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SA-096 南に向かって進め


 工房の炉は火が落ちていないから、体育館ほどの広さのある工房はぼんやりとした明かりで満たされている。

 すでに石弓の弦が張られ、ボルトがセットされているけど、セーフティが掛かっていれば安心できる。

 ラディさんが2人の配下を連れて状況確認に出掛けたから、俺達は工房の出口付近でジッと時を待つ。

 そんな中、乾いた爆発音が2回聞こえてきた。

 遠くから叫び声が強弱のうねりを伴って聞こえてくる。


「南門でしょうか?」

「予定通りって事だ。俺達も忙しくなるぞ。しばらくは石弓だけだ。交代しながら放ってくれよ」


 これで、砦の守備兵の注意は南に向かったはずだ。

 次は東の重装歩兵達だな。

 扉近くに陣取って外の様子に聞き耳を立てていると、コンコンと小さく扉を叩く音がする。

 同じように扉を叩くと、ラディさんが扉を少し開けて素早く工房の中に入ってきた。


「東の城壁にも兵が上っていきました。東の重装歩兵も姿を現したようです。工房付近には隣にある牢の番人がいただけですが、すでに始末しておきました」


 報告してくれたラディさんに頷くと、サンドラを呼び寄せる。

 工房の床に地図を広げてランプで照らすと、2人の顔と地図を指しながら指示を出す。


「館の再建は終わったのか?」

「木造ですが2階建ての立派なものが建っています。大きさは少し小さくなってますね」


「ラディさん達は、館に火を放ってくれ。これで南門までの通りと西の路地を封鎖できる。軽装歩兵1個分隊を東の路地に配置。路地と東の城壁の監視兵を狙撃してくれ。残り1個分隊は館の東で向かってくる兵を何とか食い止める。

 その前に、北の門の扉を開けて森に待機する軽装歩兵に合図を送ってくれ」

 

 役割を伝えたところで、工房の扉を開き、左右に軽装歩兵が散って行った。

 南から怒号に似た声が聞こえて来る。かなり派手に火矢が撃ち込まれているようだ。ここからでも火矢が石塀を越えて来るのがはっきりと見える。


 近くに残土を運ぶ荷車が3台あるから、これで俺達の防壁を作れるな。

 数人の兵が扉を開けて、1人がランプを持って外に出ると、直ぐに引き返してきた。

 これで2時間もせずに援軍が到着する。


 ラディさんが用意した油を館に掛けて、俺の方に顔を向ける。

 俺が頷くと同時に、ランプの布の覆いを外してランプを館の木壁に叩きつけると一気に炎が壁を走る。

 傍に寄って来たサンドラに、工房傍にある荷車を指差す。直ぐに、数人が荷車を横に並べて即席の防壁を作った。


「ラディさんもいるけど、あまり期待するなよ。陰から支援はしてくれるはずだ」

「いえ、十分に期待させて貰いますよ!」


 火事に気が付いて、館の者が裏手に回ろうとするところを石弓で狙撃しながらそんな話をする。

 ラディさん達は西から回って来る監視兵を仕留めているようだ。

 館の火勢が強くなり、館からバラバラと人が飛び出してくるが、そのまま南に向かっているようだ。

 こちらにやって来る連中だけを狙撃すれば良い。

 1分隊程が俺達に向かってきたが、直ぐに全員が石弓のボルトに倒れた。

 更に、敵の増援が南から通りをこちらにやって来るのが見える。

 

 すでに館は火の海だから、こちらに来るにしても火災現場近くを通らねばなるまい。あれだけの炎だからしばらくは互いに矢を撃ち合う事になりそうだ。

 

「弓兵が数人いるぞ。先ずは弓を潰せ!」

 サンドラが良く通る声で部下に指示を出している。俺はひたすら撃てば良いだろう。俺のボルトケースには残り数本のボルトがあるだけだ。撃ち尽くす前に、増援が来てくれれば良いのだが……。


 ガラガラと館が崩れ始めた。火を付けてから1時間は立っていないと思うけど、案外火に弱い建物だな。

 崩れた火が通りを塞ぐように広がってくれたから、駈けつけた敵兵も俺達に矢を放つのが精々だ。

 東の路地を守る軽装歩兵に数名の増援を送ったところで、俺達も建物の陰に身を寄せる。


「まだボルトはあるのか?」

「半数を使いましたが、まだボルトケースに定数が残っています」


 もう少しは粘れそうだ。

 とは言え、早いとこ増援が来てくれないと困ったことになりそうだぞ。


「路地をやって来る敵兵が増えてきてます!」

 息せき切って走り込んできた軽装歩兵が俺達に報告してきた。

「サンドラ、ここにいる連中で工房から椅子や机を運んで障害を作れ!」

 

 俺に頷くと、残った兵士を引き連れて工房の中に走っていく。

 ある程度は予想してたけど、東の攻撃はどうなってるんだろう? こっちに向かってくる敵兵の数が予想よりも多いような気がする。

 壁の陰から敵兵に残りのボルトを放つと、石弓を燃え盛る館に投げ込んだ。

 背中の刀を片手で確かめ、敵が障害を乗り越えるのを待つ。

 門近くの暗闇からボルトが放たれてくるから、敵兵が障害に取り付くのを躊躇しているようにも見える。ラディさんに感謝だな。

 

