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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第四章 永遠の契約

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第四章9  『墓所』



「軟禁とはまた……穏やかじゃない単語が出てきたな……」

 寝台に横たわるロズワールと向き合い、スバルは告げられた言葉を吟味しながらどうにか言葉を絞り出す。話の流れを鑑みて、平時ならつまらないジョークだと笑い飛ばすこともできたかもしれないが、現状には嫌な信憑性があった。なにせ、

「それじゃまさか、ロズワールのそのケガは村の人たちに?」

 と、スバルと同じくその信憑性の大元に辿り着いたらしきエミリアが口にする。
 体中に包帯を巻き、うっすらと血のにじむ痛々しい姿でいるロズワール。その彼の姿がはっきりと、今の彼の言葉の真偽を証明している。笑い飛ばすことができないのもそれが理由だ。

「ロズワールにこんだけ大ケガさせられる奴が村の中にいるってなると、わりと笑いごとじゃねぇ状況ってことになるな……」

 顎に手を当て、彼我の戦力比を思い描きながらスバルは胸中に焦燥感を燃やす。
 ロズワール・L・メイザースの存在は、スバルにとって異世界での身元保証人という立場である以上に、非常に限られたレベルで優れた魔法使いという印象が強い。
 事実、ルグニカ王国における筆頭宮廷魔術師という立場にある彼の実力は、スバルが百人いても勝てないだろうジャガーノートの群れを鼻歌まじりに殲滅してみせるほど圧倒的なものだ。その彼をして、この様となると――。

「あ、勘違いしてるみたいだーぁけど、私のこのケガは誰かにやられたわーぁけじゃなーぁいからねぇ。変に警戒したりとか、私のために仇討とか考えなくてもだいじょーぉぶだよ?」

「安心しろ。お前のために命かけて無謀に挑むほど好感度が稼げてない……ってか、それってどういう意味だよ。さっきの話と食い違うぞ。お前、軟禁されてるって……」

「こうして負傷した私の身柄が拘束されてるわけだから、軟禁って言って間違いじゃなーぁいでしょ。軟禁目的でケガさせられたんじゃなくて、ケガした私が軟禁させられているってーぇこと。……詳しく話すと、それとも違うんだーぁけどね」

 回りくどいロズワールの物言いに、スバルの頭上に疑問符が飛び交う。噛み砕いて、どうにか落ち着けて文脈を整理してみるに、つまり、

「お前のケガに『聖域』の連中は無関係、ってことでいいのか?」

「厳密には無関係というわけじゃーぁないんだけど、ケガの直接的な原因が彼らかと問われれば違うと答える。つまり、そーぉゆぅこーぉと」

「つまり、間接的には関係あるってことだな」

 首を傾けていたロズワールが、スバルの指摘に鼻白むように瞬いた。それから彼は小さな吐息をこぼしつつ、「成長する子を見る気分だねぇ」と茶化す。
 その態度にスバルは核心の糸口に触れたと判断。追及の手をゆるめまいと、言葉を選んでロズワールへ問いを投げようとする。が、

「――バルス、少しはロズワール様を労わったらどうなの?」

 言いながら会話に割り込んだのは、これまでこの場面に参加していなかったラムだ。エプロンドレスの裾を揺らす少女は楚々とした足取りで部屋を横切り、その手に持った盆の上から湯気の立つ紅茶をテーブルへ並べる。
 かぐわしい香りが室内に立ち込め、嗅覚を刺激されたことでスバルは視野が狭くなっていた事実を思い知らされる。ついで、問い詰めようとしたロズワールの容態のパッと見のひどさにも。

「これだけ傷付いていらっしゃるロズワール様に詰め寄って、根掘り葉掘り聞き出して満足? 痛くて苦しくて、泣きそうなロズワール様がお労しい」

「反省させられたってのにする気なくなる言い方すんなぁ。そもそも、これが痛い苦しいで泣くような性質かよ、似合わねぇ」

「うぅ、痛いよーぅ、苦しいよーぅ。思いやりと気遣いの心に欠けた言葉が傷口に沁みちゃーぁうよぅ」

 ラムの文句に悪態で応じるスバル。そのスバルの台詞を揶揄するように、寝台の上でロズワールが小芝居を始める。苛立ちにスバルが眉根をひくつかせ始めるのと、咳払いしてエミリアが乱れた場の空気を揺り戻したのは同時。
 彼女は三人からの視線を集めながら、「とにかく」と前置きして、

