フェイトさんの悪い癖が出てしまった
ハイドラ王国に来て三日目。まだ日の昇り切っていない街をある場所を目指して歩いていた。
特に義務という訳でもなんでもないし、今日も居るとは限らないが、昨日話相手になってくれと言われたので、おじいさんと会った場所にやってきていた。
ま、まぁ、押し切られた感じだったとはいえ、了承してしまった訳だし、それほど頻繁にハイドラ王国に来る訳でもないだろうから、居る内は出来るだけ訪ねよう。
「うん? おぉ、昨日のお若い方じゃないか!」
「あっ、おはようございます」
「おぉ、おはよう。どうしたんじゃ? 今日もワシの話を聞きに来たのかい?」
「え、えぇ、まぁ……」
「おお、そうじゃ! 聞いたかい? なんでも昨日事件があったらしいぞ」
相変わらずのマシンガントーク……こちらの返答を待つまでもなく話が切り替わっていってる。
というかその事件って、昨日の襲撃だよね? その場にいました。
「勇者様を狙う等、ふざけた行為じゃのぅ」
「そ、そうですね」
「うむ! まったく困ったものじゃ……お陰でワシも大変……おほん、この国の議員達は今頃大変じゃろうて」
「え? そうなんですか?」
どうもこのおじいさんは結構物知りというか、情報通で昨日の事件についても、かなりしっかり把握しているみたいだ。
「この街で襲われたという事実がいかんのぅ~警備体制も見直さねばならんじゃろうし、なによりその襲撃犯は現在この国で捕らえておるからのぅ、この国で処罰する事になるが……生半可な刑では納得せんじゃろうて」
「……」
「なんでも噂では、運命神様の機嫌がとにかく悪いらしく……国王も頭を抱えているらしいぞ」
「そ、そうなんですか……」
……フェイトさん。ちょっと、次に会った時それとなくフォローを入れておこう。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、おじいさんは大きなため息を吐いていた……う~ん。もしかしてこのおじいさん、実は議員の一人だったりするんじゃないだろうか?
それなら色々と情報に詳しいのも納得できる。
「国としての面子の問題もあるしのぅ……本当に困ったものじゃ」
「た、大変なんですね」
「本当にのぅ……適当に処理しては、喧しい他国の王に文句を言われるし……」
「うん?」
「ああ、いや、なんでもないぞ。国同士の面子もあるから、国王も議員も大変じゃろうなぁとそう思っただけじゃよ」
「は、はぁ……」
なにやら少し引っかかる言い方だったが……やっぱり、このおじいさんは議員なんじゃないかと思う。
だけどおじいさんとしてはそれを隠しておきたいみたいだ。だとしたら変に聞くのも悪いし、気付かない事にしておこう。
「そうなんですか、国王陛下や議員さんも国を預かる身として大変なんですね」
「おぉ! 分かってくれるか! お若いの……本当に大変で……ごほん。い、いや、大変じゃと思うぞ」
「……」
もうちょっと上手く隠してくれませんかねぇ……リアクションに困るから……
「そ、そもそもアレじゃ、勇者様を襲うなどけしからんという事じゃ……全く、ワシがその場におれば『へし折って』やったものを……」
へし折るってなにを!? いや、なんとなくは分かるけど、想像したくない。おじいさんって結構戦闘派だったりするのかな? この世界の人達は見かけによらないから、こんな見た目でも凄く強いのかもしれない。
っと、そんな事を考えているとおじいさんは立ち上がり、くるくると釣り竿を回して糸を巻く。
「おっと、すまんのぅお若い方。ワシは少し用事があるので、これで失礼するぞ」
「あ、はい。忙しい所すみません」
「いやいや、中々楽しかったぞ……しかし、昨日の今日で律義にやって来るとは、お前さん中々どうして、良い男じゃのぅ」
「は、はぁ……」
「線は細いが面構えも良い。おなごが放っておらんじゃろうて、ははは!」
