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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第五章 『歴史を刻む星々』

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第五章12 『お座敷のすごい空気』

 お座敷に集った顔ぶれは、あらゆる意味でそうそうたる面々と言えた。

「それにしても、ラインハルトとヴィルヘルムさんが家族だったなんて驚きね。言われてみたら、二人とも剣が得意そうだものね」

「前もって情報がないから気付けないのは当然なんだけど、その類似点で家族認定すると大家族になっちゃうと思うよ、エミリアたん」

 長机を前に、板張りの床に座布団を敷いて、その上に座る和風スタイル。
 そんな座布団並びの中央一角で、エミリアがこっそりとスバルに囁きかけてくる。緊張しているのかもしれないが、内容はとりあえずさっぱりない呟きではあった。

「ベティーも気を張ってるけど、急に誰かが動き出したらどうにもならんのよ。スバルは全員から白い目で見られないよう注意するかしら」

「悪気がないのはわかるけど、かつて実際に白い目で見られた経験が思い出されて胸が痛いからやめてくれ」

 スバルを挟んで、エミリアと反対に座るベアトリスが警戒を促してくる。ちなみにエミリアが膝を崩し、スバルが胡坐をかき、ベアトリスが正座をする形だ。スバルが挑発した結果だが、ベアトリスの膝は早くも震え出している。

「いざとなったらガーフィールが動くさ。それにこの面子で、誰かが急に不埒な真似をするとかそういう心配はいらねぇだろ」

 膝を震わすベアトリスはさておき、スバルの視線は座敷の端っこ。壁際に座布団を敷いて膝を立て、どっかりと座り込むガーフィールへと向く。彼はスバルの視線に気付いて軽く手を挙げたが、その手は隣に座るミミにとられて忙しそうだ。
 現在、座敷の机周りには重要人物が集まり、それ以外の面子が軒並み部屋の端っこでその様子を観覧する状態。つまり、ミミの隣ではガーフィールを射殺しそうなほど睨みつけるヘータローと、兄と姉に我関せずな顔をしたティビーもいる。
 ちなみにヨシュアはその隣で、居心地悪そうに正座しているのが見えた。

「この度はお招きに与り、ありがとうございます。フェルト様の宿への到着が少々遅れていますが、プリステラにはすでにいらしていますので遠からず」

「そうかしこまらんでええよ。ウチの急な呼び出しに応じてくれただけでも十分やし、思った以上に到着が重なったんは可笑しなったけどね」

 使者の礼に則って挨拶するラインハルトに、出迎えのアナスタシアが和やかに応じる。ラインハルトはその言葉に顔を上げると、アナスタシアの隣に陣取るユリウスに笑顔を向けて、

「久しいね、ユリウス。先頃、そちらの商会で顔を合わせたとき以来だ」

「ああ、そうだったね。今回は無理に呼び立てしてすまなかった。だが、こうして互いに無事を確かめられたのは幸いだったよ」

 言葉少なに友人同士の挨拶を交わし、ラインハルトは座敷を横切って戻ってくる。彼が座るのは長机を陣営ごとに割った場合、もっとも下座に当たる位置だ。上座にアナスタシア、その隣にエミリア陣営。エミリアの正面にラインハルト、つまりはフェルト陣営が座っている。そして、アナスタシアの正面に座るのは、

「こうして皆さんとお会いするのも、お久しぶりなのでしょうね」

 たおやかに微笑み、そう言ったのは緑の長い髪を伸ばした美貌の女性だ。
 琥珀色の切れ長な瞳に慈しみを宿し、女性らしさに富んだ肉体を紺色の服――当然だが、裾の長いスカートに包んだお淑やかな雰囲気の人物。
 以前の彼女を知っていれば、とても同一人物だと思うことはできないだろう。

「クルシュ様もお久しぶりです。論功のとき以来、ですよね」

「はい、そうですね。その節はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。その後の皆様のご活躍は聞き及んでいます。さすがですと、そう思っていました」

