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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第五章 『歴史を刻む星々』

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第五章幕間 『ツガイのジョーケン』


 色んなものが、宙ぶらりんになったまま投げ出されてしまった気がする。
 やり切った、やり切れていない、そんな両極端の感慨が胸の内側にあって。

 元々、考えるのは苦手な性質なのだ。
 何も考えずに、ただひたすらに動き回って、駆け回れればずっといい。
 そんな風に、思考を放棄してきた罰が当たったのかもしれない。

「なァにが、見事だったんだよォ……」

 最後に投げかけられた、英雄からの言葉にも答えが見つからないまま。
 結局、自分は中途半端なままなのではないかと、泣きたくなる感傷を抱いていた。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 軽々と地を蹴って、崩落した建物の中へと身を滑り込ませる。
 矮躯を無理にねじ込んで仲を覗き込むと、なるほど中の荒らされようはひどい有様だった。ここが都市の行く末を左右する戦いに関係した記憶は、少なくとも自分の中にはない。故にこの惨状はおそらく、混乱をきたした都市民の手による争いの跡だ。

「さすがに、それらッしィ臭いだのは残っちゃァいねェがよ」

 鼻を鳴らし、現場を見回してみる。
 そこかしこに目を背けたくなるような痕跡、血の跡や壁の破損が見つかるが、狂乱の名残りも血臭もすでにこの場所には残っていない。

「――あァ?」

 目立った成果も見つからなさそうだと、諦めて引き上げようとしたところで足が止まった。荒れた部屋の片隅に、小さな人形が落ちているのを見つける。
 誰が落としていったのか、人型の人形だ。掌に乗る程度の大きさの人形で、こんな場所にあったわりには奇跡的に汚れても壊れてもいない。

「――――」

 拾い上げ、軽く埃を払ってやりながら、持ち主がいるはずもないのに周りを見回してしまう。たかだか人形一つ、放置したところで変わらないだろうが――、

「ちィ」

 舌打ちにもならない声を漏らし、人形を懐に突っ込んで建物を出る。ガラスのなくなった窓から身を乗り出し、建物壁面の取っ掛かりに指や足をかけながら身軽に地上へと降りていく。

「あ! 戻ってきたぞ!」
「本当だ、兄ちゃんすごいな」

 そうして登攀を駆使して降りてくる姿に気付くと、地上で作業をしていた何人かの人間が駆け寄ってくる。彼らは一様に不安と期待を表情に浮かべていて、そのどちらにも応えられそうにないのが正直堪えた。

「兄ちゃん、中はどうだった?」

「悪ィな、収穫なしだ。誰も中にゃァ残っちゃいねェし、探し物もなかった」

「そうか……」

 着地して軽く膝を払うと、駆け寄ってきた相手にそう応じる。一瞬、その答えに相手の壮年は表情を曇らせたが、すぐに気を取り直した顔で頷くと、

「まぁ、中に誰もいなかったってことは、ひとまずこの建物は後回しにしてもいいってことだ。助かったよ、兄ちゃん。階段が崩れてて、迂闊に中も確かめられないってんじゃ困りものだったからなぁ」

「あんな危なっかッしい仕事、見守ってられっかよォ。体にロープ巻いて壁登ろうって気概は認めッけど、ちったァ体絞ってからにしろや」

「そりゃ言えてる! わはは、命拾いしたな!」

 楽しげにこちらの肩を叩くと、壮年はその手を挙げて「ありがとうよ」と最後に言い残して次の建物へ向かう。壮年以下、何人かの協力者が次の建物へ向かうのを見送って、さてどうしたものかと腕を組んで考え込む。
 と、

「――ん」

「――――」

 目に留まったのは、今しがた出てきたばかりの建物を見上げる人影だ。
 母親と子どもの親子連れで、ふくよかな母親の手を涙目の少女が握っている。母親が何事か娘に伝えると、下を向いた娘は何度も何度も首を横に振った。
 何を話しているのかはイマイチわからないが、親子ゲンカにも子どもの教育にも安全な環境とは言えない。話して遠ざけようとして、ふと気付く。

「――――」

 鼻を鳴らし、ある共通点に気がついた。
 懐をまさぐると、先ほど建物の中から拾ってきた人形が顔を出す。持ち上げて匂ってみると、なるほどそれはかすかに漂う香りと似通っていた。

