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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第三章 再来の王都

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第三章17 『傲岸不遜なる演説』


 緊迫感のみなぎる広間に投げ込まれた爆弾のような発言。
 火薬庫で火遊びするも同然の言葉に、誰もが息を呑んで事態を見守る。もはやその失言を誰が口にしたのかは問題ではない。問題なのは、それによってどんな事態が引き起こされるか、だ。
 固唾を呑み、全員の注視がますます中央のプリシラへと向けられる。それら畏怖まじりの視線を全身に浴びながら、プリシラは声がした方へちらと目を向け、

「くだらん上につまらん芸のない罵声じゃ。妾に嫉妬する低俗の羨望なぞ、聞き慣れ過ぎて子守唄代わりにもならん」

 停滞が支配しかけた広間を、プリシラは心の底から退屈げな声で躊躇なく割った。
 その声音には周囲の不安を慮り、そこに配慮したような気配は微塵もない。心底純粋に、今の傲慢な台詞こそが彼女の内心の全てであると誰しもに伝わる。

 いっそ清々しい傲岸不遜な佇まいに、スバルは彼女もまたクルシュとは別の意味で凡人とは一線を画す次元に立つ身であるのだとしみじみ感じさせられる。
 先ほどの一言は周囲の反応からして、罵倒や侮蔑に近い扱いの単語だったのだろう。
 『血色の花嫁』とは穏やかでない呼び名だが、否定されることもなかったそれがどんな意味を持つ単語なのか、それを問い質すより前に、

「では改めまして、従者含めてお名前をお聞かせ願えますかな」

 場の空気が悪くなるより早く本題を投げ込むあたり、マイクロトフの場数を踏んだ老練さが見える。自分よりはるかに年少の相手に対し、装いに感じない敬意を払った態度をとれることもまたそうだ。
 国のトップの座席に座っているわりに、ぐいぐい引っ張るより周りに気遣い過多な方向に思考を使えるタイプらしい。いささか不憫ポジションっぽいが。

 マイクロトフのその穏便な振舞いの意味がわからないわけではないのだろう。プリシラもまた、先の無礼な一言など忘れたように素直に頷き、

「よいじゃろう。先の短い老骨の、その残り少ない時間を削るのも酷といえる。妾の寛大な心に感謝するがいい」

 いらない一言を付け加えつつ、彼女はさらに居丈高に豊かな胸を張り、

「これより名乗る、妾の名を今生の終わりまで忘れず刻みつけておけ。妾の名はプリシラ――プリシラ。あー、プリシラ……はて、今はなんじゃったか」

 威勢よく走り出したかと思えば、ボケ老人みたいな引っかかり方をした。
 思わず前のめりに突っ込みそうになったスバルだが、かろうじて周囲のシリアスな雰囲気を尊重してギリギリで堪える。とはいえ、プリシラの発言によって場の空気が微妙な温さになったのは間違いない。
 彼女は幾度か首をひねり、それから隣に立つアルを見上げてその横腹を突き、

「こら、アル。妾が困っておるぞ、早く助力せい」

「いや、まさかスタート地点で転ばれるとは思わねぇからオレも驚いてんだよ。自分の紹介ターンをドキドキして待ってたオレの高鳴りをどうしてくれんだ」

「貴様の胸の高鳴りなぞ知らん。妾の意を最優先せよ、ほれ」

「超唯我独尊な! それはそれとして、まさかと思うけど家名のバーリエルが出てこねぇって話じゃねぇよな?」

「――おお、それじゃ」

 おそるおそると差し出した手をしっかり握り返され、アルは自分の主の頭の残念さに天を仰いで掌を額に当てる。その嘆きのポーズを隠しもしない従者をさて置き、プリシラは改めて前を向き、壇上の賢人会へと不敵に笑うと、

「妾はプリシラ・バーリエルである。次代の王じゃ、敬え」

 端的で、これ以上ない自己アピールであったとスバルは感じた。

 少なくとも、まともに王になりたい人間の口にする演説内容ではない。
 しかも、クルシュと違って彼女はそのあとに続ける言がないのか、もはや今の一行発言で全てを語り尽くしたとばかりに満足げだ。

