第一話:かみさま
日常は大切だ。
誰かさんがこんな事を言っていた記憶がある。
『退屈なのは幸せ』。
ああそうだ、俺もそう思う。
退屈が苦痛なんて、気持ちは分かるが間違ってる。本当に忙しかったり切羽詰まった状況になってみれば分かる事だ。
大体にして非日常は向こうからやってくる物であって、自分で巻き込まれにいくような物じゃない。
否応無しに非日常に巻き込まれ、さあどうしましょう、となったその時に、人は『退屈って幸せな事だったんだなぁ』なんて真理に辿り着く訳だ。
さてさて、柄にもなくそんな事を考えてる理由だが……。
風邪をひいて弱り切った俺が現在進行形で非日常に踏み込もうとしてるから、とにかくその一択につきる。
とにもかくにも、非日常なんて碌なもんじゃねえ。
目の前に居るのは銀髪をツインテールに纏めた少女、歳は俺より七、八つ下くらいか。白い、フリルの付きのワンピースを着た、赤い瞳が目立つ相当な美少女です。
「何じゃ、お主は?」
いや、すいません、こっちのセリフです。ここ俺の部屋なんだけど。て言うか土足でベッドに上がらないでください。
「ふむ、わらわの魔力に当てられぬとは……お主、かなりの使い手じゃのう」
いきなり魔力って何さ? どうでもいいから早くベッドから下りてくれ。
俺の体調は最悪なんですよ? それはもう着ている学ランが重く感じるくらいに。重力なんて無くなればいいよ。
「……何とか言ったらどうじゃ?」
おおっと、これはいけない、仮にも俺様ともあろう者が女の子をシカトしてしまうとは! だがまずいぞ……今の俺は風邪で喉に深刻なダメージを負っている、このままでは喋れない! ヘルプミー誰か助けてー。
「む、喋らんのか。強情なやつよのう、よかろう、わらわから名乗ろう。わらわの名はフレイアじゃ」
どうやら女の子の名はフレイアと言うらしい、何か炎っぽい名前だけど外人さんだからしょうがない。
よし、今度は俺の番だな。なにせ初対面だ、いい印象を持たれたいだろう普通。
『俺の名前は千条海里、今まで無視して済まなかった。君はどこから来たんだい?』
これで行こう、目指せ爽やか路線! がんばれ俺の喉!
「俺は……海里…………だ」
……おい、ちょっと待て。
どんだけ端折ってんだよ! 三分の一も喋れてないじゃん!
フレイアは俺を見て冷や汗をかいている。ああ、なんて無愛想なやつ、とか思われているに違いない。
「う、うむ、中々の迫力じゃのう……じゃが、お主になら任せても良さそうじゃ」
そう言って俺の手を取るフレイア。
は? どういう展開? もしかして『私を連れて逃げて!』とか?
そんなラノベじみた展開が現実に?
「カイリ、わらわと一緒に召喚されてくれ」
何処からともなく光が現われ、俺たちを包んでいく。
「いや、ちょ、待っ……」
あ、喉が少し良くなったかも……なんて思った時にはもう時すでに遅し、俺の意識は何処かへ飛んで行ってしまった。
……
…………
………………
「知らない、天井だ」
テンプレなセリフが自然と出てくる。
謎の光と少女に拉致られた俺は真っ白い部屋に居た。
「何処だよ、ここ?」
「それには我が答えよう」
「うおいっ!」
我ながらものすごい速さで後ずさった、だって突然オッサンの重低音ヴォイスが聞こえたんだもん。
大音量でながせば音の力だけでガラス瓶を粉砕しかねないほどの声質だ。これで驚かない人間はいない、多分。
「落ち着け少年」
「落ち着いてられるか!! ここは何処? 俺は拉致られたの!? もしかして北の工作員か、オッサン!」
「我はオッサンでは無い」
「工作員は否定しないのかよ! もうダメだ! さようならお父さん、お母さん! 海里は帰らぬ人となりました!」
脳内は危機的状況に陥っているが気にしない、気にしてられない。
「我は……神だ」
………………は?
突然の爆弾発言にクールダウンする俺の頭脳。
意味わかんねーし、『紙』とか『髪』とかでは無く『神』?
