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今回は勘違い要素が薄いです。
第十八話:疫病神が来る
「構えなさい」

目の前の人物にそんな事を言われた。
何で? そもそも構えろって何だ? クラウチングスタートの体勢でも取ればいいのか? 

「ごめん、ちょっと訳が分からないんだが」

正直に言ってみる事にする。
目の前の人物は不機嫌そうに眉を動かしたが、知らないものは知らないんだ。
大体さぁ……

「いきなり庭先に呼び出しといて『構えろ』ってところからおかしいと思う。中間試験前の忙しさは分かってるだろ? 全国の大多数の中学生と同じで俺も大変なんだよ? ドゥーユーアンダスタン? 分かったんなら俺はもう行きますね。それじゃまた明日……」

三日後に定期試験を控えた俺には暇な時間なんて一ミクロンたりとも存在しない。
よって、『構えなさい』に従う必要無し。
シュタッと片手を挙げながら退散する。


いや、退散しようとしたのだが、


「海里―――ちょっと待て」

何かが風を斬って耳元をすり抜けた。
息がとまる。
思考が停止する。
足が動かなくなる。

何も出来ない。
むしろ何かしようと言う考えすら湧いてこない。
辛うじて視線を横にずらしてみれば、頬すれすれの場所に拳があった。

「私に嘘をつくなんて。アンタ、ずいぶん成長したみたいね。ん?」

マズイマズイマズイマズイ……! 調子に乗りすぎた!!
試験勉強なんて狂言にすぎない、全てはこの人物を回避するためのハッタリだ。
だが、今となっては何もかも意味が無い。

どこで間違えた? ありきたりな嘘をついたからか? それとも口調が少し生意気だったか?

「いや、それは、そのですね……」
「で、そのつまらないハッタリのために私の言う事は聞けない訳だ」

ダメだ。言い訳なんて通用しない。
そう言う人間だってことは俺が一番知っている。

セーラー服に包まれた、スラリとした身体には余分な肉など一グラムなど付いていない。腰のすぐ上くらいまで延ばされた光沢のある黒髪は風に流されてサラサラと広がり、クリっとした目、整った顔はどこか儚さを感じさせる。見た人間には『病弱なお嬢様』と言う印象を与えるだろう、そんな女性。


だがしかし、俺はこの女性に対して恋心だの、妙な感情を感じたりはしない。

なんてったって、この人は―――











「殴り倒すぞ、弟」
「すいませんでした姉さん」


暴君・千条愛理(せんじょうあいり)。俺の姉上なのだから。





……

…………

………………


「で? 誰が暴君だって?」
「いやホントすみません調子乗ってました謝りますですから拳を握るのを止めていただきたいなんて思ってみたりそうじゃなかったり……」

考えが言葉に出てたらしい。
不穏当な言動は冗談抜きで死を招く。
平身低頭謝り倒して「はぁ……しょうがないわね」と言うお言葉をいただくが、未だに拳は握ったままだ。
絶対許す気ないだろ……少しでも油断したら鉄拳が飛んでくるぞコレ。

「ああそうよ、そうだわ」
「はい?」
「構えなさい、ほら早く」
「だから何で!?」

まあ、本当は姉上を見ればすぐに分かるけどね……。
右足を後ろに、左足を前に出した半身の姿勢。そして両手は『ボコボコにしてやんよ』とばかりにしっかり握っている。
詳しくは知らないが、何かしらの武術の構えだ。
つまり、姉上はそれを真似しろと言っている訳で。俺は見よう見まねで構えを取る。
相対する俺と姉。
ああ、現実逃避はそろそろ終わりにしようか。

これは稽古……と言う名の一方的な蹂躙だ。



「行くよ」
「いや、待っ」

言った瞬間、姉上の右足が消えた(´´´)
全身から冷や汗が吹き出てくる。
悲鳴を上げる本能。俺は思わず構えをといて左腕を顔の脇にかざした。

「おげぁっ!」

鈍い衝撃が全身を揺らした。
みっともない呻きと一緒に左腕が軋む。
高速のハイキック。
儚いのは見た目だけ。その細い体の一体どこから足が霞む程の蹴りが生み出されるのか。

