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12冊目「三羽烏さんたちカードを配る」

 

 

「今日のシール獲得者はアザゼル、杜若、レタス次郎。ずいぶん壁役(タンク)以外にも目が向いてきましたね。視界の広さは大規模戦闘の大事なポイントですよ」

「あざーっす! やったぜー! 三佐さんカード2枚目っ!」

「あ、ありがとうございますっ。嬉しいですっ」

「ンだとー!? 今回全員後援職じゃんっ! 三佐さん前衛評価厳しくね?」

 

 大規模オンラインRPG、〈エルダー・テイル〉。

 この、剣と魔法の本格ファンタジーゲームにおいて、日本サーバー最大の規模を誇る集団(ギルド)が、〈D.D.D〉である。

 その巨大ギルドの一団が、モンスターを殲滅しきったフィールドでミーティングを行っていた。


「はいはい、山ちゃんほど人気ないかもだけど、こっちも山ちゃん手描きの絵つきなんだから我慢するの。ダルタニアン、鉄砲お百合、ICE-0、ユズコ、狐尾九ー。配るからこっち来るー」

「うわーい、ありがとうございますー」

「黒の姉さんの評価基準、いまいちわかンねェなあ……」

「キルカウントも関係ないし、地味な動きのヤツらが多いし、クラスも傾向ないもんね」

「くっそー、三佐さんも黒巫女のカードも逃したかっ。あとはリーゼ様に希望をかけるのみっ!」

「こほん。私の方からは、ぎゅうひ丸、エスカベッシュ、キリヒト、杏花に。前回の注意点をきちんと克服していました。その姿勢は私も見習わないといけませんわね」

「リーゼさんのが一番わかりやすいかなー。普通に努力してればもらえるし」

「にしたってよく覚えてるよな、お嬢様も。酢漬け(エスカ)の前回の注意点って、細かいタゲの取りこぼしだろ? 本人とパーティしか覚えてないと思ったけど」


 教導部隊の演習で定期的に行われるようになった、成長目覚しい新人へのごほうび(シール)配布。

 人だかりの中心にいるのは、通称「三羽烏」と呼ばれる、〈D.D.D〉の中核メンバーだ。

 いずれもがギルドの看板娘と言っても過言ではない、3人の女性プレイヤーだった。

 彼女らを囲む人垣の盛況ぶりを、2人の男性プレイヤーが遠巻きに見ていた。

 教導部隊の副隊長の青年〈武士〉ユタと、ギルドの古参プレイヤーである〈武闘家〉リチョウである。

 

「反応上々っすね、がんばりましたカード」

「ある程度の年齢になりゃあ褒められる機会は減る。おまけにそいつが、誰もが一目置く姉貴分らからの言葉で、しかも形に残るとくりゃあ、なあ」

「……姐御は当然として、三佐さんやお嬢にもそんな意図はないんでしょうけど。うまくキャラや性別とかみ合った感じっすね。オレやリチョウさんが野郎共に配ってもあそこまでの反響はないだろうし」


 どこか言葉を選ぶような、ぎこちないユタの口ぶり。

 その背景にある事情に思い当たって、リチョウは小さく笑った。


「オマエさんには複雑な心境かい? 女嫌い」

「まさか。俺が嫌いなのは、色仕掛けで人をいいようにする悪女っすよ。これは、たまたま女であることがうまく作用しただけ。そこまで否定してちゃ、キリがないっす」


 リチョウにはまるで、青年の言葉が自分自身に言い聞かせているもののように感じられた。

 〈D.D.D〉新人育成部隊の副隊長、ユタ。

 初めて所属したギルドが、悪女に振り回されて解散に追い込まれたという経験を持つ青年。

 ある程度の齢を重ねた身ならば、「ひっどい女に会ってさあ」とでも笑い話にもできたかもしれない。

 けれど、まだ若い彼にとっては、女性全体に対する苦手意識を植え付けるに充分な出来事だったのだろう。

 女性プレイヤーに対して一線を引こうとする姿勢は、比較的女性比率の多いギルドである〈D.D.D〉に入団してからも全く変わらなかった。

 少なくとも、ある少女がこのギルドへと転がり込んでくるまでは。


「……で、どうよ、最近のお嬢は」

「悪くないんじゃないっすかね。最近はテンパリ具合も落ち着いてきたし。周りで新人が慌ててたら、かえって落ち着かざるを得ないってだけかもしれませんけど。ま、順調に「教導部隊」はその効果を果たしてるってわけっすね」

