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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第五章 『歴史を刻む星々』

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第五章39 『騎士らしさと遅れてきた男』



 決意新たに話し合いを終えて、スバルはアナスタシアと都市庁舎階下へ向かう。
 スバルが寝かされていた大部屋は都市庁舎の三階――全五階建ての真ん中であり、もともとは会議室のような役目の部屋だったらしい。

「最上階は竜の息吹で焼けてしもたんよ。せやから、今は四階が最上階。そこに『色欲』の被害者、集めて待ってもらってる」

「……最上階が焼けたってことは、放送用の魔法器はどうなったんだ?」

「それは無事。取り外して保管してあるよ。魔法器自体は台座に乗せて運べる大きさの金属の箱みたいな形してん。箱が拾った音を、都市中に設置されてる音を拾う用の魔法器が拾って伝えるって仕組みになってるらしいわ」

 アンテナ、あるいはスピーカーの方が近いだろうか。
 金属の箱とスピーカー、二つで一組の魔法器というわけだ。人質と魔法器、どちらも無事に回収できたことは、数少ない朗報といえるだろう。
 魔法器の使い道の是非と、人質を無事と呼ぶことに抵抗があることを除けば。

「四階に、被害に遭った人たちに集まってもらってるって話だったけど」

「蝿になってても竜になってても、ちゃぁんと人の思考は残っとる。せやからウチたちの話も聞いてくれるし、従ってくれる。……それが、いいことかどうかまではウチもよう言われへん」

「…………」

 人の思考が、残されていることが幸いかどうかはスバルにも言及できない。
 頭の中身まで虫にされて、まったく異なる生態の生き物になってしまえば姿を変えられたことを悲しまなくて済む。だが、それは自己の喪失でもあるだろう。
 しかし、自らの肉体を失って、その状態で生き長らえることが喪失していないと言えるだろうか。その答えはきっと、同じ体験をした者にしか出せないものだ。

「体の動かし方もままならん。おかげで、自害する人はおらんよ。突発的すぎてまだ事情が呑み込めてへんのやろね。……落ち着く前に確保でけて、それだけよかった」

「自害って、自殺ってことかよ。そんなこと……」

「心配いらんって、思う?」

「――――」

 その答えも、スバルには容易に出せない。
 ただ、このあまりにも常軌を逸した事態に対して、アナスタシアの方がよっぽどスバルよりも冷静に対策を講じているのだということだけが伝わってくる。

「生きてる内は希望がある。せやけど、体はもちろん心が死んでも希望は潰える。生きな、アカンよ。どんな状態でも、生きな」

 前を向いたまま、スバルに顔を見せないアナスタシアの呟き。
 しかし、縋りつくようなそれが彼女の死生観だとすれば、スバルも同意見だ。

 生きなくてはならない。
 生きていれば、きっと抗うチャンスは途絶えずに在り続ける。
 そのためにも。

「アナスタシア様」

 階下、一階へ降りてきたスバルとアナスタシアを見て、最初に気付いたユリウスが主の名前を呼んだ。
 一階の受付ロビーは、スバルにとっては一瞬で通り過ぎただけの場所だ。だが、そんなスバルの目からでも、そこで壮絶な戦いが繰り広げられたことがわかるほど、ロビーには激しい争いの痕跡が色濃く刻まれていた。

 机や椅子、壁に至るまであらゆる場所に剣撃や魔法の傷跡が残り、拭った血の足跡もあちこちでぬらぬらと自分を主張している。
 『暴食』を取り逃がしたことを悔やんでいたユリウスだったが、決して彼が望んで後れを取ったわけではないことは十分に伝わってきた。

「スバルとの話し合いは」

「ちょこぉっと長引いてしもたけど、穏当に終わったよ。ウチらとおんなじで、ナツキくんも負けてられんてやる気でいっぱいやて。それで……」

 ユリウスの問いかけに頷いて、軽く茶化してからアナスタシアが視線を奥へ。
 スバルたちが降りてきた階段の対面、ロビーの入口側には巨躯を揺らすリカードの姿があった。アナスタシアの先ほどの話では、外を見回って生存者との接触を試みているという話だったが、

