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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第三章 再来の王都

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第三章15 『仲の悪すぎる面子』

 ボロキレのような薄汚れた衣服をまとい、くすんだ金髪に荒んだ目をした少女。俯いて歩かざるを得ない環境にありながら、ただ赤い双眸に覇気だけはみなぎらせて生き抜いていたたくましい少女。

 それが、スバルがフェルトという少女に抱いていた印象の全てであった。

 ラインハルトの宣言に招かれ、侍女を伴うフェルトが王座の間を静かに歩く。赤い絨毯を踏みしめ、薄い黄色のドレスの裾を地に擦らないよう意識しながら、小さな背中を真っ直ぐ伸ばして進む姿はひとりの貴族令嬢のそれだ。

 磨けば光るかもしれない、とスバルは以前に彼女のことを評したが、おそらくはラインハルトの家の力で研磨されたらしいフェルトという名の原石は、以前のスバルの評価とは残念ながら食い違う。
 磨けば光る、どころではない。磨けば光り輝く、が事実だったのだから。

 まだまだ未成熟ながら、外見を整えられた彼女の姿は美しい。
 度肝を抜かれて口をぽかんと開くスバルの視線の先、彼女はゆったりとした動きでラインハルトのすぐ側へ。手の届く位置にフェルトがきたのを見届け、ラインハルトはその整った面に微笑を刻んで頷き、

「フェルト様、ご足労いただきありがとうございます」

「――ラインハルト」

 恭しく一礼するラインハルト。その彼に、身長差があるために下から見上げる形になるフェルトが顎を持ち上げて呼びかける。
 涼やかな声音に呼ばれ、ラインハルトが「はい」とこちらも通る声で応じる。フェルトはそんな彼の態度にそっと微笑んだ。
 そして、

「――てめー、またアタシの服隠しちまいやがっただろ!?」

 ドレスの裾を持ち上げながら、体躯のわりにはすらりと長い足が弧を描く。それは狙い違わずラインハルトの側頭部に命中――が、蹴り足は軽く持ち上げられたラインハルトの掌の中にすっぽりと収まっている。
 片足立ちになるフェルトに、その足を掴んだままのラインハルトが一息つき、

「驚きましたよ。突然、なにをなさるんですか」

「さらっと止めといてしれっと言ってんじゃねーよ! アタシの服! 隠したのまたアンタだろ? おかげでこんなうっとうしいひらひらした服着せられたじゃねーか!」

 片足でバランスを取りながら、フェルトは彼女のためにあつらえられただろうドレスの裾を揺らしながら不満そうに頬を膨らませる。
 乱雑に扱われ、皺ひとつなかった生地に無粋な折り目が生まれ始める。それを見ながらラインハルトはゆるやかな動きでフェルトの足を地に下ろし、

「よく似合っておいでですから、恥ずかしがる必要はありませんよ」

「恥ずかしがってんじゃねーよ、嫌いだっつってんだよ! 服だけの話じゃねーぞ、お前もだ! 騎士様が拉致監禁とかそれこそ恥ずかしいと思わねーのかよ!」

「それが王国繁栄のためならば」

 迷いないラインハルトの言い切りに、頭痛でも感じたようにフェルトは額に手をやる。それから彼女は遅れて広間中の視線を一身に集めていることに気付いたように、

「なんだよ、じろじろ見てんじゃねーよ。見世物じゃねーし、見世物だと思うんならお捻りのひとつでも投げるもんだろ、金持ち揃いみてーだし」

 一目で上流階級とわかる人々に敵意を浮かべ、それこそこの場でもかなり上等に位置するだろうドレスに袖を通しながら、いかにも柄の悪い態度でフェルトがぼやく。
 その整えられた見た目を裏切る彼女のガッカリチンピラっぷりに、スバルはそれまで呆然としていた感覚をどうにか揺り起こし、安堵の吐息。

「すっかり変わっちまったかと思ったら、見た目だけの話でやんの。よかったー、やっぱ人間ってそうそう根っこの部分は変わらねぇよな。俺含めて!」

 フェルトのフォローを入れる上で、自己正当化も行いご満悦のスバル。
 そんな彼のリアクションを皮切りに、それまでフェルトとラインハルトのやり取りを見守っていた各々も相応の反応を取り始める。