 エミリアが物怖じせずに声をかけたのは、柔らかな受け答えをするようになったクルシュだ。以前の果断で凛とした佇まいは、彼女の中の記憶と一緒に失われている。依然としてそれは戻らず、精悍さをなくした彼女は美しい貴族令嬢のままだった。
 彼女を取り巻く事情が許せば、あるいはそれは悲劇扱いされなかったかもしれないが、

「ホントに色々とびっくりしちゃうよネ。論功のときもそうだったけど、『大兎』の討伐だったりとか精霊使いににゃってたりとか。スバルきゅんてば、どこまでも常識外れでびっくり人間にゃんだからぁ」

 クルシュの傍らで、そう言って囃し立てるのは猫耳の美少女――風の青年だ。クルシュの騎士にして、王国最高峰の治癒術師であるフェリスである。
 主の変貌ぶりと比べるのもおかしいが、彼だけは以前と何も変わっていない。そのことに安堵を感じる一方で、その心情を推し量れない部分も少なからずあった。

「まぁ、常に人に飽きられない新鮮な存在でありたいってのが人生の指針だからな。ベア子との契約に関しては、お前にも怒られたけど死活問題でもある」

「あんにゃに念押しておいたのに、スバルきゅんてば結局ぶっ潰れるまでゲートを酷使しちゃうんだもんにゃぁ。ベアトリスちゃんがいなかったらパーンって破裂しちゃうんだから、本当に大事にしてあげてよネ」

「わかってらぁ。俺よりベア子を幸せにできる奴なんて出てこねぇよ」

 からかい口調だが、フェリスの忠告は真剣なものだろう。だから応じるスバルの答えも真剣そのものだ。隣で顔の赤いベアトリスがスバルの肩を容赦なく叩いてきているが、それも授業料の一つである。

「それにしても……クルシュさんたちまで呼ばれてるなんて思わなかった。表でラインハルトと遭遇してなきゃ、今頃は鼻血が出るまで驚いてるとこだぜ」

「あちゃ。それはもったいなかったかもしれんね。でも、さすがに今日に集中したんはたまたまなんよ。そこだけはウチも驚いてるんやから」

「日時の指定はされておりませんでしたからな。こうして皆様とお会いできたのは時の計らいでしょう。一堂に会して顔を合わせる機会など滅多に作れません。そういう意味では僥倖でしたな」

 そう言ったのは、クルシュ陣営の最後の一人だ。
 正座するクルシュと、女の子座りしているフェリス。さらにその隣で正座しているのが、給仕されたお茶に口をつける老剣士ヴィルヘルムだ。
 格好は以前と変わらぬ黒の執事服なのに、和室と正座とお茶が異常に似合う。
 実はスバルたちの位置からは、自然とヴィルヘルムとラインハルトが隣り合って座る形になっているため、意外と心臓に悪い光景だったりするのだが。

「目も合わせないわね……」

 エミリアが口の中だけで呟いた言葉に、スバルは心の中だけで頷いた。

 隣り合う祖父と孫、つまりはヴィルヘルムとラインハルトの二人だが、茶室で意図せぬ再会を果たした二人は、最初に呼び合って以来、言葉を交わしていない。
 待合室とされた茶室では沈黙が場を支配し、スバルは非常に居心地の悪い思いをした。KY・天然・中二・お子ちゃまと基本的に空気を読まないメンバーで構成されているエミリア陣営が、あまりの空気の重さに何もできなかったほどだ。

 座敷の方の話がまとまり、呼びに戻ってきたヨシュアが部屋を見て「うわ……」と一歩下がった光景が忘れられない。そこから解放されたときの解放感もだ。

 アストレア家。家名で言い切ってしまうが、ここが複雑な環境であるのは何となくスバルも察している。代々、『剣聖』という称号を継いできた家系であり、目の前の二人と先代剣聖だけでお釣りがくるほどに戦力の高い一族だ。
 ヴィルヘルムの白鯨討伐にかける想いと、その白鯨がヴィルヘルムの妻であり、先代の剣聖であった女性の仇であったことも知っている。そこまで繋がってくると、疑問として生じてくることが一つだけあるのだ。

