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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第四章 永遠の契約

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第四章12 『お茶会の土産』



「せっかく用意した空間が砕かれてしまったね。こう乱暴なのは……ミネルヴァあたりじゃないかな。あの子は少しばかり、手が出るのが早いから」

「少し……? 即行だったと思ったぞ。新感覚暴力ツンデレ系癒しロリ巨乳だった。要素詰めすぎてお腹いっぱいになったよ」

 無事に治った右腕を肩から回して、スバルは正面に佇むエキドナに悪態をつく。
 白髪の少女から感じるプレッシャーの質は変わっていない。それでも、なるほど彼女の目論見には多少なりの効果があったと思わざるをえまい。

「まぁ、差し向かいでお前と話をするぐらいの気分にはなったよ。確かにさっきの魔女たちに比べたらお前の方がなんぼか理性的……いや、怠惰の魔女さんだけはやたらと話が通じそうだったけど」

「セクメトはボクが言うのもなんだが、魔女の中でもっとも年長で理性的だったからね。ただ、怒らせたら半端じゃないんだが」

「半端じゃないって、怒ると恐いの?」

「いや、ボクらが束になっても敵わないんだ。たぶん、セクメト以外の魔女五人が結託しても彼女に勝てなかったと思うよ」

 椅子に座り直し、そう語るエキドナにスバルは疑惑の視線を送る。
 脳裏を過るのは赤紫の髪を伸ばした気だるげな女性だ。態度の節々から生気に欠けた無気力さの溢れていたあの人物が、魔女の中で抜きん出て強いというのは。

「っていうか、さっきから聞いてると、お前って『嫉妬の魔女』をはぶってる感がするよな」

「――これはひとつ、ボクと話をする上での忠告なんだが」

 一度も名前が出ない魔女のことを思い出してスバルが尋ねると、エキドナは口元に微笑みを浮かべて指をひとつ立てた。
 その指先を注視するスバルを眺めて、彼女は小首を傾けると、

「ボクは他の魔女たちを友人と思っているし、尊敬に値すると思っている。ボクは色々と欠陥の多い性格であるしね。長く付き合えた彼女らの存在はボクにとって寄る辺であり、救いだった。だから、ボクは彼女たちの魂をひとつ残らず蒐集している」

「……ちょっと聞き捨てならない感じがしたんですが、続けて」

「その魔女たちを滅ぼしたのが、『嫉妬の魔女』だ。――君は自分の友人をこれ以上ないほど惨たらしく殺した存在を、笑って口にできるのかな?」

 微笑みは変わらない。だが、その質が変わった。
 スバルの背筋を怖気が駆け上がり、気付けばスバルは彼女の意見を肯定するように何度も頷いていた。それを見届け、彼女は「そうだろう」と顎を引き、

「少し、空気が悪くなったね。口直しにお茶のお代わりはどうだい?」

「……ドナ茶をもう一回飲むような勇気はねぇよ。まともなお茶が入らないんなら、ここで飲食する気はない」

「魔女のお茶会に招かれるなんて、ボクの時代では羨望の的だったはずなんだが……やれやれ、時代と人は変わるものだね」

 スバルの分まで用意しようとしていたらしく、残念そうなエキドナは自分の分のカップにだけ茶を継ぎ足すとそれを口に運ぶ。
 彼女の言が正しければお茶の正体は彼女の体液。つまり、自分の生成した体液を自分で飲み干しているわけで、

「なんか兎とかって、自分のフン食べて永久機関みたいな話聞くよな」

「それらと一緒にされるのはやや屈辱だが……うん? それとも今のは遠回しに、大兎についての話でも聞きたいという意思表示かな?」

「大兎?」

 首を傾げる。どこかで聞いたことのある単語だ。
 記憶を探るように首を回して、その単語がどこで聞いたものか思い出した。そう、あれは確かリーファウス街道を駆けるパトラッシュの背の上で、