相変わらず絶好調のトークスキル……今自分で話を切り上げようとしたのに、もう既に別の話題になってる。
「ではな、また会おう!」
「あ、はい。おじいさんも頑張ってください」
「うむ! あぁ、そうじゃ……今日の13時から、議院前で勇者様の演説があるらしいぞ。暇なら見に行ってみれば良い」
そう言って豪快に笑いながら、おじいさんは力強い足取りで去っていった。うん。やっぱり結構強そうな気がする……少なくとも俺よりは強そうだ。
しかし、光永君の演説か……折角だし、見に行ってみよう。
おじいさんとの会話を終え、光永君の演説を観に行く事に決めた訳だが、まだ時刻は早朝……先ずは朝食をと考えて宿に戻ってきた。
そして自分の部屋に向かうと、何故か俺の部屋の前にハートさんがいた。
「……ハートさん?」
「ッ!? ミヤマ様! よかった……申し訳ありませんが、私と一緒に来て下さい!」
「ど、どうしたんですか? 急に……」
冷静なイメージがあったハートさんは、何故か非常に慌てており、俺の姿を見つけると駆け寄ってきて一緒に来てくれと告げる。
なんだろう? 本当に焦ってるみたいだけど……神族であるハートさんが焦る事態? しかも、俺に一緒に来てほしいと告げるって、一体……
「う、運命神様が大変なんです!」
「え? フェイトさんが!?」
「は、はい……ともかく来て下さい!」
「わ、分かりました」
ハートさんが告げたフェイトさんが大変という言葉を聞き、俺の心の中の混乱はより大きくなる。
フェイトさんが大変だという事態が全く思いつかない……なにせフェイトさんは世界でも屈指の実力者であり、俺の助けが必要なんて事態になるとも思えない。
今回はちゃんと仕事をしてるみたいだし、クロノアさんがやってきたという訳でもないだろうし、俺に変な接触をしてきたという訳でもないからクロにお仕置きされていると言う訳でもないだろう。
状況が分からず混乱しながらも、ハートさんが展開した転移魔法で即座に移動した。
そして、連れてこられた訳だが……着いてすぐ、ハートさんがなにを大変と言っていたのか理解する事が出来た。
「う、運命神様……もう少し我慢を……」
「いやだあぁぁぁ! もう私はいっぱい働いた!! 今日はここから一歩も動かないぃぃぃ!!」
「……」
現在俺の目の前には、オロオロと困った表情を浮かべているシアさんと、亀のように布団を被り丸くなってるフェイトさんがいた。
あぁ、成程……つまり、そういう事か……
「私真面目にやったじゃん! 昨日で終わる筈だったじゃん!!」
「そ、それはそうですが……トラブルがあったので……」
「もういやだあぁぁぁぁ! 働きたくない! 働きたくない!!」
「……」
どうやらここ二日真面目に働いていたけど、ついにフェイトさんのサボり魔のスイッチがONになったらしく、今朝になって仕事をしたくないと騒ぎ始めたらしい。
ハートさんに事情を聞くと、昨日の襲撃事件の影響で本来二日で終わる筈の議会が終わらず、今日まで繰り越しになってしまったのが不満らしい。
「……と、という訳です。ミヤマ様、どうかお力を貸して下さい。私達では、ああなった運命神様はどうする事も出来なくて……」
「わ、分かりました……やるだけやってみます」
ハートさんが俺をここに連れてきたのは、なんとかフェイトさんを説得して欲しいということらしい。
ハッキリ言ってそれはかなり難易度が高そうだが、ハートさんとシアさんの言葉には全く耳を傾けてくれないらしい。
シロさんに頼めば一発だとは思うが……強制的な命令とも言えるそれは、最後の手段にして、まずは説得をしてみる事にしよう。
拝啓、母さん、父さん――いや、実際普段の様子から考えるとかなり頑張った方なんじゃないかと思う。そして何となくではあるが、もしかしたらこんな事になるんじゃないかとも思っていた。まぁ、一言でいうと――フェイトさんの悪い癖が出てしまった。
二日我慢して駄々っ子化した女神……最高神です。