「ウオオォォ!」

 後ろから突然起こった蛮声は、グンターさん達だ。

 一気に数が増したボルトに、敵兵が次々と倒れて行く。


「遅くなりました。1個分隊を路地に回しましたが、まだまだ火勢は強いですね」

「御蔭で、敵兵があまり近付かない。路地は激戦みたいだな。南門の情勢を何か知っているか?」

「兵舎と南門に近い倉庫1つが火事のようです。通信兵の知らせでは門の扉が焼け落ち角は時間の問題のようです」


 それで北に下がって来たのか……。確かに扉も木製だからな。カタパルトで投げ槍のような火矢をたくさん受けたらたまったものではないだろう。

 ここでザイラスさん達が退いてくれれば、敵は一目散に王都に逃げ出すだろう。

 

「重装歩兵の移動は始まってるのか?」

「北門をくぐる前に合図を送ってあります。城壁の兵士を狙撃しながら向かっているはずです」


 なら、後1時間もしないうちに俺達の戦力は2倍になる。それまでの辛抱だ。

 とは言え、少しずつ通りに敵兵が集まって来た。すでに2個小隊程の数に迫っている。火事が下火になったら、一気に押し寄せてきそうな気配だ。


ラディさんに手を振って、こちらに呼び寄せる。

 直ぐにラディさんが石弓を放ちながら俺の隠れている家の壁にやってきた。


「ラディさん。確か爆弾を持ってたね。あの家の屋根から連中に1個投げてくれないかな? 少し増えすぎたみたいだから、押し寄せてくると厄介だ」

「2個持ってますが、1個で良いですか? では、早めに散らしましょう。合図したら、隠れてくださいよ」


 俺が頷くと、直ぐに屋根に上っていく。

 本当に忍者みたいだな。屋根から屋根に飛び移ると、敵から反対側の屋根に隠れた。

 火を点ける道具を持ってるみたいだな。石綿で覆った炭なんだろうか?

 

 少し北に移動すると、屋根にぴたりと張り付いたラディさんの姿が見える。

 俺の姿を確認したラディさんが爆弾を持った手を振った。


「皆、隠れろ!」

 俺の怒鳴り声に、軽装歩兵が物陰に隠れた。

 次の瞬間、炸裂音が鈍く響く。壁から敵を除くと、先ほどの兵が半減している。簡単な爆弾だけど、鎖帷子で包むととんでもない威力になる。


「かなり減りましたね。それに増援が来ましたよ」

 ラディさんが屋根から飛び降りながら北に腕を伸ばす。

 その方向には、通用門から、続々と入って来る重装歩兵達が素早く隊列を整えているのが見えた。


「館は見る影もありませんな。後は我等に任せてください。ボルトも背負いカゴで運んできましたぞ!」

 オットーさんが俺にそう伝えると、少しずつ火勢が衰えてきた通りに向かって2重の槍衾を築かせている。

 軽装歩兵達が素早くボルトを分配している。俺の石弓は燃やしてしまったからな。ラディさん達と行動するか……。

 

 グンターさんとラディさんを呼びよせ、部隊展開の指示を出す。

「グンターさんは東の路地を担当してくれ。回り込もうとする敵兵がやって来るから、1個分隊は槍を持たせて、その後ろから石弓で仕留めるんだ。オットーさん達は南の門に伸びる通路を担当して欲しい。ゆっくり前進、後続からボルトで十分だろう。

俺達は西の路地を担当する。通りを100D(30m)も進んだら、上空に2回【メル】を放ってくれ。ザイラスさん達が動き出す」


 3人の部隊長が頷いたところで、ラディさんと一緒に館の北を通って西の路地に向かう。

 こちらは火事現場になっていたから、敵兵は回り込んで来なかったが、火勢が衰えて、通路に重装歩兵がいるとなれば、後ろを取ろうとする連中も出てくるに違いない。


建物の壁から低い位置で顔を出し、路地をうかがう。

 まだ回り込んではいないようだ。

 建物にへばりつくようにして路地を少しずつ進むと、やはりやって来たようだ。

 10人程がこちらに走って来る。


 ラディさん達が先頭を走る3人をボルトで倒したところに、刀を引き抜いた俺が対峙する。

 1人ではあるが、変わった長剣で、構える姿も初めて見るに違いない。そこで立ち止った敵兵に再びボルトが襲う。

 倒れる敵兵の後ろから、長剣を上段に構えて敵兵が俺に迫って来た。

 振り下ろすタイミングを見ながら体を斜めにして避け、俺の横に飛び込んで来たところへ刀を突き差す。そのまま横に振りぬいて次の敵兵の顔を下から斬りはらって後ろに下がった。

 続く敵兵の胸にボルトが突き立つのを見て、敵兵は南に逃げて行った。


 上空に2発、火炎弾が炸裂する。

 これで、最後の策が開始されるけど、敵兵は動いてくれるだろうか?

 上空を見上げたのは一瞬だ。

 こんな状態で他の事を考えてたら命が幾つあっても足りないからな。

 再び家の壁伝いに路地を南に向かって進み始めた。


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