うわー、イタタタ……。
「おいおいオッサン、そりゃねえよ。ある意味工作員より危険ですよ」
「……だそうだフレイア、やはりお前の連れてきたのは我々が神だという事も知らぬ一般人だ」
「……騙したな?」
唐突に目の前に現れるフレイア、騙したとか言っているが激しく同意したい。だってこのオッサン自分の事を神様とか言ってるもん。
「わらわを騙したなカイリ!」
えぇ〜? そこで何で俺なんですか? 敵は俺じゃない、オッサンの方だ。頼むから涙目にならないでくれ。
「我はオッサンでは無いと言っているだろう」
人の心を読むんじゃねえ、そして俺を帰らせろ、あわよくばフレイアの怒りを納めてくれるとありがたい。
「残念だがそれは難しいな、お前はフレイアとともに異世界へ召喚される運命に有る」
…………………………。
「オゥケィ……アンタが神とか、そう言う至極どーでもいい電波な話は置いておいて、だ。まずはゆっくり、そう、ゆっくりと腰を落ち着けて話し合おうかオッサン」
「我は落ち着いておる」
「よし、じゃあ言わせてもらおうか……異世界? 召喚? ふざけんな! ゼ〇の使い魔じゃねぇんだぞ! 俺は主人公じゃなくて一般人だっつーの!」
「フン、問題なかろう、大抵の異世界転移系は一般人が飛ばされるものだ、サ〇トとて最初からガンダー〇ヴだった訳ではあるまい」
「……やけに詳しいねオッサン。オッサンなのに」
「神だからな」
あっそう……平和なんだね、この世界は。
「とにかく時間がない、さっさと行け。話が進まぬ」
フワリと、体が浮かぶような感覚がする。
周りを見ればさっきの拉致光線が俺と泣き顔のフレイアを包み込む所だった。
「……不本意じゃが仕方有るまい、ほれ行くぞカイリ」
「いや、だから、待っ……」
―――シュンという軽い音を残して二人の姿が掻き消える。
「心配だな……」
自称・神は人知れず溜息をつくのだった。
「千条海里in異世界ファンタジー……」
混乱の余り、ボソリと訳の分からない事を呟きつつ前を見ると、視線の先には純白のローブを着た少女が居た。
明るい青の髪を白いリボンでまとめてポニーテールにしている自分と同年代くらいの少女は、髪と同じブルーの瞳で俺を見ながらオロオロしている。
見た感じ白魔道師というのがしっくりくるな。
だがこんな可愛い子を心配させてしまうなんてどうにもいただけない。恐らく召喚によって人間が出て来てしまった事に驚いているのだろう、ゼ〇の使い魔もそうだったしね。
周囲を確認すると、どうやら此処は石造りの建物の内部のようだ。周りに居るのは甲冑を着込んだいかにも騎士です、という感じの人が俺を中心に展開している。
異世界から来た俺を出迎えてくれたのだろうか?
窓があったから外を見てみると五メートル位もあるトカゲが、人を乗っけて歩き回っている……いやドラゴンってやつか? コモドオオトカゲだってあんなにデカくねえし、何より羽が生えてる。
どう見ても中世、どう見てもファンタジー。
……ん? 中世?
『中世』という単語が頭の中に響いた瞬間、一瞬で俺の頭の中には一つの方程式が組み上がって行った。
中世 = 貴族&平民 = ゼ〇の使い魔 = 平民は全部奴隷 = 召喚された俺はご主人さまから犬扱い!
い、いやだあぁぁぁぁ!
クソッ、自称神の馬鹿野郎! なんて所に連れてきやがった! 喜べ似非神! テメエを神と認めてやる……疫病神だけどな!!
『こりゃ! 喧しいぞカイリ!』
たった今フレイアの声が聞こえた気がした。
周りを見回してもあの目立つ銀髪は見当たらない。
『此処じゃー、わらわは此処に居るぞー』
また聞こえてきた。空耳ではないらしい。
此処ってどこよ? 悪いけど居るならそっちから出て来てくれよ、自慢じゃないけど、俺は迷子を捜しに行くと一緒に迷子になるような人間だからね。
ん? つーか何で俺の心の声がフレイアに聞こえてるんだ?
