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SA-095 北の砦への侵入


 クレーブル王国の賓客が帰ると、いつもの連中がヨーテルンの砦にある広間に集まる。さすがにトーレルさんは来ないけど……。まあ、新婚だからね。

 北の砦の攻略時には、ヨーテルンで1個小隊の騎馬隊で待機して貰うことで、俺達は了解済だ。


「それで、いつ始めるんだ? すでに近隣の山には雪が無いぞ」

「始めますか? それでは、ミューちゃん地図を広げて貰えないかな」


 俺の言葉に、ミューちゃんとメイリーちゃんが大きな地図を広げた。

 縦横2m程の大きな紙の真ん中に北の砦が50cm程の大きさで書かれている。

 砦はほぼ真四角で1辺が300m程だから、かなりの大きさだ。

 それでも大通りはもちろん、路地まで描かれている。


「これが北の砦と周辺の地図です。攻略は砦の南門を中心にザイラスさんの指揮で行います……」


 正面から攻撃を加える騎馬隊は1個小隊だ。どう考えても少ないのだが、ミクトス村とアルテナム村の民兵2個小隊を石弓兵として門の正面に置けば、それほど不自然ではないだろう。

 槍車を門を囲むように配置すれば敵が迎撃しても十分に耐えられる。

 その後ろにカタパルトを荷車に乗せて持ち込めば、正面突破を俺達が考えていると勝手に思ってくれるだろう。


「次に東から重装歩兵に火矢を放って貰います……」


 重装歩兵の武装は槍と石弓だが、今回は長弓を使って貰う。

 ある意味陽動ではあるが、砦の壁に近付かねば敵の矢に当たることは無い。

 敵の注意を引きつけられれば十分だ。

 当然、敵側も東を無視できなくなるから、砦の敵兵は南と東に集まるだろう。


「これだけでは、必ずしも俺達が正面突破を行うとは思えないでしょう。そこで軽装歩兵2個分隊を北西の森に配置します……」


 北に通用門のような小さな門がある。

 鉱山で働く囚人達を脱出させた門だが、軽装歩兵が森から門に移動して来れば、この門の周囲にも兵を配置せざるをえない。


「俺達の総兵力は小さなものです。本来なら分散攻撃など愚の骨頂なのですが、この3方向からの攻撃すべてが陽動であるとは敵の指揮官も気が付かないでしょう」

「全て陽動なのか?東と南が陽動で北が本命だと思っていたが……」


「本命はここです!」

 砦の北東部をパイプで差した。

 銀鉱山の空気穴、ここから軽装歩兵2個分隊とラディさん達数人で砦内に侵入する。

 

「北の通用門を開けば、さらに2個分隊の軽装歩兵が侵入出来ます。館に火を放って、南門に通じる通りを塞いだところで、東の重装歩兵を北門に向かわせます……」


 都合2個小隊になる。揃ったところで路地沿いに南門に向かえば砦の反乱軍は南北から挟撃される。


「俺達が砦内の半分近くまで南に下がったところで、【メル】の火炎弾を2発空に放ちます。東の城壁の上からですから、ザイラスさん達にも良く見えるはずです……」


 この段階で、ザイラスさん達の軍を砦から見えない位置に後退させる。

 荷車やカタパルトで街道から離れた東側に陣を組み直せば民兵が多くとも問題はないだろう。

 

「ザイラスさん達は砦に見えるように、城壁の東を回るようにして街道のこの位置に待機してください……」


 俺達全軍が北門からなだれ込むと相手に思わせる。

 今まで南門の前に展開していた軍が後退し、一部の部隊が東に向かったとなれば、相手の指揮官はどのように軍を動かすだろうか?

 

「そんな状況を作れば南門から逃げ出して王都に向かうぞ!」

「ある程度砦から離れたところで、ザイラスさんが追撃すれば済むことです」


 夜間決行だからどれだけ取りこぼすかが問題だが、東への街道を民兵達が封鎖すれば、逃れる先は王都だけになる。民兵部隊の指揮はアルデス砦から1分隊の重装歩兵を民兵と一緒に移動すれば良い。カタパルトの使い方も分っているはずだ。


「あえて、逃げ道を作ってやるのか……」

「利用するかどうかは相手次第です。ですが、砦に侵入する部隊が2個小隊ですからね。なるべく反撃を受けるよりは逃げてくれた方が助かります」


 窮鼠猫を噛むと言う事にはなりたくない。

 それに、いったいどれだけの敵軍が王都に辿り着けるのだろうか?

