第二話:泣かせた……
―――inside―――
時間は遡ること十数分。
異世界に召喚され、騎士たちに盛大にお出迎えされた俺は、一人の白魔道師っぽい少女に名前を尋ねられた。
「俺は……海里だ」
「えっ?」
ううむ、また喉の調子が悪化したのか、思ったような言葉が出てこない。
少女は目を丸くして此方を見ている。
本当の俺はもっと社交的なんだよ? 小学校の時はリアルに友達百人作ろうとしてた位にさ。
『え〜? 疑わしいのう』
そこは疑う所じゃない、それよりも何で日本語通じてるわけ?
『どうやらあの偏屈ジジイがお主の頭に細工をしたようじゃの』
疫病神も一応だけど役には立つのな、細工ってのが何か引っかかるけど。
さてどうやって好印象を与えようか、なんて事を考えながら少女の顔を見ると……
「ぐすっ……」
……涙目になってました。
え、えええ!? 俺そんなに怖い顔してんの!?
『最低じゃなカイリ! 女子を泣かすなど男として恥とは思わんのか! 見損なったぞ!』
お前に見損なわれても何とも思わないけどね、寧ろその勢いで出て行け寄生虫。
『ききき、寄生虫とは何じゃ! わらわはお主の魂にとり憑いているだけじゃろうに! まあ寿命は減るかも知れぬがな』
余計にたちが悪いわ! やっぱり出て行け今すぐに!
もちろん俺は微塵も少女の涙が見たいなんて思っていない…………あ、泣き顔が可愛いなどと思ってしまった事についてはノーコメントでお願いします。
と、とにかく泣かせてしまった事を謝らなくては!
「ごめ「私はフィオナと言います! よろしくお願いします!」……」
俺の謝罪を遮り、少女は自分の涙を拭いつつ、満面の笑みで名乗り返してくれた。
フィオナか……なんて健気でいい子なんだろう、どこぞのパラサイト女とは大違いだぜ。
――――その後、俺は応接室らしき部屋に連れて行かれ、現在に至る。
…………気まずい、非常に気まずい。
応接室という場所に連れて行かれた経験のない俺は、素人目に見ても物凄い価値が有るであろうインテリアに囲まれて萎縮しきっている。
だが、気まずい理由はそれでは無い。
フィオナちゃんに付いて来た、明らかに魔法使いです、と言った感じのご老人が突き刺すような視線で此方を凝視しているのだ。
怖い、はっきり言って怖い。
フィオナちゃんの白いローブとは色違いの、黒のローブを纏っている事から、このご老人は彼女のお祖父さんなんだろう。
怒りの理由は明白だな、十中八九、俺が彼女を泣かせてしまったからに違いない。
いや本当にすいません、何でもするんでお怒りを鎮めて下さいお願いします。
『むむむ、この爺さんかなりの使い手じゃのう』
爺さんとか言っちゃいけません! ほら、また表情が険しくなっちゃったでしょう!
『わらわは関係無いと思うがのう……』
シャラップ! 誰かを巻き込んで現実から逃げねばやって行けんのだ!
緊張のあまり、我ながらアホな会話をしていると自覚しつつ意識を外へ向ける。
正面では椅子に座ったフィオナちゃんとご老人が何かを話している。
おそらく……
(フィオナ、いかんぞ。こんな怪しい小僧はどこかに捨てて来てしまいなさい)
(え、でもお祖父ちゃん……)
(代わりなら何時でもワシが召喚してやるから安心しなさい)
(本当? ありがとうお祖父ちゃん!)
なんて会話が成されているに違いない……。
どうしよう……異世界転移初日にして一文無しの家無き子なんて……。
笑い話にもなりやしない、『千条海里・異界に眠る』なんて死んでも御免だ。
「えっと、カイリさん……少し、私に付いて来て貰ってもいいですか?」
フィオナちゃんの決定的な一言。
ヤバい、ヤバいぞ。俺は捨てられてしまうのか!?
いや、まだ間に合うはずだ、ここで好印象を与えれば……
「……ああ」
おい! どうしたんだ俺の喉、こんなに無愛想な奴だなんて思わなかったぞ!
「決まりですね、こっちです」
俺の手を引いて部屋を出て行くフィオナちゃん。
もうどうしようもない、俺は諦めて素直に付いて行くことにした。
…………結果的に言って俺の早とちりでした。
本当の事を言うと彼女は、俺を捨てようとしていた訳では無く、建物の中を案内してくれていた。
何だか罪悪感でいっぱいです、ホントすいませんでした。
ともあれ、案内されて分かったが、この石造りの建物はどうやらお城のようだ。
溢れんばかりのファンタジーな空気に好奇心が爆発しそうになる。
そして何より……
「私、実はこの国の王女なんです」
驚いたね、この爆弾発言には。
「私のフルネームはフィオナ・フォスティーナ・エル・ヴァンガーディル…………あ、でも別に畏まらなくてもいいですよ。王女と言っても、そんなに大した人間じゃありませんから。そのままフィオナと呼んで下さいね」
本物のプリンセスと言われれば驚くが、俺は天下の民主主義国家・日本国の生まれだ、身分がどうとか言われても今一ピンと来ない。
ここは無礼を承知しつつも彼女の意志を汲もうと思う。
「フィオナか……なるほど、その響きは実に君に似合っているな」
『なんじゃ、あの赤い弓兵の言葉ではないか』
あれ? 分かった? マジカッコイイよね…………お前が何で知ってんの?
