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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第二章 激動の一週間

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第二章37 『呪術師の正体』

「姉様と、スバルくん……ずいぶんと仲良しですね」

 待ち合わせ場所で合流したとき、二人を見てレムが最初に言ったのはそんな言葉だった。
 彼女の視線は二人の間、ラムがスバルの袖を引いている箇所に向いており、ここだけ切り取ればそんな色っぽい場面にも見えたかもしれないな、と当事者のスバルは思う。

 そんなレムの早とちりを笑い飛ばし、スバルは件の場面を指差し、

「他意なんかないぜ? 純粋に俺が遅いからラムちーが業を煮やしたって話。待たして悪かった」

 軽く袖を振って指を外すと、そう言ってレムに待たせたことを詫びる。それでもレムは心なしか視線の温度を下げたままだが、ラムが自分の隣に滑るように並ぶとその顔もやめる。

 なるほど、こうして心の余裕ができてから見てみると、動じないように見えて色々と粗の多いレムの精神性よ。特にラム絡みだと、その危うげなシスコンぶりが炙り出されてよく見える。

「姉様……」

「バルスも言ってるわ、レム。他意はない、そうでしょ?」

 妹の縋るような声を、ラムは澄まし顔でそう切って捨てる。まじまじと、同じ顔の姉を見ていたレムは、ふとなにかに気付いたようにその瞳を細めて、

「姉様、ひょっとして視たんですか?」

「そうね」

「……あれほど止めたのに」

「それが必要ならそうする。それ以上は言うだけ無駄よ、レム」

「二人だけの世界で会話されると、置いてけぼりの俺が泣いちゃう。混ぜて交えて歓談しよう、ぜ!」

 真剣なレム、それをかわすラム。そこに割り込む茶化したスバル。二人、特にレムはそんなスバルの態度にキッと鋭い目を向ける。
 なにが理由か曖昧だが、どうもかなりレムの警戒を招いてしまったらしい。逆にラムからは好感を得ているような気もするので、扱いの難しい双子だと改めて認識させられる。

 このままだと、BADまっしぐらな雰囲気だ。
 どうにかしてレムの好感度を上げたいところだが、どうすればいいのか見当もつかない。
 とりあえずは、

「ま、ま、ま、アレだ。そんな殺伐としないで楽しくいこうぜ。当初の目的、荷物持ちでもなんでもするよ」

 肩を回し、腰を回し、労働に勤しむアピール。
 細々とした買い物のいくつかは、すでにレムやラムの持つ小包の中に入っているのだろう。スバルの担当はラムの話が正しければ、男手を必要とする大物担当のはず。
 そんな意識で双子の背後に視線を送り、スバルは後悔する。

 そこに堂々と鎮座する、ひと抱えはありそうな樽っぽいものを見つけてしまったからだ。

「……限度がありませんかね」

「七回」

「は?」

 顔に斜線を入れるイメージで声を落とすスバルに、ふとレムの唇が謎の数字を呟く。首を傾けるスバルの疑問に、レムはそれから試すような目でこちらを見て、

「途中、スバルくんの予定に合わせて休憩を入れるつもりです。七回というのが、レムの予想になります」

 久々の慇懃無礼な態度でのお辞儀に、スバルは屋敷までの距離を思う。おおよそ、徒歩で二十分ほどの距離だ。直線距離にすれば三キロもない程度の距離だが、スバルは自分のスタミナのなさをはっきりと自覚している。
 それから無言で樽に歩み寄り、そっとその重さを確かめる。ひょっとすると張子の虎的な見かけ倒しかもしれない。そんな情けない期待は、ずっしりと腰にくる重みにあっさりと否定された。

