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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第四章 永遠の契約

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第四章7  『実験場』


 チンピラが地面を踏み込んだ瞬間、スバルは世界が傾いたように錯覚した。
 現実にはそんなことが起こるはずがない。人間大の存在が踏みしめた程度でその根幹を揺るがすほど、大地というものの重みは安いものではないのだから。

 故に、世界が傾いたのはスバルの錯覚だ。
 実際には、ガーフィールの足裏を起点に地面がめくれ上がり、畳返しの要領で竜車ごと上に跳ね上げられただけに過ぎない。

「ありえ、ねぇ――だろ!?」

 即席シーソーの対面、勢いよく上へ押し上げられる感覚が頂点に達し、浮遊感に巻かれながら竜車が宙を滑る。パトラッシュら地竜も含めて総重量で一トンを軽く上回る重量が飛ばされ、車内にいたスバルはとっさに抱きかかえていたエミリアを強く引き寄せることしかできない。
 そのまま竜車は大地に叩きつけられ、すさまじい衝撃を内外にもたらしながら全体を強く軋ませる。高品質の竜車だ。高級さは見た目の華美さだけに留まらず、即ち居住性と耐久性に優れていることの証左であり、それは遺憾なく発揮されて大破は免れる。だが、半ば横転に近い状況の竜車はすぐに走り出せる体勢でもない。

 即ちそれは、これだけの所業を行ってみせた存在に対し、逃亡の選択肢を消して向かい合わなくてはならないということに他ならない。

「クソ、なにが――っ」

 頭を振り、御者台から顔を出したままスバルは痛む額に手を当てる。落下の際に打ちつけた頭部がかすかに疼くが、幸いにも切った気配も出血の様子もない。ふと思い当って目を落とせば、どうやら腕の中のエミリアにも傷はなさそうだ。
 そのことに安堵の感情が浮かぶが、その感情はすぐにこの状況の元凶を思い出したことで焦燥感に取って代わられる。
 焦り、顔を上げる眼前、そこにはスバルの恐れた光景が――、

「パトラッシュ――!!」

 嘶き、牙を剥き、漆黒の地竜が巨躯を躍らせて小柄な影へ飛びかかる。
 竜車との連結部分がゆるんだのを利用し、身をひねったパトラッシュが拘束から逃れた俊敏な動きで襲撃者へと反撃を試みたのだ。
 鋭い牙は刃そのものの切れ味を持ち、顎の力は人体など肉を削いで骨を砕き切るに余りある力を備えている。それが風に乗る速度でガーフィールの首下を狙い、問答無用で食い千切りにかかった。だが、

「痺れる判断だ。いい地竜……いや、いい女じゃねェか、てめェ。『折れる骨の音もまた愛の証である』たァよく言ったもんだ」

「――――ッ」

 噛み千切るべく閉じられた顎の内に、伸ばされた腕の先端が突き込まれている。
 右手を敢えてパトラッシュに呑ませるように差し出したガーフィール。地竜はその狙いに乗るように腕に食らいつき、その先端をこそぎ落としてさらに胴体へ躍りかかる、そのはずだった。
 にも関わらず、パトラッシュは動けない。体だけでなく、腕を口腔に収めていながら顎すらも微動だにしていなかった。

 なにか特殊な能力を使われたか、あるいは魔法によるものか。
 スバルの脳裏をそんな疑問が駆け廻る中、しかしガーフィールはあっさりとその疑問の答えを行動で示す。即ち、突き込んだままの腕の筋肉が膨れ上がり、純粋に顎の力を上回る膂力で口をこじ開けたのだ。

