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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第六章 『記憶の回廊』

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第六章8  『砂丘の洗礼』



 ――出発の朝がきた。

 休息日を一日入れて、事前の根回しや聞き込みをした翌々日だ。
 ミルーラの町の入口には砂丘越えの準備を済ませ、各々の装備を整えたスバルたちが集まっている。そんな中、竜車を見るスバルは感嘆の息を吐いた。

「ほあー、これが……」

「砂丘越えのための地竜――砂地に強い、ガイラス種だ。砂風や乾燥に適応した種族で、揃って大型だが気性は穏やか。扱いやすさで知られる、このあたりの固有種だよ」

 竜車に繋がれる地竜を見やり、目を丸くするスバルにユリウスが補足する。
 プレアデス監視塔を目指すにあたり、突破する必要のあるアウグリア砂丘。砂の支配する広大な道を行く上で、一般的な地竜の足では難所を乗り越えられない。
 故にここまで街道を引いてきてくれた地竜を切り替え、この先は現在のガイラス種なる固有種の地竜に道を開いてもらうことになる。

「固有種、か。なるほどなぁ。プリステラの水竜もだけど、世界は広いわ」

 眼前、竜車に連結される黄色い肌の地竜を眺め、スバルは腕を組んだ。
 スバルもこの世界で過ごしてすでに一年以上。地竜に対する驚きもだいぶ薄れ、当初のような感動はなかなか味わえないと思っていたのだが、見識が狭かった。

「――――」

 平たい頭部に、棘のような鱗を体中に生やした黄色い地竜。体格はオットーの愛竜であるフルフーに近い。フルフーは地竜の中でもスタミナに優れた種族で、三日三晩走り通せると飼い主が豪語していたものだ。そのフルフーの外見は、スバルの知識だとトリケラトプスに近いといえるだろうか。

 一方で目の前にいる地竜は、近似の知識を探ればアンキロサウルスと似ている。
 ただ、尻尾は短く、オリジナルと違って武器にはなりそうにない。そして特徴的なのは皮膚や顔つきよりも足の造りだ。――太く短い四足の先端はいずれも丸まり、鋭い爪がスパイクのような役割を果たし、巨躯を大地に繋ぎ止めている。

「うっかり踏まれたら取り返しのつかないことになりそうな足だな」

「アウグリア砂丘の砂は粒子が細かい。こうした足でないと、斜面を滑り落ちてしまいかねないんだ。ガイラス種の足の変化はそのための適応と言われている」

「砂漠地帯への適応ってことか。馬代わりでラクダ代わりで、水竜はなんだろ。動物に船を引かせるって、よくよく考えると元の世界じゃ見かけるもんでもないしな」

 考え込むスバルの脳裏にスワンボートが浮かんだが、あれは船の形が白鳥を模しているだけで、実際には人力で動いているに他ならない。かといって、ワニやカバに船を引かせる風習も聞いたことがないし、水竜の代わりは思い浮かばなかった。
 そんなことよりも――、

「砂地に適応したこいつらがいくような場所に、俺のパトラッシュ連れてって大丈夫なのか? うちの陣営きっての淑女に無理はさせられねぇんだが」

「君の愛竜は全ての地竜の祖とされるダイアナ種だ。かつては陸海空のいずれにも覇を唱えた最初の祖龍の系譜……どんな環境であろうと、一定以上の適応力がある。残念ながら、私のシャクナールには町で待機してもらうことになるがね」

 スバルの問いに答えて、ユリウスが寂しげに宿の方を仰ぎ見る。
 シャクナール、というのはユリウスの愛竜である、青い肌の美しい地竜だ。
 愛竜とはいえ、彼の地竜も『暴食』に名前を喰われたユリウスのことは忘れている。だが、さすがに躾の行き届いた地竜は騎竜者が誰であろうと礼節を欠かさない。プリステラでの一方的な再会以来、最初からユリウスを受け入れていたし、ここまでの一ヶ月半の旅路で以前に近しい絆は結ばれた様子だった。
 それだけに、愛竜を町へ残していくことへ忸怩たる思いがあるだろう。

「それにしても、自分の愛竜を身の周りで一番の淑女扱いとは……地竜に対する扱いがわかってきたと君を褒めるべきか、あるいは君の周りにいる女性陣への評価に対して苦言を呈するべきか判断に迷うところだ」

「……実際、パトラッシュの女子力の高さは侮れないところがあるんでな」

 感傷に浸る眼差しも一瞬のことで、ユリウスは即座に揶揄するような発言で自分の胸中を押し隠した。スバルも、彼のその思惑を察してなんとなしに乗ってやる。
 それを見届けると、ユリウスは手綱を握ることになる竜車の地竜へ挨拶に。スバルは代わりに竜車の方へ目を向け、ステップを踏んで扉をノックした。

「竜車は車輪だけ取り換えて中は据え置き、と」

 ノックへの反応がある前に、スバルはちらっと改造された竜車を検める。
 といっても、目立った変化は車体の下部――車輪回りと、砂風対策に砂避けを取り付けた窓枠ぐらいのものだろう。