「おかえり、リカード。外の様子はどやった?」

「これが景気ええ顔に見えるか、お嬢? だいぶ悪いわな。たぶん、時間が経過するともっと悪なるで。奴さんら、嫌がらせに関しちゃ滅法強いわ」

 忌々しげに顔をしかめて、リカードが収穫の悪さをぼやくように吐息。
 犬顔の頭を乱暴に掻き毟るリカードは、周囲をちょろちょろと駆け回る『鉄の牙』の構成員に手振りで指示を出し、数名が再び外へ、何人かがロビーの隅っこに座って休憩を取り始めた。

「魔女教の奴らの嫌がらせって? いや、今の状況がすでにこの上ない嫌がらせなのはわかってるけど、それとは別ってことか?」

「放送だよ、大将。あのクソッたれた放送のこった」

 首を傾げるスバルの疑問に、階段の脇からガーフィールが顔を出した。
 苛立たしげに牙を噛み鳴らすガーフィールに、スバルは「放送?」と聞き返し、

「放送って、要求を伝えてきた放送のことだよな? 要求以外に何かあったのか」

「それほど大袈裟な話はしていないよ。ただ、都市庁舎の奪還を試みた戦力がことごとくあしらわれたことを喧伝していっただけのことだ。あの『色欲』の大罪司教らしい、実にいやらしい宣伝文句だったよ」

「おかげで、顔出したどっこの避難所も反骨心が軒並み折られとったわ。自分たちの都市取り返したろーて、躍起になれいうんも難しいやろな」

 瞑目するユリウスと、鼻面に皺を寄せるリカード。
 彼らの答えを聞いて、スバルは魔女教の嫌がらせという言葉の意味を理解した。

 カペラが要求ついでに放送で叩きつけていったのは、都市庁舎の占拠に当たって早々に事を起こしたスバルたちの敗北の報。
 当然、戦う力を持たない都市民は戦う力を持った戦力の敗北に落胆する。そして戦える力を持つ者は、遠からず都市庁舎襲撃の意味を理解するはずだ。スバルたちがどういった考えから、都市庁舎の早期襲撃に踏み切ったかを理解するはずだ。
 それを行うにはそれなりの戦力が必要だということも、それなりの戦力を集めての襲撃作戦が失敗したことにも、同じように気付くはずだ。

 つまり、カペラの放送は、今も避難所にこもる人々から戦闘力の有無を区別なく、抗う牙をへし折るために行われたということに他ならない。

「都市庁舎の記録から、都市にあった避難所の場所はわかった。せやから、手近なところから順繰りに回ったんやけど……結果はお察しや」

 手振りで空振りを表明し、リカードは今のスバルの懸念をズバリ肯定する。
 こればかりは人心の問題だ。説得に失敗したリカードたちを責める気にはならない。魔女教の奴らの性格の悪さが、一枚上手だったのだ。

「戦う気力がのうなって、抗う気が失せる。そうなると、次はもっと危ないな」

 痛恨の表情を覗かせるスバルの隣で、アナスタシアが顎に触れながら囁いた。
 彼女の声にスバルが顔を上げると、アナスタシアは「せやろ?」と首を傾げ、

「戦っても勝てん、そう思い込んだら戦う選択肢は頭から消える。そうなると、次はどないなるんが人やと思う?」

「絶望してへこたれる、って答えは期待してねぇよな?」

「膝抱えて蹲って、うじうじ泣いてるだけなら可愛いもんやね。せやけど、きっとそうはならんよ。戦う選択肢が消えても、生きたい気力がなくなるわけやない。そうなってまうと、どんな選択肢が残ってる?」

「……まさか」

 アナスタシアが何を言いたいのか、スバルはその本質を理解してゾッとする。
 同時に浮かぶのが、この状況を用意した魔女教への堪え難い嫌悪感だ。

 戦慄するスバルに答え合わせするように、アナスタシアが手を叩いた。
 そして、

「助かる条件は、もう提示されとる。要求って形でや。したら、死に物狂いでその要求に応えようとする人が現れるんが道理。『人工精霊』と『叡智の書』の持ち主。それから『生贄になる恋人や夫婦』が選ばれ出しておかしないよ」

「そんな極端に走る人ばっかりじゃねぇだろ!?」

「そやね。中には犠牲の上に生きるんは嫌やって言って、とにかく都市から逃げ出そて必死になる人もおるかもね……どっちにしろ、混乱は避けれんよ」

 パニックが伝染すれば、この危うい均衡はあっという間に崩れ去ってしまう。
 そうなってしまったこの都市を、魔女教の連中がどう扱うかは想像したくない。奴らには全てを御破算にしてしまえる、究極の権限がそれぞれ与えられているのだ。
 全てを、水に流してしまえる独裁者スイッチが。

