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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第二章 激動の一週間

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第二章21 『逢魔時の鬼ごっこ』

 瞬間、スバルの脳裏を支配していたのは完全な空白だけだった。

 目の前の光景を否定したい、などという縋りつくような懇願も思い浮かばない。ただひたすらに、スバルの思考は白の景色に覆い尽くされた。

 喉が凍り、呼吸すら忘れ、心臓すら鼓動を止めたかのような停滞。それを解いたのは額と伝う、一滴の汗が肌を撫ぜる感触だった。
 顎の先から地に落ちる汗の感覚に、スバルの意識は空白から帰還する。

 だが、現実と向き合えば目の前に立つのは、そこにいると信じたくなかった人物であることは否定しようがない。

 ――マズイ。マズイマズイマズイマズイマズイマズイ。

 空白に続いて思考を埋め尽くすのは、焦燥感と混乱でしっちゃかめっちゃかになってしまった繰り言だ。
 なにもまともに考えられない。目の前に立っているのは、本当にスバルの知るレムだろうか。あるいは偽物ではあるまいか。偽物の可能性、あるわけがない。そんなことをしても意味がない。

「実は三つ子とか……」

 仮にそうだったとしても、なんの慰めにもならないことはスバル自身が一番よくわかっていた。
 先までの戦意が霧散してしまっているスバルを見ながら、レムはその短い青髪をそっと空いた手で撫で、

「抵抗されなければ、楽に終わりにして差し上げますけど」

「その申し出に、はいそうですねよろしくお願いしますヘケッって言うような人間がいると思うかよ」

「失礼しました。そうですね、お客様は確かにそういう方でした」

 ぺこり、と丁寧にお辞儀する姿はあまりにこの場面の雰囲気と乖離している。ともすれば屋敷の中での一幕と勘違いしてしまいそうになるほど、彼女の立ち振舞いは普段と変わるところがない。
 それだけに、彼女の手に握られた無骨な獲物の異物感はとてつもなかった。

「女の子にごつい武器ってのは、確かにロマンだけどな……」

 鉄の鎖に棘付きの鉄球、直撃した相手をミンチする致死性の打撃武器。彼女にこれをチョイスしたのは、趣味がよほど悪い御仁に違いあるまい。
 一度はこれの威力を味わい、その命を散らしたスバルだ。意のままに彼女がこれを操れることは実体験済み。
 思わず息を呑み、焦りを額の滴へ変えながらも言葉を作る。

「どうしてこんなことを……って、ありきたりな台詞言っていいか?」

「そう難しいことでは。疑わしきは罰せよ。メイドとしての心得です」

「汝、隣人を愛せよって言葉はねぇのかな?」

「もうレムの両手はどちらも埋まっておりますので」

 時間稼ぎに付き合うつもりはないのか、受け答えに応じるレムの視線は片時もゆるまずスバルを見ている。
 彼女の動向はわからない。だが、たったひとつだけわかること。

 それは、今動けば、確実に死ぬということだ。
 まがりなりにも五度死んだスバルの本能が、そう絶叫しながらアラートを鳴らしている。

 膠着状態というには一方的な詰めの場面。スバルはひたすらに頭を回転させて、少しでも情報を絞り出そうと苦心する。
 レムの逆鱗に触れず、彼女の興味を惹き、話題を引きずり出さなくてはならない。そう自分に言い聞かせることで、スバルは眼前に迫っている絶望的な事実から一時的にでも目をそらそうとする。

 それと向き合ってしまえば、膝から崩れ落ちることを堪えることなどできるはずもないのだから。

「――ラムは、このこと知ってるのか?」

 ふと、口をついて出たのは彼女と瓜二つの容姿を持つ姉の名前だ。
 愛想が悪く、口も悪く、態度も悪い、メイドとしての能力は妹にALL届かないと踏んだり蹴ったりな能力値だが、スバルにとってはロズワール邸での合計日数をもっとも長く過ごした相手。
 口ゲンカすらそれなりに楽しんだあの少女までも、スバルの敵に回っているとしたら――考えただけで、体が震える思いだった。が、

