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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第四章 永遠の契約

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第四章82 『騙し合い』



「やっぱり、気のせいとか何かの間違いってわけじゃねぇか……」

 眼前のクリスタルに手を当て、そこから何の兆候も感じ取れないのを確認して、スバルは固く冷たい結晶に額を押しつけて嘆くようにこぼした。
 クリスタルの中、そこに眠る少女――オリジナルのリューズ・メイエルはスバルの嘆きに何の反応も返さない。もともと、永劫の眠りにつく彼女がスバルの呼びかけに応えることなどないが、それとは別にあるべき反応が起こらないのだ。
 即ち、

「資格を俺が取り上げられたから、クリスタルに触ってもリューズさんの複製体を指揮する権限が委譲してこない……」

 リューズ・メイエルの複製体への指揮権は、『強欲の使徒』だけが持ち得る権限だ。
 エキドナを拒絶し、彼女から墓所の『試練』に挑む資格を奪われたスバルは、その役割に値しないと判断されたということだろう。

 胸の悪くなるような空気の立ち込める施設に立ち入り、それを確認してスバルは見えたはずの光明が遠ざかる感覚に頭を抱える。
 最悪、本当に最悪、このことを確認するまでは第二の『試練』を見せつけられたことのトラウマが、スバルに墓所の中へ踏み込むことを躊躇させているのだと考えることもできた。それが理由ならば、問題になるのはスバルの心一つ。荒療治で何度でも挑み、弱い心をねじ伏せることもできたろう。

 だが、事がスバルの手に及ばない範囲となってしまえばお手上げだ。
 墓所の中に入ることすらままならないということは、資格を再び得るためにエキドナに直談判することすらできないということでもある。
 それ以前に、ああやって別れた魔女たちが再びスバルの前に姿を現してくれるかどうか――それはもう、ないのではないかと本能的に理解できた。

 そしてそれを理解するということは、スバルが『試練』を突破する目が消えたということであり、『聖域』の解放はスバル以外の手に委ねられるということだ。
 つまり――、

「エミリアに、あれをやらせろ……ってのか?」

 もっとも恐れていた状況を改めて口にして、スバルはエキドナの計らいの悪辣さに心底から罵声を浴びせたくなる。
 エキドナはスバルの記憶を読み取ることができた。彼女だけは、スバルが繰り返してきた世界をそのまま同じように観測することができたはずだ。だからエキドナは、一人で挑み続けたことで心が折られてしまい、潰れるエミリアを知っていたはずなのに。
 それを避けるためにスバルが必死で、その身をなげうっていたことも知っていたはずなのに。

 それでもなお、『強欲の魔女』はスバルとエミリアに苦難を強いるというのか。

「どうする、どうする、どうする、どうするどうするどうするどうするどうする……」

 思考を燃やし、脳を白熱させながらスバルは打開策を模索する。だが、シナプスが焼けつくほどに脳を酷使しても、掴みかけた光明がほどけた直後に次善策は出てこない。
 状況は悪化の一途を辿っており、頼れる相手は減るばかりだ。

 事情を知った上で、スバルの言葉に親身に耳を傾けてくれるだけの理解がある人物。
 打ち明けられない情報の数々を飲み下して、それでも会話の通用する相手。

 一人で考え込んでいても何も見つからない。エキドナにはもう頼れない。
 そうなれば、スバルがこの問題を共有できる人物は、もう一人しか見当たらなかった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「こーぉんな夜遅くに訪ねてきてくれるとは、思ってもみなかったねーぇ」

「……そのわりには、準備万端って感じの待ち構え方じゃねぇか。寝るために明かり消すどころか、火を取り換えたばっかりって感じだ」

「あはぁ、手厳しいねーぇ。ま、間違っちゃーぁいないけどね」

 枕を背もたれに、寝台で上体を起こすロズワールはスバルを歓迎するように頬をゆるめる。ロズワールの寝所の明かりは大元は消されているものの、ベッド脇の小さなテーブルの上の燭台の炎は取り換えられたばかりで、橙色の光が揺らめきながら室内を煌々と照らし出していた。

 妖しく揺らめく火の色に、病的に白いロズワールの顔が不気味に影を描く。それを目の当たりにしながら、スバルは小さく息を呑んで会話に臨もうとしていた。
 スバルの持っている知識が真実ならば、ロズワールとの会話は――。

「そーぉれで? わざわざ夜這いにきてくれたんだ。なーぁにか、私の興味を引くような口説き文句を持ってきてくれたんじゃーぁないのかな?」

「……口説き落とす、って部分は間違いじゃねぇんだろうな。ロズワール、『聖域』を『試練』抜きで抜ける方法ってのは、あるのか?」

「――――」

 その一言だけで、ロズワールの微笑みの質がゾッとする冷気を帯びたのをスバルは感じる。
 事実、道化の微笑は唇を横に裂く割合が大きくなり、自身の藍色の髪を撫でつけるロズワールは何度も頷き、黄色の瞳でスバルを見つめると、