 これを担いで、三キロの距離を、七回休憩――。

 腰をひねり、その場で屈伸運動をして、背筋を大きく伸ばし、

「十回いかないように頑張ろう」

 七回休む、と挑発されたことへの反骨心どころか、それ以上の回数を提示して予防線を張る、そんな自分がちょっと好きだ。

「ちなみにラムは十三回休むと予想してるわ」

「評価を厳しくするか甘くするかの部分に私情を挟まないあたりは、お前らもきっちり公平だよな」

 好感度に微妙な差があっても、それでもレムの方がまだマシに評価しているように感じられる。
 それはそれで、首をひねりたくなる状況ではあった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 スバルたち三人が屋敷に帰り着いたのは、日差しも大きく傾いた夕刻過ぎのことだった。

 荷物の重さに負けて崩れ落ち、スバルが途中で休憩を提案した回数はおおよそ十二回。すでに二の腕の乳酸菌が悲鳴を上げ、膝下が痙攣したような震えを止める形跡がない。
 レムの予想には軽々と敗北し、ラムの悪意にだけは屈しまいという薄いプライドがここまでの旅路をスバルに歩ませた。

「着いた、着いたぞ……よくやった、俺、GJ! マジGJ」

「姉様、姉様、スバルくんてば地べたに這いつくばって大喜びですわ」
「レム、レム、バルスったら犬みたいに地面に伏せて感激しているわ」

「うるさいな、悪態つくよりやり遂げた俺をまず褒めろ。ナイーブでデリケートな俺は鞭ばっかくれてるとすぐ折れるぞ。挫折した経験が少ない、ゆとり教育出身者だからな!」

 特にこの世界にきてから鞭が多すぎる。もちろん、飴もだいぶ甘いのを与えられている自覚はあるのだが、それを考慮してもちょっと鞭の威力が強過ぎやしないだろうか。
 ともあれ、

「はいはい、ご苦労さま」
「はいはい、お疲れさま」

 おざなりにスバルの労をねぎらって、地面に置かれた酒樽をレムが軽々と持ち上げる。
 ベンチプレス八十キロの実績を持つスバルが、本気を出して肩から上まで上げられるかどうか。そんな重量の物体を、レムは片手に小物を抱えた状態で抱え込んでみせた。

 そのいっそ豪快な絵面の異常さに、スバルは思わず笑みを浮かべ、

「俺、必要だった?」

「いいえ? もともと、バルスがいなければラムとレムの二人でいつもしていたことだし……見ての通りよ」

 スバルの中の男の子をフォローする気のないラム。
 ずんずんとSEを付けそうな足取りで去りゆくレムの背を見送り、スバルは本格的に己の力仕事の無意味さを痛感する。

「じゃあ、なんでやらしたんだよ。……マジでただの嫌がらせか。おいおい、後輩いびりとかやめてくださいよ、先輩」

「わからないの、バルス。もちろん、思いやりよ」

「意味がわからん。思いやりって、なにがよ」

 スバルの問いかけにラムは「ハッ」と鼻を鳴らし、それからその肩をすくめて呆れのポーズを取りながら、

「じゃあ、バルスはレムが大きな大きな酒樽を担いで戻ってくる後ろで、香辛料がいくつか入っただけの小袋を手に、意気揚々と帰ってくるところをエミリア様に見られてもなんとも思わないと」

「マジ先輩の思いやりには言葉も浮かびませんッスわ!」

 ひざまずいてラムの尊顔に感謝の意を示す。
 自分より小柄な女の子にでかい荷物を持たせて、ドヤ顔で買い物袋だけ持って帰還するスバル――なにその地獄絵図。

 エミリアに見られること以前に、鏡で自分を見ただけで絶望感に浸れる光景に違いあるまい。薄っぺらな男の子指数が擦り切れるぐらい、それに比べれば屁の河童だ。

 と、

「姉様、ロズワール様が」

 玄関前でそんなやり取りを交わす二人の下へ、荷物を持って先にいったレムが戻ってくる。屋敷の主の名を口にする彼女に、高速で反応したのはラムだ。
 その名前がラムにどれほど活力をもたらすのか、普段からどことなく漂わせている気だるい雰囲気を一掃し、ラムはテキパキとした動きで妹に並び、歩きながら身だしなみを整える。それから、