 さすがにこれで話が終わるのはいくらなんでも、とスバルがさっきまでとは違う意味でハラハラしていると、

「バーリエル……というと、ライプ・バーリエル殿の?」

 疑問の声を差し込んだのはマイクロトフだ。老人は自身の白いヒゲを指で弄びながら、記憶を探り出すように目を細めて、

「ふぅむ。そういえばライプ殿の姿が見えませんが、彼は……?」

「あの好色ジジイならば、半年前に不慮の事故で重傷を負って、そのまま意識も戻らず、つい先日にぽっくり逝ったばかりじゃ」

「なんと、ライプ殿が。ふぅむ。そうなると、ライプ殿とプリシラ様のご関係は……?」

 名前の出た人物が故人であったことに痛ましげな顔をするマイクロトフ。その老人の質問にプリシラは鼻を鳴らし、

「妾にとっては亡き夫ということになるじゃろな。指先さえ触れておらんのじゃから、本当の意味で名前だけの関係ということになる」

 しん、と広間に再び静寂が落ちる。きぃんと甲高い音が遠く、耳鳴りを届けるのを感じながら、スバルは今のプリシラの言葉を反芻する。
 つまり、彼女は今、伴侶の死を退屈そうに吐き捨てたということになるが。

「姫さん、いくらなんでもその言い方だと哀れすぎねぇ?」

 さすがに聞き咎めたのか、あるいは周囲の反応の悪さのフォローをするつもりか、アルがひそやかにプリシラに耳打ちする。が、彼女はそのアルの配慮すらあっさりと切り捨て、

「事実を事実と話すのに飾る必要がどこにある。あのジジイは妾をめとり、分不相応な野心を燃やした挙句、無関係なところで無関係な事故に巻き込まれ、火種を大火にする前に勝手に燃え尽きたのじゃ。これが笑い話でないとしてなんじゃ。まぁ、命まで張ったわりには笑えん話で、つくづく無価値な老骨であったがの」

 一太刀でばっさりならまだマシな方で、プリシラは言葉の刃ですでに斬られた故人をさらに何度も滅多切りにする。顔すら知らないその人物に同情心すら芽生える始末で、その人物を知っているらしきマイクロトフなど沈痛の表情だ。
 そんなマイクロトフの表情の変化に気付いているのかいないのか、プリシラは変わらない態度のままで橙色の髪をかき上げ、

「ゆいいつ、あの老骨に意味があったとすれば、溜め込んでいた全てを妾にそのまま譲渡したことじゃな。妾とジジイは夫婦であった故、跡取りのいない……なんじゃ、そうバーリエル家は妾のものである」

 乱暴な結論を導き出し、プリシラは文句でもあるのかと周囲を見回す。
 その視線を受け、不服の感情が高まるのを感じるが、それを具体的な形にして示すものは現れない。クルシュにあれほど抗弁したリッケルトに期待がかかるところだが、彼の人物も顔に不満を浮かべながらも口を閉ざしている。
 なにか理由があるのか、それともまともに取り合ってもらえないのが端からわかっているからか、彼女の傍若無人はこのまま通されてしまいそうだ。
 と、

「ふぅむ、お話はわかりました。長年の知己故、ライプ殿の訃報には少しばかり驚くところがありましたが……プリシラ様の話は筋が通っております。バーリエル家の当主が御身であることは確かに」

「当然じゃな」

「さらに詳しいお話が聞きたいところではありますが、そちらの騎士は?」

 悠然と頷くプリシラに、マイクロトフが今度は隣に立つ従者に水を向ける。話の中心を急に譲られた形のアルは、

「あふ……あ、オレ?」

 と、明らかに欠伸を噛み殺そうとしていた声で返事して、主ともどもにマイペースの権化であることを証明してみせた。
 主従で競い合うように室内の温度を生温くさせていく二人。他の候補者と比較するとわずかばかりでも知っている関係だけに、ある意味では当事者以上にスバルの心臓に悪い展開であった。