 歩いて2日は掛からぬだろうが、1日以上掛かることは間違いない。ザイラスさん達が騎馬隊で追い掛けて矢を放てば、王都に到達出来る兵士はいないんじゃないか?


「質問はありませんか? 無ければ5日後の日暮れを持って、ザイラスさん達の火矢を開始の合図とします」

「待て! 我等はバンターと一緒で良いな?」


 王女様が俺を怒鳴りつけるように大声を上げたが、いくらなんでも女王様が先人を切るような王国は無いと思うぞ。

 救いを求めるように、王女様の後ろに控えていたマリアンさんに視線を移すと、諦めきった顔で首を振っている。

 ザイラスさんは、おもしろそうな目で俺を見てるけど、笑い声を上げないようにかなり我慢しているみたいだな。


「女王に一言申し上げます。そもそも君主とは、配下に手柄を与え、その責任を自らが取ることを旨とすべきでしょう。

ですが現在は激動期、必ずしもそれに準じる必要はないでしょうが、万が一の場合はせっかく建国したシルバニア王国が一か月も持たなかったと他の王国から嘲笑を受けぬとも限りません。

もし、女王に北の砦攻略の参加のご意思があれば、カタパルトによる攻撃の指揮をお願いしたいのですが」


「確かに、君主自らが先頭に立つ戦はあまり聞いたことが無い……。今回は、南門に布陣することで良いじゃろう。だが、王都奪回のおりは我も王都に入るぞ」


 家族の手で逃がされたらしいからな。王都と砦では思い入れも違うのだろう。

 それに、上手く行けば最後の戦にもなるはずだ。

 軽装歩兵で周囲を固めれば矢も防げるに違いない。……となると、最初に王都に侵入する部隊は1個小隊以上必要になりそうだ。今年は頭が痛くなる戦が続くな。


「砦の城壁から離れていれば流れ矢の心配もなさそうだ。女王陛下が参戦するなら、バンターの言う位置が最もふさわしく思うぞ。だが、バンター……。王都攻略は女王陛下の意思を尊重してくれ」


 ザイラスさんも苦しい譲歩をするようだ。突っ込まないように、紐で結んでおきたい位だぞ。


・・・ ◇ ・・・


 せっかくエミルダさんが書いてくれた降伏勧告書も、効果が無かった。

 矢文で砦に放ってきたとザイラスさんが言っていたけど、変化がまるでない。

 1個小隊位は出てくると思っていたんだが、疑心暗鬼に陥っているのかもしれない。

 少なくとも、被害を出さぬ手を打ったことは確かだ。

 これ以降の投降は認めぬとまで女王様が怒っていたけど、少しは認めても良いんじゃないかな。

 奴隷扱いはしないけど、やって貰いたい仕事はあるんだからね。

 

矢文を放って3日目に、俺達は北に向かってヨーテルンの町を部隊単位で後にする。2個分隊を率いてきたトーレルさんが、不満そうな表情を隠さずに俺達を見送ってくれたのが印象的だったな。


 俺達侵入部隊は荷馬車で砦近くまで街道を移動して、砦から数kmのところで森の中に入っていく。

 お弁当に固く焼いた平たいパンを数枚貰ったけど、乾燥野菜で作るスープと一緒に食べるんだろうか? そのまま食べたら歯が欠ける兵士も出るんじゃないかな?