「なにをしているの、バルス。ロズワール様を待たせる気?」

「二人だけのシンパシーでわかられても俺に伝わらねぇよ。え、なに、使用人集合ってことでいいの?」

 飲み込みの悪い子どもを見るような目で見られ、スバルは頭を掻きながら慌てて二人に続く。途中、ラムを見習って身だしなみを適当に直しつつ、屋敷の玄関を開くと、

「あはぁ、二人とも一緒だったんだね。手間が省けて助かるよぉ」

 屋敷の主であるロズワールが、両手を広げて三人を待っていた。
 藍色の長髪に、青と黄色のオッドアイ。だらしなく弛緩した微笑をたたえた優男――だが、今はいつもと雰囲気が違う。

「余所行きの格好、か?」

「ご名答。いんやぁ、私もあんまり好きじゃないんだけどねぇ。普段の装いだと、どぉしてもやっかむ輩がいるものだから、仕方なぁくしょうがなぁく、こうした礼服も着るわけだよぉ」

 普段着として襟がやたらでかかったり、幾何学的な模様の入っていたり、背景に同化しそうな色合いを好んだりと遊び心が溢れすぎている格好を好む彼が、今は初対面時のような真っ当な服に身を包んでいた。
 ロズワールの格好に、スバルは二通りの可能性を思い浮かべる。
 そして、

「来客ですか?」
「外出ですか?」

 そのスバルの浮かべた可能性を、同時に双子も口にする。
 使用人からの問いかけにロズワールは苦笑を浮かべ、

「ラムが正解、外出だ。少しばぁかり、厄介な連絡が入ってねぇ。確かめにガーフィールのところへ行ってくる。遅くはならない気だけどねぇ」

 初耳な名前に、それが人物なのか場所なのかもわからない。
 が、それだけで全てを察したとばかりに頷く双子にならい、スバルもロズワールの言に頷いて異論を挟まない。
 彼はそんな三人の態度に鷹揚に頷き、

