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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第五章 『歴史を刻む星々』

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第五章74 『プリステラ攻防戦リザルト1』


『四方の制御搭を占拠し、都市を脅迫していた卑劣な魔女教は全て撃退されました。これにより、都市の安全は確保――水門都市プリステラの、勝利です!』

 都市中に響き渡るその放送をスバルが聞いたのは、エミリアと二人、都市庁舎を目指して急いでいた道中だった。

 喜色ばんだ訴えは、都市中に声を届ける魔法器による放送だ。
 いくらか音の割れる部分があったものの、それは放送をする人物の声が裏返る以上のものではない。その歓迎すべき内容には、何ら疑う余地はないだろう。

「スバル! 今のって!」

「みたいだね。どうにか、ひと段落って感じだ」

 パッと顔を明るくしたエミリアに、スバルは頬をゆるめながら肩の力を抜いた。
 脱力の理由は安堵と、幾許かの不安だ。

「……なんせ、相手が相手だからな」

 変異・変貌の権能を持つ『色欲』のカペラがいる以上、最悪、放送の声は住人たちをぬか喜びさせるための悪意の可能性すらある。さすがにそこまでは、と言い切れないだけの邪悪こそが、大罪司教という連中のおぞましさだ。

 とはいえ放送の声――最初にキリタカ・ミューズを名乗ったその宣言は、かしこまろうと意識しつつも、かすかな興奮と喜びを隠し切れていない。その声を聞けば、悪辣な企みに『言わされている』心配はひとまずしなくてよさそうだ。

「なら、全員、うまくやってくれたってことか……」

 大罪司教に占拠された四つの制御搭、その全てが奪還されたという放送だ。
 これで少なくとも、大水門の開放によって都市が水没する全滅ENDは回避できたと見ていい。
 その点に関しては素直に安心していいだろう。問題があるとすれば、それはスバルの案じる不安のもう片割れ――人的被害の方だ。

「レグルスには奇跡的に被害者が出ずに済んだけど」

 こちらもかなり強力な布陣だったとはいえ、相手は一癖も二癖もある大罪司教たちだ。レグルスとの戦いを死者ゼロで切り抜けられたのは、あくまで相手がレグルスのように戦下手だったからに他ならない。

 狡猾な『色欲』や、攻略の見えない『憤怒』。そして因縁深い『暴食』など、連中の難敵ぶりと脅威は語るに及ばない。
 勝てていたとしても、その被害は――という怖さがある。

「スバルの話だと、他の制御搭にも魔女教の大罪司教がいたのよね。他のみんな、大丈夫だったかしら……」

 素直に明るい顔のできないスバルに、同じ不安を感じるエミリアの言葉だ。
 目を伏せるエミリアに、スバルは唇を噛みながら首を横に振った。

「それは俺も不安なとこなんだけど……こればっかりは他の奴らを信じるしかない。早いとこ、無事だってのを確かめたいな」

「うん、そうよね……」

 安易な慰めの言葉では、エミリアの抱く不安を払拭はできない。
 今回の敵の強大さを思えば、味方に被害が出る可能性は避けられなかった。それでも、都市を救うために甚大な被害が出ることは望んだ結果とはいえない。

 故に状況次第ではあるが、選択肢の一つとして『死に戻り』を考慮に入れるのは、この作戦が始まった当初からスバルの抱く覚悟であった。

 基本的に、スバルは自身の『死に戻り』を組み込む戦略を良しとしていない。
 それは自死を選ぶことへの抵抗はもちろん、『聖域』の試練で見た、スバルが死を迎えた以降の世界のことも無関係ではない。

 事実として、スバルの死後も世界が続いていくかはわからないが、そうした可能性もあることを『試練』に教えられた。だからスバルは、試行回数を増やす目的で『死に戻り』することだけは断固としてしない。
 それでもスバルが自発的に『死に戻り』を選ぶことがあるとすれば、それは失ったまま進むことを許容できない結果が待ち受けていたときだ。

 そして今回、スバルはその可能性を考慮している。

 大罪司教に挑み、都市奪還を誓った王選候補者やその騎士、関係者たち。
 失いたくない人たちを失わないために、痛みと苦しみを伴って繰り返す覚悟を。

「……スバル、すごーく眉間に皺が寄ってる」

「え?」

 表情に深刻な影を落とすスバルを、エミリアが正面から見つめていた。視線に眉間の皺を射抜かれて、スバルは思わず目を丸くする。
 そんなスバルに、エミリアは紫紺の瞳を憂いで満たしながら、

「やっぱり、どうしたって心配は心配よね。ごめんね。大変なときだったのに、私が捕まってたりしたせいで……」

「いや、エミリアたんが悪いわけじゃねぇよ。もし仮にエミリアたんのことが抜きでも、レグルスはぶっ倒す必要があったんだ。エミリアたんがいなかったら、あの花嫁さんたちを助けられたかはわかんねぇし」