「そうなる前に、言って聞かせて回るしかない……んじゃねぇのか?」

「現実的やないな」

「けど実際問題、悲観的すぎる結論だろうが!」

 誰もが不安に怯えた結果、その心に恐慌をきたす可能性がある。
 ならばそれに抗うには、希望を提示する以外に効果のある薬はない。

「反攻作戦の準備を進めてる。そう言って、希望を煽ればパニックを遠ざけられるんじゃないか?」

「最低限、出る損害は覚悟するのも必要やとウチは思う。関わるんは割に合わんて思ってもらわな、連中はまたぞろ調子に乗るに違いないもん」

「待て、アナスタシアさん。俺と、話してる論点が逸れてる気がすんだが」

 アナスタシアの話の進め方に違和感を覚えて、スバルは唇を歪める。そのスバルの態度にアナスタシアは疲れたように吐息し、

「犠牲を許容しないナツキくんの考えは、綺麗やけど現実味がない。初手で大幅に削られた時点で、ウチたちには痛みと傷なしで勝ちはあり得ん。わかる道理や」

「最初のと、二手目は……そうだ。けど、それはこの後も犠牲が出ることを覚悟するのとは話が違う。起こるかもって危険を、未然に防ぐのとは違うだろ」

「そうするんが大局で勝ちに繋がるんやったら、ウチも賛成する。けど、そうはならん。船に乗せるんは、仮に船が沈んでも泳ぐ気概が残っとる人たちだけ。……沈んだときに溺れてしまう、重石になるだけの人を乗せるのは勝ち筋に乗らん」

「――! 勝ち負けの!」

「負けたら全員、水の底や! 勝ち負けが嫌なら生きるか死ぬかや! 全部を拾いたいなんて、甘すぎるよ、ナツキくん」

 カッとなるスバルに、アナスタシアが怒声を重ねた。
 そのままアナスタシアに詰め寄りそうになるスバルへ、進み出たユリウスが腕を差し伸べて制止する。だが、ユリウスの視線はスバルではなく、アナスタシアの方を見ていた。スバルと並び立つように、ユリウスはその瞳を細めて、

「アナスタシア様。お気持ちはわかります。ですが、私もスバルと同じ意見です。アナスタシア様の懸念が、実際に起こり得るのであれば未然に対応したい。徒に市民が傷付くことは、あなたにとっても心苦しいはず……魔女教の思う壺です」

「ユリウス」

 真っ向から主に反論し、ユリウスが義憤を宿したままスバルを援護する。その態度に意外性と同時に、心強いものをスバルは感じた。
 ユリウスが、騎士としての規範に従い続ける男がスバルの意見と同調するのなら、自分は間違ったことを言っていないのだと。
 しかし、そのユリウスにアナスタシアは襟巻きを撫でつけ、

「あんな? ウチかて好きで誰々を見捨てぇ言うてるわけやないんよ? 避難所にいる全員が全員、混乱して物騒に走るとも思てない。あくまで、そうなる可能性があるいう話や。その可能性に、いちいち対処はでけんやろ」

「ですが……」

「子どもやないんよ、聞き分け。持てる戦力を駆使して、できることをする。魔女教の奴らの鼻は絶対に明かす。ウチの責任の及ぶ範囲は全部取り返す。けどその全部の範囲は、広げれば広げるほど実際に手に取れる可能性は下がっていく」

 悔しげに唇を噛むユリウスに、アナスタシアの言葉は冷たく容赦がない。そしてユリウスにかけられる言葉は、そのままスバルの無謀への言葉でもある。
 無論、スバルとてアナスタシアの意見がわからないわけではない。

 誰かが誰かを救うということは、それだけ重たいことなのだ。
 一人が一人を、ですらも満足には行えない。ましてやそれが広範囲で、多数になればなるほどの実現性は遠ざかり、良くない結果を招く可能性は高くなる。
 当たり前の、子どもでもできる計算だ。

 リンガをたくさん持てば持つほどに、その手からこぼれ落ちる可能性も、足下が見えずに躓く可能性も、腕が支え切れずに解けてしまう可能性も、高くなる。

「勝つための、話し合いをする。駄々をこねるだけなら、今はいらん。その違いがわからんほど、騎士の看板は安っぽくないはずやんな?」

「――――」

 確かめるようなアナスタシアの発言に、ユリウスが固く目をつむる。
 しかし、握りしめられた彼の腕が下がり、首が落ちるのを後ろから見て、スバルはユリウスが反論を取り下げてしまうのを理解した。
 けれど、

