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SA-099 伝統を作ろう


 王都の地図を広げて、ジッと眺める日が続いている。

 そんなに見ていると、穴が開いてしまうなんて女王陛下が言ってるけど、こればっかりはね。上手く戦を進めないと被害がどんどん大きくなる可能性だって出てくるぞ。

 

「やはり爆弾を使うしか無さそうだな。残り十数本ではちょっと心許ないか……」

「数十程作っておくが良かろう。あの威力は頼りになる。ウォーラム王国の軍勢にも十分対抗できるであろう」


 とは言っても、過ぎた代物だ。それを見越しても倍もあれば十分だな。

 材料を仕入れてラドネンさんに頼んでおくか……。


「まあ、王都の方は何とかって事ですね。これで旧カルディナ王国の版図は何とか取り戻すことが出来ますが、マデニアム王国との国境争いは向こうが先に手を出している以上、一度やっておく必要があります。マデニアム側のふもとの砦を頂き、尾根を我等の版図にすることで満足してください。それ以上だと、マデニアム王国の二の舞を踏むことになります」

「そうじゃな。二度と我等に侵攻することが無ければそれで良かろう。尾根が大きな柵になるのじゃな」


 女王陛下の言葉に小さく頷いて答える。

 これで、皆も満足できるんじゃないかな?

 王国は滅ぼされたけど、新王国を興しているし、その版図は以前よりも広くなればね。


「となれば、アルデス砦の改修をしなければなりません。あれでは辺境の砦ですよ」

「砦の機能だけで良いと思うんですが、こんな形で良いでしょうか?」


 2人に見せたのは、向こうの世界にあるヨーロッパの城だ。部屋のポスターになってたから何とか思い出して描いてみたのだが……。


「尖塔があるのう……。全体を白の漆喰で固めるのじゃな。ふもとから眺めても綺麗に見えるであろう」

「おとぎ話のお城のようです。王都の宮殿よりは遥かに小さくなりますね」

「広間が2つに小部屋が数室でも十分じゃ。来賓用に別館を建てるのも良さそうじゃな。我はこれで良いぞ」


 城の規模としてはかなり小さいが、テーマパークのお城を真似てるからな。見栄えは良いと思うぞ。

 来賓用の別館というのは迎賓館になるのかな?

 大広間1つに客室が10もあれば十分だろう。石は荒地から運べそうだ。

 王都にケリが付けば長期計画で何とか作って貰いたいものだ。


「そう言えば、クレーブル国王より返書が届いておる。バンターの申し出は向こうも納得してくれたようじゃが……。新たな交易相手を探すのは共同でと言うておったぞ」


 おもしろそうな顔をして俺に話を振ってきたけど、やはり新たな権益は魅力に思えるようだ。俺達が船を使う事もできないから、優秀な船長を探して貰って共同出資とすれば問題は無さそうだ。


「夏には海が良いぞと言うて、すでに我等の別荘を建ているらしい。全く気の早い叔母様じゃ」

 そんな事を言ってるけど、女王陛下が存命であったことを何よりも喜んでいたからね。

 貰えるものは貰っておこうと思うけど、そうなるとあの時の話が浮上して来るんじゃないか?


「ザイラスさんの……」

「もちろん、国王夫妻が直々に動いておるそうじゃ。どんな娘を探し出すかが楽しみじゃのう。いくらザイラスと言えどもクレーブルの御妃の勧めでは断り切れまい」


 年貢の納め時ってこんな感じなんだろうな……。

 何となく、ザイラスさんが気の毒にも思えるんだけど、トーレルさん夫妻は今時珍しい熱々な感じだから、意外とザイラスさんも期待しているのかも知れない。

 まあ、他人事だからここは生暖かく見守っていよう。


「一段落すれば、軍の中にも婚礼がたくさん出るやも知れぬのう。既婚と未婚が直ぐに分かれば良いのじゃが……」

 それは余計なお世話って話なんだろうな。

 だが、確かに分からない事は確かだ。マリアンさんだって、どう見ても40歳は過ぎてるんだろうけど、果たして既婚なのかは分からずじまいだ。下手に質問したらフライパンで殴られそうだからな。

 あの威力を目の前で見せられてるだけに、それだけは避けたいところだ。


「俺の国だと直ぐに分かりますよ。既婚者は左手の薬指に指輪をしますから。結婚式で互いの指に付けてあげるんです」

「薬指と言うのは?」


 これですと、左手の薬指をピコピコと動かす。

 ほう……。と言う目で見てるぞ。

 

「シルバニアの伝統行事にしようぞ! それなら、直ぐに相手に告白出来そうじゃ」


 椅子から飛び上がって叫んでるけど、そんな事をすると王冠が落ちそうだ……。

ん? 王冠が変わってるな。

 略式って事かな? 彫刻の入った金細工のサークレットを付けている。それならどんなに動いても落ちることは無さそうだ。

 それより、伝統行事って長い年月があって、そう言われるんじゃないのか?