「というと?」

「この新人育成部隊……教導部隊の目的は、うちに入りたてのメンバーに大規模戦闘の兵士としてのイロハを教導すること……だけじゃない。むしろ、貴重な大規模戦闘の「指揮官」、具体的にはお嬢をこそ教導することだ。違うっすか?」


 淡々と口にする青年の言葉を聞きながら、リチョウは口笛を吹く。

 それを肯定ととったか、ユタはなおも独り言のように静かに言葉を続けていく。


あの人(クラスティ)の考えそうなことっすね。だから、男が苦手なアイツの副官に俺をつけたんでしょう? 苦手な男の克服の手始めに、女と距離をとりがちな俺ならちょうどいいってわけだ」

「不服かい?」

「別にそういう訳じゃないっすよ。誰も不幸になってないっすし。目論見どおりうまくいってるのが少し腹立たしいだけっす。なんか、手のひらの上って感じで」

「……聞き分けいいなあオマエさん。その年で苦労人オーラだしてどうするよ」

「ほっといてください。貧乏くじ具合でリチョウの旦那にどうこう言われたかないっすよ」

「はっはっは、そいつあごもっともだなあ」


 笑い飛ばしながら、リチョウは改めて、ユタの考察の内容に思考を巡らせる。

 クラスティは必要以上に自分の考えを他人に漏らさないが、ユタの言葉は、おおむねリチョウの想像するクラスティの意図とも一致するものだった。

 完成した指導役が後進を育てる「教育」ではなく、不完全な指導役が後進とともに育っていく「共育」の機関たること。それを狙って、三羽烏の最若手である〈妖術師〉リーゼと、ユタの若手2人が教導部隊の隊長格に任ぜられた。

 ユタの予測とほぼ同様に、リチョウも考えている。

 ただ、一点を除いては。


(……オマエさんが副官なのは、お嬢が男に慣れるための添え物ってだけじゃないと思うがなあ)


 だが、きっとその結論に辿り着くためには、(ユタ)は自分への評価が低すぎるのだろう。

 だから、リチョウは敢えてその話題を中断した。


「ほら、お嬢が動きだしたぞ、配布が始まるみたいだぜ。仕切り、手伝ってやらなくていいのか?」

「っと、こら、お嬢っ、人が押し寄せたくらいでテンパンな! きちんと並ばせないと混乱するだろうがーっ! ほら、そこ、レベル順に並べ! あとゴザルテメェどさくさに紛れて忍び込むなーっ!」

 

 ユタが新人たちを整列させ、三羽烏からメンバーの一部へと〈メッセージカード〉が配布される。

 〈メッセージカード〉は〈筆写師〉のサブクラスを持つキャラクターが作ることができる製作級アイテムで、短い任意のメッセージを書き込むことができる手紙のようなものだ。

 ゲーム内機能でプレイヤーは誰もが簡単なメッセージの送信は可能だが、アイテムの形で受け渡しができることで、記念日の贈り物などとして人気のある製作級アイテムである。

 〈D.D.D〉の三羽烏から配布されているこの〈メッセージカード〉には、発行者と発行日、シリアルナンバー、そしてサイトのアドレスが記載されている。

 このカード自体がギルド保管のアイテムや大規模戦闘(レイド)参加の優先権等との交換券であるのと同時に、カードに記載されたアドレスを開くと、ギルドサイトにアップされた三羽烏の筆頭役、高山三佐手描きのイラストを見ることができるのだ。

 これが、スタッフ会議での高山三佐の提案を元にした「がんばりましたカード」システムであった。

 イラストはアドレスを公開する者がいればカード取得者以外でも見ることができるが、この形に残るわかりやすい「ごほうび」は新人メンバーにおおいに受けた。


「うわ、今回のイラストは三人ともエプロンでありますとぉぉぉっ!?」

「だ、誰だよ三佐さんにそんな勇気あるリクエストしやがった大バカ野郎は!」

「くっそ最低なバカ野郎だないいぞもっとやれ! むしろ敬礼っ!!」

「え? 山ちゃんそんなの描いたの!? マジ?」

「な、何ですって高山三佐、私も……な、なんですかこのひらひらでふわふわなエプロン!」

「……ゴザル。先輩とリーゼさんに見せていなかったのですか? データを渡したときに、事前にお二人から意見を聞いておいてほしいと伝えたはずですが」

「えへ。ちょいと拙者テスト前でどたばたしてて、アップしたの直前でゴザって」

「ユタ、本当ですか?」

「誠に遺憾ながら、テスト期間だったのは本当っすけど……」

「……そうですか。なら、今回はやむを得ませんが」

(か、確信犯だこの野郎……)

(汚いさすが忍者(ゴザル)汚いっ)

(だがそれがいい。むしろいい)

(ゴザル先輩、ついていくでやんすよ!)

