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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

秘められた嘘

作者: 波音 サト



 なぜ、どうして、世の中の人間は皆平等ではないのか。

 勉強ができる者、運動ができる者。

 二つに分けられない中途半端な人間だっている。

 小峰敦史こみね あつし。頭は悪すぎず良すぎず。運動神経も、体育に支障がない程度のほどほどの成績をおさめることができる、俗にいう普通。

 しかし、それをコンプレックスに感じるわけでも無く、むしろ胸を張っている。というのも、小峰には二人の幼馴染がいる。

 運動神経だけが抜群に良い、程良いイケメン。学力の成績のみは上位の、小柄で可愛げのある小動物系。

 今日もまたその小動物のゆうは、お昼休みに窓の桟に前のめり気味に寄りかかり、グラウンドにて友人たちとサッカーボールで戯れている、程よいイケメンを見下ろしていた。


「楽しそうだねー」

 

 感情が籠っているのかわからないその言葉に、曖昧な言葉で返事をする。

 同じように寄りかかって、少しだけ身を乗り出すと、ふんわりと生暖かい風を感じて、複雑な気持ちになる。


「あれ? 今日居ないんだ。彼女」

「……」

 

 敦史の言葉に返事は返ってこなかった。視線を裕に移すと、目を細めてあちらこちらと視線を移していた。

 無視をされたわけではないようで、もう一度グラウンドに視線を戻す。少ししてから、ようやく返事が来る。


「別れたか」

 

 その言葉は茶化すというよりも、安堵した口調で微笑みを見せていた。

 友達とサッカーをしているときも、授業の合間の休憩時間にもどこかに彼女が居たが、今日に限っていないということは、別れたという可能性が高い。それなのに、落ち込む様子もない程よいイケメンは、自分から振ったからなのか、特に何も考えていないバカなのか。

 

「今日放課後それとなく聞いておいてよ」

「……あぁ」

 

 放課後、裕は程よいイケメンの昂生こうきと共に帰宅している。

 昂生はサッカー部。その様子を教室から見下ろしながら、裕は自主的に参考書などを広げて勉強をしている。部活が終わると同時に、玄関で待ち合わせをして一緒に帰るというのが、いつもの流れだった。

 同じ幼馴染である敦史が一緒に帰らないのは、一応理由のある気遣いのつもりでもいた。それに気づいている裕は、ある程度のわがままなら聞いてくれている。

 そのため、違うクラスになってしまった昂生と二人きりで話すことは、もうほとんど無くなってしまった。というよりも、敦史自ら避けるようになっていた。

 




「やっぱり別れたって」

 

 翌日のお昼、いつも通りグラウンドを見下ろしながら裕が報告する。


「理由は?」

「…」

 

 聞いてみたが、返事がない。そこまでは聞けなかったのか、視線を移してみると、眉間に皺を寄せて不機嫌を露わにした。そんな表情、滅多に見ることがなくつい驚いて肩をびくつかせてしまった。


「“俺の理想像が邪魔をする”だそうです」

「なんで敬語…。昂生にも一応理想があったのか」

「それなら最初から付き合うなって」

「どんな理想があるんだろうな」

「答えなかった」

 

 一応聞いたのか。

 

(裕にも答えないなんて今までなかったのに。そりゃ拗ねるな)


 幼いころからご近所さんと言うのもあり、仲良くうまいこと付き合ってこれた三人。

 と言うのも、地味だった敦史と、頭がよく先生や大人たちに可愛がられ持ち上げられていた裕は、小学生の頃、同じ学校の同級生はもちろん、上級生までいじめの対象とみるようになっていた。

 特に敦史は、先生に良くしてほしいがために、裕と一緒にいるのだというよくわからない理由だった。 

 しかし、それを常に助けてくれたのが昂生だった。

 幼いころから運動神経が飛びぬけてよかった昂生は、女子の人気の的。そんな男子を敵に回すことができない小心者のいじめっ子たちは、同じ仲間である敦史や裕と同様いじめの対象にすることはできなかった。