「ラインハルトに手を使わせるとは、存外にできそうだな」

 と、妙な観点から感心した様子のクルシュ。

「まーたお転婆が増えたんちゃうん? 勘弁してな、もう」

 うんざり、といった顔で首を横に振っているアナスタシア。

「妾より目立つとかあり得ん。なんじゃ、なにか妾が目立つのに使えるものは……侵入者の公開処刑とかどうじゃろう」

 聞き捨てならない発想に入り込み始めているプリシラ。

「あの子……あのときの……!? だからラインハルトがあんなに驚いて……」

 そして、なにがしかの結論を得て、驚きに目を見開いているエミリアだ。
 特にエミリアはフェルトと知らない仲ではないのだから、その驚きはひとしおだろう。徽章を奪い合う関係にあったというのに、それが転じてフェルトもまた徽章に選ばれ、今度は王位を争う間柄になったというのだから。

 各々のファーストインパクトが終了すると、それらの反応を受けてフェルトが居心地悪そうに――というより、態度悪く舌を鳴らして顔を背ける。
 二週間前の短時間の付き合いとはいえ、ここまでひねくれた性格の少女ではなかったと思ったが、よほどこの二週間の間に色々とあったのだろう。内容の濃さではスバルも負けていないつもりだが、一介の浮浪児から一気に王候補にまで地位を上げた彼女の濃密さも相当なものと予想できる。

 と、そんなこんなな感想をスバルが頷きながら思っていると、品定めするように広間を見回していたフェルトの視線がスバルと絡んだ。
 彼女はふいに眉を寄せ、それから記憶を探るように瞑目し、ほんの数秒でその記憶を探り当てたように顔を明るくすると、

「お! なんでこんなとこにいんだよ、兄ちゃん!」

 軽い突き放しでラインハルトの胸を押すと、彼女はそのままの勢いでのしのしとスバルの方へ向かってくる。高級そうなドレスが悲しくなるほど乱暴に扱われ、丁寧にそのコーディネートをしただろう侍女たちが顔を押さえて目を背けている。
 そんな感傷を置き去りにして、満面の笑みで向かってくるフェルトにスバルは相対。正直、場の空気的に彼女と向かい合うのは避けたいのが本音だったが、味方不足で心細いのは彼女も同じはずだと思えば、無碍にできるはずもない。

「よぉ、久しぶりだな。元気してらんだばっ!」

 軽く手を掲げて爽やかに挨拶を放った瞬間、前蹴りが土手っ腹を直撃。衝撃に体がくの字に折れ、スバルはその場に膝をついて咳き込む。
 いきなりの凶行に意味がわからないで呻くスバル。その醜態を片足を上げたままのフェルトが見下ろしながら、

「その感じだと腹の傷とか平気みてーだな。そのわりに、他のとこの傷とかメチャクチャ増えてる感じするけど」

「それわかってんなら少し労れや、お前……なんで確認に渾身の一発だよ。仮留め状態で破れたらどうする……実際、それに近い時期もあったんだぞ」

 今でこそばっちり塞がっているものの、スバルの腹部の素肌には真一文字の白い傷跡がくっきりと残っている。のみならず、魔獣の牙の傷跡は体の各所に残っているのだから、二週間での満身創痍っぷりはなかなかのものだ。裂傷や擦り傷は無数に存在するので、もはや背中の傷は剣士の恥とか言っている場合じゃない。

「まぁ、兄ちゃんの方は兄ちゃんの方で大変だったってことか。けど、大変だったっつーんならアタシの方も負けてねーぜ?」

「……だろうな。まさかこんな場面でお前と出くわす羽目になるとは思わなかった。徽章騒ぎがめぐりめぐってこうしてぼんじょびっ」

「徽章騒ぎとか大っぴらに言えねーに決まってんだろ、状況見ろよ」

「……口塞ぐとか、もっと可愛いやり方あったんじゃね? 相変わらず足速ぇよ」

 しかもしゃがむこちらの口を塞ぐためだから、真下から顎が蹴り上げられた。威力が加減されていたのと、蹴られ慣れ始めていたのがあって舌を噛まずに済んだのが幸い。ともあれ、彼女の前科に触れるのはラインハルトに対しても悪いことになりそうだと思う。
 もっとも、フェルト自身の行いのおかげで、とんだ社交界デビューとなってしまった事実は覆せないと思うのだが。

「フェルト様。旧交を温められるのもよろしいですが、こちらへお願いします」

 と、傍目には和気藹々に見えたのかもしれないやり取りをする二人に割り込んだのは、その場の空気に依然呑まれず、淡々と議事を進行するマーコスだ。
 その巌の表情にフェルトはまだ反論したがった様子だが、彼のすぐ側に立つラインハルトが申し訳なさそうに腰を折ると、不承不承といった顔で再び前へ。

「で、アタシになにをさせてーんだって?」

「まずは淑女としての振舞いを、と言いたいところですが、その前にこちらを手にとっていただいて」

 ラインハルトの軽いジャブに嫌そうな顔をするフェルト。その彼女の掌に、ラインハルトは懐から取り出した竜の徽章を手渡す。
 一瞬、その徽章の形にフェルトの眉がしかめられたが、すぐに宝玉が掌の中で光り輝き始めるのを見ると、その強張った表情も軟化する。