 

 配布を終えてから、喧騒がしずまるまで一呼吸。

 三羽烏の最若手、リーゼは皆の視線を集めるように、こほん、と一つ咳払いをした。


「それで、皆さん。今ひとつこのカードの趣旨が浸透していないようなので、改めて説明させていただきますわ。このカードは、単に集めるためのものではなくて、 実際に使用できるものです。ギルド共有のアイテムとの交換、大規模戦闘への優先度への変換、大規模戦闘功績点(ドラゴンキラーポイント)との変換が、現在可能ですわ。ぜひ有効に使ってくださいませ」


 その言葉に反応して、微妙な沈黙が周囲を支配する。


「……ね、山ちゃん。りっちゃんどうしたんだろ、今更。ギルドサイトにも、カードにも書いてるじゃない」

「いや、それはそうなのですが……」


 先輩格の〈神祇官〉に言われて、高山三佐が言いよどむ。


「……何故かわかりませんが、カードの使用率が非常に低いようなのです。集めるだけでは代理貨幣(トークン)としての意味が半減するので、強化子(ごほうび)としての効果が低くなってしまうと思うのですが」

「そうなのです。もっと使い道を広報していく必要があるかもしれませんわ。高山さんに負担をかけての制度というのはアレですが、せっかく御主人様(ミロード)が承認してくださったんのですもの。結果を出さないと!」

「……山ちゃん、りっちゃん、それ、本気で言ってるのかい?」

「その、申し訳ありません。どこが冗談に聞こえるのか、わかりかねるのですが、先輩」

「お恥ずかしいですが、私にもわからないです。教えていただけないでしょうか、お姉様」


 疲れたように呟く〈神祇官〉に対して、心底訳が分からないとばかりに、高山三佐とリーゼは首をかしげた。

 

(……この人ら本ッ当に、自分が人気あるって自覚ないのな……)

(手渡しでもらったカード、使えるはずねーだろうがー!!)

(OK、野郎どもっ、今日の絵チャお題は「三佐さんとリーゼさんがおろおろしてます」だっ)

(三羽烏ファンクラブ、絵師(ウキヨエ)部隊が早速アップを始めたようでありまするよ!)

(三佐さんが絵ぇ描くってわかってから、絵師組の動きがマッハでヤバイからなあ……)


 周囲の妙な盛り上がりと、中心にいる3人のあまりの温度差。

 それを端から見ている男性スタッフ2人は、改めて盛大なため息をついた。


「ライバル視してる癖に天然なトコは三佐さんとそっくりっすよね、お嬢のヤツ」

「……まあ、アレだな。今日もうちらは平常運転ってことだ」

「これが天下の〈D.D.D〉の訓練風景だって、他ギルドが知ったらどう思うっすかね」

「はっはっは、銀剣のセッチュ坊(シルバー・ソード)あたりに見せたいかも知れないなあ。愉快な反応してくれそうだ」


 厳格な規律により一糸乱れぬ連携を誇るとされる、日本サーバ最大の戦闘系ギルド、〈D.D.D〉。

 しかし、その規律と連携とやらは、笑うべきか泣くべきか、マジメ過ぎる娘さんたちの努力と、それを微笑ましく見守る野次馬共の煩悩、そして苦労人の男性スタッフによる気遣いによって少なからず支えられているのであった。

 

 

◇ アイテム紹介 ◇

 

がんばりましたカード


 サブクラス〈筆写師〉が低レベルから作成できる制作級アイテム〈メッセージカード〉に、ギルド名、シリアルナンバー、発行者と「がんばりました」のメッセージと、高山三佐特製イラストへのリンクアドレスが書かれたもの。

 年に数回、三羽烏のみなさんから成長目覚ましい新人メンバーに配られる。

 コレクター多し。だが、当然強奪やトレードのようなはしたない真似はせず、実力で勝ち取るのが親衛隊たちの嗜み。

 本当はカードをギルドに返却することで様々なサービスが受けられるクーポン券の機能もあるのだが、そのような使い方をするメンバーはあんまりいないらしい。

 

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