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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第二章 激動の一週間

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第二章39 『夜更かしの約束』

 『護身用』の鉄球片手に臨戦態勢のレムを伴い、夜の森の捜索は続いている。

 月明かりが木々に遮られ、漆黒の落ちる森の闇は深い。行く手に立ちはだかる木々を避け、枝葉を掻き分けて進む内、体のあちこちに血のにじむ擦過傷が生まれる。
 チクチクと痛む小さな傷に、暗闇を手探りで進む暗中模索の苛立ち。
 時間がないことも含めて、それらがスバルにもたらす精神的な重圧は大きい。

「正直、こんだけ暗いのは予想外すぎた。レムりんはよく大丈夫だな」

「森の中、山の中なら加護が……それより、あまり大きい声を出さないでください。息遣いも抑えて、心臓の鼓動もうるさい」

「と・ま・る・か……」

 小声で一音ごとに区切りながら反論して、先行するレムの背中にゆっくり続く。
 彼女がいなければ、今頃は自分の位置すら見失って立ち往生していたことだろう。夜目が利くのか、進むレムの足取りは軽く、迷いがない。
 スバルにはぼんやりとすら見えない暗闇の森を、後続のスバルが歩きやすいように道を整えながら踏破してくれている。

 月光すら遠い闇の底にあって、頼れるのは前を行くレムの背中だけ。その目の前の小さな体が大きく見えて、思わず伸ばした手でそのメイド服の裾を摘まんでしまう。

「……なにをしているんですか」

「暗闇の心細さに思わず縋ってしまった――の図」

「はぐれないために掴まるのなら、もっとちゃんと肩とかにしてください」

「迷いなく進む背中の邪魔になりたくない。でも心細さを堪えられない。そんな切なく淡い乙女心が出ちゃったんだな……」

「どの口がそんな……さっきは少しだけ、かっこよかったのに」

 呆れて言葉もないといった様子のレム。彼女はその裾をスバルに摘まませたまま足を止め、周囲をぐるりと見回しながら、小さく鼻を鳴らしている。
 その警察犬めいた仕草を指差し、

「さっきからちょいちょいやってっけど、臭いで追いかけるなんて真似できんの?」

「一番誤魔化しのできないところですよ。姿かたちや声は偽れても、存在からにじみ出るそれだけは偽れないものですから」

 断言してみせるレムの言葉には自信が満ち溢れている。それだけに、彼女の嗅覚がスバルたちの目標に届くのを祈るばかりだ。
 ふと、そんな彼女を眺めながら、以前にも臭いを根拠にレムとなにがしかの会話をしたような気がする。あのときはそう、確か『魔女の臭い』が問題視されていたはずだ。スバルから、忌まわしい臭いがすると、レムはそう言っていた。
 思い返すと、ベアトリスもスバルに関して似たような感想を口にしていた覚えがある。今は状況が許さないが、もし事が片付いて覚えていれば――。

「――! 近い、生き物の臭いです」

 考え込むスバルの横で、レムが顔を右に向けて瞳を細める。同じ方向にスバルもつられて目を向けるが、広がるのは一向に変わらない闇だけだ。
 それにもどかしい思いを抱きつつもレムに振り返り、

「子どもたちの臭いか!?」

「わかりませんが、獣臭くはありません」

「それだけわかりゃ上等だ。行こう!」

「こっちです」

 身を低くして駆け出すレムに、服の裾を掴んだままスバルも追いすがる。
 心なしか、レムの声にも弾むような音色があった。暗闇の中に見えた、文字通りの光明に足取りは意識せずに逸っている。

 もっとも、期待と不安は表裏一体だ。
 捉えた臭いが子どもたちだと断言しなかったレムの無意識も、知らず知らずその不安を認めているからこそだろう。
 だからこそ、答えを一刻も早く見つけ出す必要が二人にはあった。

 前を行くレムは手にした鉄球を乱暴に振るい、道幅いっぱいに広がる樹木を抉り飛ばして道を作る。その煩雑なやりようには焦りが強く感じられ、後を追いかけるスバルも自然と地を踏む蹴りつけが強くなっていた。