「スバルくん。――君は今、何度目なのかな?」

 その問いかけが、互いに相手の情報の表層を知っているという牽制となった。
 ロズワールはスバルが『死に戻り』している事実を、そしてスバルはロズワールがそれを知る立場にあるという事実を、それぞれが情報として取得する。
 スバルはその上で、ロズワールの持つ情報を修正しつつ、譲歩を引き出さなくてはならない。

 短く息を吐き、スバルはあえて気取った仕草で肩をすくめてみせる。

「悪いんだが、数えるのも馬鹿らしい回数だよ。こんな感じの腹の探り合いをお前とするのも、もう何度目なのか覚えちゃいないぐらいだ」

「そう……か。なーぁるほどねーぇ。君がそうやって割り切った切り口で話してくれるということは……そういうことだと思って、いいのかなーぁ?」

「さて、どうだろな」

 視線をそらし、話の先を焦らす姿勢のスバル。
 だが、スバルは会話の最中、こちらの言葉にロズワールの頬が強張ったのを見逃していない。そして、最初の一手は自分が主導権を握っただろうということも。

 ――ロズワールは、スバルが周回する事実は知っていても、スバルと同じように周回の記憶を持ち越せるわけではない。

 それが、ロズワールが『死に戻り』を知っていると発覚した回のループでスバルが知った情報だ。そして自身の死と終わりを理解した上で、スバルの『死に戻り』によって求める結果に辿り着こうとする、理解できないロズワールの執念も知った。

 今でも、彼のその考え方には嫌悪と拒絶を覚えずにはいられないが――。

「今も色々と試行錯誤してる最中だ。お前にも、協力してほしいところだな」

 彼の自身を蔑ろにしているといってもいい割り切り方が、スバルに『自分がロズワールの思惑通りに動いている』と錯覚させるための演技をさせることを思いつかせた。
 現段階で、ロズワールがスバル以上に『聖域』の内情に精通していることは間違いない。この先に起きる事態に関しては、ロズワールの持つ『福音』がどこまでを記しているかが不明なのですり合わせは難しいが、大兎を見ての彼の呟きを思い出すに、そこまで詳細は記されていないのではないかと推測している。

 つまり、言葉の選び間違いさえしなければ、スバルがロズワールを欺きながら情報を引き出すことは、十分に可能であると考えられる。

「その試行錯誤の一端が、『試練』に挑まずに『聖域』を抜ける……なのかな? だーぁとしたら、弱気なことじゃーぁないかね。君の持ち得る権能ならば、無限の挑戦の果てに必ずや困難を乗り越えることが可能なはず。どれだけ挑んだかはわかりはしないが……断念して別の手法を求めるだーぁなんて、覚悟が足りないんじゃーぁないかね?」

「なにも『試練』を乗り越える、だけに拘る頭の固いのが冴えたやり方とは思わねぇけどな。もっとスマートなやり方があるならそれを選ぶ、それだけのことだろ。形式に拘って本質を見落とすなんて馬鹿らしい。ようは必要なのはこの場を脱することができたって事実と功績がエミリアに与えられること……違うか、ロズワール?」

 表面上で冷淡と平静を保ちつつ、スバルは自分の発言に逐一ミスがないかをリアルタイムで思考する。言葉を舌に乗せる寸前で精査し、紡ぎ出す作業には神経を削るが、それだけ心身を削らなくてはロズワールを欺くなど不可能だ。

 酷薄な割り切り――おそらくは、ロズワールがスバルに望む姿勢そのものだろう。
 ロズワールはエミリアが王になることを、そしてその手助けをスバルがするという状況を望んでいることに疑いはない。その手法が、スバルの身を切るようなやり口であればあるほどに、望ましいと評価されるだろうことも想像がついた。

 そして、案の定。

「なーぁるほど……それは確かに、私好みの答えじゃーぁないかね」

 スバルの答えに、ロズワールは満足げに笑ってみせた。
 道化のメイクが施された白い面が、凶相に彩られるのをスバルは頬の内側を噛んで表情を保つことでかろうじて見据える。
 怖気立つロズワールの視線は、スバルを自分の同類とみなした目つきだ。即ちそれは、ロズワールにとって、スバルは理解できない筆頭の彼と同じステージに立ったと判断されたということになる。――生理的な嫌悪感が、内側から込み上げてくる。

