分が戦えない事に不満があるわけじゃない。ただ、俺を心配してくれて
いるだけなんだ。その親切まで断るのは、友達のするべきことじゃない。
「ああ、頼むぞ。佑」
そう言って佑に笑いかけた伊織。その顔を雲の影から顔を出した太陽が照らした。
「さてさて、旦那には申し訳・・・・・・」
そう言いながら元の進行方向へと向き直った佑は、その目を見開き、その場に凍りついた。
「だ、旦那?」
「どした?」
「そ、その、なんと言うか、残念ながらと言うか」
口ごもった佑は、何度か目を擦っていたが、やがて観念したようにガックリと肩を落とし、弱りきったように言う。
「もう、来てるみたいですぜ」
「来てる? 何が・・・・・・」
「何が来てるんだ?」と言いかけた伊織の前に、佑は背中を向けたまま何かを差し出した。伊織が受け取ると、それは
競技用の機械。そしてその画面ではデジタル表示された数字が9分後半当たりで徐々に時間を減らしていた。と、言う事は。
「敵のチーム、か・・・・・・」
「ま、また、なの?」
つい先ほど、雲から抜けて再び光を降り注ぎ始めた太陽の下。高宮 陽菜は時間を刻み始めた画面付きの機械を見つめたまま、
呆然とした表情でその場に立ち止まった。
「ろ、6回目、だよね? これ・・・・・・」
「まあ、運が悪いといえばそこまでですが、さすがに終了間際でまた戦いとなると、これは・・・・・・」
陽菜の後ろには、同じチームのメンバーである史波と彩人が続く。2人の表情は陽菜ほど分かりやすくはないが、それでも
疲労と落胆と少々の怒りが入り混じっていたのは見て取れる。
「何で?」
ポツリと陽菜が呟く。まるでゼンマイを巻かれたオルゴールが鳴り出すかのように、いきなりの事だった。
「何で私たちだけこんなに戦うのよぉー! 陰謀? 陰謀なんだね? 私たちを憎む悪の組織が、他のチームに催眠術を
かけて・・・・・・ そうだよ! きっとそうに違いないよね!」
いきなり大声で叫びだした陽菜。呆然と見つめるほかの2人の前で、1人だけ見る見るエキサイティングしていく。
「でもどうして悪の組織なんかに狙われるの? おかしいよ? そりゃあ、私も昔はお兄ちゃんのケーキをこっそり食べたり、
イジワルしてきた子が窓ガラスを割った事を先生に言いつけたりしたけど、でもそれだけだよ!?」
ヒートアップし始めた陽菜は、大声で訳が分かるんだか分からないんだか微妙な愚痴を叫び続ける。
「ねえ、史波ちゃんも彩人くんも! どうしてなのか教えてよ!?」
「た、高宮さん・・・・・・」
「えっ、あの、その〜」
そうこうする内に陽菜の怒りの矛先は陽菜の脳内で結成された悪の組織から、目の前の史波と彩人に向けられ始めた。訳の
分からない陽菜の攻撃に、2人はしばし困惑するしかない。
「もしかしたら悪の組織って、2人が作ったんじゃ・・・・・・ そう? そうなのね!? どうして、どうして私を」
「高宮さん!」
錯乱気味の陽菜が叫ぶ愚痴をようやく止めたのは、これまた大声、史波の一喝だった。
「気持ちは分かりますし、私も同じ気持ちです! でも、ここでそんな事を言っても仕方がないでしょう!? まして不必要に
大声を出しては、相手のチームにこちらの居場所を教えてしまいますよ!」
「あ、そ、その・・・・・・ ご、ごめんね?」
