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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第五章 『歴史を刻む星々』

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第五章28 『傷だらけの作戦会議』



「待て、落ち着こう。ひとまず、今ある情報を整理するところからだ。いいか?」

 フェリスから満を持して伝えられた内容を聞いて、いよいよスバルの情報の許容量の限界が怪しくなってくる。
 挙手して提案するスバルに、フェリスとリカードの二人も顎を引き、今の放送も含めた情報の整理と共有を行うことにする。

「場所を変えて……ってのは、ケガ人が大勢いるから厳しいか」

「うん。大体の人の応急手当ては済んでるから、急変する人はいにゃいはずだけどやっぱりね」

 職業意識が高いフェリスの意思を優先して、場所は変えずに話し合いが始まる。まずスバルが気にしたのは、この野戦病院だ。
 最低限の照明に、ヒヤリと冷たい石造りの地面。独特の空気の感覚から、スバルはこの場所が地下――デパートなどの駐車場に近い場所だと判断する。

「この避難所、みたいなとこってどこなんだ? プリステラには違いないよな?」

「避難所で間違いにゃいよ。今朝の魔法器の放送、覚えてるでしょ? このプリステラは構造上、水路に問題が発生した場合の水害がいつも懸念されてるから、都市の各地に避難所が設置されてるの。ここも、一番街にある避難所の一つ」

「兄ちゃんらがひっくり返っとった広場に近いんがここや。あのいけ好かん最初の放送があった後で、無事な避難民と一緒にワイが兄ちゃんらを見つけてここに運び込んだっちゅーわけやな!」

 フェリスの言葉を引き継ぎ、リカードが厚い胸板を叩いて大声で答える。フェリスは何度注意されても声量を下げないリカードを横目で睨みつけ、

「ケガ人だらけだったけど、フェリちゃんがここにいたのは運が良かったよネ。この犬のおじ様じゃ、ケガ人を運べても治療にゃんてできにゃいし」

「せやな! ワイも後味悪い思いせんでよかったわ! がはは!」

 豪快に口を開けて笑うリカードは、こんな状況でも普段の態度を忘れていない。負傷者だらけの場所でどうかと思わないでもないが、深刻な顔をしていない人間が一人いるというだけで、救われる気持ちになる部分もある。

「で、スバルきゅんたちが倒れてた理由だけど……」

「ああ。広場に大罪司教が出た。それも二人、『強欲』と『憤怒』の二人だ。俺の足を抉ったのは『強欲』で、こいつがエミリアをさらっていった。……ただ、周りの人たちの足に傷を負わせたのは『強欲』じゃない。『憤怒』の力だ」

「どういうこと?」

「『憤怒』の大罪司教は……説明が難しいんだが、誰かが負った傷や感じたことを、そのまま他の人間にも同じように感じさせる力があったんだ」

 言葉を選びながら、どうにかシリウスの権能を噛み砕いて伝えるスバル。その言葉にリカードは首を傾げたが、フェリスは即座に危険性に気付いて顔色を変えた。
 彼は負傷者たちの方を見て、それからスバルの右足の包帯を見ると、

「そっか。……スバルきゅんと他の人たちの傷跡が似すぎてるのはそういう理由だったわけ。そっくりそのまま傷をつけるにゃんて悪趣味すぎると思ってたけど……ひょっとしたら、その方がマシだったかもしんにゃいね」

「……ああ」

 ただ性格がひん曲がっているだけならば、生理的な嫌悪感だけで話は済む。だが、シリウスの場合は権能が厄介な上に性格がひん曲がっているのだ。
 さらに伝えづらい内容を伝えるのが、スバルは嫌になってしまうほど。

「それと、『強欲』の方も厄介だ」

「うぇ~、本音だとフェリちゃん、もう厄ネタ聞きたくにゃいにゃぁって」

「悪いけど無理。――『強欲』の野郎は、カラクリはわからないが攻撃を無効化する力の持ち主だ。炎を浴びても、鞭を当てても、殴っても、ダメージゼロ。おまけにそれをどうやら、自分だけじゃなく触れてる相手にも適用できるかもしれない」