 ――何故、ヴィルヘルムはクルシュの家を頼り、実家の力を使っていないのか。

 ありていに言えば、何故あの弔い合戦にラインハルトの姿はなかったのだろうか。
 ヴィルヘルムが白鯨を追い始めたのは十四年前と聞いている。これが王選が始まってからの問題であれば、ヴィルヘルムが敵対陣営にいるラインハルトと協同できなかったことに一応の納得はできる。
 だが、ヴィルヘルムが白鯨への敵討ちを決意した頃、王選とアストレア家は無関係だ。無論、その頃のラインハルトが白鯨討伐の力になったとは思えないが、その後の成長を考慮して、どうしてラインハルトは白鯨から遠ざけられていたのか。
 ヴィルヘルムの真意も、ラインハルトの心も、何もわからないままなのだ。

 ――本音を言えば、ものすごい聞きたい。

 遠慮なしに傷口をほじくり返し、カサブタの下に塩を塗り込むことがしたい。
 ナツキ・スバルのそれは全力の本音だったが、この一年で彼も成長していた。さすがにここまでのことをしたら嫌われる、という見極めが今はできるのだ。
 ラインハルトとヴィルヘルムの両名は、スバルにとって敵対陣営とはいえ憎からず思える貴重な人材である。好奇心と引き換えに捨てられるほど、信頼は安くない。
 だから、どうにか自然な流れでその話になればいいなと他力本願する。

「ところで、アナスタシアさんはなんで全員を集めたの? やっぱり、何か考えがあると思うんだけど……違う?」

 スバルが内心で煩悶しているとも知らず、エミリアがアナスタシアに話題を投げる。首を傾げるエミリアに、アナスタシアは「そうやねえ」と笑い、

「現状、本当にウチはまたみんなでお話ししたかっただけなんよ。エミリアさんみたいに疑われる思たから、色々と招待するためにあの手この手使ったけどね」

「私たちは魔鉱石の件だったけど、他の人たちも?」

「みんな、それぞれ色々と抱えてるもんやからね。それだけわかればお話は簡単に……まあ、お話が通じん子らには遠慮してもらったけどね」

「お話が通じない……?」

 エミリアが難しい顔で腕を組むが、それほど悩むような問題ではない。そもそもここにおらず、そして話が最も通じない陣営は考えるまでもないからだ。

「プリシラ様とアル殿は呼んでいないんですか?」

「あそこは完全に独自路線なのと、弱味がびっくりするぐらい見当たらんかったからね。本音を言えばフェルトさんのとことおんなじように、領地経営のあれこれが聞けたら身になると思てるんやけど」

「その点についてはフェルト様がご到着されればご随意に。とはいえ、確かに気になるところではありますね」

 わりとあっさり一陣営をハブにしたことを告白するアナスタシアに、ラインハルトは納得の姿勢を見せながら同意見と応じる。
 それを聞いて、内容部分だけに同意するエミリアが手を挙げて、

「私も、みんながどうしてるか気になる。たくさん勉強してるけど、偉い立場ではすったもんだ大変だもんね」

「すったもんだってきょうび聞かねぇな……」

「むぅ、スバルのイジワル」

 久しぶりの突っ込みを受け、エミリアが頬を膨らせてスバルの右肩をつねる。ちなみに左肩はいまだにベアトリスが叩いているので、信賞必罰もいいところだ。

 ともあれ、プリシラ陣営の不在とフェルト陣営の呼び出しには納得した。あとはクルシュ陣営がここに呼び出された理由、つまるところ弱味だが。

「私たちがこうしてプリステラへ参ったのは、アナスタシア様から『暴食』の件についてお話を伺えると聞いたからです」

「――――」

 スバルの視線の意図を察して、クルシュが先んじてそう答えた。
 だが、その答えはスバルにとっても聞き逃せるものではない。弾かれたように顔を上げるスバルに、アナスタシアは苦笑いして襟巻きに触れる。

「別にナツキくんに黙ってたわけとちゃうよ? たぁだ、順序があるってだけ。条件は同じでも切迫してるんはクルシュさんたちの方やから、こっちが優先されるんは当然のお話や。違う?」