 苛められているところを昂生に見つからないよう、居ないところで手を出してきたところに、二人を探していた昂生が乱入して収めてくれていた。

 というのも、幼いころからサッカーをしていた昂生に、特に何もしていない小学生たちが、力で勝つことができなかったのだ。

 ただし、昂生に構ってほしいという女子を放ってくるものだから、苛めに女子も加担していることは、きっと昂生は知らないし、知られたくはないと裕と敦史は、自然と意見があっていたのだ。

 だからこそ、助けてくれている昂生に恩返しをする為、裕は昂生にない学力を身に着け、敦史と昂生がゲームで遊んでいる中でも、裕は勉学に励んでいた。

 そんな裕に、昂生は勉強以外でも、考えなければならないことは、すべて任せて答えを求めていた。隠し事も、昂生は今までにしたことがなかった。なのに今回、裕の質問に嘘はつかないにしても、答えが返ってこなかったことに、少し拗ねている。


「まぁ、俺らが隠し事してるくらいだしな」

 

 小さくため息をつきながら、そう慰める。

 そう、二人はずっと昂生に、大きな隠し事をしている。


(俺なんて、裕まで騙してる…)

 



 

 一時間目と二時間目の間の休憩時間。

 ガラガラと少し遠慮がちに開いた教室の扉のほうで、女子達がザワッとすこし騒ぎ出す。

 芸能人でも来たのかと、敦史も視線を向けると、遠慮がちに顔をのぞかせている昂生だった。

 

「敦史」

 

 視線が合うと、人にぶつからないようにと、上手いこと避けながら机の近くまで寄ってくる。


「昂生? どうした」

「なぁ、お前のクラス今日午後英語あるだろ? 三時間目俺のクラスだから辞書貸して。忘れた」


(なんでこいつバカの癖に、他のクラスの授業覚えてるんだよ。勉強以外の事は記憶力良いんだよな)

 

 机にかけていた手を机の中に少し忍ばせ、中に入っている英語の辞書を、昂生に見えないよう奥に押しやる。


「裕に借りろよ。俺、違うクラスの友達に貸しちまってねぇよ」 

 

 忘れた。と言うことにしてもよかったのだが、では自分の授業はどうするのだ。という疑問が湧いてしまう。


(他のクラスに友達は昂生しかいねぇけど…)

 

 結局忘れたも貸したも、嘘をついていることに変わりがないなら、まだマシな方を選んだほうが良い。


「他のクラスに友達? 誰」


 久々に聞く不機嫌な声色に、驚き顔を合わせると、睨み付けるように見下ろされていた。

 思ってもいなかったところを突っ込まれて、いろいろな感情が混ざり合い、心の中がざわつき始める。


「誰って…」

「あ、良ければ私の使う?」

 

 そう提案してきたのは、近くにいた同じクラスの女子だった。

 昂生は機嫌が悪いまま視線を移すが、少し目元を和らげて首を横に振る。


「ありがとう。裕が持ってなかったら借りるかも」

 

 そう言って軽く断る。


「じゃあ、次の休憩に裕に持って行かせるよ」

「あぁ」


 怒った低音は久々に聞く。少しだけヒヤッと背筋に寒気が走る。

 昂生はそのまま振り返ることもなく教室から出ていく。

 罪悪感はあるものの、裕のため、こうすることしか敦史は思いつかなかった。







「大胆な嘘を吐いたね」

 

 大きなため息とともに、辞書を渡しに行った裕が戻り、前の椅子に座る。


「それしか思いつかなくて」

「“忘れた”のほうがまだよかったんじゃない?」


 裕の呆れた様なため息と口調。


「そしたら俺の授業はどうすんだよ。お前がその時居ないのが悪い」

「うわ、俺の所為? でも、敦史なりの気遣いだって感謝するよ」

 

 喜んでいるのか皮肉を言っているのかわからないが、どっちにしても敦史としては、昂生との距離が開くのであればどちらでもよかった。


(ちょっと苦しいけど…。仕方がないんだ)