「そぉんなわけで、しばし屋敷を離れる。どちらにせよ、今夜は戻れないと思うから――ラム、レム。任せたよぉ」

「はい、ご命令とあらば」
「はい、命に換えましても」

 即断で頷く二人に目だけで頷き、それからオッドアイがスバルを見つめる。その輝きにわずかに気圧されるような感覚を覚えながらスバルは身じろぎし、

「悪いけど、俺は命に換えるほどの忠誠はまだ誓ってねぇよ?」

「そぉれでいいとも。いきなりそんなこと誓われても、重たいし気持ち悪いからねぇ。でもまぁ、君にも任せるよ、スバルくん」

 こちらの肩を叩き、ロズワールは片目をつむって黄色の瞳だけにスバルを映し、

「きな臭いものを感じる。私のことは構わないから……エミリア様のことだけはしぃっかり頼むよぉ?」

「――ああ、それはマジ任された」

 言われるまでもない。
 ロズワールがどの程度、状況を怪しんでいるのかはわからない。わからないが、スバルははっきりとそう応じた。

 ――これまでにない展開。
 これはまさしく、スバルが起こしたアクションによって、世界に変化が生まれたことを意味する展開なのだから。

 スバルの頷きを受け取って、ロズワールは満足げに頷く。
 それから彼は一言二言、双子の忠臣に言い残すと、

「それじゃぁ、ちょっと行ってくる。何事もないことを祈るが、ね」

 どこか低い声でそうこぼし、ロズワールの背中が玄関の向こうへ。
 ふと、その背をお辞儀で見送ってから、

「あれ、思ったけど二人はついてかないんだな。おまけに外に馬車なりなんなりきてた形跡ないけど……歩いていくの?」

 スバルの疑問に対し、双子は揃って呆れたような感情を瞳に宿し、

「行っても仕方ないですから。足手まといになるだけです」

「忠誠心じゃ空は飛べないもの。スカートの中が見えるし」

「おいおい、聞き逃せないワードばっかりだったよ……」

 スバル的にはエルザに匹敵する絶望的な戦力なのだが、その二人がはっきりと力不足を自覚している。その上、ラムの発言を信じると、

「おわー、マジだ」

 ロズワールが消えた玄関を押し開き、外に主の姿が見えないのを確認。それから視線を空へ向けてしばしめぐらせると、遠く夕焼けの方角に、豆粒のような影がかろうじてマントをひるがえしているのが見えた。単独飛行中のロズワールで間違いあるまい。

「空とか飛べんのかよ……あれって、『陰』属性でもできる?」

「風と火と地が相応に扱えればできるわ」

 ラムの発言に、スバルはそれが実現する日の遠さに顔を覆う。
 すでにスバルの魔法の才能のなさは、宮廷魔術師と精霊の二人からしっかりと保障されている。
 空を自由に飛べる日がくるのは、いつのことになるやら。

 そんな感傷はさておき、

「ロズワール様がいなくても、レムたちの仕事は変わりません。むしろ、ロズワール様がいないからこそしっかりやりましょう」

「優等生な意見だこと。でもうっし、やるとすっか」

 仕切りを始めるレムの話に頷きながら、スバルの脳はめまぐるしく回転している。

 状況に再び変化が訪れた。
 そしてそれは、明らかなまでに襲撃を予期させる変化。双子もいっそう、屋敷の警備に力を入れなければと奮起していることだろうが、確実に襲撃があると知っているスバルの内心はそれどころではない。

 呪術師の正体――それを一刻も早く掴む必要がある。
 向こうのアクションが早くなったのは間違いなく、今日の村への訪問が引き金になっていることだろう。
 即ち、スバルの推測は正しく、あの中に刺客が潜んでいるだろうということだ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「そんなわけで、お待ちかねのベア子タイムだ」

 扉を押し開き、禁書庫へと足を踏み入れる。
 そのあまりに堂に入った押し入り方に、脚立に座って本を読んでいたベアトリスは大仰に肩を落とし、

「ベティーの『扉渡り』をこうもあっさり破るのはお前ぐらいなのよ。ホントにどうやってるのかしら」

「勘だよ、勘。俺の中のシックスなセンスが囁くんだ」

 扉を閉めて中に踏み込み、ベアトリスの方へ向かう。スバルの接近を彼女は心底嫌そうな顔で見ていたが、そのスバルの面差しに真剣なものがまじっているのを見たからか、ふと目を細めて、

「半日前とはまた顔つきが違うかしら。忙しい奴なのよ」

「俺だって少しはゆっくりしてぇよ。でも、そうさせてくれないぐらい忙しいのが世界ってやつらしくてな」

 次々と降って湧く事態の変化に、凡人はついていくのがやっとだ。
 あれもこれもそれもどれも、と手探りで進める内、事態は八方ふさがりになることも珍しくない。
 その点、今の状況は追い詰められている。が、一方で相手を追い詰めにもかかっているという自信があった。

「お前に確かめてほしいことがあってな。超特急で風呂掃除終わらせてきたぜ」

「優先度が風呂の方が上なら、大した話じゃなさそうなのよ」

「風呂が優先っていうより、レムの好感度管理が優先っていうか……いや、それはいいんだ」

 広大な浴場を掃除するのは骨の折れる仕事だ。それなりに慣れてきた今でも、全身がだるくなるほどの重労働である。それだけに、それをサボった場合のレムの反応が恐ろしい。
 ただでさえ、姉と親密にするスバルに対して、今回のループでの彼女の好感度はあまり高くないのだから。

