いつも本当にすみません
フィーア先生の件が一段落した後、俺はフィーア先生と一緒にリリアさんの屋敷へ戻ってきていた。
フィーア先生が同行しているのは、もちろんリリアさん達への事情説明のため……巻き込んでしまったから、ちゃんと自分の口で説明したいと、俺の転移魔法具で一緒に戻ってきた。
ちなみにノインさんも同行すると言っていたのだが……どうもノインさんはリリアさんとの戦いでかなり疲労しているみたいで、フィーア先生からドクターストップがかかった。
特にリリアさんに殴られた個所は、骨が折れているらしい。骨折自体はフィーア先生が治癒魔法で治したのだが、疲労も大きいということで今日一日は安静しておくようにと告げた。
ノインさんは「別に骨の一本や二本、気合いでどうとでもなりますし」とわけのわからない超理論を展開して同行しようとしていたが、フィーア先生がほぼ無理やり帰らせた。
というかノインさんは、胸の骨……肋骨が折れた状態で、平然とご飯を食べたりしていたわけで……改めてあの方も十分超人だと思った。
まぁ、ノインさん曰く骨が数本折れた程度だと、一晩休めば完治するらしい。それは魔族の体だからなのか、ノインさんが化け物だからなのかは分からないが、ともかく大事は無さそうで安心した。
そして現在、リリアさん、ルナマリアさん、ジークさんの待つ執務室に辿り着き、俺とフィーア先生はノックをしてから中に入る。
まぁ、フィーア先生の小さなドジが発動し……引き戸なのに押していたので、ノックしてから入るまで少し時間がかかったが……。
「おかえりなさい、カイトさん。そして、いらっしゃい。フィーア先生」
「ただいま戻りました」
「久しぶりだね。リリアちゃん、それにジークちゃん。ルーちゃんは、この前会ったね」
「あれ? フィーア先生、リリアさん達と知り合いなんですか?」
「ああ、うん。ルーちゃん繋がりで、何度か会ったことがあるよ」
確かに、フィーア先生はノアさんの主治医なわけだし、ルナマリアさん経由でリリアさん達と知り合っていてもおかしくはない。
「……三人共、今回は私のせいで迷惑をかけちゃって、本当にごめん」
「い、いえ……気にしないでください。ただ、その、お恥ずかしながら、私達はイマイチ事情を理解していませんので……出来れば説明していただけると助かります」
「うん。もちろんちゃんと説明するよ……えっと、どこから話そうかな……」
元々知り合いだったということもあり、割とスムーズに事情の説明が始まり、フィーア先生は一つ一つ思い出すように言葉を発し、今回の件を説明し始めた。
……フィーア先生の説明が全て終わると、執務室の中は静寂に包まれた。
魔王が実は生きていて、ソレがフィーア先生だったという衝撃の事実。それが語られた空間の中で、まず初めに動いたのはルナマリアさんだった。
ルナマリアさんは大きく目を見開いて唖然とした後、崩れ落ちるように膝をついて呟く。
「……そ、そんな……フィーア『お姉ちゃん』が……魔王?」
「うん。ずっと隠しててごめんね。ルーちゃん」
「あっ、い、いえ!? あっ……そ、その、ち、違うんです!」
ルナマリアさんは驚いているというのもあるだろうけど、何故か顔を真っ青にしながら「違う」と叫ぶ。
「わ、私は、あくまで一般的な魔王のイメージで語っていただけで……フィ、フィーアお姉ちゃんを馬鹿にしてたわけじゃないんです!!」
……ああ、なるほど。そういえばルナマリアさん、魔王のことを滅茶苦茶ディスっていた覚えがある。
それが実は知り合いで、お姉ちゃんと呼ぶほど慕っている相手だったので、大慌てで弁明しているわけだ。
「ううん。気にしなくていいよ。実際、私はルーちゃんの言う通り、酷い愚か者だったからね」
「ち、違うんです! フィーアお姉ちゃんはそんな人じゃないんです! し、知ってたら絶対言いませんでした!?」
「へ? あ、う、うん。ありがとう? えと、隠してたこと、怒ったりしないの?」