「ここで下がる方が、よっぽど騎士の看板が傷付くぜ」

「……ナツキくん、話聞いてた? それじゃ最初の王城と変わらんやんか。曲がりなりにも、騎士叙勲はちゃんと受けたんやろ」

「そうだ。俺も一端の騎士。で、騎士だから譲れねぇ。譲っちゃいけねぇよ」

 リンガを多く抱えてしまえば、取りこぼす可能性が増えるのは必定。
 だが、スバルが騎士として、ユリウスも騎士として、抱えているのはリンガではない。もっと尊いものだ。
 落とされても物言わぬリンガではない。泣きもすれば怒りもする、人命だ。

「最初から諦めて、それを念頭に入れて動くのなんざ御免だ。俺はまだそれほど、この世界の常識に染まっちゃいねぇ」

「またわけのわからんこと……白鯨のときも、その後の魔女教も。戦って犠牲者は出たはずや。そのときも、ナツキくんは往生際の悪いこと言うてた?」

「馬鹿にするなよ、アナスタシア。あのとき、戦って犠牲になった人たちには覚悟があったさ。死んだ人がいるのは悲しいし、死んだ人たちも死にたいと思ってたわけじゃねぇけど、覚悟はあった。覚悟の有る無しは、全然違う」

 都合のいい意見なのはわかっているし、筋が通っていないかもしれない。
 しかし、事実としてそれはあるのだ。生死を懸ける場面と、それに伴う覚悟が。

「この都市の人たちに、その覚悟を問われる義務はない。ここを戦場にしたのは戦場にした奴らの勝手だ。その勝手に振り回されるのは間違ってる」

「嫌がってもその勝手は覚悟のない人たちを襲う。そうなったら、その人らも覚悟せなアカンのと違うの?」

「違うね。覚悟完了してる奴らは、同じ覚悟完了してる奴らが迎え撃つのが道理だ。それを常日頃覚悟して、覚悟未完了の人を守るために頑張るのが騎士だろうが。俺は騎士にそう期待するし、村のガキ共にはそうかっこつけちまった」

 騎士叙勲を受けて、ちょっとあちこちでちやほやされて、騎士なんてものを偉そうに語るうちにスバルは自然とそう思った。
 そう思って、鼻を長くしながら語るスバルに子どもたちが目をキラキラさせていたから、できるだけスバルはそうしようと思う。
 傍でそれを聞いていたエミリアも、目をキラキラさせていたから。

「俺はエミリアの騎士だ。エミリアのために戦いたい。けど、それはエミリアだけが守れれば他がどうでもいいって話じゃない。ユリウスはあんたの騎士だ、アナスタシアさん。誰よりあんたのために戦いたいさ。けど、それだけじゃ満足できねぇんだ。騎士って生き物が格好つけで、欲張りだから」

「――――」

「死ぬまで死線で格好つけるさ、ユリウスも。なにせこいつは、最も優れた騎士なんだぜ。つまり、誰よりも格好つけってことだ」

 押し黙るアナスタシアの前で、スバルは親指でユリウスを指し示す。途端、黙って話を聞いていたユリウスがわずかに狼狽する気配。
 呆気にとられるアナスタシアも、そのユリウスの反応も珍しくて、スバルはそんな場合ではないのに口の端を楽しげに歪めてしまう。

「悪い奴をやっつけるって単純明快な目的があるのに、誰かを見捨てるかもしれないなんて後ろめたい気持ちを抱えたまま戦うなんて馬鹿げてる。全部助けて、全部やっつける。意気込みで負ける前に、そう決めていこうぜ」

 最初から捨てる選択肢を選ぶのと、結果的に拾えないのとは話が違う。
 全てを自己満足の世界と、そう割り切るのは簡単な話だが、

「――自己満足のために生きるのが、ともすりゃ人間の一番人間らしい生き方ってやつさ。オレぁ、兄弟に賛成だね」

「――っ!」

 甘い理想論を理想論で上書きするスバルに、それまで会話に混じってこなかった第三者からの同調が入った。
 その声の出現に全員が驚き、一斉に顔を庁舎の入口へ向ける。すると、そこに立っていた人物は浴びせられる視線の前で居心地悪そうに身じろぎし、