 呪術師を見つけ出しても、レムの好感度が低くてBADルートに入ったのではスバルが浮かばれない。
 二通りの脅威に対処しなければならない、まるで二股かけた男みたいな綱渡り感が今のスバルにはあった。
 もっとも、フラグ管理のミスが即死亡につながる二股もそうそうないとは思うが。

「しかもそんな色っぽい話じゃねぇし」

「また話がずれてる。……それで、ベティーになんの用かしら」

「ああ、それなんだけど……」

 とりあえず、話を聞いてくれる風なベアトリスの前でスバルはしばし黙考。どんな形で切り出すべきか迷い、ひとつ頷き、

「ちょっと俺が呪われてると思うんだけど、確かめてくれない?」

「……お前はなにを言ってるのかしら」

「ちょっと俺が呪われてると思うんだけど、確かめてくれない?」

「誰が同じこと二回言えって言ったのかしら! 呪術師の詳しい話をして半日しか経ってないのよ! 影響されやすいにも限度が……」

 スバルの被害妄想だとでも思ったのか、怒鳴りつけるベアトリスが乱暴に本を畳んで近づいてくる。が、途中でその勢いは消沈し、代わりにその愛らしい表情を染めるのは疑惑の色、そして確信。
 立ち止まり、ベアトリスはスバルを怪訝な瞳で見上げ、

「術式の気配がある……お前、本当に呪われているのよ」

「マジで? なんとなくそうだとわかってても、実際に言われるとけっこうショックだな、それ」

 呪いの被害を被ること覚悟の上とはいえ、実際に呪われていると他者から断言されるのはくるものがある。
 それはスバルの考えが肯定されたということであり、あの気のいい村人たちの中に、件の刺客がまぎれていることを確定させることに他ならないのだから。

「どんな種類の呪いかとかってわかる?」

「単に術式を見ただけじゃそれはわからないのよ。呪術に関してはベティーも見識は深くないし、知りたいことでもないかしら。ただ、十中八九、命を取られる類のものになるのよ」

 脅しでもなんでもなく、淡々とその事実を告げるベアトリス。
 その彼女の発言にスバルは静かに頷く。呪いがその類の力を発揮することは、スバルはすでに身をもって体験した事実だ。
 動揺のないスバルの表情に驚いたのか、ベアトリスはその大きな瞳をぱちくりと瞬きし、

「肝が据わっているのよ。死ぬのが恐くないのかしら?」

「は? バカじゃねぇの? 死ぬの超恐ぇよ? この世で死ぬより恐いことなんてそうそうねぇよ。死んだ方がマシとか、そんな言葉はぜひ死んでから言ってもらいたいもんだね」

 それだけはスバルが異世界で得た、絶対に譲れない真実だ。
 『死』は絶対だ。軽はずみにそれを扱うことなど許されない。そして、『死』を比較するものとして簡単に口にすることもまた、それをそうと知らないものだけができる軽率な愚考に他ならない。

 そう知ってしまったからこそ、『死』を何度も味わったスバルだからこそ、『死』以上に味わいたくない感覚を味わわないために、こうして世界をやり直して戻ってきたのだから。

「だから今回で、切り抜けさせてもらうぜ、運命」

 指を天に突きつけ、スバルはどこから見ているかわからない、そんな超常の存在に宣戦布告を叩きつける。
 それから改めてベアトリスに向き直り、

「んじゃ、ちゃっちゃか呪いの解呪を頼む。時間がないんだ」

 少なくとも犯人を見極め、件の相手が行動を起こすより先にこちらからの攻めを行わなければならない。
 初めて先制するチャンスを得て気が逸るスバル。そんな彼に対してベアトリスは首を傾け、

「なんでベティーがお前の命を救ってやらなきゃなんないのかしら」

「そういう可愛げのないこと言い出すと思って説得方法は準備してたよ。俺が死んだら、パックが悲しむぜ」

「……にーちゃはお前みたいな人間がひとり二人死んだところで、そこまで大きく心を乱さないかしら」

「いやいや、俺が死ぬとエミリアたんががっくりくる。エミリアたんががっくりくると、パックにもダメージがいく。そして、未然に防げたのに防がなかったお前の立場やいかに!」