昂生こうき、機嫌悪かった?」

「俺に当てられたわけじゃないけど、良くはなかったよ。誰に貸したんだって俺に問い詰められたよ。せめて、どう嘘ついたかくらいは言っておけよ」

「あぁ、今度からそうする。今度があるかはわからねぇけど」


 返事はしたものの、それでもまだ裕は敦史に何か言いたげな瞳で見つめ続ける。

 言葉を待つが、小さくため息をついて、諦めるように黒板のほうへと向きなおす。


「なんだよっ」

「べっつにー」

 


 


『俺、昂生が好きなんだ…』


 中学の頃、昂生の部活を眺めているとき、その告白を裕から聞いて、内心少し驚いたのを覚えている。

 それが昂生への、二人の隠し事。

 本当であれば、大きなリアクションをするくらい驚いても良いことなのだろうが、それどころではなかった。


“裕が恋敵とか、敵うわけないじゃん” 

 

 敦史も昂生が好きだった。

 でも、男同士だし、昂生が受け入れてくれる可能性が極端に低いなら、裕のほうがまだ可能性があるのではないかと、諦めることを決めたのだ。


(同じ高校を選んでる時点で、諦めきれてないよな…)

 

 裕は敦史が昂生を好きなことは言っていない。だから、敦史も裕に嘘をついている。


“応援するし、協力する”


 と。

 応援しないわけでも、協力しないわけでも無い。ただ、自分の気持ちを隠してそんなことをしているなんて、嘘と同じようなものだ。

 学校も本当は、もっとレベルの高い高校に行けるはずだった裕。

 猛勉強しても、裕と同じレベルの高校には行けない昂生に合わせて、昂生が“家が近い”という理由だけで選んだこの学校に、一緒の高校が良かった裕は、あたかも自分たちも行きたかったんだ。という表面上の理由で、同じ学校を選んだ。

 敦史が高校を選んだのは、昂生と別にしようか悩んでいた時、裕が“決まっていないのなら一緒の高校にするといい”と誘ってくれた。てっきり、違う高校にしてほしいと言われるかと思っていた敦史は、断る理由が無くなり、同じ高校を選んだ。

 

(俺だけでも、違う高校にすればよかった)

 

 案をくれたのは裕だが、決めたのは敦史だ。心の中でため息をつきながら、敦史は裕を見る。

 中学の担当の先生からは、何度も高校を選びなおすよう説得され続けていた裕だが、学力レベルを下げたことに、一切の後悔はしていないようだった。

 

 “高校よりも、大学だから”

 

 と、大学まではと一緒ではないかもしれない。と言う話を、中学の時二人で話していた。

 敦史は、大学に行く予定は無く、すぐに就職希望のため、そこで裕と別になることは覚悟していたが、昂生がこの先どうするのかを、裕も敦史も知らない。

 昂生が高校に合格したことに対する喜びも束の間、クラスが別になり、一番落ち込んでいたのは裕だった。





 お昼、ご飯を食べながらグラウンドを覗き込むと、いつもサッカーボールを持って、部活の友達や、クラスのみんなを引き連れてサッカーで遊んでいる昂生が、今日に限っては現れなかった。


「小峰君」

 

 グラウンドを見ている敦史を後ろから呼んだのは、同じクラスで、先ほど辞書を貸そうかと昂生に声をかけた女子、田辺だった。

 髪は胸くらいまであるストレート。少し茶色に染めているが、そんなに明るい色にはしていない、クラスの中では一位二位を争う美人さん。そんなに身長も高くなく、口も悪くなく社交的なため、男子からの人気も高く、クラスの男子数人が、田辺を狙っているという話も聞く。

 昂生とは別で、あまり友達を作らない敦史も裕も、お互い以外で話すクラスメイトはいないに等しい。そんな敦史に話をかけられ、女子に不慣れのせいで少し体が強張る。


「ちょっといいかな?」


 特に怒っている様子でもなく、小さく首を傾げて田辺もこちらの様子を窺うように、少し上目づかいで微笑む。


「なに?」

 

