21冊目「リーゼさんレイドメンバーを選ぶ」
「うーす、〈西風の旅団〉から、データ送られてきたぞー」
「オーダーは?」
「パーティ1、『ソウジロウ、武士』『ナズナ、神祇官』。
パーティ2、『紫陽花、召喚術師』。
パーティ3、『イサミ=シマザキ、武士』『チカ、盗剣士』。
パーティ4、『ウィル、吟遊詩人』。
……お嬢はどう見る?」
「パーティ1はタンクパーティですわね。向こうのメインタンクとメインヒーラーの連携が中核。うちがミロードを出すならサブ、出さないならメインにできる。パーティ3は、メレーアタック寄りですけれど、サブタンクもあり。パーティ2、パーティ4はレイド支援の中核になる2人を入れるだけにして、こちらのパーティ編成の自由度を担保している。それなりにこちらに配慮した編成ですわね」
「坊主は?」
「これ、全員、クリスマスの「喧嘩」のときのパーティメンバーっすね。ま、一緒に戦って仲直り、っていう意図なんでしょう。ってことは、こっちも、あの馬鹿たちは出さないといけないってわけだ」
「上等だ」
二者二様の答えに、〈D.D.D〉の倉庫番担当、リチョウは鼻を鳴らす。
二人の回答は概ね正解。次のクエスト攻略のパーティを編成する上では、十分な理解だろう。
それも含めて、このオーダーの作成者の意図の範囲内なのだろうが。すまし顔でこの一覧を書き付けたであろう相手の顔を想像して、リチョウはもう一度、鼻を鳴らした。
彼の前、ギルドキャッスルの一室に腰掛けているのは、ギルドの教導部隊の隊長、〈妖術師〉リーゼと、彼女の副官を務める〈武士〉ユタだ。
先ほどの情報は、教導演習とは関係のない、先に控えた〈西風の旅団〉と〈D.D.D〉による合同大規模戦闘クエスト攻略についてのものだった。
今回は特別にそのレイド編成を、二人はギルドマスターのクラスティから任されている。
「うーし、それじゃあ気合入れてちゃっちゃと片付けちゃいましょう!」
「いつものノリが漏れてるぞ、お嬢サマ」
「……っ。別にいいでしょ! このメンバーならっ」
「ま、そっちが気にしないならいいけどさ」
「二人とも元気だなあオイ」
二重三重に意図の空中戦が行われているのを察知して不機嫌なリチョウと裏腹に、リーゼの機嫌は上々であった。
それもそのはず。この、高難度レイド編成の叩き台作りは、彼女のライバルである高山三佐が行うことの多い作業だったからだ。
〈エルダー・テイル〉の通常の冒険は、6名で構成されたパーティで行われる。
しかし、ある特殊で難易度の高い冒険は、6名パーティ4つ、即ち、24名の連携を前提としたものとなる。これを、大規模戦闘、レイドクエストと呼ぶ。
〈D.D.D〉は第一から第三までのレイド師団が存在し、個々に師団長が置かれて冒険をしている。通常はその範囲でメンバーを編成し、クエストを攻略することが多い。
だが、新パッチで導入された最高難度の攻略に際しては、ギルドマスター、クラスティと、レイド作戦本部長である高山三佐がギルド全体からメンバーを抽出して部隊を編成し、選抜隊でクエストに挑むのである。
だが、今回はクラスティの指示により、このメンバーの抽出が、リーゼとユタ、二人に任された。
高山三佐に競争意識を持ち、クラスティを敬愛するリーゼにとっては、空回りせんばかりに気合に溢れる事態であることは想像に難くない。
一方で、副官のユタはわざとらしいため息をついて、隊長の張り切りぶりを眺めている。
「で、どうするよ、お嬢」
「まあ、まずは優先順位の高いメンバーの確定、割り振り。ついで、バランスを見ながら残りのメンバーで穴を埋める形でしょうね」
「OK、それじゃあまず堅いのは……」
「ミロードですわね! 今回は参加するって話でしたわ」
「あとは、クリスマスの馬鹿組、ゴザル、俺会議、MAJIDE、厨二と」
