第十四話:暗雲とお誘い
――――outside――――
一瞬で放たれた九つの斬撃。
捌ききれずに自分の体が宙を舞ったのを感じ、アードルフは自身の敗北を知る。
野営用のテントに突っ込んでしまったのは不幸中の幸いだったか。テントを薙ぎ倒した事による傷を負ったものの、衝撃で気を失う事は無かった。
痛む体に鞭打ってテントから這い出すも、剣を振れぬのでは動かないのと一緒だ、と自嘲する。
そして、目に入ったのは黒髪の少年。
森の中から奇襲をかけるという普通では考えられない戦法を易々と成功させ、さらには賢狼とうたわれるアードルフを打ち破った剣士。兵士達の怒号が響く戦場の中で、少年の周囲だけが外界から切り離されたようにも感じる。
だが、アードルフが視線を向けるのは少年の足元、そこに蹲って震えている無能な司令官―――本国から派遣されてきた公爵家の息子だった。
これから首を刎ねられるであろう司令官には何の感慨も浮かばない、むしろ、その後に始まる殲滅戦でどれほどの被害が出るかを考えていた。
恐らく三分の一も生きては帰れまい、砦で待機している一万が参戦すれば文字通りの全滅すらあり得る、もちろん死者の名の中には他でも無い自分の名も含まれているだろう、思考がそこまで至ったところで考えるのを中断する。
少年が剣を動かしたからだ。
ゆっくりとした動作は斬られる相手に恐怖を与えるためか。斬られる相手である司令官は顔面を蒼白にしてアードルフに視線を送るがアードルフには助ける気持ちも助ける余裕も無い。
そして少年は動きを止め、一気に剣を突きたてた。
「ヒ、ヒイイィィィッ!」
耳障りな悲鳴が戦場に響き渡る。だが断末魔の悲鳴としては余りにも軽すぎた。
それもそのはず、少年が剣を突きたてたのは司令官自身ではなく顔の脇の地面だったのだから。
「撤退だ」
有無を言わせぬ少年の声に、司令官は壊れた玩具のように何度も首を縦に振り、悲鳴を上げながら走り出す。
司令官の敗走を見て撤退の準備を始める帝国軍。
呆然とするアードルフは悟る。
自分は敵であるはずの者に生かされたのだと。
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国境沿いの都市カーゼリス。
帝国の前線基地であるこの街には多くの将兵たちが駐留している。
その中の一人、アードルフ・ベルクマンは誰もいない真夜中の練兵場で思案にふけっていた。
「探したぞアードルフ!」
思考を中断。
考え事をするには静かな場所の方が良いと思って足を運んだはずの練兵場に、割れんばかりの大声が響き渡る。
声の主は燃えるような赤髪を揺らしながら大股でアードルフの元へと歩いて来た。
「お久しぶりですな、第二皇女殿下」
やって来たのは剣聖皇女。アリシア・ジュノ・フォルセティエル・アーカディアスである。
アードルフの挨拶は言葉だけで至極簡単なものだ、普通なら皇族を相手にする態度ではない。
アリシアは気分を害されたように不機嫌な表情になり、こう言い放った。
「気持ち悪い」
予想を上回る受け答えにアードルフは疑問を返す。
「……気持ち悪いとは、どういう事でしょうかな?」
「その言葉使いが気持ち悪いと言っている、何が『お久しぶりですな』だ。お前の敬語など反吐が出そうだ、こういう時くらいは素に戻れ」
答えを聞いたアードルフは「ふむ」と言葉を漏らしてアリシアに向き直った。
「では失礼…………言ってくれるなアリシア。せっかくカーゼリスまで来てやったんだ、少しは部下を労わる気持ちを持ったらどうだ?」
「お前こそエルテスカから逃げ帰って来たのを拾ってやったのは誰だと思っている? 本国からの責任追及が来ないのは私のおかげだという事を忘れるなよ」
両者ともに獰猛な笑みを浮かべて剣に手を掛ける。
練兵場の空気が動きを止め、二人の気迫に脅えるようにビリビリと震えだした。