「姉様に見られる前に、終わらせるつもりです」

 レムが口にした答えは、図らずもスバルが求めていた答えと言っていい。
 状況は悪いままだが、気分までも最悪に落ち込むのは寸前で防がれた。

 長い息を吐き、それが思わず安堵からきたものだとスバルは驚く。
 こんな追い込まれた状況に、楽観できる部分を見つけるなど、どれだけ自分はぬるま湯に浸かり切った考え方をしているのかと。

 顔を上げ、スバルは真っ向からレムの目を見つめ返す。そして、睨み返されたレムがかすかに眉を寄せるのを見ながら、

「つまり、独断だな? ロズワールの指示じゃないと」

「ロズワール様の悲願成就に、障害となり得るものはこの手で排除します。あなたも、その中のひとつというだけのこと」

「飼い犬の躾もできねぇのか。噛まれる通行人Aの気にもなってみろってんだよ、なぁ?」

「ロズワール様の侮辱は許しません」

 レムの本心を探ろうと、軽く挑発したスバルの横っ面が弾ける。
 打撃のインパクトに視界が揺れ、鋭い痛みに思わず触れた頬、そこを真っ赤な鮮血がべっとり濡らした。
 未だ壁に繋がる鉄球――その接続部である鎖を鞭のように扱い、鉄の鞭としてスバルの横顔を打ったのだ。頬は鎖の模様に歪に裂け、額を流れる血が左目に入って痛みを訴える。

 軽口ひとつでこの被害だ。だが、その甲斐あって拾うものもあった。
 少なくとも、彼女のロズワールへの忠義はまず本物だ。そして、スバルの始末がロズワールのためだと考えているのも、おそらく事実。
 スバルのロズワール邸から外への離脱は、王選でエミリアを支援するロズワールにとって不利益になると判断されたのだ。
 つまるところ、まとめてみるとその心は――、

「ああ、そういうことか。――そんなに、俺が信用できなかったのか」

「はい」

 躊躇なく頷かれて、スバルは胸の奥に鋭い刃物を突き込まれたような痛みを感じた。その答えはスバルにとって嫌な想像を掻き立てるものであり、その想像を肯定されることはこれまでの日々のあらゆる場面の彩りを変える。
 故に、スバルは胸に内に芽生えたその疑惑を口にはしない。

 ただ、滑稽な自分の間抜けさを自嘲するように口の端を歪めて、

「ざまぁねぇよ、俺。うまくやってたなんて、勘違いしやがって」

「……姉様は」

「聞きたくねぇよ! ――食らえ!」

 叫び、レムがわずかに逡巡を見せた瞬間、スバルは腰の裏に仕込んでいた携帯を前に突き出す――直後、白光が闇に沈んだ森を切り裂き、刹那の間だけレムの動きに停滞を生み出した。

「――っらぁ!」

「――――ッ!」

 飛び出し、小柄な体へ肩からのタックルをブチ込んで吹き飛ばす。
 どういうカラクリか、あり得ない膂力で暴力装置を振り回すレムだが、単純なぶつかり合いになれば体格と体重差でスバルの方が有利だ。
 手加減なしの突撃に小さな体躯は後ろへ飛び、バランスを崩して地面に倒れ込む。その横を、わき目もふらずに一気に駆け抜けた。

 喘ぎ、肺に空気を押し込みながら思考と足を走らせる。
 これがレムの独断だとすれば、スバルの命を拾う算段はまだ立てられる。屋敷まで駆け戻り、雇い主本人に直談判できれば可能性はあるはずだ。
 が、ロズワールの意見もまたレムと一緒だとすれば、わざわざライオンの檻から抜け出し、狼の檻へ駆け込む愚行に他ならない。

「それ、でも……エミリア……なら」

 記憶の中で誰よりも燦然と輝く、あの銀髪の少女ならば疑う余地もない。
 彼女ならば、彼女ならば、彼女ならば――。

 ――王選の当事者であり、ともすればスバルの存在がもっとも疎ましいかもしれない彼女が?