 長距離移動用に色々と工夫の凝らされたこの竜車は、言ってしまえばキャンピングカーのような多目的な機能を備えている。車内の前方には座席の並ぶ空間があり、真ん中から後方にかけては簡単な生活用のスペースがあるという優れものだ。
 居住性を確保した上で、乗客数は最大で十名。正直、最初にこうした竜車をお目にかかったとき、スバルは自分の想像力をあっさり超えられたと驚かされた。

「電気も電化製品もなくても、魔石加工の魔石細工で代用できる道具はある。つくづく、人間ってのはどこでも便利を追い求める生き物なんだよなぁ」

「――しみじみと何を語っているのか知らないけど、準備は済んだの、バルス?」

 外観に首をひねっていると、竜車の扉が開くのと同時に冷たい声が降り注いだ。
 振り返れば、扉に一番近い座席にラムが立ち上がり、スバルを見下ろしている。

「前準備は昨日の内に済んでるからな。物の準備は十分。あとは心と体の準備になるけど、そっちも俺は十分ってとこ。お前の方こそどうだ?」

「そうね。何日も車中で過ごすと考えると、どれだけ気遣っても安心とは言えないわ。か弱いラムたちでは、砂丘の真ん中で襲われても助けを呼べないし」

「――大丈夫よ、心配しないで」

 意味ありげにラムが目を細めると、それを聞きつけてエミリアが顔を見せる。竜車の後方を片付けていたらしきエミリアは、ラムの傍らに歩み寄ってその肩を叩いた。

「たとえ何が襲ってきても、中のみんなのことはちゃーんと私が守るから。外にはスバルやユリウスもいるんだし、ばっちりなんだから」

「さすが、心強い。ほれ見ろ、ラム。エミリアたんもこう言ってるし、安心しろよ」

「そうですね、エミリア様。ラムも大変、心強いです。しかし、何も襲ってくるのは害意ある存在だけではありません。中には邪な煩悩の働く輩も……」

 言いながら、ラムの意味ありげな視線が意味ありげなままスバルの方へ向いた。
 途端、ラムの視線と言葉の裏が伝わり、スバルは唇を曲げる。

「お前、もう一ヶ月近くも平和な夜を過ごしててまだそんな疑ってんの!? 俺がお前の前でそんな盛ってたことなんかねぇだろ!? そんな勇気ねぇよ!」

「それを声高に主張するのも情けない話だけど、この車内の美観率だとどんな風に血迷ってもおかしくないわ。ラムは常々怯えているのよ。乙女心を察しなさい」

「怯えてる? 脅してるじゃなくて?」

 男女七歳にして席を同じゅうせず、的なラムの発言にスバルは声を震わせる。ちなみにエミリアは、そんなラムの言いように不思議そうに首を傾げるばかりだ。
 相変わらずのE・M・Tさと、ラムの傍若無人さ。ただ、気になることがあってスバルは「あー」と気だるげに頭を掻いた。

「姉様、体調は大丈夫か?」

「……らしくもない。どうしたというの?」

「お前の心配は杞憂だけど、俺の心配は杞憂か? それが確かめたいだけだよ」

「バルスのくせに、気が回るなんて生意気だわ」

 顔色が悪いわけでも、息遣いが苦しげなわけでもない。ともすれば普段のラムの振る舞いと変わらずに見えるが、彼女はスバルの言葉を否定しなかった。
 強がりはしないし、隠そうとも図らない。そのあたり、ラムは意外と真摯だ。

「毒舌にいつもの切れ味がないからな。本格的に体調が悪いなら……」

「二十日もかけてここまできて、目的を目前にして足踏みしろというの? いつものことだけど、今日は特に笑えないわよ」

「ラム、そんな言い方しないの」

 スバルを遮り、ラムがキツイ目つきをさらにつり上げる。そんな彼女の態度に眉尻を持ち上げ、怒ったように腰に手を当てるのはエミリアだ。
 彼女はラムの傍らに立ったまま、スバルの方へと手を向けて、

「スバルだってラムのことを心配してるのよ。それにラムのことは私だって心配。ちゃんと毎日、ロズワールに言われた治療はしてあげてるけど……」

「治療、で呼び方いいのか安定しねぇけど、やっぱり本職じゃないもんな。エミリアたんやベア子がやってても、ロズワールほどうまくいかないか」

「……それを理由にするつもりはないわ。迷惑も、かけないつもりよ」

「心配はかけてるぜ?」

「いつものバルスなら誤魔化せている程度には堪えているわ」

「いつものラムじゃないから、誤魔化されてやれねぇんだよ」

 売り言葉に買い言葉、ではない。ああ言えばこう言う、でもない。
 とにかく、静かな言葉の応酬があり、スバルの物言いにラムは不満げに唇を噛む。しかし、スバルを睨む彼女の眼にはやはり覇気に欠けている。
 それは自覚があったのだろう。ラムは吐息をこぼし、車中を振り返る。彼女の座席にすぐ隣、そこに置かれる車イスと、その上の一人の少女を見た。
 竜車の座席を取り外し、そこに車イスを設置できるように改造したスペースだ。眠る少女は関係者のやり取りにも気付かず、眠りの中に残り続けている。

