SA-086 爆弾が知られるのは仕方がない
数日が過ぎると、町の西に木の柵まで作られ始めた。
杭とロープではいささか心もとないから、かなり安心できる。町の中も民家2軒を合わせて少し大きな兵舎を重装歩兵達が作っている様だ。それなりに長く暮らした人たちの家を奪ってしまうようで情けない気持ちになるが、住んでいた住民は普段よりも高い値で買い取ってくれたことを喜んでいるようだ。
町の酒場では、1人2杯までは酒が飲めると言う事でだいぶ賑わっている。店にもクレーブルとの船着場を経由して色々な物品が並び始めた。
「船着場をどうするのかと危ぶんでいましたが、石橋を使った商人達が利用することでこれほど活気が出るものなのですね」
「カルディナでの産物は限られてますからね。そう言う意味では貿易港を持つクレーブル王国との付き合いはずっと続けたいものです」
マリアンさんが頷きながら、暖炉の傍で編み物をしている。
その前にはミューちゃんとメイリーちゃんが編み棒を持って悪戦苦闘しているようだ。
女の子なんだから、覚えておくと将来役に立つに違いない。そんな思いでマリアンさんも教えているんだろうけど、王女様はダメだったようだな。ノートを広げてさっきから唸ってるぞ。
「やはり、税収が足らん。銀鉱山の利益で何とかしておるようじゃが、最初に奪った銀塊は両替して既に使ってしもうたようじゃ。
税を取るとなっても、いくらにすれば良いか分からぬ。昔通りの税では高すぎるようにも思えるのじゃが、バンター、良い手立てはないものか?」
そんな事を言われても、俺が払ったのは消費税ぐらいなものだ。
親父は税金が高いと嘆いていたが、あれって2つあると聞いたことがあるぞ。国税と地方税ってやつだな。
その違いがどうなのかは分からないけど、1つで良いんじゃないか?
「と言われても、この世界で税を取られたことはありませんよ。俺の国では結構面倒な税でしたね。収入によって税率が変わるんです」
「おもしろい国じゃな。たぶん手元に残る金額を考慮しての事じゃろう。だが、農民には適用できそうじゃが、商人達には難しそうじゃ」
「王女様、店の規模で区別が出来そうですよ」
マリアンさんが王女様の後ろから助言しているぞ。マリアンさんも収入に応じた税率は賛成って事だろう。
「あまり深く考えずにも良いと思います。幸いにも銀鉱山があるんですからね。ところで農民の収穫物の何割が税金になるんですか?」
「たぶん、2割ではないでしょうか? 周辺諸国を含めてほとんどが同一税率です。違いは、無税品の扱いというところでしょうか」
オブリーさんが興味深げに俺達の話に入ってきた。
となると、その辺りでの調整事項という事になるだろうな。
「俺達が毎日食べるパンの原料である麦を標準に考えましょう。税率は3段階。1割の半分、1割、1割半の3種類。標準的な農家の麦の出来高に応じてこの3種類に分ければ良いでしょう。全体としては減税ですが、国力は維持できるはずです」
「土地が悪く麦が出来なければ、それに代わる換金作物で良いじゃろう。その辺りは、各村や町の長と詰めれば良い。となると、商売に伴う税金が問題じゃな」
簡単に売上税にすれば良いのだが、この辺りは誤魔化しやすいからな。各村や町に専門の徴税システムを構築した方が良いかもしれない。税の不均衡は直ぐに民衆の不満に現れるはずだ。
この辺りのシステムはクレーブル王国に教えて貰っても良さそうだ。ある意味、商業立国でもあるんだからね。
「まあ、全体はフィーナに任せておる。中々の知識を持っておる」
えらいところに帰ってきたと嘆いてるかも知れないぞ。
まあ、元貴族ということなんだから、それだけの教育を受けてはいたのだろう。貴族の収入は国庫から得られたものだろうから、ここはその恩返しという事になる。
「ところでクレーブルからの返事が中々来ぬのう……」
「レーデル川を渡る船が20艘は必要です。たぶん港から運搬に苦労してるんでしょう。作戦案自体は了承してくれてますから、決行の日を確定するだけで済みます」
ウイルさんが目を輝かせているのが目に見えるようだ。
今頃は入念に、渡河作戦の計画を練っているに違いない。ラディさんの部隊が王都とクレラム町の様子を探っているはずだから、その情報を元に俺達の編成を考えれば良いだろう。
既に休息は十分取れたと各部隊長も言ってくれている。西の柵作は士気を低下させないためでもあるようだ。
夕食後に戻ってきたラディさん達から敵軍の様子を聞く事から打ち合わせが始まった。カップのワインも上等な品だ。これはクレーブルから運ばれた来た物に違いない。
「王都の反乱軍は我らがヨーテルンにいることをいまだに知らないようです。酒場ではそろそろ収穫を貰いうける部隊が決まるだろうと話をしていました。民衆の暮らしはそれなりです。山沿いのトレンタス町での収穫は豊作らしく、つい先週に収穫物を集めてきたとも話していました」
「クラレムの町は静かでした。収穫を始めたばかりのようです。農民だけでなく酒場では、手伝いを集める話もしてましたよ。反乱軍の兵士も酒場に出入りしていましたから2個分隊よりも多い人数が駐屯しているかもしれません」
俺達が、ヨーテルンに駐屯していることは、いまだ知られていないと言う事だな。
数日もせずに王都の反乱軍が気付く事になるが、はたしてここまで主力を出してくるだろうか?