 レグルスの腕の中で、意識のないエミリアは無防備だったはずだ。その状態でシリウスの炎の攻撃などを浴びていたはずだが、レグルスはそんな状況下から自分だけでなくエミリアも守り切った。その結果はレグルスが奮戦したというより、あの不可解な能力でエミリアをも無敵にしたという方が正しいだろう。
 ただその場合、とんでもないことになる。

「傷を他人に伝搬する奴と、無敵な奴……はは、やんにゃっちゃう」

「前の大罪司教……ペテルギウスの奴は目には見えない腕を何本も扱えるって力だった。アレも相当だと思っちゃいたが、性質の悪質さでは断然今回が上だな」

 そもそも、ペテルギウスの奇襲必達の権能はスバルには効果がなかったのだ。
 大罪司教としてのペテルギウスの能力が通用しなかった以上、スバルにとってペテルギウスは大罪司教という冠を忘れて、ただの狂人だった印象が強い。
 本当の意味で大罪司教と戦うのは、これが初めてというべきだろう。

「同じように大罪司教を名乗るからには……さっきの放送の『色欲』も、それに近い厄介さがあると思っていいだろうな」

「最悪……ただでさえ、大罪司教が五人いる可能性があるっていうのに」

「……五人?」

 唇を噛むスバルの前で、フェリスがその想像を超えた悪い予感を口にする。
 何がどうして、そんな発想に至ったのか。
 目を丸くするスバルに、フェリスは吐息をつきながら指を立てて、

「いーい? さっきの放送を思い出して。最後、『色欲』はこう言ってたでしょ? この都市の四つの水路の制御搭、その場所を確保してるって」

「あ、ああ、言ってたな。確かその水路を操作されると、この都市は水の底に沈んじまうとかって……だから、ヤバいって話なんだろうが」

「ただ魔女教徒が占拠してる可能性もあるけど……すでに、三人も大罪司教がこの都市に揃ってるんだよ? こんなことは前代未聞で、最悪に最悪の想像を重ねた予想でしかにゃいけど……制御搭は四つあるんだよ」

「四つ……って」

 数を口にして、スバルはフェリスが何を言いたいのかようやく理解する。
 都市プリステラの水門を制御する制御搭は東西南北に一つずつで、全部で四つ。そしてその制御搭を占拠したというのなら――、

「まさか、一つの塔ごとに大罪司教が一人……四つの塔で四人の大罪司教が確保してるって言いたいのか!? だ、だとしても、それなら全部で四人のはず……」

「スバルきゅん。さっきの放送だよ。――あの放送をする魔法器は、都市の中心にある都市庁舎でしかできにゃい。敵は都市の中枢機能を持つ、五つの拠点を占拠してるってことにゃの」

「――っ」

 さらに増える絶望的な想像に、スバルは息を詰まらせた。
 フェリスの言う通りだ。都市庁舎を掌握しているからこそ行える放送。そこに陣取る大罪司教の『色欲』以外に、二人の大罪司教が確認されているのだ。
 これが、現存する魔女教の一斉攻撃でないと見積もる理由などどこにもない。

「広場の俺たち以外の……その、騒ぎは起きてたのか? ケガ人が出るような被害はどっかで」

「――――」

 魔女教の大攻勢と想定したとき、騒ぎが起きたのがあの広場だけだったとは考え難い。悪い想像が形にならないことを祈り、あえて『死傷者』という表現を避けたスバルにフェリスは黙り込んだ。
 俯くフェリスにスバルの心が逸るが、代わりに咳払いしたのはリカードだ。
 犬顔の獣人は目を剥くスバルに牙だらけの口を開け、