「ロズワールの体調が思わしくないのは見ててもわかるから、なおさら早く話を終わらせましょう。治癒魔法はかけてないの?」

「治す方の魔法はラムは門外漢ですので……」

 無表情ながら悔しげなラムの答えに、エミリアは期待薄そうな目でロズワールを見る。その視線にロズワールは掲げた手をゆるゆると振り、

「同じく、破壊特化でしてーぇね。壊す、侵す、惑わすといった分野なら一通りなんでもこなせるんですが、こと癒す方面に関してはからっきしですよ」

「ひっでぇ話だな。攻めるより守る方の技術もちゃんと磨いとけっての」

 とはいえ、スバルも成長方針を自分で設定できるゲームであれば、攻撃系のスキルばかり充実させる超攻撃型の育成方針だ。ロズワールのことを強くは言えない。
 変な納得をスバルが得る傍ら、エミリアが「しょうがないんだから」と吐息し、

「パックがいないから本調子じゃないけど、治癒魔法は私がかけてあげる。集中しなきゃいけないから、まずは話を聞いてからだけど」

「大精霊様が?」

 ぴくり、とエミリアがこぼした内容に眉を上げ、ロズワールは続いて目を細めた。その表情はどこか冷たく、常々ゆるみ切った彼の表情としては珍しかったので、思わずスバルは「おいおい」と肩をすくめて、

「マジな顔とは珍しい。パックがいないのがそんな驚きか? お前が隠れモフリストとは気付かなかったけど……」

「生憎、大精霊様と触れられそうなほど接近したのはマヨネーズをあーんして差し上げたときだけだーぁよ。おっかないからね。――しかし、そーぅですか」

 スバルの軽口を聞き流すでもなく、ロズワールは思案げに眉を寄せる。それから彼はちらと黄色の瞳でエミリアを見つめると、

「エミリア様は体調が思わしくなかったり、普段と違う点はありませんかーぁね?」

「……? パックが顔を出してくれない以外は別に。そのパックが出てきてくれないのも、『聖域』にくる少し前から出し……そだ、でもひとつだけ」

 問いかけに指を立て、エミリアはそれからサッと視線を周囲へ――室内ではなく、屋外の『聖域』全域を見渡すようなアクションのあと、声をひそめて、

「この『聖域』……ううん、森に入ってからかも。精霊たちの反応が鈍い気がするの。それにさっき、外にいたときにはその……変な視線を感じたし」

「変な、視線?」

 思わぬ物言いにスバルが首をひねると、エミリアは「ええ」と顎を引いて肯定。彼女は先ほど、ガーフィールたちと別れた地点で表情を曇らせていた理由をそれだと説明した上で、

「ジッと見られてるみたいな視線。すごーく、嫌な感じがして……気のせいかもしれないと思ったから、スバルには言えなかったんだけど」

「そのエミリア様の感覚はどちらも間違いじゃーぁないですよ。この場所は精霊たちにとって居心地が悪く、さらにここの住人たちはエミリア様にとって居心地の悪い感情を抱えたものばーぁかーぁりですから」

 気遣わしげなエミリアの言葉に、しかしロズワールは配慮のない言葉を被せてくる。その内容に彼女が痛ましげに瞳を揺らすのを見て、スバルはとっさにロズワールに文句をつけようと口を開きかけたが、

「まァ、そこらにしとけーっつの。あんましケガ人に無理させるもんじゃァねェよ。『走りがけの斑クチバシが今アツイ』たァいえな」

「残念ながらそうだよな、と同意してやれるほど理解力が高くない。これちょっとした疑問なんだけど、俺とお前の間だけちゃんと言語翻訳成立してなくないか?」

 振り返り、開いた戸に背を預けて牙を見せるガーフィールにスバルは肩をすくめた。その仕草を見て彼は歯を噛み鳴らし、室内をぐるりと見回すと、

「ババアの家が一番広くてマシなはずでも、こんだけ人数がいると狭ッ苦しいもんだよなァ、オイ。やっぱあのうるせェ兄ちゃんは置いてきて正解だったな」

「そういやオットーが見当たらねぇけど……帰ったの? 食べちゃったの?」

 スバルの質問にエミリアがギョッとした顔をしたが、ガーフィールはとっておきの冗談を聞いたとばかりに大笑いして膝を叩いた。

「確かに俺様ァ肉食系の血が入ってっけど食いはしねェやな。特にあの兄ちゃんは食われる寸前でもうるさっそうじゃねェかよ。竜車と地竜が気になるやらなんやら……まァ、適当に理由つけて引っ込んでやがるぜ」