 『強欲』の花嫁たちを救うには、『獅子の心臓』を押し付けられていた彼女たちの心臓を、一時的に停止させる必要があった。
 こちらの現存戦力でそれを実行できたのは、おそらくエミリアだけだったろう。あとはフェリスであればあるいは、という可能性が残る程度か。
 最悪、それがなければレグルス撃破のために、花嫁たちには必要な犠牲となってもらわなくてはならなかったかもしれない。

「ま、そんな選択は俺もしたくねぇし、ラインハルトの奴が許さねぇよな」

 たとえ巨悪を討つために必要な犠牲、などといっても受け入れられまい。
 あの正義感の塊のような青年は、少数の犠牲を決して許容できないはずだ。その場合、レグルスとの決着がこれほど早く決することはなかったかもしれない。

「もしくは途中で、俺だけ巻き添えで死んでたかも」

 そもそも、エミリアがさらわれていなければ、大罪司教攻略組の編成自体が大幅に違っていた可能性も否めない。何が正答だったかなどは誰にもわからないことなのだから、考えても詮無いことでしかないだろう。
 ただ、願わくば――、

「俺らと別れたあと、ラインハルトは他のみんなのところにいってくれたはずだ。それで被害が減ってくれてるって……そう信じたいな」

「うん、そうね。――それを、早く確かめなきゃ」

 スバルの返答に、エミリアは真剣な顔で頷いた。
 そうして、都市庁舎への足取りを再開する彼女に並びながら、スバルはそっと己の胸に手を当てる。かすかに速まる鼓動を感じる心臓――そこにスバルが『死に戻り』への覚悟とは別に抱く、もう一つの懸念の存在がある。

 心臓のすぐ傍らに無神経に寄り添う、得体の知れない黒い異物感。
 それはレグルスの『死』の確信と同時に、するりとスバルの内側へと潜り込んできた邪な不純物だ。その不純物の正体を、スバルはぼんやりと知っている。

 ――『魔女因子』。

 魔女教とスバルを繋ぐ不純物の正体は、おそらくそう呼ばれるモノだ。
 『怠惰』ペテルギウス・ロマネコンティを倒した直後にも、スバルは同じ不快感をその身に宿すことになった。その異物感の正体が『魔女因子』であると、最初に聞かされた相手はやはり『魔女』エキドナからだったはずだ。

 魔女因子は、大罪司教や大罪の『魔女』たちとも深い繋がりがある。
 そしてそれは何故かスバルにとっても、蝕むような形で影響してくるのだ。
 だとしたらきっとこれも、『死に戻り』を引き起こす『嫉妬の魔女』と無関係ではないに違いない。
 決して、いい影響と前向きに考えられるようなものではないが。

「薄気味悪いもんがどんだけ取り付いても、俺は俺だ。……それでいい、はずだ」

 魔女因子の影響がどれだけ増そうと、己が揺らぐようなことは決してない。
 大罪司教を下すたびに魔女因子がスバルを蝕むとしても、だ。
 それに――、

「ベア子が目覚めたら、話さないと怒られるだろうしな」

 魔女因子がどうあろうと、スバルが一人で悩む必要はない。
 不安を打ち明け、問題の解決を図ろうと一緒に考えてくれる相棒がいる。
 きっと、打開策も見つかるはずだ。

「スバル? 何かあったの?」

 自然、口数の減ったスバルを心配するように、エミリアが目を向けてくる。スバルは「いや」と首を横に振り、少しだけ考え込んで、

「そういえば、さっきの放送を聞く限りキリタカが無事だったんだなって思って。それ知ったら、リリアナがきっと喜ぶぞって」

「キリタカさん、いなくなってたの?」

「オットー庇って生死不明扱いだったんだよ。なんでか死んでる気があまりしなくて、そんなに心配してなかったんだけど」

「じゃあ、もっと喜んであげなきゃ可哀想じゃない」

 立ち込める不安を蹴飛ばすみたいに、エミリアがスバルに唇を尖らせた。
 誰かが傷付いた可能性を不安がるより、誰かが救われていた事実の方を喜ぶ。

 あるいはそれも、今の心境には必要な心構えだった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 そうして、道中の不安をなるべく直視しないよう急いだ二人だったが、そんな二人を出迎えた光景は、決して楽観を許してくれるようなものではなかった。

「……こりゃ、ひでぇな」

 眼前、崩れて瓦礫の山と化した都市庁舎を眺めて、スバルは途方に暮れていた。
 乾いた唇でようようこぼれた言葉は、その光景への端的な感想だ。

 五階建てという、この世界の建物にしては珍しい高層建築だった都市庁舎だが、その威容は見る影もなく崩壊しきっている。
 破壊の爪痕は建物の土台部分にまで及んでおり、庁舎のあった土地は中央が大きく潰れて、大穴が口を開けるような形で陥没していた。
 建物の基盤に大打撃を浴びない限り、このような崩壊には繋がるまい。