「そう、御身です。変わった格好ですが、近衛騎士団では見ない顔……兜ですな」

「お、わかる? この兜は南のヴォラキア帝国製でさ、持ち出すのに苦労してんだよ。丈夫で長持ち、あと見た目かっこいいから重用してる」

「ヴォラキア帝国の……では、御身は近衛騎士団の所属ではなく」

「騎士なんてハイカラな呼ばれ方されるとむず痒いぜ、実際。オレはほら、あれだよ。流れの傭兵的な、そんな風来坊ってもんだぜ」

 隻腕で己を示し、アルはそのくぐもった声で素姓を堂々と暴露する。からからと笑ってみせる動きに兜がカチカチ金属音を立て、それがまた無闇矢鱈に周囲を煽る。事実、その振舞いに青筋を立てて近衛騎士陣営から声が上がり、

「なんという無礼な態度だ! 貴殿は、ここがどこだかわかっていないのか!?」
「野卑な蛮人に騎士としての振舞いを求めるのは酷なことといえ、今の態度を黙認できるというわけではない」
「そも、賢人会の皆様の前で素顔を隠しているのは何事だ。それも帝国製の兜でなどと……不敬にも程がある!」

「おーいおい、あんましギャンギャン怒るなよ。ナイーブなオレのハートがプレッシャーでズタズタになっちゃうだろ?」

 騎士たちの怒りの声に対し、あくまでアルは涼しげな態度を崩さない。
 が、彼は兜の表面を指でなぞりながら、

「ま、あんたらの意見が的外れだとは思わねぇよ。確かにお偉いさんの前で顔を隠してるなんて、不審者扱いされてもおかしくねぇし」

「貴様が不審者然としておらねば、妾の目には適わなかったぞ、アル」

「それはゾッとしねぇ話だ。とはいえ、顔を隠す無礼は許してほしいね。なにせ」

 賢人会を見上げ、アルはその兜の隙間に指を入れると、ほんのわずかだけ持ち上げて隠された顔の一部を外に見せつける。
 首下が持ち上がり、顎から鼻下までが外気にさらされ――、

「う――――」

 その痛ましい顔の傷跡に、誰かが小さくうめき声を上げたのがわかった。
 そのままアルはぐるりとモデルよろしくその場で回り、同じ状態を広間の全体に向かってアピール。自然、騎士たちの勢いも収まってしまう。

 それも当然の話だろう。
 なにせアルの顔面は見えた部分だけでも、火傷や裂傷、様々な傷跡が積み重なった歴戦が刻み込まれていた。スバルも目立つ傷跡を肌に負っているが、それらを誇張なく十倍したような傷の数々だ。

 周囲の反応が思惑通りだったのか、指を外して兜を被り直すアルは笑い、

「とまぁ、こんな感じで見苦しい顔してるわけで、こうして顔を隠して皆様と向かい合う失礼も許していただけると幸いです候」

「こちらこそ、部下が失礼をいたしました」

 適当にお茶を濁す発言をするアルに、マーコスが頭を下げて謝罪。それから彼は巌の表情を固くしながら、

「重ねて失礼をいたしますが、帝国の出身でその傷跡……もしや剣奴の経験者では」

「へぇ、さっすが騎士団長様。あの秘密主義の帝国の、その後ろ暗い部分のことなんてよくご存知だな。確かに剣奴経験者だよ。十数年ばかしのベテランだ」

 どよめきが再び広間に広がり、剣奴という単語を騎士の何人もが口の中で呟く。
 単語としては知らないものだが、字面で想像するに『剣を使う奴隷』といったところだろうか。そこから推測できる立場はおそらく、

「戦いを見世物にするような場所にいたってことか?」

「そゆこと、兄弟。ま、そんなわけで腕前と傷跡に関しちゃそのあたりで納得してもらいたいわけよ。あ、名前を名乗ってなかったわな」

 スバルの呟きに指差し確認して、それからアルはその指で己の兜を軽く叩き、

「ヴォラキアとも縁が切れて、今は流れの風来坊――アルって呼んでくれや。姫さんにうまく召し抱えられて、えっちらおっちらやらせてもらってるとこ」

 相変わらずとぼけた態度でマーコスに笑いかけるアル。
 その姿勢は主と同様、周囲にすごまれたことなど欠片も気にした様子がない。反対に先ほどまで彼を糾弾していた騎士陣営の方こそが、彼の身に刻み込まれた傷跡のすさまじさに言葉を失ってしまっている始末だった。
 片腕がないことを含めて、彼の歩いてきた道のりが平坦なものでなかったことがはっきりと周知されたからだろう。そして、