やがて空気の震えが限界に達したその時、二つの銀色の閃光が交差した。
「大体にして部下になったというのに挨拶にも来ないとはどういう事だ!」
「行っただろうが! 会う事が無かったのはお前がエルナに仕事を丸投げにした挙句、街で遊び呆けていたからだ!」
「知るか! 探しに来い!」
「無茶を言うな!!」
言い争いを繰り広げつつも、二人の剣は淀みなく相手を斬りふせんと動き回る。
地を抉り、空気を裂く、人の域を超えた戦いが佳境に入ろうとしたその時だった。
「二人とも何をしているんですか!」
緑色の髪を揺らしながら練兵場に一つの影が乱入する。
アリシアのお目付け役、エルナ・クレヴィング。怒鳴られた二人は渋々といった様子で剣を降ろす。
「今何時だと思ってます御二方? こんな所で人外の戦闘をされると物凄く近所迷惑だという事を分かってやっているんですか?」
「いや、だがしかし……」
「あら、何です殿下? もしかして私が処理している殿下宛ての書類を片づけるのを手伝ってみたいと?」
「あ……その、えっと……」
「そう言えば、皇太子殿下への定期報告はまだでしたね」
「すまないエルナ! 私が悪かった!」
普段の貫禄が嘘のように消し飛び、アリシアはガタガタと震えだす。
それを見たアードルフは顎に手を当てて満足げに頷いた。
「フッ、アリシアもまだまだ……」
「死にますか?」
「…………すまなかった」
ニッコリと笑うエルナの額には青筋が走りまくっている。それと同時に岩のように固く握られた拳には本能的な恐怖をかきたてる何かが有った。
「では、静かになった所で本題に入りますね、端的に言うと殿下に二通お手紙が来ています」
その言葉に二人は真顔に戻る。表情に浮ついた色は無く、まさに軍人としての顔だった。
「手紙?」
「はい、両方とも中身は見ていませんが片方は統合司令部からの正式な委任状、もう片方は差出人不明の良く分からない文書。私としては後者の方が気になるんですが」
通常、差出人不明の文書が皇族の所に届く事など有りえない。にもかかわらずこの手紙がアリシアの手元に届いたのには理由が有った。
「かなり厳重なプロテクトが掛かっています、書かれているのは差出人にとって重要な情報なのでしょう。何か心当たりは?」
「ん〜、心当たりと言われれば無い事は無いんだが……ハァ……まったく、面倒な事を……」
手紙を開いた途端にこめかみの辺りを押さえるアリシア。
「実はな、王国の貴族の中に我々の諜報員として動いている者がいるんだが……」
「ほう、珍しいな。お前が小手先の手を使うとは思ってもみなかったぞ」
「本当に私か兄上が弄した策だったら良かったんだがな。生憎私は何もしていない、向こうから勝手に歩み寄って来ただけだ」
つまりは予想もしていなかったイレギュラー。それが何か事を起こそうとしている。
「文書の内容は?」
「私を心にもない言葉で褒めちぎるのが半分、裏切りがバレたかもしれないと言うのが四分の一、そして残りが……」
アリシアは手元に有った文書をアードルフとエルナの方に向けた。
二人は文面を見た途端に眉をひそめる。
「成功……するのですか?」
「まさか。この程度で死なれては私の名が立たないではないか」
「どっちにせよ迷惑極まりない話だな、下手をすると王都に潜伏中の他の諜報員がとばっちりを受けかねんぞ」
その文書の中で強調されていた言葉は一つ。
『センジョウ・カイリの暗殺』
――――inside――――
俺の朝は比較的規則正しい方だと思う。
毎日、目覚まし時計無しでも同じ時間に起きなければならなかった生活習慣のおかげだろう。ちなみに目覚まし時計を使えないのは姉貴が怒るからだ、なんでも朝っぱらからうるさくされると殺意が湧くんだとか。
一度鳴らしてみた事が有ったが、その時の事は覚えてない。でも思いだそうとすると吐き気を催して思考が勝手にストップする。文字通り思い出すのもおぞましいような事をされたんだろう。
