SA-092 建国式典はもう直ぐだ
半月も過ぎた頃。タルネスさんが十数人の元奴隷を連れて帰ってきた。
収入の5割の税はかなりきついんだろうな。人買いに子供を売って、支払いをした親達に帰してあげたが、すでにこの世を去って帰れない奴隷達もいたようだ。
喜んで泣く親と、悲しんで泣く親達の姿が印象的だったが、こんな悲劇は二度と繰り返してはなるまい。
周辺の王国の状況は常に把握しておく必要があるな。
ラディさん達の帰還で、北の砦の状況と王都にあったかつての抜け穴の状況が見えてきた。
北の砦は、住人を使って銀鉱山の採掘を再開したらしい。守備兵は2個中隊との事だ。俺達の北の村とアルデス砦を攻略するだけの戦力は無さそうだ。
残った村人達が西の柵を頑丈に作っているらしいから、アルデス砦周辺は平和な時が流れている事だろう。
「問題は、王都と西の砦です。トレンタスの町周辺の穀倉地帯で収穫できる食料は王都の住民全てを養うことが出来ません。北の砦周辺にも畑を作っているようですが、収穫は今年の秋になります」
「トーレスティ王国と交易を図っていると言う事か?」
「そのようです。荷馬車の隊列を何度か目撃しました」
かなり面倒な戦になりそうだ。
北の砦の守備兵が王都攻略時に、どのように動くかだな。
「それで、トレンタスの守備兵は?」
「1個中隊程です。王都と西の砦に1個大隊程の戦力がありますし、西の砦とトレンタス、それに王都間の距離は100M(15km)程ですから、直ぐに救援を行えると考えているのでしょう。王都には、南の砦から逃走出来た兵士達もおります」
3つの拠点を潰すには、やはり北の砦が邪魔になるな。
王都の戦力が増すかも知れないが、北から潰す事にするか……。
「王都の抜け穴の方は?」
「出口は王女様のわれた通り、城壁の北の通用門から6M(900m)程の井戸にありました。中を確認したのですが王都の城壁から1M(150m)程で崩れています。壁も一緒に崩れていますから、抜け穴を使うのは石工の工事が必要です」
はあ……と、ため息を吐く。
手作業で何とか出来たらと思ってたんだけどね。
そうなると、やはり力攻めになるのかな……。
「王都から流れる水路は無いんだろうか?」
「石で作られた用水路がありますが、鉄柵で入れないようになっています。下水路も同じでした」
「どれ位の鉄なんだ?」
「私の指2本分。1本を抜けば何とか抜けられます」
切るか……。リーダスさんに頼む事になりそうだな。この季節の水は冷たいが何とかしたいところだ。
ラディさんに、王都の用水路と鉄柵の寸法をもう一度確認してもらう事にする。
俺に、丁寧に頭を下げて広間を出て行ったけど、全く音を立てないんだよな。ますます忍者らしくなってきたぞ。
さて、どうやって北の砦を攻略するかを地図を広げて砦内の配置を確認する。
館と工房に鉱山の入り口は、砦の北に位置しており、兵舎は南。真ん中は一般住民が暮らしている。住民の規模はおよそ3千人らしい。200戸ほどの2階建ての住居が碁盤の目のように、南門と館を結ぶ通りの左右に並んでいる。
レイトルさん達を救出した時には、兵舎を焼いてその隙に行ったのだが、同じ手が使えるだろうか?
出来るなら、北の砦から追い出すだけで良いんだが……。
「また、地図を眺めておるのか? たまには外に出て新鮮な空気を吸うが良いぞ」
扉が開け放たれ、王女様とミューちゃん達が広間に入ってきた。
よくも、あちこち見学と称して動き回れるものだと感心してしまうな。
王女様が席に着いたところで、マリアンさんがお茶を入れ始めたぞ。俺の前にもカップを置いてくれたから、ありがたく飲み始めた。
待てよ……。新鮮な空気か! 銀鉱山がどんなものかは分からないけど、長時間坑道で銀鉱石を採掘しているなら新鮮な空気は必要になるな。
どこかに坑道から地表に伸びる、煙突のような空気穴があるはずだ。
そこから砦内に侵入できそうだ。
陽動で南門を攻撃して、砦内の兵士が南に下がった時を見計らって、銀鉱山の空気穴から背後を突く部隊を送り込めそうだ。
「どうしたのじゃ? 笑い顔になったぞ」
「北の砦攻略の方法を思いついたんです。王女様に感謝しますよ」
俺の言葉に、目を大きく開いて驚いているけど、ちゃんとヒントは貰ったぞ。
「建国式典が終わったところで攻略の準備を始めましょう。住民の被害を最小にする方法が中々思いつかななったんですが、何とかできそうです」
「力攻めをするのでは無いのだな? とは言え、攻略前に降伏勧告はした方が良いであろう。砦内で戦をするのじゃ。住民被害を皆無には出来ぬじゃろう」
それもあるな。投降すれば、武装解除をしてマデニアム王国に移送すると言うのであれば、敵兵も考えるだろう。指揮官といてはかなり難しい指揮を執らねばなるまい。
「降伏勧告の文書はエミルダさんに作成して欲しいですね。俺達よりも説得力が増すでしょうし、俺達は殺戮を好む者ではありません」
「我から頼んでおこうぞ。向こうも、我等に屈するのではなく教団の勧めに従うのじゃ。降伏と言う名を使わんでも構わぬ」
中々おもしろそうだ。
それを良しとしない場合は、徹底的に交戦することも出来る。
敵に情けを掛けることになるが、北の砦で俺達の戦力を失う訳にもいかないからな。
・・・ ◇ ・・・