「反応が―――」

左腕から重圧が抜ける……と思ったら目の前に拳が迫っていた。
頭を全力で傾けて回避。
しかし、その先には逃げ道を塞ぐように、もう一方の拳があると言う罠。

「―――遅い!」

遅いじゃねえ!
無茶言うな! こんなんどうやって避けろってんだ!
痛いのは嫌だ、と歯を食いしばる。

風すら斬り裂く姉上の一撃は、無抵抗の俺の頬に砲弾のごとく直撃した。










「何してんのよアンタ?」

と、思ったら別に痛みも衝撃もやってこなかった。
恐る恐る目を開くと、顔の一センチすれすれに握り拳が。

……ギリギリじゃん。生きた心地がしねぇ。

「ホンっトに臆病ねぇ。私が動くとアンタの動きが全部止まるし……そんなんじゃ死ぬわよ?」
「言ってる事がおかしい! たった今! この瞬間に俺は殺されかけました!!」

死ぬわよ、じゃないだろ普通に考えて。
姉上は腕を組みつつ、どこか面倒くさそうにこっちを見てくる。

「殺されかけたってさぁ……あのね、私はアンタが心配だから稽古してんの。誰も好き好んで人間をボコボコにする訳無いでしょうが」

心底うんざりしてます、と言った感じの口調だが、その割には無理やり外に連れ出したり、行動は物凄くノリノリだ。
今まで幾度となく繰り返されてきた稽古。
正直な話、俺としては勘弁してもらいたい。特殊な嗜好を持った方々を除けば、自分からサンドバックになりたがる人間なんている訳が無いんだから。
反撃したところで何の意味も無いどころか十倍以上になって返ってくる。
そんな状態で稽古を続けたからか、俺は自分でも驚くくらいに打たれ強くなってしまった。
不本意にも程がある。

「ホントにありえねぇ……」

ポロリと本音が漏れた。
姉上は強い。俺なんか及びもつかないくらい強い。
昔は天才なんてもて囃されたりもしていた。
今は「メンドクサイ」とか言って目立たないようにしているが、いつも近くにいる俺には日に日に技のキレ、スピード、威力が増してきているのが分かっている。
痴漢が襲ってくれば数秒以内に病院送り。不良に絡まれればダース単位で向かって来ようと雑草のごとく薙ぎ払う。
そんな人の道と言う物を決定的に間違えているような人間だ。

一方、俺の方はと言えば――――はっきり言ってモブキャラA的な戦闘能力しか持ち合わせていない。
特技は足が速い、打たれ強い、これだけ。
不良に襲われればまず逃げる。相手が武器を持っていたり大人数だったら尚更だ。

「意味ねぇだろ……こんな事」

姉上とのスペックの違いを再認識して軽く鬱になる。
一体全体、姉上はこんなサンドバックにしかなれない弟に何を求めているのか。

俺に自分みたいに強い子になってほしいなんて思ってるとか?

……ないない、そんなん姉上のガラじゃねぇ。

むしろ日々のストレス解消の方がまだ説得力あるし。
まあ、どっちにせよ勘弁だな。
早く終わんないかなぁ……この稽古。


「海里ィッ!!」
「ハイ! ナンデゴザイマショウカ!!」


突然の怒鳴り声とともに両肩をガッチリとつかまれた。
あ、死んだ。俺死んだ。
次に来る言葉は『やる気の無いゴミカス野郎には私が直接やる気を叩き込んでやらないとなぁ』に違いない。
そして俺は血飛沫を上げながら粉砕される訳だ。
感情のこもって無い姉上の目が全てを物語ってる。
俺に未来は無い。あるのは絶望と後悔、ただそれだけだ。
考える事を放棄した俺に、姉上が語りかけてくる。


「アンタが稽古を嫌がるのも分かる」


……うぇ?