「ひょっとして、探し物はこいつか?」

「――!」

 親子連れに歩み寄り、そっと手にした人形を差し出してみる。すると、最初は声をかけられたことに驚いた少女が、人形に気付いて目を見開いた。
 おずおずと伸びてくる手が人形を掴むと、さっきとは違う方向性からの感情に涙目がますます強くなる。

「ありがとうございます。この子、ずっと探していて……」

「気にッする必要ァねェよ。俺様もたまたま見ッけただけだかんな」

 母親に礼を言われて、大したことはしていないと首を横に振った。
 実際、大したことができたとは思っていない。人形を探していた少女にとっては喜ばしい出来事も、人命や人心の天秤に載せればさしたる問題でもない。
 今、自分に求められているのはもっと大きな役割で――、

「それがなんなのか、見つからねェままなんだッからよォ」

 人形を抱きしめる少女の頭を何の気なしに撫でて、呟く。
 そして少女に触れた掌を持ち上げ、ジッと見つめた。

「――?」

「なんでもねェよ。もうなくすんじゃねェぞ」

 さすがに、もう一度見つけてやれるほど運は続かないだろうから。
 そう言って、ガーフィール・ティンゼルは牙を見せるように、力なく少女に笑いかけたのだった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 水門都市プリステラでの一連の騒動が決着し、すでに三日が過ぎている。
 その魔女教を発端とした騒動の、都市に残した爪痕は深く大きい。

 目に見え、そして消えない傷跡として残されたものは『色欲』と『暴食』の大罪司教による権能の被害。『変異住民』と『名無し』の人々の問題は特に大きく、この件に関しての解決は『賢者』シャウラの知識に期待がかけられたとのことだ。

 会議に参加しなかったガーフィールには、詳しい会談の流れは掴めていない。が、ルグニカ王国に残る『三英傑』の一人、賢者の名前が出たことには感慨がある。

 元々、ガーフィールは伝説であったり伝承であったり、歴史に名を残した偉人であったり英雄であったり、そんな人物の逸話を知るのが好きな性質だ。
 当然、そんな彼の知識の中には三英傑のこともあり、『神龍』や『剣聖』、そして『賢者』に対する憧れは強く、とりわけ賢者への関心は強い自覚があった。

 何故なら『賢者』シャウラは三英傑の中でも、突出して語られる情報に乏しい人物であったからだ。

 親竜王国ルグニカでは存在を尊ばれ、おとぎ話として語り継がれる『神龍』。
 何代にも亘って王国最強に君臨し、今も目に見える伝説として残る『剣聖』。
 その両者と比べて、『賢者』の名前も逸話も、語られる言葉に乏しすぎる。

 どんな風体であるのか、どんな出自があるのか、どんな主張があったのか。
 人となりから来歴、その後のことまで何もかもが曖昧だ。
 プレアデス監視塔にこもり、『魔女の祠』を見張りながら世界平和を願っている――などと世間的には言われているが、それもどこまで事実か定かではない。

 だから当然、本来の自分であれば賢者を訪ねる旅路に同行を申し出なかったはずがない。歴史に名を刻む人物との邂逅、その機会を逃すはずがないのだ。
 無論、目的を思えば憧れへの関心を表に出さない程度の配慮は自分にもある。そのぐらいの分別は付けながらも、同行は申し出たはずだ。

 だが、今回はそもそも、その旅路への立候補すら思い至らなかった。
 それはきっとあまりにも、この場所への心残りが多すぎたからなのだろう。

「大将にゃァ、俺様の悩みが筒抜けだったんだろうなァ」

 防衛戦で負った傷と、同じく負傷から都市に残されるオットーの警護。
 それが都市を発ち、プレアデス監視塔を目指すスバルに命じられた内容だ。

「ねぇとは思うが、大罪司教が嫌がらせにとんぼ返りしてこないとも限らない。そうなったとき、都市に残せる戦力はお前しか当てがねぇ」
「オットーの奴に無理はさせないようにしてくれ。それから、お前も無茶だけはしてくれんな。言っても無駄かもしれねぇけど」
「そんな心配そうな面すんな。俺の方は俺の方で、うまくやるさ。――お前は吉報を待っててくれ。じゃ、ちっとやってくるわ」

 旅立つ前のスバルが言い残した言葉は、おおよそはそんな内容だ。
 都市に残されるガーフィールは、表面上は普段を装いながら、出発するスバルやエミリアたちを力強く見送ったが、内心では自信の喪失があった。