「――――!?」

 ふいに心中に浮かび上がる不安の発露。それがどこまでも暗く冷たい自分の声だと気付き、スバルは雷に打たれたような衝撃を受ける。

 まぎれもなく自分が、自分の声で、エミリアの心を疑ったのだ。
 あのまっすぐで、一生懸命で、他人のために損することを躊躇わないような少女のことを、そうと知っているスバル自身が疑ったのだ。

 立場が変われば、考えも変わる。
 現にレムがそうであるように、あの屋敷の他の人間がスバルの命を狙わないとどうして言い切れる。
 そもそも、二回目の死亡時に内部犯の可能性を疑わなかったのが間違いなのだ。屋敷の中の出来事だ。やりやすいのは当然、内部の人間に決まっている。
 上辺だけの関係性に目を曇らされ、見過ごしてきた結果がこれだ。
 無様に山中を逃げ惑い、打開策のひとつもまともに出てきやしない。

 ――なにが今回はあえて情報収集に徹する、だ。

 いざ、目の前に予想と違う形で脅威が訪れれば、こうして命を吐き出しながら生にしがみつくしかないではないか。
 驕っていた。甘く考えていた。浅はかだった。

 息を荒げ、坂道を転がるように踏破しながら、スバルの頭を埋め尽くすのは現状を打破する方法でなく、ひたすらに後悔の言葉だけだった。

「俺は……いったい、何のために……っ」

 泣き言がこぼれ、涙が思わず視界をぼやけさせる。
 足取りが乱れ、ふいに森が途切れると、スバルは開けた空に夜が迫ってきているのを見た。
 そして――、

「――あ?」

 超高高度からの風の刃が一閃――スバルの右足の膝から下を吹き飛ばしていた。

 勢いのままに大きく跳ねる右足の先端を見ながら、スバルの体は大きく体勢を崩していた。バランスが狂い、走る勢いが回るままに体が傾いで地面に激突。衝撃で頬の傷が再出血したのと、肩口を思い切り木々にぶち当てて鈍い音が響き渡り、脳に直接電極を刺したような痛みが駆け巡る。なにより、

「ぁああああが! あ、足がぁぁっ!!」

 痛みがない、それが逆に恐ろしい感覚だった。
 右足は膝下が消失し、吹っ飛んだ断片は茂みの向こうへ飛んだきりだ。傷口は桃色の肉を鮮やかに見せつけ、鮮血はまるで切断に気付いたのが今さらであったかのように遅れて噴き出す。同時、痛みも遅れて神経を侵した。

「――――――――――ッッッ!」

 地面を引っかき、声にならない苦痛を盛大に上げる。
 傷口を押さえ、体を振り乱し、空いた右腕は地面を叩き、木を殴りつけ、爪が盛大に剥がれ、その熱さに意識が沸騰する。

 苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いた。
 痛みが神経を鑢で削り、脳を直接鉋掛けするような自分を損なわれる感覚。一秒ごとに血がすさまじい勢いで失われ、それはそのままスバルの命の源の消失を意味していた。

 そこへ、

「ああ、やっと追いつけました」

 メイド服のスカートを揺らし、レムが凶器を引きずりながら現れる。
 彼女は地べたを転がり回るスバルを見て、その右足の欠落を見取ると、しばしの黙考のあとに頷き、

「痛いでしょう、苦しいでしょう。少し、待っていてください」

 屈み、レムはその白い掌をスバルの傷口へと向ける。
 すでに喉は声なき絶叫で嗄れ果て、のた打ち回るような痛みに体力を奪い尽くされて動く気力も残っていない。
 スバルは濁った視界を動かし、レムの動きを黙って見届ける。と、

「水のマナよ、この者に癒しを」

 呟き、ふいに柔らかな淡い光がレムの掌から放たれた。
 光はスバルの右足、その切断面をゆるやかに覆うと、その淡い光でもって痛みと喪失感を補い始める。
 むず痒さにも似た感覚に治癒の気配を感じ、スバルは遠くへ行きかけた意識を引っ張り戻し、愕然とレムの顔を見つめる。

 痛みが完全に消えたわけではないが、それ以上の驚きがスバルを支配した。
 この期に及んで、レムがスバルの治癒をする理由がわからない。スバルの視線を受け、レムの面差しにわずかな微笑の気配が浮かぶ。
 そこに、ほんのささやかな希望を見出し――、