「マジ、かよ……」

 それは同じようにそれを目にしたスバルにとっても、少なくない衝撃を与える事実であった。

 今までスバルはアルのその姿に対し、直接的な言及をすることを避けてきた。それは隻腕の人物に四肢欠損の話題を振る無神経さを避けたのでもあり、いずれ直面するかもしれない自分への現実としてのそれを無意識に拒んでいたのでもあった。

 アルがスバルと同じ世界からきたというのなら、彼の身に起きた出来事はそのままスバルにとっても他人事ではない。
 腕を失い、顔にも他者に見せられないような酷い傷跡を負う――すでに体に無数の裂傷を刻んだスバルにとって、彼はまさしく未来の可能性のひとつだ。

 ぶるり、と底冷えするような感覚がスバルの背筋を撫でていく。
 そんなスバルの感傷を余所に、王選の議事は進行を続けており、

「ふぅむ。ヴォラキア帝国出身ならば、プリシラ様とはどのような縁で? あの国は情報だけに限らず、人も物も外に出さない一種の別世界ですが」

「どこにでも抜け道裏道回り道ってのはあるもんさ。時期を見て、帝国からは逃げ出させてもらった。そんでもってオレが姫さんとこいる理由だが……」

「なんのことはない。妾の余興の結果じゃ」

 それまで黙り込んでいたプリシラが、自分の出番がないのを腹に据えかねたのか口を挟む。マイクロトフの質問に割り込んで答えた彼女は、自分の指を飾る色とりどりの装飾品をいじりながら、

「妾が王となるのは天意同然。ならば従者など誰でも同じこと。故に妾は妾の従者に妾の気に入ったものを選んだ。その結果がそこな男というわけじゃ」

「なるほど、然り。では、その選び方とは?」

 下手に反論するより受け入れた方が話が進む。プリシラの傲岸不遜な部分には触れずに、マイクロトフは彼女の自尊心を満たしつつ先を促す。
 その計らいに彼女は機嫌良さそうな顔で、爪に息を吹きかけ、

「なに、知れたことよ。――目に適ったものを従者に加える条件で、妾の領地に腕自慢を集めて競わせた。それなりに楽しめる余興じゃったな」

 マイクロトフにそう応じ、プリシラは意味ありげにアルを横目にした。
 彼女の言を信じれば、つまるところアルはその彼女の目に適ったということになるわけだだ。ますます、隻腕の彼の実力がどれほどのものか想像が届かなくなる。
 プリシラの答えにマイクロトフを始め、賢人会の面々も納得の頷き。

「つまり、その大会の優勝者が彼ということに……」

「いや、優勝はしてねぇよ?」

 が、その納得にまさかの横槍。
 驚く老人たちの顔を愉快そうに肩を揺らしてアルは眺め、

「片手の奴が腕自慢連中の中から抜け出られるほど人生甘くねぇよ。勝ち上がり形式で上位四人に残っただけでもくじ運が冴え渡ってたね」

「で、ではなぜ、プリシラ様は彼を従者に……?」

「言ったはずじゃ。妾は妾の気に入る相手を選んだと」

 問いかけにプリシラは胸を張り、隣に立つアルの背中を力任せに叩く。渇いた破裂音が鳴り、「あひん」とアルが悲鳴を上げるのを聞きながら、

「そも、腕自慢という頭の悪い触れ込みで集まる程度に自信過剰で、奇異の目にさらされてなおこの奇体を偽らぬ。そしてなにより、ヴォラキア帝国に滞在しておった上に出身を『大瀑布』の向こうなどと大法螺を吹いたものは他におらなんだ」

 プリシラの微笑みはその深みを増し、赤い双眸が爛々と愉悦に輝き始める。語り口が早回しになり、彼女は衆目を集めんと音高くその場で足を踏み鳴らし、

「故に、妾は妾の従者にアルを選んだ。妾にアルを選ばせたのも、妾が王たる道を歩むことも、いずれも妾を輝かせんとする天意である」

 世界に己が祝福されていると、臆面もなく言い切るプリシラ。
 そこには一片の躊躇も疑念も存在しない、空恐ろしいほどの自信だけが満ちていた。
 発言内容の突飛さを除けば、その頂点に立たんとする姿勢はまさしく他者を従える上位者のみが持つカリスマそのものだ。
 そのせっかくの資質も、肝心の中身が心をひかないので無意味にしかならないが。