 反応を見せてみると、こっちに来てと手招きされる。裕に目線だけで合図を送って田辺の後ろについて教室を出ていく。

 連れて行かれたのは、そんなに遠くまで行かない人通りの少ない、特別教室棟が並ぶ廊下だった。

 特に隠れることなく、人がいないのを確認した田辺は振り向いて敦史と向かい合う。


「わざわざここでごめんね。今日来た昂生君の連絡先をね、聞きたかったんだ。この間直接聞いたら断られちゃって」

 

 ちょっと照れるように首を傾げて小さく舌を出す。

 ポケットに手を入れて、小さめの青い封筒を取り出す。あまり装飾はされていないシンプルなものだ。


「だからね、小峰君に聞くのはちょっとずるいかなって思ったから、私の連絡先とちょっと手紙入ってるから渡してほしいんだ。あんまり派手じゃない封筒がいいかなって思って、こんな感じになっちゃったけど。これだったらポケットに入るよね?」






「何やってるんだ? 昂生あいつ

 

 田辺との用事が済み、教室に戻るとき、誰かを探すように違うクラスを不機嫌そうにのぞきながら、奥のほうに行く昂生の姿が視界に入った。

 疑問にはなったものの、なるべく裕のいない場所での昂生との接点をなくすため、気づかないふりをして教室に入る。

 人を避けながら席に戻ると、明らかに不機嫌な裕が前にいる。


「どうした」

 

 席を外した数分に何があったのかと聞いてみるが、後ろを振り向いて敦史のほうに顔を向けて入るが、視線に捕えられていない。


「別に」

 

 一度瞬きをして、外を向いてため息を吐き出す。


「ため息出しながら別にって言われてもな…」

「それより、何だったの?」

「あぁ、昂生に連絡先渡してほしいって」

「田辺が?」

「あぁ」

 

 ようやく視線が敦史に向く。

 ポケットに入れておいた青い封筒を取出し裕に渡す。


「…。なんで俺に渡すの」

「渡すか渡さないかは裕次第でいいよ」

「…自分で渡しに行けば?」

 

 そう言って、敦史の机に落としてまた視線をグラウンドに移してしまう。


「自分でって…」


 落とされた青い封筒を手にして、少し力を入れる。

 抵抗する力のない封筒は、くしゃっと少し皺ができる。




 午後の授業、渡すか渡さないかを悩むせいで、先生の言葉が頭の中に入ってこない。

 授業が終わり、次の授業との合間。少し勇気を振り絞るように手に力を入れて立ち上がる。

 いつもであれば裕が振り向くが、わざとなのか、聞こえないふりをする。


(…決めるのは、昂生だよな。今まで誰かしらと付き合ってたわけだし)


 友人に辛い思いをまたさせてしまうのか。そう思うと躊躇ってしまうが、そこを決めるのは昂生自身。裕の辛さを知らないで、また彼女を作るのか。

 隣のクラスの扉を開けると、数人が敦史のほうに振り向くが、すぐに興味がないように視線が戻る中、昂生は少し驚いたような表情を一瞬したが、すぐに不機嫌そうな表情になって立ち上がり、敦史のほうへと歩いてくる。


(やっぱり不機嫌か…)


「悪い昂生、渡してって頼まれたから」

 

 そう言って、ポケットから青い封筒を取出して目の前につきだすと、少し躊躇うようにそれを受け取る昂生。


「じゃ」

 

 すぐに教室に戻ろうとする敦史の大きな手を掴んで止める。


「え?」

 

 振り向くと、敦史の手首をつかんでいる昂生の数本の指と、もう片方の手で器用に封筒を開け、中身を確認する。


「ここで?」

 

 軽く目を通すと、すぐに折ってあった通りに直し、掴んでいる敦史の手の平に、封筒と手紙を掴ませる。


「…え?」

「捨てといて。あと、お前辞書貸したって誰に貸してたんだ」

「あ? あぁ、他のクラスの奴に。ってか、裕の辞書は? 返しておくけど」

「…いい。昼に返した」

「昂生…どうし…」

 

