挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第四章 永遠の契約

220/443

第四章54 『地獄なら知っている』



 核心に触れる問いかけを放ったと、スバルは自分の立ち位置を理解していた。

 問いを吐き出し、それがガーフィールの鼓膜を確かに震わせた直後――金髪の青年の表情が変わる。そして、それを見たスバルの意識は刹那の空白を生んだ。

 常にスバルを警戒し、目尻を鋭く持ち上げていた精悍な面。強固な外面を形成し続け、決して弱気を覗かせることのなかったガーフィール。
 その彼の表情が今、はっきりと歪んだ。

 まるで隠していた大事なものを暴かれて、今にも泣き出してしまいそうな子どものような表情に。

「てめェ……今、なんて言いやがった?」

 だが、そんな儚く消えてしまいそうな表情を見せたのも一瞬のことだ。
 一度、強く目をつむったガーフィールは、表出した弱さを掻き消すように歯を鳴らし、その全身から鬼気にも似た圧迫感を放ってスバルを睨みつける。

 森の中を流れていた、穏やかでどこかさみしげですらあった大気の様子が一変。睨まれるスバルの肌を、粟立つような刺激が這い上がってきた。
 それらは全てスバルの肉体が、感じた危機を率先して表現しているからに他ならない。そして、その過剰なまでの反応は、

「ずいぶん、殺気立ってやがるな」

 『それ』が触れられては都合の悪いことなのだと、スバルに確信を抱かせるには十分すぎる材料だった。

 スバルの呟きに、無言のガーフィールの目が凄みを増してくる。
 刹那の弱気など欠片もうかがわせず、今、スバルを睨みつける視線には憎悪の対象を見ているような刃の鋭さがにじみ出ていた。
 射殺しかねないほどの眼力を浴びせられ、スバルの全身は相変わらずの危険信号を鳴らせ続けている。が、スバルはそれを意識的に無視、飄々とした態度を崩さないまま、

「繰り返させんなよ。リューズさんそっくりの子が、『聖域』をうろついてたのを見かけたんだよ。リューズさんじゃないことだけは、確かだと思うんだけどな」

「……言ってる意味がわからねェなァ。ババアが歩き回ってっとこ見ただけの話じゃっねェのかよ。深夜に徘徊してたってんならそいつァ別の意味で問題だっけどな、それとこれとは話が」

「――二人」

「あァ?」

 スバルの言い分に理路整然と返そうとするガーフィール。その彼の懸命なフォローを砕くように、スバルは差し出した右手の指を二本立てて、

「俺が見たのは、二人で同時に行動するリューズさんのそっくりさんだよ。片方がリューズさんだったとしても、もう片方は……誰だったんだろな――」

 ――言い切った直後、スバルは自分が世界の上下を見失ったことを察した。

「――ごぁ!」

 背中から固いものに叩きつけられて、苦鳴と酸素が肺から絞り出される。
 背中に感じるのは凹凸の激しい太い感触――木の幹に、かなりの力で押しつけられているのだ。それも、スバルが逃げられないように体は浮かされたまま、姿勢は地面と平行になった状態でだ。
 腹の中心に当てられた手が支点となり、スバルの体は宙に縫い止められたままを維持させられる。そして、バランス感覚と腕力でそれをやってのけたガーフィールは、状況を理解したスバルの瞳を間近から睨みつけ、

「――どこで、それを見たってんだ、オイ」

「どこでもなにも……森の、中だったと……」

「いや、そいつァありえねェはずだ。そうならねェように、俺様たちがどれっだけ気ィ張ってると思ってやがる。でなきゃァ、てめェみたいな余計なことに鼻が利く野郎から言い逃れができなくなっちまうからなァ」

 ぐい、と圧迫する掌の力が増し、スバルは胃の中身まで絞られるような圧力に口の端からよだれをこぼす。じたばたと、四肢をもがいてみせてもびくともしない。
 まるえ、ピンで留められた標本の昆虫のような有様だ。想像してゾッとする。

「このまんまだっと、てめェの腹と背中がペシャリとくっついちまうぜ? そうなる前に、ちゃァんと本当のことを話してほっしいもんだなァ」

 嗜虐的な笑みを口の端に上らせながら、ガーフィールはスバルの体に教え込むように掌の圧力をさらに増してくる。
 言葉にされた結末が冗談で済まないと思わされるほど、圧迫感が骨と内臓を軋ませ始めるのを感じる。スバルは喘ぎ、苦しげな息を漏らしながら、

