挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第三章 再来の王都

102/437

第三章幕間 『騎士たちの思惑』



「で、なにか申し開きはあるか、騎士ユリウス」

 日差しの入らない暗がりの室内に、その低い声はやけに重々しく響いた。

 場所は王城に隣接する騎士団の兵舎。練兵場や詰所などの主要施設から離れ、鉄の臭いよりもインクの臭いの濃さが目立つ一室――建物最奥の、団長室である。

 飾られる調度品の数は部屋の主の気質を反映して最低限のものであり、その武張った見た目に反して書物の棚を占める割合が幾分多い。

「いいえ、なにもありません。全てはご報告を上げた通りの内容です」

 広い部屋の中央、執務用の机の上、書類に羽ペンを走らせながらの問いかけに応じるのは、机の前に直立して姿勢を正す青年だ。

 淡く青みがかった紫色の髪を丁寧に整えた美丈夫は、練兵場での一件の名残も見当たらない白い装束の袖を伸ばし、腰に備えつけた騎士剣の柄を軽く鳴らすと、

「近衛騎士にあるまじき振舞いであったと、断ぜられても不服はありません。どうぞ、団長の思うままに沙汰を願います」

 腰から鞘ごと剣を取り外し、ユリウスは捧げるようにそれを前に差し出す。
 騎士剣を預けようとばかりの態度を見せられ、椅子に腰掛ける中年――巌の表情を崩さないマーコスは、その整然とした様子に片目をつむり、

「王国の王位を定める王選の、その話し合いの最中に関係者を拘留。その上で練兵場に連れ出し、滅多打ちにして治療院送りか。文面だけで捉えると、とても並大抵の処罰で済ませられる内容ではないな」

 部下の、それも『最優』の名をほしいままにする騎士のしでかした不祥事を口にして、マーコスはやれやれとばかりに肩をすくめてみせる。

 ――騎士ユリウスと、エミリアの従者であるナツキ・スバルの模擬戦。
 実際の内容がそれに則していたかは別として、おおよその概要はマーコスにも知れている。簡略して語れば先の言そのままの状態であるし、それ以外の要因にも察しがつかないほど、マーコスの『騎士』としての血が薄いこともなかった。

「情状酌量の余地はある。練兵場にいた他の騎士たちからも、お前の行いを擁護する嘆願書がいくつも上がってきているほどだ」

「もったいないことです」

「見るべきところは見ている、そういうことだ。そのあたりに関しては否定すべきところも見当たらない。が、少しばかりやりすぎたな」

 届けられた嘆願書の束を机の上に投げ出し、その表紙を叩きながらマーコスはユリウスを灰色の眼でジッと睨み、

「右手首の粉砕に、内臓各部の破裂。肋骨が複数骨折し、喉を潰した上に額を割り、その上で前歯も数本が欠損――腕のいい治癒魔法使いがいなければ目も当てられない惨状だ。とても、尊き方の従者へ許される振舞いではない」

 練兵場にマーコスが参じたのは候補者の女性陣と同じタイミングであり、最後の一合を見届けたに過ぎない。
 が、それを差し引いても少年は満身創痍であったし、意識を失った彼を治療院へ運び込むよう指示し、フェリスに最大限の努力を命じたのもマーコス自身だ。
 間近で見た少年の負傷の度合いを見れば、それが『模擬戦』の形式に則ったレベルであったが、それを凌駕していたかなど容易に知れる。

「騎士の誇りを貶めたものが、それほど許せなかったか」

「どう言い繕っても、私怨にしかなりません。全ては我が身の不徳の為すところ。どうか団長、それ以上の言葉を尽くすのはおやめください」

 自ら逃げ道を塞ぎ、あくまで罰を受けようという姿勢を崩さないユリウス。
 その頑なな姿勢になんと言葉を選ぶべきか、マーコスがわずかに思案するように視線を宙にさまよわせる。
 と、そのときだ。

「はーい、お待たせしました。フェリちゃんのご帰還ですよーぅ」

 この場の雰囲気を良くも悪くも読まない軽々しい態度で、栗色の乙女風が部屋の中へと入り込んできた。
 セミロングの髪に白いリボンが鮮やかで、そこにさらに毛並みの鮮やかな猫の耳をそなえる美少女的人物――フェリスの来訪だ。

