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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第五章 『歴史を刻む星々』

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第五章幕間 『未完成の大器』



 食事処で提供されるメニューは、都市全体が復興や復旧に躍起になっている環境とは思えないほど充実したものだった。
 治療院での食事もそうだったが、質素とは無縁の内容に思わず腹が鳴る。食べ盛りのガーフィールには嬉しいことだが、こんな贅沢が許されるのだろうか。

「都市の大部分の機能が麻痺しているとはいえ、人的被害に一部施設の崩壊などを除けば被害の枠は狭いものです。状況の悪さを理由に生活の質を落とせば、復興の前に住民たちの心が負ける……と、キリタカ氏などは考えておられるようですな」

 運んできた食事を前に、眉を寄せていたガーフィールにヴィルヘルムが言った。
 食事処でたまたま相席になり、対面で静かに昼食を取っていた御仁だ。老剣士の答えにガーフィールは目を丸くして、脳裏に細い青年の姿を思い浮かべた。

 正直、ガーフィールの記憶の中ではあまり頼りになるところを見ていない人物だ。だが、話によると彼も魔女教の騒動の渦中で都市のために奔走したらしい。
 見えないが、相応の働きをした人物なのだろう。
 それこそ、普段の様子と有事の際の態度が大きく違うところは、キリタカもスバルに通じるものがあるのかもしれない。――それは、しこりに感じられた。

「んー! うましうまし! ご飯がおいしーのは幸せってことだから、ミミはすごーいいことだと思います。タダ飯が一番おいしーってお嬢も言ってたかんなー」

「はは、元気なことは良いことですな。作法も……失敬、きちんとしておられます。教えてくださった方がよろしかったのでしょう」

 ガーフィールの隣で、食事に取りかかるミミが笑顔で何やら言っている。その手元だが、これが意外とミミはきっちり食事の作法が躾けられているらしく、ナイフとフォークの使い方がちゃんとしている。
 ガーフィールは既知だったが、これがヴィルヘルムには意外と感じられたらしく、軽く目を丸くして感心していた。

「ガーフィール殿は……」

「あんまッし期待しねェでくれや。この一年で、姉貴に言われてチクッチク直そうたァしてるんだがよォ」

「努力する姿勢は正しいことです。実を結ぶまで続ければ、ですが」

 頷きつつ、後半の言葉を付け足したのはガーフィールの成果を見たからか。
 自分の手の中で、ナイフとフォークはあまり上等な使われ方はしていない。『聖域』にいた頃は気にもならなかったのだが、ロズワール邸で暮らすようになったこの一年で、ガーフィールも生活の端々で恥を知った。
 食事に関してだけでなく、他のところも色々と矯正中だ。もっとも、どれも成果が挙がっているとは言い難い。

「さすッがにチビッ子より下手なのァ堪えたッけどよォ」

「ミミがちっちゃい頃からやってっかんなー、しゃーないなー。お嬢もダンチョーも、ご飯食べるときはうっちゃい! でも、おかげでジョウズになりました!」

「うちの連中も、全員、きちっとしてやがんだよなァ。元々、ちゃんとした作法の勉強してッた奴らはともかく、大将とかオットー兄までよォ」

 元々のロズワール邸関係者は、ロズワール含めて全員が達者なのは納得がいく。
 エミリアやベアトリスも、出自はともかく、要領はあれでいい方だ。練習すればわりとあっさり習得もするだろう。
 納得いかないのは、スバルとオットーの二人である。オットーは実はそこそこまともな商家の出らしいが、スバルの方は完全に謎だ。数多の不思議な技能を習得しているスバルなので、それで納得といえば納得なのだが。

「大将の野郎、あのわけわッかんねェ二本の棒で飯とか食えんだよなァ。なんつったか……ハシとかいう」

「ハシなー、あれちょっとむつかしい! カララギにいっぱいあったけど、ミミは指がこにゃこにゃするから使えないかもわかんない!」

「ハシ、ですか。懐かしい響きです。確かにあれは扱いが難しい」

 ヴィルヘルムも認める難易度の高さ、それが謎の道具ハシだ。
 ガーフィールから見れば摩訶不思議としか言いようがないのだが、スバルなどはあれを自在に操って食事を口に運ぶことが可能だったりする。あと、ラムとか。
 まぁ、彼女の場合は元々、見取ることなどの要領が異常にいいからだろうが。