「いいぜ、お前。すぐ行動したのもよし、今も諦めてないのがさらによし。合格だ」

「――――!」

 漆黒の地竜が身を沈めて、口を押さえられたまま腰をひねる。顎の力で男の右腕を封じたまま、パトラッシュの旋回する尾がうなりを上げてその横っ面を吹き飛ばしにかかった。スバルも喰らったことのある尾の一撃だが、今のパトラッシュの動きを見ればそれがどれだけ手加減されていたものなのかすぐにわかる。
 文字通りの渾身の一撃は、受けた人体を容易く弾くだけの敵意が込められていた。しかしそれすらも、途上に差し込まれたガーフィールの左手に易々止められる。

 乾いた破裂音が鳴り響き、衝撃の後には尾の先端を左手に掴まれる姿が残る。右手で頭部、左手で尾を押さえたガーフィールは獣のように牙を剥いて笑みを作り、

「痛い目にはあわせねェ。ちーっと寝てろ」

 腕を大きく回し、円運動の軌跡がパトラッシュの巨躯を冗談のように軽々と宙に滑らせた。その場でくるりと横に回転させられ、パトラッシュ自身も想像だにしない浮遊感に戸惑いを眼に浮かべたまま、柔らかに地面に横倒しに投げられる。
 巨体が地を叩く振動すらほぼ起こらず、静寂の中でパトラッシュが撃破された。その光景を前に、信じられないものを見たスバルは渇きを感じる喉を鳴らし、

「ぱ、パトラッシュを投げただと……?」

「真っ正直な性質だ。素直に投げてやったから痛みはねェよ。立たせる前に終わらせっちまうしな!」

 スバルの驚愕に被せるようにして、頬をつり上げるガーフィールが御者台へと軽々と飛び乗ってくる。傾いた御者台には体勢を崩したオットーがおり、彼は襲撃者が乗り込んでくるのに合わせて飛ぶように立ち上がると、

「くっ……でも、舐めないでくださいよ! 僕はこれでも行商人の端くれ! 商いの途上で暴漢に襲われることだって念頭に入れてます。さあ、スーウェン家流暴漢撃退術の餌食になりたくなければすぐにでも投降することをオススメして……だふん!」

「うるっせェよ、ド素人。毛が生えたっ程度の技で俺様に勝てるわきゃァねェだろ、寝てろ」

 意気軒昂にファイティングポーズをとった直後、オットーの額が正面から悠然と歩み寄ったガーフィールの指に弾かれて崩れ落ちる。
 指弾――というより、デコピンに近いそれはしかしすさまじい威力の音を立ててオットーの痩身を御者台へとひっくり返した。額を押さえて声もなく悶絶する彼の姿を見るに、命には別条はないだろうが、これで間の障害物はなにもない。

「さって、見たとこ、残ってんのはてめェらだけみたいだな」

 鼻を鳴らし、チンピラはこちらを切り裂きそうなほど鋭い視線で射抜きながら呟く。御者台に立つ彼からスバルまでの距離は、およそ大股で四歩分――意識すらさせない一瞬でオットーとの距離を詰めた彼にとって、それこそないに等しい距離だ。
 息を呑み、スバルは打開策を模索するが検索条件には出てこない。現有戦力でゆいいつ目の前の男に拮抗できそうなのはエミリアだが、彼女は今も原因不明の昏倒で意識を失ったままだ。なにより、彼女を守らなくてはならない。

「俺は……」

「『めくってもめくっても青い肌』、聞いてやらねェよ――!」

 軽く床を蹴る音がしたと思った直後、瞬きの一瞬でガーフィールの矮躯がスバルの眼前に出現。振りかぶられた腕は五指を開いており、振り下ろされる五爪に自分が呆気なく引き裂かれる未来が容易に浮かぶ。
 そして五体が散り散りになる未来視に対し、スバルができたことはたったひとつ。その被害が腕の中のエミリアに向かわないよう、身を呈して彼女を守るだけだった。