 建物の残骸からスバルはそうした推察をするが、同じものを見ていたエミリアは不安げな顔で周りを見渡した。

「さっきの放送って、この建物の中にあった魔法器を使ってたはずよね? それなのに建物がこんな風になってるのって……」

「――! 言われてみたら確かに……」

 エミリアの懸念に、スバルは大慌てで周囲を警戒する。
 庁舎の崩壊など只事ではない。間違いなく、魔女教の魔手が及んだ結果だ。そして庁舎には魔法器だけでなく、制御搭の攻略組に加わらなかったオットーたちや、カペラの権能の被害者たちが残っていたはずなのだ。

 都市庁舎がこれだけの被害を被っている以上、ここで戦いがあったのは必定。だとしたら、非戦闘員ばかりが残っていた庁舎には何が起きていたのか。
 キリタカの放送、その事実関係すら危うげなものになってしまう。
 ただ、そんなスバルたちの不安は――、

「あ、誰かきたと思ったら、やっとスバルたちなのよ」

「……ベアトリス?」

 身を固くするスバルたちの下に、ふいに聞き慣れた少女の声が届いた。
 見れば、瓦礫の山の上から二人を見下ろしているのは、ふわふわのドレスの裾を持ち上げて歩くベアトリスだ。彼女は目を丸くするスバルの傍へ下りてくると、じろじろと上から下までその姿を確認して、

「ふん。ケガはしてないみたいでホッとしたかしら。ベティーのいない間にケガなんてされたら、もう迂闊にトイレにも一人じゃいかせられないのよ」

「そこまで手間暇かかる園児のつもりはねぇよ……っていうか、ベア子、お前どうしてこんなところにいるんだ?」

 短い腕を組み、つんと澄ました顔でふんぞり返るベアトリスにスバルは驚く。その不遜な態度、まさしく普段の彼女のままだ。

「お前、マナの使い込みが祟って戦線離脱してたはずだろ? 少なくとも、今回の戦いには参加できないって話だったのに」

「使い込みってベティーに非があるみたいな聞こえ方するからやめるかしら! そのベティーの献身がなかったら、今頃、スバルの足は一回り細くなってたはずなのよ。感謝と労いの気持ちと抱っこが足りないかしら!」

「わかってるわかってるって」

 ぷりぷりと怒り心頭なベアトリスの頭を、スバルは慣れた手つきでぐりぐりと撫で回す。不満げに頬を膨らませていたベアトリスだが、それでも一歩、スバルへの距離をさらに縮めると、黙ってその撫でくりを堪能していた。
 と、そんな契約者と精霊とのやり取りに、エミリアがそっと口を挟む。

「ベアトリス」

「……エミリアも、無事みたいでよかったのよ。お前に何かあったら、にーちゃも悲しむかしら。そのせいでスバルも、ベティー抜きで戦うなんて無茶する羽目になったのよ。これに懲りたら、もう捕まったりするんじゃないかしら」

「うん、ありがと。心配かけてごめんね」

「別にベティーはお前の心配なんてちょっとしかしてないのよ!」

 ぷいっと顔を背けるベアトリス、それをエミリアが微笑ましげに見守る。それからベアトリスの全身を眺めるエミリアは、その丸い瞳をそっと細めた。

 華美なドレスと、丁寧に整えられた巻き毛。
 そのいずれにも、かすかな血と泥の汚れが跳ねている。それはこの精霊の少女が、ただ安穏とした眠りから目覚めたわけではないことの証拠だ。

 スバルの不在と、都市庁舎の崩壊。
 そういった不測の事態と、ベアトリスの目覚めはきっと無関係ではない。

「――――」

 エミリアのそうした意図を込めた目を向けられ、スバルも顎を引いた。
 そして、撫でられたままのベアトリスを見下ろし、

「どうも、俺の留守中に頑張ってくれたみたいじゃんか。いつも悪ぃな。迷惑ばっかかけてて」

「スバルがベティーに迷惑かけるのは、当たり前の織り込み済みだから気にする必要ないかしら。ううん、やっぱりちょっと気にするのよ。気にして、感謝かしら」

「ういうい。……でも、頑張ったにしてもこれはちょっとやりすぎな。ビル一個潰すのはさすがにちょっと」

「え、これってベアトリスがやったの?」

 瓦礫の山を指差して、エミリアが唖然とした目でベアトリスを見る。

「このぐらいの建物って、直すのにどのぐらいかかるんだろ……スバル、わかる?」

「ベア子のお小遣いじゃ、それこそ何十年がかりの大事業になるってことはわかる」

「二人して神妙な面で何を言い出すのよ! ベティーがやったのと違うかしら! この建物、ベティーは残骸になってからしか見ちゃいないのよ!」

「わかってるって。お前、打たれると響きすぎだ。可愛い奴め」

 濡れ衣を着せられたベアトリスの弁明に、スバルはけらけらと笑った。そのやり取りにエミリアは「え、え、どっちなの?」なんて言っているが、ひとまずよし。
 ベアトリスがこうして、残骸となった庁舎周りにいるのであれば、