 結局、色々と理由付けはされていたが、究極的には今のガーフィールでは役に立たないと、そう判断されて置いていかれたということだろう。

 スバルは必要だと判断すれば、ガーフィールがボロボロの重傷だろうと連れていこうとするはずの男だ。そしてガーフィールもまた、たとえボロボロであってもスバルに必要だと断言されたら、瀕死であろうと力を貸すだけの信頼が彼にある。
 それがなかったということは、そういうことだ。

「今の俺様じゃァ役に立たねェ。――大将ァ、厳しいかんな」

 心理戦にかけては百戦錬磨のナツキ・スバルには、自分の浅はかなポーカーフェイスなどお見通しだったというわけだ。それに気付くのが遅すぎるあたり、腹の内を見透かされて置いていかれるのもさもありなんだ。
 さもありなんだが――、

「じゃァ、どうすりゃいいんだってのは……答えが見つかっちゃいねェ」

 自分が足踏みしていることの自覚はある。
 その足踏みの原因にも、いくつか心当たりはあるのだ。

 だが、それらに対してどう向き合えばいいのか、何をするのが正解なのかが見えていない。だからこそ、ガーフィールの足は動かせないままだ。

「――――

 だからせめて、そんな気持ちで都市の復興に力を貸している。
 クルガンとの戦いで重傷を負った両腕も、『地霊の加護』の力と自身の治癒魔法の効果で、完全とまでは言えずとも復調の兆しは見えてきている。
 万全の戦闘は無理だが、瓦礫をどかしたり、先ほどのようにちょっとした物見に身軽さを活かしたり、そのぐらいの協力は可能な範囲だ。

 もっとも、それも逃避の範囲の行いであることはわかっている。
 体を動かして、誰かのために働いている間は、自分が足踏みしていることを意識せずにいられるし、立ち止まっていると周りに思われずに済む。
 だからそうしているのだろうと、弱い自分にガーフィールは気付いていた。

 ――それが実は、ナツキ・スバルがいつか自覚したことのあった、己の弱さを誤魔化すための行いに近いものだったことを、ガーフィール・ティンゼルは知らない。

 自覚して、なおも目を背けていたナツキ・スバルに比べれば、よほど上等に己の向き合おうとしているガーフィール。
 そんなガーフィールの姿に、何も言わなくても彼ならば乗り越えるだろうと、スバルがそう判断して発ったことを彼は知らない。
 知らないが――、

「おー! ガーフいたー! すごー元気! 高いとこ好きだなー、ガーフ!」

 そのことに気付かせてくれる相手も大勢いると、それもスバルは知っていた。
 だから、ガーフィールは自分が思うほど、馬鹿でもろくでなしでもないのだと。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ふふふふっふふーん、ふふふふっふふーん」

「……やッたら元気だよなァ、お前」

 隣で、上機嫌に鼻歌を歌っているミミを横目にガーフィールはため息をこぼす。
 都市の復興活動中、昼食の誘いにやってきたミミだ。本心では体を動かして、晴れない悩みを振り払いたかったガーフィールだが、強引な少女の誘いを断るだけの言い訳が思いつかず、結局は力ずくで同道させられている。

「んー、ガーフもそう思うかんじ? じつはミミもそう思ってた! けど、ヘータローもティビーもおとなしくしてろーってうっさいからしゃーないなー。ダンチョーも片手なくしてあっぱっぱーだし、フクダンチョーとしてどっしりみたいな?」

 ガーフィールのため息を聞きつけ、ミミがパッと明るい顔でまくし立てる。頭の耳をひくひくさせる少女は胸を張り、「シュッシュッ」と拳を突き出して見せた。

「だァから、そうやってすぐ調子に乗るんじゃねェってんだよ」

「ふかーっ」

 機敏な動きと腰の入った拳だが、その俊敏さがかえってガーフィールを不安にさせる。せかせか動く少女の襟首を掴み、ガーフィールは少女を持ち上げた。
 持ち上げられ、猫のような声を上げるミミ。彼女はガーフィールと目が合うと、すぐに楽しそうな顔でニマニマと笑い出す。その能天気で考えなしな表情を見て、ガーフィールはなんだか悩んでいるのが馬鹿馬鹿しいような気分になるのだ。