「――――ッ!」

 ――数秒、時間があっただろうか。
 目をつむり、エミリアを体全体で庇うスバルは訪れるはずの衝撃までの時間がやけに長いことに違和感を覚えた。そしておそるおそる目を開けると、目の前に広げられた五指が静止しているのがわかった。その向こうに、胡乱げな目つきのチンピラがいる事実にも。
 彼は思わず息を止めてしまうスバルを見下ろし、首の骨を大きな音で鳴らし、

「反撃もしねェで女守るの優先たァ、どうなんだかな。てめェがやられっちまったらどっちみち女も道連れだぜ。判断が悪ィんじゃねェか?」

 聞かされたくもない正論を向けられて、スバルは色んな意味でぐうの音も出ない。押し黙るこちらにさらに不快感を覚えたのか、ガーフィールは鋭い爪を備えた掌をひらひらと振って、

「挙句にゃ戻ってくんのも遅ェ。動けた分、見込みがねェってわけでもねェが……使い物にならねェのは間違いねェな」

「お、お前は……」

「あァ?」

 こちらにわからない論点で散々な評価を下すガーフィール。その彼にスバルはどうにか凍りついていた喉を動かし、呼びかけを試みる。途端、凶悪な形相をさらに不機嫌さで歪めながらガーフィールは顔を近づけて、

「声ちっせェよ、もっとでっけェ声で言えや。んだよ」

「お前、ガーフィール……で、いいんだよな。ロズワールとかフレデリカの知り合いの」

「――フレデリカ?」

 確認するスバルにガーフィールの表情が初めて攻撃的な意思を消す。彼はきょとんと、そこだけ見れば血を忘れた肉食獣のような愛嬌が垣間見える素面で瞬きし、すぐに苦々しい表情でそれを覆い隠すと、

「なんでその名前が……いや、ちっと待てや。てめェが抱いてる女、そりゃ銀髪の……半魔か?」

「ハーフエルフだ。本人の前で、そんな言い方するんじゃねぇよ」

「――はッ。なんだよなんだよ、急に気合い入った面しやがって」

 エミリアを見下ろし、その蔑称を口にした途端にスバルの物言いが炸裂。純粋な怒りが先立つそれには先ほどまでの怯えが消えており、それを耳にしたガーフィールはひどく楽しげに歯を噛み合わせて鳴らすと、

「っつーか、そうするとこれが噂のエミリア様ってやつか。今、ここに近寄るような半魔なんてロズワール絡みしかいねェはずだしな」

「てめぇ……」

 先ほどの言葉を無視し、殊更に『半魔』の部分を強調するガーフィールにスバルは立ち上がりかける。が、それは差し出された彼の掌に機先を制されて止まり、

「『焼けた鉄を齧る馬鹿は痛いだけ』ってな。てめェじゃ俺様にゃ勝てねェよ。実力差省みて大人しくしとけや。――痛い思いはしたかねェだろ?」

 差し出した掌で拳を作り、その骨を鳴らしてこちらを威嚇してくる。彼我の戦闘力は明白であり、彼の出方がわからない以上は余計な手向かいは状況の悪化を招く。この場は怒りを押さえて、後々に雪辱の機会を狙う。それが正しく賢い判断だ。
 だから、

「クソ喰らえだ」

「あァ?」

「痛い思いはしたくねぇ。俺はお前にボッコボコされるだろう。でも、だ。――この子が悲しむだろうって見下しを見逃す理由にはならねぇ」

 エミリアを竜車の荷台に優しく横たえ、額にかかる髪を指で撫ぜる。それから立ち上がり、スバルは静かにこちらを見るガーフィールと額がぶつかりそうなほどの距離で睨み合った。息がかかる距離で、彼の手が届く距離で。

