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第七話:出発
――――outside――――
帝国軍のカレリア襲撃から早や二日、演習場では開戦にともなって普段よりも厳しい訓練がなされている。
そんな中に、明らかに周囲から浮いている一組の男女が居た。

「お父様が?」
「ああ、今朝がた術式通信で陛下直々にね。出来るだけ早く王都に帰還するようにってさ、しかも今日中に出発しろとか」

訓練の邪魔にならぬよう演習場の隅っこで修業をしていたフィオナはエリックの声に振り返る。
魔道書を片手にキョトンという顔をした彼女の背後には、大小さまざまな大きさのクレーターがいくつも出来ていた。

「相変わらず頑張り出すと手加減を知らないんだね……」
「頑張るだけが私の取り柄です、それに師匠が魔道書を使ったら演習場が焼け野原になっちゃいますよ? 私なんてまだまだなんです」

そう言いながら魔力を更に練り上げるフィオナ、呼応するように魔道書が光を帯びる。
キィィィン、などと言う危険そうな音を立て始める魔道書を見て、エリックは小さく溜め息をついた。

…………彼女は重大な事を忘れている。

「……その穴だらけになった演習場を誰が直すんだい?」
「あ……」

魔道書沈黙。

「ど、どうしましょうっ!?」
「ハァ……とりあえず騎士団の皆がやってくれるだろうから心配はしなくてもいいと思うよ?」
「そんなの悪いです! スコップを、誰か私にスコップをください!」

必死の形相でスコップを探すお姫様はフィオナだけではなかろうか? 少なくともこの大陸には居ないだろう。
エリックは言わない方が良かったかもしれない、と今さらながらに後悔しつつフィオナを止める魔法の言葉を口にする。
すなわち……

「おや、カイリが……」
「どこですか!? どこに…………居ないじゃないですか」
「落ち着いた?」

フィオナは嵌められたと分かって不機嫌そうな顔をしたが納得はしたようだ。

「王都への帰還は考えておきます、カイリにもついて来て貰わないといけませんし」

カイリは現在、微妙な立場に在る。
カイリが召喚によって呼び出された事はこの城では周知の事実であるが、出身も所属も分からないカイリはフィオナと言う召喚主を失った途端に立場を補完する物が無くなってしまうのだ。

「その事だけどね、陛下はカイリの事もつれて来るように仰られてるよ」
「……本当ですか?」
「うん、本当だよ。恐ろしい事に」
「胡散臭いです、何か(たくら)んでるとしか思えません」
「でも此処に居ても『フィオナを守るためだ』って事で大軍を率いて来そうだけど?」
「ありえますね……十分に」

フィオナの父親でもある国王エグベルトは、慣例に縛られない斬新な政策を執る賢王として知られているが、たった一つ、ある一点においてトンデモない行動を起こすことでも知られている。
娘とその従者は王が暴走した際の被害を思い浮かべて冷や汗を流す。

「不本意ですが、カレリアの皆さんに多大な迷惑が掛かりそうなので帰る事にします。カイリは何処に居ますか?」

エリックはそれが良いよ、と大きく頷いた。

「カイリなら中庭に居ると思うよ、朝早くから鍛練をしていたようだしね」






――――inside――――

―――――体は剣で出来ている。

「ロー・アイアス……!」

その言葉とともに右手を前へ、すると手を中心に鮮やかな七枚の花弁が広がった。
フッと息を吐いて集中を解く、たちまち花弁は空気に溶けるように消えていく。

フッ、成功だな。どうだカッコイイだろう?
『あ? 何か言ったかの?』

俺が今行っているのはちょっとした実験だ。
『某ロボットアニメの某フィールドが使えるなら、他のアニメでもいけんじゃね?』と言う俺の疑問から始まったこれは、簡単に言うと某赤い弓兵の投影みたいな物である。
まあ、俺の場合はエフェクトが似ているだけで、何の変哲も無い壁を作りだすだけだから一緒にするのもおこがましいという感じだ。
ちなみに今の所は全部成功、『アヴァロン』や『ディス〇ーションフィールド』でも応用可能…………どれもこれも防御にしか使えないけど。
何故だか知らんが、いくら頑張っても武器が出て来ない。

なあ、どうして?
『お主、臆病者のヘタレじゃろ』
いきなり何を言い出すんだパラサイト?
『まあ黙って拝聴するがよいぞ。考えてみれば簡単な事じゃ、わらわはお主にイメージを再現すると言っておった、あの時お主は何を思った?』

決闘の時はアリシアが魔術で炎を飛ばしてきたのを心の壁(偽)ではじき返した。
あの時に考えていた事は……死にたくないと逃げちゃダメだ、位か?