「とりあえず、この辺で魔女教が悪さしようとしてる心配はなさそうってことだ。そうなると、都市庁舎にいたはずのオットーたちはどうなった?」

「む、それは説明がややこしいかしら。でも、庁舎の中にいた連中は……」

「ちゃーんと、うちらも脱出しとるから安心してええよ」

 ベアトリスの返答に割り込む、関西弁ならぬカララギ弁の声。
 それに反応して振り向けば、瓦礫の山を迂回するようにやってくる小柄な人物の姿が見えた。一瞬、その人物の容姿に違和感を覚えたのは、彼女が手櫛で整える髪の毛の色が、見知ったそれと違う色に染められていたからだ。

「アナスタシアさん、か?」

「なんやの、その疑問符付きの呼び方……って、あぁ、そやったね。うち、今は髪の色が違うくなってるから」

 柔らかな薄紫の髪が、今は濃い緑色に染まっている。
 それだけでかなり印象が変わるのは、着物姿のアナスタシアだ。彼女はスバルとベアトリス、それからエミリアに目を留めると、満足そうにはんなりと頷く。

「ん、ナツキくんもちゃぁんとエミリアさんを連れ帰ったみたいやね。剣聖さんから聞いてたから、そこまで不安視はしてへんかったけど」

「ラインハルト、ちゃんと合流しててくれたか」

「ビューンって空飛んできよったよ。今は魔女教の残党探し……ってよりも、フェリスさん連れて避難所巡りしてるいうんが実際のところやね」

「避難所巡り……治癒術師の面目躍如ってことか」

 大罪司教を退けても、都市の受けた被害の回復にはかなりの労力を必要とする。都市機能の速やかな回復のためにも、フェリスに求められる役割は大きいだろう。ラインハルトも今は、そのフェリスの足代わりとして使われている最中らしい。

「色々、私の方も迷惑かけてごめんなさい。……だけど、アナスタシアさんの方も何があったの? 髪の色とか、この建物とか」

「そうそう。髪の毛、目に優しい色に変えてイメチェン? それも似合ってると思うけど、もともとのアナスタシアさん知ってるとやっぱり違和感があるよ」

「ナツキくんてば無意味にお上手。やけど、これはちょこっと作戦のために染めてただけ。しかも収穫なし……どころか、見たままひどい目に遭ったんやけど」

 髪の先を指に巻きながら、庁舎の残骸を見据えてアナスタシアはため息。彼女の言からすれば、都市庁舎の崩壊には少なからず彼女が関与しているようだが。

「フェリスは無事、なのよね? 何があって、他の人たちはどうなったの?」

「お話は単純……大罪司教の攻略にみんなが出てったあと、留守を狙って性悪なんが襲ってきたんよ。それをかぁるく捻ったったってわけやね」

「軽く捻った、なんて風に見えないけど……」

 アナスタシアの口調の軽さと裏腹に、激戦だったことは明らかだ。
 都市庁舎への襲撃――戦闘員の抜けた隙を狙う悪質な手口、おそらくは『色欲』か『憤怒』のどちらかだと思うが、より可能性が高いのは、

「きたのは『色欲』か?」

「聞いてた通り、性格最悪やったね。出くわしてゾッとしたわ」

 ゾッと、で済むような軽々しい相手ではないはずだが、アナスタシアの態度には怯えや恐怖の気配がない。大罪司教と遭遇して大した胆力だ。
 さすが、と褒めたいところだが、それ以上にスバルには反省がある。

「悪い。制御搭を抜けて、都市庁舎に奇襲……俺が気付かなきゃいけなかった」

「気にせんでええよ。ナツキくんが足らんとこで、うちらが好き勝手やってたーいうだけの話やから。むしろ、それで収穫なしなんがかえって恥ずかしいわ」

 アナスタシアの口ぶりから、どうやら彼女は奇襲を予想していたらしいとスバルは感じ取る。緑に染めた髪の毛も、おそらくはそのための布石だったのだろう。
 濃い緑色の髪の毛と、カペラが執着する可能性のある人物との関連性が思い浮かべば、ぼんやりと彼女らの立てた作戦を理解することもできる。