「アンタが人を殴れない性分だって事も分かってる」

姉上は俺の肩を掴んだまま項垂れていた。
涙をこらえているような仕草に、俺は面食らう。

「でも……私はアンタを殴らなきゃいけない。アンタ自身が強くならないと、アンタは生き残れない」

声は真剣で切実だった。
姉上のこんな姿を、俺は一回も見た事が無い。

「アンタは……この世界に一人しかいない……私の弟なんだよ」


そこにいたのは、弟を本気で心配する正真正銘の姉の姿だった。




「…………分かった」

こんな事を言われて、何も思わない奴は人間じゃない。
ああ、俺は弱いとも。

だが、

―――強くなれなくとも、
―――姉上に追い付けずとも、
―――何の意味も無かったとしても、

姉上のために、少しくらいは本気で頑張ってみようかと思った。


「……海、里」


震える声で姉上が俺の名を呼ぶ。













「ゴメン、やっぱり自分に嘘はつけないわ」


その瞬間、ゴシャァッ!!! と言う音を立てて、俺の頭に頭突きが炸裂した。

「アギャアアァアアアアァァァァァァッ!!」

俺はその場に崩れ落ちる。
頭が割れるような痛み。
というか割れた。絶対割れた。中身がはみ出てもおかしくないくらいの衝撃だった。

「姉上……じゃねえ! 姉! いきなり何しやがる!?」
「黙れカス。アンタにかける愛情なんてありゃしないのよ。分かったか? 分かったんなら大人しくボコられなさいカス」
「か、カスカスうっせえ! さっきのやり取りは一体何だったんだ!?」
「ああ、嘘」
「そんなの嘘だぁぁぁぁぁッ!」

え、何この超展開。俺のガラスハートは粉々に砕け散ったよ? 文字通り『割れた』を通り越して粉になったよ?
それとゴミを見るような目は止めろ、姉。虚しくなるだろうが。

「そ……んな……どうして……?」
「私はさっき言った。自分に嘘はつけないの。アンタは……絶対に許せない事をした」

冷めきっていた姉の視線に熱がこもる。
そして、ゆっくりと断罪の言葉が紡がれた。









「アンタが勝手に食べた高白屋の焼きプリン……私はその仇を討つ」


………………………………………………………………。
………………………………………………………………。


「……バカ?」

冗談抜きでバカだろ。プリンて何だよ。
だが、言った瞬間、本日二度目の頭突きが炸裂。

「ォゴォォォォォァァァァァ……!」
「馬鹿とは何よ馬鹿とは」

悶絶する俺をしり目に、姉の言葉はまだ続く。
バキボキと指を鳴らす音が恐怖心をさらに呷る。

「私が……私があの焼きプリンを手に入れるのにどんだけ苦労したか分かってんの!? 四十個よ四十個!? 一日限定四十個! 県外からも客が来るような店なのに四十個! 昼休みに校舎を抜け出して走って走って走って走って殴って走って!! そしてやっと手に入れた、たった一つだけの血と涙の結晶を! アンタは……アンタは……『あのプリン甘すぎね?』ですってぇぇぇ!? ざっけんじゃないわよ! アッタマきた! だから殴らせろ! 顔を出せ! 今すぐに!!」
「いやいやいやいや!! おかしい! 学校を抜け出すな!! 走ってる途中に殴るな!!」

食の恨みは恐ろしいと言うが、こんなになるとは予想外と言うか理解不能と言うか。

「黙れ。口を閉じろ。今の私にとって理屈なんてどうでもいいの……死んで詫びなさい。限定四十個の特製焼きプリン様に」
「全ッ然よくない!! たった一人の弟が四十個の焼きプリンより比重が軽いってこれいかに!?」
「覚悟は、出来てるな?」
「無視か!? ここでまさかの無視なのか!?」
「アンタが! 泣くまで! 殴るのを! 止めない!」
「ぶっちゃけもう泣いてま、アァァァァァァァァァァッ!!」



