「盗ったときから思ってたけど、珍妙な石だよな。なんだって光るんだか」

「盗った?」
「それはフェルト様が資格あるものと竜に認められたからです」

 先ほどスバルを咎めたわりに、うっかり口を滑らせるフェルト。その彼女の迂闊さにマーコスは気付いた様子だったが、それは即座に遮ったラインハルトのフォローによってどうにか回避。
 マーコスは己の発言が流されたことを一瞬怪訝に思ったようだったが、彼はその疑問よりも目の前の事実の方を優先させることにしたようだ。

 振り返り、黙ってその資格照明の場面を見ていた賢人会のお歴々を仰ぎ見て、

「この通り、竜殊は確かにフェルト様を巫女として認めました。彼女の参加を承認した上で、此度の王選の本当の意味での開始が成るかと思われます」

 鉄製のプレートに掌を当て、恭しく頭を下げるマーコス。団長のそれにラインハルトが、そして捜索に当たった近衛騎士団の全員がそれに従う。
 任務完了の報告を行う騎士団の面々、彼らの尽力あってこの場に五人の竜の巫女――つまり、未来のルグニカの女王候補が集ったこととなる。

「なるほど、それで歴史の動く日ってわけだ」

 ぽつり、と図らずもその一大事の場面に身を置くこととなったスバルは感慨深くそう呟く。そんな晴れの日に王城に忍び込むなど、振り返ってみても相当に向こう水で馬鹿な真似をしたものだ。九割方死んでいたはずだろう。
 己の悪運の強さを改めて実感する次第であった。

 そんな見当外れの感想を抱くスバルだったが、ふいに王座の間に広がり始めているどよめきに遅れて気付いた。
 どよめきの発生源は、敬礼を行う騎士たちとは中央を挟んで対面――そちらに居並ぶ、ロズワールなどを含んだ文官筋の集団から発されていた。どよめきの詳細は聞こえてこないが、それは困惑や戸惑い、そして明らかな不満が含まれている。

「失礼、よろしいですかな?」

 と、ついにはその文官集団の中からひとりの中年が進み出る。
 茶色の総髪を流した、四十代ぐらいだと思われる男性だ。彼は立派な顎ヒゲを神経質そうに撫でつけながら、

「今回の王選出の儀に当たり、近衛騎士団の尽力には言葉もない。諸君らの力なくして、これほど短期間で竜歴石の預言に沿った状況を作ることはできなかったろう」

「もったいないお言葉です」

 もったいぶった言い回しで騎士団を賞賛する男性に、重々しい口調のままマーコスが謙遜してみせる。それに対して男性はやり難そうに目をそらしながら、「しかし」と前置きした上で、

「こんなことは言いたくないが、竜歴石の示した状況に沿っているとはいえ、少々人選に問題があるのではないだろうか」

「と、言いますと?」

「竜の巫女としての資格、そちらに目を奪われ過ぎて、肝心の王国の冠を頂く資格について蔑にしてはおらぬかと言っているのだ」

 聞き返す言葉にぴしゃりと、中年は察しの悪い相手を怒鳴りつけるように言い放つ。さすがに己の語調の強さを恥じるようにすぐ口をつぐんだが、文官集団からはその彼の発言に対して「そうだそうだ」というような同意の声がいくつか漏れた。
 賛同者がいる事実にいくらかの心強さを得たのか、彼は咳払いしてからさらに、

「竜との盟約はなにより重要だ。親竜王国としてルグニカが存在してきた以上、彼らとの友好なくして国は成り立たない。だが、竜を重要視するあまり、民を軽視するようでは本末転倒ではないか」

「つまり、こういうことですか。我々近衛騎士団は竜の巫女を探すことに心血を注ぐあまり、忠誠を誓うべき王に相応しい人物を見誤っていると」

「多少の言い方の齟齬はあるが、そういうことになるな」

 マーコスの端的なまとめ方に肝を冷やされたのか、中年は言葉を選ぶようにと遠回しに忠告する。が、そのフォローも少しばかり遅い。
 必死に動いて結果を出したにも関わらず、その成果に対して決して寛大ではない評価を下された騎士団の方の心情は穏やかではないのだ。
 特に騎士側に立つスバルにとってもそれは容易に感じ取れるものであり、