「クルシュさんに扮して、アナスタシアさんが釣り餌ってことか? それでフェリスと二人だけで『色欲』を追い返したってんなら、俺らの立つ瀬がねぇな」

「やったら格好いいんやけど、そこにもう一人。プリシラさんとこの騎士様やね」

「……アルが?」

 意外な名前が出て、スバルは目を丸くしてしまう。
 都市奪還の戦いに、もっとも乗り気でなかったのが他でもないアルだ。それにアルはもともと、プリシラやリリアナと一緒に『憤怒』の攻略に向かっていたはず。
 その彼が都市庁舎防衛のために残ったのなら、『憤怒』攻略組は戦力にも組み合わせにも不安と疑問点しかない状態ということになる。

「言うとくけど、『憤怒』の攻略組もばっちり無事に戻ってるよ」

 そんなスバルの疑問を察した顔で、アナスタシアがそう補足してくれる。彼女は苦笑しながら、『憤怒』の占拠していた制御搭の方角を見やり、

「プリシラさんが無傷でご帰還。歌姫リリアナなんか、まさかの王子様と二人で戻ってきてみんなびっくりやったわ」

「王子様……って、キリタカのこと? その二人で挑んで、生死不明の人間と一緒に戻ってくるって、何がどうなるとそうなんだよ」

 プリシラが『憤怒』の攻略から無傷で戻ったことや、キリタカとリリアナの合流などあまりに謎が多すぎる。そのあたり、もう少し詳しい話が聞きたいところではあるが、それよりも優先すべきは大枠の話。

「さっきの、キリタカの放送は信じていいんだよな?」

「――――」

「制御搭の奪還は成功。あとは、挑んだ全員の状況だ。それは、どうなった?」

 庁舎は崩壊し、しかし魔法器はおそらく持ち出されていた。
 となれば、放送が罠である可能性は疑わなくていい。あとの問題点は、結局は最初から抱き続けていた、発生した被害へのもののみ。
 そして、スバルの質問にアナスタシアは、

「安心してええよ。ナツキくんらが、戻ってきた最後やから」

「俺らが最後……で、みんなは?」

「安心し」

 かすかに焦るスバルと、不安げに見守っていたエミリアやベアトリス。そんな三者に対して、アナスタシアは微笑みながら頷くと、

「全員、無事に戻ってきとるよ。欠員なしや」

 と、そう応じたのだった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「大将! 無事に戻ったかよォ!」

 崩れた都市庁舎に代わり、新たな集合場所となっていたのは最寄りの避難所だ。
 そこへ合流したスバルたちを見ると、嬉しげな声を上げて駆け寄ってきたのは金髪の少年――ガーフィールだった。

「おお、ガーフィール……って」

 手を上げようとして、駆け寄ってくるその姿にぎょっとする。
 上半身裸のガーフィールだが、その全身は血塗れだ。とはいえ、表情はどこか晴れやかで、かなりの苦戦があったものとは見えるが、役割は果たし切ったらしい。

 そのことだけ見取ると、スバルはすぐに表情を驚きから笑みに変えて、

「よう、お前の方こそ無事には見えねぇっての。ひでぇ面してんぞ」

「大将にゃァ言われッたくねェ……たァさすがに言えねェか。でもよ、大将の方こそ漢見せたッみてェじゃァねェか。エミリア様、よく助け出してきたぜ」

「当然」

 スバルが拳を突き出すと、ガーフィールもそれに拳を合わせてくれる。
 二人が互いの健闘を称え合うにはそれだけで十分だ。

「けど、『色欲』は都市庁舎の方に出たって聞いてるぞ。お前、どこで誰とケンカしてやがったんだ?」

「決まってッだろが、『八つ腕』のクルガンとだよ。……つっても、どこまでその名前で呼んでッいいもんかわかりゃァしねェけどよォ」

「――? そりゃどういう意味だ?」

「俺様が戦ったのァ、あくまで死体だったかんな。たぶん、生きてた頃はあんなもんじゃァなかったはずだ。だから、あんまし勝ったって気ィがしねェんだよ」

 死者の肉体を操り、戦士として利用する秘術。
 今回の魔女教の暗躍には、その秘術が使用されたことは間違いない。それでも戦士の力量は生前と比べて劣化する、ということだろうか。ガーフィールぐらいの戦士ともなれば、そうした差を敏感に察するものなのかもしれない。

 そのことが引っかかっているのか、勝利自体とは別の部分で、ガーフィールはどこか不完全燃焼なものを感じている様子だった。
 そうした感覚、スバルにも決してわからないものではないが。

「敵が強くなくて、それで落ち込んでるの?」

 その感覚がわからないのか、話を聞いていたエミリアが首を傾げる。
 彼女の言葉に、ガーフィールは「無事でよかったぜ」と、まずその帰還を喜んでから、自分の短い金髪を乱暴に掻き毟った。

「強くなくて落ち込んでる……ってェのとは違ってんだよ。なんつーか、説明できねェんだ。エミリア様は、女だかんなァ」

「女の人にはわからないこと? じゃあ、スバルはわかってるの?」

「なんとなく、だけどね。でも、男でも強者と弱者の間にはわからない垣根みたいなものがある命題なんだよ。……けど、それはガーフィールが強いことの結果だと俺は思うけどな。考えすぎなんじゃね?」