「せっかく生き延びたのにあっさり死なれては、聞き出すことも聞き出せませんから」

 続く彼女の言葉に、それが儚く愚かに過ぎた楽観だったと思い知らされた。

 レムの腕が引かれ、鎖の音が鳴り響くと鉄球が飛んでくる。
 地面に倒れるスバルの、その上半身のすぐ隣へ直撃したそれは、近くで見れば見るほどに無骨で、大雑把で、ただひたすらに命を脅かすことにのみ特化した暴力装置だ。

 わざわざ見える位置に鉄球を運んだレム。彼女の真意は十分に伝わった。
 お前の命は自分が握っていると、そう知らしめるためのわかりやすい示威行為だ。
 スバルの瞳が諦観を宿すのを見て、レムは「では」と前置きして、

「お聞きします。あなたは、エミリア様に敵対する候補者の陣営の方ですか?」

「……俺の心はいつでもエミリアたんの味方だ」

 言った瞬間、たわんだ鎖がスバルの上半身を激しく打った。
 道中、枝などで裂けていた肌着があっけなく破れ、その下の肌にも同じだけの裂傷が刻まれ、スバルの絶叫が森に響き渡る。

「誰に、いくらで、雇われているんですか?」

「エミリアたんの笑顔に、プライスレスで」

 手首の返しで同様の仕打ち。まったく同じ位置を寸分の狂いなく打つ技術を体感しながら、苦痛の叫びでその技量を褒めたたえる。

 その後も、似たような質問に似たような返事。
 その数の分だけ鎖の音が響き、それに続いて苦鳴と悲鳴の大合唱だ。
 意識が吹き飛ばされそうになるたび、レムの手ずから回復魔法で治療され、治癒と暴力の無間地獄を繰り返されるスバル。
 精神は摩耗し、意識は何度もまばらに途切れている。それでもなお、レムの仕打ちに心だけは屈しなかった。

 そんなスバルの頑なな態度に疲れを感じたのか、ふいに空を見上げるレムがぽつりと、

「そろそろ戻らないと。夕食の支度が遅れてしまいますので」

「……晩飯か。今日の、メニューは、なんなのかな……」

「そうですね。挽肉のパイ包みなどいかがでしょう」

 ことさらに鎖を鳴らして鉄球の存在を誇示するレムに、スバルは「晩餐に並ぶのは勘弁」とそう応じるのが精いっぱいだ。
 最後まで軽口を叩き続けるスバルの姿勢に、レムはついに吐息で感情を表現。それからふと黙り込み、いつにも増して感情の消えた瞳でスバルを見下ろすと、

「――あなたは、魔女教の関係者ですか?」

 聞き覚えのない単語が飛び出し、スバルは困惑に眉を寄せた。
 それがこの場のどんな状況に則した単語なのか。レムの真意がわからず、返答を保留する。そんなスバルにレムは、

「答えてください。あなたは、『魔女に魅入られた者』でしょう?」

「……魔女、に?」

「とぼけないでください!」

 激昂したかのように声を高くして、レムは心なしか鋭い視線でスバルを射抜く。それは本当の意味での初対面から、ことこの命の奪い合いに至るまで全ての場面を通じて、初めてレムが感情を露わにした瞬間だった。

 普段は冷静さを決して失わない白い面に、わずかに怒りの朱を差したレムがスバルを殺意すら浮かべて見下ろしている。

 その身に覚えのない殺意を向けられ、スバルは力なく首を横に振り、

「知ら、ねぇよ……そもそも、うちは代々……無宗教……」

「まだとぼける。――そんなに魔女の臭いを漂わせて、無関係だなんて白々しいにも程がありますよ」

 レムはスバルの前で腕を振り下ろし、唇の端を歪めて怒りの形相を作った。そのこれまでにない感情表現に、スバルは彼女の本質にわずかに触れたような気がして目を見張る。

「姉様も他の誰も気付かなくても、レムだけはその臭いに気付きます! その悪臭に、咎人の残り香に、嫌悪と唾棄を抱きます」

 黙り込むスバルの前で、レムは歯ぎしりしそうなほど唇を噛みしめ、

「姉様とあなたが会話しているのを覗いているときも、レムは不安と怒りでどうにかなってしまいそうでした。姉様があんな目に遭った元凶が、その関係者が……のうのうと、レムと姉様の大事な場所に……」

