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SA-085 南の砦の落し方


 朝日がヨーテルンの町を照らす頃には、どうやら一段落をすることが出来た。

 次々と広間に隊長が報告をするために訪れてくるが、何度か周囲を巡って状況を見ているから、彼等がいかに努力してその仕事をこなしたかは知っているつもりだ。

「ご苦労さま」という言葉は、心からのものであることが彼等にも理解できたらしい。

 

「朝から酒場を開いて貰ってる。軽く一杯飲んで休んでくれ」

 俺の言葉に、騎士の礼をで答えると足早に去って行った。

 酒場にはアレルさん率いる青年団の連中が何人かいるらしく、一杯飲んだ兵士を、空き家になった民家への分宿場所を教えると言っていた。

 少しばらけてはいるけど、兵種ごとに纏まっているから、連絡することも容易だろう。俺達と行動を共にする軽装歩兵達に真っ先に教えているから、何かあれば呼び出せる。

 あまり、町に住む住人達に負担を掛けたくはないからな。


 広間の扉が開いて、トーレルさんが入って来る。

 ザイラスさんがトーレルさんの肩を軽く叩くと、俺に片手を上げて広間を出て行った。

 ずっと、控えてくれてたからな。一杯飲んで体を休めるのだろう。


「バンター殿だけですか? まだ、皆さんお休みのようですね」

「皆さんが働いてるんですから指示を出した俺が寝る訳にもいきません。でも、トーレルさんが最後ですから、これで一休みすることが出来ます」


 軽装歩兵の女性兵士が俺とトーレルさんにお茶を入れてくれた。

 普段はマリアンさんやミューちゃんがやってくれるんだけど、今朝はまだ起きて来ない。だいぶ遅くまで起きてたから仕方ない話ではあるのだが。


「まだ、マデニアム反乱軍には知られていないようです。今日を含めて3日程で麦の収穫が終わりそうですから、交替の兵士達がやって来るとしても数日先になるでしょうね」

「出来れば、更に柵を延ばして町を囲みたいところです。余裕があれば明日から開始したいところですね」


 とりあえずの防衛戦は作り終えたが、まだまだ十分ではない。

 今日は、仲間達をゆっくり休ませよう。戦では無いんだから休める時には休ませねばなるまい。

 トーレルさんに後を、任せて俺もしばらく仮眠を取ることにした。

 もっとも、与えられた部屋に戻らず、広間の端に置いてあったベンチに横になる。

 気疲れしてたんだろうな。横になった途端に睡魔が襲ってきた……。


・・・ ◇ ・・・


 がやがやとした騒ぎで目を覚ます。

 まだ窓の外が明るいから、それほど寝込んだわけではないようだ。

 テーブルに目を移すと、いつもの連中が席に座っている。

 ベンチから足を下して立ち上がると大きく伸びをする。まだ頭がすっきりしないから、外に出て冷たい水で顔を洗おう。

 起き出した俺に顔を向ける仲間達に片手で挨拶しながら広間を出て裏手に回る。


 あるとすれば……、と裏庭を眺めると、共同の井戸と炊事場がある。

 魔導士のお姉さんや、軽装歩兵のお姉さん達が、野菜を洗ったり鍋の中の料理の味見をしているから、もうすぐ夕飯になるのかも知れない。日が少し傾いてるな。


 今夜は次の戦の打ち合わせをしなければなるまい。早めにゆっくりと休みたいがここが踏ん張り所だから手を抜くわけにもいかないだろうな。

 井戸で洗い物をしているおばさん達に挨拶して井戸の水で顔を洗うと、幾分スッキリしてきた。

 夕暮れの近付く通りでは子供達が騒いでいる。

 ラディさんの話では、マデニアム反乱軍の連中がやりたい放題だったらしいから、少しは治安が良くなったんだろうな。

 正義の味方をやっていた時には、少しは改善したんだろうが、あれから2回も大きな戦をしたから、前に戻ってしまったのだろう。

 このまま、子供達が通りで遊べる町にしたいものだ。


 砦の広間に入り、王女様から椅子半分を離して席に座る。

 いくら将来の嫁さんとは言え、まだ身分的にはかなり開いているからな。世間体が気になるところだ。


「バンターが戻ったところで、これからを相談せねばなるまい。ヨーテルンは敵の裏をかいて我らの版図に入った。これで、建国の宣言を行っても問題はあるまい。

 建国宣言の手筈はザイラスに任せるぞ。そうなると、マデニアムの反乱軍も黙ってはおらぬだろう。その対策はバンターという事になる」


 面倒くさそうな式典をザイラスさんがしてくれるのは俺も賛成だ。反乱軍を相手にする方が遥かに気が楽だからね。

 だが、次の戦を考える上で是非とも確認しておかねばならないことがある。

 王女様の言葉に、感慨深げに頷いている連中の顔を眺めながら、席を立って暖炉でパイプの火を点けた。

 一服したところで、少しテーブルから離れて話を始めた。


「いよいよというところで、俺も嬉しく思います。これで、山賊から始めようと言ったあの時の約束は何とかなりました。

 とはいえ、ヨーテルンは平野部の町になります。防御するのは極めて困難。そこで、早い段階で南の砦とクラレムの町を何とかしたいと思っています」


 王女様の式典の話で少し浮かれていた表情が、いつもの精悍な顔つきに変わった。

 状況を思い浮かべることが出来ると言う事だな。それなら俺の考えも納得してくれるだろう。

 席に着いて、もう一度皆の顔を眺める。

 全員が俺に注目している。


「時を与えずに南の砦を攻略しクラレムを開放します。これで我らが版図は旧カルディナ王国の三分の二というところでしょう。この状態で敵の疲弊を待てば王都は我らのものになるでしょう」