 彼は気安い態度で部屋に入り、互いに見つめ合うユリウスとマーコスを見ると、口元に手を当てて妖しげに笑い、

「あれあれあれれ、フェリちゃんてばひょっとしてお邪魔でした? そんな風に熱烈にお見合いしてるところにきちゃうなんてぇ、空気読めてなかったり?」

「……くだらねえこと言わねえで、とっとと報告しろや。マセガキが」

「およよ、団長。地が出てますヨ?」

 額に手を当てて呟いたマーコスが、フェリスのその注意に苦い顔をする。
 フェリスのあまりに普段通りすぎる態度に毒気を抜かれて、つい素面が口を突いて出てしまったのだ。
 頑健な岩のような顔に渋いものが走るのを見て、フェリスは楽しげに頬をゆるめると、

「そうやってちょびっと荒々しい感じの団長も素敵ですよぅ? 公の場ではちゃんと礼を尽くしてるんですから、公人の仮面を外していいときくらいは自分を出してきましょうって」

「部下の前ってのは普通に考えりゃ公人であるべきなんだが……ああ、一度損なっちまったら馬鹿馬鹿しいか。まあいい、とにかく報告だ」

 ぞんざいに手を振って促すと、フェリスが「はーい」とようやっと従う。彼は直立するユリウスの隣に並ぶと、背を正す彼と違って自然体に肩の力を抜き、

「団長のご命令通り、スバルきゅんには全力全開で治療をぶち込んでおきました。骨を接いで傷口も塞いだし、足りない部分も戻したから大丈夫だと診断します。あ、血はちょこっとずつ、代替手段で戻しますけどネ」

「ご苦労。不備はないな?」

「フェリちゃんが見落とすなら王都の誰にも見つけらんにゃいですよ。体の方の傷は問題ありません。――心の方はどうかはわかりませんけどネ」

 ネコミミを揺らし、フェリスは言いながらユリウスの顔を横目にする。そこに一切の感情の揺れがないのを見届け、満足げに頷きながら、

「そーれにしても、ユリウスってば本当に優しいんだから。その気遣いと心遣いで、いったいどれだけの女の子の心を虜にしてきたの? フェリちゃんもドギマギしちゃいそう」

「発言の意図がわからないよ、フェリス。そして今の内容の後半に関しては謹んで遠慮させていただく」

 含み笑いのフェリスが「いけずー」と唇を尖らせ、目をつむるユリウスはあくまで最初の態度を貫いたままだ。
 その姿勢にマーコスはいっそ好感を抱いたが、それは危うい立ち方でもあると思わずにはいられない。
 そんなマーコスの思惑を代弁するように、

「そんなに肩肘張らなくても、勘働きのいい子は気付いてるし、気付かないような奴には効果覿面だったんだからいーじゃにゃい。そ・れ・と・も」

 純白のリボンを指先で弄び、フェリスは妖艶に唇を赤い舌で舐めながら、

「フェリちゃんや団長が、ユリウスの行動の真意に気付かないような、そんな頭の空っぽな残念さんに見えちゃったりしてるのかナ?」

「……君の思慮深さには頭が上がらないよ。懸命なこちらが愚か者に思える」

 意地の悪いフェリスの問いかけに、ようやくといった流れでユリウスの表情が氷解する。そこには企みを見破られた子どものような仕方なさげな微笑があり、しかしそれはすぐに姿を消すと、

「ただ、言葉には気を付けてもらいたいな。今の言い方では、私の友人の名誉を徒に傷付けてしまいかねない」

「それも過保護が過ぎるとフェリちゃん思うなぁ。少しは痛い目見ておかないと、子どもって成長しないんじゃない?」

「彼の真っ直ぐな在り様は間違っていない。あの背を道しるべに、剣が役割を果たす日が必ずくる。その日を思えば、不必要な変化を生むべきじゃないのさ」

「それが過保護だって、フェリちゃんは言ってるんだけどネ」

 「でも、仕方ないっかー」とフェリスは自説を曲げないユリウスに笑いかけ、そのままゆったりとした動きで応接用の長椅子へと身を投げ出す。
 だらしなく座る彼の仕草にユリウスは眉を寄せたが、そんなささやかな反応すらもからかいのスパイスにして、

「今日、初めて顔を合わせただけの男の子に対しても、あんな大げさなお節介焼いちゃうような性格だもんネ。そりゃ身内にも甘くなっちゃうかぁ」

「優しくしたつもりはないよ。むしろ、常より厳しく接したつもりだ」

「そ、そ、みんなもかなり縮こまってたもん。あれだけユリウスが痛めつけてあげたんだから……あれ以上、歯止めの利かない連中に襲われる心配はにゃいよネ」

 片目をつむり、にんまりと意地の悪い笑みを象るフェリスにユリウスは苦笑した。
 その二人の会話を無言で聞いていたマーコスは顎を引き、

「広間で騎士の身分を侮る発言をしたあの小僧っ子に、若い連中はかなりピリピリきてたはずだ。近衛に所属してる奴らはどいつもこいつも、剣の腕前とプライドの高さは保証付きだからな」