「置いていく、なんてさせないわよ。そもそも、置いていかれたところでラムの苦しみが改善されるわけじゃないから。むしろ、エミリア様から引き離されれば今のラムにとっては死活問題よ。殺す気?」

「早まるなよ。最初から置いてくなんて一言も言ってねぇだろ。それにお前を残してくって話になるなら、当然、エミリアたんだって置いてくっての」

「む! スバル、私はそんなの絶対に嫌だからね」

「だーかーら、大丈夫だって! ただ、俺はラムに確かめときたいだけ!」

「確かめたいこと?」

「最初にそう言ったろうが……」

 早とちりを繰り返されて、最初の一言を忘れられたスバルが苦笑する。エミリアとラムが顔を見合わせ、揃って疑問を浮かべるのを見てスバルは言った。

「ラム。お前が普段の調子じゃないことなんてお見通しだから、なんかあったらすぐに言えよ。隠そうとか誤魔化そうとかすんな。そんなことしても無理やり助ける」

「――――」
「ふふっ」

 指を突き付けて断言してやると、ラムは珍しく鼻白んだ顔をした。
 その隣ではエミリアが口に手を当て、堪え切れない笑みを思わずこぼしている。やがて笑いの初動を受け流し、エミリアはどこか嬉しそうに唇を緩めたまま、

「私、スバルのそういうところ、すごーくいいと思うの」

「……え!? 今、惚れ直したって意味!?」

「寝てるレムの前でそういう話はやめなさい。女の害敵」

「女の敵じゃなくて害敵!?」

 声を裏返らせるスバルに、ラムが「ハッ」と鼻を鳴らす。
 それから彼女は細い足を伸ばして、竜車のステップに立つスバルを乱暴に蹴り出そうとしてきた。

「わ、ちょ、おい! 何すんだよ、落ちる!」

「落ちるはともかく、バルスの定位置は中じゃなく外よ。自慢の地竜に跨って、ラムたちの竜車の安全を血眼になって確保なさい。ほら、さっさと」

「さっさとじゃなくて、お前はお前で今の話をちゃんと……」

「――聞くだけ聞いたわ。だから、いきなさい」

 固い声で言って、ラムの蹴りがより鋭さを増してくる。
 太腿あたりを蹴られるスバルはすごすごと下がり、竜車を離れる寸前にエミリアへ目配せした。その視線にエミリアは「わかってる」と言いたげに顎を引く。

「ならひとまずいいか。でも、とにかくお前は……もがっ」

「いきなさい」

 不意打ち気味の蹴りが鳩尾に入り、のけ反るスバルが竜車の外に落ちる。そうして客車の扉をさっと閉め、吐息をついたラムはふとエミリアを見た。そして、

「……エミリア様、そのお顔はなんでしょうか?」

「ううん、別になんでもないの。でも、なんだかラムが可愛いなって思って」

「心外な評価です。エミリア様にしては生意気ですよ」

「ふーん」

 からかわれたことで口が滑り、ラムが珍しく自分の失態に頬を強張らせた。そんなラムの表情の変化に、エミリアはますます楽しそうに目を細める。

「いつもスバルには見せてる顔、やっと私にも向けてくれる気になった?」

「……気が抜けていました。ご無礼をお許しください」

「別に怒ってないわ。むしろ、ちょっと嬉しいぐらい。そうしてくれる方が、なんだかラムが心を許してくれるみたいだもん。私、スバルが羨ましかったから」

 邪気のないエミリアの受け答えに、ラムは少しだけ押し黙る。それからすぐ、自分の髪を撫で付けるラムは毒気の抜かれた顔で、

「エミリア様も変わられました。初めてお会いしたときは、ガラス細工のような硬くて脆い覚悟しか持たない方に見えていたのに」

「今の私は、もうちょっとは強そうに見える?」

「ともすれば甘く……ガラス細工が飴細工になったようにも思えますが」

「わ、ラムってば厳しい」

 憎まれ口を叩くラムに、エミリアはいよいよ堪え切れずに声を弾けさせた。
 そのまましばらく、竜車の中では少女たちの言葉が交わされ続けたのだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ――アウグリア砂丘の攻略は、それから数時間後に開始された。

 ミルーラの町から東へさらに十数キロ、竜車で小一時間ほどの距離から砂地が始まる。乾いた砂と瘴気を孕んだ風が強くなり、足下の草原が砂原に変わると、いよいよアウグリア砂丘への突入といった塩梅だ。

「――――」

 今回の編成は竜車が一台と、竜車を引くガイラス種なる地竜が一頭。そこにスバルを乗せたパトラッシュが並走し、砂地を踏破する形になっている。
 平たい顔の地竜の速度は速くないが、ずっしりとした走りには安定感があった。相方の変わったパトラッシュも最初は警戒していたものの、数時間も一緒に走れば相方の見所を見つけたようで、気位の高い顔はそのままに不満はないらしい。