 そう思えるほどの違いがどこにあるのかと、自身の歪みを自覚していてなおだ。

「きーぃみの考え方の変化を喜ばしいと思う反面、質問の答えは難しいところだーぁね。前例がない。なにしろ、結界は張られてから一度も破られていないんだ。綻びがあるかどうかなど考えたこともないし、そもそも張った存在のことを思えば手抜かりがあるなどという楽観視は捨てるべきだろうからねーぇ」

「エキドナの結界か……」

「そーぅだとも。『聖域』の墓所は彼女のための墓標であり、結界は生前の彼女が実験に用いたハーフを逃がさないようにするためのもの。……このぐらいは、すーぅでに君も調べがついているだろうけーぇどね」

「ま、当然だな。言っとくが、森の中の施設のリューズ・メイエルのことも知ってるぞ。複製体のことも、ガーフィールが指揮権を持ってることもだ」

「あはーぁ、話が早いじゃーぁないの」

 次々と情報を開示する姿勢のロズワールに、スバルの方も慎重に自身の持つ手札を表にしていく。返答に応じるロズワールは目を閉じ、考え込む姿勢で吐息をこぼす。

「『聖域』の解放は、エミリア様を王にするための功績として必須だ。横紙破りじゃーぁ『聖域』の住民を、アーラム村の村民を納得させられないだろう」

「外への脱出さえ叶うなら、そこのところは誤魔化しようがいくらでもある。それ以前に手柄を立てるチャンスだって今回限りじゃない。機が悪かったと判断して、別の機会をうかがうことだって……」

「別の機会? なーぁんでまた、そんなことを?」

 きょとんと、目を丸くして不思議そうにするロズワールにスバルは失言を悟る。
 何度でもやり直すことができ、そして自分を削る覚悟を固めたスバル――というのが今のスバルの演じるあり方だ。
 そのスバルの殺伐とした考え方ならば、目の前に功績を拾えるチャンスがあるのならモノにしない理由がない。

 後悔が表情に出ないように、そしてロズワールからの疑惑が続く前に、スバルは「考えてもみろよ」と言葉を発し、

「お前も認識してる通り、俺ならいくらでもエミリアを王にするための奔走できる。それこそ、未来の情報は全て俺が予習して持って帰ってこれるからな。言っちゃなんだが、『聖域』の解放なんてのは関係者も少ない小さなイベントだよ。白鯨とか魔女教とか、もっとインパクトの大きいイベントの処理に心血を注ぐべきだ。――ここは、そこまで力を入れる価値のある舞台じゃない」

「……いーぃや、『聖域』の解放は必須だ。そこは譲れないラインとさせてもらうよ。私はまだ、君の力に関しては懐疑的であると言わざるを得ないからねーぇ」

「懐疑的……?」

 思惑と違う流れに首をひねるスバルに、ロズワールは「そうだとも」と頷く。

「わーぁたしはこの目で君のやり直す権能を確認できるわけじゃーぁないからね。君の口車に乗せられていないとも限らないわけだーぁよ。もーぉちろん、結果が伴うのであればいやがおうにも納得させられてしまうのだけどねーぇ」

「…………」

「断言するが、エミリア様が王になるためには私の力が……メイザース家の協力は必要不可欠だーぁよ。『聖域』を解放することで、エミリア様を助力する君の力が確かなものだと私に信じさせることで、今後の良い関係に繋がるのだと……そう思ってほしいところなんだがねーぇ」

 目を細めるロズワールの正論に、スバルはぐうの音も出ない。
 ロズワールの言い分は全て事実で、効果的な反論はスバルには浮かんでこない。

 王候補者であるエミリアを王選という舞台に担ぐには後ろ盾が必須であり、ロズワール以外にそれをやれそうな有力者は周囲にいない。スバルが目下、どうにかしようと手をこまねく内容は現状をしのぐだけのものでしかないのも事実で、後が続かない。

 パトロンの機嫌を損ねないよう、指示に従うというのは正しいあり方だ。ロズワールの意見の正当性と、状況の切迫さを考えれば正しすぎるほどに。
 だが、スバルはそれら理屈の波にもまれながらも、違和感を覚えていた。

 『聖域』の解放そのものに、ロズワールが拘りすぎているように思えたからだ。

「少し、話の筋が変わっちまうと思うんだが……」

「うん? なーぁにかな?」

 指を一つ立て、注意を引くスバルにロズワールは首をもたげる。
 その彼の目を、左右色違いの目を見据えて、スバルは言った。

「どうしても『聖域』を解放したい理由が、お前にはあるのか?」

「――――」

 問いかけに、ロズワールはただ無言。
 無言で、ゆっくりと微笑みを深めて、スバルを黄色の眼差しが射抜く。

 ――またしても、空気の変わる気配をスバルは肌で感じ取っていた。

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