「全く。こういう時こそ、落ち着かなければいけないんですよ。それにですねぇ、いきなり怒り出しても、何の解決にも・・・・・・」
首を落とし、反省のポーズをとる陽菜に延々と説教をし始める史波。その様子を傍から見ていた彩人は、冷静にこう思った。
(し、史波さんも、陽菜さんを静かにさせるためとはいえ、怒鳴ってしまっていた気が・・・・・・)
でもこれを口に出したら、余計ややこしくなっちゃうだけなんだろうな。賢い彩人は、その言葉をひとまず胸深くに収め、
2人に「と、とにかく」と切り出した。
「僕は向こうの様子を見てみるから」
そう言って、彩人は和服の懐から白い紙切れのようなものを取り出し、左手の上に乗せた。それは手の平とほぼ同じ大きさの
紙人形。白い和紙の真ん中に「眼」の文字が墨で書かれている。
「す、すみません。南御寺さん。またお任せしてしまって」
「ううん。僕に出来る事だから、このぐらいなんでも無いよ」
史波を気遣いながら、彩人は紙人形の文字の上に右手の人差し指と中指を置き、なにやら呟いてから、その人形をパッと宙に
放った。その瞬間、人形はまるで意志を持ったかのように彩人の腰ほどの高さで宙に浮く。しかも、直立不動の人がごとく、
きちんと足を下に、頭を上にして、だ。
「さあ、まずは空だ。行け、わが眼よ」
彩人の言葉に応じるかのように、紙人形は空高く舞い上がった。ぐんぐんと高度を上げるその紙人形を、ロケットの打ち上げ場に
集まった観客よろしく、陽菜と史波が心底感心して見上げている。
「あ、相変わらず凄いですね。さすが『式紙使い』の南御寺家の方、と言ったところでしょうか」
「うん。式紙って、これまでお兄ちゃんから聞いたことしかなかったよ」
彩人が使い、2人が感心する「式紙」は、簡単に言えば魔法を込めた紙だ。今彩人が使っているのは、式紙の「眼」と
書かれた部分から見える光景を術者の目に移す、「眼式」という式紙。式紙の優れた点は、魔法の発動に必要な
魔力や意志が、あらかじめ紙人形に込められている点にある。ゆえに他の魔法で必要な詠唱や魔力の消費を大きく
抑え、術者は式紙に意志を込めるのみで魔法を発動できる。
そして、この式紙が使えるのは世界で何百、何千万人といる魔法家の中でも、彩人を含む南御寺家の十数名だけ。
ゆえに、この式紙を一目見たいと願う魔法家も多く、そのために南御寺家はしばしば魔法家の大きな会合などで式紙を
実演したりもしていた。
感心する2人の目の前で、彩人は人差し指と中指を立てた右手を目の前に掲げ、両目を閉じて意識を集中させる。
彼の眼に映っているのは、式紙の文字に飛び込む光。その光を元に、周囲にいるはずの相手チームを探し続けた。
「んっ。よし・・・・・・ 見つけた」
そう言うと、彩人は立てた右手の2本指を少し下げ、それに呼応するかのように空高く浮かんでいた式紙は高度を落とす。
彩人の目に入る光景は、徐々に地上へと近づき、豆粒ほどだった人影も段々と大きく見えるようになってきた。
「どうですか? 相手チームは見えました?」
「うん。えっと、相手は2人。ここから2本先の道を左に曲がって、50メートルくらい先にいるみたい。歩いては、
いないのかな? うん、今はその場から動いてないよ。それから持ってる介具は・・・・・・ あれ? どこかに隠してるかな?
