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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第四章 永遠の契約

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第四章8  『待ちかねた再会』

 舗装されていない道を進んでいるにも関わらず、車内にその揺れが及ぼす影響はごくごく軽微。何度味わっても、実際に利用するに至ってもこの『加護』とやらは不可思議な効力を持っているものだと思う。
 『風除け』の加護の効能だけでこれなのだから、数多ある加護の全てをひも解いていけば、不思議現象以外の言葉でこれらを表すこともできそうだが。

「なんて、現実逃避な考察してる場合じゃねぇか」

 御者台から首だけを前に伸ばし、スバルはオットーの脇から正面――到着を目前に控えた『聖域』の、その外観に目を凝らしていた。
 かろうじて道らしき緑を除けられた土の上を進み、ほんの百数十メートルほどのところに森の開けた場所がある。点々といくつか木造りの屋根が遠間に見え、それらが『聖域』に住まう人々の家々なのだろうとあたりをつけさせた。こうして遠巻きに見た限りでは、寒村の気配こそあるが特別目を引く理由もない。
 しいて感想を述べるのであれば、

「辛気臭い雰囲気が漂ってるな……」

 『聖域』の入口、ひどく古びた石でできた門がさらにそのイメージを強調しており、背の低い柵に囲まれた村からは閉鎖的な印象が感じられる。
 その様子に思わず出たスバルの感想、それを聞きつけてガーフィールは自分の膝を勢いよく叩き、

「そっうなんだよ。辛気臭ェ場所だろ? 言っとくが、中にいる連中はもっと辛気臭ェぜ? どいつもこいつもしけた面しやァがって、生きてんのに死んでやがっからな」

「ボロクソ言いやがるな、お前。しかし、それ聞くとますます『聖域』ってイメージから遠ざかる。それこそ……」

 皮肉な内容を楽しげに肯定してくるガーフィールに吐息をぶつけ、スバルは先の彼の発言を思い返す。『聖域』とこの場所を呼んだスバルたちに対し、彼は自嘲的な感情を隠さずに言ったのだ。そう――、

「強欲の魔女の墓場、ってどういう意味なの?」

 スバルが達したものと同じ疑問に、エミリアも辿り着いた様子だった。
 問いを発する彼女の瞳は毅然としていたが、そっと見えないように伸ばされた指先がスバルの服の裾に甘く絡んでいる。頼られている事実にそっと満足感を覚えながら、しかし彼女の不安感の出所に心当たりがあるスバルは複雑な思いを抱く。

「魔女――基本的に、『魔女』と名のつく存在は嫉妬の魔女のことって周知されてる。他の大罪を冠した魔女のことなんて、ほとんど知れ渡ってないもの」

「え、そうなの? でも、四百年前から有名な連中だったんじゃなかったけか?」

「エミリア様の言い分で間違いねェよ。あー、スバルでいいか。嫉妬の魔女が有名すぎて霞むとかじゃねェんだ。嫉妬の魔女に食われた他の魔女の記録は、ほっとんどどっこにも残っちゃァいねェ。けどま、例外もあるっちゃァある」

「ここがそう、だっていうこと?」

 スバルの疑問を引き継いだガーフィールが、エミリアのその問いに顎を引く。そのことにエミリアは衝撃を覚えたように目を見開いているが、魔女関係への造詣が深くないスバルにとっては「そういうものなのか」で納得できる話だ。
 否、ふとわいた疑念がその暢気な気持ちを吹き飛ばす。魔女が複数いるなら、

「ま、まさか魔女教徒とかって各魔女ごとにいたりとかしないよね? 大罪司教のひとりぶっちめるだけでどんだけ苦労したと思ってんだ、勘弁してくれ」

 走った悪寒の理由はまさにこれで、無視できない要素であると考える。
 ペテルギウスはその発言の端々から読み取れたように、嫉妬の魔女であるサテラを信奉する一派の幹部であったと考えていいだろう。いずれスバルが必ず倒さなくてはならない『暴食』や『強欲』といった面子もまた、その同類のはずだ。
 が、もしも仮に他の魔女を信奉する一派も存在するのであれば――、

