SA-083 ヨーテルンの町へ
アルデス砦でヨーテルンの町を手に入れると宣言して5日目。
俺達はアルテナム村の簡易砦に集まった。
兵舎1つに、広間が1つの本当に小さな砦だ。砦の外壁は村の外壁で兼ねている。
もうすぐ麦の刈り入れだから、南の広場と東の広場は準備をする農民達が大勢だ。
村の西の広場には、資材を乗せた荷馬車が十数台も並んでいる。村に入りきれない荷馬車は西門の外に待機しているようだ。
「それでは我等は出発します。レデン川を北の船橋で渡れば良いのですね?」
「夕暮れ前に町を囲んでください。逃げだす敵兵は全て葬ることが大事です」
そう言った俺にニコリと笑みを浮かべてザイラスさん達が簡易砦の広間を出て行った。
昨日にはラディさん達が商人の馬車でヨーテルンに出掛けたから、町のどこかで夕暮れを待っているだろうな。
ヨーテルンから戻ってきた商人が町の敵兵は1個分隊だと教えてくれたから、ラディさんへ援軍を送る必要も無さそうだ。
「ヨーテルンから逃れる者達の準備は出来ておるのじゃろうか?」
「一応、教団の神官と町長に話を付けてあります。さすがに身一つという事ではないでしょうから、資材を運んだ荷馬車で荷物を運ぶ手筈です」
ヨーテルンの人口は5千人に近いらしい。そんなところに1個分隊を派遣するマデニアムの反乱軍は中々おもしろい事をする。
5千人が協力し合えば2個大隊は敵でも無さそうだが、武器を持つ事の無い民衆だから、虐殺が始まってしまうだろう。
王都からの睨みがあることで、少数の部隊派遣を可能としているのだろう。
「敵の派遣部隊を葬ったところで、ラディさんが合図を送ってくれるはずですから、騎馬隊と街道の橋に陣取った通信兵がアルテナムまで中継してくれるはずです。その合図で俺達も出発しますよ」
既に、王女様達は戦支度だ。ミューちゃんも黒装束を着ているし、メイリーちゃんもクレーブル王国軍の鎖帷子を着ている。たぶんオブリーさんとお揃いなんだろう。
一緒に来てくれた騎士と軽装歩兵は俺達の軍と同じ正義の味方の衣装なんだよな。あれって人気があるんだろうか?
黒いシャツに白のズボンそれに黒いブーツと黒覆面にはドクロのマーク……。その上に革ヨロイや、鎖帷子を着こんでいる。
マリアンさん達魔導士部隊は、灰色の修道服を纏っている。たっぷりとしているから、その内側に木製の胴ヨロイを着ているのだが、そんな物を着込んでいえるとはとても見えないんだよな。
「カナトルの鞍にタップリとボルトを積んでおる。足りなくなることは無いぞ!」
そんな言葉にミューちゃん達も頷いているところを見ると、一緒に準備してたんだろう。
俺と一緒に行動する軽装歩兵達は弓を使う。石弓ではどうしても速射ができないからな。荷車には人数分の短槍も準備してある。
「そろそろ夕暮れです。外で待ちましょうか?」
「そうじゃな。我らが遅れる訳にもいくまい。資材の量もかなりある。重装歩兵も大変じゃな」
1分隊は荷馬車の御者だからな。村の有志も手伝ってはくれると言っているのだが、ヨーテルンの避難者を彼らには任せるつもりだ。
広場の荷馬車には、そんな若者が御者台で待機している。
パイプにタバコを詰め込み、焚き火で火を点ける。
だいぶ暗くなってきたな。後は連絡を待つだけなんだが……。
「西から、長点3つ。作戦成功の合図です!」
「ご苦労。後は俺達の出番だ。ここで中継を頼む。……出発するぞ!!」
叫ぶように、大声で出発を告げた。
「「「オオォォ!」」」
雄叫びとか歓声が一緒に上がると、軽装歩兵の掲げるランプの灯りに誘導され、ガタガタと荷馬車が西の広場を後にする。
「我々も出発するぞ」
王女様の一言で、俺達も西の門を潜って外に待たせてある荷馬車に向かう。
一番端に止めてある3台が魔導士部隊と護衛の軽装歩兵用だ。近づくと、いろんなものが積んであるのが見える。このままどこかに旅行に出掛けられるんじゃないかな。
その近くに草を食んでいるカナトルに乗ると、荷馬車の連中にヨーテルンの西に広場に向かえと指示を出して置く。
俺達は、荷馬車の列の端をを通って街道を進めるが、荷馬車は車列に入って進むことになるからかなり遅れるんじゃないかな?