 片手を振り、乱暴な足取りで進むガーフィールは壁際の椅子にどっかり腰を下ろし、それから自身を横目にするラムを見上げると、

「茶」

「ちょっと外で落葉を拾ってくるから待っててくれる?」

「なんとなく予想ついてるけど、その拾ってきた落葉をどうするつもりで拾うの?」

「香りも味わいも確かめない輩のために、貴重な茶葉を浪費するつもりにはならないわ。というのが、ラムの答えよ」

 辛辣に言い切り、それからラムは本気で建物の外へ出ていってしまう。そんな彼女の背中を指差し、スバルは言外に「どこがいいの?」という意思を込めてガーフィールを見る。それを受け、彼は出ていく彼女の背を視線で追いかけながら、

「気ィが強い女の方が挑み甲斐があんだろっが。それに雄としても、強くて優秀な雌に引き寄せられるってェのもおかしな話じゃねェ」

「オスとかメスとか、ヒヨコの選別じゃねぇんだからピヨピヨ連呼するもんじゃねぇよ。あれでもきっちり乙女してるぜ、ラムは。それを……」

「あァ? なに言ってやがんだよ。この上ねェほどちゃァんと女扱いしてんだろが。っつか、その前に俺様たちが……」

 あまりに極端な物言いにスバルが苦言を呈すと、顔をしかめるガーフィールが何事かに気付いたように眉を上げた。それから彼はすぐに不機嫌そうな顔つきになると、寝台に横たわるロズワールへと険のこもった視線を尖らせ、

「てめェ、まだ話してやがらねェのか。ただてめェがボロクズになってるだけってんなら笑い話にしてやっけどなァ。そこのハーフエルフが……エミリア様がきちまったってんなら話は別だろうが」

「――え?」

 苛立ちを舌に乗せて言い放つガーフィール。彼のその発言の最中に、自分の名前が出てきたことにエミリアが驚く。が、彼女のその驚きに取り合わず、ガーフィールはなおも怒りを滲ませたままの表情でロズワールに噛みつく。

「エミリア様が『聖域』に入った時点で、事の問題は俺様たちまで巻き込んでってことになんだよ。それをなんだァ? まだ肝心の話にすら入っちゃァいねェ。てめェら、ここに遊びにきたってのかよ」

 後半の怒りはロズワールだけでなく、押し黙るスバルたちにも向けられていた。特にエミリアを見る彼の視線に宿る激怒は只事ではなく、小さく肩を縮めた彼女を庇うようにスバルは前に立ち、

「待てって。お前が怒ってるってのはわかるけど、その怒り出した理由がこっちにゃ見当もついてない。わかってない相手と話しても苛立つばっかだろ?」

「それが気にいらねェって言ってんだろが。当事者がそんなんで……」

「その当事者蔑ろにして話進めてんのがお前と、そこのロズワールだろうが。ちゃんとその問題に関わって悩んでどうにかしてほしいって思うんなら説明責任を果たせよ。なにも話さないでわかってもらおうなんて、ちょっと前の俺ぐらい図々しいぜ」

 向かい合いながら、スバルは今の言葉に一段とガーフィールからの圧迫感が強まるのを感じる。ガーフィールの背丈はスバルより低く、今は座ってさえいるために高低差がかなりある。にも関わらず、その小柄さがまったく感じられない。否、発される威圧感の質を思えば、スバルにはガーフィールが大岩のようにすら思えた。
 生来のスバルの小胆を思えば、目をそらして一歩下がっても仕方ないほどの。
 でも、

