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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第二章 激動の一週間

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第二章12 『相性が良くて悪い二人』

 スバルを吹き飛ばし、一息ついたベアトリスはそっと満足そうに微笑む。
 それから暴力を振るった掌を今度は表に向けて視線をずらし、

「ざまーみろなのよ。……にーちゃ、こっち」

「はいはい。それじゃ、リアとはあとでね」

 手招きする少女に呼ばれて、ふわふわと浮遊するパックが扉へ向かう。掌でその来訪を歓迎すると、今度こそ扉が閉め切られてターンエンド。
 相手のカードを切るターンが終わり、今度はスバル側のターンとなるのだが。すでに満身創痍のスバルに、次のカードを切る気力がすでにかなり弱い。


 スバルは自分を踏みつけにしたまま、調度品の角度を丁寧に直している双子を恨めしげに見上げて、

「そりゃ一銭の金にもならねぇ俺と比べりゃ優先度はそっちのが高ぇだろうけどさ……客人を踏みつけていくメイドってのはどうよ」

「あら、聞きました、姉様。おかしなことを言っていますわ」
「ええ、聞いたわよ、レム。頭が残念な発言が出ているわね」

「口悪っ! っつか、大丈夫そうならとっとと上からどけ! 下着も青とピンクで揃えてんのか、そこだけ評価し……ばんくらちおんっ」

 ツインで顔面を踏まれて発言が中断。「きゃーいやー」と棒読みでシンクロしながら遠ざかる双子。彼女らは顔に足跡を付けて立ち上がるスバルを見ながら、互いに手を取り合って顔を寄せ合い、

「だってお客様……改め、スバルくんは同僚になるのでしょう?」
「だってお客様……改め、バルスって立場同じの下働きでしょ?」

「おい、片方、俺の名前が目潰しの呪文になってんぞ」

 小中学校で、まず間違いなく一度は触れられる鉄板ネタだ。意図せず元の世界とのコラボを披露した桃髪は当惑したように首を傾ける。
 が、彼女らの言にも一理ある。それはつまり、

「俺の立場ってアレか。やっぱ使用人の下男的なポジション」

「現状だと、ラムとレムの二人の指示で屋敷周りの仕事を手伝ってもらうのがベストだろうねぇ。不満でも?」

「不満があるとすれば、雇ってと養ってをちょっと間違えたさっきの自分にしかねぇよ。……まぁ、ものは考えようだけどな! ひょっとしたら働く男の横顔に、意中のあの子はキュンキュンするかもしんないし!」

 労働、社会奉仕、それをしてこそ一端の男という感じはある。
 期待を込めてちらちらとエミリアの様子をうかがうと、彼女はそのスバルの視線に対して曖昧に微笑み、

「えっと、よくわからないけど、頑張ってね?」

「おう! 超豪華客船にでも乗ったつもりで任せてくれていいぜ! 働いたことなんて、一回もないけどな!」

 就労経験ゼロなら、就労経験しようと決意したことすらゼロ。穀潰しオブ穀潰しであった自分の目覚ましい進歩がいっそ誇らしい。
 が、周囲はそんな晴れやかなスバルの気持ちを酌んではくれないようで。

「姉様、姉様。仕事がほんの少しでもはかどると思ったレムが馬鹿でした」
「レム、レム。少しでも手抜きができるって期待したラムが馬鹿だったわ」

「姉様は少し建前をオブラートに包むことを覚えようぜ!?」

 期待外れの落胆の気持ちを隠さない双子。必死で抗弁するが、傍らのエミリアすら疲れた様子で吐息していて心が折られそうになる。
 そんなスバルの顔があんまり哀れだったからか、エミリアは慌てて「それでも」と前置きして、

「スバルの手指とかの感じからすると、仕方ないかもね。頑なだから聞かないけど、働かなくて済むような立場だったんだろうし」

「なんかそれだけ聞くと本格的に俺って怪しい立場だよな」

「一生懸命に人がフォローしてあげてるんだから茶化さないのっ」

 アテレコすると「めっ」といった感じで額を突かれ、ついでにスバルはその伸びてきたエミリアの手をキャッチ。
 「あ」と驚く彼女の腕を目にして、その指の細さと綺麗さに感嘆。彼女の方こそ、働く女性の指には見えないが。

「ナカーマ」

「その発音、すごーく嫌。それに一緒じゃないわよ。私はちゃんと身の回りのことは一通り自分でできるもの。今でこそこの屋敷のお世話になってるけど、元々はひとりでやってきたんだから」