「そのふざけた呼び方を撤回して、二度と使うな」

「……俺様に言うこと聞かせたきゃ、色んなもんが足りてねェんじゃねェか? 横っ面、土手っ腹、向こう脛、全部ひっくるめて痛めつけてやっか、おォ?」

「やってみろや。タダじゃやられねぇよ。顔を殴る手に噛みついて、腹パンしてくる腕にしがみついて、蹴ってくる足に唾かけて、一矢報いてやる」

 恫喝に対して恫喝で返し、スバルは沸々と胸の内を焦がす激情に従う。目の前、ガーフィールの静かな敵意が全身に怖気を駆け巡らせている。文字通り、彼がその気になればスバルは一蹴される。先の攻防、それだけでわかった。

 ガーフィールは、スバルがこれまで異世界で見てきたとんでも実力者たちの中に食い込むだけの戦闘力を保持する個人だ。頂点にラインハルトを置くそこには届かなくとも、その下につけるヴィルヘルムやユリウスには届き得る。
 スバルが口にした小さすぎる報復すらも、実行に移せる可能性はないに等しい。
 それでも、スバルはガーフィールと真っ向から睨み合う。負けることがわかっていることは退く理由にならない。退いてはならない理由は、後ろに背負っている。

「――ひはは」

「――あ?」

 それは、ふいに漏れた意味不明の空気音だった。
 睨み合いの最中、抜けるように漏れ出したそれは唐突に二人の間に割り込む。何事かとスバルが疑惑の声を投げると、それに応じるようにガーフィールが動き、

「ひははは! いい啖呵じゃねェか、おい。やりゃァできんじゃねェか!」

「なにを……痛ッ! え、なに、痛い、ちょ、痛いっつの!」

 大きく肩を揺らして笑い、ガーフィールが思い切り勢いをつけてこちらの肩をバンバン叩いてくる。敵意や攻撃意識とは無縁の、純粋な接触を求めての行為だが、手加減抜きのそれはひたすらにスバルの体力ゲージを削る効果がある。

「いいぜ、合格だ。通してやんよ。半魔……ハーフエルフは気に入らねェが、そこまでして女庇うって根性据わってんならてめェに免じてやらァ」

「言い直してくれたのはいいとして……っつか、痛いっつってんだろ! いつまで叩いてきやがんだよ、殺す気か!」

 勢い衰えないガーフィールの腕を振り払い、スバルは軽く下がって距離をとる。それを見てチンピラは首を傾げて、それからたくましい腕を組むと、

「つれねェな。さっきまでのことなんざ水に流して忘れっちまえよ。器が小せェと男はモノが小せェ証拠だぜ?」

「初めてお前が口に出した慣用句的表現に聞き覚えがあるけど、余計なお世話だよ! と・に・か・く!」

 小刻みに体を揺すりながら両手でガーフィールは指差しロック。軽く顎を持ち上げる彼にスバルは勢いそのままで語調荒く、

「お前がガーフィールで、ロズワールの知り合いでいいんだよな? いきなりの接触でビビりはしたけど、今は敵対の意思とかなしってことでよろしいか!」

「ぴーすか騒ぐなよ、やかまっしい。んな慌てなくても取って食いやしねェよ」

「さっきまでのお前の凶暴な態度で誰がそれ信じるんだよ……?」

 耳に指を突っ込んで苛々した様子のガーフィールだが、スバルの訴えに「それもそうか」と納得の姿勢。イマイチ考えの読めない部分はあるが、話が通じないわけではないらしいことにどうにか安堵。と、それからスバルは窮地から逃れたことに思い当たり、

「そ、だ……それどころじゃねぇ! エミリアが急に倒れちまったんだ。さっきまで普通に話してたってのに」

「倒れたって、そのハーフエルフかよ。そら、当たり前だろが。ここがどこだと思ってやがんだ、慌てることかよ」

 エミリアに駆け寄り、その表情をうかがえばいまだ眠る彼女の息は荒いまま。苦しげなその身をスバルが案じると、しかしガーフィールは小馬鹿にしたような態度で肩をすくめただけだ。その訳知り顔にスバルが「どういうことだよ」と問いを発すると、彼は怪訝に眉根を寄せ、