「キナ臭いってか、不穏な空気になってきてるぜ……」

「ま、騎士団からすりゃ難癖つけられてるわけだかんな。オレはそのあたりどうとも思わねぇが、お二人さんはどうよ?」

 スバルの呟きを聞きつけ、アルがくぐもった笑いを上げて別の二人に話を振る。振られた形になったユリウスとフェリスは視線だけをこちらに向け、

「フェリちゃんは別ににゃーんとも? だってだって、あのヒゲがなんて言おうとフェリちゃんの忠誠はもうたったひとりに捧げちゃってるわけだし」

「フェリスと同意見、とまでは言わないけれど、私も同じ気持ちだよ。すでに剣は捧げている。彼らもいずれは自分の忠誠を預けることになるんだ。そうなる前の心の揺らめきを咎めるほど、狭量なつもりはないのでね」

「は、立派なこった。まぁ、それはオレも姫さんに対して一緒だがね」

 対抗するかのようにアルが言うと、二人が微笑を口元に刻むのが見える。
 なんとなく、仲間外れにされたようで面白くない気分なスバルだった。騎士として、あるいは傭兵として全幅の信頼を主に預けている三人。そんな彼らと自分の立場を比較して、どうにも一歩引けているような感じがスバル自身を襲ったのだ。
 そんなことはないはずだ、と頭を振って弱気を追い払う。自分はエミリアの目的を叶える、その手伝いがしたい。その気持ちに関しては三人にも負けていないはず。

 妙な焦燥感に駆られるスバルを尻目に、広間のやり取りは拡大を始めていた。
 意見を述べた中年を皮切りに、文官集団は次々に不満を口にし始める。

「巫女であると同時に、王である。あるいは王になる、という自覚が足りない」
「外見を着飾ったとしても、その本質が態度に出ている」
「品位が足りない。教育も不足している。それで王と呼ぶことなどできるものか」
「いいんじゃーぁないの、別に。個性豊かで楽しい王選になるんじゃーぁないかって、思ってみたりなんかもするけどねーぇ」
「卿は黙っているがいい!」

 聞き慣れた声が文官集団を割りそうになったように聞こえたが、それらの問題はスルーして、スバルは渦中のエミリアたちを見る。
 文官集団が特に矢面に挙げて糾弾しているのは、先ほどの態度の悪さが目立ったフェルトのことだろうが、それ以外の候補者たちにも飛び火していないとは言い切れない。事実、エミリアの横顔は痛みを堪えるかのように痛切で、あの場に立っていることが負担になっていることは間違いない。
 いっそ黙れと声を張り上げられれば気分も幾許か楽になるかもしれないが、それをすることのデメリットを思えば即断するのは気が咎めた。

 故に、その場を収めたのはスバルの短慮さでなければ、任務完了に不満の泥を塗られた騎士団の怒りでもなく、口が過ぎたことを反省した文官集団の理知さでもない。
 たった一言、壇上に座る老人が「静かに」と呟いたことだけが理由だった。

 長い長いヒゲを撫で、マイクロトフはその閉じかけた瞳をさらに細めて、勝気な顔で老体を見上げるフェルトを見る。
 しばし無言の時間が続いたが、マイクロトフはふいに小さく吐息を漏らすと、

「騎士ラインハルト」

「はっ」

 名を呼ばれ、手招かれたラインハルトが颯爽と壇上へ。
 彼はマイクロトフの前で膝をつき、剣を腰から外して床に置く最敬礼を示す。それを満足げに見届け、老人は白いヒゲを手繰りながら記憶も手繰り寄せるように、

「ふむぅ。御身が彼女を見出した経緯を聞かせてもらえますかな」

 出会いの経緯を聞き出され、知らず当事者でないのにスバルの額に冷や汗が伝う。真実をそのまま告げる場合、当然、フェルトが行った盗難騒ぎにまで言及する必要があるが。
 と、そんなスバルの心配を余所に、ラインハルトは深々と頷き、

「彼女は十三日前、自分が王都の下層区――通称『貧民街』の一角で保護いたしました。その際、訳あって竜殊に触れる機会があり、彼女が巫女としての資格を持つものだと判明し、こうしてお連れした次第です」

 しれっと、問題の部分をぼやかして報告するラインハルト。
 事情を知るスバルからすれば重箱を突くより容易に粗を見つけ出せる内容だったが、ラインハルトのその発言に言及したのはもちろんスバルではない。そして、その人物が指摘した部分もまた、スバルの引っかかった部分とは別だった。

「貧民街の浮浪児だと……正気か、騎士ラインハルト!?」

 先ほどから文官集団の後押しを得て、いくらか息巻き始めている中年の声だ。
 彼は身振り手振りを加えた動きで大仰にフェルトを示し、

「未来のルグニカを担う王を選出するこの儀に、よりにもよって浮浪児を招き入れるなど言語道断だ。君は玉座をなんと心得ている!?」

「――――」

「都合が悪ければだんまりか。これが現剣聖の継承者とは、アストレア家の名誉も地に墜ちたものと判断せざるを得んな」

 壇上に敬礼を捧げたまま、ラインハルトは言われるままの言葉を受け止めている。その涼しげな横顔には負の感情の一切が見られず、言い募る中年の方も柳に風といった様子に口をつぐみ、苛立たしげに舌を打つ。それから、