「そ……りゃ、お前の態度次第……だなっ」

「おもしれェじゃねェか。てめェ、この状況でまだ俺様と対等のつもりでいやがんのかよォ。端っから、それァ思い上がりだって教え込んでやったはずなんだけどなァ」

「今……ここで何も聞かずに俺を始末しても、何も解決しやしねぇぞ」

「…………」

 途切れ途切れに言葉を作りながら、スバルはガーフィールがこちらの声に耳を傾け始めているのを目にしていた。

 ――スバルにとって、ガーフィールのこの苛烈な反応は、半分予想通りで半分予想外の出来事であった。

 これまでのループの中で、スバルがリューズの複製体――『リューズのクローン』を目撃したのは、前回のループの最後の魔女戦だけだ。
 それ以外の場面ではクローンの姿どころか、その存在を疑わせることすら『聖域』の中では起こらなかったといえる。今にして記憶を遡れば、クローンが存在することを前提に考えると、引っかかりを外せる場面がいくつかあるのだが、それは今は割愛だ。
 ともあれ、それほど『聖域』の中でうまく隠されていたクローンたちだ。
 最低でも二十人は存在した彼女らを、ガーフィール一人が『聖域』の中で匿っていたとは考えにくい。十中八九、『聖域』の住民の共通認識のはずだ。
 こちらの陣営で把握しているとすればロズワールと、ラムがどちらに当てはまるかはわからないが、そんなところだろう。

 いずれにせよ、口にすれば逆鱗に触れるだろう可能性があると思っていた内容だ。それを確かめられたことが、まずは半分の予想通り。
 そして予想外だったとすれば――。

「……どうかしてるぜ、てめェ」

 吐き捨てるようにガーフィールが言った直後、スバルの体のホールドが外れる。
「うわっ」と驚きの声を上げて、スバルは受け身も取れずに地面に落下。草と土を口の中で味わいながら転がり、砂利を吐き出しながら立ち上がってガーフィールを睨む。

「い、いきなり手ぇ離すんじゃねぇよ、びっくりすんだろうが」

「るせェよ、狂人。冗談じゃねェ。てめェ、俺様を試しやがったな?」

「試したぁ?」

 はて、と首を傾げるスバルにガーフィールは苛立たしげに舌を打つ。
 彼はしらばっくれる姿勢でいるスバルを下から睨みつけ、

「今、自分が俺様に殺されるかもしれねェと、そう思いながら言っただろが」

「…………」

 ――スバルにとって予想外だったのは、ガーフィールが即座にスバルを殺しにかかってこなかったこと。
 こうして、逆鱗に触れたあとにも話す機会が与えられたことだった。
 それは即ち、スバルは『死ぬ可能性を考慮した上で今の発言をした』ということであり、それを嗅ぎ取ったガーフィールは乱暴に土を蹴りつけ、

「冗っ談じゃねェ。てめェの命賭け金にして、当たり前みたいな面してやがる野郎を狂ってるって言わなくてなんだってんだよォ。気持ち悪ィ」

「そこまで言われると傷付くぜ……別に、平気でそんなことしてるわけじゃねぇよ」

 ガーフィールの物言いに弱々しく笑い、スバルは自分の頭を掻く。
 そうして振舞う指先には、今もかすかな震えが走っているのが自分でわかった。

 今だって、ガーフィールはスバルを痛めつける手を止めたが、それでもスバルに対する敵意に似た感情を欠片もゆるめてはいない。
 それはなおも肉体が原始的な恐怖に悲鳴を上げていることに他ならず、臓腑がギュッと絞られるような苦しみが継続していることを意味する。

 当然だ。ガーフィールをあえて激昂させ、その真正面に立っているのだ。
 それはつまり、夜の森で暴れ回り、村人たちの多くを虐殺した、あの金色の大虎と相対することを、半ば受け入れているということなのだから。

 あの牙に、あの爪に、あの恐怖に、蹂躙されることを考えれば体も心も竦む。
 だが、それでも――。

「俺の命だけで足りるなら、結果には釣り合うんだよ」

 払う犠牲がスバルの心をすり減らすだけで済むのなら、それはなんとお買い得なことか。
 これほど安価にハッピーエンドが手に入ることなど、そうそうあるものではない。

 スバルの今にも折れてしまいそうな覚悟――しかし、その土台は貧相なそれを支えるには十分すぎるほど強固に凝り固まっている。
 ガーフィールにもそれがわかったのだろう。彼は鼻面に皺を寄せて嫌な顔を作り、