「おっかない話してますけど、その心配はいりませんよ、ナツキさん」

 だが、スバルの背筋を駆け上がった悪寒を否定してくれたのは、手綱を握って前を向くままのオットーだった。そもそも魔女教に関して無知なエミリアや、イマイチ信用の置けないガーフィールと違い、オットーは信頼値と民間感覚において期待が持てる。オットーの知る知識は、おそらく市井のそれと判断していいだろうからだ。

「魔女教……なんてあまり口に出したくもありませんが、彼らが崇めるのは嫉妬の魔女だけです。他の魔女は嫉妬の魔女以上に口に出すのもはばかれるってなもんです」

「嫉妬の魔女より……? どゆこと? 嫉妬の魔女より性質が悪いってこと?」

「信奉する魔女以外の名前を聞いたとき、魔女教徒がなにをやらかすのかわからなくて恐ろしいってことですよ。南のヴォラキア帝国で、都市ひとつ壊滅した騒ぎをご存知ですか?」

 オットーの振ってきた話題に、スバルは以前に聞いたことのある話を思い出す。ペテルギウス討伐の際、魔女教徒の恐ろしさを語る上でヴィルヘルムがスバルに話してくれた内容だ。確かそれは、

「『強欲』の大罪司教がひとりで、そのなんちゃら帝国の都市を一個落としたって話だろ。英雄がいても止められなかったとかなんとか」

「そのやらかした内容が派手すぎて印象が薄いんですけど、そもそもそれを魔女教徒がやった理由っていうのがおっかないんです。その都市は閉鎖的なヴォラキアでゆいいつといっていいぐらい交易が盛んな都市だったんですが……魔女縁の出土品が出たって噂があったらしくてですね」

「魔女縁、ね」

「モノがなんだったのかは今をもって不明ですよ。ただ、そんなものでも欲しがる好事家はいくらでもいます。それが嫉妬の魔女のモノだったっていうならただの悪趣味で済んだんでしょうが……結果は、都市がひとつ滅ぶに至りました」

 その出土品を求めて、あるいは抹消するのを目的に『強欲』が動いたということなのだろう。ヴォラキア帝国は徒に魔女教徒を刺激してしまい、結果としてひどいしっぺ返しを受ける羽目になったというわけだ。

「以来、嫉妬の魔女以外との関わり合いは、連中を刺激するということで御法度ということに。……それでも、裏で取引きする恥知らずは後を絶ちませんけど」

「珍しく毒吐くじゃねぇか。なんか、引っかかることでもあるのかよ」

「……大したことじゃありませんよ。当時のその都市に、親類がいて巻き込まれたってだけの話です。もう十五年以上前で、子どもだった僕には関係ない話ですが」

 それきり、口を結んだオットーはこれ以上の話題の追及を拒んでいた。その態度に仕方なく続きを諦めて、スバルは頬を掻きながら車内の方へ意識を戻す。
 ともあれ、認識の齟齬をすり合わせたスバルを待っていたガーフィールは「満ッ足したかよ」と顎に手を触れて、

「細かいこたァ俺様も知らねェ。っけど、ここが強欲の魔女の墓場だってのはジジイババアが『聞いた端から爛れるペロミオ』ってぐらい繰り返すっから間違いねェ」

「なにが爛れてんのか興味は尽きねぇけど、お前も詳しく知ってるわけじゃないのな」

「俺様は俺様が最強ってことにしか興味ねェよ。詳しい話が聞きたきゃそれっこそロズワールの胸倉掴んで聞き出すっきゃねェだろな。今、できるかは知らねェが」

「――? それってどういう……」

「すみません。到着した様子なんですが、これそのまま中に入っても?」

 意味深なガーフィールの言葉、だがそれを確かめるより早く、前方の御者台からオットーが声をかけてくる方が早かった。オットーの呼びかけにガーフィールが「しゃァねェなァ」とこぼし、竜車からふらりと飛び下りる。