「マイクロトフ様、やはり考えをお改めください。竜殊に選ばれただけで、そのものに王座を得る資格を与えるなど過ぎた話なのです。王の冠はふさわしいものにこそ与えられるべきだ。手当たり次第に徽章を光らせられればいいという話では……」

「リッケルト殿、ちょこーぉっと熱くなりすぎじゃーぁないですかね?」

 現状の国の頂点に水を向け、その方針に異を唱える中年――リッケルト。その火のついたような舌鋒に水を浴びせたのは、聞き慣れたとぼけた間延びした声だ。
 リッケルトは明確な敵意を孕んだ視線を横、数名を挟んで並び立つロズワールに向ける。その刺すような視線にロズワールは両手を掲げ、

「おーぉ、恐い恐い。そんな目で見られると、小胆な私は胸が痛んでしまいますよ」

「戯言を……ロズワール。卿の態度にも納得していないぞ。私だけでなく、宮中の多くのものがだ。これまでは非常時故に仕方なしと見過ごしてきたが、こうして例外ばかりが目につくようではお話にならん。浮浪児を玉座に担ぎ上げようとするアストレア家はもちろん、半魔を王に推挙する卿の愚挙も……」

「――リッケルト殿、今の言葉は訂正された方がよろしい」

 凍える声が広間に静かに響き、興奮に赤くなっていたリッケルトの顔色が蒼白に変わる。原因は声と共に発せられた威圧感――依然変わらぬ微笑をたたえたまま、ただただ気遣わしげに小首を傾けるロズワールだ。

「ハーフエルフを半魔などと呼ぶのは悪しき風習ですよ。ましてやエミリア様は依然王候補――分を弁えていらっしゃらないのがどちらなのか、おわかりですか?」

「だ、だとしても、だ。私は主張が間違っているとは思わない。竜の巫女たる資格のあることと、それが王に相応しい人物であるかは同義ではない。マイクロトフ様!」

 ロズワールの静かな威圧に気圧されながらも、リッケルトは汗のにじむ表情でマイクロトフの名を呼ぶ。

「どうぞご再考を。この場において、王候補をみだりに選出するのは早計と言わざるを得ません。竜歴石を形だけなぞることにどれほどの意味が……」

「――騎士ラインハルト」

 心変わりを願い出るリッケルトの言葉に対し、しかし賢人はそれに応じることなく赤毛の騎士の名前を呼ぶ。その声に騎士は迷いなく応じ、その後に続く言葉を待つように精悍な面を壇上へ向けた。

 マイクロトフは己の長いヒゲに触れ、やはり記憶を探る作業をするかのように指先でそれを弄びながら、

「まさか御身は、彼女がそうであると?」

「確信はありません。確かめる手段はすでに失われております。――ですが、これだけの符号を偶然と呼ぶのには抵抗があります」

「ならばなんと?」

「――運命である、と」

 ラインハルトの明朗な答えに、マイクロトフは感じ入るものがあったかのように瞼を閉じた。
 その二人のやり取りの内容が、傍で聞いているスバルにはさっぱりわからない。周りはわかっているのかと顔色をうかがうが、顔色の見えないアルはもちろん、フェリスやユリウスも同様の状態のようだ。

 わかり合っているのはラインハルトとマイクロトフの二人のみ。
 その状態に痺れを切らしたかのように、リッケルトは唇を震わせて前に出て、

「意味のわからない言葉遊びだ! 騎士ラインハルト、貴殿は正しい騎士としての道すら見失ったか。浮浪児を連れてくるような曇り眼にはそれも似合い……」

「上辺だけに囚われ、大切なことを見落とすようでは御身の目は節穴ですな。あるいは王家へ捧げてきた忠義がハリボテなのか、と疑われるところです」

 気勢を吐いてラインハルトを糾弾しようとしたリッケルトを打ったのは、静かだが決して甘さを寄せつけないはっきりとした弾劾だった。
 マイクロトフの口から紡がれた言葉の意味が呑み込めず、しばしリッケルトは呆然とした表情となる。それはリッケルトを支持していた文官集団も同じであり、鼻っ柱折られてメシウマと内心思うスバルにも同様の無理解は存在した。