「正直なとこ、わからん言うんがワイらの状況や。余所の避難所がどうなっとるかはワイらにも未知数。ただ、外をうろつくんは得策やない」

「なんでだ? どうにかして、他の場所と連携を取った方がいいんじゃないのか? あんただって、仲間のことが気になるはず……そうだよ!」

 腕を組むリカードに話しながら、スバルは慌ててフェリスを見やる。
 ケガ人だらけのこの避難所に、フェリスとリカード以外の顔見知りが見当たらないことの不可解さ。特にフェリスがいるのなら、

「クルシュさんと、ヴィルヘルムさんは? あの二人とお前が一緒にいないなんて珍しいことすぎる。この避難所には一緒じゃないのか?」

「……聞きづらいこと聞くんだから。見た通り、ここにいる顔見知りはフェリちゃんとこのおじ様の二人だけだよ、スバルきゅん。あとのことは――」

「――あまり、スバル様を困らせてはいけませんよ、フェリス」

 不安を煽るようなフェリスの答えに、スバルの内臓が緊張に痛む。と、その緊迫感を解したのは、芯の強さを感じさせる柔らかな声だった。
 唐突に響いた声に顔を跳ね上げ、スバルは周りをきょろきょろと見回す。しかし、どこを探してもその声の主は見つからない。と、

「ごめんなさい。かえって驚かせてしまったみたいですね。フェリス。ちゃんとスバル様に見えるようにしてください」

「はーい。もう、クルシュ様ってばいけずにゃんだからぁ」

「は? はぁ?」

 目を丸くするスバルの前で、見えない主と言葉を交わすフェリス。その彼が懐をごそごそとまさぐり、そこから抜き出した物を見てスバルの目がさらに丸くなる。
 それから、この手品の種に合点がいった。

「お前、それって」

「そ。一年前の戦利品の一つ。今回は持ち込んで、正解だったでしょ?」

 そう言うフェリスの手に握られているのは、掌に収まるサイズの手鏡だ。
 一見、何の変哲もない物に見える鏡だが、そこに映っているのは長い緑髪の優しい面差しの美女――紛れもなく、クルシュだ。

 対話鏡と呼ばれるその魔法器は、対になる鏡の持ち主と会話することができる異世界版の携帯電話のようなものだ。一年前、魔女教との対決の際に役立ったそれが、今回もこの都市に持ち込まれていたらしい。

 声もないスバルの前で、鏡の向こうのクルシュが微かに眉を寄せ、

「フェリス。スバル様が困ってらっしゃるじゃありませんか」

「ごめんにゃさーい。でもでも、こんなに早く次の連絡があると思わなかったもので説明が後回しににゃっちゃったんですよ。対話鏡も万能じゃにゃいんですから」

「ま、待て。意味はわかった。対話鏡のおかげってことは十分に。えっと、クルシュさんたちはこことは違う避難所から連絡を入れてる、ってことでいいんだよな?」

「そうです」

 主従のやり取りを聞きながら、混乱する頭を整理したスバル。
 クルシュ至上主義のフェリスがずいぶん落ち着いていると思えば、どうやら彼は対話鏡の力でクルシュの無事を確認していたからだったということらしい。
 ひとまず、クルシュの無事が確認できたのは幸いだ。スバルはフェリスが手にしたままの鏡越しに、クルシュへと視線を合わせる。

「よかった……って状況とは言い難いけど、こんな状態で連絡が取り合えるのは行幸だ。クルシュさんはケガとか大丈夫なんですか?」

「ええ、ご心配いただいてありがとうございます。幸い、私は避難所へ逃げ込むまで被害に遭うことはありませんでした。スバル様の方こそ、重傷で担ぎ込まれたと聞いています。お体は大丈夫なんですか?」