「このまんま話も通さずに中入れたら、余所者の侵入者だっつってビビり共の総攻撃で『穴だらけのマグマリンが笑う』にそっくりになっちまう。話してきてやっから少しだけ待ってろや」

「ああ、頼む。っていうか、そういえばお前って『聖域』のための見回りとかそんな感じの立場だったんだよな。俺らと遭遇したときの状況からいって」

 そのわりに、その役割をあっさりと放棄したような気がするのが首ひねりの原因。哨戒行為をひとりでしていた点にも。もっとも、彼ぐらいの実力者であるならば単独行動の方が効率がいいのかもしれないが。
 スバルのその質問にガーフィールは掌をひらひらと振るだけで答えない。要領を得ない彼にスバルが眉を寄せるのと、隣でエミリアが「あ」と小さく声を上げるのとはほとんど同時のことだった。

 驚きの声を上げるエミリアに目を向けると、彼女は思わずといった様子で持ち上げた指先で前の方を示している。それにつられてそちらを見て、スバルも彼女がなにを見て驚いていたのか合点がいった。そこに立っていたのは、

「――戻ったの、ガーフィール。ずいぶんと早かったようね」

「森ん中を一周する必要はなくなったからよ。ロズワールの傍を離れてるなんざ珍っしいじゃねェか。いよいよ、くたばっちまったか?」

「仮にそれが現実になったなら、この場所は今頃は自暴自棄になったラムの手で焼き払われているはずよ。そうなっていないことをロズワール様に感謝しなさい」

「すげェ理論だな、意味がわからねェ!」

 見慣れた給仕姿の少女が桃色の髪を揺らし、ガーフィールと相対している。快活に笑うガーフィールに対し、向き合う彼女の表情は冷たくて情動が薄い。そのことを久しぶりに確認して、スバルの肩が安堵でゆるんだ。

「はぁー、あの人が話に聞いてたお姉さんですか。なるほど。当たり前ですけど、眠ってるお嬢さんとそっくりですね」

 と、彼女の姿を初めて見たオットーがそんな感嘆をこぼす。彼の視線の先に立つのは、オットーも目にしたレムと瓜二つの、しかし中身の全く異なる人物。
 ロズワール邸の働かない使用人、ラムとの久々の再会だった。

「――ラム!」

 身を乗り出し、竜車から手を振るスバルにラムが気付く。彼女はその瞳をそっと細めてスバルを眺めて、それからわかりやすく肩をすくめて首を横に振ると、

「どこのバルスか存じ上げませんが、ずいぶんと遅い到着で失望したわ。もっと早く異変に気付いてここへくるものと……ああ、バルスには無理だったわね」

「存じ上げませんって言うならその主張で通せよ、ころころ変えんな! あと、ロズワールもそうだけどわかり難いんだよ、お前らの求めてることって。当人にはあとで文句しっかり言ってやるけどな!」

 変わらない彼女の態度に指を立ててスバルは反論。ラムはそんなスバルの受け答えにこれ見よがしに肩を落とし、それからスバルの隣に立つエミリアを見る。
 スバル同様、ラムの無事を確認して安堵感に頬を弛緩させているエミリア。だが、彼女を見るラムの瞳に一瞬、消えてしまいそうな儚げな感傷が走ったのをスバルは見てしまった。しかし、それは刹那の間に消えてしまい、