「ヴィルヘルム爺さんも、ハシは苦手ッかよォ」

「何度か、カララギに足を運んだこともありますので、そういったときには使った試しもありますよ。もっとも、普段使いにするには難のある道具だと思いますが」

「カララギに……」

「ええ、以前に何度か。――白鯨を追っていたときなどに」

「――――」

 懐かしげに目を細めるヴィルヘルムに、ガーフィールの方が何も言えなくなる。
 ヴィルヘルムと三大魔獣『白鯨』の因縁については、ガーフィールも詳細はともかく概要として知っている。先代『剣聖』の敵討ちのために、この老人が各国を奔走して手掛かりを追い求めたことも、上っ面だけではあるが。

 それほどの苦難を乗り越えて、ヴィルヘルムは白鯨を討ち果たした。
 だが、結果的に敵討ちを成し遂げたはずの老剣士は、この都市で魂を救ったはずだった妻と遭遇し、そして剣を交え――。

「ガーフィール殿が私に聞きたいのは、よもやハシの使い方ではありますまい?」

「あ、ぉ……」

「無論、語れぬこともありますが、あなたには妻との相対を譲っていただいた恩義がある。この老骨に答えられることでしたら、お答えいたしましょう」

「――――」

 妻との相対、とヴィルヘルムは言い切った。
 周知の事実ではあるが、魔女教に与していた死者二人はやはり先代『剣聖』と『八つ腕』のクルガンだったのだ。死者を死者とも思わぬ悪行に、ともすれば消えない怒りが湧き上がるが、今はその感情を横に置いておく。
 聞かなければならないことがあるとすれば、それは――。

「俺様が戦ったのァ、本当に『八つ腕』のクルガンだったのかよォ」

「……ふむ。と、言いますと?」

「よッく似た、他人の空似ってェことはねェのか? そうでなきゃ、いくらなんでも」

「納得のいかないことがある、と。――なるほど、わかりました」

 口ごもり、要領を得ないガーフィールの物言いに、ヴィルヘルムは頷いた。
 食事を手を止めたヴィルヘルムは、その静かな青い瞳でこちらを射抜くと、

「なまじ、勝ててしまったことがあなたの中で違和感になっているのですか」

「……俺様ァ、最強だ。最強ッになろうって努力してきたし、これからもする。そうするのが大将への義理立てで、俺様に必要なことだ。けッど、こんなじゃねェ。俺様も見てる頂は、こんなもんじゃァねェ」

 英雄、闘神、『八つ腕』のクルガン。
 神聖ヴォラキア帝国に語り継がれる、最強無比の伝説の超人。

 戦いの最中に何を弱気なことと罵られるかもしれないが、ガーフィールは何度も勝てないと思った。負けると、死と敗北を間近に感じた。
 しかし、そのことごとくを乗り越え、切り抜け、ガーフィールは生き延びた。
 挙句、最後にはクルガンと真っ向からの果たし合いに挑み、その首を刈り取った。

 そのこと自体は誇るべき戦果だと、ガーフィールもそう思う。
 周囲のガーフィールへの評価も、おおよそそういった好意的なものが多い。大罪司教ではないにしても、無視することができない過剰戦力。
 これを単独で撃破したことは、間違いなく都市防衛に貢献した結果だ。
 だが、事実とガーフィール自身の納得とは話が違う。

「ヴィルヘルム爺さんは、『剣鬼』ヴィルヘルムは『八つ腕』を直に知ってッはずだろうが。その爺さんから見て、どうだった? アレは、本物かよォ」

「――――」

 縋るような顔つきで、ガーフィールはヴィルヘルムの記憶に頼る。
 ガーフィール自身、ヴィルヘルムからなんと返答があれば満足するのか答えが出ていない。違うと、そう否定されれば満足できるのだろうか。
 だが、違うと否定されたところで、その否定を鵜呑みにできるのだろうか。

「確かに、三十年近く前のことになりますが、私はクルガンと面識があります。斬り合いになったことも、四度。私が奴の腕を斬り落とし、代わりに腹を串刺しにされたこともあり……死闘を重ねた関係、といえるでしょう」