「てめェもあれこれ大変だろうに、悩んでる面ァ見せねェよな」

「ふっふっふー、みせない! 弱さはみせず! したたかなところがミミの売りなのさーってかんじ! 惚れた? 惚れた?」

「惚れねェ」

「そっかー」

 残念そうな素振りも見せず、ゆらゆらと揺すられるミミは楽しげだ。
 大して重いわけではないし、放り投げてまた暴れられても心臓に悪い。
 ガーフィールはミミを片手に釣り下げたまま、宛がわれている食事処へ向かって足を進める。ちなみにガーフィールやミミといった、都市防衛に貢献した面々の生活周りはキリタカが保証してくれている。寝床や食事も、そういった一部だ。
 今は都市の各所で人手や物が不足しているため、ガーフィールもそのあたりのことに贅沢をいうつもりはない。スバルがたまに言っている、お互いにうぃんうぃんというやつだ。

「チビッ子、腹の具合は?」

「んー、お腹は空いたー! ぺこぺこぺこりん! はやく食べいこー!」

「胃袋の方じゃねェ、風穴の方の話だ。傷だっつんだよォ」

「あー、それな! うん、だいぶいー感じかも? ミミはへっちゃらー。でも、ヘータローとティビーはまだキツイ感じがする? ミミの傷、かなり引き受けちゃったみたいだかんなー、しゃーない二人だなー」

 短い腕を組んで、ミミがふんふんと鼻息荒く頷いている。
 ガーフィールを庇い、深手を負ってしまったミミ。命に関わる重傷だった上に、治癒魔法でも決して塞がらないという悪夢のような傷だった。
 そんなミミの命をかろうじて繋いだのが、ミミと三つ子の兄弟である弟二人だ。兄弟同士で傷や疲労を分け合う『三分の加護』の効果により、姉の負担を弟二人が引き受けることで、消耗しつつも三人の命は無事に繋がった。

 その後は安静にして治癒魔法による回復を待つばかりな状態だが、弟二人に比べて当事者の姉の方がよっぽど回復が早いのは皮肉な話というべきだろう。
 そこまで尽くして、姉にこんな評価をされるのも散々なわけだが。

「弟二人も報われねェよ。お前、もっとちゃんと感謝した方がいいんじゃねェか?」

「カンシャなー、それもわかる。ガーフの言いたいこともわかるけど、やっぱりミミはお姉ちゃんだかんなー。ヘータローとティビーは怒ってやんなきゃダメー」

「あァ?」

「気持ちはすごー嬉しいけど、ミミの巻き添えで二人が死ぬとミミも困るみたいな? 命は大事! めっちゃ大事! 二人の命はトクベツに大事! だから、ミミのために無駄遣いはダメ! お嬢も無駄遣いはあきまへんって言ってたー!」

「――――」

 ガーフィールに掴まれたまま、長い尻尾を揺すってバランスを取るミミ。腕を組んで、珍しく難しい顔をしていた少女の言葉に、ガーフィールは目を丸くした。
 てっきりまた、訳のわからない理屈が飛び出すものとばかり思っていたのに。

「意外ッと、ちゃんと考えてんだなァ、お前」

「トーゼン! ゴージャス・ミミは賢い! ケナゲ! ユーリョーブッケン! 惚れた? 惚れた?」

「惚れねェ」

「そっかー、ザンネン」

 ぷらぷらと揺すぶられたまま、ミミがガーフィールの答えにけらけら笑う。
 そんなあけすけな笑顔にガーフィールは頬を掻き、またため息をついた。

「けどよォ、それならおんなじことが弟二人にも言えッだろうがよォ」

「んー?」

「姉貴が死にかけてんだぜ。そんで、助けられるかもしんねェ手段が手の中にあったってんなら、試すだろうが。それで後で、怒られッてもよォ」

「んんー」

 ミミの理屈も、もちろんわかる。
 自分を救うために、大切な人に命懸けの行動をされれば、それは嬉しいことではあるけれど、同時に恐ろしいことでもあるのだ。
 愛しい人に、自分と一緒に死んでほしいと、ガーフィールに断言はできない。ガーフはきっと、一生かかってもそれは言えない気がする。

 ラムなら、どうだろうかとふいに思った。
 ラムならば愛しい人と、一緒に死ぬことも、一緒に死なれることも受け入れる気がする。彼女の見ている相手はあの野郎なので、必然的にその相手もあの野郎ということになってしまうが。

「んんんー! でもやっぱダメー! やっぱ、ミミはすごー怒ります。決めた!」

「……そォかよォ」

「ありがとーって言って、それでペシコーンするな。ミミがそう言うって、ヘータローとティビーもたぶんわかってるだろーから、わかっててそれでもやるってんならしゃーないなー。愛されすぎてて困るー!」