「が、ぐ……う、く。な、納得した」

「大人になったものだね、君も」

「うるせぇ、ギリギリの俺を刺激すんな」

 価値ある商品を高く買う方へ、商人の基本の考え方だ。
 そのアナスタシアの講釈にスバルはギリギリで怒りを踏み止まる。危うく、その後のユリウスの感慨深げな言葉で破裂しそうになったが。

「親か、てめぇは。言っとくが、俺の親父は俺の十倍は煽るのがうめぇぞ」

「えぇ……フェリちゃん恐い……」

「本気で慄いてんじゃねぇよ! 自分の家庭環境が不安になるだろうが!」

 クルシュに身を寄せるフェリスを怒鳴るが、冗談でしたと訂正はしない。スバルの父・賢一ならば謙遜でも誇張でもなく事実にするだろうからだ。

 しかし、それでクルシュたちにその話が伝えられて、スバルがそれを知れないとなれば話は別だ。『暴食』の大罪司教の存在は、今もロズワール邸で眠り続けるレムの存在そのものの是非に関わる。
 理性が納得したとしても、本能が説得して理性も納得をかなぐり捨てるほどだ。

「そんな牙剥くような顔せんでも、ちゃんと教えてあげるから安心し」

「な……本当かよ?」

「嘘やないよ。そこはクルシュさんたちに感謝し。自分たちだけ知っても意味ないて言うてくれたんやから」

 スバルが絶句してクルシュの方を見ると、彼女は精いっぱいの気丈さを取り繕った顔で頷いた。

「当然のことです。もちろん、私の記憶を取り戻すためにも『暴食』のことは私自身で決着をつけたい。ですが、スバル様があの少女のために『暴食』打倒の決意を固めていらっしゃるのも知っています。独り占めなど、できるはずがありません」

「クルシュさん……」

「それに、志を一緒にする方は多ければ多い方がいいと思います。相手は狡猾に逃げ続けてきた大罪司教なる人物。伸ばされる手は、多いほど勝ちです」

 冗談めかしたクルシュの言葉に、スバルは救われた心地で頭を下げた。
 本心では彼女も、自分の欠落を生んだ敵には自ら決着をつけたいのだ。それを曲げてまで、彼女は同じように目的を抱くスバルに配慮してくれた。
 公明正大を地で行くクルシュ・カルステンという女性の魂は、記憶を失ったとしても決して翳っていたりはしていない。

「感謝する。ありがとう、クルシュさん。俺はきっと、クルシュさんが差し伸べてくれたチャンスを掴むよ。きっとだ」

「それでも、きっと私たちの方が先ですよ。それは譲るつもりがありません」

 決意を言葉にするスバルの前で、クルシュが負けじと胸を張った。
 なるほど、そうして互いの決意の火を、競い合う灯火として扱ってくれるのか。彼女の気遣いに場違いな笑みが浮かび、スバルはクルシュと笑みを交換する。
 すると、それを面白くなさそうに見るのは彼女の騎士だ。

「にゃうー。にゃんだかクルシュ様、スバルきゅんと見つめ合っちゃってやだ。やめてよネ、スバルきゅんの好色漢。両手に花にゃんだから、それで満足してよネ、いやらしいったらにゃいんだから」

「フェリス、そんなこと言っては失礼ではありませんか。スバル様も、誰にでも色目を使われるような不実な方ではありませんよ」

「そうだぜ、やめてくれよ。確かにクルシュさんは美人だし可愛いけど、俺の心は一直線……途中で二股に割れてるけど、ストレートでいたたたたっ!?」

「それはたぶん一直線とは言わないのよ。あと、自分の軽はずみな発言を反省しているつもりがあるなら、簡単にそういうこと言わない方がいいかしら」

 クルシュ主従の言い合いをフォローしようとしたスバルだが、ベアトリスが渾身の力で耳を引っ張ってきたので痛みに絶叫。涙目になって抗議しようとすると、ベアトリスは唇を尖らせてクルシュを指差す。
 つられてそちらを見ると、クルシュがほんのりと頬を染めて下を向いていた。
 自分の発言を振り返る。何かおかしなことを言っただろうか。