「……スバル」

 ギュッと、スバルは自分の服の裾にか細い指が絡むのを感じている。頼りなげな声音が自分を呼ぶ声が耳朶に滑り込み、笑いそうになる膝に活力を与えていた。
 背後に、エミリアが立っている。彼女が不安げに、スバルに頼っている。
 その彼女の前で膝を折るなど、そんなかっこ悪い真似ができてたまるものか。

「――ちっ」

 そのまま黙って眼力の交換をし合っていると、先に視線を外したのはガーフィールの方だった。彼は舌打ちして背もたれに体重を預けると、その短い金髪に指を差し込んで乱暴に掻き毟り、

「あァっだよ! わァってんよ、今のはただの八つ当たりだ! カッとなっちまったんだよ、悪かったっつってんだろ、オイ!」

「いや、言われてねぇし。それ以前にお前、面倒臭い性格とか言われない?」

 感情的になって視野が狭まるわりに、すぐに客観的な部分を取り戻して非を認められる。それはひどく難儀な性格に思えて、スバルは憤慨より先に苦笑してしまう。
 それを受け、ガーフィールは「はァ」と似合わないため息をこぼし、

「うっせ。俺様ァちと黙ってっから、その間に話進めろや。俺様が混じると話が進まなくなってややっこしいことになっからよォ」

「そこまで自己分析できてんのに改めねぇの一周回ってすげぇな」

「褒めても無駄だぜ、理解力が低いっからな。と」

 呆れを通り越して感心するスバルにガーフィールが鼻を鳴らす。と、その彼に外から戻ったラムが湯気の立つ紅茶を差し出した。

「粗茶そのものよ」

「普通はもうちょっとへりくだって出すときの台詞じゃねぇ?」

 ラムは「そうだったかしら」と澄まし顔で受け流し、ガーフィールは受け取った紅茶を熱いだろうに一気に喉に流し込む。肉食系ではあるが猫舌ではないらしい。彼がそうやってカップをひと息に空にしてしまうと、それを見たラムは深い吐息をし、

「お茶の淹れ甲斐が相変わらずない男だこと。ラムには合わないわ」

「葉っぱの味がするだけだろっが。喉が潤うんなら水でも一緒だ。なァ?」

「お茶が葉っぱの味しかしないってのは同意見だが、さすがにそんだけの極論に頷くのは抵抗があんな。ラム、もう片方のお茶も飲ませてやったら?」

 スバルが指摘すると、ラムはもう片方の手に持っていたカップをガーフィールに差し出す。波打つ色合いがやや『枯葉色』のそれがなんなのか、遠目からでもうっすら気付いていながらスバルは止めない。むしろ推奨。

「なんだよ、気ィ利くじゃねェか。一杯じゃ足りねェってのがよくわかって……がふっ! あァ!? オイ、これてめェただの葉っぱの汁じゃ……ッ」

「喉が潤うなら水でも紅茶でも葉っぱ汁でも一緒でしょう? 一度、口をつけたからには飲み干しなさい。残すならねじり切るわよ」

 どこを、とは言わずにラムはガーフィールの股間のあたりを睨みつける。それだけで彼女の狙いが急所だとわかり、スバルは思わずヒュンとなる感覚に足を畳む。しぶしぶとカップの中身を飲み干し、苦さに顔をしかめるガーフィール。その傍ら、それまで会話を見守っていたロズワールがふいに噴き出し、

「あはーぁ。君たち、わーぁたしの体調を心配して休ませてくれる気はあるの? それとも笑わせて傷を開かせようってーぇ魂胆なのかい。だとしたら、その狙いは今のところ成功しているとーぉも」

 言いながら、ロズワールは胸の上あたりの包帯を軽く押さえて苦笑い。事実、うっすらとそこから赤い色が白い生地に広がり始めているのが見えた。
 途端、それまでの弛緩した雰囲気は一変し、顔色を変えたラムがロズワールに近寄り、そっと傷口を押さえるロズワールの手に上から掌を重ねて、

「申し訳ありません、ロズワール様。ラムがついていながら……」

「っていうか、駄目押ししたのお前のお茶目だったよな?」

 茶々入れは鋭い視線でこちらを射抜くラムに黙らされて、スバルはお口にチャックしてロズワールの状態を見守る。ともあれ、出血はあったものの大事には至っていない様子だ。おそらくは負傷したてでようやく血が止まった頃合い――そもそも、もっとも養生していなくてはならないタイミングだったのだろう。