「――――」

「いっしょに死ぬかもってことは、いっしょに生きたいってことだし? それでそんなんなら、もうお姉ちゃんはお姉ちゃんするだけで、ヘータローとティビーもヘータローとティビーするだけだもんなー」

 あっけらかんと、ミミは弟二人の献身に自分の答えを見つけている。
 それは言葉にすればやたらと簡素で、いっそ愛情に薄いのではと思われるかもしれない回答だったが、それでもガーフィールには突き刺さった。
 自分の内側にあるもやもやに、無頓着に指を突き入れて掻き回されたような、奥底で沈殿していたものが再び、体中に広がっていくような胸の悪さが。

「なら……」

 だからガーフィールは、その胸の悪さに噛みつくように言葉を作る。
 ぶら下がるミミを睨みつけ、再生した牙を一度、二度、噛み鳴らして、

「なら、てめェはなんであのとき、俺様を庇ったんだ? 庇って、死ぬかもしれねェケガまでして、それで……ッ」

 あんな風に庇われて、死ぬかもしれないような傷を負われて、渾身の出来事で自分の心を掻き乱していって、なんでそんなことができたのか。
 自分のために弟二人に命懸けされることは怒るくせに、どうして出会って数日の赤の他人のガーフィールに、あんな風に命懸けをするのか。

 自分はあのときの礼も、彼女が助かったことへの言葉も、何も言えていないのに。

「そりゃー、ガーフにミミが惚れてっからしゃーないなー。照れくさくて困るー」

「――ッ! たかだか、何日かの話ッだろうが」

 照れ臭そうに頭を撫でるミミの言葉に、ガーフィールは奥歯を噛んだ。
 そう、たった数日の想いだ。ミミの、ガーフィールへの惚れたという発言を、鵜呑みにすることはひとまず良しとしよう。彼女の想いにガーフィールがどう応えるかという部分は、この場では重要ではない。
 重要なのは、その想いの強さと深さだ。たったの数日ではないか。

 ガーフィールが、ラムを想う年数は七年――およそ、人生の半分の期間だ。
 それだけの月日、一人の少女を想い続けてきた。その月日の分だけ袖にされ続けてもいるが、それでも諦めるなんて思ったことは一度もないぐらい、彼女に懸想し、彼女を欲しいと願い、言葉と行動に尽くして表してきた。
 だからこそ、

「大した時間もなかったってのに、なんでてめェは……」

 命まで懸けて、自分を。
 弟二人に命懸けで守ろうとされるぐらい、愛されているくせに。そんな愛情をどうして、自分なんかに向けられたのか。

「昔、ローシが言ってた!」

「……あァ?」

「ツガイのジョーケン!」

 聞き慣れない単語が飛び出し、ガーフィールが怪訝に眉を寄せる。と、ミミがふいに身を回してガーフィールの手を離れ、地面に着地。そのまま転がるようにガーフィールの前へ躍り出ると、ビシッと両手の指をこちらに突きつけてくる。
 そして、

「ツガイは、一緒になってずーっと何年も何十年も何百年も一緒にすごすでしょ?」

「何百年は特殊例すぎんだろ……」

「想いがエイエンなら、何百年はみじかいみじかい! んで、ずーっと一緒にすごすんだけど、ケンカしたりとか食べ物とりあったりとかはたぶんするでしょー?」

「――――」

 ケンカの規模がいよいよ小さい気がするが、ガーフィールは黙って聞く。
 興奮されて、塞いだ傷が広がっても困る。ミミの言いたいようにやりたいようにやらせて、落ち着いたところを取り押さえて――、

「そんなケンカもとりあいっこも、楽しめそーな相手を選べみたいな? あと、すごーガッチリなる相手はだいたい一目でわかんだろーとか言ってた!」

「一目でわかるってなァ……」

「ミミ、ガーフ見てガッチリってなった! なら、ガッチリってなったばっかなのも、何百年も一緒にいるなら誤差みたいなもんでしょー? 先々のマエガリ! そー、お嬢が言ってたやつ! マエガリ! んで、あとトイチ!」

「は……」

 えへん、と胸を張るミミの言葉に、ガーフィールは呆気に取られた。
 前借りだのトイチだの、言っている意味がわからない。つまりは、あれか。つがいになる相手との、その後の数百年分の絆を前借りするから、みたいなことか。
 それがあるから、動けるのだと、そんな感じの言い分なのか。