 敦史の言葉を遮るようにチャイムが鳴る。

 昂生の手が離れて席のほうへと行ってしまう。

 小さくため息をついてその場を離れた。




 どうしてそんなに機嫌が悪いのか。

 授業中、ずっとそのことばかりが頭の中をかき回す。

 事の発端は、辞書を他の人に貸したという嘘なのか。裕と昂生でした会話で喧嘩をしたのか。

 

(なんでこんなことになったんだろう)

 

 良くわからない英語の発音をBGMに、敦史は誰もいないグラウンドに視線を落とす。

 

(昼に返したってことは、俺がいない間に裕と会ってた。のは良いんだけど、そこで機嫌が悪くなったのは裕。昂生が裕を不機嫌にさせた…?)

 

 ため息が出るのを必死に堪えて、黒板に視線を戻した。




 放課後、掃除の最後にゴミ箱を指定の場所に持っていく帰り、部活に向かう昂生とばったり会ってしまう。

 こんなところを裕に見られるわけにもいかず、気づかないふりで横切ろうと無理な事をしようとしたとき、案の定腕を掴まれ阻まれる。


「敦史、お前俺に何隠してる」


 心臓が一つドクンと大きく鳴った気がする。


「何って、何を」

「教えろよ。自分のクラスにまともに友達がいるわけでもないのに、他のクラスに友達ってなんだよ」

「…そんなの、昂生に関係ないだろう」

 

 その瞬間、掴まれていた腕に力が入り、つい痛みで眉間に皺を寄せて目を細める。

 “違うクラス”の事を覚えていることにも驚いたが、そのことにまだ不機嫌だったことに、心のどこかがまたざわつき始める。


「関係ないってなんだよ」

「うるさいっ。俺、昂生のそういうところが嫌いなんだよ」

 

 嘘だ。


(また、嘘を吐いた。そういうところが、本当は…)


 怖くて顔を上げられない。どんな表情をしているのか、知りたくない。

 ゆっくりと強く握られていた手首が解放され、小さく舌打ちをされて昂生の気配がどこかに消えていく。


(なんで、なんで昂生はそんなに怒るんだよ…。都合よく考えちゃうからやめてくれよ…)

 

 掴まれていた手を逆の手で擦りながら奥歯を噛み締める。

 



 

 


 次の日の土曜日。長かった一週間と、昨日の気まずさを一時的に忘れることができる休日だった。

 土日が仕事の両親のおかげで、特に煩わしいことを言う大人がいない休日を過ごせるというのは、昨日の出来事で気が重い敦史にはちょうどよかった。

 のんびり昼辺りまでベッドにもぐりこんでいたところ、滅多にならない呼び鈴が家中に鳴り響く。

 無視してても良いのだが、あとで親に責められるのも面倒くさい。

 相手も諦めないのか、もう一度呼び鈴を鳴らす。その間には階段の途中まで下りることができ、聞こえるかどうかも分からない声を出して、中に人がいることを示す。

 覗くのも面倒になり、鍵を開けてゆっくりと扉を開ける。


「はーい?」

「よう」

「…昂生?」

 

 思わぬ来客により、反射的に扉を閉めることもできずに、大人しく玄関の中に昂生を入れることになる。


「なんだよ」


 嫌いだと吐いた本人宅に行くほど強い心を持っていただろうかと、少しだけ感心する。それでも、やはり嬉しさを隠すのに必死で顔が強張る。


「もう嫌われてるんだったら、何しても良いだろう」

「は?」

 

 何を言い出すのかと目を丸くしている敦史を無視して、右手を掴まれ、昂生は靴を脱いで中へと引っ張っていく。

 昔は来ていたこともあり、今でも部屋を覚えているのだろう。迷うことなく敦史の部屋へと階段を上り向かっていく。


「お、おい!」

 

 部屋に入るなり、敦史を中に放り込むように腕を前に投げ、鍵を内側から閉めて奥へと入ってくる。

 戸惑っている敦史の腕を掴んでベッドのほうへと再度放り投げ、仰向けに押し倒される。


「お、おい昂生?」

 

