SA-084 忍びは手裏剣でないと
西の広場に面した倉庫は、穀物を入れる倉庫のようだ。
ちょっとした体育館並みの大きさがあるが、高さはあまりないな。それでも兵達を休息させることは出来そうだ。
後2つほど欲しいところだが、あれだけの避難民を出したんだから、空き家を貸して貰えば良いのかも知れない。
元見張り台だと言う役場は2つの広間と、小部屋が3つほどある。ここを仮の砦にして王都に睨みを効かせよう。
軽装歩兵達が、到着早々に資材を下して西の柵作りを始める。
重装歩兵達は砦の内装を作り直し始めた。
20代後半のアレルさん率いる若者達が、砦の運用に必要な品物をどこからか集めて来てるけど、後で清算できるように持主と持って来た物のリストをオブリーさんがメモにまとめている。
アルテナム村の時には一律で補償したけど、ヨーテルンの場合はそうもいくまい。補償の金額によっては住民に不満が残ることもありそうだ。
見張り台は2階の屋根に突きだした格好で、広さは大型テント並みの大きさだ。数人が周囲を眺められるから、ここに通信兵を常駐させることも出来そうだ。
王都攻略はここで指揮を取ることになりそうだから、なるべく使いやすくしておこう。
一通り周囲の状況を見て、町役場の1階にある広間に戻る。
2つある広間の1つが綺麗に片付けられて、真ん中に大きなテーブルを配置していた。
布を被せているところをみると、いくつかのテーブルを合わせているのかも知れないな。十人以上が席に着けるように椅子が並べられている。
「戻ったな。バンターは王女様の隣だ。あまり出歩かずに座っているんだぞ」
ザイラスさんが王女様の対面の席に座っている。
言われるままに、テーブルを回り込んで腰を下ろしたが、ザイラスさんが此処にいると言う事は、周辺監視はトーレルさんの部隊が行っていると言う事になるな。
テーブルの上にはカルディナの地図とヨーテルン周辺の地図が並べられていた。
ヨーテルンを中心とした地図は簡単なものだが、南の砦、その手前のクラレム村、王都や北の砦等のおおよその距離は書かれている。それでも徒歩での所要時間が半日単位だからいい加減なことには変わらない。
やはり地図作りはやらねばならない。リーデルさんに頼んだ品もそろそろ出来あがる頃だ。磁石も必要になってくるが、これは俺が作るしかないだろうな。
鉄の薄板で針を作って、真っ赤に焼けば消磁できると聞いたことがある。その後で一発ハンマーで殴れば磁石になるらしいのだが……。ダメならミカン電池でも作って、銅のコイルで磁力線を作れば何とかなるだろう。これも試行錯誤って事になりそうだ。
「カルディナ中央部の町であるヨーテルンを手中に収めれば、マデニアム反乱軍の占領地に睨みを効かせる事になる。反乱軍の脇腹に剣を突きつける事になるわけだな」
「そうなります。次の戦は南の砦の攻略という事になりますが、問題はクラレム村の存在です」
南の砦と逆の位置なら都合が良いのだが、生憎と王都と南の砦を結ぶ街道の中間地点にある。王都から1日の距離ということから宿場町として発展してきたらしい。
農家は少なく、宿や酒場、それに荷車の修理等に多くが携わっていたようだ。
カルディナ王国の滅んだ後は、石橋を使ったクレーブル王国との交易が途絶えてしまったから、かなり悲惨な生活になっているようだ。
峠で保護した家族連れの中には、クレナム村の出身者が結構いたらしい。
「この村の存在があればこそ南の砦と王都の連絡が上手く行っておったのじゃ。早馬も、この村で馬を換えると父王が話してくれたぞ」
「狙いとしては良いのかも知れない。クレナム村を手に入れたのなら、南の砦は日干しになってしまう」
となると、村の中にはかなり部隊を常駐させているだろうな。
正義の味方作戦では、あまりこの村には行っていないらしいから、状況が掴めないぞ。
タルネスさんに行商に行って貰うか……。
それに、もう1つの問題が、レデン川の石橋だ。
クレナム村の入り口付近にあるのだが、ヨーテルンへの街道に遭った石橋と同じ位の石橋だそうだ。防御側にかなり有利になる。
「場合によっては、もう一度クレーブル王国に向かう必要があるかも知れません。俺達だけで南の砦とクレナム村を落すのは難しそうです」
「直ぐに結論を出さずとも良かろう。何の支障も無くヨーテルンを手に入れたのじゃ。先ずは、建国宣言を出して我らの存在を世に知らせようぞ!」
王女様の言葉に、ザイラスさんが姿勢を正して頷いてるぞ。
いつの間にか広間に集まってきた連中も嬉しそうな顔で互いの肩を叩いている。
「……ですね。俺には、そんな式典は出来ませんから、王女様とザイラスさんで案を練ってください。エミルダさんも仲間に加えた方が後々の為には良いと思います」