「……けど、死ぬかもしんなかったんだぜ」

「んー?」

「あれで死んでたら、前借りもクソもねェッだろが。なのに」

「あんなー、ガーフ、頭ダイジョブー?」

 苦しげにこぼすガーフィールに、ミミが自分の頭を指で叩いて聞いてくる。
 なるべくなら言われたくない相手に言われて、ガーフィールが愕然。それからミミはもっともらしく腕を組み、

「一緒に死ぬかもって、一緒に生きたいってことでしょー? んで、ミミもガーフも生きてんのに、なんでうだうだ言ってんのー? ハゲるぞー?」

「――――」

「お? ガーフ、今笑った? ねー、笑ったー?」

 覗き込んでくるミミのつぶらな瞳に、ガーフィールの牙が鳴る。
 カチカチと鳴る牙の音、その連続が次第に間隔が狭まり、それはやがて笑い声と混じって大爆笑に変わった。

「おー! ガーフ、大笑い! なんか面白いことあった?」

「お、お前がおもしれェんだよ、チビッ子。あァ、クソ、チッキショウ」

「ミミか! じゃ、しゃーないなー。ミミがいると、もう笑うしかなくなるみたいなことお嬢とかもよく言ってたかんなー」

 わかっていない顔のミミの態度に、ますます笑いが込み上げてくる。
 否、わかっていないのはミミではない、よっぽど自分の方なのだ。

 ミミはたぶん、言葉にできないだけで感覚的に一番大事なことがわかっている。ガーフィールが言葉にしなくては満足できないものが、彼女にははっきりと。
 だから今、ガーフィールは悔しいのかもしれない。

「……っけどよォ。さっきの理屈なら、弟二人がお前のために命懸けんのも、一緒に生きたいからってことッじゃァねェのかよ」

「ミミはいい! ヘータローとティビーはダメ! そゆことー!」

「どォいうことだよ」

 姉の権限を振りかざすミミに、最後まで苦笑がなくならない。
 思えばフレデリカも、極々稀に、いや稀でもない感覚で、わりと頻繁に姉の立場を笠に着た無茶を言ってきたような気がする。
 なんだ、ならば当たり前のことなのか。姉が弟に無理を言って愛するのは。

「ん、ガーフちょっといい面構えになったー、褒めてやろー」

「へいへい」

「褒めたミミに惚れた? 惚れた?」

「惚れねェ」

「そっかー。でも、ミミは惚れてる。ご安心!」

「……あァ、あんがとよ」

 飛びついてきそうな勢いで隣に並び、ミミがニコニコと一緒に歩き出す。
 ちょうどいい位置にある頭を撫でてやると、ミミの尻尾がぴょんと立ち、楽しげに左右にゆらゆらと揺れ出した。

 これまでのミミの態度と、あの命懸けの行動の結果に、納得したわけではない。
 ガーフィールの納得と、ミミの納得とは合意点が違う。ミミがすでに納得しきっていることが、少なくとも彼女の言葉からは伝わってきただけだ。
 ガーフィールの答えは、水門都市の波紋として現れる心残りは、まだ何もはっきりと解決してはいない。

 ただ、光明にはなったような気がするのだ。
 出さなくてはならない答えへの、道筋を照らす光明には。

「お食事処にご到着~! ガーフ! ミミ、ぺこぺこぺこりーん!」

「だァから、傷に障ッからはしゃぎ回んじゃァねェよ」

 勢いいさんで食堂に飛び込んでいくミミに、呆れながらついて入る。
 さほど広くない食事スペースに、今は復興に携わる大勢の人間が詰めている。ちょうど昼時なこともあって、店内に空いた席を探すのも一苦労だ。

「ガーフ! こっち! こっち空いてる! アイセキよろしーって!」

「アイセキって、あァ、相席かよ。わかった」

 さすがの行動力で店内を駆け回るミミが、早速二人分の席を確保している。
 店の奥に向かうと、ちょうど四人掛けの席の半分が空いていた形だ。ミミが尻尾を振りながら腰掛けるのを見て、ガーフィールも座席に到着する。そして、おそらくこれから騒がしいミミが迷惑をかけるだろうと、正面の客に声をかけようとして――、

「お」

「これは奇遇ですな、ガーフィール殿」

 対面の席に座る、白髪の老人――ヴィルヘルムと顔を合わせた。
 老剣士の静かな瞳と向き合う、ガーフィールはかすかに息を呑む。

 水門都市に残る、ガーフィール・ティンゼルの心残り。
 その内の二つ目の解法と、無関係ではない出会いがここで生じた。
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