 息が切れ、足が重くなる。しかし、意識は鮮明だ。次第に真っ暗闇にも目が慣れ始め、スバルの視界にもわずかばかりに森の光景が映り込み始める。
 と、ふいにスバルの視界が目の前で開けた。森の中、ぽっかりと木々が口を開けた空間があった。小高い丘が広がるそこは空が開けており、差し込む月光がいっそ幻想的な雰囲気すら醸し出している。

 そんな小高い緑の丘、月明かりの眩い恩恵を受けるその場所に――、

「子どもたちだ!」

 緑の床にぐったりと、四肢を投げ出して寝転がる子どもたちの姿があった。
 慌てて駆け寄り、レムと二人で子どもたちの安否を確かめる。
 倒れているのは全部で六人。見える限りの肌に外傷は見当たらず、全員の意識はないが呼吸は止まっていない。

「生きてる。――生きてるぞ!」

 間に合った、と拳を固めて喝采を上げるスバル。
 が、その傍らで眠る少女の容態を見ていたレムは「いえ」と前置きし、

「今はまだ息がありますが、衰弱が酷すぎます。このままじゃ……」

「衰弱……呪いか!」

 見れば子どもたちの顔色は蒼白で、荒い息は丘に上がった魚のように喘いでいる。額にはひどく冷たい汗が浮かび、悪夢に苛まれるように苦しげな寝顔をしていた。
 呪術――己の身にも幾度も襲いかかったそれを客観視し、スバルは唇を噛みしめ、

「なんとか、なんとかできないのか。レムは解呪できないか?」

「レムの腕ではとても……せめて、姉様がこの場を視ていてくれていれば」

 焦燥感に急かされるスバルと同じく、レムもまた己の力足らずを悔しげに認める。しかし、彼女はすぐにその弱気を振り払うように首を振り、

「とにかく、気休めでも癒しの魔法をかけます。少しでも体力を戻さないと」

「ああ、頼む。俺はどうしたらいい?」

「周囲の警戒を。それと、子どもたちを一ヶ所に集めてください」

 レムの指示に従い、子どもたちを彼女の前にずらりと並べる。苦しげに呼吸する子どもたちを痛ましげに見やり、レムは地面に鉄の柄を使って円を刻んだ。
 子どもたちをすっぽりと包み込む形の円、その縁にしゃがんで手を触れ、

「水の癒し、その祝福を与えたまえ――」

 詠唱に続き、淡く青い光が粗末な円の中に浮かび上がり、寝ている子どもたちの体を柔らかに覆うと、その光をゆっくりと体内に沁み込ませていく。
 その輝きが癒しの波動であるのだと、魔法の知識に乏しいスバルにすら感じられる、優しく柔和なきらめき。
 時間が経つにつれて光は子どもたちの体に浸透し、次第に苦しげだった呼吸がわずかではあるが穏やかなものへと変わり始めた。

「すげぇな、レム。これなら……」

「言ったはずです、気休めだと。こうして体内のマナに語りかけられる内は大丈夫かもしれませんが、それが枯渇してしまえば応急処置にもなりません。一刻も早く、根本的な原因を排除しないと」

「解呪、だな。それは屋敷に戻ってベア子とパックに頼るしかない。よし、戻ろう。子どもたちを担いで……」

「――スバル?」

 即時撤退の覚悟を固めた直後、ふいに名前を呼ばれてスバルは驚く。声の方へ視線を向ければ、そこには薄目を開く茶髪の少年の姿があった。
 意識が戻ったらしき少年はその瞳にスバルを映し、苦しげに喘ぎながら、

「スバル、スバ……」

「起きたのか、リュカ。よし、いい子だ強い子だ。でも無理すんな。すぐに連れ帰って、苦しい理由とはサヨナラさせてやる。任せてくれていいから、今は大人しく休んで……」

「ひとり、奥……まだ……奥に」

「……おい、なんてった?」

 途切れ途切れになにかを伝えようとするリュカ。
 その断片的な情報に聞き逃せないものを感じ、スバルは再度問いかける。が、再び瞼を閉じて意識をなくしたリュカにはその声は届かない。
 スバルは小さく「くそ」と悪態をつき、それから森の奥へと視線を向け、