『神様だからの〜』
疫病神の野郎も言ってたけどさ、そんなに暇なのか? お前ら。
『ノーコメントじゃ』
「えと、ありがとうございます……」
むう……フィオナは赤くなって俯いてしまった。
さて、一通り回り終わって、最後に辿り着いたのは城壁だった。
外は夕焼けの光に充ち溢れている。
「ここから見えるのは『カレリア』の街です、王都ほどの広さは在りませんが、とてもいい所ですよ」
遠く遠く、何処までも続く平原が夕焼け色に染まり、その中に白亜の石造りの街が広がっている。
それはもう、何処の世界遺産ですか? というような光景だった。日本ではまず見られない光景だ。
おおっ!? 遠くに飛んでるのはドラゴンか!? スッゲー、生ドラゴンだ!
「どうですか?」
心配そうに聞いてくるフィオナ、そんなに心配せんでも大丈夫だよ。
「綺麗だな」
とりあえず必要最低限の部分だけ言ってみる。そのまま喋ったらまたカタコトになりそうだしな。
ああ、いい風景だなぁ。ここには釘バットを持った馬鹿共も居ないだろうし、追い掛け回される事も無いんだよな。
あれ? 目からしょっぱい水が溢れて来たよお母さん。
「……泣いてるんですか?」
フィオナはまた心配そうな顔をする。だから心配せんでも大丈夫だってば。
「ああ、故郷の事を思い出してな」
「ごめんなさい!」
突然謝られて困惑する俺。
なぜ? なにゆえ? どうして彼女は泣いているのだろう?
「私のせいです! こんな所に無理やり連れて来てしまって……!」
ああ、何だそんなことか。
俺がここに来たのは疫病神とパラサイト女のせいである。彼女に非は無いだろうに、どうして謝るんだ?
うん、誤解は解かねばなるまい。
「フィオナ、君の所為じゃない。悪いのは神の悪戯だ……そうだろう?」
キザッたらしい言い方になってしまったが、そこは御愛嬌と言う事で。本当の事だしな、悲しい事に。
「許して……くれるんですか……?」
許すも何もフィオナは何もしてないだろう。
あああ、また涙が…………一体どうすれば泣き止んでくれるんだ!? 誰か教えてほしいぜ……。
―――outside―――
少年がカイリと名乗ったのを聞いて、フィオナは暫し呆然とする。
『カイリ』と『カイリス』、本当にそっくりなこの名と、人とは思えぬ膨大な魔力は、フィオナに強烈な印象を与えていたのだ。
(この人が勇者かもしれない……)
気がつけば涙が溢れていた。
嬉しくてたまらない、ずっと会いたいと思っていた存在にやっと会えたかもしれない。
そんな感動から生まれた涙は止めどなく流れ出す。
だが、いつまでも泣いてなど居られないのだ。
(カイリがちゃんと名乗ってくれたんです。私の名前も知って貰わないと)
しっかりしないと、そう自分に言い聞かせ、涙を拭ってカイリを見る、彼の顔には先程の敵意など微塵も残っていなかった。
彼女はニッコリと笑みを浮かべる。
「私はフィオナと言います! よろしくお願いします!」
その笑顔は、ここ数年誰も見たことがない程に見事で可憐な物だった。
「姫様」
「はい? 師匠、どうしました?」
「彼の服装、気付いておいでですか?」
彼女に声を掛けてきたのは王国内でほぼ最強の魔術師であり、魔術の師匠でもあるゼイン翁だ。
この優しき老人の二つ名は『雷光のゼイン』、そんな彼が厳しい表情になっている。
「服装、ですか?」
「彼の衣服は魔術的な加工はされておりませんが、見た限り相当な一級品ですぞ。それこそ、一般市民には手が届かぬ程の」
言われてフィオナは気付く。
カイリが着ている漆黒の衣服、それは見た事も無い布で出来ていた、それだけで無く、縫い目には寸分の狂いも無いのだ、それこそ人の手が加わっていないと言われても納得が出来るくらいに。
「それではカイリは……」
「恐らく……ワシらが知らない国、もしくは別世界の王族か貴族でしょうな」
「でもそんな人が召喚などに応じるでしょうか?」
フィオナの疑問は当然のものだった。
彼女は幼少の頃から王都に住む貴族たちに接してきたのだ、故に知っていた、貴族と言う生き物は一部を除いて傲慢で無駄なプライドしか持ち合わせていない事を。
カイリからはそんな人を見下すような雰囲気は感じられず、どうしても彼の姿を貴族たちに重ねる事は出来なかった。
「彼にも事情が有るのでしょう、ともあれ此処で立ち話を強いるのも良くないでしょう、応接室にご案内するのが宜しいと思いますのう」
なるほど、と彼女は納得し、カイリを応接室に連れて行った。
(むう……この少年、やはり只者では無いのう)
カイリと改めて応接室で対峙したゼインの感想はそんな内容だった。
ゼインは少年の膨大な魔力の出所に興味を持ち、応接室で探査術式を掛けてみようと思い立ったのだ。