 かつて、ルグニカ王国とヴォラキア帝国の関係がここ数百年で最も悪化し、国境沿いの都市を舞台に壮絶な激突が起きたことがあった。
 『神龍』の介入を避けるため、帝国側は極々少数の兵で都市に侵攻――これに対して衝突したのが、当時の近衛騎士団団長のヴィルヘルムだ。

 最後には正々堂々の果たし合いとなり、互角の戦いを繰り広げて双方相討ち。
 決着は持ち越しになり、都合四度の決戦の後、ヴォラキア側が引き下がる形に矛が収まり、話は終わったとされている。

「あれは良い使い手でした。八本の腕に四本の鬼包丁、一撃で八手の攻防を叩き込んでくるのを捌くのが命懸けで……」

「あァ、そりゃァそうだった。実際、死にかけッたぜ」

「八手に対してこちらは一手。故にまずは奴の手数を減らすか、あるいは八手を掻い潜ったこちらの一手で致命を与えるか、選択が迫られましてな」

「……あのよォ、攻略するための講座が聞きてェわけじゃァねェんだ」

 当時の貴重な証言だけに、戦術討論になるのであれば興味はある。が、さすがに今は興味関心よりも、自分の疑問に対する答えの方が気になった。
 そのガーフィールの言葉に、ヴィルヘルムは「失礼しました」と顎を引き、

「歳を取るとどうしても、昔のことを思い出す機会が増えます。特にここ数日は、そんなことばかりしている自分がいましてな」

「後ろ向きッなのァ好きじゃァねェな。俺様も人のこたァ言えねッがよォ」

「後ろを向く、というよりは足跡を振り返るといった意味合いでしょうか。いずれにせよ、女々しいことには変わりないかもしれませんが。――それより、クルガンの話でしたな」

 ガーフィールの問いかけに、応じるヴィルヘルムの顔つきも真剣だ。
 老剣士は瞳に映る、まだ若い戦士の悩みに思い当たる節がある。
 当然だ。その悩み、迷いは戦いの中に身を置くものであれば、誰もが一度はぶつかることになる壁なのだから。
 そして、その悩みに対する答えは――、

「――――」

「生憎、私は先日の闘争の最中、クルガンと言葉を交わせていません。おそらくは彼奴であろうとは思いましたが、気を向ける余裕がなかった。故に、ガーフィール殿の相対した多腕族を、『八つ腕』のクルガンと断言する根拠はありません」

「根拠が、ねェ……」

「手合わせしたガーフィール殿の感じたことが、そのまま答えであるべきでしょう。ただ、あなたが納得いかずにいるのもわかる話です。ですから、あくまで私という個人の見地で話させてもらえるならば……我々が相対した妻やクルガンは、あの二人であってあの二人ではない」

 言い切るヴィルヘルムに息を呑み、それからガーフィールは眉を寄せた。
 観念的な内容すぎて、イマイチ理解に届かない。
 困惑するガーフィールに気付き、ヴィルヘルムは「よいですか?」と前置きし、

「亡骸を辱められ、二人が魔女教の傀儡になっていたことは疑いようがありませぬ。最期の瞬間には己を取り戻し、言葉が交わせたものと信じていますが」

「――――」

 最期の瞬間、それはつまり一騎打ちの決着したときのことだ。
 八手を掻い潜り、ガーフィールの牙が致命傷を与え、クルガンは果てた。そうして消え去る瞬間、クルガンがガーフィールへ向けた言葉は今も耳に残って消えない。

『――見事』

 と、ただ一言だけを言い残し、闘神はその姿を灰に変え、風に散ったのだ。
 あのとき、あの勝利の瞬間だけは、伝説に認められた事実に歓喜だけがあった。

 だが、時間が経つにつれて、ふつふつと湧き上がる負の想念がある。
 いまだ最強に届かず、己の内なる虎とも向き合えていない自分が、かつて伝説と呼ばれた闘神に打ち勝つことなど、容易くできるものなのかと。