 昼過ぎには、砦の東の荒地に出て、尾根を縦走するように北に向かう。

 4年前には長距離を歩くのは苦手だったが、この頃は丸1日歩いても足が痛くなることは無い。

 それだけ身体の筋肉が付いたんだろう。それとも、【アクセル】の呪文が効いたのかな。

 砦の北にある森に着いたところで、空気穴を探す。

 簡単には見つからないように周囲には藪が茂っているが、ラディさんが一度見付けてるから、日が傾く前に穴を見付けて、近くに炭で炉を作る。

 周囲を黒い布で囲っているから、砦から見えることは無いだろう。


「入口が思ったより小さいな」

「ですから、太った者は入れませんし、ヨロイを着ることも出来ません。坑道まで20D(6m)ほど斜めに下っています。武器は数人が入ったところで下ろせば良いでしょう」


 俺の言葉にラディさんが答えてくれた。

 明日の夕暮れ時に、ここから2個分隊が入ることになる。

 砦からかなり離れているから、木の陰に隠れてパイプも楽しめる。少し早めに夕食のスープを作り、夜は交替で見張りをする。


「山賊時代を思い出しますね。見つからぬように森で休んだものです」

「どうにかここまで来たね。あと少しだ」

「すでにシルバニア王国軍ですから、山賊は廃業です。ですが、皆あの頃を懐かしがってるのも確かです」


 やたらに士気だけが高かったな。少人数だったけど誰もが一生懸命だった気がする。

 俺も死に物狂いだったな。毎朝、皆の後でひたすら木剣を振っていたのが昨日のようだ。今でも毎朝の練習は欠かさないけどね。


「まだバンター殿の剣の腕を見たことが無いのです。トーレル殿が賞賛するその腕を見てみたいです」

 クレーブル王国の義勇兵であるレビットさんが、そんな事を言うもんだから、皆が笑い声を上げてる。

 上手く行った時と失敗した時の落差が激しいって事なんだろうな。でも、笑う事は無いじゃないか?


「明日の夜には見せて貰えるだろう。だが、近くには寄るなよ。俺達とは剣の使い方が違うからな」

 そんな忠告をレビットさんが頷いて聞いているのも問題があるな。

 確かに、攻撃半径が広いし、後ろなら安全という事も無い。それを伝えたいんだろうけど、レビットさんがどんな印象を受けたか聞いてみたいものだ。


 くだらない話をしながら、森で時を過ごす。

 昼過ぎには、グンターさんが半分の兵を率いて森を西に向かう。

 残った者を良く見ると、スレンダーで小柄な者達だ。俺が少し大きく見える。

 俺が空気穴を潜れれば全員が穴を下りられるだろう。


「半数が女性ですが、能力は十分です」

 サンドラは分隊長だったな。山賊暮らしの初期の構成員だ。王女様と一緒に石弓を使っていたのを覚えている。


「ああ、頼りにしてるぞ。ボルトは十分だろうな?」

「定数の2倍を持ってきました。私達の槍はグンター殿の部隊に預けています」


 ボルトが尽きたら、片手剣で戦をするって事になりそうだ。

 俺の持つボルトは定数の15本だから、彼女達より先にボルトが尽きてしまう。彼女達の前で盾になっていれば、後ろから敵を倒してくれるだろう。


「夕暮れ真近です。火を落して、先に向かいますよ」

 ラディさん達が素早く炭を穴に埋めて、砦側に張った布を片付ける。

 西の空は真っ赤だ。夕日が落ちるのも時間の問題だな。

 

 するするとラディさんが穴に消えていく。その後に続く仲間がランプを持って5人程続いた。

 その後に俺が入り、穴からロープで下ろされた武器を数回に分けて受け取ると、最後に軽装歩兵20人が入って来た。


 行動の広さは縦横1.5m程の大きさだ。屈んで進むことになるが仕方がない。

 それでも出口に近付くにつれて広くなり、立って歩けるほどになる。

 坑道の先が明るくなってきたところで、ラディさんがランプを布で覆った。


 出口まで100m程になったとき、ラディさんが俺達を残して、1人壁伝いに先に行く。

 出口の格子戸はかんぬきが掛かっている様だ。仲間を1人呼び寄せて、ゆっくりと閂を外して格子戸を開く。

 素早く坑道から飛び出して周囲を確認したところで、俺達を手招きした。

 サンドラと頷き合って、静かに坑道から外に出る。

 確か、工房の中になるんだったな。武装を整えて、静かに時を待つ。


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