「昼の、あの場所にいた面子が行方不明のガキ共なら……ああ、チクショウ、マジだ。あのお下げの子が見当たらねぇ」

 この場に眠るのは六人、全員が名前を見知った子どもたちだ。が、この場に欠けているのは昼間にスバルを子犬の場所へと導いた少女。引っ込み思案なのか、なかなかスバルたちの輪に入ってこれなかった内気な子だ。
 あの子の姿がどこにもない。そして、リュカはわずかに戻った意識で、「助けて」とも「苦しい」とも言わず、「その子が奥へ連れていかれた」と伝えたのだ。

 まだ十歳にも届かないような子どもが、今も命を脅かされる状態にありながら、自分ではなく他人の、友達の安否を気にしたのだ。

「クソったれ」

 もう一度悪態をついて、スバルはその場に立ち上がる。
 リュカとのやり取りがイマイチ聞こえていなかったのが、疑問符を浮かべるレムにスバルは振り返り、指を突きつけて問いかける。

「質問だ、レム。子どもたちに癒しの魔法をかけっ放しにすれば、制限時間を延ばすことはできるか?」

「……現状は、可能です。でも、本当にそれはただの時間稼ぎにしかなりません。レムもこの場にかかりっきりになってしまいます」

 スバルの意図が読み取れず、応じるレムの言葉の歯切れは悪い。
 それを聞きながら、スバルの脳はめまぐるしく回転する。どうすればいいのか。この場において役立たずの自分は、どう動くのが最善となるのか。

 思いつく手段はひとつしかない。かなり博打をすることになるが――、

「レム。子どものひとりがまだ奥に連れていかれてる。たぶん、そこに例の魔獣ってやつがいるんだと思う」

「奥……ですが、ひとりずつ連れていかれたならそれは」

 最悪の想像を口にしようとするレムを、差し出した掌で食い止める。言葉を封じられた彼女に、スバルは眉間に皺を寄せながら、

「状況が悪いのは俺もわかってる。でも、かなりヤバいって思ってた子どもたちの命はどうにか拾えた。なら、残りも拾い切る努力はするべきだろ?」

「欲張って、拾って戻れるはずだったものまでこぼれ落とすかもしれませんよ」

「だから、そうならないためのレムだろ?」

 食い下がるレムが鼻白む。彼女の前でスバルは両腕を広げ、

「レムの腕力なら、子どもたち六人担いで逃げるのも無理じゃねぇだろ? 逆に俺もそこそこ力自慢なつもりだったが、ガキ六人担ぐのは無理だ。せいぜい二人、無理して三人ってとこ。回復魔法も使えないし、今、ここで俺ができることはないに等しい。なら、手の空いてる駒は有効活用すべきだ」

「…………」

「俺が奥を見てくる。レムは子どもたちを連れて、一度村へ戻ってくれ。――なぁに、無理無茶無謀はしねぇし、できねぇよ。村の連中に子どもたちを預けたら、レムが飛んで戻ってきてくれればいい」

 スバルの無茶苦茶な論法を、レムは無言で聞いている。
 その彼女の視線が一向に和らがないのを受けながら、しかしスバルの唇は口八丁手八丁でまくし立て、

「奥の子どもが……なんだ、最悪の状況なら俺も引き返すさ。でも、もしもまだ望みがあるなら、時間稼ぎぐらいはできる」

「相手がどんな相手なのかもわからない上に、レムがどのぐらいで戻ってこれるかもわかりません。最悪、見失って合流できないことだって……」

 スバルの判断が受け入れ難いのか、レムはスバルの袖を掴んで言い募る。
 こちらの身を案じているのか、それとも純粋に無謀なスバルの案を飲み込むことができないのか。
 前者だと嬉しいなと思いながら、スバルは苦笑して彼女の指を袖から外す。それから外れた彼女の指を取り、