「全然大丈夫、とは言えねぇかな。でも、どうにかする。寝たままでなんていられねぇし、傷が塞がり次第行動に移すよ。……フェリス、睨むな」

 絶対安静、の診断を目の前で無視しようとするスバルに、フェリスの厳しい視線が突き刺さる。が、彼には悪いがスバルだって考えなしでこんな無謀を口にしているわけではない。現状、誰がいつどうなってもおかしくないほど切迫しているのだ。
 おちおち寝転がって、最悪の事態を迎えるなどあってはならない。

「その点については後で話し合うとして……クルシュさん、そっちの避難所の状態はどうなってるんだ? クルシュさん以外には誰が?」

「はい。こちらにいらっしゃるのはですね……」

「私がいるよ、スバル。幸い、宿に残っていた方々は連れ出せたからね」

 クルシュの背後から割り込んだのは、鏡越しでも一声でわかる優美な声だ。
 その声の響きに一瞬、スバルは思考を止めたが、すぐに首を横に振る。今の状況で彼がそこにいることが、どれだけ心強いかわからないほど馬鹿でありたくない。

「お前がそこにいてくれるなら、ちょっと安心できたよ、ユリウス」

「こちらも君が意識不明で担ぎ込まれたと聞いて心配していた。減らず口を叩くか迷う程度には回復したようで何よりだよ。……エミリア様がさらわれたとというのは本当なのだろうか?」

「……本当だ。悪い。俺が不甲斐ねぇ」

「大罪司教が二人がかりだ。君の力不足を責めるほど、物分かりの悪い男ではないつもりだよ。こちらには私とクルシュ様の他に、アナスタシア様と『鉄の牙』が数名。ああ、フェルト様の従者が二人ほど合流している」

 手短にエミリアの境遇を確認し、それ以上の追及をしない姿勢。
 鏡の向こうのユリウスの気遣いはありがたいようで、スバルの自責の念をさらにちくちく刺激するものでもあった。
 その後の彼の言葉に耳を傾けながら、スバルはちらと避難所のケガ人を確認。そこに探し求めた顔があるのを見つけ、

「そっちにいる、フェルトの連れの二人に伝えてくれ。お前らの仲間のもう一人はこっちで匿ってる。負傷しちゃいるが、命は無事だって」

「そうか、それは行幸だ。彼らも強がってはいるが、気にしていた様子だったからね。伝えておくことにしよう。――さて、スバル」

 トンとカンの二人にラチンスの無事を言伝したところで、ユリウスが声の調子を落とした。話の雰囲気が変わる。スバルが言葉を待つと、ユリウスは低い声で、

「どうする?」

「……そらまた、ずいぶんとアバウトな話の振り方だな」

「『怠惰』のときを思い出してね。魔女教となれば、ひょっとすると君が専門なのではないかと期待しているんだよ。ひょっとすると、私では思いもよらないようなことで状況を打開してくれるかもしれないと」

「どんな無茶ぶりだ。期待されてるとこ悪ぃが、魔女教特化ではねぇよ」

「それは残念だが、エミリア様のこともある。一番、危急の心持ちであるのが君なのは間違いないはずだ。どうするつもりでいるのか、率直に確かめたい」

 望んだ答えではないのに、ユリウスは気落ちした様子もない。彼からしてもスバルが魔女教キラーというのは夢想に近い期待とわかっていたのだろう。
 むしろ本題は、後に持ってきた方の話題であるとすぐにわかった。

「……エミリアを連れ去ったのは『強欲』だ。今でもあいつの、身の毛もよだつような身勝手な持論に寒気が走るぜ。あんな野郎に一秒だって長く、エミリアを預けておけるわけなんかねぇ」

「ということは、『強欲』からエミリア様の奪還は君が受け持つと」

「当然だ。……受け持ちって言ったか、今?」

 勢いで首肯したスバルに、鏡の向こうでユリウスが自分の前髪を弄る。そのまま騎士はスバルに見えるように掌を広げ、五本の指を見せた。

「いいかい、スバル。フェリスと話したならわかっていると思うが、魔女教はこのプリステラの要所を五ヶ所占拠している。それぞれに大罪司教クラスの敵がいると考えた場合、戦力の割り振りが非常に重要な問題になる」