「白鯨と肩を並べるような魔獣……だったっけか。大兎と、黒蛇?」

「ダフネの負の遺産だね。いずれも彼女も手を焼いていた問題児ばかりだ。黒蛇はともかく、白鯨と大兎は方々で悪さを働いていると聞くからね」

「ちなみに白鯨だったらこないだ俺の活躍で討ち取ったとこだぜ。俺の活躍で」

 親指を己に向けて、スバルが自慢顔で鼻の穴を膨らませる。と、それを聞いたエキドナは初めてその黒瞳を驚きに見開き、

「へぇ、本当かい。すごいな、それは。君は見たところ、剣の腕も魔法使いとしての才の片鱗も見えないけど……よほどうまく、周りを動かしたのだろうね」

「単独撃破じゃないのが一瞬で見切られるのもさびしいぜ……! ひょっとしたら、俺が一人でズバッとやっつけたのかもしれねぇじゃねぇか」

「白鯨にせよ大兎にせよ、あれを単独で殺し切れる人間がいるとはにわかに考え難いな。ボクの時代でも、それをやれそうなのはレイドぐらいのものだろう」

 またしても知らない名前が出たことにスバルが眉を上げる。それを見た彼女は「ふむ」とその薄い唇に指を当てて、

「この時代には伝わっていないのかな? 彼の功績はけっこうなものだと思ったのだが。少なくとも、単独で成体含む十二もの龍を切って落とす真似は彼ぐらいにしかできないはずだよ」

「んや、俺がちょっととびきり常識というか一般知識に関しての理解が浅いというか。っていうか、すごいな、その人。どんだけだよ」

「――レイド・アストレア。『剣聖』の称号を与えられていたはずだけど、今は残っていないのかな?」

 エキドナの言葉に、スバルの脳裏でがっちりとピースがはまった。
 アストレア――それはラインハルトとヴィルヘルムの家名であり、現役剣聖と剣鬼をそれぞれ抱えている筋金入りの剣神に愛された一族だ。
 おそらく、その初代がレイド・アストレアなのだろう。

「おけ、納得した。残ってるよ、剣聖。今が何代目なのかは知らないけど、現役剣聖は俺のダチだ。たぶん、お前の知ってるご先祖様に負けないぐらい化け物」

「友人にずいぶんな言い方だ……と言いたいところだけど、レイドの常識外れぶりを知っていると君を笑うことができないな。さて、それで大兎の話だったかな?」

「あー、いや。大兎とか黒蛇の情報も興味は尽きないんだが……」

 喋りたがりが知識自慢をしたがっている気配だが、それにストップをかけてスバルは考える。聞きたいことは山ほどあるが、それら全てをいっぺんに消化してもスバルの頭がついていけない。
 本当に知りたいことだけ抜粋し、それらを詳しく追及する形がいいだろう。
 まず、直近で知りたいことから、

「えーっと、お前はエキドナ。『強欲の魔女』ですでに故人。ここまではいいよな?」

「最初に確認した通りだね。それで間違いないよ。ここはボクの夢の中であり、帰りたいときは一声かけてくれればいい」

「それはご配慮ありがとう。で、とりあえずの質問なんだが……」

 顎に手を当てて、白髪の少女をじろじろと眺める。彼女はスバルの不躾な視線を浴びながら、その透き通るような白い頬に手を当てて「なんだい?」と片目をつむった。

「最初に確認しておくべきだったと思うんだけど……そもそも、お前のどこが故人なんだよ。バリバリ日々を謳歌してるじゃねぇか」

「……ああ、なるほど。確かにその点についてはまったく説明していなかったね。ここまでその点にまるで触れなかった君も君だが、ボクもボクだった」

 手を叩き、エキドナは合点がいったとばかりに頷いてみせた。そんな彼女の仕草に同意を示しつつ、スバルは自分がどうかしていたなと頭を掻く。
 魔女出現のインパクトや、その後のドッキリ魔女たちの同窓会にも驚いていたせいで、そんな当たり前の質問すら出すのが遅れた。

「墓場で幽霊、ってなら別にそれでもいいんだけどよ。さすがにこんだけ干渉されると気のせいでしたで済ますのは無理があるっつーか」

「幽霊、というのは否定しないね。肉体を失った精神体であることは事実だ。さて、ボクがこうしているのが何故なのかと言われると……そうだね。抑止力のため、というのがもっとも正確な答えになるだろう」