「やべ、エミリアたん、俺ってなんか変なこと言ったかな?」

「え? んー、わかんない。スバル、いつも私と話してるときと同じだったと思うけど……」

「だよね。なんだろ。エミリアたんの手を握ってたら答え出るかも。握っていい?」

「はいはい。頑張って考えて」

 握れなかった手に額を叩かれて、スバルは拗ねた顔をしながらのけ反る。
 その間にフェリスが、俯くクルシュの耳元に口を寄せて、

「ほら、見たままですよ。スバルきゅんはああして無意識に無軌道に誰にでも格好つけようとするんです。病気にゃんですよ。だから気にしちゃダメです」

「はい、気をつけます。ふう、びっくりしました」

 深呼吸して胸を撫で下ろすクルシュ。
 女性らしい仕草の端々に可愛げがあって、ギャップ萌えがあるなとスバルは思う。そう思われているとも知らず、クルシュはフェリスと何やら拳を合わせて誓いを新たにしていた。そこだけ見ると同性の友人同士のようだ。
 そうして、ひとまずの全員がプリステラへ足を運んだ理由を共有したときだ。

「へー、なんだ一揃いしてんじゃねーか。ラチンスの話じゃ、兄ちゃんところとカララギ弁の姉ちゃんのとこだけって話だったのによ」

 横滑りの襖をすごい勢いで開けて、姿を見せたのは息を切らす金髪の少女だった。
 眩いばかりの美しい金色の髪に、くりくりと丸い大きな赤い瞳。笑顔の口元からは八重歯がうっすら覗き、整った顔立ちに悪戯な魅力を掻き立てさせる。小柄で華奢な体格だが、以前より少しだけ女性らしさを増したように思える。
 相変わらず露出が多く、動きやすさを優先したヘソと足の出た短パンと薄着の組み合わせ。王候補となっても貧乏臭さが抜けない、フェルトの登場だった。

「なんだ、あんまし見た目変わってねーのな。一年ぶりだからそれ期待してたのに面白くねーなー」

「フェルト様」

 部屋の顔ぶれを見回して、がっかりしたように肩を落とすフェルト。その主の登場に立ち上がったラインハルトが、座敷の入口へと素早く移動し、

「竜車の中で用意したはずのお召し物、どうされたんですか?」

「はん! 観光なんて方便に決まってんだろーが。ああ言ってテメーを先に宿にいかせて、その間にソッコーで着替えたんだよ。誰があんな着てるだけで全身が痒くなるよーな格好してられっか。いい加減にアタシの性格をわかれ!」

「本当にあなたという方は……」

 嘆かわしいとでも言うように額に手を当てるラインハルト。フェルトは国の英雄にして最高戦力でもある男に一杯食わせ、ご満悦な様子で部屋に踏み入る。

「ってなわけで、アタシも到着だ。――本日はお招きいただき、ありがとうございます。有意義な話し合いにいたしましょう。はい、お行儀終わり!」

 悪戯小僧のような笑みと、上品な令嬢の微笑みと作法を使い分けるフェルト。スカートのない格好でカーテシーを行い、すぐに令嬢モードをかなぐり捨てる。
 スバルもなかなか自分が貴族社会と水が合わない自信があったが、フェルトの振り切りようは一年経ってその勢いを増していた。

「にしても、変な形の建物だよな。アタシも初めてだから珍しくてよー。この部屋にくるまでにあちこち見て回っちった」

 どっかりと、ラインハルトが座っていた座布団の上に胡坐をかくフェルト。ラインハルトは別の座布団を引っ張ってくると、フェルトの隣で大人しく正座。
 偶然ではあるが、フェルトが座った位置はヴィルヘルムの隣で、孫と祖父との間に彼女が割り込む形になった点だけは幸いだった。