「……どこか一ヶ所でも、水門の操作を弄られたら都市が沈むからか」

「そういうことだ。我々が魔女教を退ける条件として、この五ヶ所の要所を同時に攻め落とすことが要求される。一応、都市の関係者から戦力として募れるものを掻き集めた上での判断にはなるが……現状、それも難しいのはわかるね?」

 各地の避難所同士の連絡が取れない以上、ユリウスが口にした都市中の戦力を集結しての総力戦は難しい。本来なら、都市庁舎にある魔法器がまとめて各地との連絡を担当していたのだろう。
 今回はその都市庁舎まで敵の手に落ちていることから、避難所同士は分断された状態に等しい。各々の避難所が状況を判断し、行動する必要がある。

「ちなみにおじ様が確認した話だと、都市中は魔女教徒がちょろちょろしてるって話だったから。それと、正気をなくした風な人たちが暴徒ににゃってる様子もあるって」

「……魔女教徒と、シリウスの馬鹿か。クソ、ますます絶望的じゃねぇか」

 フェリスのありがたくない捕捉に頭を掻き毟り、スバルはますます悪くなる状況に歯噛みするしかない。せめて、現存戦力全てと連絡を取る方法があれば――。

「関係者で行方知れずなのは、うちがガーフィールとオットー。エミリアも『強欲』に連れていかれたって意味じゃ、行方知れずではある。ボロボロだな……」

「私の方はヨシュアと、それから『鉄の牙』副団長三名。ヴィルヘルム様と、フェルト様とラインハルトの二人も行方がわからない。プリシラ様たちは……」

「連れのアルとクソ中年は知らねぇけど、プリシラなら騒ぎが起きた直後は一番街の都市公園にいたはずだ。そこからどこに避難したかは……ああ、クソ。リリアナも一緒にいたはずだ。あいつら、無事なんだろうな」

 プリシラが苦手な相手で、リリアナも正直どうかと思わないでもない少女には違いないが、被害に巻き込まれていないでほしいと思うぐらいの情はスバルにもある。
 幸運と嘯く女と、あの性格の歌姫だから無事だとは思うが。
 パトラッシュも『水の羽衣亭』に繋いだままだったはずだ。賢い彼女のことだから、暴れて余計に目を引いたりなどはしていないと思うが、心配の種は尽きない。

 そういった不安要素を掻き集めると、それだけで五ヶ所同時襲撃の実現に現実味を欠く気がしてならなかった。
 いくらなんでも無謀すぎる。現状の戦力では、五ヶ所に実力者を一人ずつ送り込むこともままならない。ましてや相手は大罪司教――一対一でまともにやり合えることなど、希望的観測以外の何物でもないのだから。

「……待て。そもそも、なんで五ヶ所を同時に攻め落とす必要があるんだ?」

「何を言っている? 言ったはずだ。制御搭はどこか一ヶ所でも、都市に甚大な被害をもたらすことができてしまう。四つの内の一つでも取りこぼせば……」

「そうじゃない。いや、その通りだがそうじゃないんだ。四つを全部、取り戻さなきゃいけないのはわかる。けど、同時でなきゃいけない必要は? どこにある」

「一ヶ所の異変を悟られれば、他の三ヶ所が行動に出て当然だろう。だからこそ、彼らはこの都市にこれほどの大攻勢を仕掛けてきたのだから」

 スバルの引っ掛かりを、ユリウスが理路整然と潰していこうとする。
 その彼の言葉を聞きながら、はたしてそれが本当に正しいのかスバルは疑っていた。無論、理屈ではユリウスの意見が正しいことは痛いほどわかる。わかっているが、相手は理屈が通用するような連中ではない。

