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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第二章 激動の一週間

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第二章11 『食後の団欒』

 ――長引いてしまった朝食の場が片付くと、自然と各々が自分の時間になだれ込んでいくのが常であると思う。が、

「とぉりあえず、エミリア様はいつも通りのスケジュールでお願いします。ラムには彼――スバルに屋敷の案内を。レムは普段通りに……とその前に」

 きびきびと指示を出すロズワールの姿は、さすがに屋敷の主の貫録に満ち溢れていた。襟のでかさでその雄大さも霞みがちだが、そんなスバルの内心を見透かしたように彼はにんまり笑い、

「そぉの前に、自己紹介しなきゃだぁね。幸運にも、屋敷の居住者は全員がこの場にいるわけだから」

「助かる助かる……ってか、マジ少なっ! 屋敷の全員って、俺除くと五人と一匹しかいねぇぞ!?」

「にーちゃを一匹なんて数えて、無礼にも程があるのよ」

 スバルの驚きに口を挟むのは、不機嫌さを露わにしたベアトリスだ。スバルは彼女の言に面倒臭そうに「はいはい」と手を上げて、

「俺を除くと四人と一モフとドリル一体しかいねぇぞ……と、これでいいか?」

「……何度か耳にしたけど、そのドリルってなんなのかしら?」

「ドリルは男の魂、ロマンだよ」

「聞いたベティーが馬鹿だったのよ。ロズワール、ベティーは戻っていいかしら? にーちゃとゆっくりしたいのよ」

 疲れた態度で目頭を揉み、少女らしくない仕草でベアトリスはロズワールに向き直る。彼女の前ではいまだに食卓の上に居座るパックが「一モフ!」と腰に手を当てて胸を張っていて、なんか微笑ましい。

「相性があんまぁりよくないのはわぁかるんだけどね。これから仲良く一緒にやってこうって関係なんだから、もう少し歩み寄ってよ、お願い」

「ベティーにできる譲歩はし尽くしたつもりなのよ。それ以上を求めるなら、メイザース家の当主といえど覚悟することかしら」

 ふいに語気を静かにしたベアトリスの恫喝。
 その突如として変わった雰囲気に、室内の空気が重くなるのをスバルは感じる。原因はもちろんベアトリスだが、そのもちろんが異常なのだ。
 最初の邂逅でもそうだったが、この栗色の髪の少女は幼い見た目に反して少し『外れすぎて』いる。
 小生意気な口調が、とか飲酒してる時点で、とかそんな次元ではない。もっと根本的な歯車が噛み合わないのだ。だから、

「凄んでるとこ悪ぃんだけど、そもそもお前ってなんなの? 当たり前のようにこの場にいるけど、お前の立ち位置がさっぱりわかんねぇよ、俺」

「ベティーは今、機嫌が良くないのよ。口の利き方に気をつけるかしら、ニンゲン。その気になったらお前なんて、石にして砕いてやってもいいのよ?」

 その重々しい空気を『あえて読まない』スバルの発言に、眉を下げてベアトリスは応じる。
 自然、思わず身構えそうになる威圧感を放つ幼女にスバルは息を呑んだ。

「ベティーはロズワールのお屋敷にある禁書庫の司書さんだよー」

「にーちゃっ!?」

 が、そんな空気ものんびりと割り込んできた灰色猫の発言で霧散する。小猫はパンの耳らしきものを砂糖的な調味料をまぶして揚げる感じの調理法によって作られたラスクと呼ぶのがもっとも正しいようなものの端をかじり、

「甘っ、うまっ、うにゃっ」

「甘味の前に知性失ってるとこ悪ぃけど、そこんとこもっと詳しくモフモフモフモフモフ」

 近づいて問いを投げようとして、思わず伸ばした手が耳に触れてモフり開始。思うさまにモフられながらパックはラスクをハイペースで消化し、

「ロズワールは“それなり”の魔術師だからね。メイザース家は歴史もあるし、色々と人目に触れるのが好ましくない本とかも置いてあるんだよ。ベティーはそういう本が人目に触れないように、契約によって禁書庫の番をしているってこと。そーだよね」

「うん、そうなのよ。にーちゃの言うことはいつだって正しいかしら」

「パック介せばコミュニケーションが成立するモフな。やっぱりモフっ子の前には全ての人は平等ってことモフね」

「語尾がモフってるわよ」

 語尾をエミリアに白い目で指摘されて、慌てて手を放すスバル。図らずも、モフリングの中毒性を己で照明してしまった形だ。
 モフることを愛するが故の悲劇、皮肉なものである。

「モフっ子の中毒性の高さが裏目に出たな……って、おい!」

 悲劇役者を気取るスバルの前で、恐る恐ると手を伸ばしたベアトリスがパックの耳に触れていた。その感触をおっかなびっくり指で確かめ、指先に戻る感触の至福に愛らしい顔立ちがふにゃっとゆるむ。
 見た目相応の愛らしさにスバルが思わず息を呑み、そして指先の感触に弄ばれたまま気にせずラスクを貪るパック。
 スバルはその様子に腕を組み、顔を背けながら視線だけ二人に向けて、