「えっと、久しぶりね、フェルトちゃん。元気だった?」

「ちゃん付けとか気持ち悪いからいいよ。ま、元気してたぜ。姉ちゃんも元気……元気ってかやんちゃか? 色々噂は聞こえたけど、すげーのばっかだったな」

「やんちゃ坊主は私じゃなくてスバルの方。私、ほとんどスバルが頑張ってくれたことのおかげで助かってるだけだから」

「あ、それだよそれ!」

 エミリアの答えにフェルトが手を打ち、それから長机の上に乗り出してスバルを睨みつけてくる。

「兄ちゃんの話がすげー聞こえてきたんだけどさ。ぶっちゃけ、アレってどのぐらいが嘘っぱちなん?」

「最初から嘘って決めてかかるなよ。嘘の割合が多いみてぇだろ」

「だっていくらなんでも信じられねーだろ。兄ちゃんが白鯨を一人で真っ二つにして、魔女教って奴らを幹部ごと拳骨で潰して、大兎も焼いて食ったって聞いてもさー」

「関連情報は合ってるけど、結果に至るまでの過程にだいぶ嘘ネタが多いな!」

 それを全部スバルが単独でやり遂げたなら、スバルは今頃は国の英雄どころか玉座に座っているところだ。力で国を奪い、エミリアを王妃につけてイチャコラする。

「――ふ」

 ただ、そんなスバルの力強い突っ込みを余所に、小さく笑った声がある。
 それも出所は二つ。上座とその対面――ユリウスと、ヴィルヘルムの二人だ。
 思わず反応してしまったらしい二人は、互いの反応に気付くと同時に頬を緩める。それを横目にして怪訝に眉を寄せたのは、理由がわからないフェルトだ。

「なんで爺ちゃんと最優は笑った? アタシ、おかしな話したかよ?」

「おかしな話って言えば全体的におかしすぎる話だったけどな。俺の世界に対する貢献度が高すぎるだろ。ノーベル平和賞くれよ」

 実際に貰って何があるのかわからないが、とにかく栄誉ある賞の代表である。
 論功で勲章などはいくつか貰ったものの、わかりやすい価値がイマイチわかっていないため、スバルには自分の功績に対する実感があまりなかった。
 実は貰った勲章は王国において、かなり権威あるものの一つだったりするのだが。

「白鯨討伐における、スバル殿の貢献は計り知れません。そのことは私自身、そして何より魂がはっきりと断言できます。スバル殿なくして、我が悲願が果たされることはなかったでしょう。大袈裟などと、笑われる必要は全くない」

「大罪司教の件も同じだよ。他でもない彼が先頭を切って、魔女教の襲撃に対抗する指揮を執ったんだ。その采配があってこその、大罪司教討伐の結果だ。私や他のものが手を貸したことなんて、声高に主張できるほどの貢献ではない」

「――――」

 ヴィルヘルムの、そしてユリウスの圧倒的な支持。
 彼らがスバルをはっきりと擁護するのを聞いて、スバルは思わず言葉を失う。一拍遅れて沸き上がったのは、堪え難いほどの熱だ。
 首から耳までを真っ赤に染めて、思わず眼球から血を噴きそうになった。

「や、やめてくれよ! そうやって変に俺を持ち上げんな! 調子に乗ったらどんな無様さらすか、知ってるのはお前らの方だろうが!」

「いやいや、とんでもない。あのときの行いこそ軽挙であるのは事実だが、君は十分にあの醜態を返上するだけの結果を見せた。そのことと、その後の功績とは全く別物だ。素直に誇っていいんだよ」

「謙遜される必要はありません。あなたが為し得たことは、あなた以外の誰もが為し得ることができなかったこと。私は命尽きるまで、あなたと共に戦場を駆けたことを誇りと思い続けるでしょう」

「――は、ぁ」

 褒め殺し。今まで、何度も死んだナツキ・スバル。
 だが、こんな恐ろしい殺され方は初めてだ。今、スバルは褒め殺される。
 本当に死にそうなほどの羞恥に苛まれて、スバルは助けを求めるようにエミリアを、ベアトリスを見る。しかし、スバルを挟む二人は愛らしく笑い、

「そうよ。スバルはすごーく頑張ったの。私、そんなスバルが私の騎士をやってくれてるの、本当に誇らしく思ってる」

「ま、まぁ、ベティーのパートナーならそれぐらいやれて当然なのよ。むしろ周りの方がスバルのすごさに気付くのが遅すぎたぐらいかしら。もっともっと、これからスバルは大きくなるんだから、今のうちに名声に慣れておくといいのよ」