「抑止力……? なんの……いや、なにに対するの方が正しいか?」

「鋭いね」

 スバルの答えに満足そうに頷き、エキドナは小さく拍手してみせる。それから彼女は空を、作り物の青空を手で示すと、

「ボクをこうしてこの地に繋ぎ止めているのはボルカニカ――神龍ボルカニカだ。聞いたことぐらいはあるんじゃないかな?」

「……確か、ルグニカ王国の王様とかと盟約を交わしてるっていうドラゴンのことだよな。王選の広間で、そんな名前を聞いた」

「そのボルカニカで合っているよ。ボクはその龍の力でこの墓所へ封じられている。ボルカニカがそうした理由は君の推察通り、『嫉妬の魔女』への抑止力だ」

 穏やかで理知的な眼差しをしているエキドナだが、彼女の口から『嫉妬の魔女』の言葉が紡がれるたびに、その瞳に険しい感情が刹那だけ走る。
 それだけ、彼女と『嫉妬の魔女』との間に存在する溝が大きいということだろう。

「今も封魔石に封じられる『嫉妬の魔女』だが、彼女の封印は盤石ではない。ボルカニカの寿命とて永遠ではないし、なにかの拍子に封印が解かれないとも限らない。あれを信奉する存在も少なからずいるし、天変地異で封魔石の一部だけが破損しないとも言い切れない。――故に、ボルカニカはボクの存在を残している」

「『嫉妬の魔女』が復活したとき、それに対抗する戦力として……か」

「もっとも、残った魔女がボクではボルカニカの期待に応えられるとは思えないがね。残すならセクメトを残すべきだったんだよ。問題はボルカニカ自身がセクメトと軋轢があったことだろうね。タコ殴りにされたことで苦手意識があったらしい」

 軽々しく龍と魔女の間の因縁について笑い飛ばすエキドナだが、それを聞かされたスバルの方は笑えない。
 龍と魔女との溝が人間関係のちょっとしたすれ違いみたいに語られるスケールにも思えなかったし、そもそも『怠惰の魔女』がドラゴンをタコ殴りにしたという話の方もどこまで信じていいものかわからない。

 なんと言っていいのかわからず押し黙るスバル。そんなスバルの前でエキドナは「ともあれ」と言葉を継ぎ、

「魔女であるボクと、神龍ボルカニカ。あとは『剣聖』と……賢者か。とりあえずそれだけ揃えば、仮に『嫉妬の魔女』が復活することがあったとしても対抗できるかもしれない。というのが、ボルカニカの儚い希望といったところか。ボクがこうして今も死後の恥をさらしているのにはそんな背景があるのさ」

「つまり、お前を自縛霊にしてるのはドラゴンってことでいいのか?」

「正確にはボルカニカの意思をメイザースの術式が繋いでいるというところだ。こうしてここに足を運んだ以上、メイザースぐらいは知っているだろう? あるいはもうこの家名も残っていないかもしれないが……」

「いや、メイザースは残ってるよ。ロズワール・L・メイザースがこの墓所含めた一帯の領主。で、俺の雇い主というか保護者というか変態というか……」

 魔女との関わり合いの根深さに呆れつつ、スバルはロズワールをどう説明したものかと頭を悩ませる。が、そんなスバルの迷いとは別に、エキドナはその形のいい眉をピクリと震わせて、「ロズワール?」と呟くと、

「すまないが今、ロズワールと言ったかい?」

「ん? ああ、そうだよ、ロズワールだ。あれ、知ってる?」

「知っていたら、おかしなことになるね。なにせボクは四百年ほど前の存在だ。同じ時代にその人物がいたとしたら、話が少しおかしくなってしまう」

 彼女の指摘にスバルも同意。唇を尖らせて道化面を思い出すスバルに、エキドナは「そうだな」と唇に指を当ててから、

「君の言うロズワールというのは、濃い灰色の髪を長く伸ばした人物だろうか。瞳の色は……確か黄色だったと思ったが」

「――いや、それなら違うな。俺の知ってるロズワールは髪の毛の色が藍色っつーか、俺の履いてたジーパンそっくりな色っつーか。あと、目の色も違う。あいつ、片目ずつ青と黄色で色違いの目ぇしてるから」