「おいおい、あんまし熱視線ぶつけられても困るぜ。見映えのいい見てくれじゃねぇのは自覚があんだよ、オレ。期待に応えられねぇ自信もな」

「――アル」

 おちゃらけた言動と身振りで、無害を表明したのは漆黒の兜の男――朝に旅館で別れたきり、行方がわからなくなっていた知人の一人、アルだった。
 彼は変わらぬ出で立ちと、変わらぬ態度できょろきょろとロビーを見回すと、

「都市庁舎にいる主要な面子ってのはこんだけ? 他の人とかはいねぇ感じ?」

「……上にクルシュさんたちが揃ってるよ。お前はどうしてたんだ」

「オレ? オレぁそりゃ騒ぎが起こった途端にケツまくって隠れてたよ。んで、ひとまず落ち着いたみてぇだから様子見してるとこ。放送もあったから、都市庁舎にくれば兄弟とか誰かしら事情を把握してそうな奴が見っかるかなーってよ」

 呆れた能天気さを発揮しながら、アルは兜の継ぎ目を弄って金属音を鳴らしながらそう答える。そのアルの答えに、スバル以外の面々も不愉快さを禁じ得ない。
 この状況下で、少なからず戦う力がある人物が保身を優先したことへの苛立ちだ。

「そんな顔すんなよ。かち込みに遅れたのはオレのせいか? その場にいれなかったのは悪ぃと思うが、そりゃ星の巡りが悪かったって話だろ。それにオレ一人、加わったところで結果が変わったたぁ思えねぇしな」

「オイ、大将。なんだ、この野郎。俺様たちにケンカッ売ってやがんのかァ?」

 肩をすくめるアルの言葉に、ガーフィールが最初に癇癪の限界を迎える。
 思えば、アルとガーフィールの間には面識がないのだ。プリシラが旅館に顔を出し、団欒の場を粉砕したときにガーフィールは同席していなかった。
 彼の目にアルの姿は、終わった後で結果論を並べる見知らぬ変な男だ。

「待て、ガーフィール。あいつはアル。王選候補者の、プリシラの騎士だ。お前に話してなかったかもだが、今、都市には候補者が五人全員揃ってて……」

「訂正するぜ、兄弟。オレぁ姫さんの部下だが騎士じゃねぇよ。そんな正道、名乗れるほどオレぁ自分に期待してねぇ。おっと、兄弟の悪口じゃねぇぜ?」

 ガーフィールを呼び止めるスバルを、訂正しつつさらに皮肉るようなアル。その態度にガーフィールが今度こそ青筋を浮かべ、牙を剥いて噛みつこうとした。

「はい、そこまで! そこまでや! ややこしなるから黙っとき!」

 その諍いが大袈裟になる前に、大きくアナスタシアが手を叩いて空気を変える。
 彼女はその丸い瞳でアルを睨みつけ、

「いきなり顔出して、一気に空気悪くするんはご主人様に似たん? 性格悪いの真似しても評判落とすだけやで。やめ」

「ご忠告は痛み入るんだが、残念なことに素だ。日常的に他人の神経を逆撫ですることに定評があんだよ。相手のペース崩すのも、生き残る術だったんでな」

 兜の首の隙間から指を入れて、うなじのあたりを掻きながらアルが嘯く。
 その反論にため息で返し、アナスタシアはスバルの方を見ると、

「話がややこしなりそうやけど、ウチの方針は変わらんよ。犠牲が出るのは念頭に入れて、それでも勝つための策を練る。ナツキくんがどうしても犠牲者が出ないように頑張りたいんなら、それはそれで考え抜いたらええ。ウチも別に、犠牲者出したいわけやないんやから」

「じゃぁ、ひとまず俺が避難所に声かけて回るのは止めねぇんだな?」

「……時間は区切るよ。どっちにしろ、戦力が必要なんは変わらん。どこぞの避難所に戦える誰かがおるんなら、それに呼びかけないかんのも一緒やし」

 消極的ではあるが、アナスタシアがスバルの意見への反対を取り下げる。全面的な賛成、それはさすがに高望みだ。この際、文句は言うまい。

「対話鏡、持っといて。ひとまず、要求の期限の六時間前には戻るようこっちでも連絡入れるわ。それ以降は一個もしくじれん、留意してや」

「要求の期限って、そういや聞いてないな。何時だ?」

「今日の夜、日付が変わる時刻だ。――今から、約九時間ほどしかない」

 アナスタシアに代わり、ユリウスが刻限をそう告げる。
 六時間前に作戦会議というなら、実質的に自由に使えるのはここから三時間。その間に何とか、アナスタシアを納得させる意見を出さなくてはならない。
 その上で、刻限までに魔女教を打破する戦力と方法を見つけ、これを撃破。そうして初めて、都市が救われる。否、それだけでは足りない。