 まさかの全肯定。甘やかされるスバルは恐慌に陥りそうになった。
 そして、そんなスバルを囲みながら一斉にみんなが、

「すごいな、スバル。みんながこうまで言ってくれるなんて、本当に得難いことをやってのけた証拠だ。友人として嬉しいよ」

「スバル様がいなければ、私もたくさんの忠臣を失っていたと聞いています。今日まで支えてくれたヴィルヘルムのためにも、改めてお礼を言わせてください」

「ダメダメだったのは事実だけど、実際、白鯨で心が折れずに済んだのにちょびーっとスバルきゅんの貢献があったのは本当のことだし? あのあと、クルシュ様の超名演説があったからそんな変わらにゃいだろうけど、一応、感謝したげるー」

「ナツキくんが話に噛ませてくれたおかげで、白鯨関係ではずいぶんと得させてもらったしね。ウチも感謝しとるよ。長年、霧に悩んだ商人たちの分も」

「おー、おにーさんが褒められてる流れ? すごいぞー、かっこいいぞー! ミミの次だけどねー! あとガーフのつぎー!」

「なんだかわッかんねェけど、さッすがだぜ、大将。それでこそ俺様の兄貴分よ。『名声は正しい行いとウェライエンについてくる』ってなァ」

 流れに乗っかって、その場にいたスバルを知る面々が次々とスバルを褒める流れ。
 スバルは温かい言葉をかけられるたびに、小さく赤くなり、そんなスバルの様子を「しししっ」とフェルトは歯を見せて笑った。

「なんだかんだあったのは本当のことみてーだけど……兄ちゃんが弄られ体質なのとおもしれーのは変わってねーみたいだな。安心したぜ!」

「お前ら、あんまり俺のこと褒めるなよ! みんなまとめて好きになるだろ!!」

 フェルトがそうやってまとめた場に、耐えかねたスバルの声が爆発する。
 お座敷に広がっていた緊張感は、今度こそ崩壊して全員の笑いが弾けた。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「あー、クソ、本当に寿命が縮まった……」

 座敷での団欒がひと段落して、案内された客室でスバルはぐったりしていた。
 全員が無駄に息を合わせてスバルをからかい倒した褒め殺しの後、個々の陣営はお互いが敵同士であることを忘れたように話に没頭していた。

 無論、相手の内情や状況を探るようなやり取りが皆無だったわけではないが、それでも毒にも薬にもならない、単なる世間話が占めた割合は決して少なくない。
 一歩、距離を離せば殺伐となりかねない関係性ではあっても、もっと大きな目で見れば彼女らは年の近い女性同士、話題も王国を忘れたものになっても構わない。
 実際、エミリアは同年代との弾む会話を十分に楽しんでいたようだった。

「まぁ、エミリアたんとベア子に関しては同年代トークってのも語弊があるけど」

「実年齢のことを話題に出すのはやめるのよ。戦争になりかねないかしら」

 うっかりそう漏らしたスバルに、ベアトリスの厳しい声が突き刺さる。
 その声にちらりと隣を見ると、ベアトリスは部屋の端っこに積まれた布団の上に乗っかって、すっかり痺れてしまった足を懸命に解しているところだった。

「お前、精霊なのに足が痺れたりすんのか。血が流れてるわけじゃねぇよな?」

「血流の問題はないけど、ベティーの体はできる限り人間の体を模倣してデザインされているのよ。だから、人間が苦しいことはベティーも苦しいかしら。水に長く潜ってたら意識が遠のくのも同じなのよ」

「呼吸ってしてんの?」

「もちろんして……ちょ、ベティーの息を嗅ぎにくるのやめるかしら!」

 傍に近寄って鼻を鳴らすスバルに、ベアトリスが布団を叩いて顔を赤くする。ついでにスバルが隙を突いて痺れた足を指で弾くと、遠のいていた痺れが舞い戻ってきてベアトリスは涙目で転げ回った。

「痛いのよー、泣くかしらー。スバルがイジメるのよー」

「ほいほい、悪かった悪かった。おいでおいで」

 苦笑したスバルが胡坐をかいて膝を叩くと、ベアトリスが這いずりながら膝の上に頭を乗せる。縦ロールのせいでボリュームのある頭を撫でながら、スバルは「それにしても……」と客室の中を見渡した。