うっ……考えたら気持ち悪くなってきた……。
閑話休題。
基本的に早起きな俺だが、朝起きたらやらなきゃいけない事が一つある。
俺的には何よりも重要だ。つーか誰かに見つかると俺の人物像が疑われかねん。
「起きろー、フレイア」
そう、それは俺を差し置いてベッドを占拠する神様の目を覚ます事。
一見するとさして重要そうに見えないが、断言しよう、それは間違いだ。
考えて見て欲しい、高校生くらいの男の部屋に明らかに中学未満の女子(ロリとも言う)が居たらどう思うか? 俺だったら一発で通報する。お子様を自室へ連れ込む犯罪者にしか見えないからだ。
まあ、そう言う訳でメイドさんが部屋に来る前にフレイアを起こしてやるのが日課になっている。
「起きろってば」
「むにゃむにゃ」
マンガのような寝言が飛び出して来るが起きる気配全くなし。
「青島ぁ、寝るな青島ー、寝たら死ぬぞー」
「寝言か? つーか青島ってダンスする大捜査線的な?」
夢の中の住人を起こすよりも自分を起こせ。このままだと青島刑事ではなく俺が死ぬ、社会的に。
と、呼びかけが功を奏したのかフレイアはもぞもぞと動き始める。
そしていきなり目を開いて……
「青島あぁぁぁぁっ!!」
青島刑事の名を叫びつつ起き上がった。
「あ、青島っ! 青島は!?」
「落ち着け! 室井さんにでもなってんのかお前は!?」
思いっきり寝ぼけている女神(笑)に不毛なツッコミを入れる俺。第三者視点で見れば途方も無くカオスな状況だろう。
フレイアはグリン! と勢い良くこちらを向くと死んだ魚みたいな目で見つめてくる。
「じーーーっ」
「……なんだよ?」
「かゆ……うま」
「今度はバイオハザー……って、おい……お前まだ寝ぼけてるんじゃ…………あっ」
――――ガブッ!!
「寝起き早々人の頭に噛みつくってどういう事? どこの暴食シスター?」
「うええ、ぺっぺっ」
「おいコラ聞いてんのかテメェ」
「仕方なかろう、むしろ、わらわは被害者。お主なんかに噛みついてしまったわらわを可哀想だとは思わんのか?」
微塵も思わん。
はっきり言って滅茶苦茶痛かった、暴食シスターの保護者たる某フラグ男の気持ちが分かったような気がする。
毎回毎回、理不尽に噛みつかれたりしてたらこんな言葉が口癖になるのも無理は無い。
「……不幸だ」
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何はともあれ仕度を終えて朝食を待つばかりだ。
待つばかりなのだが…………
『おーそーいー! 腹が減ったのじゃー!』
現在の時刻は八時ちょっと前、朝食にはいささか遅いような気がする。
でも居候の分際で飯をせっつく訳にもいかないだろう。
―――トタタタタタ……
足音か? フィオナ……じゃないなフィオナならパタパタになるだろうし。
しかし随分と急いでるみたいだな。
―――トタタタタタ……ズデッ!!
『……コケたな』
うん、コケたね。
―――ヒグッ……うえ、ふえぇぇ……
『……泣いとるな』
うん、泣いてるね。
大丈夫だろうか? ここは廊下に出て助けに行くべきなのだろうが、他人に泣いている所を見られるのは良い気分ではないだろう。
さて、どうしたものか?
―――ガチャッ
考えていたら不意に扉が開いた。
ほんの少しだけ開いたドアの隙間から涙で充血した眼が覗く。
そして見つめあう事数十秒。
「あうあう……」
―――バタン
………………?
何だったんだ一体? 用が無いならこんな所に来ないだろうし。
―――何をやっておりますの!?
―――で、でも……
―――まどろっこしいですわね! 私が行きますわ!
………………???
今度はハッキリと声が聞こえたんだが……。しかも片方はめっちゃ聞き覚え有るし。
―――バゴン!!