「なぁに、見失ったりしねぇさ」

「なにを根拠に……」

「根拠ならあるとも」

 笑い、スバルは自分の鼻に指で触れて、それから彼女の顔を指差し、

「鼻、自信あんだろ? そんでもって、俺ってば実はかなり鼻につく臭いを発してるとか、LりんとかV子あたりに何度か指摘されてんだぜ」

 押し黙り、目を見開くレム。
 彼女のその驚愕にダブルで指を突きつけ、いつかのレムに、このレムが知らない彼女に意趣返しするように、

「他の誰も気付かなくても、お前だけは俺の臭いに気付く。俺の身にまとう悪臭に、咎人の残り香に――そうだろ?」

「スバルくんは……どこまで、知って……?」

「さぁて、わかんねぇことばっかりだぜ。わかんねぇことだらけで、昨日も今日も明日も、何度繰り返しても望む答えになかなか辿り着かない」

 急な話題の飛び方に、レムは煙に巻かれたような顔をする。そんな彼女の反応を仕方ないと思う反面、このことを笑い話にできる自分の心境にそこそこ驚嘆。
 なんともまぁ、図太い神経に仕上がったものだと自分で自分を褒めてやりたい。

「お前が俺に聞きたいこといっぱいあるみたいに、俺もお前に聞きたいことがいっぱいある。だから、全部片付いたらお話しようぜ。夜通しお互いの部屋で、寝間着で深夜のガールズトークだ。約束、な」

 そうして無理やり、手に取ったままだった彼女の指と己の指を絡める。
 小指と小指が絡んだ状態で、レムはスバルを戸惑いの瞳で見る。そんなレムの前でスバルは大きくその絡めた指を上下に振り、

「ゆーび切った、と」

「い、今のは……?」

「俺の故郷の約束の儀式だ。破ると針を千本飲まされる羽目になる。一のダメージが千発分くるから、HPが三桁しかないRPGなら即死技だわな」

 畳みかけられ、スバルの言動はもはやレムの理解を越えている。困惑に困惑を重ねて言葉もないレムに、スバルは「つまるところ」と前置きして、

「俺はレムりんを信じてるよ。だから、レムりんに信じてもらえるように俺も行動したい。そのための約束を、今しよう」

「――――」

「言ったろ? 俺は約束を守るし、守らせる性質だって。だから、心配されなくたってへっちゃらぷーだっての」

「ぷーって……」

 ついに堪え切れず、レムが呆れのため息をこぼしながら力なく笑う。
 そのまま笑いの衝動を殺し切れず、レムは小さく笑い続け、それにつられたようにスバルもまた声を殺したまま笑う。
 そうしてひとしきり笑い、笑い終えて、顔を上げたレムは、

「約束、しましたよ。――本当に、色々と聞かせてもらいますからね」

「初恋の子の名前でもなんでも話すよ。現在進行形で好きな子の名前以外はな」

「それはもう知ってます」

「本人には届かないのにね!」

 どこか、置き去りにしていたような彼女とのやり取り。
 それを再現して、スバルは己の満足を得る。レムもまた、真剣な面差しで、

「すぐに戻ります。決して、無茶はしないでください。エミリア様に怒られてしまいますから」

「俺もエミリアたんに怒られるのはごめんだ、気をつけよう。――ま、それに大丈夫だって。今日の俺、だいぶ鬼がかってっから」

「鬼、がかる……?」

「神がかるの鬼バージョン! 最近の俺のマイフェイバリット!」

 両腕を交差して足を開き、虚空を掴む新ポージング。
 そのスバルの軽薄な虚勢を、レムはどう思っただろうか。

 彼女はそのスバルの態度には言及せず、

「また、あとで」

 と、一言を残し、子どもたちをひとまとめに抱え上げる。小柄な少女がその小さな肩に、年少とはいえ人を六人も担ぐ姿は大道芸じみていて、こんな状況なのに遠ざかる背中を見送りながらスバルは笑ってしまう。

 森の中、小高い丘にひとりだけ取り残され、静寂が落ちる世界で深く息を吐き、スバルはゆっくりと件の方向へ振り向き、

「んじゃま、やるとしますか、スバルさんよ」

 震えそうになる自分を奮い立たせるように言い、約束を交わした小指を強く噛んでから走り出した。

 ――行く先に待つのは絶望か、希望か、それとも。


 幾度も届いたはずの四日目の朝が、今は遠い。


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