SA-093 今日からシルバニア王国だ
建国式典に備えて、俺達はヨーテルンからふもとの砦に移動した。
何度か火災を起こしたり、爆発事故まで色々と起こした砦だが、復旧はマデニアム軍の連中がそれなりに行っていたようで、砦内はそれ程悲惨な状況が起こったとは思えない。
それでも、あちこち不自然な色の石が使われているから、かなりひどい状況であったことはうかがい知る事は出来る。
広間の正面にある館は2階建てだが、大きな旧カルディナ王国の旗と、新たなシルバニア王国の旗が下げられている。
にわか作りの段が玄関正面に作られているが、そこに新たな王国の女王となる王女様がデラックスな椅子に座るんだろう。
何となく明日の状況が想像できるぞ。
館の玄関を入って直ぐ右にある広間に入る。
トーレルさんが歓談していた相手は、クレーブル王国の重鎮じゃないか!
俺達と一緒だった王女様に気が付いて、席を立ち丁寧な挨拶をしている。こんな長ったらしい挨拶がきちんとできるのが貴族なんだろうな。
王女様が俺達を紹介してくれるところで、目新しいというか、始めてみる2人の美人に目が行った。1人は「エミルダさんより年上なんだろうけど、清楚な感じがする上品なご婦人だ。
もう1人は俺よりも少し年上の女性だが御淑やかな感じのする人だな。
その隣にいたのは、クレーブル王国の王女様じゃないか。国王夫妻を押し切ってやってきたのだろう。山賊になりたいって言ってたけど、すでに山賊は廃業しているぞ。
「先ずは皆も座るがよい。旧カルディナ王国とクレーブル王国は縁戚関係にある。親戚の集まりのようなものじゃ」
確かに庶民的な考え方だと親戚関係になるんだろうな。
そんな王女様の物言いに俺達も改めて席に着いた。
侍女と呼べる人達がまだいないから、軽装歩兵の女性達が騎士団の衣装でお茶を持ってきてくれる。
「熊の頭が飾ってないのが残念じゃ!」
「後で、ウイル殿と一緒に我等が山賊を行った場所を見てくるがよい。我が案内しても構わぬぞ」
「本当じゃな! しっかり見て来いと、父様にも言われたのじゃ」
何を見て来いとは言わなかったようだ。その年代でも見る観点が異なるだろう。クレーブルの王女様が見たいのは俺達の生活していた狼の巣穴かも知れないし、ウイルさん達が見たいのは襲撃が行われた状況だろう。王女様が連れて行ってくれるなら都合が良いな。
「どんな御方かと想像していたのですが、いたって普通の男性だと知って安心いたしましたわ」
「とんでもない。バンターを外形で判断すべきではありませんぞ。とんでもない策士です」
「いや、いたって普通の男です。御推眼恐れ入ります」
そんな評価をしてくれた御夫人に感謝だな。たぶんアブリートさんの奥さんなんだろう。
「御后様が王女様を見て嘆く理由がわかりましたわ。なるほどクレーブルにはバンター殿に見合う者はおりません」
「まあ、我等のところに降って来た以上、我等に縁があると言う事でしょう。ところで、そちらのお嬢さんが?」
「ええ、トーレル殿の妻にどうかと国王自らが仲立ちを……」
ザイラスさんの言葉にトーレルさんは驚いてるし、問題の女性は顔を赤くして下を向いている。
これだけの援助をしてくれた隣国の国王に仲立ちされたら、断るわけにも行くまい。というか、断る理由さえ思いつかないほどの美人だぞ。
トーレルさんも美形だから2人が並べばさぞかし絵になるに違いない。
「ここで身を固める事じゃな。前にも聞いた事であろうから、準備はしているのじゃろうが、この砦で暮らすが良い。バンターの話では今年の戦は2回程ありそうじゃ。新婚早々で申し訳ないがよろしく頼むぞ」
言葉も出ない様子で美人を眺めているトーレルさんに王女様が最後通達を下している。
決して悪い話ではない。傍でニヤニヤ笑っているザイラスさんは自分の将来を考えているのだろうか?
トーレルさんの嫁さんは綺麗な人に違いないと思ってたんだけど、ザイラスさんの嫁さんになる人だけは想像できないんだよな。
「喜んでお受けいたします。ですが、せっかく嫁いで頂いても私の身分は現状通り、貴族ではございません。それは後々問題になりませんか?」
「全く問題にならん。クレーブル国王の仲立ちだ。クレーブルの貴族が問題に出来る訳がない。それにエミルダ殿から漏れ聞こえる話を聞けばクレーブルよりも遥かに進んだ統治を行うようにも思える。その統治に貴族が必要無ければ貴族である必要等無い。我等が国王も斬新であると評価している。将来のクレーブルを国王は見たいのかも知れんな」
中々の策士だと思うな。となるとオブリーさんやリックさんもしばらくは俺達と一緒って事になりそうだ。
俺達の統治システムの利点と課題を探る事が2人の仕事になるだろうし、トーレルさんの嫁さんを理由に、クレーブルの貴族達も様子を見にやって来れるって事だ。これでザイラスさんの嫁さんまで世話になったりしたら、将来は2つの王国の合流も視野に入れなければならないだろうな。
「先を見る事の出来る国王ですね」
「分かるか? だからこそバンター殿を欲しがっておるのも事実だ。だが、得られぬのならと言っておったな。……そう、心配になるな。クレーブルはバンター殿を暗殺するなどせぬ。そんな事は国王が許さぬし、ワシも許さん!」
中々どころではない、とんでもない策士だ。
将来的に吸収されないように先ずは国力を上げる必要がありそうだな。だが、相手国は貿易立国。資金力で適わないから……、こんなことならずっと山賊の方が良かったかも知れない。
「どうしたのじゃ? 頭を抱え込んで」
「いや、ちょっと将来を……」
俺の言葉にテーブルから失笑が聞えてきた。別の事を想像したんだろうか?
