SA-079 船で荷物を渡そう
冬の最中だと言うのに、家作りはたいへんだろうな。
アルテナム村の資材を荷馬車とソリで北の村に運んでいるから、かなりの速さで村が形になってきた。春には全ての家族が家を持てるんじゃないかな。
昼は家作りに専念し、夜は春の耕作をどの辺りから始めるかを村人は話し合っているようだ。直ぐには結果が出ないかもしれないから援助は引き続き行う必要があるだろう。
そのためにも、銀を掘らねばならない。
既に10本以上の銀塊を作ったようだけど、ラディさんと同族のクルーネさんが採取して来た粒金も使えそうだ。
「専業としてやれば少なくとも暮らしに困ることは無いでしょう。ですが、周囲は岩だらけ、過酷な労働になると思います」
そんな事を言いながら片手に乗る位の粒金を差し出してくれた。
半分を受け取ったけれど、これだけでどれほどの値が付くんだろうか?
ネコ族の人達が偵察を兼ねて引き続き採取してるんだけど、春先にはかなりの量になるだろうな。
「石橋はいまだに敵の手元だ。銀塊の移送をどうやって行うんだ?」
教団の荷車でさえ、マデニアム王国内で略奪に遭っている。荷台の二重底には気が付かなかったようだが、それでも食料や雑貨をそれなりに積んでいたことも確かだ。
「船を作ります。リーデルさんに頼んだんですけど、春には荷馬車で運べそうです。ふもとの砦は無人ですよね」
「ああ、誰も住んでいないようだ。たまに見回りをしているが、あのままだと盗賊の住処になりかねん」
とは言っても、盗賊の活動はマデニアム王国で活発なようだ。厳罰で臨んでいるようだけど、盗賊でなければ生きていけないような連中が増えているらしい。
「今年は西に向かおうとしたんですが、少し変えなければなりませんね。俺達の食料補給ルートが無くなってしまいました」
「西では無く南と言う事か? となると、旧カルディナ王国の領地の半分を手にすることになるぞ。カルディナ王国の真ん中にあるヨーテルンの町を手に入れれば間違いなく半分になる」
ザイラスさんが地図を眺めながら呟いた。
確かに半分程になるな。ここで建国宣言をしても良さそうだ。
そろそろ王国の名を考えなければなるまい。
カルディナ王国でも良いけれど、少しは変えるのも良いんじゃないかな。
その夜の集まりで、雪解けの大攻勢計画を皆に話す事になった。
ミクトス村と北の村の代表者も来てくれている。
「当初、西に向かおうとしましたが、マデニアム王国の軍がいまだ健在です。既に規模は3個大隊程度に縮小はしていますが俺達は1個中隊と言うところですからね。無理は禁物です。
そこで、俺達はヨーテルンの町まで版図を広げようと思います。これで旧カルディナ王国の半分を手に入れたことになるでしょう。新たな王国の建国宣言をしても……」
「「オオォ!」」 一同からの声で、一旦話を切る事にした。テーブルだけでなく、壁際の席に座った分隊長達も互いに肩を叩き合っている。
「よろしいですか? 話を続けます。問題が1つ。南の砦と石橋を占領している連中ですけど、爆弾を作らねば奪回は無理でしょう。その為にも、俺達とクレーブル王国間の通行場所を作らねばなりません。
このレーベル川の岸に港を作ります。対岸まで、約1M(150m)前後ですから、5M(450m)ほど下流に対岸の港を作ります。川の両岸に同じ設備を作れば、川岸の船を荷馬車で運ぶことも可能でしょう。馬を使う事もできます」
「石橋でなく船で行うと言う事ですか? それは私共の荷も運んでいただけるのでしょうか?」
タルネスさんが驚いたような口調で聞いてきた。
「どちらかと言うと、タルネスさんに運用を任せたいと思っています。俺達の不足する食料、その代価となる銀塊の輸送、クレーブル領内での商品の買い付け……、色々ありますから何とかお願いします」
自分達の代わりに大店の連中が行う事を想定していたようだ。俺の言葉に、口をパクパクさせて言葉も出ない。
「わ、分りました。商人仲間とも少し相談させてください。役割分担をキチンとしませんととんでもないことになりそうです」
そう言って、今度はぶつぶつと独り言を言い始めたぞ。
フィーナさんとコンタクトすれば悪いことにはならないと思うな。クレーデル王国についてはアブリートさんに頼むことも出来そうだ。
「アルテナム村に少しは戻せそうですな。農地はそのまま使えます。少しは収穫を得ることが出来ますぞ」
「それについては、ヨーテルンの町の避難場所にしたいと考えています。それでも農地は耕すことが出来ますから、その辺りのさじ加減を考えてください。北の村ように村の家を解体してしまいましたから、新たな村造りを始めるようなものですよ」
「それでも、アルテナムは我らの故郷でもあります。希望者を募り再出発が可能です。不在になった家は解体せずにヨーテルンの住民を迎える事もできます」