 エミリアの奪還。『暴食』からレムの記憶を取り戻す。そして、『色欲』に変異させた人々を元の姿に戻させる。これが成されて、やっと完全勝利だ。

「時間がねぇ。避難所を回るのに、地図ってあるのか?」

「あるよ。必要枚数持っていき。リカードが『鉄の牙』の子ぉらと回ったとこと、今も回らせてるとこ、被らんようにしてな」

 アナスタシアの注意を受け、リカードから回った地点にチェックの入った地図を渡される。それを真新しい地図に写すと、どうやら遠い避難所から優先的に『鉄の牙』は回っているらしい。
 スバルの足であることを考えると、近場が残っているのは助かる。
 まるで、そうすることがわかっていて残されていたかのようですらあった。

「スバル、私も同行しよう」

「ユリウスか。いや、それはマズイ。人手が多い方が助かるのは間違いねぇけど、都市庁舎から戦える人員がいなくなるのも問題だ」

 同行を申し出るユリウスだが、スバルは戦力不足を理由にそれを断る。
 リカードもこれから外回りを続けるようだし、スバルもガーフィールを連れて走り回る予定だ。上階にヴィルヘルムがいるものの、彼一人にこの建物の全てを任せるのはいくらなんでも負担をかけすぎている。
 そうでなくても今、クルシュの陣営に立ち込める暗雲は色濃いものなのだ。

 スバルの答えを聞いて、ユリウスが口惜しげに首肯する。
 冷静さをどこか欠き、熱くなっている彼の姿は珍しい。スバルは軽くその肩を叩いて、それからガーフィールに顎をしゃくってみせ、

「ガーフィールはついてきてくれ。他の避難所を当たって、戦える人を探したい。不安が蔓延してるなら、それを抑えるのも目的だ」

「……おォ、わかった。任せてくれ」

 スバルの要求に、ガーフィールが一拍遅れだが顎を引いた。
 それを見届け、スバルは手にした地図を広げて、都市庁舎を中心に広がるプリステラのどの方面から攻略するべきか考える。
 優先したいのは戦力――やはり、ラインハルトの安否だが。

「なるたけこう、あの旅館の周辺の避難所を当たってくんね? たぶん、姫さんもそんな離れたとこまでは行ってねぇと思うんだよな」

「それだと、こっち抜けて行くのが近い……ちょっと待てよ」

 地図を指差し、堂々と自分の目的に寄せようとするアルをスバルが止める。不思議そうに首を傾げるアルに、スバルは指を突きつけ、

「お前、ついてくんのか?」

「行くよ、一人にされてもマジ困るし。姫さん見つけらんねぇとそれも困る。こうなるってわかってりゃ、どっかいってろって言われても一人にしなかったんだけどよ。こうなっちまったからには、探しとかねぇと後が怖ぇ」

「……立派な主従愛だな、オイ」

 なんとも後ろ向きな発想ではあるが、人手が増えるのは純粋にありがたい。アルが同行すると聞いたガーフィールが露骨に嫌そうな顔をしているが、この際、人の好き嫌いに関しては目をつぶっておく他にないだろう。
 それに癪ではあるが、プリシラも救われてほしい一人には違いないのだ。

「プリシラなら、騒ぎが起きる十五分前に俺が一番街の公園で会ってる。いるとしたら、その周辺の避難所にいるはずだ」

「マジかよ。そりゃ超有力情報だぜ、兄弟。んじゃ、そっちからだな」

 スバルの報せにアルが喜び、バンバンと背中を乱暴に叩いてくる。
 その喜ぶアルと、しかめ面のガーフィールを引き連れて、スバルは避難所への見回りのために都市庁舎を出る。

 その背を見送りながら――、

「すっかり悪者だったね」

「うるさいな、襟巻き狐。ウチかて、何も考えてないわけやない。……ナツキくんが戻ってそれでも言うんなら、考えんでもないわ」

 すっかり毒気を抜かれた顔でアナスタシアが囁き、襟巻きが小さく震える。
 そんなやり取りが交わされていたことには、他の誰も気付かなかった。

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