 極限状態で、命懸けで、背後には話し足りない弟妹がいて――。
 そんなことが理由で、勝てる相手だったのか。

「クルガンは寡黙な男でした。たとえ最期の瞬間に立ち会ったとしても、決して多く言葉を残そうとはしなかったでしょうが」

「ああ、一言だけだった。俺様に、一言だけ……」

「ならば、その言葉は聞かずにおきましょう。――それは、『八つ腕』のクルガンが自分を倒した戦士に捧げた称賛だ。部外者の耳に入れてよいものではない」

「――――」

 ヴィルヘルムに止められて、ガーフィールは言葉を噤んだ。
 闘神から、戦士への称賛。だが、その価値ははたして。

「さっきの、言葉の意味がわかんねェ」

「ふむ」

「あれは二人であって、二人じゃない。謎かけがしてェ気分ッじゃァねェんだ。教えてくれよォ。あんたが、どう思ってんのか」

「――――」

 語調が荒くなり、態度の悪さを自覚しながらガーフィールは問いかける。
 ヴィルヘルムの瞳の奥、そこに生じたわずかな感情の蠢き。その正体を探ろうと身を乗り出し、自身の悩みを明かすための手段として得るために。
 だが、

「ガーフ、それはいくないやつだと思う」

「……あァ?」

「おじーさん、今、ちょっとさびしそーにしてた? だから、それぐいぐいいくのいくないやつだとミミは思ったり? あと、ガーフの目つきがすごー悪い。いくない!」

 隣に座るミミがそう言って、ガーフィールの脇腹を指でビシビシと突く。
 その指の感触に押されながら、ガーフィールは何事かと眉を寄せ、すぐ気付いた。

「――――」

 ヴィルヘルムの、ミミを見る目の優しさと、同じだけのものが先ほど自分にも向けられていた事実と、あともう一つ。
 自分が無自覚に無遠慮に、ヴィルヘルムの傷口を抉っていたことを。

「……悪ィ、周りがなんッにも見えちゃァいなかった」

 謝罪し、頭を下げる。
 亡くしたはずの妻と意に沿わぬ再会を遂げ、それを剣で終わらせ、別れの言葉を交わした剣鬼――その心に何の配慮もない、身勝手な言葉の暴力を重ねた。
 自分を恥じるガーフィールに、ヴィルヘルムは首を横に振る。

「いえ、もったいぶった私の方が悪い。あなたの年頃ならば答えに逸るのは当然のことです。私もそうだったはずですが、歳を取るとそれを忘れる」

「……ヴィルヘルム爺さんがそうだったァなんて、信じられッねェな」

「そうでもありません。事によればそこらの若者よりよほど、短慮で愚かでした」

 落ち着いた物腰の老人、その慰めにガーフィールはバツの悪さしか感じない。
 剣鬼の異名こそ有名でも、その人柄が凶悪であった話などついぞ聞かない。年長者の懐の広さに甘やかされるのは、ガーフィールの自省の多くの理由でもあった。
 ともあれ、

「あの二人であって、あの二人ではない。迂遠な物言いをしましたが、なにも謎かけを持ちかけようというのではありません。これはそのまま、言葉通りの意味です」

「言葉通り……受け止めても、わからッねェんだが」

「最期の瞬間、死の淵に立ったときは確かに意思が戻ってきた。ですが、それ以前は邪悪な奴輩の傀儡に過ぎず、その剣力は存分に振るわれていない」

「――――」

「つまり、先代『剣聖』も『八つ腕』も、本来の実力はあの程度ではないということです」

 言葉の出ないガーフィールに、ヴィルヘルムがそう告げる。
 あれだけの激闘を繰り広げた相手が、その真価を発揮していなかったと断言されて、そうそう頷けるものではない。
 文字通り、命懸けの死闘を制したのだ。もっとも、今の疑問は命懸けで勝てる相手だったのか、というところから始まっているため、望んだ答えではある。
 あるのだが――、

「全盛期の妻が相手であったとしたら、それこそ今の私ではほんの数合も剣をぶつければ押し負けます。当時、全盛期であった私があらゆるものをかなぐり捨てて、ようやく迫ったのが本来の妻の実力。――あの程度ではありえない」

「その条件が、同じだってんなら……」

「クルガンもまた、ガワだけ被って劣化した実力だったと考えられます。こういってはなんですが……本物の『八つ腕』と相対したのであれば、あなたが肉片になっていないことが考えられない。あれはそれほどの手合いでした」

「お、俺様だって……」

「――驕るな、若造」

 直後、突き刺さる剣気にガーフィールが総毛立ち、とっさに椅子を蹴って食事処の入口にまで体が飛びずさる。
 突然のことに周囲が驚く中、荒い息を吐いて四足をつくガーフィールの姿だけが異質だ。ヴィルヘルムは、そしてミミは普通に座ったままなのだから。