探査術式を見破るには、その術式を行使する者と同等の技能を持っていなくてはならない、まして、ゼインは王国で一位、二位を争う大魔術師である。
普通に考えれ少年が気付くことはあり得ない、だが……
(バレておるのか……)
あろうことかこの少年は、術式を掛けた瞬間にゼインの方へ視線を向けていたのだ。
それまで部屋の調度品を眺めている状態からの急な目線の変更、明らかに何か意図が有っての行動だった。
ゼインは慌ててフィオナへ耳打ちする。
「姫様、申し訳ありませんが、彼のご機嫌を取って貰ってもよろしいですかな?」
「どうしたんですか?」
「恥ずかしながら、彼に探査術式の行使を見破られてしまいましてな」
「えぇ!? もう、何してるんですか! いくら師匠と言ってもそれは見過ごせませんよ!」
「ううむ……返す言葉もございませんな」
「ハァ……分かりました。とりあえず城内を案内してみますから」
「かたじけないですのう」
フィオナはカイリを連れて、部屋を出て行く。
彼が素直について行った所を見ると、少なくとも怒ってはいないようだったが、ゼインは冷たい汗が止まらなかった。
「あの魔力量に、ワシにも匹敵するやもしれぬ技能…………彼はいったい何者であろうな……」
老人は呟き、思考を巡らせるが答えは出ない。
フィオナが抱いたカイリへの第一印象は、『冷たい人間』というものだったが、直ぐにその考えは間違いであることに気付かされる事になる。
彼は見る物のほとんどに興味を示し、特に魔術関係の道具には並々ならぬ関心を抱いているようだった。
食堂や修練場を順番に回って行く。
「私、実はこの国の王女なんです」
唐突にフィオナは自身の身分を明かし、
「私のフルネームはフィオナ・フォスティーナ・エル・ヴァンガーディル…………あ、別に畏まらなくてもいいですよ、王女と言っても、そんなに大した人間じゃありませんから。そのままフィオナと呼んで下さいね」
慌てて呼び捨てでいいと促がす。
(私は何をやっているんでしょうか……)
いずれ、身分を明かさなければならない時はやってくるのだ。
だが、昔から彼女が身分を明かした時の反応は二つに限られる。
二度と話しかけてこなくなるか、必死に取り入ってくるか、そのどちらかだけだった。
「フィオナか……なるほど、その響きは実に君に似合っているな」
カイリの言葉に、彼女は息を呑む。
本当ならば不敬罪で投獄されてもおかしくないほどの言動だが、その言葉は何の抵抗も無く心に染み渡った。
何の臆面も無く、自分を対等に見てくれた少年に対して顔が赤くなるのを彼女は感じていた。
「えと、ありがとうございます……」
赤くなってしまった顔を誤魔化すために下を向いたのは御愛嬌だろう。
そして、最後に行き着いたのはフィオナの一番のお気に入りである城壁の上だった。
「ここから見えるのは『カレリア』の街です、王都程の広さは在りませんが、とてもいい所ですよ」
街全体を一望できるこの場所は、彼女と仲良くなった兵士達が教えてくれた所だ。
「どうですか?」
気に入って貰えるだろうか、と不安げな顔になってしまうが、カイリはフィオナに微笑を向けて一言、
「綺麗だな」
本当に一言だけだったが、彼の顔は満足げだった。
だが……
(えっ……?)
フィオナは見てしまった、彼の眼から一筋の涙が零れ落ちるところを。
「……泣いてるんですか?」
勝手に問いが口から流れ出てしまう、そうしなければ心が折れてしまいそうだった。
「ああ、故郷の事を思い出してな」
その言葉は彼女の心に鋭く突き刺さる。
カイリは涙を流すほどに故郷を思っている、そして、そんな彼を無理やり召喚したのは他でもない、フィオナだ。
「ごめんなさい!」
謝っても済まされない事だというのは彼女とて、百も承知だった。
「私のせいです! こんな所に無理やり連れて来てしまって……」
「フィオナ」
カイリはフィオナの謝罪を強引に断ち切った。
フィオナは彼が怒っているのだろうと思い、身を縮める。
だが、彼の口から飛び出したのは予想外の言葉だった。
「君の所為じゃない。悪いのは神の悪戯だ……そうだろう?」
――――フィオナは悪くない、ただ運が悪かっただけだ。
フィオナには彼がそう言ったように聞こえた。
「許して……くれるんですか……?」
彼は困ったような笑みを浮かべて頷く。
フィオナの涙はまだ止まらない、だが、今流している涙は後悔の涙ではなかった。
(私がカイリの居場所になるんです、そして、彼を元の場所に返してあげる……!)
決意を新たに、フィオナは拳を握る。
それが、王国から始まる物語の序章だった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。