『む、やっと気付きおったか』
もう一度フレイアの声が聞こえたかと思うと、俺の脳内ビジョンにはどアップのフレイアの顔が映し出されていた。
いや近いって、もうチョイ離れてくれ。
『フフンッ、すごいじゃろう。これが神様スキル・精神跳躍じゃ!』
うるさいから怒鳴らないでほしい。
神様スキルはともかく、俺の頭にフレイアがパラサイトしているのは良く分かった。
おい、テメエ、そろそろ怒るぞ? とっとと俺の頭から出て行け。
『嫌じゃ、お主には責任を取って貰わねばならんのじゃ』
責任だぁ? そんな物はあの疫病神にでも頼んでくれ。俺関係ないからね。
『ふん、お主がわらわを騙したりしなければ、こんな事にはならなかったのじゃ! 大体何なのじゃ!? 右目の馬鹿デカイ傷は! 顔自体が詐欺じゃ詐欺! 歴戦の猛者に見えてしまったじゃろ! いしゃりょーを要求する!』
おまっ、右目を引き合いに出すんじゃねえよ! これのお陰でどれだけ苦労してるか分かってんのか!? つーか騙してねーし!
そう、俺の容姿の最大の特徴は、何と言っても右目の傷である。
何処の傭兵だよ、と言う感じのこの傷は、別に目付きが悪いわけでもない(たぶん)俺の顔に要らぬ貫録を持たせてしまっているのだ。
毎日毎日、不良に間違われて大勢に追い回される日々。釘バットとかの武器を持ち出された日には逃げるしかない。
故に俺の特技は速く走ることくらい、何が悲しくてこんな事になってしまったのやら。
「あ、あの……」
フレイアと言い争っていると、目の前の少女は俺に言葉を掛けてきた。
「お名前を、教えていただけますか?」
名前か……まあ、初対面だから当然だろう。
俺はフレイアとの脳内戦争を一方的に中断すると、名を名乗るべく少女に向き直る。
目が有った途端に表情が引きつったように見えたが、怖がらないでいただきたい。
「俺は――――」
―――outside―――
ヴァンガーディル王国第二王女、フィオナ・フォスティーナ・エル・ヴァンガーディルは早朝からカレリア城内を走り回っていた。
「すみません! 道を開けてください、お願いします!」
王家特有の透き通るような青色の髪を振り乱しながら動き回るのは、王女としてはいただけないものだったが、パタパタと大きな荷物を抱えて走る彼女の姿は、目の保養になるとかいう話で、兵士たちには人気が有る。
「失礼します」
彼女が辿り着いた場所は城の端に在る儀式場だった。床の大きな円の中には幾何学模様が描かれており、高いドーム型の天井にも同様の文様が刻まれている。
「姫、城を走り回っては出会った給仕の者達に驚かれてしまいますぞ?」
部屋の中央からフィオナに向かって声を掛ける老人が一人。
銀色にも見える白い髪と深く刻まれた皺。見た目に反して真っ直ぐに伸びた背筋は、年齢の隔たりを感じさせず、威厳すら醸し出していた。
「大丈夫ですよー、みんなお友達ですから」
「ふむ、さすがは我らが姫様じゃ、このゼインも鼻が高いですわい」
フィオナは全くと言っていいほど身分にこだわらない。
誰にでも敬語で話しかけ、城下町にはよくお忍びで遊びに行く事もある。
給仕の者達を『お友達』と言う王族は少なくとも大陸では彼女だけだろう。
「それよりも師匠……やはりグランアーカディアスとグリスカルドは戦争を始めようとしているのでしょうか?」
「むう、魔術を師事する者としては『師匠』と呼ばれるのも感慨深いが、やはり臣下としては『ゼイン』と名前で呼んでいただいた方が好ましいですのう」
「……分かりました、それでは『ゼイン師匠』、やはりグランアーカディアスとグリスカルドは此方に戦争を仕掛けてくるのでしょうか?」
「ククッ、考えましたな…………まあ、間違いなく五年と経たずに戦火を交える事になりましょうな」
それを聞いてフィオナは悲しそうにうな垂れる。
ヴァンガーディル王国から東。
ここ数年、国内の反乱を収めたグランアーカディアス帝国は突然、軍備を増強し始めた。
当初はどの周辺諸国も帝国内の基礎固めと捉えていたが、その予想は早期に裏切られる事となる。
北方の魔術国家・グリスカルド大公国との軍事同盟の締結。
いち早く帝国侵攻の意図に気づいたヴァンガーディル国王エグベルトは、南方の技術大国・ラッシェリア共和国連邦との相互補助を宣言。
リーフェリア大陸を席巻する四国に呼応するように、周辺諸国が両陣営に次々と参加していき、大陸は一触即発の状態だった。
「姫様のお気持ちもわかりますが、今はこの街の守護霊の召喚が最優先ですぞ。弟子の成長ぶりを見るのがワシの唯一の楽しみですからのぅ」
「そう……ですね、よし! 頑張ります!」
フィオナはゼインの言葉に小さく握り拳を作る。
そう、悲しんでばかりもいられない。
ここカレリアは交易都市として栄え、ヴァンガーディルの物資供給の要として機能する最重要拠点の一つである。
彼女は、少しでも皆の役に立てたらと、カレリアを守る守護霊を召喚するために、王都を抜け出してまで懸命に修行を積んだのだ。
また、彼女には一つの憧れが有った。
それは伝説の勇者『カイリス』。
おとぎ話にもなっているソレは、『カイリス』という一人の神が人となって人間界を救うという話だ。
(勇者カイリス、どうか私に御加護を……)
深呼吸をして部屋の中央に立つ。
(目標は精霊、もしくは神霊クラス!)