「そうだな。エミルダ様をにも働いて貰おう。少しは我等を焚きつけたのだからな」
たぶんクレーブル王国から2、3人高官がやって来るに違いない。
その辺りの準備についてもお願いしたいところだ。
「バンター殿、荷馬車の2陣が到着しました。再度アルテナムに戻り、避難民の移動を助けるそうです」
「ご苦労さま。そうして頂けると助かります。2陣で運んで来た調味料と香辛料は雑貨屋に卸してください」
長らく、味気の無い食事をしていたろうからな。町に残った人達も喜んでくれるに違いない。
「明日の夕食は、この町の人々も久しぶりにご馳走が食べられそうじゃ。統治者が変わることを身を持って体験できるじゃろう」
「そんな変化であれば皆も喜ぶでしょう。王都の民にも早く味わいさせたいものです」
王女様の言葉に、感じ入ったような表情でザイラスさんが言葉を繋ぐ。
それぞれの部隊が自分の役割を自然にこなせるようになってきた。
大まかな事項を伝えるだけで、先を読んでくれる。
部隊が小さいから出来る事なんだろう。何かあれば直ぐに周りの援護が期待できるし、他の連中が困っていたら駆け付けるだけの仲間意識もある。
指揮官の命令だけで動くのでは、ロボットと同じだからな。人間である以上、情に流される時だってあるに違いない。その反対に激情に任せる時もある筈だ。
そんな時には周囲の連帯が是非とも必要になる。
「何を考えておるのだ?」
「いやぁ、昔と違ってこの頃は、皆自発的に行動してくれると感心してたんです」
俺が考え込んでいるのを不思議に思ったんだろう。ザイラスさんが質問してきた。
「山賊稼業が長かったからだろうな。皆で飯を食いながら、お前の策を聞いていたものだ。何を馬鹿な! という感じで聞いていたが、全て策は成功した」
「相手も、意表を突かれたのじゃろう。マデニアム王国の第二王子さえ、バンターの敵では無かったようじゃ」
「それは今でも継続しています」
そんな言葉を言いながらラディさんが広間に入ってきた。
ザイラスさんが隣の椅子を引いて、ラディさんを座らせる。
「町を2回りして、隠れた兵がいないことを確認して来ました。1分隊全て討ち取っています」
「ご苦労さまです。手裏剣は上手く使えましたか?」
「我等の攻撃手段が分かるとは、やはりバンター殿ですな。30D(9m)程なら、狙い通りに放てます。中々おもしろい武器を教えていただきました」
左腕をなでているところを見ると、そこの手甲に仕込んでいるのかな?
「ミューもその装束を着た時は、手甲に付けておくのだぞ。咄嗟の時は、腕で敵の剣を受けてもだいじょうぶだ」
俺の後ろにいるミューちゃんに教えているけど、ちゃんと練習しないと危ないぞ。
「受けた者がいたんですか?」
「乱戦になった者が、咄嗟に腕で受けてしまいました。自分も驚いたようですが、相手はもっと驚いたようです。棒立ちになったところを倒したと言っておりました」
元は猟師だからな。戦闘訓練を受けていないのに数人で1個分隊10人を相手に出来るんだから大した技量の連中だ。
「周囲を騎士達騎馬隊が監視をしてますが、夜目は効きません。朝まではよろしくお願いします」
「任せてください。夜は我らのもの。しっかりと見張っています」
そう言うと、小さくミューちゃんに手を振って出て行った。
作戦中は中々俺の前には現れないけど、いつも重要な任務を任せてしまっているな。
「良くも兵士の斬撃を耐えたものだ」
「こんな感じに着けろと教えたんですが……」
右腕の袖をめくって手甲を見せる。肘まで伸びた鉄板の上に3本のクギのような棒手裏剣を手甲を止める革バンドに取り付けている。
「その太さの鉄の棒3本に鉄の板、下には荒い鎖帷子か……。確かに片手剣なら止められるだろうが、長剣では腕を折られるかも知れんぞ」
「一応長剣でも試しました。何とか受け止められますが、力を反らせないと体まで達しそうです。それに突きには役立ちません」
どんな物にも弱点はあるとでも言いたげな目で俺を見てるけど、少しは感心してるのかな?
「防御力もある武器とはおもしろいものじゃな。我には付けられぬか?」
「フルーレを使う時にはなるべく身軽な方がよろしいかと。それにナックルガードがありますから、十分ではないですか? それ以上なら、もう片方の手に短剣を持てば十分です」
王女様が暗器を持つなんて以ての外だ。
フルーレに短剣なら、持っていても様になるだろう。
マリアンさん達は魔導士のお姉さん達と一緒に夜食を作っているようだ。
長い一夜になりそうだから、夜食はありがたい。
俺も、もう一度町の周囲を巡って来ようかな。
皆で一巡りしてから数時間が経っている。明日の朝までには西の柵を何とかしたいな。