アルテナムからヨーテルンまでは20km程の距離らしい。歩いて半日といういい加減な返事が返ってきた。
カナトルの足では2時間というところじゃないかな。
すっかり暗くなったが、街道はぼんやりと上弦の月が照らしている。先頭を進むのはミューちゃんだから俺達は後に付いて行けば良い。
蹄鉄が街道の石畳を叩くカツカツという単調な音を聞いていると眠くなってしまうな。眠気覚ましに歌っていたら、王女様が聞きつけ隣にカナトルを並ばせた。
「変わった歌じゃ。バンターの故郷の歌か?」
「まあ、そんなところです。眠気覚ましですね。荷馬車の連中も歌ってるようですよ」
遠く近く歌声が聞こえる。
たぶん誰もが知っている歌なんだろうな。誰かが歌い出してそれに合わせて歌っているようだ。
テンポが荷馬車の車輪のきしみと上手く合っている。
「あれは、庶民の恋歌じゃ。我は歌えぬが、たまにま魔導士達が歌っているぞ。故郷に残した恋人を思う歌じゃ」
どんな歌詞なのか後でトーレルさんに聞いてみよう。
俺の歌う歌よりもこの場には合っているようだ。
やがてレデン川に掛かる石橋が見えてきた。端のたもとに荷馬車が1台停まっている。傍に三脚が組んであり、3人の少年がいる。
ヨーテルンとアルテナムを結ぶ中継局の通信兵達だ。
彼らに近付いて、ヨーテルンのその後の状況を聞く。
「すでに荷馬車が出発したそうです。橋を渡ればそんな車列に出会う事になりますよ」
「ああ、そうだな。ヨーテルンとアルテナムの直接通信が出来なければ、ここに中継所を作る事になる。その時はよろしく頼むぞ」
「任せてください。家はアルテナムですから通う事もできます」
どうやら、アルテナムから避難してきた少年達のようだ。冬の間によくも通信技術を覚えたものだと感心してしまう。
傍の少年の肩を叩いて、先を急ぐ。
ヨーテルンの少年の何人かにも覚えて貰いたいな。光通信のネットワーク構築は俺達の戦には無くてはならないものになってきている。
石橋を渡って10分程経ったところで、前方から明かりが近付いて来るのが見える。
小さな明かりだが、たくさん連なっているようだ。
「ヨーテルンの避難民じゃな。荷馬車が先行してるようじゃ」
「徒歩で来る者もいるでしょう。早く、拾ってやりたいところですね」
やがて、荷馬車の列が俺達の左側を通っていく。
俯きながら言葉も無く東に向かって荷馬車の列が進んで行った。
十数台の荷馬車の列が過ぎると、今度は人の歩く列だ。満載した荷車を引いているのは家族なんだろうか? 小さな男の子が荷車の後ろを母親と一緒に押している。
背負いカゴを担いだり、布に包んだ荷物を背負ったりした人の列が延々と続いて見える。
いったいどれ位の住民が避難を決意したのだろう。千人を越える感じだな……。
ヨーテルンの町の周囲を囲む丸太の塀が見えてきた。高さは2m程だが、盗賊相手には十分なんだろう。あの塀がヨーテルン砦の外塀になる。
「やって来たな。騎馬隊は街道の西出口の広場に集結している。宿の酒場に神官と町長を待機させているぞ。案内するから付いて来い」
ザイラスさんは俺達を待っていたようだ。
ミューちゃんにカナトルを預けて、魔導士達がやって来るのを西の広場で待って貰う。
俺達はザイラスさんの後に付いてヨーテルンの町に入った。
街道に沿って作られたヨーテルンの町は、東西の門に大きな広場を持っている。南北にいくつかの通りがあり、民家はそこに作られているようだ。街道に沿って、お店や宿等が並んでいる。
そんな中の石作りの大きな建物が宿らしい。宿は2階で1階は家族の住居と酒場になっているようだ。
酒場の扉を開けると、奥のテーブルに数人の男が座ってた。
俺達の姿に慌てて席を立って頭を下げたので、ザイラスさんが席に着けと手で合図している。
「俺達の統率者だ。旧カルディア王国のサディーネ王女である。隣は我らが軍師のバンター、それにオブリー殿だ」
「サディーネじゃ。我の暮らした王国は無くなったが再び興そうと思うておる。ヨーテルンを手中にすれば半分を取り戻したことになるが、我等の作る王国に協力をお願いしたい」
王女様がテーブルに着くなり、彼等に協力を依頼した。
マデニアムの反乱軍に着くと言う選択肢もある以上、ここはお願いという事になるんだろうな。
「もちろんでございます。我等カルディナ王国の領民。何なりとお申し付け下され」
「聞けば聖堂騎士団をお抱えとか……。エミルダ様もおられるのでしたら、我らの教義の具現化にも努めておいでのことと思います。私に出来ることがあれば……」
「途中で避難民とすれ違いました。徒歩で移動する者が多いですが、資材運搬の荷車については、直ぐにアルテナムへ避難民を拾いながら移動できるでしょう。
ところで、ヨーテルンの西の広場に近い大きな建物を譲っていただきたいのですが」
俺の言葉に町長らしき老人が口を開く。
「町の倉庫があります。その隣が町の役場になりますが、その昔は見張り台として使われておりました。先ずはその2つを提供いたします。町役場は、ヨーテルンを避難した民家に設ければ十分です」
「かなりの避難民でしたが、どれ位の人数が町を去ったのですか?」
「およそ2割。千人と言うところでしょう。聞けば町の西に柵を作るとか。ここにいるアレルが若者50人を束ねております。いかようにもお使いください。今年の麦の刈り入れは残り3日もあれば何とかなります。アルテナムで暮らす上でも刈り入れは何とか行いたいと思っています」
酒場のおかみさんらしい人が、俺達にワインのカップを運んできてくれた。
「それにしても、マデニアム王国の侵略を受けて滅んだカルディナ王国がこんなに早く国を取り戻すことになるとは思いませんでした」
「それなりの者達がいたという事になる。ところで、使えそうな人材を集めて欲しい。何が得意かをしっかり書いてほしい。それと誠実が一番大事じゃ」
「誠実に勝る美徳はございません。さすがはサディーネ様……」
王女様の頼みに、感じ入っている神官さんは、物事に前向きな性格なんだろうな。
自分で考えるのが面倒だから推薦を受けたいと言う事なんじゃないか?
マリアンさんがここにいたらさぞかし嘆くだろうな。