「ロズワールとフレデリカに、この場所がなんなのか聞いてっきたんだろ? んならあって当たり前の……まさか、知らねェのか?」

 説明に入る前置きの段階でスバルが首を横に振ると、ガーフィールは忌々しげに舌打ちする。彼は口の中だけで「あの変態野郎……」と誰のことを言っているのかわかりやすい罵声を噛み殺し、

「フレデリカもなにも言ってねェってのか。あの性悪、しっばらく見ねェ間に飼い主の性格に似ちまったってことかよ。救えねェ」

 首を横に振って、ガーフィールは苛立ちを荒い鼻息に乗せて吐き出す。それから彼は問いたげなスバルの目に気付くと手を軽く持ち上げ「わかったわかった」と言い、

「具合悪そうに見えっけど、命に別条はねェよ。ただ、それ以上苦しそうな面が見たくねェってんならこっからとっとと離れろ。村までは案内してやっからよ」

「ここ離れたら、意識戻るのか?」

「だーっから、そう言ってんだろが。とっとと行くぜ、オラ、てめェもいつまで寝てんだよ、立て」

 説明不足にもほどがある説明以上をする気がないらしく、ガーフィールは野卑な態度を隠しもせずに振り返り、御者台へ足を向けると倒れるオットーを蹴りつける。その蹴りを受け、いまだ悶絶していたオットーは「あうっ」と苦鳴を上げ、

「御者だろ、てめェ。竜車が傾いたのは直してやっから、村まではてめェが動かせよ。ウスノロはケツがへっ込むまで蹴っ飛ばすぞ」

「ってか、これどういう状況なんですかねえ!? 今の話の流れを聞く限り、僕完全にやられ損だと思うんですが!」

 あんまりといえばあんまりな言い分にオットーが沸騰し、立ち上がってガーフィールに物申す。ついさっき、かなりの痛い目を見せられた相手に大した勇気だが、それを目にしたガーフィールも同意見のようでスバルを振り返り、

「なァ。こいつ、いつもこんな元気な野郎なのか?」

「その人に僕の評価聞いても正当な評価得られそうにないのでやめてほしいんですが! その目で見て、僕という人間を評価すればいいでしょう! とりあえず謝って! 謝ってください!」

「あァ!? てめェ、急に元気溌剌としてきやがって、俺様舐めてやがんのか!? ちょっと先走って殴る必要ない相手殴っただけだろうが、大目に見ろやァ!」

「お前ら二人ともうるせぇよ! エミリアたんがそうしてる間も苦しんでんだろうが、とっとと手綱握れ! そしてお前は竜車を立て直せ!」

 男三人でギャースカ騒ぎながら、御者台の上で罵り合いが始まる。
 荷台に置かれ、いまだ原因不明の意識消失からエミリアは目覚めない。しかし、彼女はその端正な面貌の眉根をかすかにしかめて、騒音に痛ましげに、

「……うるさぁい」

 と、小さな声で寝言のように呟いたのだった。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「改めて考えっと名乗ってなかったな。俺様はガーフィール……あァ、ただのガーフィールでいいや。最強の男だ。よろしく頼むぜ」