「ロズワール、やっぱり治療を……」

「いーぃえ、それには及びませんよ、エミリア様」

 スバルと同じ結論に達したエミリアが、精霊を周囲に浮かべてロズワールへ歩み寄ろうとする。が、それは当のロズワール本人の首振りによって押し止められた。青白い燐光を放つ精霊が、主の戸惑いにつられるように揺れる。
 そのエミリアの白い横顔を見ながら、スバルは気付いた。

 ――精霊を浮かべるエミリアのことを、ガーフィールが得体の知れないほど感情の凍えた瞳で見つめていることに。

「今は私の負傷なんて些事よりも優先すべきことがありますかーぁらね。こちらは命に別状があるわけじゃーぁないですから、そちらを優先していただいて」

「そんなこと言われてもできるわけないじゃない。ケガしてる人がいて、それを置き去りにして別のことなんて……」

「それが玉座に座るために必要なことだと言っても、ですか?」

 いつものエミリア節が炸裂し、強引にでも治療が始まろうという場面が凍る。エミリアは告げられた言葉に頬を強張らせて、紫紺の瞳を大きく見開いていた。それを正面から受け止める黄色の眼は鋭く、その内側を覗き込むように妖しく輝き、

「この『聖域』はメイザース家にとっては代々受け継いできただけの土地でしかありませんが、エミリア様の今後にとっては大きな……そう、おーぉきな意味を持っています。故にいずれ、必ずお招きするつもりでいました。――少々、こちらの予定より早くの訪問となってしまいましたがーぁね」

「私に必要……? ねえ、それってどういう意味で……」

「この『聖域』が抱える問題は即ち、エミリア様の抱える問題と近しい。故に、この場所でなら見つかるかもしれません。エミリア様の、拠り所が」

「――っ!?」

 凝然と、エミリアの表情が変わるのをスバルは見た。その変化を促したロズワールは彼女の表情を見守りながら、その一憂を思惑通りと受け止めたらしい。一方で二人の間の感情のやり取りが読み取れず、スバルは歯がゆい感覚を持て余していた。
 だが、その歯がゆさが言葉になるより先に、ロズワールは黙るガーフィールを指差し、

「ご指名だ、ガーフィール。二人に『聖域』の案内を――いや、墓所への案内を」

「――へェ、いいのかよ」

 空にしたカップの取っ手の指をかけ、陶器を揺らすガーフィールが低い声で笑う。問いかけにロズワールは顎を引き、傷口の包帯を換えようとしているラムの桃色の髪を軽く撫でながら、

「まずは状況を知ってもらうことこそが肝要だーぁからね。事情の説明その他は日が沈んでからでもできるけーぇど、墓所はそうはいかない」

「あァ、そうか、もうすぐ日が落ちるからな。そうなったら単純な話でもなくなっちまうか。いいぜ、案内は引き受けてやんよ」

 立ち上がり、ガーフィールは座っていた椅子にカップを置くとスバルたちへ振り返る。当事者なのに置き去りの二人を見て、彼は首を傾げながら犬歯を見せて口を開き、

「呆けた面してんじゃねェよ。『暴れホイコロも昨日のことのよう』なんて間抜けなことになりたくなきゃァとっとと行こうぜ」

「待て待て待てって。話についていけてねぇよ。そもそも、ロズワールとの話だって全然なんにも片付いてねぇんだぞ。せめてそっち先に……」

「傷が開いたのよ。包帯を換えて安静にしていただくのが優先だわ。バルスたちはロズワール様の言いつけ通り、先に墓所へ向かいなさい」

 強引なガーフィールに反論するが、それはラムの敢然とした声に遮られる。振り返るスバルに彼女は常の冷たい視線を向け、寝台のシーツに手を置きながら、

「落ち着いて、夜になったら話をしましょう。ロズワール様はお逃げになったりしないわ。でも、墓所は日没までに行かないと逃げるのよ」

「そんなアクティブな墓場聞いたことねぇよ」

 頭を掻いて応じながら、スバルは自分の横顔にエミリアの視線が刺さっているのを感じている。彼女の瞳は力ない感情に揺れており、どうやら行動の決定権をスバルへ委ねている様子だ。
 この場に留まってロズワールと話をつけるか。それとも彼らの意に乗ってガーフィールから墓所への案内を受けるか。――答えは決まっている。