 いろいろな感情が湧いてきて、自分でもどうしていいかわからなく、とりあえず抵抗する様に四つん這いになってくる昂生の胸元に手を当てて、失敗したと後悔する。


(昂生の胸、厚い…)

 

 いつも走り回っているだけあって、体つきが昔よりもさらにしっかりしているのが近距離でわかり、ドキドキうるさく鳴る心臓を止めるのに必死で、抵抗するつもりで胸元に触れた腕に力が入らない。

 抵抗の腕を無視して身体を寄せてくる昂生。

 徐々に密着する昂生の顔も、少し辛そうな表情を見せていた。

 身体を支えるために、耳元にあった昂生の大きな手が頬に触れる。


「お、おい」


 焦る敦史を無視して、その唇を唇で塞がれる。

 強めに唇を吸われ、それを癒すように、唇を舐められてゆっくりと離れていく。


「もう我慢できねぇ。嫌われてるんだったらいいだろう。教えろよ辞書を貸した相手、俺以外の他のクラスの友達ってやつを」

「なんで、なんでそんなに怒るんだよ。それに、今の…なんだよ。こんなの、俺に都合よすぎる…

」 

 

 こんないい話がいきなり現れるわけがない。

 頭が付いてこなくて、思っていることをそのまま昂生にぶつける。


「怒るに決まってるだろう。今までそんな素振りなかったのに、いきなり他のクラスに友達とか。好きな奴が他の男と仲良くしてたら気になるだろう。それなのに関係ないとか、そいつとどういう関係だよ」

「……何。好きな奴って」


 あまりにも都合のいい言葉。

 頭がついて行けずに、ただボーっと昂生を見ることしかできない。


「この流れでお前の事以外にあるのかよ」

「…いつから…なんで」

「いつからか…。中学の頃にはもう自覚してたな」

「嘘つくな! お前、高校入学してからだって彼女、いたろ…」

 

 ようやく頭が話についてきて、肘に体重を乗せて少し上体を起こす。


「裕に相談したら、お前はモテるんだから、一人や二人付き合っておいた方がって……」

「ま、待て。裕に言ったのか」


 思いもよらない発言に声を荒げる。それでも昂生は冷静な口調で言葉をつづける。


「あぁ、高校入って初めて女子から告白された日。部活帰りに敦史が好きだからそのまま答えていいものなのか聞いたら」

「バカか! いや、バカだな…。それで裕は付き合っておけと?」

「あぁ」


(裕も裕だ。好きなのが昂生なら、女と付き合ってるなんて嫌だろうに…っていうか、昂生が俺を好き? そして、それを裕が知ってた…?)


「なんだよそれ…」


 起きていることがわからなくなり、昂生に触れていた手を離し、自分の頭に手を当てて乱暴に掻く。


「お前、本当に俺のこと嫌いなのかよ」

「……」


 何も答えられなかった。

 好きなのに、二度も嫌いだなんて言っていいのか。それで本当にチャンスを逃していいのか、敦史にはすぐに答えを出すことができない。


「敦史…」

 

 もう一度昂生の唇が降りてくる。

 一応抵抗するよう、もう一度昂生の胸元に手を当てて腕に力を入れるが、無暗に振り払うことができない。

 目をソッと閉じてそれに答える。


「お前は昔からそうだな。怪我をさせないように、俺を雑に扱うことはなかったな」

「なんでそんなに強気で来れるんだよ」

「嫌いか?」

「…昔から昂生に助けられてるのに、嫌いだなんて言えるかよ」


 胸に当ててる手で拳を作り、扉をノックする程度の力で昂生を叩く。


「好きか」

「……気づいてたんだろ。いつから気づいてたんだよ」


 そう聞くと、少し困ったように目じりを落として薄く微笑む。


「確信なんてなかった。ただ、そうであってほしいと思っただけ」

「…ハメた?」

「ちょっと」


 少しうれしそうにクシャッとほほ笑む昂生に、敦史は大きなため息を吐くしかできなかった。


「お前にそんなことができる知識があるとは。でも、別にだからって昂生が俺を好きになる理由にはならねぇだろ。幼馴染ってんなら裕だってそうだろう」

 