 握られた手を振りほどき、エミリアはそれから「ふふん」といった感じで軽く胸を張る。家事技能を得ていることで、スバルより優位に立った気分なのだろう。
 そういう、ちょっと子どもっぽいところがやたらと可愛いのだが、彼女自身はそんな自分の仕草を『優雅』か何かと勘違いしている節があった。

「っていうか、それはそれとしても無能扱いはごめんだぜ! 言っとくが、俺だって家事がなにもかもできないってわけじゃないんだ。得意科目もあるよ!」

「へえ、ちょっと意外ね。なにが得意なの? 炊事、洗濯……お掃除?」

「裁縫だな!」

「また意外な技能が出てきた!」

 予想の斜め下から攻撃を食らったみたいなエミリアに、スバルは唇を尖らせてぶーたれることで不満をアピール。
 嘘でもハッタリでもなく、針仕事が得意なのは事実である。ちまちまと小さな針に糸を通し、それを駆使して繕い物をするのが隠されたスバルのスキルのひとつだった。

「とれたボタン付けたりとか、破れた小物繕ったりできるぜ! あと得意なのは……服とか小物にワンポイント刺繍することだな」

「器用すぎて逆に使いどころに困る特技ね……」

 言いながら、そうだろうなぁとはスバルも思う。
 炊事、洗濯や掃除といったオーソドックスな家事と比べると、裁縫技能は一歩メジャー感に劣ると言わざるを得ない。毎日必須な三つに比べると、必須技能というわけでもないあたりが特に。

「なにを思ってスバルの家の人はそれを教えたのやら……」

「なんにも考えてねぇと思うし、教わったというより勝手に覚えたというか」

 「ふうん?」と興味ありげな目をするエミリアだが、スバルは「ま、ま、いーからいーから」とそれをかわして手を振る。
 それからスバルは双子に振り返ると、無意味に胸を張って尊大に、

「で、だ。そんな俺にどんな仕事を任せるのか。先輩である姉様方の意見に従わせてもらうよ! 粉骨アレしてな」

「「砕身」」

「それしてな」

 ちょっと一瞬出てこなかった単語を三人で指差し確認。
 すでになかなかの連携を見せる使用人グループを見ながら、ロズワールは満足そうに「うんうん」と顎に触れながら頷いて、

「仲良きことは美しきかな。お互いのわだかまりもなぁいようで、雇い主としても大いにけっこうなぁことだよ。ねぇ?」

「やりやすいというか、不思議と波長合う感じっつーの? 間違いなく相性はいいと思うぜ、あのロリよりな!」

「よっぽどベアトリスと相性良かったのが嫌だったのね……」

 不憫そうにエミリアがそう呟くのが、この長々と続いた朝食の場の騒がしいやり取りの締めくくりの一言となった。

 軽く手を叩き、ロズワールは残った四人の視線を集めると、それから壁に掛けられた額縁のようなものを指差す。
 つられてそれを見やり、スバルは困惑を眉を寄せて表現。
 ――その額縁にはめ込まれているのが、これまで廊下などでちらほら見かけた絵画などでなく、拳より少し大きいくらいの結晶だったからだ。

 水底のようにほんのり暗い青色、結晶はそんな妖しげな光をまとい、ぼんやりと食堂の中で五人の視線を受け止めている。それを指差しながら長身は、

「ほぉら、そぉろそろ水の刻も半分が過ぎてしまう。時間は有限だよ、テキパキといこうじゃぁないか。――ラムとレムはさっき言った通りに。エミリア様は私の部屋に一度寄ってください。それじゃ、解散」

 ロズワールのその言葉を最後に、完全に朝食の団欒は終了だ。
 レムが食卓に並ぶ食器類を手早く片付け始め、エミリアが今後のスケジュールを思ってか物憂げに吐息。ロズワールはそれこそ弾むようなステップでスバルに歩み寄ると、微妙に置いてけぼりな彼の肩を叩き、

「それじゃぁ、君の仕事ぶりに期待させてもらうよ。もちろん、雇ったからにはお給金も出すし、そこの心配はしなぁいようにね」

「雇用内容に関してはあとで詳細に詰めるとして……とりあえず、便宜図ってもらってありがとう。旦那様とか呼んだ方がいいのか?」

「あはぁ、客人の前でなければロズっちで構わないよ。案外、人にそうした渾名で呼ばれることに新鮮味があってねぇ」

 黄色の方の目をウィンクさせて、ロズワールは軽く手を振ると食堂を退室。その直前にラムに軽く目配せし、それを受けた桃髪の少女は頬を赤らめると無言の指示を与えられたように何度も頷く。
 表情と語調の変化に乏しい双子なのだが、ロズワールと接するときだけはその淡々とした姿勢が崩れる。忠犬、といった単語が頭をかすめた。