「わかった。墓所ってとこへ行く。それが必要なんだろ? 戻ったら絶対にちゃんと話聞かせてもらうからな」

「わーぁるいね、こんなことになって。もーっとばっちり、夜になったら色んなことを話そうじゃーぁないの」

 スバルの意見にエミリアが肩の力を抜き、聞いたロズワールが満足げに頷く。ガーフィールとラムも納得した様子で、二人はそれぞれのやることを為すために行動に移り始める。が、それらの前にスバルは「一個だけ」と指を立てて、

「墓所に行く前に聞いときたいことがある」

「んー、別にいいよ? 簡単に答えられることならなんなりとどーぅぞ」

「じゃ、お言葉に甘えて。――レムって名前に、聞き覚えはないか?」

 一度区切ったとみせかけて、本命の質問を差し出すスバル。そのスバルの問いかけに最初に反応したのはラムだ。といっても、それはスバルの求める反応ではない。
 その名前を耳に入れた瞬間、ラムは未知の単語を聞いたように首を傾げたのだ。そのことにスバルが落胆する中、ロズワールが小さく口の中でその名前を反芻し、

「……どうなんだ?」

「ふむ。悪いけど、聞き覚えはちょっとなーぁいかな。雰囲気はラムに似た名前だけど、言い間違えたわけじゃーぁないだろうし」

「そ……か。いや、いいんだ。覚えがないなら、仕方ない。仕方、ないんだ」

 俯き、スバルは首を横に振ってその答えを受け入れる。
 ラムと、そしてロズワールの答えはスバルの淡い期待を軽く打ち砕いていった。レムにとってもっとも付き合いの長いであろう二人。レムが身命を捧げるほど慕っていた二人ですら、彼女の存在を忘却している。
 その事実はすっぽりと、スバルの空の内側へと収まった。そしてなおのことはっきりと自覚する。

 ――やはりこの世界で、彼女のことを記憶していられるのは自分だけなのだと。

「スバル、大丈夫?」

 気遣わしげな声音で、エミリアがそっとスバルの袖に触れてくる。その指先の優しい感触を味わいながら、スバルは沈んだ顔色を彼女に見られまいと一度目をつむり、それから無理やりに頬を持ち上げて、

「大丈夫だって。変に期待とかしてたわけじゃねぇし、こんなこともあるわなってぐらいで。――どうにかしてやらなきゃいけないって、そんな覚悟が固まったよ」

「うん。どうにかしましょう。私も、手伝うから」

 スバルの決意にエミリアが頷き、協力を惜しまないことを確約してくれる。彼女のその思いやりにささくれた心を癒されながら、スバルは肩をすくめて、

「レムの復活ってことは、俺のこのエミリアたんに一心に注がれる愛情の向かう先が分かれることになるけど、嫉妬とかしない?」

「スバルが私に向けてくれる気持ちの量が、それで減るならするかも。でも、そうじゃないんでしょ? 私の分とレムさんの分と、ちゃんと用意してるって言ってたもん」

 スバルの口説きパターンからの軽口に、しかしエミリアは思わぬ反撃。スバルがその言葉にたじろいで言葉を継げずにいると、彼女はわずかに頬を赤らめながらしてやったりと微笑み、

「行きましょ、スバル。私も、早くラムとレムさんを会わせてあげたいと思うもの」

「あ、ああ、そうだな。うん、そうだよな」

 たとえ覚えていなかったとしても、双子の姉妹の再会だ。その出会いが記憶に呼びかけるものが、失われてしまった愛情に震えをもたらすことがあるかもしれない。
 そんなか細い希望にでも、縋っていく意味があるというのなら。

「バルス」

 と、先に出たガーフィールの背中を追ってエミリアが退室し、スバルもそれに続こうとしたのを背後からの声が呼び止める。
 見れば、すぐ側にまで歩み寄ってきていたラムだ。彼女はロズワールの交換用の包帯を手にしながら、スバルの側へと近づいてきており、