 現に、シリウスとレグルスはあの広場で本気で殺し合いをしていた。
 レグルスの方が本気ではなかったから被害は広がらなかったが、シリウスは間違いなくレグルスを焼き殺す気でいたはずだ。レグルスとて、スバルの邪魔が入らなければシリウスを八つ裂きにしていた可能性が高い。
 そんな連中が、本当にこの都市を落とすために連携しているのか。

「……奴らは本当の意味で連携はしてないんじゃないか? もちろん、脅しとして制御搭で水門を操ることを口には出すけど、いちいち他の連中と連絡を取り合ってるほどの連携はしてない。俺はそう思う」

「根拠は、あるのだろうね?」

「広場で、大罪司教二人は互いに殺し合いをしようとしてたよ。途中で福音書の新しい指示があったらしくて中断したけど、それがなければ片方減ってたはずだ」

「そんな連中が連携しているとは考え難い……か」

 スバルの答えに、しかしユリウスの答えはどこか渋いものだ。希望的観測、その線を捨てきれないのだろう。それはスバルもわかる。ただ、

「外の確認とかはしてるのか?」

「こちらで『鉄の牙』の見張りを立たせて、制御搭を見える位置で確認させているが……何か考えが?」

「これは想像なんだけど、もしも奴らが定期的に連絡を取り合おうとしたら、一番簡単なのは魔法を空に打ち上げたりすることだよな? 制御搭同士は離れてるし、入り組んだ都市だから行き交いは面倒だ。わざわざ口頭でやり取りしようとしたら、対話鏡でも持ち込んでないことには時間がかかってしょうがない」

「魔女教が対話鏡を持ち込んでいる可能性は低いと見ていい。もしも多数が持ち込まれていたなら、対話鏡の混線に精霊が反応する。私の準精霊たちは誰も、その兆候を捉えていない。――そうか、つまりそういうことか」

 答えている間に、ユリウスもスバルと同じ結論に至ったようだ。
 スバルは「ああ」と前置きしてから、

「奴らが定期的にわかりやすい連絡を取ってないってんなら、どこか一ヶ所が襲撃されても目に見える騒ぎでない限りは行動を起こさない可能性が高い。そもそも気付けないんだから起こしようがないんだが、これなら戦力を分散させる必要は減る」

「……ただ、その案の場合は一つだけ問題がある。唯一、一ヶ所だけ他と違って、襲われたことを伝える手段があるからね」

「――都市庁舎。魔法器で放送ができるあの建物だけは、襲撃があったことを他の制御搭に声で伝えられる。だから最初に速やかに、落とさなきゃならない」

 最初に戦力を集中させ、落とす必要があるのは中央にある都市庁舎だ。そこに現存戦力をぶつけて魔女教を退けられれば、あとは制御搭を一つずつ潰していけばいい。
 それでも速度の勝負になるはずだが、五ヶ所同時攻撃よりは危険度を減らすことができるはずだ。と、そう信じたい。

「――――」

 魔法器の向こうで、ユリウスが考え込みながら沈黙するのがわかった。
 今のスバルからの発案も、レグルスとシリウスの仲違いの様子から『魔女教の連携はガタガタ』という希望的観測に従ったにすぎない。
 もしも福音書の記述が『みんな仲良く皆殺しにすること』なんて内容だった場合には、彼らがそれに従うのならこの考えは根底から覆ってしまう。

 こんなことならあの場で、せめて福音書の記述だけでも聞き出せていれば――。

「――連絡が遅くなって申し訳ありません。これで、声が聞こえていますかな?」

 重い沈黙が続いていた最中、ふとその会談に別の声が割り込んできた。
 その月日を重ねた渋い声音は、今この状況で他の何よりも頼りになるものに思えてスバルは顔を跳ね上げる。
 対話鏡にははっきりと、白髪の老剣士の顔が映し出されていた。