「ふぅむ、お二人の関係性はわかりました。ですが、そうなると疑問なのは、プリシラ様が龍の巫女であると知れたのはどういった理由からだったのでしょうか。騎士が見つけたわけでないとすると……」

 プリシラの断言に言葉もない面々と違い、マイクロトフにはそれを受け止めるだけの度量がある。彼は彼女の言を受けた上で、次なる疑問点に着手――老人の口にした内容は、なるほど確かに疑問に上げるに相応しい内容であった。

 これまでの各陣営を見るに、どうやら候補者はそれぞれ、近衛騎士団が徽章を握らせて該当者を探した上、その見つけた騎士が候補者の従者として付いている形であるようなのだ。
 クルシュに対してフェリス。フェルトに対してラインハルト。そしてアナスタシアとユリウスもおそらくそうなるだろう。
 となると、自然と浮き上がるのがプリシラ組と、

「エミリアたんの場合は……」

 ロズワールが推薦人、という形になるのだろうか。
 パトロン、という形でエミリアを支援するのがロズワールだ。そして、彼女を見出した騎士らしき人物には現在までスバルは顔を合わせていない。ロズワールの領地にいなかったどころか、王都のこの場にいない以上はそんな人物はいないのだろう。
 エミリアが場の雰囲気から孤立してしまいそうな状況にも関わらず、スバルの内心はそんな騎士が姿を見せなかったことにある種の安堵感を覚えていた。

 そこまで考えて、ふとスバルは自分がエミリアがどうして王選に参加することになったのか、その理由さえ知らない事実に思い至った。

 なにが目的でエミリアはこの場にきたのか。そしてなにを理由に、彼女は王を目指すこととなったのか。
 その一端すらも、スバルは触れていなかった事実に遅まきながら気付く。

「賢人会の皆様、その疑問の答えは騎士団の方で確認されております」

 と、マイクロトフの疑問に「恐れながら」と前に出たのはマーコスだ。彼は巌の表情の中でかすかに眉を寄せると、

「実は亡くなったライプ様が先王とそのご親族が亡くなられた際に、いち早く竜歴石の条文に気付き、候補者の獲得を急いだという経緯がございます。もともと、竜歴石の管理はライプ様の担当であり、その……条文の内容が報告されるまでに数日の開きがあったのでは、という報告も」

 言いづらそうに故人の行動の不審さを語るマーコス。そのマーコスの言葉にマイクロトフは思い当たるところがあるのか、目を覆い隠しそうな長い眉に指で触れ、

「なるほど、野心の強い方でしたからな。龍の巫女探しにも力が入ろうというものです」

 次代の王の後見人――この場合はプリシラを妻としていたのだから、もっと大きな意味での権力志向が強い人物だったのだろう。
 そう考えると、ずいぶんととんでもないジジイもいたものである。

「しかし、肝心の巫女を見つけてきても、ご本人が不幸に遭われたとあってはなんとも皮肉な話になってしまいましたな」

「話のひとつも心踊らぬ老骨じゃったからな。最後の最期で振り絞ったゆーもあというやつがこの様じゃ。つくづく、失笑の似合う末期であったの」

 くすりともせずに採点を下し、亡夫の人生に赤点の烙印を押すプリシラ。知己があんまりな評価を受けたことにマイクロトフは苦笑以外のリアクションができない。
 ともあれ、

「すでに死んだ老害の話など不要。妾は妾のみで立つ。それ以外の理由など、全ては触れる必要すらない些事じゃ。気兼ねなく、貴様らは妾を王と崇めよ」

 自信満々に、プリシラはこの短時間で幾度も達した結論を通告する。
 広間の誰もが彼女の態度に言葉を継げない中、彼女の隣に立つ漆黒の兜だけが彼女の方をしっかりと見据え、