 事実、あの場が王選という国政を揺るがす場であったからこそ、騎士たちの胸中に溜め込まれた不満が炸裂するのを免れることができた。
 しかし、それはあの場を離れれば、いつまた爆発するか知れないというリスクを常に孕んだ状態ということであり、

「血気に逸った奴が謝罪を要求したとして、あの若造が素直に呑んだとも思えん。最悪、無礼打ちで斬り捨てられる可能性もあったろうよ」

「だからより早く、スバルきゅんは騎士の手でぶちのめされる必要があった」

 マーコスの言葉を引き取って、結論を述べたフェリスがユリウスを指差す。
 それから彼は指差しに使った手を縦に構え、謝意を示すように、

「ホントはね、ユリウスがやらなきゃフェリちゃんがやらなきゃかなーって思ってたんだけどネ」

「適材適所、というやつだよ。まさか君が自身を立会人に指名するわけにもいかないだろう? それに私には、それをしても不自然でないだけの理由もあった」

 王選の場での、些細な言い合いのことを言っているのだろう。
 確執があった分だけ、ユリウスが少年に私怨という形で練兵場へ招くことには誰も疑問を差し挟むまい。

「それにこう言ってはなんだが、私が一番うまくやれる自信があったのでね」

「あー、それに関してはフェリちゃんも賛成かなー。フェリちゃんの場合だと、まさか負けるわけないにしてもあんなスマートに決められにゃいし」

 剣の技量の話になると、フェリスは照れ隠しでもするように舌を出して笑う。
 魔法――それも『水』の系統魔法において比類ない実力を持ち、『青』の二つ名を有するフェリスは騎士団でも図抜けた魔力の使い手だ。が、その一方で実戦の実力においては近衛の中でも下から数えた方が早い。あるいは最弱の可能性もある。

 『最優』の名を冠するユリウスは、純粋な剣の技量であれば騎士団でも最上位。戦闘力という点で比較対象とするのが馬鹿らしくなる超人がいるため、その武勇がふさわしい評価を与えられてはいないのではないかと周囲の懸念もあるほどだが。

「こと、格下の片づけ方に関しちゃユリウスに任せて正解だろうよ。だからお前にも普段からもっと剣を振れって言っているんだ」

「やーですよぅ。汗水たらして剣なんて振り回して、フェリちゃんの白くて透き通るような掌にマメでもできたらどうしちゃうんですか。責任取れるんですか?」

「斬った張ったが生業の騎士やってる奴がそんなこと気にしてるんじゃねえよ」

 団長命令を気安い様子でかわすフェリスに、マーコスも呆れを吐息に乗せて肩をすくめた。それから彼は感情が出づらい顔に皺を寄せてユリウスを見る。

「お前の思惑はわかってる。あれが必要な配慮だったと、そう思えないほどものわかりが悪い人間も俺はしてねえ。が、やったことはやったことだ」

 こちらに同情の念を抱いていながらも、マーコスはきびきびとそう告げる。
 その公私を混同しない姿勢にユリウスは敬意を示すように身じろぎし、わずかに弛緩していた己を戒めるように細面を引き締めた。

「騎士ユリウス・ユークリウス、処分を言い渡す」

「は、謹んで拝聴します」

「五日の謹慎処分とし、兵舎及び王城への登城を禁ずる。その間、お前の剣は預かっておく。謹慎が解け次第、副団長のところへ受け取りに行け」

「――拝命しました」

 告げられた内容を吟味するように瞑目し、それからユリウスは流麗な動きで取り外していた騎士剣を恭しく捧げ、手を出すマーコスにそれを受け渡す。
 騎士の誇りそのものである騎士剣を受け取り、マーコスはその重みを確かめるように黒塗りの鞘の上に指を滑らせて、

「すまんな。本来なら、お前が負うべきじゃない責を負わせている」

 表情は変わらなかった。だが、その呟きには確かな憂慮の響きがあった。
 それを受け、ユリウスは小さく首を横に振る

「団長はご自身ができる最善を尽くされておいでです。一度は瓦解した近衛騎士団が、今日も精強で勇壮足り得るのは団長の存在あればこそ」

「部下の足並み揃えさせるのも満足にできん、懐の浅い男だぞ」

「それは違いますってば、団長」

 らしくもなく自嘲の響きを続けるマーコスに、反論したのはそれまで黙って成り行きを眺めていたフェリスだ。
 彼は長椅子の上で身を回して座り直し、猫の瞳と耳を楽しげに揺らしながら、