「その目ェしてやがる野郎に、俺様はいい印象がひとっつもねェ。だァから、本当なら今すぐにでもそれを潰しっちまいたんだが……」

「そうされるのは困るんでな、できれば広い心で見逃してくれ。さっきの話にも共通するとこだけどな……それで」

「…………」

「俺の質問には、答えてくれる気があるのかな?」

 体についた土を払いながら、スバルはなおも質問を重ねる。
 暴力で中断させたはずの話題を掘り起こされて、ガーフィールは渋い顔を隠さない。彼は視線を外さないスバルから逆に目をそらし、

「言いたかァねェな」

「そうかよ。ならまぁ、仕方ねぇな」

 頑なな子どものような返事を聞いて、スバルは肩をすくめてあっさり引き下がる。
 そのスバルの反応に肩透かしでも食らったような顔をするガーフィール。

「てめ……聞きたがってたんじゃ……」

「お前は話したくないんだろ? で、俺はお前から無理やりに聞き出そうとしても力が足りないし、説得力も足りてない。縋りついてもいいんだが、リスクと噛み合わねぇ気がするから後回しだ」

「……なにを」

「そう不思議そうな顔をすんなよ、ガーフィール。お前がどれだけ必死で覆い隠そうとしても、俺は必ずそれを暴く。必要なことだからな」

 弾かれたように上がるガーフィールの顔を、スバルは真っ直ぐ見つめ返す。
 視線が交錯するが、今度はそれに気圧されるようなことはない。ガーフィールの眼力が先ほどより弱いのと、スバルの方の腹が決まっているからだ。

「ガーフィール。俺はお前が……お前らが、『聖域』に何を隠してるのかを必ず暴く。そうしなきゃならないってわかった以上、それは絶対だ」

「……黙れよ。俺様が今、ここでその口を塞いでやったら、そんな『絶対』も『必ず』もありえねェんだぞ、オイ」

「悪いが、それこそ『絶対』で『必ず』なんだよ。俺が諦めない限り、隠してるとわかった秘密はもう秘密じゃない。恨むなら、自分の軽率さを恨めよ」

 スバルの言葉の意味がわからず、ガーフィールは瞳を困惑で揺らめかせている。
 当然、彼には自分が詰られた『軽率』という単語の意味が理解できないはずだ。なぜならそれは、今の時点ではまだ発生していない彼の落ち度なのだから。

「……これ以上話しても、たぶん無駄だな」

 押し黙るガーフィールを見ながら、スバルは話の終わりを結論付ける。
 ガーフィールの警戒は最大限に高まり、その上で強情を張ってしまった。今は、あるいはこの周回では、もう彼の心を解きほぐすことは叶わないだろう。
 最初から今回のループでクリアできる勝算はほとんどなかったが、これで完全に潰えるとなると堪えるものがあった。

「ただ、な」

 ――それでも、耐えなくてはならない。

 自分の命を賭け金に勝負を挑むと決めた以上、この喪失感とはこの先も何度も何度も付き合っていかなくてはならないのだ。
 この痛みに慣れることも、忘れることも、あってはならないと思う。
 繰り返す『死』に慣れ切って、その先にある未来を心から望めなくなったとき、スバルの心はきっと影に呑み込まれて、戻ってこれなくなる。そんな気がするのだ。

「俺を止める気は、まだ残ってるか、ガーフィール?」

「…………」

「あるならあるで遠回りになるだけだ。ない方が助かる」

 仮にこの場で殺されたとしても、スバルが戻るのは数時間前の墓所の中だ。
 その後のイベントには消化試合の気配が漂うだろうが、こうしてガーフィールに連れ出されたとしても、今度は無難な対応で切り抜けることもできるだろう。
 もちろん、『死に戻り』を回避できるのならばそれに越したことはない。

 スバルの牽制に対して、ガーフィールからの応答はない。
 そのままスバルは彼に背を向けて、連れ出された森から『聖域』の中へ戻ろうとする。明日の行動予定と、確かめなくてはならないことを整理しなければならない。
 チャンスはスバルの根性分だけあるとしても、無駄遣いしていいわけではないのだ。