 自然、静寂が広間にわずかに落ちるが、それを拾い集めてどうにか顔を上げるリッケルト。存外にタフな彼は顔を青ざめさせながらも、

「こ、これはおかしなことを。マイクロトフ様もお人が悪い。私の忠義の、あるいは目のなにが過っていると」

「ふぅむ。でしたら、フェルト様を見ていてお気付きになりませんかな」

 試すようなマイクロトフの言葉に、リッケルトは怪訝な顔でフェルトを見る。
 話題の当事者でありながら、だいぶ話の関わりから遠ざけられていた彼女は、その視線を受けて露骨に嫌そうな顔をする。静かに状況の推移を見守る他の候補者たちも同じことで、微妙に付き合いの長いエミリアだけが内心の焦燥感がかすかに表情に出ていて、スバルの心配性に刺激を与えてきるのだが。

 そんな見当違いの憂いを抱えるスバルがいる一方で、リッケルトはフェルトの容姿を上から下までじっくりと眺める。

「見ていて気付くことなど……まだまだ幼い。王座に就くことなどより、もっと学ばなければならないことが多すぎて……ッ!」

 言葉に従いフェルトを見ながら、正すべき場所を指摘しようとしていたリッケルト。その表情がふいになにかに気付いたように強張り、凝然と目を見張る。
 それから彼は押し開いた眼をマイクロトフの方に向けて、

「き、金色の髪に紅の双眸――!?」

「ふぅむ。なるほど、珍しい目と髪の色の組み合わせですな。――こと、このルグニカでは非常に大きい意味を持つ」

 リッケルトが動揺の原因を口にすると、その意を察した文官たちにも同じだけの衝撃が広がっていく。ピンとこないのはこの世界の常識に欠けているスバルのみ。
 ちらと隣を見ると、フェリスとユリウスも合点がいったという表情。アルは相変わらずなにを考えているかわからないが、別段驚いている様子もない。
 なのでスバルもとりあえず、わかっていないのだがわかっているようなスタンスを取って置いてけぼりを気分だけ回避。

 が、すぐにそのわからない部分の講釈はリッケルトによって行われた。
 自分の今の驚愕を周囲と共感でもしたいのか、彼は震える指でフェルトを示し、

「金色の髪に紅の双眸――それはルグニカ王家の血筋に表れる容姿の特徴だ。だが! そんなおかしな話があるものか! 王家は半年前の一件で、血族の方々ことごとくがお隠れになっている! 割り込む隙などどこにもありは……」

「――十四年前、宮中で起きた事件のことをご存知ですか、リッケルト様」

 強い否定を口にしかけるリッケルトを、静かにラインハルトが遮った。
 そしてそのラインハルトが口にした内容に、リッケルトの表情がさらに強張り、
「まさか」と口にする声が裏返る。

「まさか騎士ラインハルト、貴殿が言いたいのは……」

「十四年前に城内に賊が侵入し、先代の王弟――フォルド様のご息女が誘拐される事件がありました。そのまま賊には逃亡を許し、ご息女の行方もわからないままに」

「ふぅむ。前近衛騎士団の解体と、再生の切っ掛けとなった一件でしたな。確か御身の親族も無関係ではなかったと思いましたが……」

「本来は知り得ないはずの情報を知っている。それで察していただければ」

 ラインハルトの言葉少なな応答に、マイクロトフはただ頷きを持って応じる。
 が、リッケルトの方の混乱は収まる素振りが見えない。彼は手を振り乱し、

「極論、いや暴論だ。十四年前に行方不明になられたご息女が、王都の貧民街に身を落として生活しており、それを偶然にも貴殿が見つけ出したと? あまつさえ、その身は竜の巫女としての資格にも値したと?」

 立て続けにぶつけられた情報を羅列し、それからリッケルトは笑う。

「馬鹿馬鹿しい! あまりにでき過ぎな話だ。いっそ巫女の資格を持つ少女を見つけ出した貴殿が、その少女の髪を染色し、瞳の色を魔法で変えたとでもした方がよほど無理がない。――そんな命知らずな真似、してはいないだろうが」

「剣にかけて」

 幾許か冷静な表情を取り戻すリッケルトに、ラインハルトは床に置いていた剣を立て、鞘からほんのわずかに刀身を覗かせ、音を立てて納刀。誓いを立てる。

 その整然としたありようにリッケルトは薄くなり始めた頭部を乱暴に掻き、

「……すでに王家の血は全て病没しており、血族かどうかを確かめる手段は存在しない。憶測だけの素姓で、誰もが頭を垂れるなどとは思わぬことだ」

「それは当然のことです。が、自分はフェルト様こそが、王位を継ぐに相応しい方と確信しています。血のことをなしにしても、です」

「今代の剣聖ともあろうものが、ずいぶんと入れ込んだものだ」

 ラインハルトの真っ向からの返答に、リッケルトは諦めたように吐息。それから彼は改めて、話題に上っていながら混じっていなかったフェルトを見やり、

「竜の巫女としての資格を持つことは別として、貧民街の出身。――そして、あるいは失われたはずの王族の血統の可能性。貴女がさらされる苦難の重さは想像を絶する。その覚悟が、おありか」