「みんなで仲良しこよしなんてできっこないんだし、団長はしっかり手綱握れてますってば。で、団長の握った手綱の先でフェリちゃんやユリウスが奮闘して、そのフェリちゃんたちの手綱の先でまた別の誰かが奮闘する」

 「そんなもんでしょ?」とフェリスは首を傾けてマーコスの顔を見上げる。部下たちからの労いと励ましの言葉にマーコスは片目をつむり、それから歯を剥いて荒くれ者にふさわしい粗暴な笑顔を作ると、

「部下も満足にしつけられねえってのは、まともな格好してこないお前のことも含めて言ってやってんだがな?」

「フェリちゃんの格好がこんななのなんてそれこそ今に始まった話じゃないですよーうだ」

 舌を出しておどけてみせるフェリスに鼻を鳴らして、マーコスはユリウスの騎士剣を丁重に机の上に横たえて、改めて椅子に座り直し、

「用件は以上だ。私も王選に向けて、処理しなければならない雑務が多々ある。――退室を命じる」

 一人称が『私』に戻ったことが、マーコスが心を許していられる時間を終わらせたことの合図だった。
 それを感じ取り、ユリウスが恭しく、フェリスが簡略的に、しかしどちらも等分の敬意を払いながら上司に向かって敬礼を送った。

 顎をしゃくり、無言でそれを見届けたマーコスに、二人が揃って背を向けると団長室の外へと出ていく。
 扉が閉まり、静謐な空間にひとり残されるマーコス。その唇がぽつりと、

「ままならねえな」

 と、そうこぼしたことは、部屋を出た二人には届かなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 団長室から退室し、詰所の廊下を並んで青年と美少女風。
 美形二人の並び立つ姿は絵画の一枚のようであり、片割れが男装した少女に見える点も見る側の想像力を掻き立てる意味ありげな要因になっていた。
 ともあれ、

「団長ってば融通利かにゃいんだから。裏事情まで見えてるんなら無罪放免でいいじゃないの、ねえ?」

「私にとっても団長にとってもそういうわけにはいかない話だよ。もっと重い処分が下ると予想していただけに、むしろ団長の温情を感じられた」

 不満げなフェリスをなだめ、ユリウスは自身にくだった処分に思いを馳せる。が、その端正な表情にかすかに渋いものが雑じり、

「副団長にお会いしなくてはならないというのが、少しばかり気が重いがね」

「あ、あれはやっぱり意地悪だよネ。フェリちゃんも聞いた瞬間、うげーってなっちゃったもん。顔に出なかったユリウスはすごいと思ったけど」

 声をひそめることもなく、自分たちの上司である副団長について話す二人。普段ならばフェリスの言動をたしなめる側に回るはずのユリウスも、今は言葉を濁して苦笑するだけで訂正しようとはしない。
 それだけで、それが二人の――否、騎士団にとって『副団長』という人物の共通認識がそれなのだと知れることだろう。

「それで、ユリウスはこれからどうするの?」

「当然、団長のご命令に従って屋敷で過ごさせてもらうよ。アナスタシア様に事情を説明して……大人しくしていてくださる方ではないのが気掛かりだが」

「その気持ち、わかるよぅ。フェリちゃんのところも、クルシュ様がどんなことするのかわからなくっていっつもドキドキだもん。でもでも、そーいう予想のつかないところがクルシュ様の危険な魅力っていうかぁ」

 物憂げなユリウスに同調しつつ、後半惚気て頬を染めるフェリス。彼はうっとりした顔で指をユリウスの胸に突きつけ、くるくると円運動させる。
 そうしてフェリスの惚気話を一通り律儀に聞きながら、させたいままにさせていたユリウスはふと、

「ところでフェリス、さっきの彼のことだが」

「今はエミリア様がご一緒。そのあとは少しの間だけど……カルステン家のお屋敷で過ごすことになると思う」

 質問内容が全て出る前に、フェリスの口から温度の消えた返答が上がる。
 口をつぐむユリウスを間近で見上げ、フェリスは「んふー」と笑うと、

「本当にユリウスは優しいよねぇ。騎士らしい、って言うべきかにゃ?」

「そう称されるのはこの上ない名誉だよ。……カルステン家で預かるというのは?」

「あまり患者さんの個人情報をペラペラ喋るのって良くないとフェリちゃん思っちゃってみたりしちゃったりぃ」

 いじらしい仕草で問いかけをかわすフェリス。しかし、ユリウスはそんな彼のすげない返答の中に納得へと至るものを拾い出し、「やはり」と呟くと、

「不審な点が多すぎると思ってはいたが、彼のゲートはかなり疲弊しているらしい」

「……フェリちゃん、なーんにも言ってないからネ」

 白々しいフェリスの態度に、ユリウスは肯定を示すように小さく顎を引く。
 そも、フェリスの『患者』という単語と、ユリウス自身がスバルに感じていた違和感を組み合わせれば容易に背景の想像はつく。
 そして、それらが聡明なユリウスの脳裏で導き出した結論は、