「どうした? 包帯プレイなら、俺が出てったあとで存分にロズワールと……」

「墓所に入るのはエミリア様だけよ。バルスは絶対に、入らないで」

 軽口を遮られ、それもラムの鋭い声の調子に気勢すらも挫かれた。
 ラムは声をひそめて、ロズワールにすら聞こえないような声音でそれを告げた。眉根を寄せるスバルに、彼女は念押しするように再度、

「――魔女の妄念に囚われたくなければ、墓所には絶対に入らないで」

 と、繰り返したのだった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ――墓所の中の空気は冷たく澄んでいて、その字面とは趣の異なる清涼な雰囲気を伴ってスバルを出迎えていた。

 一歩、足を踏み出すごとに靴音が反響し、否応なしに自分の存在がこの場にあるのだと主張させられてしまう。だが、この靴音がかえって心に安らぎをもたらしてくれてもいた。

 ――ほんの数メートル先すらも確かでない闇の中、自分の存在すらも揺らぐような瘴気の中にあってはそれすらも救いになるのだ。

 自分の立ち位置もわからず、寄りかかろうにも壁を見失って久しい。歩けども歩けども道の終端に辿り着かず、スバルは自分が立ち止まっている錯覚すら覚える。
 しかし、靴音だけがそれを否定する。確かに響く靴音だけはスバルの存在を、その足取りの確かさを保障してくれており、それだけを頼りに前へ進み続ける。

 すでにどれだけの時間が経過したのか、闇の中では当たりをつけることもできない。思考すら曖昧になり、呼びかけを諦めた喉は凍りついている。これだけ歩いているのに疲労感は訪れず、それどころか四肢の感覚すらおぼろげになっていた。

 それでも歩き続ける。歩かなくてはならない。それをやめてはならない。
 立ち止まることは許されない。歩き続けなくては。背負った荷物の重さに屈しそうになったとしても、歯を食い縛って歩き続けなくてはならない。
 そうでなくて、どうして自分は彼女に――。

「――なるほど、それが君の根幹。なかなか興味深いことだね」

 ふいに声が響き、唐突に終わりを見失った永遠に終幕が訪れる。
 どこまでもどこまでも続いていくとしか思えなかった闇は瞬きの間に晴れて、世界の果てよりなお遠いと思われたはずの広大な世界が石造りの狭い通路へ作り変わった。靴裏は土埃の積もった足下を踏んで足音など立たず、なにより胸が悪くなるような汚れた空気が蔓延している。

 さっきまでの世界とまるで違う、現実味のある古びた遺跡――墓所に入る以前に感じたそれ通りの光景が展開され、スバルは言葉を見失った。
 その彼の前に、ふと誰かが歩み寄ってくる。それは――、

「からかうような歓迎になってしまったのは申し訳ない。ボクとしてはそんなつもりはなかったんだが、どうにもこの身は強欲なものでね。知りたいという欲求から逃れることができないんだ」

 真っ白な、処女雪の降り積もる雪原のように白い印象の少女だった。
 背中にかかるほどの長さの髪は雪を映したような儚げな純白で、露出の少ない肌もまた透き通るほどに美しい。理知的な輝きを灯す双眸と、身にまとう簡素な衣装のみが漆黒で、二色で表現できる彼女を端的なまでの美しさで飾りつけている。

 目にすれば、誰もが見惚れてしまうほどの美貌――だが、それを前にスバルの全身はかつてないほど圧倒的な怖気に襲われていた。
 初めて『白鯨』と遭遇したときでも、これほどの圧迫感はなかった。

 言葉をなくすスバルの前で、少女は自らの白い髪を揺らして目を細めて、それからすぐに合点がいったと小さく頷き、

「これは失礼。ボクとしたことが自己紹介のひとつもしていなかったね。重ね重ねの非礼、申し訳ない。人と接するのが久しぶりなものだから調子が戻らないようだ」

 声音の調子と違い、表情をほとんど変えないまま少女はかすかに首を振った。
 それから、なおも戦慄に押し黙り続けるスバルを見て、彼女は己の胸に手を当てると静かに名乗った。

「ボクの名前はエキドナ。強欲の魔女と名乗った方が、通りがいいかな?」

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