「しいて言うなら、この地竜の今の不満はたぶんベティーの方にあるのよ」

 とは、スバルの腕の中にすっぽりと収まるベアトリスだ。手綱を操り、胸の中で丸くなる少女を抱えながら、スバルは「いやいや」と首を振る。

「そりゃ穿ちすぎだろ。パトラッシュはそんな器の小さいドラゴンじゃねぇよ」

「……スバルはもう少し、周りを見る目を養った方が賢明かしら」

 漆黒の地竜に横座りになりながら、スカートの裾を掴むベアトリスがそうこぼす。
 以前に比べて、スバルの騎竜技術もだいぶ上達した。これまではパトラッシュの気遣いに甘えるばかりだったが、今では一端の騎竜者見習いといったレベルだ。
 鞍に尻を乗せ、手綱を握る。ベアトリスを自分の前に座らせ、後ろから抱くようにして二人乗りする姿も堂に入ったものになりつつあった。

 当然、スバルが乗る地竜はパトラッシュだけだし、こうしてベアトリスを乗せて二人乗りすることも初めてどころの話ではない。だから、ベアトリスのその想像はいくらなんでも被害妄想が過ぎる。と、そう言いたいのだが。

「プライドの高い地竜は主人以外は乗せたがらないものなのよ。中でも、スバルのこの地竜はとびきりかしら。ベティー一人なら絶対に乗せたりしないはずなのよ」

「それはお前が単純に、地竜に乗るのが下手だからじゃなくて?」

「それが理由なら、スバルがこの地竜と仲良くやれてた理由がなくなるかしら」

 おっしゃる通りで。
 パトラッシュの相手を気に入る基準が騎竜技術の有無なら、最初の試験でスバルは落第していたはずだ。そうでない以上、この淑女の目にスバルが適った理由がある。
 そして実際、スバル以外に対するパトラッシュの態度はわりと辛辣なのだ。

「まぁ、好かれてる理由がわからないのは据わりが悪いってのは事実だ」

「そうなのよ。スバルは理由なしに好かれるほどの見た目じゃないかしら」

「……つまり、お前は確固たる理由があって俺のことが大好きだと」

「それはもちろん、ベティーは……何を言わせるつもりなのよっ!?」

 密着した状態なので、赤い顔をしたベアトリスの攻撃を避ける手段がない。力ない掌にぺしぺし叩かれながら、スバルは「どうどう」とベアトリスを落ち着かせる。
 と、そんな背中の上のやり取りに不満があるのか、パトラッシュが上体を持ち上げて二人を揺らした。

「お、わっと!」

 バイクのウィリーのような姿勢制御に、スバルは思わずベアトリスを強く抱く。
 基本、『風除けの加護』の力で騎竜の揺れも風も感じないのだが、さすがに今のように大袈裟な動きや、急旋回した際の角度の変化などの影響は受ける。

 その特性を理解した上での嫌がらせだ。
 スバルが抗議を込めてパトラッシュの後頭部を睨むと、地竜は一瞬だけスバルたちに視線を向け、『舌を噛むわよ』とでも言いたげに目を細めた。

「なんか気位の高さだけ見てるとラムに似てるな。意外と気が合いそうだ」

「もしくはぶつかり合って、絶対に分かり合えないかのどっちかかしら」

 スバルとベアトリスがしみじみと言葉を交わして頷き合う。
 と、

「――スバル、ベアトリス様。仲睦まじいのも見ていて微笑ましいが、そろそろ本格的に気を引き締める頃合いだ」

 そんな緊張感のない二人に向かって、横合いから声が投げられる。
 並走する竜車の御者台、そこで手綱を握るユリウスだ。単独で地竜に跨るのではなく、御者の役目に徹する姿はいささか彼に似合わない役回りに思えるが、ユリウス自身は気にした風もない。
 もっとも、そのことを気にかける余裕もないのかもしれない。なにせ彼の隣には、

「お兄さんとベアトリスちゃんが仲良しなのはいいけどお、あんまり放っておかれると私も拗ねちゃうんだからあ」

 そう言って、外見に不相応な流し目を送ってくるメィリィが座っているのだ。

 アウグリア砂丘の攻略にあたり、魔獣対策要員であるメィリィには常に働いてもらう必要がある。そのため、砂丘に生息する魔獣への警戒として、メィリィは最も対応しやすい場所――つまり、竜車の前方を把握できる御者台にスタンバイしていた。
 故の彼女の退屈しのぎを、延々とユリウスが引き受ける形になっているわけだ。