「考えすぎ……かよォ」

 わからない顔のエミリアと、全肯定とはいかないスバルの返答。それを受け、ガーフィールはいくらか物憂げな顔で俯いた。
 『強さ』みたいなものに関して、ガーフィールは常に頭を悩ませている。それはラインハルトに単身で挑んだこともそうだし、その後に魔女教に手痛い洗礼を受けたことも無関係ではないだろう。

 考えても考えても、頭で考えていても答えの出ない問題。
 そういう類のものである可能性はある。だから、それに関しては――、

「なぁ、ガーフィール。そうやって考えてても……」

「おー! ガーフ、いたー! どんどこどーん!!」

「ぐァ!?」

 何かしら助言しようとしたスバルの前で、騒がしい音を立てながらガーフィールの体が吹っ飛んだ。かろうじて、小さな影がガーフィールの腰のあたりにぶつかっていったのが見えたが、苦鳴を上げて転がるのを止める手は間に合わない。
 そして倒れるガーフィールの方を見ると、無防備に倒れるガーフィールの胸の上に座って、パタパタと尻尾を振っている猫人の少女の姿があった。
 少女は耳をピンと立て、愛らしい顔を楽しげにしながら、

「ふーははー! ユダンタイテキなのだ、ガーフ! ホントーの敵は己の心の中にいる! そして心の中には、常に大事な人もいる! つまり、マンパイ!」

「うッだうだと、人の胸の上で……」

「ふふーん、ミミ、お嬢にいわれてんのー! 男を尻にしいて、なんかアイジョーとかそーいうのをひきよせる……みたいな? なんかそれがカケヒキとかなんとかお嬢がいってた! いってたので、尻にしいてみたー!」

 ガーフィールの上で、キャッキャと笑い声を上げているのはミミだ。
 深手を負い、癒えない傷に血の気を失っていた様子はもはやそこにはない。完全に元気を取り戻した顔の少女に、スバルは胸を撫で下ろす。

「ミミ、元気になったのか」

「おー、おにーさん、おかりー! おかりー! ミミが寝てる間、なんかイロイロ大変だったみたいだけどおつかれさまー! ミミ、すげーよく寝てたー! でもガーフも、すごーがんばったみたいな? おつかれさまー!」

「か、変わりないみたいで何よりだよ。なぁ、ガーフィール」

 ミミの負傷はガーフィールを庇って負ったものと聞いていた。
 瀕死の彼女を担ぎ込み、癒えない傷の事実にひどく衝撃を受けていたガーフィールだ。こうして快方したミミに、さぞや安心したことだろう。
 が、ガーフィールはスバルの呼びかけに、尻に敷かれたままの状態で鼻を擦り、

「ハッ、変わりッがなさすぎて困ってるってんだよォ。何度も言ってッが、そうやって病み上がりで騒いでっと……」

「ん、なに? ガーフ、なんかいった? ……あ!」

 ガーフィールに顔を近付けたミミが、声を上げて自分の懐を覗き込む。白いローブの内側を確認したミミは、丸い瞳をパチクリとさせると、

「ガーフ、やばい! また傷やぶけたー! 血ーが出てきたー!」

「バカ野郎! だッから何度も言ってんじゃァねェか! クソ、包帯巻き直して治癒魔法かけ直さねェと! ほら、こっちこい!」

「うきゃー! いたひー! いたひー!」

 傷の悪化のわりに、余裕のあるミミの手を引いてガーフィールが避難所の奥へ。台風のように騒がしいやり取りで、スバルすらも呆気に取られるほどだ。

「ぷっ……が、ガーフィール、あれなら悩んでる暇もないかも」

 が、呆然としていたスバルの隣で、ふいにエミリアが口に手を当てて噴き出した。彼女は遠ざかる二人の背中を見ながら、先のガーフィールの悩みに言及する。
 なるほど、とスバルもその意見に同意した。

「なんだかんだで、いい組み合わせだよな。あの二人って」

「ミミって可愛いし、ガーフィールのことすごーく好きみたいだし……ガーフィールもラムのことが好きみたいだから、簡単なお話じゃないと思うけど」

「うん、そうだね……って、エミリアたんが男女の色恋にコメントを!?」

 わりとわかりやすい事例とはいえ、そんな話ができたことにスバルは驚く。
 スバルからの告白にも、男女の恋愛がイマイチわからないと保留にしている立場のエミリアが、そうやって他人の色恋に言及できるとは。