「ヴィルヘルムさん! 無事で!」

「ヴィル爺! よかったぁ。連絡が取れないから、どんなに心配したか!」

 スバルだけでなく、フェリスもその人物を見て声を弾けさせる。その歓迎ぶりに鏡の紳士、ヴィルヘルムは驚いた顔で目を見開き、それから軽く頭を下げた。

「すみません。こちらも状況が立て込んでいて、なかなか落ち着けずにおりました。今はようやく、手近な避難所へ市民と共に飛び込んだところでして。スバル殿もフェリスも、無事で何よりでした。クルシュ様は?」

「私も無事です。ヴィルヘルム、あなたが無事でよかった」

「もったいないお言葉……いえ、このような事態にお傍におられず、不甲斐ない限りです。今しばらく、そちらで大人しくお待ちください。必ずや迎えに参ります」

「すげぇ、安心感が違ぇ……」

 鏡越しに言葉を交わすクルシュとヴィルヘルム。その主従のやり取りに圧倒的な安心感を見て、スバルはヴィルヘルムのさすがさに嘆息した。
 そして、彼の無事を喜びつつも、この状況整理に加わってもらおうと先のやり取りを反芻しようとする。
 だが、

「お話したいことはいくつもございますが、まずは火急の用件から」

 再会の言葉もそこそこに、ヴィルヘルムはすぐに手鏡の前から姿を消す。と、老剣士に代わってそこに映し出されたのは、モノクルをつけた小猫の獣人だ。
 『鉄の牙』の副団長、ティビーであった。どうやら彼もヴィルヘルムと合流していたらしい。ただ、その表情は常になく険しいもので、

「おう、ティビーやないか! 無事で何よりや!」

「団長こそ、ご無事で何よりです。……でも、僕たちもちゃんと無事ではないです。そっちに、お姉ちゃんはいないですか?」

「ミミか? 見とらんぞ、何やあったんか?」

 元気のないティビーの声に、リカードも何かを感じ取ったのか目を細める。そのティビーの向こうから、誰かが鏡に割り込んできて、

「だ、団長っ! お姉ちゃんが! お姉ちゃんがぁ……っ!」

「へ、ヘータロー? どないしたんや、そない取り乱して!」

 涙まじりに飛び込んだのは、ティビーに瓜二つの兄弟であるヘータローだった。普段から気弱な顔立ちの少年だが、今は特別にその表情を悲痛に歪めている。
 丸い瞳に涙を浮かべて、声を震わせる少年は手鏡に取り縋り、

「さ、『三分の加護』の影響が、お姉ちゃんから流れ込んできてるんですっ! そ、それがすごい傷で……流れてきた傷がこれじゃ、お姉ちゃん……っ」

「お兄ちゃん落ち着くです。……団長、聞いての通りです。お姉ちゃんがどこかで傷を負って、その影響が僕とお兄ちゃんにも伝わってきてるです。だから……」

「――ようわかった。わかったで、二人とも。待っとき。すぐに、ワイがミミを探してきたる。泣かんと、待っといたらええ」

 これまでにないほど、静かな声でリカードが鏡の向こうへ語りかける。
 その声音の穏やかさに、スバルはこれまでにリカードから感じたことのない圧迫感を味わって背筋を震わせた。

 犬顔の獣人の目には怒気と、緩められた口元からは鋭い牙が覗いていた。巨躯が筋肉をたわめて立ち上がり、その手に巨大な鉈を握りしめる。
 そのまま今にも、都市の中へ見つからない少女を探しに行ってしまいそうだ。

「――待ちぃや、リカード。そんな勝手な真似、ウチが許さんよ」

 だが、駆け出そうとするリカードの足を止めたのは、同じく鏡から届いた声。
 振り返るリカードの視線の先には、場所を譲られて鏡の優先権を得た、アナスタシアがくっきりと浮かび上がっていた。
 リカードは鼻面に皺を寄せると、雇い主である少女へ鉈を突きつけ、