「は、はァ……?」

「ガーフィール殿も大器を感じさせますが、まだ器が焼き上がっていない。すでに古物の域に入る私ではありますが……私は本物を知っております。その一端が今ので感じられれば、冷や水の甲斐もあったものかと」

 言い置いて、ヴィルヘルムが口を拭いながら立ち上がる。
 食事を終えたのだ。そして、語るべきことは語ったとその態度が示している。

 不足があるとすれば、それはヴィルヘルムの言葉ではない。
 足りていないのはきっと、ガーフィールの心の方なのだ。受け取る側に欠けた部分があるから、注がれた納得が器からこぼれ落ちていく。

「その納得は、あなたが強くなるのに必要なものです。努々、見失われぬよう」

「肝にァ、銘じとくッけどよォ……人が悪ィぜ」

「はっきりと味方陣営、というわけではありませんからな。この程度の牽制はあって然るべきでしょう。もっとも――」

 帰り支度を済ませたヴィルヘルムが、言葉の途中でミミを見る。鼻歌まじりに食事を続けるミミは、ガーフィールの皿から好物を横取りしていたところだ。
 そのミミが、ヴィルヘルムの視線に気付いて、

「んー? おじーさん、なんか用?」

「剣気の敵意の有無、あの一瞬で見抜かれたのはお見事です」

「おじーさんがミミたちに悪さするリユーないし?」

「慧眼です。――あなたが傍にいれば、道を外れる心配はありますまい」

 しらっと答えるミミに頷いて、ヴィルヘルムはガーフィールに目を向ける。それから手でミミを示し、老剣士は食事処の出口へ向かいながら、

「大事にされた方がよろしい。ああした異性はきっと、あなたの人生の宝になる」

「――ッ! 誰が、あいつと! 俺様にゃァ、別に惚れた女がッ」

「どうあれ、失われぬよう懸命に。――どこぞの、朽ちた鬼のようにならぬよう」

 それだけ言い残して、ヴィルヘルムは食事処を歩み出ていった。
 言い返せずに背中を見送って、ガーフィールは苛立たしげに牙を噛み鳴らす。それから乱暴に席に戻ると、残っていた食事を一気に掻き込んだ。

「あー、ガーフ、オギョーギ悪い!」

「人の皿から飯横取りしてた奴に言われッたくねェよ。あァ、クソ。聞く前よりムカムカしてんじゃァねェのか、これよう」

 迷いが晴れるどころか、むしろ悩みの種が増した気分だ。
 光明に至るための道筋は用意されたのかもしれないが、そのための導が難解すぎてガーフィールには手掛かりも見えない。

 強さの納得も、ここですべきことも、あと一歩が足りないもどかしさだ。

「チックショウ、どうしろってんだよォ」

「ガーフ、困ってんの? なにに困ってんの?」

 額の白い傷跡に触れてぼやくと、同じように食事を掻き込んだミミが聞いてくる。口の周りを汚した少女は、袖でぐしぐしと顔を拭くと、

「困ったことがあんなら言ってみー。ミミがばばんと答えてしんぜよー!」

「……俺様が今、ここでなにッしたらいいんだかわッかんねェんだよ」

「食べ終わった食器を下げる! これ!」

「そういう、本当に目の前の話じゃねェ」

 とは言いつつも、食べ終えた食器を厨房へ下げて、二人は食事処を出る。
 腹は膨れた。このまま、午後も都市の復興作業に従事するべきだろうか。そうして体を動かしている間、考え事をせずに済むなら――、

「よーし、んじゃー、ガーフいこー!」

「元気だなァ、てめェは。んで、どこいくって?」

「決まってるしー、ガーフの弟と妹とおかーさんのとこ!」

「――――」

 気楽に歩き出したミミに続こうとして、その言葉に足が止まった。
 ガーフィールは目を見開き、牙をカチカチと鳴らして、首をひねる。できる限り、内心が表情に出ないように苦心しながら、

「あんだって?」

「これから、ガーフの家族んとこいきます! それが、ガーフに今、必要なこと!」

 何の根拠もなく、ミミは薄い胸を張って、尻尾をピンと立てた。
 そして絶句するガーフィールを指差し、言った。

「家族とはちゃんとお話しといた方がよろしー! これ、ローシの教え!」

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