「むぅ、スバルってば、今なんだかすごーく失礼なこと言った気がするの」

「結構、的確な認識だと俺は思ってたんだけどね。……まさか、俺の知らない間にエミリアたんに変化があった? 花嫁衣装だし!」

「ずいぶんボロボロにしちゃったけどね」

 動きづらいから、なんて理由で花嫁衣装を引き裂くあたり、あまりその辺の心配はする必要はなさそうなままか。

「やれやれなのよ。お子様が揃って、背伸びをしているようにしか見えないかしら」

「一番、お子様な見た目のお前に言われたくねぇよ」

 総括するベアトリスがオチを付けたところで、スバルは咳払い。それから、ミミの快方が意味する問題――その答えを求めて避難所の中、視線をさまよわせて、

「――――」

 再会を喜ぶ人々などがいる隅で、静かに佇む老剣士の姿を発見した。
 無言で瞑目する剣鬼の様子に、スバルは小さく息を呑む。

「スバル……」

「ごめん。ちょっと、いってくる」

 気遣わしげなエミリアにそう応じて、スバルはその場にエミリアとベアトリスを残すと、ゆっくりと視線の方向へと足を進めた。
 最初に、なんと声をかけるか。しかし、その悩みは不要なものとなった。

「――スバル殿ですか」

「……はい、そうです」

 歩み寄り、最初の一言を躊躇うスバルを、片目を開けたヴィルヘルムが捉える。その静寂の青い瞳を見て、スバルは沈黙することの無意味を悟った。
 冷たい石造りの壁に背を預け、風景に同化していたヴィルヘルム。その隣になんとなしに並んで、スバルはちらりと彼の姿を見た。

 傷だらけの、激闘の余韻を感じさせる姿だ。
 上着を脱いだ軽装備のあちこちには斬撃の残滓があり、後ろで縛られていた白髪は解けて背に広がっている。もっとも痛々しいのは、右足の付け根に巻かれた血濡れの布切れ――深手、それも命に関わる類のそれであるとわかるほどの。

 しかし、それ以上にスバルの目を引いたのは、ヴィルヘルム自身ではない。
 彼のすぐ傍らに大事そうに置かれた、何かを包んで丸まった上着だ。

「ヴィルヘルムさん、それは……」

「――――」

 思わず、その上着に包まれたものの正体を確かめようとしてしまう。スバルの言葉を受け、ヴィルヘルムの視線がその包みへと向いた。
 老剣士はしばし沈黙し、それから乾いた唇を動かして、

「……お察しの通り、妻です」

「――――」

「落命した直後、その亡骸は灰の塊になりました。そのまま風にさらすのはあまりに不憫だと、見苦しくはありますが上着で。……せめて灰だけでも、きちんと墓に入れて弔ってやりたいのです」

 死者の亡骸を動かす秘術、その終焉の形が灰と化す骸――ということか。
 それは死後の魂への冒涜であり、秘術の対象とされた存在の関係者に与える衝撃は計り知れない。ヴィルヘルムの心中を思えば、想像を絶するものがあった。

「申し訳ありません。あまりに女々しい、無意味な執着です」

「そんなこと!」

「――――」

 自分を責めるような響きに、スバルはとっさに声を上げた。
 熱くなっている自分を自覚しながら、スバルはヴィルヘルムを正面から見る。ヴィルヘルムもかすかに目を見開き、スバルの方を見ていた。

「俺は、白鯨のときも今も、ヴィルヘルムさんが間違ってるなんて思わないし、すげぇ人だって尊敬してます。大事な人を大事に想って、何が悪いんですか。恥ずかしいことなんてないし、そんな風に思う方が間違ってる」

「スバル殿……」

「ヴィルヘルムさんは、立派です。奥さんを……ちゃんと墓に入れようって、それで弔おうって考えは間違ってなんかない。うまく言えないけど、すごいんです」

 本心だ。
 これは紛れもないスバルの本心であり、否定されたくない本音だ。

 白鯨のときも、今回の悲しい再会も、運命はあまりにもヴィルヘルムに辛辣だ。
 それでも剣鬼は懸命に運命に抗い、自らの意思を貫徹し、愛を通そうとした。その結果の全てが、報われるものではなかったかもしれない。
 後悔、悔恨は尽きないかもしれない。けれど、正しいはずなのだ。

 愛する人を愛しきるヴィルヘルムの愛は、全部、正しいはずなのだ。

「見苦しいことなんて、ありません。お墓、ちゃんと入れてあげてください。それで機会があって邪魔じゃなかったら、俺にも墓参りさせてください」

「――――」

「俺はそれぐらいしたいし、そうされるべき人だって思ってますから」

 口が、うまく回らなくて、しかも感情的で、スバルは自分が悔しい。
 自分勝手な感情の押しつけで、ヴィルヘルムに笑われても仕方がない。関係ないと突っぱねられても当然の申し出だ。