 挑発、という軽い意味合い抜きに試すような物言い。
 それはこれまでの会話の流れを鑑みて、彼女自身の答えをもってリッケルトが己の不満と決別するための儀式でもあるのだろう。
 時に人はこうして相手を認めていながらも、面倒な手段を選ばなくてはならないこともある。傍で見ているスバルも、これでようよう不毛な議論に終止符が打たれると肩を撫で下ろしたのだが、

「は? なに言ってんだよ、オッサン。アタシは王様やるなんて一言も言ってねーよ、勝手に決めんな」

 これまでの話の流れを完全に無視した形で、フェルトが憎々しげに唇を尖らせてはっきりと拒絶の意を表明した。
 自然、リッケルトを始めとした広間の全員に動揺が走る。そんな感情の波を巻き起こしたフェルトはラインハルトに指を突きつけ、

「アタシは無理やり貧民街からこっちに引っ張ってこられてんだよ。帰せつっても帰しやがらねーし、服は隠してこんなひらひらした服ばっか着せやがる。うんざりどころの話じゃねーぞ、アタシは全然納得しちゃいない」

 言いまくしたてて肩を上下させ、フェルトは挑発するように顎を持ち上げ、ラインハルトの長身を見上げる。立ち上がった赤毛の青年は困ったように微苦笑し、

「フェルト様はまだそのようなことを」

「アタシからすりゃー、アンタの諦めの悪さの方が説明つかねーよ。いいか? アタシは嫌だ、つってんだ!」

「――いつまでもうだうだと、つまらんことこの上ない話じゃな」

 主張を曲げないラインハルトに、焦れた表情でフェルトが怒鳴る。
 そんな二人のやり取りに口を挟んだ少女がひとり――これまで沈黙を守り続けていた王候補陣営、その中で腕を組んで退屈そうに目を細めるプリシラだ。
 彼女は組んだ腕の上で豊かな胸を揺らし、

「形だけでも開幕に必要な五人は揃った。あとは始まりさえすれば、相応しくないものは自然と省かれるじゃろう。どうせ最後に残るのは妾なのじゃ。他の余分な連中の王の資質など、あろうがなかろうが関係あるまい」

「ああ?」

 プリシラの暴言めいた暴論に、ヒートアップしたままだったフェルトが反応する。彼女は小さな体をさらに縮め、真下からプリシラを見上げるチンピラスタイルで、

「さっきっからおめでたい格好した女だと思ってたけど、そんな動きづらい服でケンカ売ってんのかよ。アタシはすぐ足が出るんで有名だぞ」

「頭が高い。妾を誰と心得る」

「はっ、知るわけね……ッ」

 かなり三下臭い脅しをかけたフェルトに、プリシラが傲然と声を投げる。それを鼻で笑い飛ばそうとし、ふいにフェルトの表情が当惑と驚きで曇った。
 フェルトは金色の髪に手を差し込み、「あれ」と小さく呟きながら、まるで目眩を起こしたかのようにその場で身を揺らし、

「――姫さん、そいつは」

 フェルトが崩れかけた瞬間、とっさに息を詰めるスバルの隣でアルが叫ぶ。
 彼にはフェルトの変調の原因が、自分の主の仕業であるとわかったのだ。そして、彼のその叫びを起因として、広間のあちこちで一斉に動きが生じる。

 まさしく風のような速度で動いたラインハルトが、倒れかけるフェルトの体をそっと支える。そして動いたラインハルトと、ふんぞり返るプリシラの間に割り込むように隻腕のアルが踏み込んでいた。
 フェルト陣営とプリシラ陣営が狭い間合いで対立。そんな構図の外側でも、動きのあるものが数名いる。

 クルシュは軽く身を屈め、なにも下がっていない腰に手を当てて、まるで見えない剣を抜こうとでもするかのような抜刀の姿勢。比較的候補者たちに近い位置に立っていた騎士団長のマーコスがそのクルシュの動きを制するように手を差し出している。
 ひとり、候補者の集まりから「堪忍してやー」と頭を抱えて距離を取っているのがアナスタシアであり、それを見るに彼女には戦闘力がないらしい。

 つぶさにそんな各々の動向を見届けた上で、スバルは本命のエミリアを捉える。
 アルの叫びとほぼ同時にやはり動いていた彼女は、虚空に手を差し伸べながら淡い輝きをその掌にともし、