 特徴の違いにスバルは安堵の吐息を漏らし、それからふと考える。
 ロズワールはこの土地、『聖域』の管理について代々引き継いできたものであるとスバルに話した。それはつまり、この墓所にエキドナを封じるボルカニカとの盟約も引き継いできたということになるだろう。
 一族が代々継いできた役割。だとすれば、

「ひょっとすると、ロズワールの名前も襲名式なのかもしれない。たまに女の子が男丸出しの名前をつけられてる場合、そんな設定の漫画とかよく見るし」

「ロズワールを継ぐもの、か。だとすると、それはちょっとした悪夢だね」

 スバルの推論に納得したように頷き、それからエキドナはいくらかの疲れを覗かせながら肩をすくめた。らしくない態度にスバルが眉を寄せると、彼女は「いや」と言い、

「ボクの知るロズワールという人物は、少しばかり一途が過ぎる人柄をしていてね。ある目的のために一生を捧げかねない危うさがあった。仮に彼がボクの死後、なおも変わらないままであったなら……」

「自分の一生だけで飽き足らず、一族の時間までそれに捧げてるかもって?」

「そういうことだよ。いやはや、それは考えただけで恐ろしいことだ」

 その言いようのわりに、エキドナの口元には微笑が浮かんでいる。
 それはまるで、出来の悪い子どもを見守る親のようなものに見えたのはスバルの身間違いだろうか。いずれにせよ、

「お前が墓所にいる理由と、それを誰がやってるかはわかった。実際のとこどうなのかについては、夢から覚めたあとで現代版のロズワールに問い詰めてやる」

「それはご自由に。……それで、他に質問は?」

「もちろんあるぜ。次に聞きたいのは、試練だ。この墓所で行われるって聞いてる試練。それの内容を聞かせてほしい。あと、あったら模範解答も教えてくれ」

「出題者に問題文と一緒に答えを聞くなんて、無慈悲なことをするね、君」

「楽してずるしていただきかしらだよ。ショートカットできるならしない理由がないね。俺は攻略サイトちら見しながらゲームをプレイする人間だ」

 イベント取りこぼして二週目とかが面倒臭いからだ。
 と、そんなプレイヤーとしては雑なスバルの信念は別として、エキドナは考え込むように目をつむり、きっかり五秒後に瞳を開くと、

「試練、だったね」

「ああ、そうだ。なんぞ、試されちまうって話じゃねぇか。それをクリアできないと、俺の大事な女の子が困るんだよ。ホームシックにかかっても『聖域』から出られなくなっちまうんだ。もちろん、俺もその子置き去りにして帰るなんて選択肢ねぇしな」

 『聖域』の周囲に張り巡らされている結界のようなもの。それが彼女の出入りを拒むのであれば、弾かれないスバルもまた出入りするつもりはない。
 彼女が試練を突破し、二人で一緒にその壁を通り抜ける。
 そのためにできることはなんでもやろう。それがたとえ、

「カンニングであっても!」

「気合いを入れてくれているところ悪いんだが、試練についてはボクは知らないよ。ボクは関与してない。故に、内容はわからないんだ」

「なんでだよ!」

 その勢いが即座にせき止められてスバルは絶叫。それを聞き、エキドナは「仕方ないじゃないか」と首を横に振り、

「この場所がどこなのか知っているかい? ボクの墓所だよ? つまり、この墓所はボクの死後に作られた場所だ。そして君の語る試練はこの墓所の中で行われるんだろう? つまり墓所の試練はボクの死後に作られたものだよ。すでに故人のボクがそうそう干渉できるはずもないだろう?」