「ふ、ふんだっ。別にパックが浮気したからって悔しくなんかないんだからねっ」

「そんなつれないこと言わないでよ、スバル。ボクと君との仲じゃにゃい。こんな子なんて、貢がせるだけ貢がせたらあとはポイさ」

「にーちゃ酷いのよ……モフモフ」

「おっと、ごめんよ、可愛いベティー。もちろん嘘だよ。ボクにとって一番大事なのはもちろん君だから、君だけは特別だよ」

 掌サイズの愛玩型猫の分際で、二人の恋心を弄ぶ策士のような振舞い。
 そんなチョイ悪風な態度にスイートな感情を揺さぶられる二人の間に、腰に手を当てたエミリアが割って入る。
 彼女は伸ばした指でパックの頭を摘まんで持ち上げると、「にゃうん」といかにも猫好きの心を鷲掴みにしそうな悲鳴を上げさせて、

「パックも悪ノリしないの。それと、甘いものも食べすぎちゃダメ。それでぶくぶく太ったら、もう肩に乗せてあげないんだから」

「ふふふ、嫉妬かい? 自分が一番じゃなきゃリアは嫌なんだね。大丈夫だよ、安心をし。ボクの心の帰る場所はいつだって君のところだよ。たとえ浮雲のように風に揺らめいたとしても、帰る場所はいつも……にゃにゃにゃにゃ!」

 歯の浮くような口説き文句を言っている最中に、ぎりぎりと頭を摘まむ指の力が強められてギブアップ。
 ぐったりと動かなくなったパックを眺めてため息をつき、エミリアはそれから恨めしげな目でスバルを見ると、

「スバルの悪い影響がうちの子に……」

「俺のせいかなぁ、だいぶ素じゃね!? それをアイアンクローで矯正って、西遊記的な家庭の闇を見たよ、俺は」

 気分は三蔵法師と孫悟空のやり取りを傍目で見るが如し。
 とはいえ、今までのやり取りで二人の親子的な関係は逆だったと思ったのだが。――まあ、シリアスシーンを除けばパックの態度はあんなものなのだろう。決めるところで決まっているのなら問題はあるまい。

「まぁ、昨日に関しては決めるべきシーンで役立たずだから決まってないわけだけど……おい、今のままだとお前、口軽いだけの喋る猫だぞ」

「にーちゃはそれでいいのよ! いるだけでいいかしら! 他の部分はにーちゃの美点の一部に過ぎないのよ」

「お前の崇拝ぶりもかなり鬼がかってんな! それはそれとして、禁書庫の番人って俺の厨二マインドがかなりくすぐられんな。そこんとこ詳しく」

 両手をピストルの形に構えてツインで指差し。
 その仕草に心底嫌そうに自分のドリルを弄りながら、ベアトリスは渋々とした様子ながらも訥々と語り出す。

「さっきのにーちゃの説明でほとんど全部なのよ。もっとわかりやすく言えば……お前が入ったあの部屋がそうかしら」

「ああ、あの本まみれの」

 床が抜けないか心配になった蔵書量を思い出し、なるほど禁書庫というだけあるなと思う。その反面、アレ全部が外部への流出禁止の発禁本だとしたら、もはや軽く犯罪的な感じすら漂わないだろうか。

 禁書――それは男たちの心を掴んで揺さぶり、決して放さない素敵ワード。
 思い返せば中学校の頃、性の青い花が真っ盛りだった頃には、そんな青い衝動を解放してくれるお宝本を『禁書』などともてはやしたものだ。
 特にスバルの所属する剣道部はなぜか圧倒的な禁書の保有率を誇り、部活棟の剣道部部室の床下には専用の保管庫があったほどである。
 それも因縁のある野球部との諍い、文化祭での他校との触れ合いの中での情報流出――そして卒業間際の禁書保管庫まさかの炎上沙汰。
 それを機に、剣道部の部室は撤廃され、生き残ったものの行き場を失ったお宝本は各地への散っていったとの話だ。

「今、思い返すと後輩に悪いことしたよなぁ。脈々と受け継がれてきた剣道部の禁書庫の歴史。時代とジャンルでソートしてた整然さが、今となっては懐かしい……」

「ベティーが質問に答えてやったのに、今、お前が世界一くだらないこと考えてるのが伝わってきて死ぬほど腹が立つのよ」

「カリカリすんなよ、小魚食えよ。カルシウムとると心が落ち着くし、背丈も伸びるかもしんないぜ? 俺はエミリアたんぐらいの身長差が、抱きしめたりラブコメするのにちょうどいいと思うんだけど……」

 憤慨するベアトリスに忠言する風を装って、ちらちらとエミリアへの好意の牽制。が、彼女は今のスバルの妄言に関してははっきり切り捨てたようで、むしろそれとは違う点が引っかかったように指を立てた。