「お前のエスコートは隣の騎士様がやってくれてるだろ? 俺よりよっぽどスマートでスタイリッシュでエレガントなはずだぞ」

「半分以上、何言ってるのかわかんなあい。それに騎士様に不満があるわけじゃないものお。私はお兄さんに不満があるのお」

「俺に?」

 三つ編みにした髪を弄りながら、メィリィはスバルを睨んで頬を膨らませる。

「私を引っ張ってきたのはお兄さんなんだしい、お兄さんが私の相手をする義務があると思うのよねえ」

「そんな聞き分けのない子どもみたいなこと言い出すなよ。見ての通り、その枠はベア子で満杯なんだよ。な?」

 ぷんすかとしたベアトリスが肩をすくめ、スバルは改めてメィリィを見る。
 拗ねる様子は歳相応だが、彼女の機嫌は今後の道行きに大きく影響するのだ。そのことを考えると、メィリィを蔑ろにするのは勇気がいる。
 とはいえ、それを言い始めると手が回らなくなるのが実情なのだが。

「お前の言うことはもっともだ。けど、権利だの義務だの言い出すのは、まずは自分の役目をしっかり果たしてからにしてもらおうか」

「私のお役目、ねえ」

「もうすぐ砂丘の大本命に入る。入っていきなり魔獣がガオーとは思わないが、そうなったときに奴らを宥めるのがメィリィの仕事さ。わかってるだろ?」

「……はあい。ベアトリスちゃんは甘やかすくせに、お兄さんのイジワル」

 意地悪したわけではないのだが、結果的にそう取られても仕方ない口車だ。
 心なしかベアトリスが満足げなのを横目に、スバルはユリウスに手を挙げる。それを受け、ユリウスは静かに顎を引いた。
 小さな淑女のご機嫌取りは、申し訳ないが彼が引き継いでくれることだろう。
 それよりも――、

「スバル」

「ああ、見えてる」

 ベアトリスの静かな呼びかけと、正面を睨みつけるパトラッシュの微かな嘶き。
 それらに意識を呼び戻され、スバルも目を細めた。

 眼前、そこにミルーラから延々と、見落とすわけがないほど輪郭のはっきりとした長大な塔の姿が――そして、その塔を取り囲む砂の大地が見えていた。

 プレアデス監視塔を囲う砂の迷宮、アウグリア砂丘への堂々とした到着である。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 アウグリア砂丘名物、『砂風』には特に強く風の吹く『砂時間』が存在する。

 一日に三度、午前・午後・深夜の時間帯にそれぞれ吹き抜ける砂風は、東から西へと砂と瘴気を運ぶ、静かににじり寄る災害だ。
 特に風が強いのは深夜帯の時間で、この間の砂風は数時間に亘って吹き続ける。
 ほとんど夜中、砂風の吹くことになる夜半は移動もままならないわけだ。

 そのため、アウグリア砂丘の攻略は日中、それも午前と午後に数時間の『砂時間』という休憩を挟んで少しずつ進められることになる。
 地面を覆い尽くす砂の粒子は細かく、噂通りの足場の悪さに何度も足を取られる。行軍は遅々としてペースが上がらず、苛立ちが募ることもままあった。
 ただ、そんな状態にあって、スバルは拍子抜けしていることもある。
 それは――、

「砂風のうざったさと足場の悪さはあるけど……思ったほどひどくもねぇな」

 風上から流れる砂風に顔を背け、口元の布を引き上げて呼吸を確保する。微かに歯が砂を噛む感触はあるが、この程度の洗礼はミルーラでの時間と大差ない。
 砂の舞い散る視界は黄色く、服の中に砂が入るこそばゆさはあるが、具体的に影響があるのはその程度のこと。砂丘の猛威は些少だ。

「砂丘って聞いたとき、てっきり死ぬほど暑いのを覚悟してたんだけどさ」

「ここいらは自然環境の問題で緑がないわけじゃないのよ。立ち込める瘴気が何もかもを殺すから、こんな風な景色が広がっているだけかしら。だからこの砂丘には雨だって降るし、極端に気温が狂うようなこともないのよ」

 スバルの中の砂漠のイメージとしては、やはり灼熱の地獄という印象が強い。
 元の世界で、実在の砂漠に足を運んだ経験など一度もないが、ゲームや漫画といった媒体で扱われる砂漠は、どれも熱砂のイメージが付きまとうものだろう。
 それだけにアウグリア砂丘の過酷さは、想像と比較すれば快適なぐらいだ。

「最寄りの町が暑くも寒くもなかった時点で、砂丘が極端に灼熱地獄になるのもおかしな話か。ってことは、本格的に注意しなきゃは風と魔獣ぐらいだな」

「それと、道に迷わないことも……かしら」

 懸念が一つ消えて、どこか楽観的なスバルの感情をベアトリスが引き締める。腕の中の彼女の指摘に、スバルは風に注意しながら前を見据えた。
 依然、スバルの視線の先には消えない監視塔、その偉容がそびえ立っている。