全身のバネを利用して跳ね起きる。
あやふやになっていた意識が徐々に戻っていく。
何かとてつもない危機が迫っていたような……。

「そうだ……ね、姉さん! 姉さんは!?」

周りを見回しても悪魔のような姉は見当たらない。
突然拳が飛んでくるような事も無い。
よーし、よし……今俺は至極安全な訳だな。
つまり、さっきのは……

「夢か……」

人生でもベストスリーに入るくらいに長く大きな溜め息をつく。
夢でよかった……ホンットによかった……。
ぐったりと横になり、全身で安堵を表現する。
……だけどあの夢って昔の話だけど、まぎれもないノンフィクションなんだよな。途中で自分の事を中学生とか言ってたし。

まあ、それはさておき。


「どこ? ここ」

自分の居る場所を見回してみる。
一辺が二十メートル弱の立方体の内側のような部屋。装飾は何も無く、何もかもが電気が無いにもかかわらず、眩しいとさえ思えるくらいに白い。

なんか……ここ、一回だけ来たような気がする……。


「目覚めたか」

頭上から唐突に聞こえてくる重低音ヴォイス。
最近の話ではない気がするが、この声には聞き覚えがある。

「起こしてしまっても良かったが、中々に面白い夢を見ているようでな」

忘れられる訳が無い。
この趣味の悪い真っ白な空間も、声優もビックリな重低音も、こんな『目が覚めたら異空間』などと言うテンプレな展開も。


「オイコラ、今更何の用だ疫病神?」

いきなりフレイアと一緒に現れ、俺を異世界に送り込んだ張本人。
会うなり自分の事を『神』とのたまったイタい人。俺は疫病神と呼ぶ事にしたが。

前回は声だけだったが視線を上に向ければ、そこにいた。
地上から大体十メートル付近を浮遊する老人。服装は古代ギリシャの哲学者が着ていたような白い法衣、白色以外の装飾は一つも無い。そして髪も白、髭も白。鋭い目がこっちを見降ろしている。
いかにもな格好は『私が神だ』と自己主張しているようにも感じる。見た事は無いがコイツで間違いなさそうだ。

「話よりも先に訂正が必要だな。我は疫病神ではなく、天界における……」
「うるせえ、そんなことはどうでもいい。人を見降ろすな。話があるならここまで降りてこい」

有無を言わさず疫病神の言葉を切る。
自称神のくせに、人と話すときは目を見て話せと言う言葉を知らないのか。
やる事なす事がいちいち気に入らない。
勝手に人を異世界に送りつけるようなヤツを気に入る人間はいないと思うが。

「ふむ、立場が分かっていないようだな。我は、神だ」
「アホか、知らねーよそんな事」

疫病神は平坦な口調で偉そうな事を言い出す。ワレハカミダー……お笑いだろコレもう。
当然のごとく俺はスルー。本気で反応するだけ時間の無駄。
俺と疫病神の間で剣呑な空気が流れる。このオッサンとは本当に馬が合わなさそうだ。
第一、こんな威圧感バリバリのオッサンと変な部屋に二人きりなんて苦痛以外の何物でもない。

と、俺が違和感を感じ取ったのはそんな事を考えた、まさにその時だった。


「―――つけ上がるな、小僧」

ゾクリと全身に悪寒が走った。
何だ、と思う暇も無く、疫病神は更に言葉を投げかけてくる。





「もう一度言う……我は―――神だ」

部屋全体に圧し掛かる重圧。
これが神の威光。
俺はなすすべもなく平伏(ひれふ)す、



















「…………だから?」

なんて事は無かった。

偉っそうに……何が『我は―――神だ』だよ。
睨みつけられても五十人のヤンキー軍団の方がまだ怖い。と言うか比べ物にならない。
俺から見たらオッサンの威厳なんて『何それ、おいしいの?』レベルの話だ。