 もう逃げないとわかったのだろう。体を離して、上体を起こす。そんな昂生に腕を伸ばして、同じように身体を起こすよう示す。

 答えるように手が伸びて、グイッと遠慮なく強い腕力で起こされる。


「中学の時からおかしいとは思ったんだ。一応彼女はいたけど違和感があって。裕といると困ったときはいろいろ代わりに考えてくれるから安心したけど、敦史といるときは目が離せなかった。触れたいと思った」

「……」

 

 どう答えていいか困っている敦史を見て、昂生はためらうことなく額にキスを落としてきた。







「ごめん。裕」

 

 あれから土曜の残りの時間は、昂生と過ごし、日曜日はこのことを裕に何と伝えようか頭をフル回転しながらシミュレーションする時間に使った。

 月曜日の放課後、誰もいないのを確認して、裕に土曜日の事を報告する。

 すると、歯を噛み締め眉間に皺を寄せて、怒っているというよりも、泣きそうな表情だった。

 ごめんともう一度謝ろうとしたとき、左側から頬に強い何かの衝撃を受ける。


「いっ…」

 

 裕の右手だった。


「知ってたよ。昂生が言ってくる前に、ずっと昂生は敦史を見てたから。ずっと気づいてたんだよ。敦史も昂生が好きだって本当は知ってた」

「…知ってたのか」

「全部知ってたよ! だから、敦史に諦めてほしくて先に言ったのに! 俺だってずるいことしてたさ…」


 滅多に声を這って怒鳴ることがない裕に驚きながらも、小さく首を左右に振って答える。


「別にずるくなんかないだろう。俺だって、諦めたつもりだった。だから協力してたつもりなんだけど…」

「いいよ。どうせ昂生からだったんだろう」

 

 そう言って、叩いた敦史の左頬に触れる。


「ごめん。敦史が悪いわけじゃないのに。敦史だって昂生が好きなのに、俺に譲ろうと協力してくれてたのに…叩いてごめん」

「謝んなよ…」

 

 頬に触れた裕の手を取り、両手で覆って二度三度上下に軽く振る。

 薄らと無理やり微笑んで、「仲直り」と言うと、裕も泣きそうな顔で無理やり笑顔を作り、首を縦に振った。






「って、なんで三人で帰ってるわけ? 二人で帰りなよ」

 

 その日の帰り、初めて部活が終わるのを待って、裕を間において三人並んで帰路を歩く。そのことに対して、裕はついにそう口を開いた。


「だって同じ方向だし」

「だから途中で帰ろうとしたのに敦史止めるし…」

「お前一人で歩かせて何かあってもな」


 そう心配しているのかわからない口調で昂生が言うが、それに裕はさらに声を荒げる。


「いっつも敦史は一人で帰ってたんだけど!?」

「だからお前も一緒に帰ってやれって言ってたろ! 俺は!」

 

 反抗する様に昂生がそういう言葉に、敦史は少し驚いて二人を見る。


「そんな会話してたのか」

「俺だって、何度も敦史も一緒に残ろうって言ってたし。残ってほしいなら自分からそういえばいいのに」


 子供が拗ねるように、裕は昂生から顔を背けて冷たく放つ。


「だって敦史こいつ、裕がいないと会話つづけようとしねぇし」

「昂生は敦史に嫌われないように慎重すぎて気持ち伝わってないせいでしょ」 


 ため息交じりに言う裕に、対抗する言葉が出てこなかったのか、口を閉じてソッポを向いてしまう。


「……なんか、俺だけ疎外されてたのか…」

「間にいる俺の気持ちにもなってよね…」

「ごめんなさい」

 

 裕に反抗することもできず、大人しく謝る敦史に、ようやく裕は微笑を見せた。 

 

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