「レッドさんも忘れちゃだめだと思いますよー。というか、主犯さんですよねー」
「そう。忘れてた。あの高山三佐の知り合いだっていう男の……ん?」
さらっと会話に混ざりこんでいた甘ったるい声に、一瞬遅れてリーゼが反応する。
いつの間にか、ルームには新参者が紛れ込んでいた。
大きな帽子に白いだぼだぼのローブがトレードマークのアバター、最近ギルド一部でマスコット扱いされつつある〈召喚術師〉ユズコだった。
「……げ。ユズコさん」
「ユタさん、なんかおっしゃいましたかー?」
「いや。別に……」
「それより、レイドのメンバー決めですかあ。すごいですねリーゼさん! 大役じゃないですかー」
「ふふん、まあ、教導部隊で培った経験を生かすようにというミロードの計らいでしょう」
「……お嬢、鼻伸びてるぞー」
自慢げなリーゼに、ユタが小声で言い返す。
ユズコを意識して抑え気味になった口調が、リーゼにはかえって冷静に図星を突かれたようで気まずかったらしい。彼女はことさらに語気を強めてユタへ向き直った。
「っ。鼻の下伸ばしてるアンタに言われたくないですわ!」
「ちょっと待てーい! いつ誰が誰にデレたよ!」
「ユズコさんが可愛いからって猫かぶって口数少なくなってたじゃない」
「どこをどう解釈すりゃそうなんだよっ。俺はともかくユズコさんに失礼だろうが」
「……ぅ。た、確かにちょっと品がなかったかも。ごめんなさいね、ユズコさん」
「お二人は仲がよいですねえー」
「「どこが!」」
「ほい、若人のおしゃべりはそこまでなー」
ヒートアップしかけた応酬。
だが、第三者を巻き込んで、しかも本人を前にした揶揄は言い過ぎと気づいたのか、リーゼもしぶしぶ矛を収める。
ようやく落ち着いたところで、ユズコが改めてリーゼへと問いかけた。
「と、そうでした! リーゼさん、レイドのメンバーって、どう選ぶのですー? 24人決めるって大変ですよね?」
「まあ、大変に違いはありませんが、押さえるべきポイントを考えると、意外と選択肢は限られるものですわ。お知りになりたい?」
「ぜひぜひ! お願いしますー」
質問に、リーゼの声のトーンがすぐさま落ち着きを取り戻す。
教導部隊長の立場がそうさせるのか、誰かにものを聞かれると、懇切丁寧に教えようとするのがリーゼにとってはほとんど癖のようになっていた。
「ユズコさん、あなたが未知のゾーンを攻略するとき、4人でパーティを組むとしたら、戦士職、魔法攻撃職、武器攻撃職をどう配置します? ただし、全員が、十分に自己回復スキルを取得しているものと仮定します」
「と、突然ですねえ」
「後で説明しますわ。お答えになって」
「……うーん、回復職なしですかあ。戦士職、魔法攻撃職、武器攻撃職一人ずつは確定として……攻撃職を足す方が殲滅速度は上がるかもしれないけど……未知のゾーンだと戦士職一人じゃ分断されたり変な特殊能力で無力化されるのが怖いですねー」
言葉を選びながら、ユズコが逡巡する。
黙り込んだりせず、過程を相手にわかるように口にしながら思考するのは、実のところ、それなりの意識的な訓練を要する。心中で、リーゼは目の前の少女の評価を1段階上げた。
口にした過程そのものも、特別優れたわけではないが、要点は外さない堅実なものだ。
敵の注意を引き付ける挑発特技と、高い防御性能でエネミーの攻撃を受け止め、味方を支える戦士職の存在は、〈エルダー・テイル〉の戦闘において生命線とも言える。それを重視する判断も、妥当である。
「戦士職2人に、魔法攻撃職、武器攻撃職が一人ずつ、かなー」
「いい回答ですわね。そう、それが、レイドメンバー選出の際にも、基本的な考え方になりますわ」
「ふえ?」
回答内容も必要十分。