『つまり、あの瞬間は敵を倒す事など微塵も考えておらんかった、ただ[怖いよ〜助けてフレイア様〜]と言う無様で身勝手な考えがお主を救った訳じゃな』
訳分かんねえしこれっぽっちも納得できないんですけど?
『わらわが言いたいのは、今のお主に剣を作り出すに値する敵意を向ける相手が居るのかどうかと言う事じゃ』

なるほど、釈然としないが何となく分かってきた……ような気がする。
ようするに叩き斬ってしまいたい、と思うほどの敵意を向けないと武器の類は出て来ないって訳だ。

こりゃまた難儀な。
『阿呆、よく考えてみい。ちょっとイラッとした程度で刃物が出てきたら、そこらじゅう血の海じゃろうが』
おっかねえ……王の財宝も真っ青だぜ。

さて、武器を作り出すのは危険という結論に達したのだが此処はファンタジー世界、しかも戦争中である。如何せん徒手空拳と言うのは心もとない。
仕方が無いので暫らくは自前の武器を使うしかなさそうだ。
目を閉じて、再度集中する。

――――投影、開始

……では無いけど。
ズシリと手の中に、今までなかった重みが加わる。
目を開ければ見事な装飾がなされた黒い剣が納まっていた。
そう、エルナさんから借り受けた剣である。コレいつ返せるんだろうね?
ちなみに突然剣が現れたのには種も仕掛けも無い、あまりにも簡単すぎて仕掛けなんて呼べやしない。方法はフレイアに剣を渡して、必要な時に取り出して貰うだけ。
なんでも、フレイアは自分が身に着けている物なら一緒に寄生主の脳内に持ち込めるらしく、今や俺の頭の中は物置のようになっているのだ。

しかし便利だなー、初めてお前が役に立った瞬間だよ。
『お主、わらわは神様じゃぞ? いい加減その口のきき方を……』
いやさ、この前読んだ本に寄生虫にも体に良いのが居るんだって内容の本を見つけたんだよ。
『…………』
それって本当かよ? とか思ってたけど本当だったのな…………えっと、どうしたフレイア?

『えいっ』

――――ゴキャン

ううう、腕があぁあぁぁぁっ!!
『どうじゃ参ったか!』
ふざけんな! 関節技がどれだけ危険か分かってんのか!?
『天罰じゃ! 神罰じゃ!』
カルト教団みたいなこと言ってんじゃねえぞパラサイト女ァ!!

剣を片手に怒りと痛みのあまり乱舞する俺。
傍から見たらさぞかしイタい人間に見えるだろう。
そして俺は気付いてしまった。

「あ……」

廊下の方から俺を見ている人が居る事に。

「あの、すいません、ちょっといいですか?」

ジーザス……俺何かしましたか?
わざわざこんな時に人を連れて来なくてもいいじゃないか。

「フィオナか……どうした?」

声を掛けて来たのは召喚主であり心のオアシスであらせられるフィオナ姫。
そんな人に踊り狂っている姿を見られてしまったのか?
目を合わせられなくなって視線を逸らすと、フィオナの背後で微笑みかけてくる騎士と目が合った。こんな嫌な場面に登場するのはアイツしかいない、そう、エリックだ。
苦笑い浮かべてんじゃねえ、つーかテメエがフィオナを連れて来たんだな? どうしてくれるんだ、慰謝料払え馬鹿野郎。


「あ、あのですね、これから私は王……つまりお父様に会いに行かなくてはいけないんです。そこでカイリにもついて来ていただきたいな、と」

ちょっとだけ考える。
王様ねえ……この国で一番偉い人な訳だ。
そして俺の中の王様のイメージは『おお勇者よ、死んでしまうとは情けない』、『慢心せずして何が王か!』、『シ〇ウ、お腹が減りました』。
………………あれ?
何かみんなロクでも無い奴らばっかりのような気がする。
特に一つ目なんか年端もいかない少年を勇者に仕立て上げ、布の服とヒノキの棒だけを持たせて魔王を倒して来い、とか言ってるオッサンじゃねえか。
どうしようか……