「しませんよ! フィーアお姉ちゃんに、そんな……むしろ、ずっと気付かずに酷いことを言って……ご、ごめんなさい」
どうもルナマリアさんは、本当にフィーア先生のことを慕っているみたいで、魔王という正体を知ったことより、知らないうちにフィーア先生を貶していたことにショックを受けているらしい。
普段からは想像もできないほどしおらしく謝るルナマリアさんを、フィーア先生が少し焦りながら宥めていた。
その光景を見ながら、ジークさんもゆっくりと驚きを整理するように口を開く。
「……フィーア先生が、魔王だったとは……驚きました。けれど、私もルナと同じように怒りの感情は無いです。むしろ、私達のために言いにくい事情を説明していただいて、感謝の言葉もありません」
「……ジークちゃん」
「そうです! 過去がどうあれ、フィーアお姉ちゃんはフィーアお姉ちゃんですから!」
「……ルーちゃん」
ルナマリアさんとジークさん、どちらもいまのフィーア先生を知っているからこそ、過去を知ったとしても軽蔑したりはしないと口にする。
それを聞いたフィーア先生は、本当に嬉しそうに微笑みを浮かべ、近くに居たルナマリアさんの頭を撫でる。
「……」
しかし、そんな空気の中で、リリアさんだけは一言も話さず、ジッとフィーア先生を見つめていた。
「……リリアちゃん。ごめんね。驚かせちゃって……それと、迷惑をかけちゃって」
「……」
「お、お嬢様! フィーアお姉ちゃんを責めないであげてください。フィーアお姉ちゃんもいっぱい苦しんでたんです!」
「……」
「……お嬢様?」
リリアさんはなにも言わない。ただ、真っ直ぐフィーア先生を見つめたまま『微動だにしない』……あれ? なんか様子がおかしくない?
そんな疑問が頭に浮かぶと、ルナマリアさんも同じく不思議そうに首を傾げ、リリアさんに近付く。
そして、リリアさんの顔の前で何度か手を動かすが……リリアさんは動かない。
「……『気絶』……してますね」
「……リリ……目を開けたまま気絶するとは、また器用な……」
目を開けたまま気絶してた!? あ、新しいパターンか……いや、気絶の仕方にそんなバリエーションを求めているわけじゃないけど……。
どうもフィーア先生の話は、リリアさんの許容範囲を余裕でオーバーしたらしく、話の途中で気絶していたみたいだ。
「た、大変! すぐに気付けの魔法を……」
「え? あっ、フィーアお姉ちゃん!?」
そしてそんなリリアさんの状況に慣れていないフィーア先生が、心配そうな表情で気絶したリリアさんに近付き、小さな魔法陣を浮かべて手をかざす。
するとフィーア先生の手から光が溢れ、硬直していたリリアさんの目が動く。
「あ、あれ? 私……」
「リリアちゃん!? 大丈夫? 急に気絶したんだよ……もしかして、疲労が溜まってるんじゃないかな? どこか痛んだりする?」
「い、いえ、大丈夫です……ははは、すみません。変な夢を見ていたみたいで……フィーア先生が魔王なんていう、変な夢をですね……」
「う、うん。私が魔王だよ?」
「……え?」
「い、いや、だから、私が昔魔王って呼ばれてた魔族で……」
「あ、あはは、そ、そうですか、ゆ、夢じゃなかったんですね……え、ええ、魔王ですね。魔王、知ってます……フィーア先生が……魔王で、魔王がフィーア先生で……魔王が魔王で……きゅ~」
「リリアちゃん!? しっかり!?」
起き上がった後に即座に二度目の気絶……リリアさん、なんか、その……ごめんなさい。
目を回して気絶したリリアさんを、フィーア先生が慌てた様子で支える。うん、これ、あれだな……もう何回か、起きて気絶を繰り返しそうな気がする。
「……お茶でも淹れてきますか」
「……私はベルちゃんとリンちゃんにご飯を持って行ってきます」
拝啓、母さん、父さん――フィーア先生がリリアさん達に事情を説明したんだけど、やっぱりというかなんというか、リリアさんはまた気絶してしまった。うん、その、なんていうか――いつも本当にすみません。
胃薬……追加だ。