 要領を得ない言葉が恨み言のように呟かれ、怨嗟の吐息がスバルに容赦なく浴びせかけられる。

「ロズワール様が歓待しろと仰るから、レムも様子を見ていました。……でも、もう監視する時間すら苦痛でならない。姉様が世話をするのを装って、あなたと親しげに振舞っているだけと知っていても!」

 溜め込んでいた憎悪を一気に吐き出すように、レムはこれまでの感情の少なさを取り戻すように激情をスバルに叩きつけた。
 言い切り、肩を揺らし、彼女は瞳に憤怒を宿してスバルを睨む。と、ふいにその瞳が驚きに見開かれた。
 それは、

「――なんで、だよ」

 憎悪を口にしたレムの前で、スバルが静かに涙をこぼしていたからだ。

「わかって、たよ。……想像、ついてたさ」

 喉がしゃくり上げ、込み上げてくる熱いものが次々と瞼を通って頬に落ちる。滂沱と止めようのない涙を流しながら、スバルは途切れ途切れに涙声で、

「こんな目にあってんだ。……優しくされたのにだって、裏があんのはわかってた。でも……聞きたかぁ、なかったよ」

 何もできないスバルに、家事の基本を教えてくれた二人。
 執事服の着方もわからないスバルを嘲るラム。彼女をたしなめながら、着付けを手伝ってくれたレム。
 刃物の扱いが下手糞で、野菜の皮むきもまともにできなかったのを、どうしてかラムは根気良く付き合って教えてくれた。レムだって厨房で悪戦苦闘するスバルに、メニューが完成するたびにお裾分けを差し出してくれたものだ。

「野菜の皮、剥くときに手ぇ切らなくなったよ。洗濯もんだって、素材で洗い方が違うってわかったし、掃除はまだ教わってる最中だけど……」

 四日と四日じゃ、それ以上の上達はまだ望めなくて。
 でも、いくつかの四日を乗り越えて、その先の日々でならまだ知ることもできるだなんて考えていて。

「読み書き……簡単なやつだけど、できるようになったんだ。童話、読めたんだぜ。お前たちのおかげで……」

「なにを……言っているんですか?」

 うわ言のようなスバルの声に、レムは気味の悪さでも感じたように声の調子を落とす。スバルは息を絞るように彼女の目を見上げ、

「お前たちが、俺にくれたものの、話だよ……」

「そんなこと、記憶にありません」

「――なんで、覚えてねぇんだよ!!」

 ふいに噴き出した激情に、レムの足が思わず一歩、後ろに下がった。
 寝ていた体を起こし、バランスの悪い上半身で地面を掻き、歯を剥き出すようにしてスバルは吠える。

「どうして、みんなでよってたかって俺を置いていくんだよ……! 俺がなにしたっつーんだよ……! 俺になにをしろって言うんだよ……!」

 感情が制御できない。八つ当たりも甚だしいとわかっていながら、それでもスバルの心が、魂が叫ぶのをやめられない。
 異世界に呼び出され、理不尽に追いやられ、それでもなお歯を食いしばって過ごしてきた。だが、もう限界だった。

「なにがいけねぇんだよ……なにが悪かったんだよ。……お前ら、どうしてそんなに俺が憎いんだよ……?」

「――レムは」

「俺は……お前らのこと、だい」

 ――衝撃が、その後の言葉を続けさせなかった。

 不意打ちの威力に体が傾ぎ、スバルの体は背後の樹木へゆっくりとぶつかる。
 掠れた息と水があふれるような音が間近で聞こえて、スバルは視線をさまよわせる。と、すぐに原因が見つかった。

 喉だ。
 スバルの喉、それの右半分がなにかによって抉られ、気道の途中から空気と血泡が猛然と噴出している。

 目の前、唖然とその傷を見やるレムの顔が見えた。

 それだけ見届けて、スバルの目は光を失い、ぐるりと白目を剥いた。
 声は続かない。意識も電源を切ったように落ちる。
 遠ざかる。痛みはない。怒りも、哀しみも、感情すらどこかへ消えた。

 ただ最後に、

「――姉様は、優しすぎます」

 そうぽつりと、誰かの悲しげな声だけが聞こえた気がした。

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