SA-097 次は王都だが、その前にやることがありそうだ
南門付近の騒ぎが、潮が引くように小さくなっている。
館の火事も下火になり、砦の中が急に静かになった。
「どうしたんでしょう?」
石弓を構え、背中を家の壁に押しあてながら、ラディさんが聞いてきた。
「たぶん、逃げ出したのかも知れないな。とは言え、南門が見えるまでは注意して下さいよ!」
恐る恐る南に向かって路地を進んでいる俺達の後ろから、駆け足でやって来る足音が聞こえてきた。
刀を構えて振り向くと、軽装歩兵の1人が息を切らせて俺達のところで立ち止まる。
「オットーさんから伝言です。『南門前の広場に兵士の姿無し。南門は開放されている』との事です」
その言葉に、ラディさんと顔を見合わせると、どちらかともなく頷いた。
「どうにか終わったな。一旦、部隊を南門の前に集めてくれ」
俺の言葉を聞いて、兵士が前方に走っていく。
「北の砦は上手く行きましたね。次は王都ですか……」
「ああ。だけどその前に王都に1個小隊を送りこんで置きたいね。ラディさん達は商人の荷車で何度か王都に行ってるけど、隠れる場所はありそうかい?」
戦闘が終わっているから、刀を背中に戻して、ラディさんと路地を話しながら歩き始めた。
「デヤァァ! 覚悟!!」
突然、路地の物陰から男が飛び出して来た。
片手剣を腰だめにして、俺にぶつかって来る。
その場でのけぞる様に倒れながらブーツの先で相手の腕を蹴飛ばして片手剣を弾く。
ドス! いやな音が俺の身体の上から聞こえ、男が俺の横に倒れてきた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう」
ラディさんが伸ばしてくれた腕を手に取って体を起こす。
背中のホコリをポンポンと叩きながら、ラディさんが男から手裏剣を回収しているのを眺める。
「油断は出来ないね。一度全部の家を確認する必要がありそうだ」
「朝になってからで良いでしょう。潜んでいるのは逃げ遅れた兵士達だと思います。投降すればそれで良し……」
猶予を与えると言う事になるのかな?
まあ、それでも良いだろう。次の戦には間があるからな。
南門の前の広場は直径50m程の広さがあった。
その正面の扉はかなり焼けてはいるが開いている。やはり、ザイラスさん達が右に移動した事で敵兵達は扉を開いて街道を逃げ出したのだろう。
ここまでは作戦通りだが、果たして何人が王都に到着できるだろう?
ザイラスさん達は追撃戦を挑んでいるだろうし、東に延びる街道は民兵達に封鎖されているはずだ。
「バンター殿、小隊長と副隊長が揃いました」
「ご苦労。あの焚き火だな」
軽装歩兵の告げる先には焚き火が作られている。
重装歩兵達は数人掛かりで開け放たれた扉を閉めようとしている最中のようだ。戻って来る事は無いだろうが、念のためと言う奴だろう。
「ご苦労さま。兵員の点呼は済んでますか?」
「負傷者が何人か出ていますが、重傷ではありません。10日もすれば再び戦えます」
オットーさんが確認してくれてたようだ。
無傷とはいかなかったが、死亡者が出なかったのは幸いだな。
俺達は、焚き木の束に腰を下ろしてパイプに火を点ける。
ふう……と煙を夜空に吐いた。
「路地の影に隠れていた男に襲われたが、ラディさんに助けられた。敵兵が全て砦を去ったとは言い難い。明日は、3人1組で砦内の建物を改めて欲しい。夜間はこのままで構わない。ゆっくり兵を休ませてくれ」
「了解です。この周囲に板を張っておきましょう。ここでバンター殿を失う訳には行きません」
直ぐに兵士に銘じて、焼けた兵舎から燃え残った板を引き剥がして荷車に立て掛け始めた。簡単な障害だが、十分に矢を防ぐことが出来る。
兵士達も、荷車やタルを利用して思い思いに休める場所を作っている。
すでに深夜は過ぎているのだろうが、安心できる場所に腰を下ろすだけでも緊張を解くことが出来るからな。
オットーさんが持ってきたワインをカップに半分程注いで貰い、一口ずつゆっくりと飲む。
どうにか落とすことが出来たが、王都はこんなものじゃないはずだ。十万を超す人々が生活してるんだからな。俺達の部隊だけで何とかできるんだろうか……。
そんな王都を占拠している敵兵は1個大隊。40人の小隊が4つで1個中隊、それが4つだから……都合640人。それに従兵や士官達がいるから700と見込んではいるのだが、西の砦からの応援と、マデニアム貴族の私兵達を合わせれば千人と想定しておけば良いだろう。
俺達の部隊は、小隊が6つだからな……。3倍の敵に戦を挑むって事になるわけだ。
素早く1個小隊の軽装歩兵を送り込んで東西と南の3つの門のいずれかを開ければ良いんだが……。
王都の地図を眺めながら、いつの間にか寝入ってしまったようだ。
辺りの明るさと荷馬車の音で目が覚めた。
そんな荷馬車の列を押しのけるように数騎の騎士がやって来る。俺を見付けたらしく、馬の足を速めて近付いてきた。
ザイラスさんのようだ。隣はクレーブルのリックさんじゃないか!