「俺からも言わせてもらうぞ、お・り・て・こ・い」
「……」
「オイ、無視すんな」
「……よかろう」

小さな呟きが返ってくる。
と思ったら、次の瞬間には疫病神は俺の目の前に立っていた。
時間にして瞬き一回分。
これが瞬間移動と言うやつか、疫病神が訳の分からない力を持っているのは確からしい。

「で、今更出てきた理由は何だ?」
「ここまでして何も感じぬとはな……」
「……待て待て、ちょっと待て。質問の答えは?」 
「これも血筋か……」
「ねえ? 無視なの? また無視なの? フレイアもそうだったけど神様には人の話を聞いちゃいけない決まりでもあんのかコノヤロウ」
「……」
「おーい? 生きてますかー? あからさまに黙りこまないでほしいんだけどー?」
「……ふん、まあいい」

何がだ。
オッサンは人を無視した揚句、勝手に自己完結すると、突然こっちに向き直る。

「さて、最近の調子はどうだ?」


What? 唐突に何を言い出す。

「何父親みたいなこと言ってんのオッサン……? 日常会話を装った何かの暗号? そんな非日常な会話俺知らないよ?」
「違う。そのままの意味だ」
「……一応聞いとく。何でそんな事を?」
「我が送り出したのだ、近況を気にするのは当然のことだろう」

何の前触れも無く俺を心配するような雰囲気を見せる。
何だこれ? ツンデレか?

…………気持ち悪っ。

「一応慣れてはきたけどな、正直まだ戸惑ってるよ」

気持ち悪いが、口から出てきたのは紛れもない本音だった。

「だって異世界に放り出されて、そこは戦争中だぞ!? 戦争なんか現実感湧かねえし俺は兵士じゃないから関係無いかもしれないけどさ! それでも殺されかけたりもしてんだぞ! 人形使いなんて確実に殺しに来てただろうが! 訳わかんねえよ! 何で俺がこんな目にあってんだ!? ああ!?」

一言だけのつもりが、次々と言葉が溢れてくる。
それでもまだ止まりそうにない。
初めて知った。俺はこんなに不安だったのかと。
それなのに、疫病神の返してきた言葉は、

「お前は何か勘違いしていないか?」
「……は?」
「私はフレイアの近況を知りたいと言ったのだ、お前の近況など……正直言ってどうでもよい」

何も言わずに殴り飛ばした。
とりあえず我慢の限界だったと言っておこう。
呻き一つ上げずに倒れ込んだ疫病神は、殴られた事を何とも思っていないような動作で起き上がる。

「私を殴った人間はお前が初めてだ」
「俺としてはオッサンほど話しにくい相手は初めてなんだけど」

一対一の会話の上、主語無しで『調子はどうだ』と聞かれて、第三者の名前が出てくる方がおかしいと思う。

「……んで? フレイアの近況だっけか?」

この疫病神と話してると、色々とどうでもよくなってくる。
まともに語るだけ無駄が増える。
馬の耳に念仏。プリンに釘を打ちつけるようなものだ。
呆れた声で俺が聞くと、そうだ、と返事が返ってくる。都合のいい事だけはよく聞こえるらしい。

「ぶっちゃけるがいいな? 初対面の頃からそうだったが、調子乗ってるよ、アイツ」

疫病神の眉毛がピクリと動く。

何故(なにゆえ)をもって、その答えに至った?」
「ハア? どうもこうも見たまんまだろうが?」

俺はフレイアを見て感じたままの事を言った。
何も間違った事は言ってない……はず。実はフレイアがツンデレでしたとか言うオチがあれば話は別だが。

「どう見ても調子に乗ってる。どんだけ甘やかしてたのか知らないけどな、自分が一番で他人は踏み台、現状アイツはそう思ってるよ。小さい頃の姉さんにそっくりだ」

姉さんに関しては夢で見た通り。
すぐに人を殴りつける人だが、小学時代はもっと酷かった。
今の姉さんは、あれでいて他人に怪我をさせるような殴り方はしない。天性の才能がなせる技なのかは知らないが、少なくとも俺はここ何年かは姉さんに殴られて怪我をした、と言う事は無い。
昔は……天才だの神からの贈り物だの言われてた頃の姉さんは、はっきり言って鬼だった。
相手が謝っても殴るのを止めない。自分より弱い人間を『人』として見れていなかった。もちろん弟も例外じゃ無く。