「てめェは……」

 遠ざかりかけたスバルを、ガーフィールの押し殺したような声が引き留めた。
 足を止めたが、スバルは振り返らない。そのスバルにガーフィールは、

「いったい、『聖域』を……ここを、どうしたいってんだ。俺様たちに、何をしようってんだよ、なァ、オイ」

「俺の目的は、言ったはずだぜ。エミリアを助ける。『聖域』に危害を加えるつもりも何もありゃしねぇよ。……お前らに何かしようなんてつもりも、ない」

 少なくとも、『聖域』に降りかかる災いは知っている。
 リューズや住民たちを、その災いから救い出したいと思っているし、そのために行動するつもりでもある。そこにガーフィールを含めるのも、当然だ。
 ただそれはあくまで最終結果であって、

「そこに辿り着くまでの間に、きっと何度も嫌な思いをさせるだろうな。それについては先に謝っておくよ。……悪いな」

「……わっかんねェよォ、何を言ってんだか。そんなとこまで、そっくりなにもかもあいつらと一緒じゃァねェか」

 理解できない不気味なものと相対したようなガーフィールの態度に、スバルはそれも仕方がないと諦めた心地で考える。
 理解してほしいとは思う。けれど、理解してもらえるとは思っていないから。

「やっかみ合うつもりはないんだ。明日から普通に……できなくてもいいけど、絡んでくるな。今夜はあったかくして早めに寝ろ。なんなら朝の日課も忘れて、明日の朝は寝坊もしちまえ。たまにゃ二度寝も――」

 立ち去る最後の言葉を投げかける途中で、ふいにスバルは言葉を途切れさせた。
 今しがた、自分自身で口にした内容に引っかかりを覚えたからだ。
 そしてそれは、スバルの中でまさかの形を結び――。

「その価値は、あるか」

「……あァ?」

「とにかく、今夜は終いだ、ガーフィール。お前の不安も心配も、俺がきっとどうにかしてやる。だからそのときまでは我慢して待ってろ」

「――! てめェ……!」

 終始、『今』ではなく『先』を見据えるスバルの発言に、ついにガーフィールが顔を上げる。
 彼は憤怒に顔を赤くして、牙を剥き出しに唾を飛ばしながら、

「上から目線で、えらっそうに並べ立てやがって……! 誰が、誰がてめェにどうにかしてくれなんて頼んだってんだよ。余計なことをするんじゃァねェよ! ここのことも、ババアたちのことも……お……何も! 何も知らねェくせに……ッ」

「知らないからこそ知っていく。そのために、俺はこうしているもんだと思ってるけどな」

「上辺だけ、表層だけ知っててめェに理解できるもんかよォ! へらへら笑って、夢みてェなことばっかり語って、耳心地のいい言葉で誤魔化す詐欺師野郎がァ」

「――――」

「痛ェ思いも辛ェ思いも知らねェくせに、わかったような口を利くんじゃねェ――!!」

 訳知り顔のスバルに、早口でまくし立ててガーフィールは絶叫する。
 夜の森の空に、吸い込まれるように消えていく罵声。

 上から目線で、知ったような口と態度で、何も知らないくせに余計なことを。
 ――なるほど、全部まったくその通りで、一つも反論の余地がない。

 だけれど、

「……知ってるよ」

「――――」

「『地獄』は知ってる。――もう、何度も、見てきた」

 この世の地獄があるとすれば、それはスバルが見てきた世界のことだ。
 何度となく訪れた世界に終わりで、スバルは目を背けたくなるような地獄を何度も何度も、その目に焼き付けて、思い知らされて、やってきた。
 だからこそ、

「『地獄』を知ってるのは俺だけでいい。そのために、俺がいるんだ」

 ――今は、そう思っている。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ガーフィールの慟哭に心を掻き毟られたあと、スバルは寝床である大聖堂には戻らなかった。
 本来ならば寝床に入り、ゆっくりと時間をかけて今後のプランを練らなくてはならないところだ。事実、さっきまではそうするつもりでいた。
 それを取りやめてまで、こうして遠出しているのには理由がある。

「……確か、こっちの方だったと思ったけど」

 生い茂る蔦を腕でよけて、道なき道を進みながらスバルは呟く。
 木々に月明かりが遮られて視界が悪く、ましてや足下は膝上まで背丈のある草が立ち並んでいておぼつかない。道らしい道のない地面は高さすら一定でなく、転ばないように苦慮しながら歩くので自然とスピードは遅い。