「終わったな。後はオットーに任せれば良い。ミューがカナトルを引いて来る。一旦、ヨーテルンに戻れ。オットーには俺から伝えておく」
そう言って、俺の後ろの荷車に馬を繋ぐと、重装歩兵達が後片付けをしている中に入って行った。
ここにいてもやることもないし、腹も減ってきた。
早めにヨーテルンに戻るとするか。
「私も一旦、戻ることにします。王都の鉄柵を切る道具の調達をしませんと」
「もう少し、水が温んでからでいいよ。監視兵もいるだろうし、長く作業するのはまだ辛いからね」
「ははは……。冬の狩りに比べれば楽なものですよ」
ラディさんと仲間達が俺の話を聞いて微笑んでいる。
そんなに冬の狩りは苦労するんだろうか? ひょっとして雪穴でジッと獲物が近付くのを待つとか……。
ラディさん達の攻撃は、相手が近付いて来るのを待って素早く狩るんだよな。片刃の片手剣を背中に背負ってるんだが、振り回さずに突きで相手を攻撃しているようだ。
狩りの方法で戦っているのが良く分かる。
敵がラディさんを見た時には、すでにラディさんの攻撃が終わっているようにも思える。俺も見習いたいものだが、あれって天性の勘の良さも入ってるんだよな。
ミューちゃんが引いて来たカナトルは5頭だった。
帰る前に、軽い食事を取る。ミューちゃんが、お弁当を俺達に配ってくれたからな。まだ、カナトルの鞍に付けたカゴにたくさん入っているらしく、俺を探しに来たサンドラ達に分けているぞ。
「我々もヨーテルンに引き上げます。重装歩兵1個小隊でこの砦を修復するとオットー殿が言っておりました」
「王都攻略まではオットーさんに頼んでいるからね。次にオットーさんに会う時は王都の城壁内に違いない」
俺の言葉にサンドラが騎士の礼をする。
いよいよ王都が見えてきたのが嬉しいに違いない。
・・・ ◇ ・・・
ヨーテルンの砦に戻り、広間に入るとトーレルさんと女王様がお茶を飲んでいた。
俺が席に着くのを待って、トーレルさんが口を開く。
「1個大隊の守る砦を2個小隊で破るとは恐れ入りました。次の王都攻略は是非とも私を参加させてください」
「まあ、2個小隊と言っても、南門には女王様やザイラスさん、それに民兵の人達も色々と手伝ってくれましたから。それで、逃走した砦の守備兵の運命は?」
「ザイラス殿が半数以上刈り取ったようです。王都に戻れたのは1個中隊程には足りぬでしょう」
「味方に戦死者が出なかったのは幸いじゃ。次はいよいよ王都になるのう」
残り2つ……。その攻略がいかに大変なのかは皆が知っているのだろう。
北の砦を我等が物にしても、あまり喜びが沸いてこないようだ。
やはり、爆弾を作るしか無さそうだ。北の砦でも数個を使っているから、残りは十数個というところだろう。
カタパルトで爆弾を打ち込むのは、王都攻略を行う以上避けられないだろうな。
少なくとも俺達全軍の3倍になる戦力だ。取って付けたような策が通用する相手とも思えない。
「で、バンターは何時頃を考えているんだ?」
「夏の終わりを考えています。王都の食料庫が底を着く頃ですから、籠城戦になれば俺達に分があるでしょう。でも短期に終わらせねば住民が飢える事になりかねません」
相手に籠城が困難であると思わせるだけで良い。
それだけでも、正常な判断が出来なくなるだろう。住民から食料を奪うような事があれば、おとなしくしている住民の蜂起さえ今の状況では考えられるからな。
「今度はトーレルも参加させろとうるさく言っているぞ」
「大丈夫です。今度は全軍で当たりますよ。ふもとの砦とアルテナムの村を民兵達に守って貰えば、マデニアム王国軍の反撃で裏を掛かれる恐れも無いでしょう。
タルネスさんの話では、かなり疲弊しているようですから、王国の立て直しは長期になるでしょうね。その前に、俺達も少し反撃しないと……」
俺の言葉に皆が頷いてるから、マデニアムに何らかの圧力を加えることには賛成のようだ。これは来年以降の話になるだろうな。
「そうじゃ! フィーネが税の相談を持ち掛けているぞ。バンターが戻ってからと返事をしておったのじゃが、明日でも構わぬか?」
「良いですよ。たぶん公平な税の徴収に悩んでいるんでしょうね」
「俺がその任を受けたのなら山賊に戻ってるな。カルディナ王国時代もかなり問題があたのだ」
ザイラスさんがそんな話を他の部隊長としているのが聞こえてくる。
税の不公平感は王国への不満になって直ぐに現れる。他国の制度が良く思えたなら、自国を売るような人物が現れないとも限らない。
だが、優遇する事もできるだろう。何故優遇されるのかを皆が理解できるなら不満は出てこない。過酷な労働や、公益性があっても利益の少ない仕事であれば皆も理解してくれるんじゃないかな。
フィーナさん達はその辺りも考慮しているんだろうか?
たぶん親達から聞いた、カルディナ王国の税制を基本にしてはいるんだろうけね。