「ああ、俺はナツキ・スバル……え? 今、なに? 最強って言った? 素面で?」

 動き出した竜車の荷台で向かい合いながら、スバルはガーフィールと自己紹介を交わす。と、差し出された手を握り返して驚くスバルにガーフィールは不思議そうな顔をすると、

「おォ、言ったぜ? なんか変なとこあんのかよ」

「いや、ぶっちゃけ正面から『自分が最強だ』とか言い出す輩がいると思ってもみなかったもんだから。それにしても、ちょっとでかい看板持ち過ぎじゃないか?」

「俺様が最強にふさわしくねェってのかよ?」

「めちゃんこ強いだろうってのは認めるけど、最強かどうかって議論をしようとすると……どうしても、俺の脳内にちらつく存在がいるからな」

 赤毛の騎士の姿を思い浮かべ、スバルは眼前のガーフィールと脳内で比較してみる。先のやり取りを見るに、徒手空拳でガーフィールも相当できる武力の持ち主だが、さすがに蹴り一発で家屋を消し飛ばしたりは――否、ガーフィールも踏み込み一発で大地を陥没させて竜車を引っ繰り返してみせた。とんでもぶりではあの剣聖といい勝負ということになるのだろうか。
 そう考えても、やはりスバルの中でラインハルト優位の光景は消えない。自分でもどうして、ここまであの騎士を特別視してしまうのかわからないけれど。

「はッ、まァいいってことよ。てめェのその間違った考えも、いずれ俺様が自分の手で最強を証明して覆してやっからよ。せいぜい今は『赤い鼻した寒がりトドノス』みたいに思っておきな」

「なにと思っておけって言われたのかわかんねぇよ……」

 やはり伝わってこない言い回しに首を傾げるが、ガーフィールはそれを説明するつもりはないらしく、頭の裏で腕を組むと座席に体重を預けてリラックス体勢。どうにも話題が途切れて、スバルは小窓から外を眺めつつ、膝上に寝かせたエミリアの銀色の髪をどさくさ紛れに指で梳く。
 いまだ、目覚めないエミリアだが表情は先より安らかなものになっている。ガーフィールの主張通り、少なくともあの場から移動したのは良い影響を与えているらしい。と、そう考えて気にかかるのは、

「なぁ、さっきは聞きそびれちまったけど、お前はロズワールの知り合い……だよな」

「俺様の名前っぐらいは聞いたことあんじゃねェか? 一応って頭につけっけど、俺様はロズワールの関係者じゃぶっちぎりで最強だからよ」

「要領を得ねぇ……有力者とか、聞いてた覚えがあるけど」

 まさか武力持ちだから『有力者』などと呼ばれていたわけではあるまいか。だとしたらガーフィールとはスバルの予想を外して、政治的な意味での協力者ではなく、脳筋的な意味でも協力者ということになるのか。
 『聖域』を目前にして、警戒すべき相手と友好的な接触ができたのは拾いものだが、頭痛の種が増えてしまったというのは悩みどころだ。

「『聖域』でロズワールに聞きたいことがまた増えちまった。問題解決するために動いてるはずなのに、問題が増えてる気配しかしねぇぞ、どうなってんの?」

 頭を抱えて、スバルは前途多難の難がさらに増えたことに表情を曇らせる。が、それを聞きつけたガーフィールは小さく舌を鳴らし、鋭い犬歯をそっと覗かせながら、

「『聖域』――ね」

 意味ありげな呟きにスバルが顔を上げると、ガーフィールは小さく手を振る。それから彼は立ち上がって進行方向――即ち、目的の『聖域』の方へ顔を向けると、

「ロズワールに言われたこと鵜呑みにしてやがっから、そんな呼び方してやがんだよな。知らねェってのはともかく、知らせてねェってのはクソのやるこった」

「俺も正直同意見だけど、いないとこで陰口とか性格悪いにもほどがあるからやめとこうぜ。……つか、なんか気に触ったか?」

 明らかに『聖域』という単語を耳にしたことで不機嫌になったガーフィール。スバルは失言があったかと様子をうかがうが、それに対する彼の反応は端的なものだ。
 即ち、似合わない皮肉げな笑みを口元に作り、

「そろっそろ、お姫様が目覚める頃だと思うぜ。結界からけっこう離れたっからよ」

「結界ってなにが……と、エミリアたん?」

 疑念の声を上げる前に、スバルは自分の膝の上で身じろぎするエミリアに気付いて声をかける。うっすらと瞳を開いた彼女は、ぼんやりとした眼で竜車の中を見回す。まだ意識が覚醒し切っていない中、その紫紺の瞳でスバルを見つめ、