 最初から伝統行事を狙うと言うのも、ちょっと考えてしまうぞ。


「女王陛下であればバンターさんに頂けるでしょうけど、私は夫をすでに亡くしています……」

「それなら、自分で気に入った物を買えば良いですよ。あくまでちょっとした社会のしきたりのようなものですから」


 未亡人って事だったのか。聞かないで良かったな。

 そんな俺の言葉にニコリと微笑んでいる。ちょっとしたアクセサリーだけど、その意味するものは想像以上って事なのかな。


「エミルダ様に相談してはいかがでしょうか? 結婚の儀は教団の神官様が行います。その教義に反するようでは困ります」

「たぶん、問題は無かろうが……、一応聞いてみるのじゃ」


 そんな会話をした数日後。

 相変わらず地図を睨んでいる俺のところにエミルダさんがやってきた。

 少し暑くなってきたと互いに挨拶を交わすと、エミルダさんが俺の顔を見て微笑む。



「女王様がおもしろい習慣をシルバニアに作ろうとしているのは、バンターさんのお考えですね」

「指輪の話しでしたら、たぶん俺が原因かと……。さすがに他に勧めるのはどうかと思っているのですが」


 俺の言葉にエミルダさんは首を振った。肯定してくれるのかな?


「悪い考えではありません。私も、ほら! 付けていますよ。これは教団の神官資格を得た時に渡される誓約の指輪です。バンターさんの考えはこの誓約の考えに似ています。教団の神官として十分に教義に適うものと認定できます。

 神官は左手の中指ですから、着ける位置を変える点でも評価できると思います。一応、教団には認可を得た方が良いと思い、書状を送りました。夏の終わりには裁可が下りるはずです」


 教団の誓約の指輪って俺の世界にも似た話があったな。

 位置が異なればそれ程、教団も反対はしないだろう。前にアルデス砦にやってきた貴族はたくさん着けてたからね。

 

 俺達で1つの習慣を作ったことになるのかな?

 エミルダさんがにこにこしているのも、そんな事を始めた人物の1人として周りに知られるのが嬉しいんだろうな。


・・・ ◇ ・・・


「どうにか鉄柵を切断しました。水中でロープを結び、切断箇所は粘土で付けてありますから見掛けは変わりません」

「問題は隠れる場所だが……」

「この倉庫に、空き箱がたくさんありました。運び出せば簡単な障害にも使えそうです」


水路近くの倉庫をラディさんが指さした。

既に、トレンタスにはウイルさん達が2個大隊を率いて駐屯している。

ウイルさん達の軍勢を見て、慌てて西の砦に逃げ帰ったらしいから、ウイルさんも拍子抜けに違いない。

これで、王都を孤立させることが出来たのだから、後は、攻略をいつ始めるかの相談になる。


 その夜の会議で王都攻略の作戦を明日討ち合わせることを告げた。

 トーレルさんやアルデス砦を守っているレイトルさん達もやって来るだろう。留守は民兵に任せれば良い。

 旧カルディナ王国の版図を取り戻す最後の戦になるのだ。この日を待っていた全員が参加したいだろうからな。


次の夜。広間のテーブルには懐かしい連中が姿を現した。

 リーダスさんも参加って事なんだろうか? ワインをジョッキで飲みながら俺をジッと見つめている。

 皆が注目したところで、テーブルに地図を広げる。

 基本は北の砦と同じになるんだが、少し問題があることは確かだ。


「いよいよ王都攻略を始めます。準備は明日の昼に行ってください。明後日の午前中に出発して夕暮れと同時に王都を囲みますが、その前に、商人の荷馬車でラディさん達は潜入してください。酒ダルが20個あれば荷役としても怪しまれないでしょう。荷車は3台で良いでしょう。途中で我等に酒を取られたと言い訳もできます。適当に酒の肴を積んで行っても構いません」


 潜入するのは3人だ。明け方に火事を起こして貰う。その場所は大通りの反対側の倉庫群だから、王都の連中はそちらに注意が向くだろう。王都の水路は王宮の東から入って大通りの左右を流れた後に、南西にある小さな貯水池を経て城壁の外に流れているらしいが、それほど大きな流れではない。馬なら簡単に飛び越えられるし、3m程の丸太が3本あれば立派な橋になるそうだ。


「火事を待って、軽装歩兵と俺達が水路から忍び込みます。一旦はこの倉庫に隠れますから、くれぐれも火矢は撃ちこまないでください」


 南門への攻撃は火事を合図に行って貰う。

 爆弾を着けたボルトをカタパルトで10本も射こめば簡単に破壊できるだろう。ダメなら火矢を打ち込めば良い。


「ある程度門が破壊できたなら、鎖帷子で覆った爆弾を城壁の中に撃ちこんでください。後は力攻めです。門を開けたなら槍車で一気に王都に押し入ります。重装歩兵の槍衾の後ろから長弓で矢を放てば良いでしょう」


 その隙に俺達は王宮を焼く事にする。

 投降する者は、南に追い立てれば良い。その場で確保すれば俺達の戦力が下がってしまう。


「俺達も王都に雪崩れ込んで良いんだな? ようやくこの日が来たか……」

「槍車は数台は必要でしょう。明日は荷車の改造に忙しくなりますね」


「南門を守る様に布陣してください。女王様も参加しますから、よろしくお願いします」

「石弓が1個分隊以上になるな。荷車に板を張ってその後ろで石弓を使って貰えば俺達も安心できる。バンターこそ2個小隊なんだから気を付けるんだぞ!」


 そんな事を言ってるザイラスさん達だって、どうにか1個中隊なんだよな。

 それでも、仲間達と肩を叩き合う姿を見ると、俺もなんだか嬉しくなってしまう。


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