「陽魔法の過干渉――こんな使い方して、なに考えてるの!?」

 淡い輝きがふらついたフェルトを包み込み、その体に癒しの波動を伝える。
 怒りも露わにエミリアが怒気をぶつけるのは、己の所業になんら呵責を抱いていない顔のプリシラだ。彼女は煩わしげに手を振ると、

「妾の生まれながらに持つ加護を少しばかり分け与えただけじゃ。その程度でその反応とあれば、自然とそのものの器も知れよう」

「悪いことをしたら謝るものでしょう? 叱られてみないとわからないの?」

 悪びれないプリシラの答えに、エミリアが普段の調子を取り戻しながら言い募る。その内容に一瞬、プリシラはきょとんとした顔をし、すぐに笑いを堪え切れないといった様子で破顔。そのまま笑いを得た表情で、

「ああ、これは面白い。今のは久々に楽しめたぞ、褒めてやってもよい」

「イチイチ不愉快な子ね。なにを……」

「悪いことをしたら謝る、とな。ならばさながら、貴様の場合は『生まれてきてごめんなさい』とでも謝罪してみせるか? 銀色のハーフエルフよ」

 衝撃が、エミリアの全身を貫いていったのがスバルにもわかった。
 物理的に一撃を受けたかのように、エミリアの肩が大きく揺れる。彼女はさっきまでの毅然とした表情を打ち消され、痛切に満ちた瞳を押し開きながら、

「わ、私は……魔女と関係なんて」

「そんな言い訳が誰になんの意味を持つ、意味がある? 貴様は世界の禁忌の存在の映し身で、人々はその姿を目にするだけで恐ろしくてたまらない。だからこそ、そんな上辺を取り繕うだけの布切れに頼り切っておるんじゃろうが」

 辛辣な言葉を畳みかけるプリシラに、顔を蒼白にしたエミリアは首を力なく横に振るだけだ。彼女らの会話の内容におおよその察しはつくが、スバルはその内情を深く知っているわけではない。故に、エミリアが受けている衝撃の深さはスバルに推し量ることはどうしてもできない。
 だが、彼女が不当に傷付けられていることだけはわかる。それだけで、ナツキ・スバルが動くのには十分だった。が、

「姫さん、そこまでにしてくんね? あんまし敵増やされても困んだよ、マジ」

 プリシラの暴君ぶりを引き止めたのは、彼女の前に立つアルの弱音だった。彼は表情の見えないはずの兜の中、そこが困り顔であるのを誰もが察せられるほど弱々しい声で、

「特に剣聖と対立とか特大の厄ネタもいいとこだ。素直に謝っとこうぜ?」

「妾の従者ともあろうものが情けないことを抜かすでない。剣聖がどうした。たかだかこの国で最強というだけじゃろうが、どうにかせい」

「一分ももたねぇよ」

 彼我の戦力差を冷静に見極め、アルは早々に白旗を掲げて無抵抗を表明。プリシラはその態度に呆れた様子。そして、アルと向かい合うラインハルトとエミリアの二人は驚きと困惑を隠し切れない顔だ。
 が、少なくとも場が即座に一触即発の場面に飛び火することだけは防がれた。
 仕切り直すにも切っ掛けのほしい場面ではあるが、すぐに事態が悪い方向へ転がり落ちることもあるまい。

 誰もがこの膠着状況をどうにかすべし、と頭を回転させる中――その甲高い音は、小さい音にも関わらず広間中の人々の鼓膜を確かに叩いた。

「――全員、お気は済みましたかな」

 弾いたコインを陶器の中に落とし、全員の注意を引いたのは白髪の老体――マイクロトフだった。
 椅子から立たずにそれをした彼は全員を見回し、それからエミリアの治療を受けて頭を振るフェルトに視線を合わせると、

「フェルト様、お体の方はご無事ですかな」

「……どーにかな。クソ、ナイフ取り上げられてなかったらひでーかんな」

 マイクロトフの気遣いに応じ、フェルトは態度悪いまま悪態をプリシラへ向ける。その負け惜しみすらも三下っぽいのだが、それを指摘できる雰囲気でもない。
 ラインハルトがエミリアの感謝の目礼を向け、エミリアがそれをいまだ元気のない様子ながらも頷きで受け取る。クルシュが戦闘態勢をほどき、マーコスが安堵したように体の力を抜くと、ようやくアルも隻腕の肩を回して安堵の様子。
 事の発端であるプリシラだけが変わらず退屈そうな眼で、反省の色が一片も見当たらないのが腑に落ちないが、ひとまずの一悶着は終結。

 それを見届けて、マイクロトフが改めて宣言する。

「では本来の議題――王選のことについて、候補者の皆様を交えて、賢人会の開催をここに提言いたします」

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