周りにはもしもの時に備えてゼインが配置した十数名の騎士たちがいる。
彼女は師匠の心配性にクスリと笑みをこぼすと呪文を紡ぎ始める。
「――――我は世界の内に有りて世界を従える者――――」
曰く、魔術の発現に必要な要素は三つ。
すなわち、魔力・イメージ・自己暗示。
「――――我は呼ばん、正義の使徒、悪しき破壊者、打倒の剣、守護の盾――――」
呪文などの自己暗示によってイメージを固定し、その固定化したイメージが杖や魔方陣によって魔力と言う名の力を与えられ、現象として世界に現れるのだ。
「――――集い、来たれ。召喚の命に従い具現せよ!」
瞬間、眩い閃光が魔方陣の中心部でさく裂した。
フィオナは思わず目をつぶった。
(召喚は!?)
つぶっていた両眼をゆっくりと開く。
成功ならばそこには守護霊が居るはずである。
そして……
「あれっ?」
思わず疑問の言葉をこぼしてしまう。
何故なら魔方陣の中央で下を向いて佇んでいたのは何の変哲も無いただの少年だったのだ。
(ど、どうしましょう……人間を呼んでしまうなんて)
フィオナは慌てる。
呼んでしまったのはどこからどう見ても人間だった、黒髪に黒服という格好は珍しかったが、それ以外は本当に何処にでも居そうな少年だ。
(この人にも生活が有るだろうし……)
少年はゆっくりと顔を上げる。
目が有った瞬間、フィオナは理解した、この少年は断じて普通の少年ではないという事に。
「……ひっ!」
髪と同じ黒の瞳、歴戦の猛者を思わせる右目の大きな傷跡、そして…………人とは思えぬほどの圧倒的な魔力!
これ程の魔力を内包した人間がかつていただろうか?
まるで少年の体の内に、別の何かが居るような、そこの知れない巨大な力。
だが、その威圧感は騎士たちに敵対行動を取らせるのに十分な物だった。
「……姫、お下がりください」
傍らに居た騎士の一人が呟くように告げる。
すぐさま完成する包囲網、少年は騎士たちを一瞥し表情を険しくした。
黒い瞳に映る感情は恐怖でも戸惑いでもなく、ただ純粋な―――――怒り。
それは勝手に召喚した上に、剣を向けるという理不尽な行為に対する物だろうか。
フィオナは焦る。
(いけない……このままでは戦闘になってしまう!)
恐らく、この場に居る騎士はこの少年に勝つ事は出来ないだろう。
強いか弱いか以前に住む世界が違いすぎる。
だが理由はそれだけでは無い。
(私が呼んでしまったせいで、この人が人殺しになってしまう……)
彼女は拳を握りしめ、騎士と少年の間に割って入る。
少年は怪訝そうな顔をしたが、攻撃を仕掛けてこない分、彼女は交渉の余地が有ると判断した。
「あ、あの……」
体が震えて声が上ずってしまう。
怒りとともに発せられる膨大な魔力が彼女を貫く。
それでも彼女は諦めない。
「……お名前を、教えていただけますか?」
決めた言葉を最後まで言い切る。
ここで名前を尋ねたのは、国の元首である優しき両親に、人との繋がりは名前から始まると教わったからだ。
少年はおもむろに目線を合わせる、右目の傷は依然として異彩を放っていたが、その眼光には先程のような怒りは含まれていなかった。
「俺は……カイリだ」
「えっ?」
フィオナは少年が素直に名乗った事と、少年の名に驚きを隠せなかった。
少年の名はカイリ。
これが、ヴァンガーディル第二王女と大勇者カイリスに似た名を持つ黒の少年の出会いだった。
コメディです。
笑っていただけたら嬉しいなと思います。
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