「エミリア様も、よくいらっしゃいました。ロズワール様がお待ちですので、どうぞ奥の建物へ。ガーフィールは竜車と御者を適当なところまで案内しなさい」

「扱いが悪ィなァ、オイ! やる気にさせる頼み方ってもんがあるんじゃねェかよ」

「ラムの手料理が食べたいなら励みなさい。欠片もないチャンスを自分の失言と行いで無碍にするというなら、ラムはなにも言わないけれど」

「わァった! わァったよ! 掴みどころのねェ女だ、そこがいいんだが。オイ、御者野郎。地竜と竜車を端に止めっからついてこいや」

「僕、ちゃんと名乗ったと思うんですが屈辱的な呼び方やめてくれませんかねえ!? っていうか、この人と一対一で付き合うとか身の危険が半端ないんですが!」

 ラムにやり込められたガーフィールにオットーが拒否反応を見せるが、そんな彼にスバルは突きつけるようにサムズアップを向けて歯を光らせ、

「骨は拾ってやるぜ!」

「それ間違いなくいい意味で使われることのない言い回しですよねえ!? 本当に、なにかあったら賠償請求しますからね!」

 言い残し、オットーはスバルとエミリアを竜車から下ろすとガーフィールに従う。先導して村の奥へ向かう二人と、鼻先を擦りつけてしばしの別れを惜しむパトラッシュを見送り、改めてスバルは「さて」と首の骨を鳴らし、

「色々と聞きたいことやら話したいことってのがちらほらあんだが、そこのあたりの話にはそろそろ付き合ってくれそうかよ」

「……ラムの口からそれを伝える許可は与えられていないわ。ロズワール様に直接お伺いになるといいわ。ガーフがどのぐらい、口を滑らせたか知らないけれど」

「ガーフ……ああ、ガーフィールのことか。名前だけ聞いてたのとは印象が違う奴だよな、あいつ。そういえば、気になること言ってたけど」

「なんの話?」

 目ざとく眉を寄せるラム。彼女はロズワールが明かしていない情報の開示を想像して視線を厳しくした様子だったが、それを受けてスバルは「いや」と腕を組むと、

「あいつ、お前のこと好きなの? そんな感じの発言してたけど」

「……なにを言い出すのかと思えば」

 本気で呆れたという素振りを隠さずため息をこぼすラム。ただ、否定はしない彼女の態度にスバルは場違いながらもニヤニヤ笑いが堪え切れず、

「物好きだなんだとは言わねぇよ。お前、見た目は可愛いし。……それなりに長い付き合いでお前を好きでい続けるってのは根性いると思うけど」

「ラムの才色兼備ぶりに惹きつけられるオスがいるのは仕方のないことだわ。ラムの全てはすでに捧げるべき相手に捧げているから、望みなんてないけれどね」

 皮肉まじりのスバルに肩を揺すって応じ、ラムはばっさりとガーフィールからの好意に対する答えを述べる。それから彼女は背を向けると、「案内するわ」とだけ残してさっさと歩き出してしまう。
 コイバナに花を咲かせたかったわけではないが、それでもあっさりとした態度にスバルは肩透かし。もっとも、出すべき話題を出すことを恐れた自分にはなにも言えた義理はないのかもしれないが。

「この期に及んで、レムの名前を出すのにビビるか。期待、してるわけじゃねぇけどさ」

 確かめてしまうのが恐ろしかった。
 すでにエミリアやペトラ、彼女らの口からレムのことを知らない旨を聞かされていてなお、実の姉である彼女にその存在の忘却を問うのが。
 この場において、レムの存在を彼女が確かめないことがすでに、できなかった問いかけの答えを物語っていたとしても。

「仮定で凹んでてもしょうがないわな。とりあえず、ラムについてこうぜ、エミリアたん。――どしたの?」

 と、スバルはそれまで無言を守っていたエミリアの様子に言及する。竜車から一緒に降りて以来、その口を閉ざしていた彼女は落ち着かなげにあたりを見回していて、スバルの呼びかけに気付くと「ううん」と小さく首を横に振り、

「なんだか、落ち着かなくて。なんだろ、変な感じがするっていうか……うまく、言えなくてもどかしいんだけど」

「落ち着かない、ね。人見知りで出無精の俺からすると新天地ってのはみんなそんな風に感じるもんだけど……特別、俺は嫌な感じはしねぇかなぁ」

 エミリアに従ってあたりを見回すが、至って普通の寒村のイメージが強い。やや、アーラム村と比較してもこちらの方が家屋の古さや手入れのなってなさが目立つ感があるが、それも誤差として判断できる些細なものだ。
 ただ、違和感が存在しないわけでもない。その違和感がなんなのか、スバルにもよくわからないのだが。