まだ寒い時期だが、10日もすれば春分になる。
俺達の建国式典が春分に行われると言う事で、皆忙しく動いてるんだけど、俺はここでのんびりしていろとザイラスさんに言われてしまった。
記念式典の段取りは全てトーレスさん任せだけど、ふもとの砦はどんなふうになっているのか誰も教えてくれないんだよな。
来賓はクレーブル国王夫妻の代理でアブリートさん夫妻がやって来るそうだ。バイナムさんとウイルさんも護衛という事で同行してくるとオブリーさんが教えてくれた。
「でも、この服装で良いんでしょうか? 一応、新品を作って貰いましたけど」
「十分だと思います。そのような軍服はかつてありませんでしたし」
騎士や歩兵達は正義の味方の服装の上に鎖帷子を着るみたいだ。
マリアンさんや、魔導士のお姉さん達はドレスらしいし、ミューちゃん達もお揃いのドレスを作って貰ったらしい。
ラディさんは俺と一緒の装束だが、かなり気に入ったらしく休日でも、同じ装束なんだよな。
「2日前にヨーテルンを出てふもとの砦に向かいます。新しい統治の長官は、式典でバンターさんが紹介することになっていますから、ちゃんとメモの通りに読み上げてくださいね。その後の宴会は無礼講になります」
二日酔い確定みたいな式典だな。
すでに王女様の衣装も出来ているらしい。王冠はエミルダさんが預かって、日に4度の礼拝を王冠に捧げていると聞いている。
どんな祈りなのかは分からないけど、民の幸せを願う王族の冠にしたいものだ。
「式典が終われば次の戦が始まるよ。今年は2回の戦で終わりにしたいな」
「もうすぐ、種族の皆が戻って来るにゃ。そしたらきっと助けてくれるにゃ!」
取引したいところだが、応じてくれるかが問題だな。
ある程度はラディさんに頼りたいところなんだが……。
嬉しそうに話してくれたミューちゃんに、笑顔で答えるともう一度パイプに火を点けた。
夕食後にテーブルに集まってきたのは、普段の半数というところだ。
いよいよ、式典がまじかに迫ったことで、皆が忘れたことが無いか、心配して手配の再確認をしているらしい。
確かに、王国で1回限りの式典だからな。他の王国から来た人達に笑われないようにとの事だろうが、そんなに気にすることは無いと思う。
失敗しても、きっと誰も気が付かないんじゃないか? それだけ緊張して式典を進めるに違いない。
俺とミューちゃんでのんびりとお茶を楽しんでいるところに、ザイラスさんとラディさんが入ってきた。
ザイラスさんはトーレルさんに式典全てを任せているから暇なんだろうけど、ラディさんもそうなのかな?
「ラディに銀鉱山の空気穴を教えてきた。北の砦は周辺の野山さえ監視をしていないな。しっかりと門を閉ざして、塀に監視兵を張り付けている」
テーブルに着くなり、俺に報告してくれた。
皆が浮かれている時に、この2人はキチンと仕事をしてきたって事か……。
「ご苦労さまでした。それで、可能ですか?」
「ラディは出来たが、つっかえてしまった。軽装歩兵の小柄な連中なら可能だろう。バンターも大丈夫だろうな」
元々、ドワーフが掘った竪穴という事だ。
リーデルさんみたいな連中が掘ったとすると、少し太めでも小柄なら問題ないって事だろう。
「グンターには、小柄な連中を2個分隊選ぶように伝えてある。北の森に残りを潜ませれば、北の通用門から1個小隊を投入できるぞ」
「館の貴族を討ち取れば指揮系統が乱れます。南の陽動はしっかりとお願いしますよ」
嬉しそうにザイラスさんがワインを飲んでいる。まだ昼なんだけどな。
お茶を用意したミューちゃんに、わざわざワインのカップと交換して貰ってるんだから困った人だ。
「私の方も、嬉しい知らせが入ってきました。ネコ族がこちらに向かって来ているようです。先遣隊と北の村に残した仲間が接触したそうです。我等の状況と、バンター殿の書状を先遣隊に伝えたと言っていました」
「返事が届くのは北の砦攻略後になりそうですね。攻略できれば安心して暮らせますよ」
「そうですね。私達はこの王国に根を下ろすことに決めました。過酷な狩猟生活を終えることが出来るのですから、賛同してくれるとは思うのですが……」
全てとは言わないんだな。過酷ではあるが、そんな環境が彼等種族の結束を固めて、自分達の精神と肉体を鍛えているのも確かなんだろう。
それでも……、いや、そんな種族だからこそ安住の地が必要なんじゃないかな。
「ラディさん達の人生観、宗教観がそれを許すかと言う事でしょうね。俺としては、完全否定では無く、たとえ全員が定住したとしても狩猟の旅は行うべきだと思っています。
とは言っても、若者を対象にした一種の成人儀式みたいな感じですね」
「ネコ族の成人には狩猟の旅が必要だと?」
いつも真面目な表情であまり感情を見せないラディさんが、驚いたような表情で俺に顔を向けた。
「必要です。さすがに期間は短くした方が良いでしょうけどね。その旅を経て若者は、結束と協調それに弱者へのいたわりを身を持って覚えるのですから」
「私達の長老に是非とも引き合わせたいものです」
ネコ族の旅の裏を少し知っていると思ったのかな?
たぶんそれは裏の事情のほんの1つに過ぎないと思う。
本当は全く別の目的があったはずだ。それが長い間に今のようなアルデンヌ山脈の山々を巡る狩猟の旅になったと言う事なんだろうけどね。