「エミリア様は本当に、損をされる性分の方だ」

 もっと、生きやすい方法があるに違いないだろうとユリウスは思う。
 報い方にも、その示し方にも、もっとわかりやすい方法がきっとあるのだ。しかし、彼女はそれを知らないし、知ることができる日々ではなかった。
 そしてそれはきっと、渡す方にとっても受け取る方にとっても、すれ違いと誤解を生じさせかねない、危うく儚い歩き方であると思う。

「もっと賢く生きればいーのに……って、そう思う?」

 ユリウスの独白に、フェリスが試すような問いかけを向けてくる。
 それを受けてユリウスはしばし黙考し、それから「いや」と首を横に振った。

「そうされるから、あの方はあの方として尊く、美しく生きられる。それを変えてほしいとは私は思わない。だからこそ……」

 続きを口にしかけて、ユリウスはそれこそ無粋だと口を閉ざした。
 言わずともいいこともある。そしてそれはフェリスにも伝わっていたのだろう。彼もユリウスの逡巡を理解した様子で己の猫の耳に触れ、

「ユリウスは、どうにゃると思う?」

「未来のことはわからない。私たちにできるのは願うことだけだ。誰もが正しく己らしく、恥じず生きられればいいと」

 顔を上げて前を向き、ユリウスは行進を再開する。
 遅れてその隣に半歩後ろから続き、フェリスは後ろ手に手を組んで身を前に傾けながら、

「そこに、あの子も入ってるの?」

「誰も、だよ、フェリス。我らはそのために、剣を持つのだから」

 折れてしまうだろうか、とユリウスは思う。
 折れてしまうのであれば、ここで折れてしまった方が幸いだと思う。
 けれど、もしも折れないのであれば、

「理想を掲げる愚か者と、またああして剣を交えるのも悪くはない」

 ユリウスの言葉を受け取り、フェリスは小さく含み笑いする。
 その反応に眉を立て、ユリウスは訝しげな表情を作った。そんなユリウスの表情にさらに面白いものでも見たかのようにフェリスは破顔し、

「ユリウスがそんな風に思ってあげてても、スバルきゅんの方は二度とゴメンだって思ってるんじゃないかなーって。あれだけ、公然とぶちのめされたらネ」

 口元に手を当てても隠し切れない笑み。

「色々と思惑はあったけど、やっぱりちょっとはムカついたりしてたの?」

 上目遣いに試すような口ぶり。ユリウスは反射的に「心外だ」と言い返しかけ、ふと己の心の内を振り返る。
 広間での場の礼を弁えない振舞いに、練兵場での数々の暴言。そして、それが生み出した結果と、それを原因に負担を強いられた女性の顔が浮かび、

「心外だよ、フェリス。私は騎士だ。曲がりなりにも、自身にそれを課している」

 優美に首を振り、己の行いに恥じることなどないと、そう掌を胸に当てて、ユリウスは並び立つフェリスの瞳を真っ直ぐに見つめて、

「いらっとしたのは、少しだけだよ」

「フェリちゃんはけっこうしてたけどネ」

 最大級のジョークを交わしたように、二人揃って笑みを交換する。
 それから詰所の入口付近に差しかかり、二人は改めて向かい合うと手を差し出し合い、しっかりと握る。

「では、またしばらくだ。君と、君の主が壮健であることを心より願うよ」

「ユリウスも、アナスタシア様にぶーぶー言われるだろうけど頑張ってネ。ユリウスがやったことの残りは……ま、こっちで引き継いたげるから」

 握手した手をほどき、フェリスはひらひらとその手を振ると、気楽な様子で詰所の外へと歩いていく。
 その背を見送りながら、ユリウスは遠ざかる友人――そして、敵を見据え、

「王位につくのはアナスタシア様だ」

「んーん、クルシュ様にこそ、王座はふさわしいの」

 そんな宣戦布告を交わし合って、騎士たちはそれぞれの主の下へと戻っていく。

 夕刻の空から降り注ぐ赤い日差しが、別れる二人に、そして王都に住まう全ての人々に平等の彩りを捧げる。

 ――それぞれの王選が今、始まろうとしていた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