「個室はいいとして、部屋の内装だな。頑張って旅館の形に寄せようとしてはいるけど……やっぱり微妙に無理があるか」

 木造建築と、その技術の発展形式の違いによる齟齬だろう。
 『水の羽衣亭』はかなり旅館に近付けているが、梁であったり襖であったり、あと一歩届かない感じがあちこちにあって惜しまれる。
 客間の床も畳にするための苦心があったのかもしれない。ただ、色々と頑張った結果が空回りして、板張りの床の上に獣の皮を敷くという大胆な仕様になっていた。
 踏み心地などは悪くないが、目標からは離れてしまった典型である。

「床に布団を敷くって拘りのためにも、板張りの床って妥協はできなかったわけだ」

「地べたに直接、布団を敷くなんて貧乏のすることなのよ。ベティー、そんな稼ぎの少ない男をパートナーなんて認めてあげないかしら」

「いつも苦労をかけるねぇ」

「それは言わないお約束なのよ」

「なにを漫談ッしてやがんだよォ、二人して」

 スバルとテンポよくやり取りしていたベアトリスが、第三者の声がした途端に弾かれたように跳び上がる。が、着地の瞬間に足の痺れを思い出し、着地に失敗して盛大に頭から布団に突っ込んだ。めくれるスカートをスバルがそっと直す。

「ガーフィールか。探検終わったのか?」

「午前中にちびっこに付き合わッされて終わってたってんだよ。ベアトリス、ずいッぶんとはしゃいでやがんなァ」

「久々の遠出だからテンション上がってんだよ。なかなか寝れないところとか、めちゃくちゃ可愛いだろ?」

 部屋の入口に立つガーフィールは、スバルの言葉に歯を噛み鳴らして笑う。
 客室も扉は襖仕様になっているため、開閉する音が聞こえずにベアトリスは不覚を取ったのだろう。ちなみにスバルは入口の方を向いていたため、普通にガーフィールが姿を見せたことに気付いていた。

「それで、何しにきたんだ? 晩飯?」

「んや、晩飯はたぶんもうッちょい後だぜ。部屋に一人でいてもしょうがねェからよォ、大将が何してっかなって。オットー兄ィもまだ戻らねェし」

「まぁ、オットーも子どもじゃないんだから心配しなくていいだろ。借金とかこさえても、きっと俺たちには迷惑かけずに頑張って解決するよ」

「そォだな」

 たった数時間で借金を背負うことと、それを解消するまでの一連の流れを想定されるオットー。ガーフィールも否定しないところ、彼の認識はそんなものだ。
 もちろん、頼りにするところはめちゃめちゃ頼りにしているのだが。

「それとこれとは別のお話」

「なァに言ってんだ、大将」

 独り言を口にするスバルに、ガーフィールは慣れた顔でさらっと流す。それから彼は顎で廊下の方をしゃくり、

「それッよかよォ。大将にちっとばッかし付き合ってほしいんだよ」

「付き合うってなんだ? あ、風呂? 風呂か、風呂いいな。なんか露天の可能性が捨てきれないよな。さっき奥の襖見たら、中にちゃんと浴衣があったんだよ。浴衣のエミリアたんとか想像するだけでテンション上がるな! 上がってきた!」

 畳や建築様式は再現が難しくても、浴衣はなんとか商品化したらしい。カララギでワフーを広めた人間の拘りに素直にここは称賛を送りたい。
 しかし、そうやって興奮するスバルの前で、ガーフィールは真剣な顔だ。さすがにスバルもふざけ続けていられず、何事があったのかと眉を寄せる。

「ガーフィール。なんだ? 何をする気だ」

「んや、大ッしたことじゃァねェんだけどよォ」

 額の白い傷に触れて、ガーフィールは一度そこで言葉を切る。
 それから彼は真っ直ぐ、スバルを見据えて言った。

「世界最ッ強の有名人さんが、どの程度のもんッか教えてもらおうってなァ」

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