 しかし、ヴィルヘルムはそんなスバルに、ふっと唇をゆるめた。
 強張り、張り詰めていた横顔にささやかな隙が生じる。そして、

「……ええ、お願いします、スバル殿。私もあなたには、妻に言葉をかけてもらいたいと思います。あなたには」

「――! は、はい。その、光栄です」

 許可が出た、というよりはヴィルヘルムの度量のおかげだろう。
 スバルの無理な願いを聞き入れて、ヴィルヘルムはかすかな吐息をこぼす。その横顔が、これ以上の会話を求めていないことを察し、スバルは頭を下げた。
 しばらく、ヴィルヘルムとその妻を二人きりにすべきだ。

 ただ、そうしてその場を離れる前に、最後に一つだけ確かめたかった。
 それは、

「ヴィルヘルムさん。――奥さんとは、その、ちゃんと?」

「――――」

 決着を、つけられたのだろうか。不本意な結果には、ならなかっただろうか。

 無論、死者となった妻と立ち会わされたこと自体、望んだ結果のはずもない。それでも、ヴィルヘルム以外が立ち会うことなど許されるはずがないし、そうした状況を呑み込んだ上でヴィルヘルムは決着を求めた。
 ならばせめて、そう願ってしまうのは、スバルだけではないはずだ。

「妻とは……」

 足を止めて、自分を見るスバルにヴィルヘルムが口を開いた。しかし、言葉は一度そこで中断する。かすかに、ヴィルヘルムの視線がスバルを外れた。その視線が向いたのは、妻の遺灰が包まれる上着。
 刹那、膨大な感情の渦がその瞳を過り、そして、

「――はい。妻とは存分に言葉を交わし、確かに別れを告げました」

 言葉、というのは比喩的な表現だろう。
 先代『剣聖』であったヴィルヘルムの妻、彼女と剣戟を交わしたことが、剣鬼にとってこの上ない会話であり、決着の刃こそが別れの言葉であったはずだ。
 だから、その決着はきっと、ヴィルヘルムの選択の結果で――。

「私は妻を愛している。――それは、伝えられたはずです」

「そう、ですか」

 静かな、ヴィルヘルムの愛の告白。
 声量のささやかさと裏腹に、聞くものの心を焦がす熱量にスバルの胸が熱くなる。深々と息を吐いて、スバルは目をつぶった。

 溢れ出す、感情の荒波。その一つ一つを押さえつけて、目を開ける。
 目の前のヴィルヘルムは、その口元を寂しげに、しかし綻ばせていたから、救われた気持ちになって、スバルも唇をゆるめた。

「ヴィルヘルムさん。お疲れ様でした」

「――――」

「たぶん、またすぐに慌ただしくなるとは思うんですけど、それまでは休んでいてください。俺、もうちょっと周りに話とか聞いてきますから」

 最後の一言、それが正しいものだったのかわからなくて、スバルは早口になる。頬を指で掻いて、気恥ずかしさからヴィルヘルムに背を向けた。
 その背中に、

「スバル殿――」

「はい?」

 遠ざかろうとした足を止めて、呼ばれたスバルが振り返る。すると、ヴィルヘルムは少しだけ驚いた顔で、すぐに「いえ」と首を横に振った。

「失礼しました。些細なことです。お気にされず、どうぞ」

「そうなんですか? いや、そう言われると逆に気になっちゃいますが……ええと、それじゃ、はい。またあとで」

 ヴィルヘルムらしくない反応に苦笑しながら、スバルはその場を離れる。
 戻ってくるスバルの姿に、エミリアとベアトリスの二人がどこか安堵の表情をしているのが見えた。そのぐらい、向かったときと戻ってきたとき、スバルの表情が違うということなのだろう。

 そのぐらいのことは、スバル自身にも自覚があった。

 決して、死者との再会が喜ばしいものだったわけではない。
 それでもせめて、ヴィルヘルムは自分の手で決着をつけて、その結果に関して納得している。そんな事実がささやかな、救いになった気がしていたから。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 遠ざかる黒髪の少年の背中を、剣鬼は目を細めながらジッと見つめていた。

 その唇が、何かを堪えるかのように固く結ばれる。
 それはつい先ほどまで、強固な意思で本音を押し隠した偽装の決壊だ。気を抜けば今にも、結んだ唇を噛み切ってしまいかねないほどの、激情。
 そうまでして、自らの胸中をあの少年に隠しきったのは、きっと――、

「スバル殿……あなたが」

 口の中だけで、囁くような掠れた声で、少年の名前を剣鬼は呼び、

「あなたがもし、私の――」

 そこまで口にして、剣鬼は女々しい己の心を断ち切るように目をつむる。
 音にされなかったその先は、決して誰にも聞かされることはない。

 そしてそれが剣鬼の口から紡がれることは、決してない。
 そんなことだけは決して、剣鬼は自らに許さなかった。








『Re:ゼロから始める異世界生活Ex 獅子王の見た夢』
6月25日、MF文庫Jより発売!!
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