突然、蝶番をふっ飛ばすような勢いで扉が開く。
この城に置いてある物は、素人目に見ても大体が『良い仕事してますね〜』的な値段が付きそうな高級品ばかりだ。文無し居候と言う大層な御身分である俺は、この部屋の調度品の一つ一つを採掘されたばかりの化石並みの慎重さで扱ってきたのだが……
「おはようございます、良い朝ですわね」
このお嬢様に庶民の感覚は通用しないらしい。
頭に設置された黄金のドリル……もとい縦ロールを揺らしながら部屋に侵入して来る人物。
そんな知り合いは一人しかいないわけで。やっぱり目を付けられたんじゃないかと言う懸念は的中していたらしい。
「メルティーナ嬢、良い朝かどうかはともかくドアが再起不能だぞ」
かなりしっかりした造りの扉が頼りなくぷらぷら揺れてるんですけど。
「問題ありませんわ、それよりも今日は大事な用が有って来ましたの……ほら、隠れてないでこっちにいらっしゃい」
問題無くないです、このままでは僕の寝室は廊下から丸見えになってしまうのですが、お嬢様。
で、それはそうと今誰を呼んだんだ?
「し、失礼しまひゅっ!」
テンプレな噛み方をして入って来たのは一人のメイドさんだった。不安そうに周りを見回している姿が妙に小動物チックで危なっかしい、目が潤んでいるからさっきコケたのはこの子なのだろう。
……実際この子と顔を合わせるのはこれで二度目のはずなのだが。
「君はパーティーの時の……」
そう、メルティーナ嬢に目を付けられる原因になった『コロンブス事件(俺命名)』で渦中にいた気の弱そうなメイドさんである。
とりあえずは何事も無さそうで一安心だ。
「あ、あのあのあの……」
「あの時はどうもありがとうございました、と言っていますわ」
何故分かるメルティーナ嬢!? 『あの』しか言って無いよこの子!
「わ、わたひは……」
「私はリリアと言います、至らぬ部分も有るかと思いますがどうぞよろしくお願い致します。…………緊張しすぎですわよリリア、もっとシャキッとしなさい私のように」
メイドが貴女様みたいになったらそれはメイドとは言わないと思います。
でも緊張しすぎなのは同意する。このまま過呼吸で倒れられても困るのだが。
「ほら深呼吸ですわ深呼吸」
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
それはラマーズ法だ。ボケがベタすぎるぞリリア。
「えええっと、本当にありがとうございました! カ、カカッカイリ様には何とお礼申し上げたらいいか……」
「いや、別に礼を言われるような事はしていない」
しばらくして落ち着いてきたリリア……めっちゃ噛んでるけど。
それにしても上がりすぎだろう、俺はそんなに接しずらい人間か?
そうだとすると物凄いショックなんだけど、と考えているとドアの方に人の気配が。この部屋に入るつもりだったらちょっとまずい事に……
―――コンコンコン……バキンッ!!
微妙なバランスで本来の姿を保っていたドアは、控え目なはずのノックにも耐えきれずに部屋の内側に倒れこんでくる。
そして、不運にもドアにトドメを刺してしまった本人はノックしたままの姿勢で固まっていた。
純白のローブに蒼いポニーテール、我等が姫、フィオナである。
「あ、あれれっ? このドア……」
「ふぃ、フィオナ! 見ないうちに随分乱暴になりましたわね!」
コラ! 九割は君のせいだろうメルティーナ嬢! フィオナに罪を擦り付けるな!
さて、ドアが息絶えて十分後位に遅めの朝食をいただいた訳だが……
「街に遊びに行きませんか?」
フィオナからこんなお誘いが有りました。
いかない理由なんて有るはずが無い、むしろ連れて行って下さいお願いします。
「あら、面白そうですわね。私とリリアもよろしいかしら?」
「良いですよ、でもちゃんとフードをかぶって下さいね? メルの髪型は私以上に目立ちますから」
確かにドリルは目立つと思う。いくらファンタジックな異世界だからって縦ロール人口はそんなに居ないだろう。
「カイリも良いですか?」
「ああ」
最近、返事は『ああ』ってしか返せなくなってきたのは俺の考えすぎだろうか? 言語スペックが低下していくのは人間としてどうなんだろう。
このまま『はい』と『いいえ』だけしか話せないような事になったら非常に困る、つーかそんな下手くそなメールみたいなのは会話とは呼ばん。
「さあ! そうと決まれば早速仕度ですわ! 行きますわよリリア!」
「わわわっ! 待って下さいお嬢様ぁ〜!」
俺が自分の将来を心配している横でメルティーナ嬢は慌てるリリアを引っ張って行く。
「さ、私達も準備しましょう!」
「ああ」
本気で大丈夫だろうか俺の言語機能…………?
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