「こんだけバリバリ会話してて今さらそれで納得できねぇよ!」

「いずれにせよ、出題者はボクじゃない。だから試練については答えられない。むしろボクの方が試練について聞かせてもらいたいぐらいだよ。その内容、出題傾向、解答者の選別ともちろん問題の答えと、好奇心は尽きない」

 瞳を輝かせ、知識欲に瞳を輝かせ始める『強欲の魔女』。
 その欲求に素直な姿にため息をぶつけて、スバルは『試練』に関してのこれ以上は話を引っ張っても仕方がないと判断。
 そうなると、

「なんかあんまり、俺ってお前に聞きたいことねぇなぁ」

「……え? 嘘でしょ? そんなはずがないよ。だってボク、『強欲の魔女』なんだよ? 世界中のあらゆる人が、ボクの知識を求めて足を運んできたんだ。そのボクを前にして、自由に質問を許してるのに聞きたいことがないなんて……」

「だってお前、故人だから自分の死後に関してはあんまり知識ないんだろ? 俺が聞きたいことって現在進行形なことが多いから、そのあたりに無知な相手に無意味な質問してもなぁ……」

「いやいやいや、落ち着こうよ。確かに今どきの世の中には疎いけれど、代わりに昔のことならば知らないことはないぐらいだよ。四百年の時間をかけて風化していった、誰の記憶にも残っていない歴史の数々。それを知れるチャンスじゃないか。先の魔女たちの話もそうだ。もう、世界中のどこにも記録すら残っていないんじゃないかい」

「でも俺、あんまり魔女興味ないしな。聞いても全員故人だっていうし、考えることたくさんあるからその話聞いてもなんだかな……」

「ええぇ……」

 本格的にお暇したい流れに入るスバルを見て、エキドナの方が物足りなさに顔をしかめている。完全に立場が逆転している二人。
 とはいえ、スバルにとっては事実である。過去の魔女たちの悪行やら偉業やらがどれほどのものだったのか、興味があるといえばあるがないといえばない。聞いてどうなるものでもない、という点を踏まえれば実際あまり興味がない。
 かといって、それ以外にエキドナから聞き出せそうな有用な情報があるかと言われると、パッと出てこないのだが。

「あ、そういえば一個だけ思い出した」

「うんうん! いいよ、そうだよ。そうさ、あるだろうとも。なんでも聞いてくれていいよ。ボクの答えられることなら答えようじゃないか、さあ!」

 焦らされた分、スバルの質問に対するエキドナの食い付き方が半端ではない。
 魔女だなんて言われていても、根っこのところで人間臭さは消えないものだなと思いつつ、スバルは『聖域』のことを思い出し、

「この墓所がある『聖域』の住人なんだが、そいつはここを実験場とか呼んでたんだよ。どうも『強欲の魔女』の実験場って意味らしいんだが、ハーフ逃がさない結界があることといい、なんの実験をやってたのかとか……」

「言えない」

「聞かせてもらえたらって……」

 だが、その質問はばっさりと、表情を消したエキドナに切り捨てられていた。
 その取りつく島もない態度にスバルは思わず押し黙る。そのスバルの反応を見て、エキドナは自分の言葉の切れ味に気付いたのか気まずそうな顔をして、

「言い方が悪くてすまない。だが、言えないこともある。ボクはその質問に答えることはできない。言えないんじゃなく、言いたくないんだ」

「……いい印象の言葉じゃねぇよな、実験場。でも、お前は否定もしない」

「そこまでで止まってほしい。ボクは軽蔑されたいわけではないんだ」

 目を伏せ、エキドナはそれ以上の追及を拒んでいる。
 圧倒的な存在である魔女が、肩を小さくしてスバルにそう懇願したのだ。それを聞いてしまえば、それ以上の追及は諦めざるをえなかった。
 代わりにスバルの脳裏を過ったのは、

「そういえばお前の名前……ここにくる前にも聞いたことあった」

「…………」

 黙り続けているエキドナ。その彼女の前で、スバルは己の額に触れて記憶を回想する。『強欲の魔女』エキドナの名前。それは『聖域』にくる以前に、スバルの耳を何度か掠めていた名前であった。
 中でも、それを一番最初に聞いたのは、