「それじゃ、バルス」

「あ、もう完全にそれで行く気なのね」

「ええ、そうね、バルス。ロズワール様のご指示だから、まずはあなたに屋敷の案内をするわ。はぐれないでついてきて」

「エミリアたんじゃねぇんだから、そんなふらふらしねぇよ」

「ス・バ・ル!」

 からかい言葉にエミリアが頬を膨らませる。一音ごとに区切って呼んでくる呼び方に新鮮な印象を受けながら、スバルは破顔して彼女を指差し、

「イッツ小粋なパーティージョーク。こんな軽口も受け流せないんじゃ、素敵な女王様にはなれませんことよ、フロイライン」

「ふろいらいんってなによ……」

「そのへんも含めて要勉強だ。人生は無限に続く山道を丸腰で上り詰めるが如し。途中途中でアイテム回収って名前の知識収集怠ると、てっぺんどころか三合目ぐらいでドロップアウトしちゃうかんな」

 押し黙るエミリアは目を見開き、今の言葉に感銘を受けているようだ。
 さすがに学校生活を途中でドロップアウトした男の発言は重みが違う。自虐ネタで内心傷付きながら、スバルは「さて」とラムを見て、

「んじゃま、名残惜しいけど行きますか、先輩」

「そうしましょう、バルス。それではエミリア様、また後ほど」

 スカートの端を摘まんでお辞儀、それから扉へ向かうラムの背中に続く。桃髪を揺らす彼女についていくスバル。それをエミリアが最後に、

「スバル。私もだけど……スバルも頑張ってね」

「なにそれ超嬉しい、やる気モリモリ出たわ、女神か」

 ジャージの裾をちょこんと摘まみ、ラムにならってお辞儀して、エミリアの表情を珍妙なものに変えてやってから食堂を退室。
 通路に出たところで足を止めていたラムは、今のスバルの仕草を見てその動かない表情をわずかにしかめて、

「メイドに求められる条件と、使用人に求められる条件は違うわよ」

「わーってるよ。でも、せっかくハウスキーピングするんなら、俺も優雅で艶やかにやりたかったんだよ。そだ、制服とかってあんの?」

 さすがにジャージ姿のまま使用人生活スタートというのも味気ない。
 もちろん、動きやすさでいえば万能素材には違いないのだが、

「やっぱ、いざこうしてお貴族様のお屋敷に御勤めに出されるとなると、格調高い感じの服装とか憧れるよなー。意外とフォーマル似合うと思うんだよ」

「そうね、服装は大事ね。ちょうどいい服が、ええ確かあるはず」

「そっかそっか、じゃまずそれ着るとこからにしようぜ。俺ってだいたい形から入るタイプだから! 試験勉強とかも、まずは勉強に打ち込めるように部屋の掃除から始めるぜ」

 そしてそのまま帰ってこない。
 親指を立てて歯を光らせるスバル。そんな彼をラムは両手の指を立て、「んー」と呟きながらその全身を眺める。
 それだけでおおよそ、服のサイズを測り切れたのか、満足そうに頷いたラムは手で上階を示し、

「二階に使用人用の控室があるから、着替えはそっちに。バルスのサイズだと、きっと先々月に辞めたフレデリカの服が合うわ」

「おー、ちょうどいいところで辞めてくれたなフレデリカ……女じゃね?」

「ガタイはだいたいバルスと同じくらいだったわよ」

「でも性別違いますよね?」

 歩き出した足を止めて振り向き、ラムは白い目でスバルを見る。それから疲れたように吐息を漏らして額に触れ、

「優雅で艶やかに決めたいっていうからそうさせてあげようとしてるのに、いったいなにが不満なの?」

「エミリアたんならまだしも俺がメイド服着て誰得だよ!! 変な性癖に目覚めて俺得になったらどうする! 可能性があるから芽生えたくねぇ!」

 異世界突入以来、色んな性癖が鮮やかに咲き始めている今日この頃だ。
 これで女装という扉まで開いてしまうと、ナツキ・スバルという男の原型がどこにも残らなくなってしまう。