「迷う迷わないとは言うものの、アレを見落とせって方が不自然だと思うんだが」

「ベティーもそう思うのよ。でも、何が起きても不思議はないかしら。『賢者』がどんな食わせ者か知らないけど、事実、誰も辿り着けちゃいないのが証拠なのよ」

「――――」

 無論、スバルとて舐めてかかるつもりは毛頭ない。
 現実的に考えれば、あれだけ巨大な構造物を目印にして、道に迷うのはともかく、目標を見失うことは考え難い。だが、挑んだ者は誰もがそう思っていたはずだ。
 そう思って、なお辿り着けていない以上、それだけの理由があるはず。
 何が起きても不思議はない。
 ベアトリスの指摘通り、ここはそういう魔境だ。

「となると、そろそろ次の保険を立てるときか」

 息を詰めながら、スバルはこれまで進んできた道を振り返る。
 点々と砂地に残るのは、スバルたちを乗せたパトラッシュの足跡だ。ただし、直近のものしか残っておらず、それも数秒で流れる砂に上書きされて隠されてしまう。
 自然が用意した、天然の殺し罠だ。

 正面にある監視塔はともかく、きた道を見失わせることでは非常に優秀。
 ただし、それはあくまで、普通の手段しか持たない者が相手の場合だ。

「前のやつが見えなくなりそうだな。よし、頃合いだ」

 手綱を操り、スバルはパトラッシュに指示して並走する竜車へ体を寄せる。
 竜車の方も地竜のスパイクじみた足跡と車輪の痕跡は残っているが、それも条件はパトラッシュと同じだ。そのため、辿る目印は工夫する必要がある。

「エミリアたん、お願い!」

「――はーい、わかったわ」

 外から竜車をノックすると、返事とともにエミリアが扉の向こうに姿を見せる。
 全身を白いローブで覆って砂対策するエミリアに、スバルは背後――遠間に目を凝らしながら、かろうじて視界にぼやけて映る『何か』を指差して、

「働かせてばっかりでごめんだけど、先生、お願いします!」

「スバルには外を見てもらってるもん。なんてことないわ。……先生ってなに?」

「頼み事するときのお約束。ととと、お願い」

「ん、頼まれました。――えい!」

 ちょっとした軽口を交わしたところで、スバルの指差す方をエミリアが見る。
 睨む、というには可愛らしすぎる目つきで、エミリアは気の抜ける掛け声を上げて魔力を迸らせた。
 直後、エミリアの掌で膨大なマナが渦を巻き、加速度的に力を得た魔力は一気に空をひた走り、空気の爆ぜる音が辺りに響き渡る。

 ――そして数秒後、砂原の途上に突き立ったのは巨大な氷の塔であった。

「うん、上出来」

 仕上がりを確認し、エミリアがまずまず満足そうに目を細める。
 さすがにプレアデス監視塔には及ばないが、砂丘にあっては非常に目立つシルエットだ。そしてその氷の塔はここまで、スバルたちが通り抜けてきたアウグリア砂丘の途上に点々と、道を見失わない間隔で連続して建てられている。

「足跡が目印にならないなら、もっと目立つ方法で目印を立てる。魔法の応用だな」

「それにしても、ホントにスバルの悪知恵には感心しちゃう。よく思いつくわよね」

「砂丘が暑くなかった時点で、この方法ならやってやれんなって」

 エミリアの魔法で作った氷も、自然の法則には逆らえないのか熱に弱い。
 それだけに、これが本物の砂漠であればこうした禁じ手は通用しなかったかもしれない。だが、事この砂丘では有効な方策だ。
 突き立つエミリアの氷の塔は、目印として問題なく機能している。最悪、本当に何かあった最悪の場合、撤退を余儀なくされてもあれを辿って帰れるはずだ。

「この塔も……うん、足下大丈夫そうだ。どうも土台がさらさらしすぎてるから、ひっくり返るかもっておっかなさが抜けねぇんだが」

「思いっきりザクッと刺してあるからへっちゃらだと思うけど、心配?」

「へっちゃらってきょうび聞かねぇな。……まぁ、よし」

 不安を流し、エミリアをからかい、スバルは顔を上げる。その受け答えにエミリアはちょっぴり不満げだが、ひとまず彼女の不服には苦笑で応答。
 それから肩越しにエミリアの背後、竜車の中に視線を向けた。中の面々は変わらずのはずだが、変わらずでいてもらっては困る人物が一人だけいる。

「アナスタシアは?」

「なんやの、ナツキくん。うちのことお探し?」

 視線をさまよわせた直後、件の相手から声をかけられてスバルの肩が跳ねる。
 その視界に割り込むように、エミリアの横から顔を覗かせたアナスタシアだ。彼女は驚くスバルを見下ろし、浅葱色の瞳を淡く細める。