「パックだ」

 王都を起点としたループの中で、スバルは三度もあの大精霊に殺されている。忌まわしくももっとも苦い記憶、巨大化したパックになぶられるように殺された回のことだ。
 あのとき、凍死するペテルギウスとパックの会話の中に、彼女の名前が飛び出したのだ。瀕死の重態であったスバルの意識は判然としておらず、今ここに至るまで思い出すことができずにいたが。

 その記憶を探り出したスバルの呟きを聞きつけ、エキドナは顔を上げた。

「パック……? まさか、それは猫の精霊の……?」

「――!? そう、そうだよ。猫の精霊だ。パック、知ってんのか?」

「知っているもなにも……彼はここにきているのか? だとしたら、いったいどこまで彼は思い出して?」

 思わぬ名前が出たことに驚くエキドナに、スバルの方も予想できない反応を得て驚いてしまう。彼女は早口にまくし立て、それからすぐに黙り込んでしまう。
 その鬼気迫る態度にスバルがなにも言えずにいると、彼女は考え込むようにさらに瞑目して熟考。

 どう言葉を繋ぐべきか、とスバルは視線を上げようとして、

「――ッあ!?」

 ふいに、腹の底で熱いものが存在を主張することに意識を奪われた。

「……ぉ、あ?」

 すさまじい熱量に胃袋を焼かれる感覚。スバルは呻き声を上げながら腹部に手を当てて、その場でふらふらと足をさまよわせる。
 ふいにわいた苦痛は尋常ではない。腹痛などとは比較対象にならない謎の苦しみに口の端を涎が伝う。立っていられず、その場に膝をついて、すぐに横倒しになった。

 そんなスバルを、

「ああ、やっと効いてきたようだね」

 と、冷たい瞳をたたえるエキドナが見下ろしていた。
 彼女はゆっくりと悶えるスバルに歩み寄ると、膝を折って倒れるスバルに顔を近づけ、口をぱくぱくとさせているスバルの前髪を払い、

「魔女の茶会に誘われたなら、安易に出されたものを口にしてはいけない。――勉強になったんじゃないかな」

「おま、え……まさか、毒でも……」

「それこそまさか、だよ。言ったろう? 君が飲んだのはボクの体液だ。根本的に人間などとは存在が異なる、魔女の一部。それを取り込んだんだよ」

 体液、という単語とその後のやり取りで、その内容を軽視していた事実をスバルは思い知る。その結果が、こうして苦しみ悶える現状というわけだ。
 目を見開き、スバルはエキドナを睨みつける。先ほどまでの友好的な態度はどこへやら。いったい、彼女はなにを目的としてこんなことを――、

「誤解しないでほしいんだが、ボクはなにも君に敵意や悪意を持ってこんなことをしているわけじゃない。むしろ、ボクは君の存在を好ましく思っている。ボクの一部を飲ませたのも、そのためだよ」

「わ、かるように、話、せよ……」

「簡単に説明するなら、君の中に眠る魔女因子が馴染みやすくなるように手を加えた……というところだね」

「魔女、因子……?」

 なおも尽きぬ熱に焦がされながら、スバルはその単語を必死で繰り返す。

 ――魔女因子。
 その単語もまた、幾度か耳にしたことのある単語だ。
 あるときはペテルギウスが。そしてまたあるときはベアトリスが口にした単語。

「『嫉妬の魔女』の使徒を殺しただろう? その使徒の死に際し、魔女因子は君の中へと滑り込んだ。……もっとも、君の中にはもっと別のなにかもありそうだが」

「それが、馴染んだところで……なに、が」

「さあ、なにが起こるんだろうね。正直なところ、ボクにもわからない。ただ、いつ爆発するかわからない爆弾を、被害が大きくならないうちに爆発させておいてあげようという心遣い、のようなものかな。夢の中でそれが済むなら、外に出て爆発しない分だけゆとりが持てるんじゃないかな」