「おはよ、しゅばる……」

「寝起きも超絶可愛いけど、それどころじゃないぜ、エミリアたん。どっか調子おかしかったりとか、頭痛かったりしてない?」

「ぇっと、全然? なんにも変な感じしないけど……っ」

 受け答えの最中で意識が完全に覚醒したのか、勢いよく起き上がるエミリアにスバルが慌てて頭を後ろへ。危うくヘッドバッドを交換するところだった二人だが、エミリアはその間一髪に気付かない様子でスバルを振り返り、

「だ、大丈夫だった、スバル? 私、守るなんて言ってたのに倒れちゃって……ッ」

「そんな心配しなくてもどうにか切り抜けたよ! 対話によるコンタクトの成果が出た。人は言葉というコミュニケーションツールで繋がり合える、その第一歩をここにこうして踏み出せたんだよ。俺、コミュ障だけど」

 詰め寄ってくるエミリアの肩に触れて落ち着かせ、適当を言いながら彼女の様子を観察。立ち上がって歩けたところも、目の動きや顔色も、言葉が呂律が回っていなかったりすることもない。あと、超可愛い。いつも通りだ。

「なァ? 言った通りだったじゃねェか」

 と、そのスバルの安堵を待っていたようにガーフィールが笑う。それを受け、エミリアは初めてこの場に見知らぬ存在が増えていることに気付いた様子で驚き、すぐにスバルを背後に庇うような立ち位置で彼に向かい合い、

「――誰!? 言っておくけど、スバルには指一本触れさせないから」

「エミリアたん、大丈夫だから! あとお願いだから俺のヒロインポジ確立させるような発言重ねるのやめて! 俺のゲージはそろそろギリギリよ!」

 後ろから取り縋ってエミリアの迎撃態勢をほどかせると、スバルはガーフィールに向き直って彼を示し、

「あれはガーフィール。エミリアたんが倒れた直後に竜車に襲い……もとい、乗り込んできた。迎えってわけじゃないだろうけど、今は『聖域』まで同行中」

「ガーフィールって……この人が? フレデリカの言ってた人?」

「なんって言われてたのか気になっけど、それは後回しにしておくとしようぜ。そら、そろっそろ村に到着しちまうっからよ」

 先のスバルと同様の感慨を覚えるエミリアに対し、ガーフィールは状況を整理する時間も与えずに顎をしゃくる。その彼の示す通り、行く先にはどうやら森が開け、目的地である村の外観が見えてきたようで――。

「歓迎するぜ、エミリア様とその御一行」

 敬称付き――ただし、そこには敬意や好意といった感情がなにひとつ込められておらず、それ以上に蔑視の色が濃いものが添えられていた。
 知らず、視線が厳しくなるスバルと戸惑いを浮かべるエミリア。双方からの視線を浴びながら、なおもその態度を崩さないガーフィールは両手を広げて、

「ロズワールが『聖域』だなんて気取って呼んでやがる――半端者の寄せ集めが暮らす、行き詰まりの実験場の成れの果てへ」

「実験場……?」
「半端者――」

 スバルとエミリアがそれぞれ異なる場所に意識を引かれる中、ガーフィールは自身の犬歯が目立つ口元に手を当て、ひどく複雑な感情を誤魔化すように笑った。

「俺様たち住人は『強欲の魔女の墓場』って呼んでっけどな。笑える話じゃねェか、えェ、オイ」

 自嘲するような笑声が竜車の中にかすかに響く。
 低く静かに、呪うように、祝福するように、響き渡る。

 それを聞きながら、スバルはただ静かに隣の少女を案じて、思う。
 魔女がまたしても彼女の前途を阻もうとするならば、そのかかる火の粉を散らすのは自分でなくてはならないのだと、固く強く、言い聞かせるように。


 『聖域』が近づく。


 ――ナツキ・スバルを、そしてエミリアを、その道を大きく変えるその場所が。

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