そんな中、アブリートさんだけはジッと俺を見ていた。
俺の危惧を理解したんだろうか? それともあらかじめ国王から話を聞いていたのだろうか……。
「正に国王様の言う通り。隣国であります。戦が一段落したならば、我が国にもいらしてください。我が国のどこに別荘を建てても構わぬとおっしゃっておりました」
「破格じゃな。それまでにしてバンターを傍にという事なのであろうか?」
「我を理解出来る者は数少ないと……」
クレーブル国王も今の統治でこれ以上の発展を望めないところに来ているのだろうか?
貿易立国にはそれなりの課題もある。それを一緒に考えて欲しいと言う事なのかもしれないな。
いずれにせよ、将来の話だ。先ずは旧カルディナ王国の領地を取り戻して、周辺諸国の侵略の憂いを断ち切ることが先決に違いない。
「ウォーラム王国を何とか出来たところで、伺う事にしたいですね。明日から新しい王国が出来ますが、まだまだ微力です。何とか東西に区切りを付けませんと……」
「だが、僅か4年でここまで来たのじゃ。最初は30に満たぬ数であったのじゃ」
王女様は、東西にケリを付けるのもそれ程先の話ではないと皆に言っている。
2年以内に何とかしたいところだな。
それにはネコ族の人達が、俺達の王国の住人になるかどうかで決まるような感じにも思える。
翌日の建国式典には、朝から近隣の招待客が大勢やってきた。村や町の長やその手伝いを行う者。民兵の代表者……。それだけでも砦の広場の半数近い。
俺達騎士団の連中も旧カルディナ王国の兵士達は全て揃ったようだ。
その間の守備はウイルさんが南の砦から騎馬隊をヨーテルンに呼んでくれている。
こうして改めて騎士団の連中を見ると、その数が少ない事に驚かされる。
トーレルさんに早いとこ兵を集めて鍛えて貰わねばなるまい。
館の玄関先の台には白い布が敷かれ、台の後方には各部隊の旗が翻っている。
俺達が台の左右に設えられた椅子に座ると、いよいよ建国式典が始まった。
トーレルさんの良く通る声で、式典の次第に沿って進んでいく。
この式典のハイライトは2つある。
王女様がエミルダさんによって頭に王冠を被せられ、女王に就任する事。女王から建国の宣言が行われ王国の名が告げられることだ。
台の中央下で正義の味方の装束を着けた王女様が、真新しい神官服に身を包んだエミルダさんから王冠を受ける。
王冠は幅の広いベルトのようにも見えるものだ。中央にアルデンヌ山脈の姿が形作られている。金製品みたいだから重いんだろうな。そんな心配をしてしまった俺は庶民であることを自覚してしまう。
「ここに初代女王であるサディーネがシルバニア王国の建国を宣言する。願わくば民に幸せのあらんことを!」
短い宣言に砦内の広場は歓声に包まれた。
誰もが隣人と肩を叩き合いながら声を上げている。泣き出す者達もいる始末だ。
それだけ長い間、この時を待っていたに違いない。
王女様が壇上に設えた立派な椅子に座ったところで、次が俺の出番になるな。
トーレルさんの進行に合わせて、俺が椅子から立ち上がり女王に頭を下げると、少しざわめきが起きる。俺の装束は黒だからね。皆と違っているのに違和感を覚えたのだろう。
「女王陛下の名において、シルバニア王国を率いる者達をここに告げる……」
あれほどの喧騒が治まって、広場の人々が俺の言葉に耳を傾ける。どんな人物がどの役職に着くかは、関連する連中は知っているだろうが全員を知るのは初めてなんだろう。
その人物を知っているなら、少しは安心できるという事になるんだろうか?
だとしたら問題がありそうだな。役職はかなり少ないしあまり聞かない言葉だ。その担当者だって騎士団が人員不足だからある意味急場しのぎ的なところもある。
「……以上でシルバニア王国の治政が始まるが、建国時である。我等が旧カルディナ領を全て手に入れた時、更に我等の王国が発展する時、この役職は変わることもありうる。今回の布告第1号の有効期間は3年である。2年で見直しを行い3年目に今回の布告を改める」
そう言う意味では戦時布告という事だ。
これがずっと続くことは無い。任期を定めて、その課題を明確にして次につなげることが出来るなら、立派な布告になるはずだ。