 あっけらかんと語られて、スバルは意識が飛びそうになる苦しみに視界を明滅させる。だが、そんな中でもスバルはゆっくりと腕を持ち上げ、エキドナを指差し、

「今、思ったんだが……」

「うん?」

「お前の、その喋り方……パックに、そっくりだな。あの猫精霊様も、空気も読まずに、のんびりと、そんな口の利き方をしやがるんだ……」

 絞り出すようなスバルの言葉を聞いて、エキドナは一瞬だけ目をぱちくりさせた。
 そして、それからすぐに顔をくしゃくしゃにし、とびきりの冗談を聞いたようにお腹に手を当てて爆笑する。

「はは! ははは! ああ、なんともまあ、素敵だ! 君はすごいな。本当にそう思うよ。うん、うん、ああ、あはははは! なるほど、ボクがパックと。うんうん、そうだろうね。そうだろう。当然といえば当然の話だ。彼からすれば、手本になるようなものはボクしかいなかっただろうしね」

「なに、を――」

 言っている、と続けようとして、スバルはそれを続けられなかった。
 苦痛が全身を焦がすのに意識が奪われたわけではない。いつまでも続くと思われた苦しみはわずかに安らいできており、終わりが見え始めていた。
 だが、この苦しみを克服するよりもどうやら、

「逢瀬の時間は終わり、のようだね」

 徐々に徐々に、スバルの視界の中で世界の輪郭がぼやけていく。
 青々とした空が、緑に覆われた草原の丘が。二人が囲んでいた白いテーブルと椅子が、その像を結べなくなり始めていた。

「お前が終わりに、しようとしなきゃ終わらないんじゃ……」

「現実の方の時間が限界に達したんだよ。君の言う、『試練』というやつが始まってしまいそうなんだろう。始まってしまうと、墓所の機能は全てそちらへ向けられてしまう。幽霊一人に構っていられなくなるわけだ」

 軽い口調で言って、エキドナは倒れ込むスバルの額を指で撫でる。
 抵抗も反応もできないスバルに彼女は笑いかけ、

「さて、魔女のお茶会から帰るんだ。いくらか、差し出してもらおうか」

「……言っとくが、俺は奇々怪々の無一文だぞ」

「お金じゃない。対価は……そうだな。この空間の口外禁止、でどうだろう。同じような契約を結んでいるようだし、安いものだろう?」

 それはどういう意味で、と問い質す間もない。
 彼女はスバルの額に指を当てたまま、何事か小さな声で呟く。そして、その触れた指先が熱を持ったかと思えば、じんわりとしたそれはスバルの全身に一瞬で熱を伝えて、不可思議な理解をスバルに与えた。
 契約の内容と、侵してはならない一方的な約定、その結びつきを。

「勝手な、ことを……!」

「過去の話に、魔女因子の定着。これらの対価にしては安すぎると我ながら思うほどだよ。あと、ついでといってはなんだが、ひとつおまけもつけてあげよう」

 憤慨するスバルを笑い、彼女は触れたままの指先からさらに新たな熱を伝える。
 そして、その熱の結果は――、

「君に、墓所の試練を受ける資格を与えよう」

「――!?」

「これがあれば、君も夜の墓所の試練を受けられる。受けるかどうかは君の自由だ。受けないのもできる。けれど、君は君の大事な女の子の代わりに試練を受けるという選択肢を得た。――どうするかは、好きにするといい」

 世界の崩落が始まり、足下が少しずつ闇に溶けていく。
 今度こそ本当に世界の終焉が近づいてきていた。

 そして終わっていく世界で、スバルは寝そべったままエキドナを見上げている。
 望まぬ契約を結び、求めていない対価を押しつけ、悪びれもせずにスバルに笑いかけている少女――ああ、それはまぎれもなく、

「――お前、やっぱり、魔女だぜ」

「――ああ、そうだとも。ボクは悪い魔法使いなんだぜ?」

 そんなお決まりのやり取りを最後に、スバルの意識は夢から弾かれる。
 落ちていく、落ちていく。消えていく、消えていく。

 夢から弾かれて、浮上していく。
 そして、そしてスバルの意識は――魔女の夢から解き放たれた。

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