このぼんやりとした少女を高山三佐がレイド作戦本部の見習いとして登用した理由が、リーゼには最初理解できなかったが、それなりの意味があってのことだったのだろう。
きょとんとする教えがいのありそうな生徒に、リーゼは講義の真似事をすることにした。
「レイドの構成メンバーは、24人。これは、6人パーティ4つと言い換えられます。ここまでは問題ありませんね?」
「はいー。レイドでもパーティは組むんで……ぁれ? パーティ、4つ?」
ユズコの頭の中で、先ほどリーゼに聞かれた脈絡のない質問の内容が繰り返される。
4人で未知のゾーンを攻略するとしたら――戦士職2人と、武器攻撃職1人、魔法攻撃職1人。
レイドとは、4パーティで攻略するものである。――即ち。
戦士職のような耐久力を持つパーティ2つと、武器攻撃力の高いパーティ1つ、魔法攻撃力の高いパーティ1つを、構成すればいいということ。
「……戦士パーティ2つと、武器攻撃パーティ、魔法攻撃パーティが、レイドの基本……ということですかー?」
「ご名答。要求水準を十分に満たす反応! ばっちぐーですわっ」
上機嫌な声で、リーゼが賞賛する。ぐっじょぶ! と言わんばかりに親指を立てるアバターのエモーションムーブが、令嬢めいた口調とミスマッチで、ユズコは思わず吹き出した。
「えへへ、ありがとうございますー」
「ともあれ、今ユズコさんが仰ったとおりの構成が、レイドのパーティのスタンダードな形というわけですわね」
「メイン盾パーティ、サブ盾パーティ、物理火力パーティ、魔法火力パーティ、なんて言ったりするな」
「なるほどー。これが、さっき言ってた「押さえるべきポイント」なのですねー」
「そういうことです。それぞれのパーティには、その役割を果たすためのメンバー選抜のセオリーがありますから、そのラインを守れば、最低限のメンバー構成はできるってわけですわね」
「メイン盾パーティなら、戦士職を中心に何種類かの回復職で囲む、サブ盾パーティなら、機動性の高いメンバーを選ぶ、火力パーティには、その性質にあった戦士職、回復職を1人ずつ配置する、って具合だな。まあ、敵次第、あと何より、日程調整の都合で、当然臨機応変に組み変えるわけだ」
「時間は一番大事なリソースですからねえ。リアル大事、ですー」
結局のところ、〈D.D.D〉の強みはここにある。
1人用のウォーシュミレーションゲームと違い、レイドのメンバーは一人ひとりが、それぞれの都合と現実世界での生活を持つ生身の人間である。
データ上の最適解の編成があろうと、その日都合や体調が悪ければ、当然パーティから外さざるを得ない。中小規模のギルドであれば、それだけで作戦が取りやめになることも多い。
だが、総数1,000名を軽く超える超巨大ギルド、〈D.D.D〉の層の厚さをもってすれば、人員不足による作戦の取りやめはまず懸念せずにすむ。
これが〈D.D.D〉を大規模戦闘クエストの攻略ランク上位に押し上げている理由のひとつだった。
「そうすると、ユタさんとリーゼさんは、魔法火力パーティですかー?」
「ふふん、違いますわ、ユズコさん」
リーゼの声色が1オクターブ上がる。
髪をかきあげる素振りを幻視しそうな自信満々の口調で、彼女はユズコに答えた。
「今回の私の立ち位置は、レイド作戦本部の作戦立案担当にして、〈戦闘哨戒班〉付き」
「……マジか? 初耳だぞ。それって……」
「そう。高山三佐のポジションですわっ!」
「旦那め、そうきやがったかあ……」
「おおー、すごいです!」
三者三様の反応を尻目に、リーゼはアバターに胸を張らせて宣言する。
「このチャンス、必ずものにしてみせますわ! 〈三羽烏〉の名にかけてっ!」
「不安だ。不安しかねぇ……」
「なんか言った?」
「……なんでも」
「やっぱりお二人は仲がいいですねえ」
「「どこがーっ!」」