「ちょっと待って、スバル。今さっき、禁書庫に入ったって言わなかった?」

「入ったよ。部屋戻って不貞寝しようとしたら、自分の職場にリフォームしてやがんだよあのドリルロリ。おまけにそのあとはニュルって人から精気ごっそり持っていきやがるし……ヤクザの手口か、てめぇ」

 三白眼をさらに鋭くしたスバルの文句に、ベアトリスは顔を背けて無視の態度。エミリアは今度はそちらの彼女へ話題の水を向け、

「ベアトリス……まさかスバルを書庫に招き入れたの?」

「それこそまさか、なのよ。ベティーがこんな卑しい奴をわざわざ呼び込む理由がないかしら。……勝手に、『扉渡り』の正解を引きやがったのよ」

「口調から品位が抜けてきてますわよ、レディ。おほほほほ」

 口元に手の甲を当ててお上品に笑うスバルにベアトリスが無言の激昂。そんな一方的に心温まる二人の触れ合いの背後で、それまで黙っていたロズワールが「へえ」と己の鼻に触れながら、

「私でも手当たり次第でなぁかなか辿り着けない禁書庫に、ベアトリスの許可なく繋がるなんて……相性がいいんだろね、君ら」

「「はーぁ!?」」

 二人して顔をしかめてロズワールに振り返る。そのまま互いに同じ動きで顔を戻して睨み合い、同じ流れで唇をへの字に曲げる。

「表情が鏡映しよ、二人とも」

「可愛い可愛いベティーとこれが? 笑えない冗談なのよ」

「右に同じだっつの。そもそも俺はロリ属性ねぇの。そんなこと言われたら、俺もう笑えないよ。笑えなく、なっちまうよ……」

「なんでそんな深刻ぶるのかしら! もう嫌なのよ! あとはお前らで勝手にやってるといいかしら!」

 顔に陰影を入れる芸の細かさを披露するスバルに、ついに堪忍袋の緒が切れたベアトリスが完全に噴火。
 彼女は席を立つとつかつかと食堂の扉へ向かい、乱暴にそれを押し開ける。
 と、

「あれ? 廊下は?」

 思わずそんな疑問が出たのも仕方がない。
 なぜなら、屋敷の中央へ通じる廊下と繋がっていたはずの扉の向こう――そこに、スバルが一度入った書庫が広がっていたからだ。
 これ以上は無理、とばかりに詰め込まれた書架の森、その部屋の中に足を踏み入れたベアトリスは、どこか勝ち誇るような顔をスバルに向け、

「これが『扉渡り』なのよ。その高尚さを目に焼き付けて、せいぜい震えるがいいかしら。――しばらく、お前の顔なんて見たくもないのよ」

 扉が思い切り閉められ、その向こうに小柄な少女の姿が消える。
 目を白黒させるスバル。そんな彼をさらに驚かせたのが、閉じた扉を言われてもいないのに再び開いて見せたラムの行動だ。
 今しがた、乱暴に閉じられた扉がゆっくりと開かれると、その向こうにはスバルも自らの足で歩いてきた通路が広がっている。
 つい一瞬前まで、書庫と繋がっていたとは信じられない現象だ。

「なるほど。つまり、屋敷の扉のどことでも、自室に繋げられる魔法ってわけだ。ひきこもり御用達だな」

「理解がはぁやいね。そのひきこもりってのがよくわからないけど」

「飯とか風呂とか必要なとき以外、部屋にこもって出てこない寄生虫のことだ」

「なぁるほど。うん、じゃベアトリスはひきこもりだねぇ」

「――聞こえてるのよ、お前ら」

 ラムが閉じた扉が向こうから少しだけ開かれ、そこから顔だけを覗かせたベアトリスがこっちを見ている。
 顔も見たくない発言の直後にこれだ。スバルは腰に両手を添えて、鳥の羽ばたきのようなアクションを付けながら小刻みにステップ。

「あれあれあれ? どうしたんですか? どうしたんですか? さっき勢いよく出てったとこですけど、なんかあったんですか? 忘れ物ですか? そら困りものッスね。ねえねえ、どんな気持ち? 今、どんな気持ち?」

 炸裂するNDK(ねえ・どんな・気持ち)ダンス。
 それに対する返礼は簡素ながらも強力なもので、つまり扉からこちらへ掌を伸ばしたベアトリスによって、魔法力でぶっ飛ばされるというものだった。

「ぼんじょるのっ!」

 見えない空気の塊に思い切りブン殴られて、決して軽くないはずのスバルの体が軽々と宙を舞う。
 上下左右がわからなくなる感覚に振り回され、食堂のテーブルすら飛び越して壁に激突。壁掛けの絵や調度品が揺れるのを、素早く駆けつけたメイド二人が見事に押さえる。
 足下に倒れたスバルを容赦なく足蹴にして、ナイスフォローだった。
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