南の砦と連携して俺達を攻めるには、早馬を何度か往復することになるだろう。
それはザイラスさん達に阻止して貰おう。
いまだ連絡は来ないけど、早めに南の砦を攻略しないと、ヨーテルンを少数の戦力で防衛するのは極めて困難な事態を生じかねないぞ。
「王都の1個大隊、南の砦の1個大隊が連合化すると面倒だぞ!」
「ええ、そうなります。当然敵もそれを考えるでしょうから、俺達の南の砦攻略は早めに決着する必要があります。
ラディさんの話では数日後には確実に王都の連中が俺達の所在を知ることになりますが、直ぐには出陣しないでしょう。ザイラスさんの言う通り、南の砦との連携を図る筈です。早馬で連絡を取り合うはずですからザイラスさん、始末をお願いします」
「了解だ。時間を稼ぐと言う事だな」
「重装歩兵の皆さんには、街中の戦闘に備えて辻々に阻止できるものを準備してください。荷車を通りに置くだけでも騎馬を阻止できますし、ロープを張れば軽装歩兵の足止めも出来ます」
「それは既に準備中です。門から始めていますが、辻2つほどまで考えなければいけませんね」
「残った俺達は、射点の確保ということになりますね。侵入口は、門という事になるでしょうから各門からの通りに沿って何カ所か射点を定めておきます」
グンターさんの言葉にレビットさんも頷いている。
俺が迎撃特化の作戦をいつも取っているから、やり方が解って来たんだろうな。
とりあえず早馬とヨーテルン駐在分隊の交替部隊を殲滅していれば時間を稼げそうだ。
翌日の昼過ぎに、通信兵から連絡が入った。
クレーブル王国からの、南の砦攻略準備が整ったという知らせだ。
「通信文に間違いは無いな?」
「互いに2回ずつ信号を送りあって誤りが無い事を確認しています」
通信兵の答えに、頷きながら片手を上げて了解を伝える。
指示を出さずとも、中継点の数が増えたことによる、通信文の誤認の可能性に気が付いたようだ。
通信兵が差し出した文面はまるで電報のようだが、『準備整う。期日を知らせ。ウイル』とある。
「返事を頼む。『2日後の夕刻。事前渡河し当方の合図を待て。合図は砦の炎上とする』以上だ」
通信兵が俺に綺麗な騎士の礼をすると、通路の方へと走って行った。
いよいよ戦になるな。素早く引き上げねばなるまい。ザイラスさん達が一度炎上させているが、今度はどうなるのだろう?
使う爆弾の数も10個だからな。もう少し作っておくべきだったか……。
その日の夕方、タルネスさんが荷馬車を引いてやって来た。
アルデス砦の方からこちらに回ってきたらしい。
俺に荷物があると、重い包みを渡してくれた中身は爆弾が12本だ。余った材料で急きょ作ってくれたらしい。
この2倍は欲しいところだが、これで、20本を南の砦に使えるぞ。2本は残しておくか。
夕食後の集まりで、南の砦攻略の日取りを皆に伝え、ザイラスさんに爆弾を渡す。
これで火事にすることは出来るだろう。ザイラスさん達もよろこんでくれた。
「だが、この爆弾の秘密をクレーブル軍は知ることになるな」
「すでにオブリーさん達がいますから秘密には出来ないでしょう。ですが、材料と作り方を知っているのは俺だけです。出来上がってからラドネンさんに渡していますからね。俺達が安心して暮らせるようになればこんなものは必要ありません」
墓場まで秘密を持って行くと聞いて、皆が少し驚いている。
火薬が再び使われるようになる時まで、かなりの年月が必要だろう。まだ、錬金術を始めようとする者もいないような世界だからね。
「少し残念な気がするが、敵に知られたらと思えば納得できる話だ。バンターン秘密という事で多くを作る事もできん。だが、これでも多いくらいだ。これが多用されると戦の仕方が一変しかねない」
「我もそれが良いと思うぞ。あの爆発を見ると、魔法の火炎弾を越えておる。カタパルトを使って遠くに飛ばせるのも、相互に撃ちあう事を考えると恐ろしい限りじゃ」
そう言う事だ。必ずしも兵に撃ちこむと限らないんじゃないか? 町に撃ちこむなんて事を考える輩が出ないとも限らないからな。
カタパルトや石弓、長弓も真似をする王国も出てくるだろう。だが使い方が今一だから、きちんとした兵種に組み込まれるかは微妙な所がある。
たぶん、使われなくなるんじゃないか? 俺達の王国だけが使い続ける事になるのかも知れない。