「えと……ダメですか?」
「ッッ!」

胸の前で手を組んで、なお且つ上目づかい。
反則ですフィオナさん、レッドカードもんだよマジで。

「……分かった」
「本当ですか!?」

一瞬で、パッと向日葵のような明るい笑顔に早変わりする。
アハハ、これなら王様に魔王倒せとか言われても喜んで出陣できるね。フルボッコにしてやんよ、ヒノキの棒で。

「それじゃあ私は急いで荷造りしてきますね!」
「ああ」

向日葵スマイルを振りまきながら、いつものようにパタパタと走って行くフィオナを眺めつつ、俺もこの場を後にする。
さあ俺も荷造りしないと!
エリックが何か言いたげだったけど、そこはスルーする方向で。
        ・
        ・    
        ・    
        ・  
        ・  
        ・   
三十分後

荷造りは一分もかからなかった。
そりゃそうだよ、俺の私物なんて異世界に有る訳ないじゃん。
城門の脇に止まっている馬車の荷台にフィオナがぎゅいぎゅいと荷物を詰め込んでいるのが見える。

「さ、行きましょう!」

彼女に手を引かれて馬車に乗り込む。



俺は全く予想していなかった、これが波乱万丈な異世界での旅の始まりだったなんて。





……………………そういや携帯電話は何処に行ったんだろう?





――――outside――――
演習場を後にした二人は一路、中庭へと向かっていた。

「カイリの鍛練は、どんな事をしているのでしょう?」
「分からないな、きっと僕たちの想像もつかないようなものだと思うけど……っと此処だね」

石造りの廊下を曲がると美しい庭園が姿を現す。
その中心にはカイリが目を閉じて佇んでいた。
彼の黒髪は色とりどりの花の中では非常に目立つ、そしてそれが彼の持つ神秘性を際立たせる。

「……凄い」

フィオナは思わず声を漏らした。
驚きの対象は少年の神秘性だけではない、中庭に吹き荒れる彼の魔力に対してだ。
見ただけでは変化は分からない、だが確かに空間は軋み、気を抜けばその場から弾き出されてしまう程の圧力が溢れだしている。

「これが、彼の力か……!」

エリックも驚愕に彩られた表情を隠そうともしない。
カイリはおもむろに右手を前に突き出し、叫ぶ。

「ロー・アイアス!」

一瞬で魔力が収縮し形を成す。
現れたのは七つの花弁を模した美しい盾。
それは最早、この世の物とは思えない、かつて英雄と呼ばれる人間が使っているような防具だった。
カイリが目を開けると、盾は霧散し、ゆっくりと消えていった。

「予想以上です……」
「うん、これなら剣聖皇女と互角以上に戦ったのも頷ける」

これでもまだ力の一端、言わば氷山の一角。
彼には魔術だけではなく、圧倒的な武術の才と敵を手玉に取る知恵を兼ね備えているのだ。
余りのスケールの大きさに二人は呆然とするが、カイリはそれをしり目に再び目を閉じ右手を前に突き出す。
すると、虚空から黒の剣が飛び出し、彼の手に収まった。
錬金術で剣を作り出した訳ではない、だとすれば召喚術の詠唱破棄に他ならない。無機物の召喚はフィオナがカイリを呼び出す際に使った術式程ではないが、それでも詠唱を飛ばせば格段に難易度は跳ね上がる。
カイリは難易度の高い術式を負担に感じるまでもなく、眼前に剣を構える。
彼が一点に注意を向けていない事から、恐らく仮想敵は複数だろうとエリックは推測した。

その瞬間、カイリの姿が大きく動いた。
目の前の『敵』を袈裟がけに切り裂き、剣を振りぬいた反動を利用して背後を一閃。
適当に剣を振り回しているように見えるが、彼の眼は真剣そのものであり、何よりその動きの全てが理に適っている。
体制を崩した思えばそれは次の動作への布石でしかなく、隙を見せたと思えば巧妙に張られたフェイントと言う罠であったりする。
それは舞踏と言ってもいいほどの領域に達していた。
しばらくの間、一心不乱に剣を振っていたカイリだが、二人の視線に気づくとバツが悪そうな顔をして剣を収める。

「あ……」

呆けたような声を出したのはフィオナだ。
どうやらカイリの剣舞に見とれていたらしい。エリックはそんな彼女の背中を押してカイリの前まで連れて行く。
緊張したフィオナはわたわたと慌てだすに決まっている、と言う付き合いが長いが故の判断である。出発は今日中と言っても早いに越したことは無いのだ。