「そないに驚かんでもええやないの。うちも中にいるやなんて承知の上やろ?」

「中にいるのは知ってたけど、エミリアたんの脇の下から生えてくると思わなくてそれにビックリしたんだよ」

「……ねえ、スバル。なんか今の言い方、すごーく嫌だったんだけど」

「うちも珍しく、普通にイラッとしたんよ。奇遇やね」

 エミリアとアナスタシアの二人に揃って嫌がられ、スバルの方も仕切り直し。腕の中ではベアトリスが肩をすくめているが、ひとまずアナスタシアに向き直る。

「今回の砂丘攻略、お前の知識頼りなんだ。道案内、しっかり頼むぜ?」

「ナツキくんは心配性やね。同行してるんやから、この旅の成否はうちにとっても一蓮托生……手を抜くなんてありえないやろ? 安心しぃって」

「……狐を信じるなんて、簡単に言ってくれるもんかしら」

 アナスタシアの言葉に、ベアトリスがスバルにだけ聞こえる声で言う。まったくもってそれは同感だが、それを根拠に責め立てるのも筋違いだ。
 それを言い出すなら、そもそもこの監視塔攻略に乗り出したこと自体が選択ミス。今はつべこべ言わず、互いが互いの役回りに全力を尽くすべき。

「だろ、アナスタシア」

「そうやね、ナツキくん。何かあったらユリウスに報せるし、エキドナの言ってた場所が近付いたらそれも伝える。なんも、心配せんでええよ」

 皮肉を込めるスバルの呼びかけに、アナスタシア=襟ドナは動揺する気配もない。
 ひとまず、このまま進んで問題はないらしい。

「風が強くなってきたみたい。スバル、何もなければ閉めるけど……」

「……ああ、大丈夫。エミリアたんも、中のみんなのことよろしく」

「ん、任せて。スバルもベアトリスと仲良くね」

「それは心配いらないかしら。堪能しているのよ」

 扉に手をかけ、中に戻るエミリアと別れ際に言葉を交わす。最後のエミリアの冗談にベアトリスが軽口で返すと、彼女の微笑みが扉に遮られて中に消えた。
 そのまま、スバルは今度は竜車の前に回り込み、御者台に顔を見せる。

「エミリア様の目印はうまく機能しているみたいだね。さすが、君は巧妙だ」

「お前も悪知恵って言ってもいいんだぜ」

「そうは言わないさ。自他になかなかできない発想をする柔軟性が羨ましいよ。このような邪道、私にはとても考えつかない」

「邪道より悪知恵の方がよっぽど可愛げがある評価だよ!」

 御者台に座るユリウスは、そうとわからないほどうっすらと笑みを浮かべる。
 彼の端正な顔も今は白い布に包まれており、その表情はわからない。それでも声の調子で軽口の程度がわかるぐらいには、この一ヶ月、言葉を交わしている。

「メィリィ、そっちはどうだ? 仕事してるか?」

「それ、私に言うのお? お兄さんもこの竜車も、まあだ一度も悪い動物ちゃんと出くわしてないでしょお? 私が働いてる証拠じゃなあい」

 御者台の奥を覗き込んでやると、やはりそこに膨れ面のメィリィがいる。彼女も砂風対策に頭からマントを被り、不満げな声だけでスバルの質問に答えてきた。
 そのメィリィの答えに、スバルは進路を眺めながら頭の砂を払う。

「そうは言っても、お前の頑張りの成果って見え難くてさぁ。魔獣がお前のおかげで出てこないのか、このあたりにいないのかわかんない……」

「……ふーん、そんなこと言うんだあ」

 ここまで砂と風以外の障害に出くわさず、前評判の高さに肩透かしを食らっていたスバルが迂闊なことを言った。途端、メィリィは低い声でそう言って、何事か考えるように両手で自分の頬を挟み、黙り込む。
 その様子に、スバルは素直に嫌な予感を覚えた。

「スバル、彼女に謝罪を。今のは明らかに君の失言だ」

「い、言われなくても俺だってわかってるって。あ、あー、メィリィ? 今のはちょっと俺が悪かった。ちょっとじゃなく、完全に俺が悪かった。機嫌損ねないでくれ。悪気があったわけじゃないんだ」

「……ううん、大丈夫よお。別に怒ってなんかいないわあ。ただ、お兄さんの言うことにも一理あるなって思ってだけだからあ」

「そ、そうか。よかった。お前が見た目よりずっと大人で助か……」

「――だから、私のいる意味がわかりやすいように見せてあげるわあ」

 スバルの言い訳と謝罪と安堵を遮り、メィリィがやけに不穏な言葉を放った。
 その響きの不穏当さにスバルとユリウスが顔を見合わせ、とっさに宥める言葉を紡ごうとする。――直後だ。

「――――」

 パトラッシュが、竜車の地竜が、揃って地面を強く踏んで動きを止めた。
 地竜の本能が何かの接近をいち早く察し、手綱を握る主人に警戒を促す。そしてスバルとユリウスは同時に目を見開き、それを見た。

「――――」

 眼前、砂の大地が突如として意思を持ったように蠢き始め、即座に砂の下からのたくる何かが這い出してくる。それは大量の砂を体中にまとわりつかせ、巨大な口から想像を絶する金切り声を上げる恐ろしくでかい生き物だ。
 手足はなく、長く太い胴体をくねらせる姿は蛇を思わせる。しかし、砂と同色の端だとぬめった質感に見える肌、漂う悪臭と胴体に等間隔に刻まれる横縞の紋様。その頭部がゆっくりと頭を下げてくるのを見て、スバルはその正体に気付く。