「警戒してても仕方ねぇよ、エミリアたん。とりあえずラムとロズっちはいるわけだし、危険はないだろうって判断していくっきゃないぜ」

「警戒とか、そんなじゃないんだけど……ううん、今はいい。ホントなら、パックに相談できたらよかったのに」

 胸元の結晶石――首から下げた緑の石に触れて、内に閉じこもった精霊の名を呼んでエミリアは不安げだ。常に彼女の傍らに寄り添い続けてきた大精霊の不在が、今の彼女に厳しい不安感をもたらしていることは明白だった。
 その彼女の文字通りのか弱さと、頼れる存在になれない自分が憎たらしくて、

「――スバル?」

「行こうぜ。なんかあっても、肉の盾2に任せてくれたらいいから」

 思わず、結晶石に触れていた彼女の手を取り、スバルは顔をそらしてそう言う。そのまま手を引いて、彼女の否定の言葉が出るより先に歩き出した。自然、エミリアはそのスバルの強引な態度についてくる形になる。
 考えなしで、顔から火が出そうに恥ずかしい行いだったと自分で思う。それでも思考より先に感情に従った結果だ。変に思われたりしなければいいが。

「――うん」

 ただ、スバルの鼓動の早さと裏腹に、小さく頷いた彼女は手を振りほどかなかった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ――その家屋はこの『聖域』において、もっともまともな形を保ったもののひとつだった。

 石材で組まれた建物の大きさは元の世界基準で言うなら平凡な一戸建て相当。平屋で簡単な間取りによって部屋が区切られており、住み心地はそれなりだろう。
 ロズワール邸やクルシュ邸といった、一定水準以上の生活に浸り切ってしまった今のスバルには手狭に感じたが、小市民な性根を思えば時間経過でこちらの居心地の方が良くなるに違いあるまい。そう思わせる程度には整った場所だ。そこで、

「やーぁ、エミリア様にスバルくん。ずーぅいぶんと、久しぶりな再会な気がするところだーよねぇ」

 弛緩した笑みをたたえて、こちらに手を振るロズワールとの再会があった。
 スバルがこうしてロズワールと顔を合わせるのは正しく王都以来。前回のループの中では一度も再会がなかったことを思えば、その期間は実に一ヶ月近くに上る。その間に溜まった彼への不平不満はかなりのものであり、再会したらまずはその横っ面に一発ぶち込んでやらねば気が済まないと思っていたのだが。

「まーぁずはご無事でなーぁによりでしたよ、エミリア様。ラムから屋敷周辺に起こった問題に関しては聞いていましたかーぁらね。あなたの身になにかあっては困ると、生きた心地がしませんでしたとーぉもぅ」

「そう思うならもうちょっとマシな準備が……いや、んなことより、お前の方こそなんだよ。これ、どういうことがあったんだよ」

 エミリアの無事に安堵している様子だが、相対するスバルたちは気が気でない。話したい内容の数々が、今のロズワールの前では霧散するよりなかった。
 寝台に横たわり、その全身に看過できない負傷の数々を抱え、血のにじむ包帯で体中を固定されたその痛々しい姿に。

 スバルの問いかけとエミリアの無言の注視に、ロズワールはかろうじて負傷の少ない左腕で塞がった左目を眼帯の上から軽くなぞり、

「ありゃーぁ、そーぉれを聞いちゃう? わーぁたしもこれでも男なんだよーぅ? こうして醜態をさらしているだけでもプライドが傷付けられているんだから、そっとしておいてほしい気持ちもわかってもらいたいものだーぁけどね」

「そんなわけにいかないでしょ。ホントにどうしたの、ロズワール。こんなにケガして……それも、あなたがなんて」

 誤魔化されるはずもない軽口にエミリアが反論し、彼女は震える指先を伸ばしかけるが、どこもかしこも傷だらけのロズワールに触れることをそのまま躊躇う。そんな彼女に苦笑し、ロズワールは右目を天井へ向けると「さて」と呟き、