「姫さんよ、それをした見返りは? なにがもらえる?」

「簡単な話じゃ。――妾とくれば、それはそのまま勝者となる権利を得よう」

 笑い、プリシラは息を継いで、

「王選が争いである以上、至上の目的は勝利することじゃろう。故に、妾を選ぶことがそのまま答えとなる。故に、妾に従うのが貴様らの正道である」

「天が、自分を選んでいると……」

「当然じゃ。なにせこの世界、妾の都合の良いことしか起こらない」

 故にこそ、

「妾こそ王たるに相応しい。否、妾以外にはそれは務まらん。語るべきことはなにもない。ただ貴様らは、眼前に立つ妾の威光に目を輝かせておればよい」

 橙色の髪をかき上げ、大胆に宙に流してプリシラは悠然と振り返る。
 語るべきことは語り終えた、とその姿は示しており、そのまま彼女は壇上の賢人会に背を向けたまま中央へ歩を進める。
 その戻る背中に従いながら、漆黒の兜が最後に壇上を見上げ、

「言い方はアレだが、うちの姫さんの言うことはオール事実だぜ。姫さんとこにくれば、それが姫さんの意に反さない限り、絶対に報われる――天が姫さんを、プリシラを選んでるのさ」

 言い切り、アルはぐるりと広間の中を視線を一周させる。
 そのアルの目に見つめられたものは全員が息を呑み、それを見届けて隻腕の男は片方だけの腕を軽く振り、

「ま、いつ姫さんの下につくかは好きにすればいいさ。どうせなら早い内に勝ち馬に乗っとくべきだってオレは思うがね」

 主従揃ってどれだけ自信があるのか、謙虚さを母親の胎内に置き忘れてきたような二人。
 彼女らが候補者の列に戻ると、自然と張り詰めていた空気が軽く弛緩、どうにか一息つけそうな雰囲気が漂い始める。

 スバルも、呼吸にすら神経を遣わされた時間が過ぎて一安心と、不必要だった緊張をどうにかほぐす。
 一応、顔見知りの演説もひと段落――もっとも、まともであったとは言い難いが、それが波乱という波乱に至らず終わってなによりだった。

「なんで俺がこんなハラハラドキドキしなきゃだよ……」

 スバルはそんな筋違いの怒りを込めて、列に戻った彼女らの背を睨む。と、ふいに振り返るプリシラと予期せぬタイミングで目が合った。
 スバルと視線が絡み、彼女は意味ありげに微笑むと、愛嬌をふりまくかのようにこちらにウィンク。その仕草は過剰なほど艶めかしく、耐性のないスバルなどはあっさりと動揺させられてしまう。

 さすが、ほぼ同年代にしてすでに人妻――もとい未亡人。
 豊満な肉体を持て余す若い未亡人貴族とか記述すると、もうなんかそれだけで胸がいっぱいになりそうな材料だった。

「男の娘に男装の麗人。今度は金持ち未亡人とか、ジャンル多岐にわたりすぎ」

 惜しむらくは未亡人なのに、それらしい影が全くないということ。戸籍上の夫を失っただけの人物にそれ以上を求めるのは酷な話だが。

「――――あ」

 などとくだらないことに思考を走らせている間に、ちらとプリシラの視線を追いかけていたらしきエミリアと視線がぶつかった。

 彼女はプリシラの視線の先にスバルがいたことに少し驚き、それから目を伏せて、スバル視点では裏切られたように寂しそうに目をそらされた。
 ガツン、と殴られたようなショックでスバルはふらつき、「い、今のは精神的な浮気じゃないよ!?」とか場違いな言い訳を頭に描く。

 そんな最中にも、王選は淡々と進行の兆しを見せている。

「では次に、アナスタシア様。そして騎士、ユリウス・ユークリウス! 前へ!」

「はいな」
「出番だね」

 はんなりと、紫髪の少女が応じ、ユリウスが悠然と片手を天に掲げると、振り下ろす動きで制服の袖を高らかに鳴らす。
 渇いた破裂音が響き渡り、いやがおうにもそれまでの空気を一新、その計らいにアナスタシアが「おおきに」と微笑みながら前へ。
 その彼女の隣に、なんら気負う様子もなく並び立つユリウス。

 ――こうして、この王選でもっとも主従らしさにおいて先を行く二人が出揃う。

 次なる候補者を前に、スバルもまた、意識を引き締め直して前を向くのであった。
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