 怒鳴り散らすスバルの声にラムは耳を塞いでリアクションし、それから肩で息をする彼を見ながらつまらなそうな顔で、

「やっぱりレムがいないと調子が出ないわ。もう行きましょう」

「俺よりマイペースとかマジ先輩ぱねぇッス」

 これぐらい揺るがない心がないとやってけないのかなぁ。
 元の世界と異世界を通じて初めての職業体験の前に、その壁の高さを早くも思い知って憂鬱になるスバルだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ――余談ではあるが。

「二階の使用人控室の……そうね、西側の部屋ならどれでもいいわ。好きなところを自分の部屋にしなさい。そこに制服も置いておくから」

「うーい、了解。んじゃ、そうだな……」

 屋敷の二階へ案内され、制服と仮住まいが与えられるに当たり、候補として挙げられた部屋を眺めるスバル。
 とはいえ、位置が多少ずれるだけで中身は一緒のはずだ。それならば階段などに近い方が移動に便利だろう。
 そんな気持ちで適当な扉のドアノブをひねる。

「んじゃ、この部屋を……」

「にーちゃ素敵。モフモフ最高なのよ、モフモフモフ」

 開いた瞬間、書庫の中で思うさまに小猫をモフるロリを発見した。
 その気配に気付き、ゆっくりと縦ロールの視線がこちらへ向けられる。スバルは廊下に立つラムを見て、彼女が首を横に振るのを確認。
 それから眼前のベアトリスに向けて、頭を掻きながら、

「おめでとう。俺は新たなモフリストの誕生を祝福する!」

「いいからとっとと閉めるのよ!」

 魔法力にぶっ飛ばされて廊下の壁にまたも激突。
 後頭部からいって目を回すスバルを尻目に扉がバタンと激しく閉められた。

「てめ……この……!」

 頭を振り、まだちかちかする視界の中でさすがのスバルも怒り心頭だ。今しがた閉まったばかりの扉を開き、中のいちゃつきに文句をぶちまけようとする。が、

「人のモフっ子に手ぇ出しやがって、慰謝料払え、慰謝……おう?」

 唾を飛ばしながら足を踏み入れると、そこにはベッドとクローゼットが設置されただけの簡素な部屋が広がっていた。
 さっきの書庫の気配は微塵もない。『扉渡り』の効果だろう。

「一度、ベアトリス様が気配を消されたらもうわからないわ。屋敷の扉を総当たりしない限り、あの方は自分からは出てきてくださらないから」

 きっぱり、敗北を認めろとでもいうようにラムがそう言う。
 後ろから慰めるように肩を叩かれ、その感触にスバルは己の敗退を――、

「すっげぇ、ムカついた。俺が悪いみたいなあいつの態度が悪い!」

 認めなかった。
 ラムの手を振り切り、スバルは振り返ると廊下を全力でダッシュ。目を見張るラムの前で、廊下の一番端の扉のところまで駆け抜けると、

「ここだぁ!」

「モフっ!?」
「すごいね、スバル」

 少女の悲鳴と灰色の猫の賞賛。
 再び『扉渡り』を破られたベアトリスの顔に動揺が走るのを見届け、今度は吹っ飛ばされまいと即座に書庫の中に転がり込む。
 ハンドスプリングしてヘッドスプリング。側転してからロンダートでひねりを入れて、バク転して最後に華麗にバク宙――少女の前に着地。

「よし! 十点!」

「埃めちゃめちゃ上がったのよ!」

「てめぇがちゃんと職場の掃除とかしてねぇからだろうが! そも書庫に猫なんか連れ込んでんじゃねぇよ! 厚手のカバーで爪とぎされるぞ!」

「ボクの手はリアに深爪されてるから平気だよー」

 がなり合うスバルとベアトリスの傍ら、のんびりとパックが呟くが口論する二人には届かない。
 そのまま屋敷中に響くような声で、怒声を交換し合う二人。

 遅れて禁書庫と繋がる扉に辿り着いたラムは、その二人の口論を見ながら小さい声で、

「仲はともかく、相性がいいのはホントのようだわ」

「「――そんなわけない!!」」

 シンクロした叫びが朝のロズワール邸を大きく揺るがしていた。


大変長らくお待たせしました。
ようやく次回から二章の本編に入ります。

肩の力抜いていただけるのもそうないと思いますので、ご容赦を。
では、次回もよろしくお願いします。
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