「どーぉこから話したものかーぁねぇ。まーぁ、私の負傷に関しては名誉の負傷であるとか、体面上仕方なくといった意味合いが強いとお答えしますがーぁね」

「そうやって、回りくどい言い方で逃げようとするのはやめて。私は真剣に聞いてるの。ロズワールも、真剣に答えて」

「……どーぅやらエミリア様も虫の居所がよろしくないご様子。そーぉれも、この場所では仕方のないことかもしれませんけーぇどね」

 詰問口調がきつくなるエミリアにスバルが違和感を覚えるのと、それをロズワールが指摘したのは同じタイミングだった。その指摘にエミリアはわずかに眉を立て、しかし彼の指摘が事実であったことに浅く唇を噛み、

「ざわざわって、心が落ち着かないの。ここっていったいなんなの? 『聖域』なんて呼び方をしてたけど、私には全然そう思えない。それならここは……」

「魔女の墓場、の方がずっと納得しやすいですかーぁね」

「――!」

 声の調子を落として、ロズワールがその言葉を口にする。ガーフィールも語ったそれをロズワールも口にしたことで、俄然その単語の意味が重くなった。
 さっと、エミリアの視線がスバルへ向けられる。そこに複雑な感情が渦巻くのが見えて、スバルは顎を引いて彼女の困惑に同調しつつ、

「待て、一度聞きたいことを整理しよう。今のままだと、話の方向がしっちゃかめっちゃか動いてまとまりゃしねぇ。結論が一個も出なくなっちまう」

「おーやぁ? しばらく見ない間にずーぅいぶんと仕切りがうまくなったじゃーぁないの。スバルくん、なーぁにか心境の変化でもあったのかーぁな?」

「そのあたりを話し出すと長々と語ることになるから、その辺はこっちの聞きたいことが終わったらまとめて自慢するよ。あ、そうだ、一個だけ」

 茶化してくるロズワールに指を立てて、スバルは彼を睨みつけ、

「クルシュさんとの同盟は成ったぜ。ラムから聞いてるだろうけど、これで俺を置き去りにしたのには満足かよ」

「――満足だーぁとも。やーぁはり、君は拾いものだった」

 口元を満足げにゆるめるロズワールに、スバルは嘆息して目をつむる。予想していたことではあったが、スバルの行動はロズワールの思惑通りだったらしい。それを利用した側面はあったものの、利用されていたと断じられるのは面白いわけではない。
 ともあれ、スバルは一度流れを整理して、

「まず、アーラム村の人たちだ。ラムが無事だったからそこは大丈夫なんだろうけど、避難してきた人たちは無事なんだろうな」

「安心していーぃとも。この体たらくで信用がないかもしれないけど、わーぁたしも領主という立場だーぁからね。領民を守るために体を張るぐらいのことはさせてもらいましたとも。皆、この村の大聖堂で生活してもらっているよ」

「大聖堂、ね。そこの追及は後回しにして、そうすると次は……」

 まず、避難民の安全の確認が取れたところは一安心。逃がす選択も逃走先の選択もスバルがしただけに、彼らの安否は前回のループにおける最後の懸案事項であったともいえた。――なにせ、もうやり直しできない部分でもあるのだから。
 安堵に肩の力を抜き、スバルはエミリアに目配せする。それを受け、彼女はその細い顎を引いてから、

「この場所の話、聞かせて。ロズワールは『聖域』って呼んだ。でも、ガーフィールは『強欲の魔女の墓場』って呼んだ。どっちが本当なの?」

「どちらも本当ですよ、エミリア様。この場所はかつての強欲の魔女――エキドナの最後の場所であり、私にとっては聖域と呼ぶべき場所です」

「――魔女」
「エキドナ……」

 問いかけに対する答えに、スバルとエミリアが同時に喉を詰まらせる。
 ロズワールは静かに、しかしこれまでの道化ぶりの一切が消えた声音で応じた。それだけに、今の言葉には聞き違いではない真実味が込められていた。
 息を呑み、エミリアは何度かの瞬きをしてから改めて、