2人とも今は介具を手に持ってない・・・・・・」
眼を閉じたままで、ゆっくりと見える景色を説明する彩人。その一言一句を聞き逃すまいと、史波は耳を彩人の方に向け、
一心不乱といった様子で彩人の言葉に集中する。一方の陽菜は、見張り役だ。介具である杖を構え、周囲から何らかの不意打ちが
あった時のため、眼を皿にして様子を伺う。普段はドタバタした3人だが、いざ戦いとなればここまでしっかりとした連携を
組める。その連携と、そして陽菜の魔法、史波の薙刀、彩人の式紙。他の生徒より1枚も2枚も上手であるこれら個人の魔法を
使いこなして、陽菜たちはこれまで5回の他チームとの戦いに勝ち続けてきたのだ。
なおも、彩人が相手の2人組を観察していた、その時だった。
「きゃあっ!」
眼を閉じ、神経を集中させていた彩人が、突然甲高い悲鳴を上げた。
「ど、どうしました!? 南御寺さん!」
「あ、彩人くん!?」
仲間がいきなり悲鳴を発し、慌てた陽菜と史波。その2人に向かって、彩人はゆっくりと口を開いた。
「式紙から、向こうが見えなくなったの。それも、何も無かったのに・・・・・・」
「な、何も無しで、ですか?」
「でも、だって、そんなはずは無いんだよね?」
式紙に込められた魔法は、繊細なバランスの元に維持され、発動する。ゆえに何らかの魔法を受けたり、介具で直接やられたり、
あるいは術者の集中が少しでも途切れれば、式紙はすぐにその魔力を失い、ただの手足と頭が付いた紙切れへと成り下がる。
けれど、今回は彩人の言うように、何の前触れもなく式紙が落ちたのだ。式紙が何かに当たった訳でもなければ、魔法が
使われたとも考えにくい。詠唱もなく、2人の腕さえ動かず、ただ次の瞬間には、式紙から彩人に送られていた光が途絶えていた。
「本当に、魔法も、武器も何にも見えなかったの。それなのに、いきなり消えてしまうなんて・・・・・・」
「彩人くん、ひょっとして私たちが何か彩人くんの気を散らせちゃうような事しちゃった?」
不安げに聞く陽菜に、彩人は首を横に振りながら答える。
「そんな事ないよ。でも、本当に何も見えなかったのに、どうしたんだろう?」
しばしの沈黙が、3人のいる場を支配する。これまで、こんな事は一度だって無かった。あんな小さな式紙に、相手は
気付くはずも無かった。もし気付いても、それを撃ち落そうとすれば彩人だって式紙を動かし、魔法なり介具の直接攻撃なりを
かわせただろう。
なのに、今度はこちらが気付かないあいだに式紙が撃ち落されたのだ。それほどの力を持った、正体不明の相手。今度の相手は、
これまでの生徒と明らかにレベルが違う。
「どうしよう。今度の人、ひょっとしたらものすごく強いのかも・・・・・・」
彩人は自分の式紙を一瞬で落とした相手に、言い様も無い不気味さを感じていた。
「行こうよ」
重苦しい沈黙を破って不意に声を上げたのは、陽菜であった。
「このまま居たって、今度は向こうの人たちがこっちに来ちゃうかもしれないでしょ? じゃあ、向こうのいる場所が分かっている
うちに、こっちから行ったほうが良いんじゃないかな?」
陽菜からの思いも寄らぬ発言に、彩人と史波はしばし固まっていた。けれどやがて、2人もまたゆっくりと言葉を返す。
「高宮さんの言うとおりです。こうなったら、向こうがこちらを探しだす前にこちらから行った方が良いかもしれません」
「そ、そうだね。向こうのことが分からないと、どうしようもないよ。それに、逃げるって訳にも行かないだろうし・・・・・・」
3人は額にそれぞれ冷や汗を流しながらも、地面にアスファルトで固められたような足を、ゆっくりと動かし始めた。
「行こうか」
「行きましょう」
「僕も行くよ」
昼時、生暖かさをはらんだ風が地面を駆け、3人の足元に若干の砂埃が舞った。
読者の皆さま、お久しぶりです。作者の治部醤油でございます。
少々遅ればせながら、この小説も予告どおり本連載を迎える事となりました。この小説を楽しみにしていただいていた方々、予告編からご覧になっていただいた方々、そしてこの小説に温かい感想を送ってくださった方々、本当にありがとうございました!そして、本当にお待たせいたしました!
これからはしばらく執筆できる時間が取れますので、少しでも更新スピードを上げられるように頑張ります。最後に、何かご意見ございましたらいつでもお待ちしておりますので、お気軽にお寄せください!
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