「あの……すいません、ちょっといいですか?」

案の定、緊張のためかフィオナの口調は歯切れが悪い。

「フィオナか、どうした?」

カイリの返事には何処かフィオナを気遣っているような響きがあった。
目が合ったエリックは感謝の意をこめて笑みを返すが、カイリの表情には変化は無い。とは言え、カイリは無表情なだけであって相手を無視している訳ではない事は城の人間なら誰もが知っている事だったので、別段、気分を悪くするようなことは無かった。

「あ、あのですね、これから私は王……つまりお父様に会いに行かなくてはいけないんです。そこでカイリにもついて来ていただきたいな、と」

フィオナはしどろもどろになりながらも最後まで言い切るが、『王』と言う言葉を聞いた瞬間、カイリの眉がピクリと動いた。
彼は顎に手を当て、考えるような仕草を取る。
お世辞にもこの申し出を歓迎しているとは思えない雰囲気だ。

(カイリの過去に何か関係があるのでしょうか……?)

フィオナは少し悲しい気分になる。
異世界の王族である彼の過去には何かしらの悲惨な事件があった事は間違いない。
王を嫌悪する理由は宮廷の権力争いに巻き込まれたか、それとも他国との戦争で王を殺されてしまったか。
他にもさまざまな理由を考えたが口に出す寸前で思いとどまる。

(いつかきっと彼自身が話してくれるはず、今は自分に出来る事を……だから彼には一度王都に来て貰わないと)

「えと……ダメですか?」

フィオナの心配そうな声色に、心なしかカイリの表情が緩んだようにエリックは感じた。

「分かった」
「本当ですか!?」

カイリが王都へ向かう事を承諾した真意は掴めないが、少なくともフィオナにとっては喜ばしい事に違いない。
彼女は嬉しそうに笑うと荷造りをしに自分の部屋まで駆けて行った。

(まるで仲のいい兄妹みたいだな)

そう思ったエリックは、フッと笑みをこぼして中庭を立ち去った。




さて、通常、王族の移動と言うのは多くの金と人員が必要になるものだ。
日本での極端な例を挙げれば参勤交代の大名行列辺りが妥当だろう。そして、それほど極端ではないにせよ護衛や使用人など、相応の人員を割かなくてはならないのが普通である。
だが例外は何処にでも居る……訳ではないが、少なくとも大陸一庶民派なフィオナ姫には常識は通用しないようだった。

「ひ、姫様……」
「? 何でしょうか?」
「非常に申し上げにくいのですが……」

馬車へと向かう途中で掛けられた、気まずそうなメイドの言葉に、何だろう、とフィオナは首をかしげる。

「質素すぎるのでは……ないでしょうか?」

キョトンと言った感じでさらに首をかしげるフィオナ。
メイドの進言は一理ある、フィオナの持っている荷物は両手で抱えられるほどしか無いのだ、内容は衣服と杖のみ、行商人は元より道行く旅人よりも少ない。

「でも荷物と言えばこの位しか有りませんよ、家出同然で師匠について来ちゃいましたから」
「いえ、それだけではないのです」

現在、フィオナの周りに居るメイドは三人、そして旅に連れて行くのもその三人だけ。

「使用人を増やされてはいかがでしょうか? 正直な話……少なすぎます」
「でもあんまり連れて行ってしまうとお城の方々に迷惑が……あ、人手の心配なら大丈夫ですよ、私も手伝いますから」
「そう言う訳には……」
「もう、遠慮なんて水臭いじゃないですか! 私達は友達なんですよ?」

がくーっとメイド三人は脱力する。
カレリアにおいてエリックの次にフィオナに接しているのは彼女達三人と言ってもいいだろう。その分、今のように姫っぽくない発言に悩まされてはいるのだが。
何せフィオナがカレリアにやって来た初日、姫様直々に呼び出しを受けて『何か粗相をしてしまったのでは?』と震えていた三人に掛けられた言葉が『お友達になってください!』だったのだから。
とは言え、彼女達も嫌がっている訳では無く、むしろ喜んでいるような節があるのはフィオナの人望ゆえだろう。

幽鬼のような足取りになっている三人を連れ、フィオナはほとんど走るようなスピードで馬車へと向かう。
カイリはすでに馬車の傍らに居た。
彼はいつも通りの無表情、これから彼にとって見た事も無い異国の地を旅するというのにだ。

(ふふ、何だか頼もしいです)

先に馬車へと入ったフィオナは乗り口からカイリに手を差し出した。

「さあ、行きましょう!」

彼はその手を強く握りしめ、ゆっくりと馬車へと乗り込む。



そして、異世界の勇者の旅が始まった。


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