「実際に俺は、アイツのせいで何度か死にかけてんだ。あれじゃ一回痛い目見ないと分からんだろ」

これもまた、偽らざる俺の本音だ。
持ち上げられすぎて麻痺した精神は簡単には治らない。
自分が傷つくか、誰かを傷つけるか、そんな荒療治でもしない限り、フレイアはあのままだろう。

「……お前は」

俺の答えからしばらく時間をおいて、返事が返ってくる。

「フレイアを憎んでおるのか?」

一瞬だけ、何言ってんだコイツ? と思った。
そんなもん、常識的に考えれば分かるだろう。

勝手に異世界に連れてこられて、そこで散々苦労して……、







「馬鹿言うな、子供を憎んでどうするよ」

苦労……していたとしても、あんなチビッ子を憎むなんてありえないだろう。
俺はそこまで心の狭い人間になった覚えは無い。
大の高校生が小学生くらいの子供を恨む……カッコ悪すぎて話にならん。

「それにな、死にかけた回数と同じ分だけアイツに助けられてる。これでチャラ、結果的にはプラマイゼロだ」

早い話が俺とフレイアの関係はギブアンドテイク。
普段の態度は気に障るが、そこは大人の余裕を見せつければいい…………と思う。

「だから別に憎んでもいないし憎んでもいない、これで満足か? オッサン」
「……」

まただんまりだ。
神様と言うやつは余程常識に疎いと見える。コイツとフレイアだけかもしれないが……まあ、他の神様に会った事も無いから何とも言えんけど。

「……フッ」

そして何故か笑う。

「フ、ククッ……やはり血筋は侮れん、中々に面白いではないか」

血筋って何の話だ。
碌な事にならなさそうだから気にしない事にするけど。
疫病神は口元を歪めながら続ける。

「よかろう……私は私の名によって、お前が異世界に留まる事を認めよう。無論、元の世界に帰る事もな」
「……あ? 待て、帰れんのか!?」

たった今、聞き捨てならない事を聞いた気がする。
今、確かに疫病神は帰る事を認める(´´´)と言った。

「言っておくが、今すぐに、と言う訳にはいかん。待っているがよい、いずれ時が来れば分かる。時間など……有り余るほどに存在するのだからな」

いや、時間なんてねーし。
高校生がどれだけシビアな生活を送っているのか知らんのだろうか。
行方不明で留年とか、笑い事じゃない。

「さて、目的は遂げた。今日はここまでにするとしよう……」
「待てや」

勝手に、しかも唐突に話を切り上げようとするな。



「俺の話は、まだ終わってない(´´´´´´)

疫病神は眉を一ミリだけ動かす。

「さっきはフレイアの事を憎んでないって言ったけどな……」

俺は目の前にいる疫病神との距離をさらに縮める。
本当に危ない所だった。このまま話が切り上げられていたら、





この怒りは一体どこへ向ければいいのか。


「テメエは別だクソオヤジ」

生涯ここまでイラついたのは、これが最初で最後だろう。
姉さんの構えを思い出して拳を振りかぶる。今なら人生最高のパンチが放てる気がした。


「異世界に飛ばされてからの今日この瞬間までの苦労!! ちったあ思い知れや疫病神がァァァァァァァァァァァッ!!!」



どこもかしこも真っ白な不思議空間に、物凄くイイ音が響き渡った。






勘違いを期待していた皆さん、すみません……。
今回は勘違い要素皆無な内容でした。

内容は、過去の話と、最初に主人公を送り出した『神』との対話だったのですが、ハプニング要素無しの純粋な一対一の対話と言うものを書くのは、ほぼ初めての試みだったので、中々難しい作業でした。

やはりいつもの通り、精進あるのみですね。
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