 蛇ではない。――これは、蚯蚓だ。

 胴体の太さはスバルが腕を回し切れず、頭部と口は人間の四、五人ならば一飲みにしてしまえそうなほど大きい。取り巻く悪臭は腐臭にも似たそれで、細かい歯が並ぶ口腔から滴る唾液は音を立てて砂を蒸発させていた。

「――――」

 目のない頭部がこちらを向き、まるで臭いを嗅ぐような素振りを見せる。
 この瞬間、スバルは完全に呼吸を忘れた。手綱越しにパトラッシュの思考の空白も伝わってきており、胸の中のベアトリスが強くスバルの服を掴む。
 嗅覚、それを思った直後、スバルは自分の纏う魔女の悪臭を思い出した。魔獣がそれに反応することも、この場でそれに反応された場合、この一行は――。

「ああもう、臭あい。早く帰って、どっかいっちゃってえ」

「――――」

 戦慄を隠せないスバルたちの前で、メィリィがそんな適当な声をかけた。
 その言葉に巨大な蚯蚓はメィリィの方を向き、しかしすぐにその小さな少女の指示に従うと、自分が掘り進めた穴の中へと巨体を潜り込ませていく。

 数秒後、その蚯蚓が現れた穴は完全に砂に埋まり、静寂だけが周りを支配した。

「……今のは、おそらく砂蚯蚓だ。好んで砂地の下に潜む魔獣だが、私の知っているそれよりも少しばかり大きかった」

「少しばかりって、どのぐらい?」

「私の知識だと、成人男性の腕ぐらいの大きさだったはずだ」

 蚯蚓がそのサイズで現れれば、十分にグロテスクな脅威だ。が、今の砂蚯蚓はユリウスの知識の数百倍から数千倍はでかかった。
 アウグリア砂丘では魔獣が在来種の魔獣も凶暴化するという話だが、そのスケールの違いもその差異の一種と考えるべきだろうか。
 ともあれ、

「い、今のすごい声、なんだったの……?」

 竜車の小窓が開き、御者台と車内と繋がる窓からエミリアが顔を見せる。
 砂蚯蚓そのものは見ていなくても、あの魔獣の出した咆哮は聞こえたはずだ。不安そうなエミリアだが、とっさにスバルは声が出てこない。
 そうして硬直したスバルに代わり、メィリィがエミリアへと向き直って、

「気にしなくていいわあ。あれを気にしなくていいのがどれだけ恵まれたことか、お兄さんたちにわからせてあげただけだからあ」

「いやもうホント、メィリィさんには頭が上がらないッスわ!」

 メィリィの言葉に硬直が解けて、スバルは心の底から惜しみない賛辞を贈った。
 その変化にエミリアは驚いた様子だが、メィリィは驚いたあと、すぐに満足げだ。

「そお? やっぱり? お兄さんも見直したあ?」

「ああ、マジリスペクトだ。お前がいなきゃ、ここがどんだけ危ない場所なのか身に染みて感じたぜ。アウグリア砂丘、怖っ! 怖――っ!!」

 多くの命知らずの冒険者が攻略に挑み、帰ってこなかった一端がわかった。
 なるほど、確かに命知らずもいいところだ。

 砂丘の洗礼が甘いだの肩透かしだの馬鹿馬鹿しい。平和万歳、平穏最高だ。

「ずいぶんと、調子のいいことかしら。呆れるのよ」

「うるせぇな! お前もびくってなってたじゃねぇか! あー、怖っ!」

「べ、ベティーはスバルが緊張したから付き合ってあげただけかしら。誤解するんじゃないのよ」

「そんなに強がるなよ。お前も俺と同じでちょっとちびったんだろ? わかるぜ」

「ちびったのかしら!?」

 ギャースカと言い合いが始まるが、ひとまず誰もそれを咎めない。
 騒ぎを起こせば魔獣が近付いてきかねないが、それに対抗する存在の威力は十分に証明された。故にユリウスすら、二人の言い合いを止めようとしなかった。

 ただ、想像以上に薄氷の上を歩いているのだと、意識を締め直す。
 それには十分な意味があったと、顧みることのできる砂丘攻略初日であった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 唐突に光が空を走り、風を穿った。

「――――」

 激しい音を立て、衝撃の直撃を受けた氷の塔が半ばで砕かれて崩れ落ちる。
 粉砕された氷の塔は即座にマナに還元され、大地に落ちたものも片っ端から砂に呑み込まれ、残骸も痕跡も残さずに世界から消える。

 光はさらに立て続けに数度、連続して空を走った。

 その回数は偶然にも、銀色の少女が氷の塔を打ち立てた回数と一致する。
 それが何を意味するのか、この時点では誰にもわからない。

 ただ、砂の迷宮の攻略は決して容易いものではない。
 そのことだけは、確かな事実であった。

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