バレンタイン番外編~アイシス&リリウッド~
本日八話目。
木の月13日目。魔界の大森林にある居城で、リリウッドは非常に困った表情を浮かべていた。
明日はバレンタインであり、彼女も例にもれず、愛しい相手にチョコレートを贈ろうと考えていた。
リリウッドは今回、幻王であるアリスを手伝い世界最高とも言えるカカオを造り出した。その際に交換条件として、そのカカオで作ったチョコレートを分けて貰うことを希望していたので、彼女の手には最高の素材と最高の技術で作られたチョコレートがあった。
それを利用して、様々な料理本を読みながら快人へ贈るチョコレートを作ろうとして、リリウッドはとても重要なことを思い出し、現在苦悩していた。
『……困りました……やはり……『味が分かりません』……』
そう、リリウッドは世界樹の精霊であり、性質的には木に近い。
彼女に必要なのは少量の水と光だけで、リリウッド自身なにかを食べるということを、今までほぼしたことが無い。食べられないわけではないのだが、わざわざ食べる意味も無かったので、食事自体をしないまま数万年生きてきた。
その為、いざ完成したチョコレートを味見してみても……彼女には、味の良し悪しが全く分からなかった。
このチョコレートが果して美味しいのか、リリウッドには判断できない。
『む、むむ……甘い……というのはこの味のことなのでしょうか? レシピは間違ってないはずですが、やはり不安ですね』
己の感覚に自信が持てず、リリウッドは腕を組んで考える。
しばらくどうするか考えを巡らせ、ふと何かを思い付き、リリウッドは完成したチョコレートと材料をいくつか持ち、転移魔法の術式を浮かべた。
「……味が……分からない?」
『ええ、なので、チョコレートがまともな味かどうか判断できず、困っております。可能ならば、助力を願いたいのですが……』
「……うん……任せて……私が……協力する」
『助かります。アイシス』
悩んだ末、リリウッドは仲のいいアイシスを頼ることにして、彼女の居城を訪れた。
出迎えてくれたアイシスは、フリルの沢山付いた可愛らしいエプロンを身に付けており、丁度リリウッドと同じようにチョコレート作りをしているみたいだった。
リリウッドに頼られることが嬉しいのか、アイシスはどこか楽しそうな笑顔でリリウッドの願いを了承し、キッチンへと案内する。
しかし、その前……キッチンに続く広間で、リリウッドは妙なものを見つけた。
『……アイシス。あそこにある、大きな金属はなんですか?』
「……ん? ……チョコレートの型……だよ?」
『……私の目がおかしくなっていないのであれば、アレはメギドより大きいと思うのですが……』
「……うん」
十メートルを超える体躯のメギドよりも大きいチョコレートの型……リリウッドが不思議そうに尋ねるが、アイシスは当り前のように頷く。
『……なぜ、あんなに大きな型を用意しているのですか?』
「……これ……」
『本、ですね? なになに……『チョコレートの大きさは愛の大きさ、彼氏のために大きなハートを作っちゃおう』……』
アイシスが手渡してきた本は、人界で発行されているバレンタイン特集の雑誌らしく、そこには大きなハート型チョコレートの作り方が掲載されていた。
しかしあくまで掲載されているのは、大きいとは言っても常識的なサイズだ……並の一軒家より大きなチョコレートなど載ってはいない。
「……私の……カイトへの愛は……この程度じゃ……全然……足りない。……でも……これ以上大きくすると……城に入らないから……妥協……した」
『いえ、止めましょう……こんな化け物みたいなサイズのチョコレートなんて、食べられませんからね』
「……え? ……でも……試作品あげた……シャルティアは……喜んで……全部食べたよ?」
『いや、シャルティアとカイトさんと同列に考えてはいけません。カイトさんは普通の人間ですからね』
どうやらアイシスは事前に試作品を作り、アリスに味見させたらしいが……そこは食べた物を即座に魔力に変換し、いくらでも食べられるアリスであり、問題無く完食した。
しかし、快人の胃袋は普通の人間のそれであり……自分の体の何倍もあるチョコレートなど食べ切れるわけがない。
「……で、でも……小さくすると……愛が……足りなくなる」
『カイトさんは優しい方ですから、アイシスがこれを贈ると……たぶん苦しくても食べようとすると思います。アイシスは、カイトさんが苦しい思いをしてもいいんですか?』
「それは嫌だ!?」
『は、早いですね……ええ、でしたら、常識的なサイズにしましょう。愛は、味で表現すれば良いですから……』
「……うん……分かった」
リリウッドのお陰で、超大型チョコレートを快人に贈る計画は無事に中止になり、改めてアイシスとリリウッドはチョコレートを作り始める。
リリウッドの方は、チョコレート自体は既に完成しているが、これはアリスが製作した物なので色々アレンジを加えようと思っている。
『……私らしくとなると、どうすればいいでしょうか?』
「……ドライフルーツチョコレートにすれば……いいと思う……リリウッドらしさ……ある」
『なるほど、参考になります。それにしても、アイシス。手際がいいですね』
「……カイトに……美味しいチョコレート……食べてもらいたいから……半年前から……練習してた」
『凄いですね……お恥ずかしながら、私は料理の経験自体が殆どありませんので、その辺りもご教授いただけると助かります』
「……うん……任せて」
健気なアイシスは、バレンタインを見越してチョコレート作りの練習をしていたらしく、非常に手際よく作業を進めており、リリウッドも感心していた。
そしてアイシスの指導を受けながら、リリウッドもチョコレート作りを進めていく。
『本当に助かりました。アイシスのお陰で、無事完成しました』
「……うん」
無事チョコレートを作り終えたリリウッドは、穏やかに笑みを浮かべてお礼の言葉を告げる、
その言葉を聞いて嬉しそうに頷いた後、アイシスは空間魔法を使用し、綺麗に包装された瓶を取り出す。
「……リリウッド……これ」
『……これは?』
「……一日……早いけど……バレンタインは……大好きな友達にも……贈るって聞いたから……リリウッドに」
『……アイシス。ありがとうございます』
「……うん……リリウッドは……食事しないから……甘めの水に……してみた」
アイシスから受け取った瓶を、リリウッドは嬉しそうに見つめる。
『……安心しました。用意していたのは、私だけでは無かったのですね』
「……え?」
『では、こちらは私からです』
「……あっ……チョコレート……」
『拙い出来で申し訳ないですが、私も友である貴女へ』
「……ありがとう……嬉しい」
リリウッドがお返しとばかりに差し出してきたチョコレートを受け取り、アイシスは花が咲くような笑顔を浮かべる。
互いに想い合う気持ちは一緒だったと、そんな幸せな感覚を味わいながら、二人はしばらくの間笑いながら雑談を交わす。
互いにあえて『家族』ではなく『友達』と表現したのは、互いに特別な存在という証明……だったのかもしれない。
キマシ(ry