「強欲の、魔女……嫉妬の魔女に滅ぼされたっていう、別の魔女のことよね」

「えーぇ、そうですとも。今や世界の歴史のいずこにも、彼女の名前は残されていない。わずかに、彼女その人を知るものたちの思い出の中以外には」

「待て待て待て、今の話はおかしいだろ」

 しんみりと語るロズワールの発言に、スバルは手を振って割り込んだ。片目だけの視線を細めてこちらを見るロズワールにわずかに気圧されながらスバルは、

「俺の記憶が確かなら、強欲の魔女……ってのが嫉妬の魔女にやられちまったのは四百年前だろうが。この場所が四百年前の魔女の最後の場所ってのは納得してもいいとして……お前がその本人を知ってるってのは、いくらなんでも」

「わーぁたし自身が知っている、とは言ーぃやしないとも。これは代々メイザース家……ロズワールを継ぐものにのみ伝わる口伝のようなものだーぁからね」

「口伝って……それじゃ、メイザース家のずーっと古い頃の当主が、強欲の魔女と関わり合いがあったってこと?」

「――エキドナ」

「え?」

 ふっと、名前だけを差し込まれてエミリアが目を見開く。その彼女にロズワールは視線を向け、それから確かめるようにもう一度だけ「エキドナ」と呟くと、

「どーぅぞ、彼女を呼ぶときは名前を。『強欲の魔女』だなんて呼び名、いかにも邪悪な雰囲気がしてよくなーぁいでしょう? 長ったらしいですしね」

「えと、わかったわ。それで、そのエキドナの最後の場所がこの村で、この村を代々メイザース家が管理してきた……そういうこと?」

「えーぇ、そうなります。管理、というほど手がかかったわけではありませんがーぁね。ここはエキドナの影響が色濃く残っていますから、正式な手順を踏まずに足を踏み入れることもできやしない。エミリア様たちが入ってこれたのは……フレデリカあたりの協力があった、ということでしょう」

 確認の言葉に肯定の頷きを返し、ロズワールが納得を瞳に浮かべるのを見る。それを見届け、今度はスバルが話の発展を求めて前に出て

「ここがエキドナの墓場で、お前の管轄下ってのはわかった。その上でわからないのはここの役割と、村人含めてお前らが戻ってこない理由だな」

「こっちが言うのもおかしな話かもしれないけれど、ずーぅいぶんとあっさりと受け入れるもんだーぁね。ここが魔女の墓場で、わーぁたしはそれを内密にしていたっていうのにね」

「嫉妬の魔女ならまだしも、エキドナって魔女がなにをしたのか俺は知らないしな。ぶっちゃけ、俺以外の人たちもほとんど知らない部分なんだろ? 魔女って字面だけで悪人だって考えるのは短絡的だと思うぜ。ハーフエルフって字面だけで、エミリアたんがこんな可愛いのが想像できるかよ」

「……ッ。 よ、余計なこと言わないの。不意打ち、禁止なんだからっ」

 真剣な話の最後にさりげない口説き文句が入り、顔を赤くしたエミリアがスバルのわき腹を軽くつねる。彼女の可愛らしい反撃に苦笑していると、それに目ざとく気付いたロズワールが「あはぁ」と嫌らしく笑い、

「見ない間にかなーぁり距離が縮まったようじゃーぁないの。王都で喧嘩別れになったときはどうなるもんかと思ったけど、うまくやったようだねーぇ」

「紆余曲折の果てにようやく手に入れたイチャラブだけどな。自慢してぇのは山々だけど、話がそれっから戻して答えてもらうぜ。この場所の役割と、戻らない理由」

「素人っぽさが抜けて頼れる感じになっちゃって、もう。さーぁて、そーぉれで私や村人が戻らない理由だけど……単純な話、戻るに戻れないからってとこかーぁな」

「戻るに戻れない?」

 わかり難い返答にスバルが眉を寄せ、ロズワールは頷く。
 それから彼は疑問符を浮かべるスバルの前であっけらかんと笑い、言った。

「今、わーぁたしたちは全員、この村の住人たちに軟禁されている状況なんだよね。あーぁ、ここに入った時点で、君たち二人もおんなじ立場なーぁんだけど、さ」

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