「お前、助けてもらおうって命乞いする場面で脅迫とか、完全に頭がわいてるとしか思えないのよ!」

 苛立ちに地面を踏み鳴らし、しかし効果的な反論が思いつかなかったらしいベアトリス。
 彼女は苛立ちを長い吐息に乗せて自分を納得させ、スバルを手招きして近づいてくるよう指示する。

「口車に乗ってやるかしら。ただし、金輪際これ以降のやり取りにベティーは関わらないのよ」

「それも正直、約束はしてやれねぇな。困ったときは力必ず借りにくるぜ。お前のスネをかじり倒して、粉にしてスープにして飲む」

「お前、助けられる立場って自覚あんのかしら?」

「我を通すことには定評があんだよ。伊達にひきこもりしてねぇぜ」

 サムズアップして歯を光らせるスバルに、ベアトリスは諦めたように頭を振る。
 それからふと、掌に白い光を宿らせて、スバルの体に触れる。

「今から、術式の刻まれた呪印を破壊するのよ。呪術師が直接触れた箇所だから、せいぜい参考にするかしら」

「おおよ、布石は打ってあるぜ、ご安心」

 光を宿す掌が近づくのを見ながら、スバルは己の体を改めて確認。
 容疑者たちにそれぞれ、触らせた位置は異なっている。ゆいいつ、若返りババアだけがこちらの意図を無視して尻を触ってきたが、ベアトリスの手が尻に向かったら向かったでそのときだ。
 ババアが犯人であるという事実を受け止めた上で、ベアトリスのセクハラ行為についても弾劾してやろう。

 そんなスバルの思惑は――、

「――は?」

 ベアトリスの掌が触れた位置の意外さに、完全に外れた。

 温かな光が肌に沁み込み、じんわりと熱を持つのが感じられる。ふいにわいたのはかすかな痒みだ。それは内側から染み出すように溢れて出て、そしてついには、

「黒い、靄……?」

 ベアトリスの光る手の中に、黒い靄となって直接掴まれる。
 痒みは消え去り、掴み出されたそれがその感覚の原因だったのだろうと伝わる。そして、その靄はベアトリスの掌の中で、

「忌まわしいったらないのかしら」

 ぐしゃりと、そんなイメージの潰され方で消失する。
 手を振り、その掌から靄も光も振り払うベアトリス。彼女はそれを見守るスバルの視線に気付くと、

「終わったのよ。これでもう、お前は平気かしら」

 そう告げられて、思わず深い息をつくスバル。
 知らず、緊張から息を止めていた自分の小心さに気付くが、今はそれを自嘲するより先に聞かなくてはならないことがあった。

「なあ、ベア子」

「その呼び方は……」

「今の掌が触った場所が、呪術師が触った位置でいいんだよな?」

 遮り、重ねて問いかけるスバルの言葉にベアトリスは首肯。
 その頷きをもって、スバルは一連の呪術師の犯人の正体を知る。

 当初の予定ならば、犯人を突き止めた上での行動は明日を待つことだった。
 ラムとレム、そして屋敷の主であるロズワールに渡りをつけ、その上で村の呪術師をいぶり出し、事態の解決を図る。
 そんなビジョンがスバルの中にあったのだが――、

「村に、行かねぇと――!」

 扉の外へ、ベアトリスへの礼の言葉を残すことすら忘れて駆け出す。
 当初の目的もなにも、全てかなぐり捨てて、走るスバルの内心を占めるのはひたすらに無慈悲な運命への罵倒のみ。

「どこまでもどこまでも……ふざけやがって!」

 思い浮かぶ限りの怒りを罵声に乗せて、スバルは走る。
 走る。

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