「クラレムを落せば王都の食料供給は半分以下になってしまうぞ!」

「少しずつ、王都を抜ける人達が出てくるでしょう。飢えさせることが目的ではありません。籠城する食料が無ければ反乱軍の落ち行く先の選択肢は多くはありません」


 だが、少し間違えると飢える人達も出てくるに違いない。

 王都の人口は数万に及ぶのだ。避難場所を作ってからが本格的に動くことになるだろう。


「それよりも、南の砦を攻略することはかなり難しいぞ。俺達はクラレム町を通って進むことになるが、その動きはクラレムに当然いるだろう分遣隊に察知されてしまう」

 ザイラスさんの言葉はもっともだな。

 俺達の戦力が現状の2倍程あれば、クラレム町の街道を一気に南下して南の砦を落すことも可能だろう。

 南の砦は、防衛よりもレーデル川の石橋を守る兵達の駐屯地という事だから、他の砦と違って防御はあまりないらしい。

 砦の石塀も高さが身長より少し高いと教えて貰ったから、町の防壁程度なんだろうな。

 大隊規模での攻撃では簡単に破られてしまいそうだ。

 これは、その背後に王都があるためだろう。背後からの防衛を考えていないと言う事だ。


「ザイラスさんに教えて頂いたことから、南の砦はレーデル川に架かる石橋に特化した防衛を考えていることが分かっています。背後からはかなり脆弱な砦ですね。

 この砦を含めて、将来はクレーブル王国に移譲することは俺達とクレーブル王国の了解事項です。既にその対価を受け取っている以上、早めに渡すことに支障はないでしょう。どうせ渡すのですから、協力して貰っても良いと思うのですが?」


 俺の言葉に、どういう事だと隣の連中と小声で話し始めたぞ。

 そんな連中を眺めながら、ミューちゃんの入れてくれたお茶を頂く。


「バンター殿は、我がクレーブル軍に南の砦を落させる考えなのでしょうか?」

 オブリーさんの質問に、再び皆の視線が俺に集まった。


「一言で言えばそうなります。ですが、クレーブル王国軍が積極的に戦をすると言う事ではありません。砦の東西と南から槍を構えて進んで頂ければ……」

「北に逃げ出すと言う事か? だが、1個大隊以上の兵力だ。クラレム町はだいじょうぶなのか?」


「果たして1個大隊になるかどうか……。一度ザイラスさんにやって頂いた、遠矢で爆弾を砦に放って貰います。20本で良いでしょう。油を浸み込ませた布を巻けばさらに効果的です」


 それ以外に、2個小隊で矢の雨を降らせるのだ。どれ位の損害が出るか予想もつかない。


「一夜明けて、3方向から進んでくる軍を見て、果たして冷静に防戦ができるでしょうか?」

「俺なら直ぐに逃げだすぞ……。そう言う事か。なるほど、クレーブル軍への協力依頼は、攻撃軍としてでなくその姿にあるということだな」


 ザイラスさんが地図と俺の顔を交互に見ながら感じ入っている。


「作戦の基本は理解しました。ウイル殿には私の方から連絡します。船着場を利用すれば明後日にはウイル殿に面会ができるでしょう。依頼文の作成をお願いいたします」

「それは私が書きましょう。攻撃当日の合図と船の手配日数を確認すれば済む事です。ですが、ウイル殿がその戦で姿を見せるだけに留めるかは説得力に自信がありません」


 トーレルさんが出掛けるつもりだったようだが、オブリーさんが名乗りを上げた。同じクレーブル王国だから上手く説明してくれるだろう。

 でも、オブリーさんの危惧も理解できるな。クレーブルのザイラスさんみたいな人だからね。


「その辺りはウイルさんの判断に任せた方がよろしいかと。クラレム周辺には俺達が落ち武者狩りをする事だけは伝えておいてください」

「落ち武者狩りか……。立場が逆になったな。果たして連中の落ち行く先があるかどうかが微妙だが」


「1つありますよ」

 そう言って地図の一か所をパイプの先で指した。

 ウォーラム王国。敵対はしたが戦端を開いてはいない。


「あり得るのか?」

「十分に……。王都攻略は来年になるでしょうけど、その場合に苦肉の策としてウォーラム王国に助けを求めるという事態が一番厄介な想定です。

 自分達の命の代償として銀鉱山を手放すならば、ウォーラム王国としても願ったりの事ですからね。王都は開放できるでしょうが、トレンタスの町は諦めねばなりません。ウォーラム王国軍の精鋭3個大隊を防ぐ手立てはありませんから王都を砦として防衛戦が繰り返されることになります」


「また厄介なことになりそうじゃな。その可能性は高いと言う事か?」

 王女様の言葉に俺は小さく頷いた。

 

 王都、ヨーテルン、アルデスの3つの砦で防衛しなければならない。

 民兵組織を拡大して砦の防衛を任せれば、俺達は出陣できそうだが、2個中隊規模の戦力だからな。

 正面からのぶつかり合いなど不可能だ。今まで通りの戦がまだまだ続くことになるだろう。



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