「方向感覚にはわりと自信あんだが、さすがに記憶が曖昧だな。落ち着いて周囲を見る余裕があったわけでもねぇし、仕方ないっちゃないんだが」

 自己弁護の言葉も弱々しく、周囲を見回しながらスバルは手探りに道を求める。
 今、スバルがいるのは『聖域』を外れた森の中――といっても、ガーフィールと話していた場所ではない。そこから一度『聖域』に戻り、改めて森に入ったのだ。
 その理由が何であるのかといえば――、

「あのとき、確かガーフィールはこっちの方から顔を出した」

 ループが始まる前――つまり、話は墓所での最初の『試練』の前まで遡る。
 『試練』を受けた日の朝、スバルはオットーを付き合わせて墓所に入り、自分に『試練』を受ける資格があるかどうかを確かめることをしていた。
 結果、墓所はスバルを受け入れて、その夜に『試練』に挑戦、過去と決着をつけるという機会を得られたのだが――問題はそこではない。

 あの朝、墓所の前でいつものように軽口のやり取りをするスバルとオットーの前に、ガーフィールは森の中から現れて合流した。聞けば、日課である『聖域』の見回りをこなしていたと彼は言っていたが。

「タイミングの良さと、あそこから出てきたってのが気になる」

 図ったようなタイミングでの登場と、出てきた地点が問題だった。
 墓所の横手の茂みから出てきたガーフィールの姿を思い出し、スバルはそこに既知感を覚えたのだ。記憶を探り、何が引っかかったのかを引っ張り出してきて、スバルはそのことに気付いた。

 ――ベアトリスに屋敷から『聖域』に転移させられた、謎の施設。

 スバルがあの施設から『聖域』に戻ったとき、出てきた地点があのときのガーフィールが戻った場所と近かった気がしたのだ。
 故にスバルは、あの施設に何かがあると当たりをつけて森に入った。今は施設への道を探して、夜の森を捜索しているところである。と、

「踏み固められた道……ってことは」

 草木の開けた場所が地続きになっているのを見て、スバルは誰かが定期的にこの場所を歩いている証拠だと判断する。その道を辿って森の奥へ進み、そのまま逸る気持ちに任せて早足で行くと――やがて視界が明るくなり、

「……見つけた」

 おんぼろの石造りの建物。崩落寸前の、化石じみた施設が森の奥、岩場を背にするようにして建造されているのがわかった。
 薄暗がりで見えにくい建物に近づき、外観をざっと確認してスバルは首をひねる。

「あれ、確か前に見たときは、ここってもっと壊れてたような気が……」

 建物の年忌ものっぷりまでは誤魔化せないが、スバルの記憶にあったものより破損状態が和らいでいる気がする。ありていにいえば、スバルが見たのは廃墟だったが、目の前にある建物はギリギリまだ建物としての体裁を保っていた。
 それはつまり、

「俺の記憶違いでなけりゃ、今から六日後までの間に、ここがもっと壊れるような事態が起きる……ってことか?」

 記憶と状況をすり合わせると、そういうこととしか思えない。
 そして事実がそう連なるのであれば、ここがスバルの期待した通り、『聖域』で起こる何がしかの事態に無関係であるということもないだろう。

 息を詰めて、スバルは慎重に気配を殺しながら入口の取っ手を回す。
 意外なほど静かな音を立てて扉が開き、饐えた臭いに出迎えられながら建物の中へと足を踏み入れた。

 相変わらず、散乱した備品の数々と手入れなどと無縁の荒れた出入り口。待合所か受付といった風情のそこを通り抜け、スバルは本命の部屋を目指す。
 通路を抜けて、最奥の扉――スバルがベアトリスの手で転移させられた先で、底が見えないほどの大穴が開けられていた部屋だ。

 開けた途端に落とし穴に出迎えられる。それを念頭に入れて、スバルは扉をゆっくりと押し開き、中の様子を確かめようと首を突っ込み、

「……おいおい」

 眼前に広がった光景に、思わず抑え切れなかった声が漏れてしまった。

 青白い光、乱反射するそれに顔を照らされて、眩しさに目を細めながらスバルはそれをはっきり直視する。
 目的の部屋、辿り着いた施設の最奥に存在したのは――、

「リューズさん、なのか……?」

 ――ひと抱えほどもある巨大な質量の中に、小さな女性を閉じ込めている、淡い青の輝きを放つクリスタルだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