「止めるな、お嬢。ワイかて、冗談に付き合ってられんときもあるんや」

「これが冗談に聞こえるんなら、ウチとの長い付き合いも案外、大した絆が結べてなかったゆうことやね、リカード。何度も言わせんといて。今、勝手な行動をするのは許さんよ。たとえそれが、ミミのためでもや」

「ワイにミミを見捨てぇ言うんか、小娘がァ!!」

 大口を開き、怒声を張り上げるリカードに避難所の空気が揺さぶられる。
 冗談抜きに衝撃波を浴びた感覚を味わい、スバルはのけ反ってしまっていた。猛る肉食獣の獰猛な気配を全身から放ち、リカードがアナスタシアを睨みつける。
 だが、鏡越しにも届くだろうその眼光を、アナスタシアは真っ向から受け切った。

「わかっとるはずや、リカード。状況は予断を許さん。そしてあんたは、ウチの懐刀で重要な戦力の一人や。勝手に歩き回るんをよしとはできないんよ」

「言うてくれるやないか。誰に啖呵切っとるんや、アナ坊……ッ!」

「当たり前やろ。忘れたんか、犬の化け物」

 旧知の間柄にしかわからない呼び合い方をしながら、一触即発の空気を膨れ上がらせる二人。ピリピリとしたものを肌に感じ、スバルはどちらに肩入れするべきか真剣に悩む。否、悩むまでもない。

 心情的にはリカードに肩入れしたくとも、アナスタシアの意見が正論なのは火を見るよりも明らかだ。
 そして他でもない。外野ではなく、関係者であるアナスタシアが自ら、ミミよりも都市の奪還を優先する選択をしている。
 スバルが口を挟めるような部分は何もない。その程度のことは、リカードにだってちゃんとわかっているはずだ。

「――――」

 そのまま、睨み合いの時間が続く。
 振り切ってリカードが飛び出していこうとした場合、ケガ人のスバルと非戦闘員のフェリスでは彼を止められない。だから彼を引き留めているのは、魔法器越しに視線を交わし合うアナスタシアの眼光一つだった。
 だが、ふいにリカードが鏡から視線を外して振り返る。

「待ちや、リカード!」

「――ちゃう。早まるんやない」

 そのリカードの挙動にアナスタシアが声を上げたが、切羽詰まった彼女の声に対するリカードの応答は静かなものだ。
 彼は振り返り、避難所の出入り口の方を見やりながら鼻を鳴らす。

「何か、近づいてきとる。なんや、この……血ぃの臭いか?」

「血の臭いだと……?」

 これだけ負傷者だらけの中でも、新しい血の臭いを嗅ぎ分けるらしい。
 警戒心も露わに、リカードが手にした鉈を構えて出入り口を睨みつける。スバルとフェリスも固唾を呑んで、そのリカードの判断を見守るが、

「――ッ!」

 固い足音を立てて、地下の避難所へ人影が駆け込んできた。
 一瞬、その乱入者の存在に避難所にいたケガ人たちも息を呑んだが、最初に沈黙を破ったのは他でもないスバルだった。

 そこに立っていたのは、金髪で小柄な見知った男だったからだ。

「ガーフィール!?」

 汗を掻き、息を切らしていたガーフィール。
 彼はスバルの叫びを聞きつけてこちらに気付くと、よたよたと怪しい足取りで駆け寄ってくる。そして、スバルは遅れて気付いた。
 ガーフィールがふらつく原因が、彼の腕の中にあることに。

「――――」

 誰もが言葉を失ってしまう中、ガーフィールがスバルの下へ辿り着く。そのままガーフィールは崩れ落ちると、スバルに縋るように頭を下げて、

「すまねェ、大将……ッ! 俺様ァ、役立たずの! 能無しだ……ッ!」

 そう言って悲痛な叫び声を上げるガーフィール。
 血塗れの彼の腕の中には、瀕死の状態で抱かれるミミの姿があった。

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