今度は町だからな。半数が疎開するとしてもかなりの人数に違いない。
俺達にとってもありがたい話だ。
「俺達の部隊で麓の砦の修理をしよう。1個中隊規模の駐在を考えれば俺達だけで十分だろう。問題は緊急の連絡だが、通信基地を尾根の近くに作れば十分に連絡できるだろう。ところで、通信兵は足りるのか?」
「冬に3人程増やすことが出来ました。通信網の整備を行えば運用に問題は無いかと」
峠の山賊を止めるべき時期と言う事だろうな。
烽火台の見張りを残して通信兵の配置を見直すか……。
「雪解けを目処に山賊を廃業しましょう。狼の巣穴を閉じて、重装歩兵部隊をアルデス砦と北の村に配置します。軽装歩兵を使ってアルテナム村に簡易砦を作れば、村の復興もその中で出来るはずです。
クレーブルからの返事が来たら、川岸の港作りを軽装歩兵に行って貰う事で対応できそうです」
「アルテナム村を拠点とするわけだな。ヨーテルンを手に入れればそこが最前線になりそうだが、後ろに簡易でも砦があれば十分だ」
西の脅威がいまだに存在するが、ラディさんに偵察して貰って、脅威が薄れればアルテナム村に重装歩兵を移動できるだろう。民兵組織を育てて来たの村の防衛と北の陣地を任せることもできそうだ。
マデニアム王国は動くに動けないが万が一に備えて烽火台の見張りを残しておけば良い。ふもとの砦とアルテナム村の簡易砦で十分に防衛は可能だろう。
だいぶ雪も解けだした頃に、ミクトス村から船が届いた。
荷馬車からはみ出した船はかなり大きいな。長さは9mもあるし横幅だって、3m近い。オールを差し込む切れ込みが左右の舷側に4本ずつ付いている。オール自体は俺の身長程の長さだ。これでちゃんと向こう岸に渡れるのだろうか?
大まかな図面は書いたけど、現物を見ると大きく見えるな。
「バンターの図面通りに作ったが大きいのう。沈むことは無かろうが、ちゃんと向こう岸に着けるかはやってみないと分らんな。水が温んだら浮かべてみるが良い」
「そうですね。荷馬車2台分位は積めそうですが、確かに試験は必要でしょう」
これだと数台分が積めそうだ。少し小さくしても良いかもしれない。
後は、漕ぎ手だけど……。村人から募集してみるか。
その時が来るまで、船は屯所の壁に吊るしておくことにした。
兵士達も、ぺたぺたと舷側を触りながら船が浮かぶのを楽しみにしている。
荒れ地に草が芽吹きだすと、2つの村では忙しそうに耕作が始まる。
あまり収穫は期待できないかも知れないが、毎年ごとに収穫量は増えるはずだ。
そんな時期に、ザイラスさんが数台の荷車を引いてアルデス砦を離れて行った。
いよいよふもとの砦の修理を始めるのだ。
ふもとの砦との連絡は、関所の西側の尾根の突端に小さな見張り台を作って、対応することにした。
少し距離はあるのだが、北の村の有志と軽装歩兵達がアルテナム村の復興を始めれば十分に中継が可能な状態になる。
「出掛けたのう……」
屯所の屋根でザイラスさん達が関所を潜って間道を南に向かう光景を、王女様達と並んで眺めていた。
先ほどまでは俺達が手を振る姿を見て、向こうも手を振っていたのだが、今では静かに曲がり角に消えて行く。
「今までは一緒に戦っていましたが、これからは離れて戦をする事が多くなります。戦力の分散は避けるのが基本ですが防戦を考えるとそうもいきません」
「いざとなれば通信を送ることが出来る。伝令よりも速く指示を伝えられるのじゃ。通信が届く範囲であれば分散とも言えぬじゃろう」
ハシゴを下りながら俺に顔を向けて呟いた。
早馬を使っても1時間ほど掛かる距離を、光通信で中継すれば10分も掛からないからな。
任意地点への集結を考えると、詳細な地図が欲しくなる。
賢そうな村人を紹介して貰おうかな?
三角測量の道具位はリーデルさんが作ってくれるに違いない。
国作りに地図は欠かせないはずだ。
広間に戻って、測量器具の形を考えながらメモ用紙に書き込んで行く。
江戸時代にだって地図が作れたんだから、何とかなるかと思っても中々良い形にならないんだよな。
水準器、測量板、分度器に定規と言うところか? 定規には照準器が欲しいところだ。長さを確認するロープは伸びが無い方が良いんだが……。
「何を考えておるのじゃ?」
「これですか? 地図を作ろうと思って道具を考えていたんですが、中々思う形になりませんね」
「悩まずにリーデルに話せば形に出来るじゃろう。ドワーフ族に伝わる教えもあるはずじゃ。物作りに長けた種族じゃからのう」
王女様がそんなことを言ってるけど、だいじょうぶなんだろうか?
とは言え、一度話してみよう。
案外簡単に作ってくれるかも知れないしね。だけど、円周を360分割するなんて簡単に出来るんだろうか?
そんな方法があれば、数学がもっと進んでいるような気もするんだけどね。